「彗星ハレイ」


第一話“青い彗星” ニードラ登場

太陽系第三惑星地球。この青い惑星に、二つの光が近付いていた。
一つは裂けるような赤い光。
一つは清らかな青い光。
二つは互いにぶつかり合い、そのまま地球へ落下していった。

早朝。
東京湾上空を進む戦闘機が一機。この特徴的なフォルムと独特のペインティングはGGGのものであるに違いない。
国際地球防衛隊――Global−Geo−Guardianとは、世界中に頻発する怪奇現象の調査、地球外生命体とのコンタクト、バイオハザードにおける対処などを専門に行うプロフェッショナル集団である。謎の飛行物体が二つ、東京に墜落したという今回のケースでも、当然のようにお呼びがかかった。
「あそこかぁ、青い方がおちたってゆーのは」
GGG専用特殊戦闘機「Gスワン」の操縦席に腰を下ろす女性パイロット――リュウセイ・ヨウコ隊員は、かじられたリンゴのように剥き出しになっている大地を確認し、呟いた。
二つの飛行物体のうちの一つが落ちた場所は、東京湾のとある島だった。幸い無人島だったので被害者は出なかったが、そのとんでもない光景には唖然とさせられる。クレーターの中心部には、30メートルはあろうかと思われる、巨大な剣のようなものが突き刺さっていた。それが何なのかは想像がつかないが、比喩するなら「巨人の世界から落ちてきた竜の牙」とでもいったところか。
ともかく、どんな未曾有(みぞう)の事態だろうと調査するのがGGGの仕事である。ヨウコは徐々にスピードを落とし、Gスワンを無人島の海岸に着陸させた。

