工具箱の中身が散らかるカウンター。
歯がかけまくっている金鋸が散らばっている。
時計屋、3本目の鋸を手錠に当て、引き始める。
時計屋が汗をぬぐう。それにもかかわらず、トヴァはつぶやく「時計屋。」
 時計屋はうなずいた。
「お前、萌えの定義分かってねぇだろ。」
 時計屋、黙ったまま鋸を引き続ける。
トヴァ、クリオネに聞く。
「いったいなんだって、こんなおまけを腕につけられたんだ。」
「前、この町引っかきまわしたハッカーをやっつけたよね。」
「ああ。」
「で、賞金かけられたの、あたしたちだったよね。」
「うん。」
「賞金、出ないよね。」
「・・・。」
「ところが、賞金出してくれる、って人がいたの。」

話は数時間前にさかのぼる。
色とりどりの屋台を歩くクリオネと男。
「あっ、俺の名前知らない? 海の家のつんくって言えば俺のことだよ? いやぁ、他にも篠山紀信一年分とか、飯野健治5日分とか言われてて、結構業界じゃ有名なんだぜ? 」
「それよりも、賞金払ってくれるの? 」
「いや、知らない。」
「じゃあ、どうして、『賞金払ってやる』って言ったの? 」
「えっ? 俺そんなこと言ったっけ? そんなこと言った覚えはねぇけど。」
などといいながら、男とクリオネ、ごみとゴミ箱と野良猫の巣になっている裏路地へ入る。そして、古ぼけたアパートの赤錆が浮かぶ階段を上がっていく。
「でさぁ、マイク・タイソンも、エルビス・プレスリーの息子のまたいとこも、も、チャダもプロデュースしたのは俺なわけ!」
 言いながらアパートの一室を開く。
そのとたん、胸に真っ赤な血が飛び散り、男倒れる。
クリオネ、口を押さえる。部屋の中には、テーブルにはカメラ、天井に張り巡らされた紐には、チャイルド・ポルノの写真が並んでいる。そして、スターム・ルガーを持った持って仁王立ちになった女もいる。
「あんたの・・・あんたのせいで芸能界デビューが。」
 殺虫剤が効いてきた芋虫のようにごろごろと転がる男に、弾倉が空になるまで弾丸を撃ち込む女。
 あんたに・・・すべて賭けたのにっ! 私の財産も、心も、体も、×××も・・・。大体、即ハリウッドデビューとか言うのに、出たのはAVじゃない! 
 スターム・ルガーMk2のボルトが完全に下がり、弾丸がなくなったことを示しても、コロスシナスと泣き喚く女。そして、完全に彼の息が止まったことを悟り、にたにたと笑い出し、その顔が地雷を踏んだように泣き顔になり、顔を覆って出て行く。
 呆然と、その場に突っ立っているクリオネ。硝煙が収まっていくにつれて、操り人形の糸が切れたようにぺたんとその場に座り込む。文字とおり目を白黒させて、息をするのも忘れているようなクリオネ。いきなりクリオネご自慢の総絹製ガントレットを掴む手。
 そう、地獄からの死者、クリオネをこの場に引き込んだ男が、血反吐を吐きながら最後のお願いをする。
「へっ・・・、俺も・・・ツケが回ってきたようだ・・・。」
クリオネ、必死に逃れようとする。もうクリオネのしゃがみこんだあたりから、黒いしみが広がっていく。
「これを・・・届けてくれ。きっちりと金も払う・・・。」
いつの間に用意したのだろう? 男の左手にはセロケースが引きずられている。痙攣を起こしつつも、とても死にかけとは思えないスピードで、クリオネの右手に手錠をかける。

「そういったわけで、ケースがここにあるのよ。」
トヴァ、ケースをじっと見る。ざらざらしたつや消しの黒の表皮。「届けてくれ」と言われても、手がかりになりそうなものは無い。
「ねぇ、トヴァ、どうしよう。このまま一生右手がこのケースにつながれちゃったら。」
「あのね、クリオネ。」
トヴァ、まじまじとクリオネの顔を覗き込んで
「お前、本当に話長いな。」
言い終わるか終わらないかのうちに、まるで転地がひっくり帰るような衝撃が。転がるテーブルや椅子、電気ストーブ、箱、フライパン、コンビーフの缶詰、酒瓶、そしてトヴァとクリオネと時計屋。
 それもそのはず。誰かがボートハウスにクレーンを引っ掛けて吊り上げたのだ。
 家具のなだれに飲み込まれそうになるトヴァ。難を逃れて窓にへばりつき、外を見ようとすると、そこへ銃弾が。

続くー