・機動刑事ジバンORE<ジサツノイド>

「こ、これはっ・・・・」
 ジバンは呻いた。鉄の声が震えた。赤いカメラアイが左右に泳いだ。機械の体が分析した結果を、人間の繊弱な精神が受け入れきれずに震えた。
 死んでいる。死んでいる。死体。死体。死体。死体。死。死。死。死。死。死。死。死。
花が死んでいる。蝶が死んでいる。犬が死んでいる。猫が死んでいる。人が死んでいる。街の一区画が死んでいた。悉く。眠るように静かに。
「やあ、こんにちわジバン君。お昼寝をするにも、死ぬにも、良い日だ。そう思わない?」
 音まで死んだかのような、窒息し、凍結し、絶命しそうな静寂を破ったのは、死の街の中心に座す死の化身だ。車の往来が死んだ交差点の中央に、眠るように死んだ人間達の体をソファーのように積み上げ、座るのと寝転ぶのとの中間の姿勢で青空を見上げていた。
黒い。青空と対照的なまでに黒い存在だ。黒いローブ。そこから投げ出された手足は溶けたゴムと冷えた溶岩を混ぜたような黒。呪いの日本人形じみて切り揃えられた長髪も黒。その髪の下の、首を傾けていて今はジバンからはそこしか見えない顔の右半分、髑髏が覗きかけた腐乱死体のような眼球と歯茎をむき出しにした恐ろしい死そのものの顔もまた黒。
「これは・・・・お前の仕業か!この人達を、皆・・・・!?」
「そうだよ。皆死んだ。君の名を騙った刑事さんと楽しくお話するための演出も兼ねて。ああ、彼は殺してないよ、死ぬ暇もない程すぐに気絶しちゃったから、マーラとカーラ、それと騒がしい同胞に基地に連れ帰ってもらった。けど、これが私の仕業化と言うと、難しいな。私の能力は物質を溶かし、精神を溶かし、物質の形に死をもたらし、人間の精神に死の素晴らしさと救いを教え、自分から死に静かに身を委ねさせるものだから。」
「ふざけるなっ!」
 死を賞揚し人々は自ら死んだと嘯く怪物に怒号する機動刑事。その瞬間、死の化身は立ち上がり、ジバンに正面から向き直った。黒髪がざらりと舞う・・・・
 ・・・・闇夜に、月。一瞬、そう見えた。左右に広げた腕がローブを帳の如く広げ、真昼の中に夜が現れたかのように見えた瞬間。それまで見えなかった彼女の顔の左半分が露になる。
黒一色の全身の真逆の純白すぎる程の純白の肌。醜悪な屍の右半分とは正反対の、恐ろしい程に美しい女性の顔。眉と、瞳と、睫毛と、アイラインと唇に施された化粧だけが黒い。
 夜と夢と死の女神の美貌がそこにあった。
「ふざけてなんていないよ。私の名はジサツノイド。生きとし生けるものを自殺させる存在、死という救いを与える存在。ジバン君、君を救いに来たんだ。」
 そしてそれは、微笑んでジバンにそう言い、手をさしのべた。

 戦いが始まった。理解しがたく恐ろしい戦いが。
「救いだと、死が救いなものか!」
「救いだとも、・・・・死が救いでなければ、君の戦いも無意味なんだよ?ジバン君。」
 機動(マクシ)十手(ミリアン)と鉄拳鉄脚で挑みかかり、打ち据えんとし、機動十手を拳銃に変形させ光の弾丸で撃ち抜かんとするジバン。それにたいしジサツノイド・・・・大半は偉業なれど美しい少女の容姿を持つが故にジサツノイドガールとでもいうべきか?・・・・は、まるで風に舞う布か、揺らめく炎の前の影のように、決して素早いわけではないがとらえどころのない動きで攻撃をかわし、物質を溶かす黒い溶解液を煙のように噴射して反撃する。
「何だと!?」
「死は眠りのようなものだ。生物は疲れて眠り癒される。それと同じように、生物は衰え弱り死ぬ。ならば、死もまた癒しであり救いだろう?それに、さ。」
 
 装甲表面が徐々に融解していくがまだ耐えられるとジバンの電子頭脳は計算し、機械の目は眼前の相手を分析する。ジサツノイドガールの身体構造はこれまで倒してきたバイオノイドのなかで決して頑健な部類ではない。むしろ虚弱に近く、攻撃を命中させれば十分に撃破が可能だ。ゆらゆらと回避最優先の動きをし続けながら溶解煙を遠巻きに吹き付けるという迂遠で悠長な戦闘方法も、肉体の強度不足故。死の化身のような姿をしていてもあくまで生物、実体、全ての攻撃をかわし続ける事は不可能。故に勝てない相手ではない、筈・・・・
「どうせ、皆、死ぬんだよ。君の仲間も、君が助けた人達も、君が守り抜こうとしている社会の人達も、君の存在に関係なく、君の救助に関係なく、君の庄内に関係なく、病で、寿命で、事故で、いつか必ず死ぬ。」
 ジバンがそう考えた瞬間ジサツノイドは踏み込んだ。吐息がかかる距離まで顔を寄せ、大きく見開いた瞳でジバンの顔を覗きこんだ。吐息は溶解煙ではない。機械の体に損傷はない。だがその瞬間、ジバンは機械の体が感じぬ筈の、寒気のようなものを感じていた。
(なんだ、この、この感覚は。これは・・・・)
「皆、皆、いずれ死ぬんだ。僕だってそうさ。バイオノイドだって生命に代わりはない。そう、生きてる限り皆死ぬんだ。君だって、機械だから大概修理可能だろうけど、完全に粉微塵になったら?壊れた状態で修理できる人が全員死んでしまったら?そもそも君は本当に君なのかな?人として死んだ筈なのに機械として生きているらしき君よ。君は本当に、首尾いかん、継続して人なのかい?君と君を作った人間がそう思っているだけで、本当は人間の君はとっくに死んでて、今の君は昔人間だったと思い込んでいるだけの機械なんじゃないのかい?そうじゃないって言い切れるのかい?」
(恐怖、か!?)
 機動十手による銃撃が至近距離でクリーンヒットした。ジサツノイドガールの腕の一部が砕け散る。だが平然と、苦痛を感じず、むしろ嬉しげな相手に、そしてその全てを否定し泥の海に沈めるような言葉に、ジバンの精神は絡め取られ力を奪われていく、そして!
「ぐわーっ!?」「あははは、引っ掛かった引っ掛かった!死が大好きで、早く死にたくて、君を殺して救ってあげないといけない私が、身の安全を考えて退くと思った?」
 傷口から猛烈な勢いで溶解煙が噴射され、ジバンに痛打を与える。遠距離戦を選択したのは、ジバンに近づかせようとするための策だったと笑いながら、ぐりぐりと首をくねらせ四方八方を狂気の視線で見回し、恐怖をあおるジサツノイドガール。
「そうだよ、皆死ぬんだよ!〈この戦いを見ている君〉も!皆皆、消える、その事実、その救い以外全ては無意味!ああ、ギバ君、君も、君が憎む人間もさ!憎んだり執着する必要なんてないさ、皆皆何れ、死んで、安らかになるんだから!ああ、私も、早く死にたい、安らぎたい、救われたい!その為にも・・・・君を救ってあげる、ジバン君!」
 今度は間合いをとろうとするジバンに対し、この機を逃さないと、逆に狂奔の笑みでジサツノイドガールは抵抗を一切気にせず笑いながら。狂気、恐怖、死が死をめがけ突貫する!

 

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