まず扉を開ける前に、ヨウコはディスプレイに表示されたアイコンの一つをクリックする。「エア・スキャン/スキャン中」の文字が表示され、間もなく「スキャン完了/異常なし」と切り替わった。外宇宙からの来訪物は放射線などの有害物質を含んでいることが多く、こうして調べる必要があるのだ。
表示を確認すると、ヨウコはGスワンの出入り口から飛び降りた。潮風が前髪を撫で、鼻をつく。
「うーわっ、見事にえぐれちゃってる」
ヨウコは穴に近づくと、そのとてつもないスケールに感嘆の声をあげた。やはり上空から見たときとは迫力が違うというのは当たり前の話、もしこれが生物の一部分ならば、今まで見てきたあらゆる巨大生物と比べても最大クラスだろうと予測される。
ぱっと見たところ疑問に感じるのは、落下跡である。深く大地がえぐれたクレーターの上に巨大な剣が立っている状態なのだが、剣の先がクレーターの中心部よりややずれている。また、剣の大きさに比べてクレーターの方がばかでかい。剣もそれはそれは大きいには違いないが、クレーターは更に大きく、岩山の麓まで食いこんでいた。身の丈ほどもある岩が砕けて地面に突き刺さっており、落下時の衝撃を物語っている。
と、
「何、これ……」
ヨウコは地面に見たことのない足跡が残っているのに気が付いた。興味深いのは足跡がクレーターの上から近くの洞窟まで続いており、それがまだ新しいもののように見えるからだ。
「……」
ヨウコは恐る恐る洞窟の中に侵入した。天井に微かに空いた穴が地面を照らしている。
と、
そのとき、
――ごそっ
「!」
ヨウコはまだ若い女性隊員であり、戦闘機による任務が主のパイロット隊員でもあった(Gスワンは彼女の専用機だ)が、それでも厳しいに輪をかけて、更に輪をかけ、もう一度輪をかけたくらいの難易度を誇るGGG隊員採用試験にトップの成績で合格したプロフェッショナルである。
反応は速かった。
同時、ヨウコは息を飲んだ。
先ほど物音がした、そして今ヨウコがGGG隊員専用特殊拳銃「Gホッパー」を向けている、その先には――
「……」
「……」
等身大の地球外生命体が直立していた。
どんな文献でも見たこともない、未確認のエイリアンだった。体型は地球人とほぼ変わらない。全体を占める色は青色だが、顔の辺りは仮面を被っているようにも見える。目と思われるそれはガラス玉のように無機質で、ほのかに燐光が灯っている感じだ。頭からはトサカが突き出ており、額には水晶のようなものが付いている。両腕にはブレスレットのらしきものも確認できる。
未知との遭遇。
しかし、にもかかわらず、そのエイリアンの姿を確認した瞬間から、何だかある種の安心感をヨウコは覚えていた。何だか懐かしい。初めて見たはずなのに、昔から彼らのことを知っていたような――
はっ、いけないいけない。相手は未知の宇宙人なのに。下げかけた銃を握りなおす。
と、
『撃つな。敵意はない』
唐突に、随分と透き通った声が響く。頭の中に直接呼びかけられるようだ。テレパシーという奴か。
エイリアンはしばらくヨウコをじろじろと眺め、再び呼びかけた。
『もしかして、君は“リュウセイ”の名を持つものではないか』
「えっ?」
見ず知らずの宇宙人に苗字を言いあてられ、ヨウコは戸惑った。
「そう、だけど?」
『やはり、そうか……。太古から外宇宙とコンタクトを取り続けてきたという「流星族」。偶然にも出会えるとは……助かった』
「え……」
いきなり意味不明だがなんか凄そうなことを宣告されてしまった。
「何よ、それ! ちょっと、どういうこと?!」
『何? リュウセイ家の者ではないのか?』
「いや、そうだけど……」
確かにヨウコの生まれはリュウセイ家であるが、父は普通のサラリーマン、母は普通の専業主婦だ。リュウセイという苗字は珍しかったので、子供のころは羨ましがられたりしたものだが。
「でも、知らないよ、そんなの。人違いじゃないの」
『いや、リュウセイの名を持つものは全て「流星族」の血を引いているはず。もしや、分家の者か? それにしても教養が行き届いていないな……』
「……」
いきなりとんでもない話である。ある日突然落ちてきた宇宙人が、いきなり告げる。お前の先祖は宇宙人と深い交流を持ってきた、由緒正しき家柄なんだと。
「そんなこと、言われても……」
ただ、考えてみれば他の人と変わったことがまったくないわけでもなかった。
ヨウコがまだ幼かったころ、ある年の夏休み、彼女の両親は彼女をどこかひどく遠いところへ連れていった。開発の進んだこの国では珍しく、かなりの自然が残る田舎の村だった。そこにあった巨大な屋敷で、神社などでよく見られる巫女装束のミニサイズ版を着せられ、わけも分からぬまま屋敷の掃除や座禅を組むなど修行っぽいことを、一週間ほど泊まり込みでやらされたのだ。それ以来あの場所には行っていないし、両親に尋ねても答えてくれないので、そんな記憶は今の今まで過去の渦の中に沈みかけていたのだった。
ひょっとしたら、あれが「流星族」の仕来りか何かだったりするのだろうか。
しばしの沈黙。
と、エイリアンが気が付いたように『そう言えば』と切り出した。
『私の他にもう一つ、巨大生物が落ちてきたはずなんだが。どこに行ったか知らないか?』
かなり深刻そうな口調だ。エイリアンの言う「巨大生物」が何を指すか、ヨウコにはすぐ分かった。青い方がこのエイリアンなら、もう片方は――
「それなら、あたしの仲間が調査に行ってるはずよ。あっちは大変なことになってる。だって――」

同時刻、東京都心部。
現場を旋回する各局の報道ヘリ。リュウセイ・ヨウコが調査中の無人島よりも圧倒的に数が多いのは、こちらの方が大惨事だからというのが率直な理由だろう。通勤前のオフィスビル街ということで被害者は少なくて済んだものの、交通期間は過去に類を見ない混乱を来している。おまけにこちらも対象物が行方不明ときている。いや、行方はわかる。巨大クレーターの中心、都心ビル街にぽっかりと空いた巨大な穴の中に生体反応があるのだから。
「朝っぱらからとんでもないものが落ちてきてくれたな、まったく」
愚痴をこぼすのはGGG日本支部第一班行動隊長ワンダバ・ソウスケ氏。今回のケースで特異なのは、対象の飛行速度が余りに速かったことである。宇宙観測の技術は躍進的に進歩しているものの、今回の二つの飛行物体が発見されてから地球への落下までの時間は、およそ数分でしかなかった。もしこれらが自力で宇宙を舞う巨大生物か何かだったりするなら、地球人類にとって大いなる驚異となるのは免れないだろう。
そして現在、落下物が存在していると思われる穴の中からは生体反応がキャッチされている。人類にとっての大いなる驚異。それが今、目の前でいつ動き出すか分からない状態なのだ。
「避難完了まで、約三十分だそうです」
GGG専用特殊乗用車「Gパンサー」に無線機を戻し、やや目つきがきつい男――ナナビシ・ケイゴは隊長にそう告げた。
「空中戦になるかもしれん。報道陣も撤収させろ」
上空に一瞥を与え、隊長がそう返すと、「了解」とケイゴの方もまた簡素に答え、再び無線を握った。
隊長は、ふと穴の側に立っている信号が目に入った。落下の衝撃で傾いてしまっているが、それより気になるのが支柱である。それは強力な何かで捻じ曲げられたかのように、螺旋(らせん)を描いていた。当然ながら、落下の衝撃だけではこんな風にはならない。
「どうなってるんだ、一体……」
墜落から一時間。空は雲一つない晴天である。

『そうか、よりにもよって大都市に……』
腕組みをして考え込むようなしぐさを見せるエイリアン。
「一体何なの? 巨大生物って言ってたけど」
今度はヨウコがエイリアンに質問する。何か危険なものなら、隊長達の命が危ないわけだし。
エイリアンは少し間を置いてから、ゆっくりと答えた。
『奴は……生体兵器だ。どこかの星で造られた、鋭甲戦闘獣ニードラ。そして私は奴を追ってきた銀河特捜局の捜査官だ』
「……」
『私はニードラ打倒の指令を受けて奴に戦いを挑んだ。しかし、相手は予想以上に強く、戦い続けるうちにこの星に墜落したというわけだ。奴を倒さなければ、また多くの命が失われるだろう。ここでも、また……。この星の生き物は、私達よりもずっと小さな存在だから』
「えっ、じゃあ、あんたって本当はもっと大きかったりするわけ? 外に落ちてるのって、あんたの宇宙船じゃないの?」
見た目、ヨウコとエイリアンの背丈は大差ない。
『あれは、私の羽根だ』
「でかっ!」
あれが羽根だとすると(そもそも剣の形をした羽根なんて想像できないが)エイリアンの身長は50メートルくらいであろうか。同時にそんな大巨人をてこずらせる大怪獣が東京に潜伏しているのも一大事だし、大体そんな巨人軍団が管理する「銀河特捜局」って……。
ああ、宇宙は広いなあ。
『墜落したときに折れてしまったのだ。私は今、飛ぶことができない。だから……うっ』
「えっ、どうしたの?!」
ヨウコの目の前で、エイリアンが突如苦しみだした。
『まずい。限界だ……』
エイリアンはその場にうずくまって悶えている。
「ちょ、大丈夫?!」
警戒心など完全に消失してエイリアンに駆け寄るヨウコ。エイリアンの体は小刻みに震えている。
『ここに落ちてきたとき分かった。遥か太古、我らの先祖が交流を深めていたころとは、この星の環境は随分と変わってしまっているようだ。今の状態では、私は短時間しか活動できない。縮小することでエネルギーの消費を抑えたが、もう限界らしい……。君が流星族の血を引いているなら、我ら異星の者に力を与える、天術の儀式が、可能と思ったのだが、そうか、無理、なら、仕方が……』
「そんな、ちょっと、しっかりしなさいよ!」
エイリアンを抱きかかえるが、体に力がこもっていない。
ヨウコは突然の事態に焦りの色を隠せなかった。今、目の前で、一人のエイリアンが命を落とそうとしている。今からGGGに連絡しても、間に合わないだろう。流星族の血を引くというのに、自分には何もできないのか。何か、何かないのか。自分が流星族であるがゆえの、何か――
「そうだ」
ヨウコは胸ポケットから一つのお守りを取り出した。
『何だ……』
「何か困ったことがあったら、この中を見なさいって、母さんが」
そう言ってヨウコがお守りの中を探ると、何やら幾何学模様が描かれた紙切れとお札が一枚、それと勾玉のようなものが出てきた。
『それは……流星系、天術……!』
「知ってるの?」
『ああ、それらがあれば、儀式が、できる……』
エイリアンの声が途切れ途切れになる中、ヨウコは勾玉に触れてみた。
同時、ヨウコの頭の中に、数々の「情報」が入りこんできた。電子メールの受信トレイになった気分とでも言えば、この今までにない感覚を形容できるだろうか。
ほんの一瞬で、ヨウコは自分のするべきことを理解した。
『方法は、確か……』
「大丈夫。あたしに任せて」

流星系天術護神召還儀(りゅうせいけいてんじゅつごしんしょうかんのぎ)。
一つ、この星を天から太陽神が見守りなさっていること。
一つ、この星が大いなる大地と大いなる空を支え続けていること。
一つ、この星を護る意志を持つ彗星人がいること。
一つ、この星に宿る流星族の血を引き、洗礼を受けた巫女がいること。
一つ、この星が生み出した聖なる勾玉があること。

大前提として太陽と地球があること。次にエイリアンと流星族。最後にお守りの中に入っていた勾玉が鍵となる(その他の必需品として「お札」が挙げられるが、これは流星族が当然持っているべきものとして扱われているので、上記の部分には書かれていない)。
もともとこの天術(特殊な能力を持つ地球人とエイリアンとの間に交わされる特別な儀式の数々を、そう呼ぶ)は、この地球に大いなる危機が訪れたとき、天地に宿る超自然的なエネルギーを使って、彗星人と呼ばれる異星種族の潜在能力を引き出すというものである。
手順としては、まずエイリアンを中心にメモされた幾何学模様を地面に描く(それはあたかも、ファンタジーなどに登場する魔方陣を思わせる)。
次にお札を彗星人のエネルギー吸収口である額の水晶に乗せる。
最後に巫女が太陽に勾玉を掲げ、お札にあった呪文を読み上げれば完了だ。
正直、そんな簡単なことで死にかけのエイリアンが生き返るのか、ヨウコは半信半疑だった。自分が流星族とかいう超能一家の端くれだという事実も、彗星人という異星種族と交流を続けてきたという事実も、あの勾玉から知りえた「情報」も、全てが夢のような気がする。
それでも、今はただ一つの可能性に賭けるしかなかった。
「これで、オッケイ」
ヨウコはもはや虫の息となっているエイリアンの額にお札を乗せ、勾玉を天に向かって掲げる。天井から差してくる太陽の光に、勾玉が反応した。
「天! 地! 開! 放! 超! 力!
 日! 星! 合! 一! 護! 神!」
直後、エイリアンを中心に、眩い光が全てを被った。
――

「うぅぅん……」
ヨウコが目を覚ますと、エイリアンはいなかった。
「行っちゃった、のかな?」
ヨウコは自分の顔に降りかかっていた砂を振り落とす。足元の砂地はめちゃめちゃになっているものの、それ以外は大して変わったことは見当たらない。ひょっとしたら夢だったのかもと、ヨウコは頭を掻く。
と、
『夢ではない』
あのエイリアンからのテレパシーだった。
「ちょっと、あんた今どこにいるのよ!」
思わず叫ぶが、側にいるわけでもないので聞こえないだろう。
『それがどうも……、私は君の中にいるらしい』
と思ったら、聞こえるらしい。テレパシーを使うものにはテレパシーで返せるということだろうか。
……
って、
「ええええええええええぇぇぇぇぇっっっっっ!!」
錯乱。
「ど、ど、ど、どーぃぅことぉっ?!」
『文字通りだ。君の精神の中に私がいる。一心同体なのだ』
フツーに答えるエイリアン。
「ええっ、何でぇーっ! 何でそんなことにっ!」
『恐らく、儀式の方法を間違えたのであろう。それ以外には考えられない』
ヨウコはがっくりと膝を落とす。
そんな、確かに「情報」通りに儀式は行ったはず。お札にあった呪文も読み間違えていない。
『今、君の視点からものが見える。君の考えていることも分かる。実に妙な感覚だな』
「いやぁぁっ、いやいやいやいやっ! 絶対、いやっ! 出てって! 今すぐ私の体から出てって!!」
まったく、何が好きで得体の知れないエイリアンと体内同居せねばならんのだろう。
『無理だ。しようとしても、できない』
「そんなぁ……」
それとは別の、何か特別な儀式でも行わなければならないということだろうか。こればかりは流星族の本家に訊いてみないと分からない。
ヨウコは、同居の上での不安要素を恐る恐る尋ねてみた。
「……もしかしてあんた、男じゃないよね」
『男性だが何か』
「……………………」
同棲だった。エイリアンと体内同棲。
『気にすることはない。私は別種族の異性には興味など/』
「あんたがよくても私がだめなの! ああぁー、神様、私が一体何をしたというのですか」
ヨウコは頭を抱えて放心していた。もう何も考えられず、体を動かすこともできず、その場に転がっていた。
ああ、タクミさん。どうしよう、あたし、エイリアンと合体なんて――
――
ぴぴぴぴぴぴ……
左腕の発信機から呼び出し音が発せられた。呼び出し音がなるからには自分は呼び出されているのだが、ヨウコには答える気力もなかった。
『君、通信機と思われるものが/』
「うるさいっ!」
エイリアンに八つ当たりしつつ、ヨウコは通信に応えた。
「はい、ヨウコです」
「お、よーやく出たわ。ヨウコ隊員、大変や!」
テレビ電話の向こう側にいるやや太めの男はオペレーターのザト・ロクタロウだ。
「例の赤い方が動き出したんや!」
「ええっ!」
『何だとっ!』



どん、という鈍い音。怪獣映画を一度でも見たこと者ならば、その「巨大な足音」をイメージするのは容易いだろう。しかし、目の前に慄然とその姿を現した「本物」を見て、その身を縮ませない者がどこにいよう。
甲殻類か甲虫辺りに似た外骨格から四方八方に鋭い棘が伸びている。やたら攻撃的なその体は、遠くから見れば冥界にあるという針の山を思わせる。円錐を二つに割った形状のハサミ、両肩から二本の棘、背中からは前方に二本、後方に二本、尻尾の脇から二本、極め付けは顔から生えたキツツキのような鼻だろう。その顔からは生気が感じられない、丸く白い眼球が半分飛び出していた。
エイリアンが言った「鋭甲戦闘獣」の肩書きを持つには十分だった。
太陽が燦燦と照りつけ、それに返すように鋭甲戦闘獣ニードラは咆哮した。昆虫を思わせる奇声だった。
同時、ニードラは両手のハサミを掲げ、何かを発した。
「うおっ」
その何かをすんでのところで避けたのはGGG専用特殊戦闘機「Gファルコン」だ。GGG全支部の隊長にのみ、搭乗を許される鋼鉄のハヤブサである。当然、乗っているのはワンダバ隊長。
「隊長、大丈夫ですか!」
ケイゴ隊員から通信が入る。彼が操るのは「Gコンドル」。GGGで一般隊員が乗る特殊戦闘機だ。
「ああ、それよりそっちも来たぞ!」
「うあっ!」
こちらもどうにか避けるが、機体が大きくバランスを崩してなかなか立て直せないでいる。掠った部分に異常を来している模様。
ニードラは今度は、足元に続けざまに攻撃を発した。そのときハサミから発せられるモノの正体がはっきりした。裂けるような赤い光を放つ火球だ。モノは相当な高熱らしく、ニードラが連射すると街は一瞬にして地獄の業火と化した。
「ケイゴ、2Aだ」
「了解」
隊長の指示で、GファルコンとGコンドルは上空へ急上昇。そしてある程度昇ると、それぞれ正反対の方向に旋回し、急降下。そのまま標的を挟み撃ちにするように突撃した。
「うおぉっ」
「たあぁっ」
二機はすれ違いざまにニードラに大量のミサイルを叩き込む。大都市に轟音が響く。
「やったか?」
燃え盛る炎、生物としては絶対生息不可能。しかし――
「なっ」
「避けろ!」
不幸にもこの星の人々は、この大怪獣が他者に造られし人造兵器であることを知らなかった。

「今、隊長とケイゴ隊員がふんばっとる。ヨウコ隊員もはよう参戦せぇって、隊長からの命令ですわ。はよしたりぃ」
「りょ、了解っ!」
ヨウコは海岸を走り、Gスワンに飛び乗った。ブースターから白い炎が噴き出し、鋼鉄の白鳥を飛び立たせる。
「発進!」
現場に急ぐGスワン。その間、ヨウコはエイリアンに尋ねる。
(あのさ)
『何だ?』
(さっき通信したとき気付いたんだけど、あたしの左腕に通信機とは別にもう一つ、何か付いてるんだけど)
『ああ、私の付けているものと同じだ。右腕にもあるはずだが』
ヨウコが右の袖を引っ張ってみると、確かに同じようなものがいつのまにか装着されていた。ひどくシンプルなデザインの、しかし近未来風の匂いがする銀色のブレスレットだ。
(あんたと同じって……)
『恐らく、それを使えば君と私の立場が入れ替わるのだろう』
(えっ……それじゃあ、まるで)
それじゃあ、まるで変身ヒーローだ。しかし、なぜそんなことが分かるのか、ヨウコは尋ねてみた。
『君と合体したときだな……上手く言えないが、脳に直接「情報」が送られてきたのだと思う』
(な、何それ……いい加減なこと言わないでよ)
『な、何だと! じゃあ君に天術の儀式ができたのはなぜなんだ! 私と同じように「情報」を受け取ったのではないのか?!』
(うぅ、そう、だけど……でっでもっ、その「情報」通りに儀式を実行したら、この有様じゃないっ! そんな「情報」、アテになんないよっ!)
『やってみないと分からないだろう! 大方、君はめんど臭がって儀式のプロセスを省いたのだろう。それが失敗の原因だ』
(な、何よ! 助けてもらっておいてエラソーに! うっさいからさっさと出てってよ、もう!)
『だから、それはできないと言って……』
脳内で喧嘩しているうちに現場に到着。街は火の海だった。
「酷い……」
『……』
ふんばっているはずの隊長とケイゴ隊員は、見当たらない。それが何を指すのか、言われずとも分かる。
『ニードラ!』
「あれが……」
ニードラはGスワンに向かって吠えた。黒目がないにも拘らず、その目はヨウコの方を睨んでいるようにも見えた。いや、真の対象は、ヨウコの中のもう一人なのか――
(あんた、ちょっと黙ってて……)
ヨウコは静かにエイリアンにそう告げた。エイリアンは彼女の冷静な声を初めて聞いた。

「隊長、あれを!」
「おお、ヨウコ」
墜落から脱出はしたものの軽い傷を負い、二人は前線のテントで治療を受けていた。機体の方は、少なくとも飛べる状態ではない。
「随分と遅かったですね、今まで何を……」
「よかった……」
「え」
隊長が珍しく安息の声を出したので、ケイゴは意外そうに隊長の顔を見た。
「ヨウコ、無事だったんだな。ロクタロウが通信に出ないとか言うから心配だったんだが」
「隊長……」
ケイゴは隊長を直視できなかった。自分が危ないというときに部下の心配をしている隊長の背中は、まだ遠かった。
空を見ると、Gスワンが大空を舞っている。自由自在にその身を翻し、確実に標的にミサイルを撃ちこんでいる。
「……」
白鳥は人類の救世主となるか――。

『……』
エイリアンにも彼女の技術には声も出なかった。あちらの攻撃を鮮やかに避け、的確にこちらの攻撃を当てる。相当に愛機との相性が合っていなければ、成せる芸当ではない。
『凄いな君は……』
(黙ってて……それにしても何て図体してんの。全然効いてないように見えるんだけど)
確かに、外殻の表面はほんの少し焦げているものの、所詮それ以上でも、それ以下でもなかった。
『奴は生体兵器。その全てが破壊のためだけに特化されている。頭には闘争本能しか存在しない。気を抜くな』
(分かってるよ! 軍人として当然でしょ)
愚痴りつつもしっかり攻撃を避けているヨウコは、確かにプロの軍人だ。しかし、生ける戦闘兵器がこのまま黙っているはずがない。
ニードラは攻撃をいったん中止した。そして右腕を大きく振りかぶって――
『避けろっ! できるだけ遠く!』
「えっ?」
閉じられ円錐状になったハサミの上を、赤い閃光が螺旋(らせん)を描くように滑り、破壊者がその手を突き出したとき――
「うそっ!?」
『くっ……』
――世界は歪んだ。
Gスワンの右の翼が歪曲し、白鳥はありえない方向に進みだした。
「そんなっ、そんなことがっ!」
操縦が思うようにいかず、焦るヨウコ。冷静さを欠き、レバーを無茶に動かす。本来ならこんなこと、あるはずはないのだ。Gスワンの翼は現在の科学技術で最も硬い特殊合金製。整備するのに緊張したとエンジニアのイシマツ・シグも言っていたし、科学者のカザマ・タクミだって太鼓判を押していた。それが「折れる」ならまだしも「曲がる」なんていうのは絶対に考えられないことだった。
Gスワンは落ちようとしていた。
ヨウコの頬を、涙が伝った。自分の相棒を落とすなんていうのは、パイロットにしてみれば最高に不名誉なことだ。逆に、自分専用の相棒がいることに誇りも持っていた。しかし、今の自分では何もできない。ありえない自体が起こり、全ては奈落の底に突き落とされた。脱出するくらいなら、このまま愛機と共に落ちてしまおうか。
最後に、自分が想うあの人に、結局何も伝えられなかったことが悔やまれた。
『諦めるな!』
声をかけてくれたのは、残念ながら「あの人」ではなくエイリアンだった。
『君には想う人がいるんだろう! その人は生きているんだろう! そしてまだ想いを伝えてないんだろう! だったら最後の瞬間になっても諦めるな! 死ぬ前にできることは全部やれ! それが自己を持つ生命としての生き様だろう!!』
エイリアンはそう叫んだ。なんだか、「あの人」の物言いに似ていた。
そうだ、悔やまれるんなら、生きなくちゃ。
簡単なこと。
ヨウコは泣き顔のまま、それでもまっすぐに前を見据え、何も言わず、両腕を前に突き出し――両腕のブレスレットが重なるように、腕をクロスさせた。
あの、眩い光が――

巨大な手が、Gスワンを受け止めた。そしてその手は傷付いた翼をゆっくりと地面に下ろし、破壊者に対峙した。

どんな文献でも見たこともない、未確認のエイリアンだった。体型は地球人とほぼ変わらない。全体を占める色は青色だが、顔の辺りは仮面を被っているようにも見える。目と思われるそれはガラス玉のように無機質で、ほのかに燐光が灯っている感じだ。頭からはトサカが突き出ており、額には水晶のようなものが付いている。両腕にはブレスレットのらしきものも確認できる。
「隊長!」
「何だ、あれは……」
巨大生物に、巨人。何かの冗談だろうか。大都市を踏みしめる二体は、今にも戦いを始めそうだ。
そして、その通りになった。
巨大生物が両腕に、白鳥を落とした「あの」光を溜め、そしてそのまま突進してきた。巨人は読んでいたかのように跳躍し、後ろを取って尾を捕まえる。そしてぐっと力を込めて持ち上げると、ビルのない方に叩き付けた。
衝撃で光のチャージが解けてしまった巨大生物は、怒り狂って巨人に掴みかかった。巨人はそれに対して取っ組み合った。
鈍い音が響き、信じられない量の砂埃が舞う。

「こ、ここは……」
ヨウコが目覚めると、目の前にはあの忌まわしき大怪獣の顔があった。急いで逃げようとしても、体が動かない。水を蹴っているような感覚。目をそらそうとしても、目線が動かない。
「な、何ぃ?!」
『さっき言った通りだ。私と君の立場が入れ替わったのだ』
エイリアンの声が響く。
「じゃあ、今はあたしがあんたの中にいるってこと?」
『そういうことだ』
そう言って、エイリアンはニードラを突き飛ばし、よろけている隙にパンチを見舞う。エイリアンの視線からものが見えるヨウコは、正直、余りの迫力に参ってしまいそうだった。背景の全てのものが小さく見える。愛機と飛び立ったときもそう感じるのだが、やはり実際に大きくなると話は違ってくる。
エイリアンは光弾を発射して、確実にニードラを追い詰めてゆく。光弾はブレスレットから出ているようだ。
『いつもより調子がいいな。君の天術も捨てたものじゃない。羽根は治ってないようだが』
鮮やかに決まる、パンチとキック。エイリアンは強かった。そして、
『だあっ!』
エイリアンの右腕が発光し、ニードラの胸板にストレートを叩き込んだ。
ニードラの胴に、貫通する勢いの穴が空いた。ニードラは倒れたまま、もう動かない。さっきまで暴れ回っていたのが嘘のようだ。
「これが、あんたの潜在能力……」
勝敗が決した中、エイリアンはぽつりと言った。
『君、さっきは申しわけないことを言った』
「え?」
『つい、カッとなって言い過ぎてしまった。許してほしい』
ここに来るまでの間、失敗したのは君のせいとか何とか言ったことについてだろうか。意外と純情なエイリアンだ。
「あ、いいよ、うん。あたしも、うっさいとか言って、ごめん」
ヨウコも謝って、二人の間の溝も消え始めた、が、
奇声。
ニードラが奇声と共に、突然飛びかかってきた。あと一瞬遅ければ、ニードラの鋭く長い鼻で串刺しにされていたところだろう。
「な、何で? もう動けないはずなのに!」
『油断してた。こいつは生体兵器。破壊と殺戮以外のアイデンティティを持ち合わせていない』
そう言ったエイリアンの声には、哀れみがこもっていた。たとえ死が決まりきった事態でも、この破壊者は「生きる」ことが許されないのだ。それが自己を持たぬ生命。それが、生体兵器――
エイリアンはニードラを受け止め、組み合う。しかしニードラは左腕を振りかぶり、あの空間を歪ませるドリルを撃ち出してきた。
エイリアンは――下に避けた。ニードラの足元に滑り込み、難を逃れた。
そこをニードラは踏み付けるが、エイリアンはそれを持ち上げる。
『だあぁっ!』
気合いを入れ、エイリアンはニードラを吹き飛ばした。衝撃で胸に空いた穴から内臓が零れ落ちる。
『これで、終わりだ……』
エイリアンの両腕のブレスレットから、長い光の剣が現れた。二刀流だ。
よろよろと立ち向かってくるニードラにすれ違うように――

<<斬>>

刹那の後、エイリアンはニードラの後ろにいた。一瞬の出来事だった。
ニードラの体に十字の線が入り、倒れると同時に爆砕した。
本日最後の轟音。終局。
ことが終わると、エイリアンはその光景を見ていた全ての人のまぶたに眩く清らかな光を焼き付け、煙のように消えた。

前線テント。
「隊長、彼は、味方なんでしょうか……」
「まだ、分からん。が、そうだといいな。救世主は善意でことを成したと思いたい」

GGG日本支部基地、モニタールーム。
「何や、奴は何者なんや……」

同、整備室。
「やったーっ! 誰かしんないけどサイコー! ヨウコ姉さんを助けてくれて!」
「あの戦闘能力、並じゃないな。なかなか興味深い」

首都、戦場跡。
「で、でかい……」
ニードラの破片を目の前にして、ヨウコは呟いた。アスファルトの道路に突き刺さる、巨大な肉の塊。
「これを、倒しちゃったんだ……あんた」
ヨウコは今でも信じられない。あまりにトンデモな話に、これらは全部夢なのではという期待が湧き上がってくるのだが――
『夢ではない』
「ああぁ、やっぱりぃ」
ヨウコはへたり込む。どうやったらこのエイリアンと分離できるのだろう。
『いつまで君の体内に居座ることになるかは分からないが、私の羽根が治るまでは待って頂きたいものだ』
「……」
乙女の胸の内などまったく無頓着な、エイリアンの声が聞こえてくる。
『とにかく、私が宇宙に帰るそのときまで、よろしく。君、名前は確か……』
「私はヨウコ。リュウセイ・ヨウコ。そーいえば、あんたの名前は? 聞いてなかったよね」
エイリアンに尋ねる。彼は答えた。

『私の名はハレイ。彗星人ハレイだ』


<次回予告>
「ヨウコだけどさ、ちょっと聞いて。ハレイってば、あたしの私生活にいちいち口出してくるのよ。
 大体どういう理由で、エイリアンに乙女のプライバシー大公開しなきゃいけないのよ。体内同棲なんて真っ平御免だわ。
 ああ、タクミさんへのあたしの気持ち、いつになったら伝えられるのぉ……」
次回、“宇宙開拓史”。
『ヨウコ、予告はもうちょっと真面目にやるべきだと思うぞ』

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