怪獣大戦ガメラ2026

第九幕


大気圏の上部、宇宙すれすれの希薄な蒼穹を飛ぶ、幻想的なまでに美しい羽。
長く、しなやかな幾本かの触手に支えられた、光の加減で虹のような色合いを見せる極薄の皮膜翼。全長90m級の大きさでありながら、その姿はたおやかとさえ言える。そしてそんな姿でありながら、そんな大きさでありながら、今それはマッハ9もの超高速で空を翔る。
その名はイリアス。メカガメラと類似した技術で作られた、部分的に機械で再構成した怪獣「イリス」のクローン。それが、日本目指して飛ぶ。

半機械・半生体の丁度メカガメラとジャイガーの中間のようなコクピット。
その中でウィリデ02はイリスの頭部を模した仮面を被り、体に触手状の生体ケーブルを絡めている。

今まで自分から意見を述べることなど殆んど無かったウィリデ02の言葉に驚きながらも、上層部は意外とすんなりイリアスの日本行きを決定してくれた。
しかし、その理由は余り芳しい者では、否寧ろ危機的と言ったほうがいい。
(イリエスたちが揃って東洋区・・というより、日本を目指して集結しつつある。かつてのギャオスハイパーの大移動を思わせる、それよりもさらに規模の大きな動き。それに加えて・・・)
きり、とウィリデ02は精密に人間そっくりにデザインされた真っ白い奥歯をかみ締めた。
(海・・・!)
あの時。比良坂海のデータにアクセスしたあの時。ウィリデ02は海の「意識」に触れていた。
その思考、意思、言葉ではなく一旦意識が融合するコンピュータ同士のデータ交換とは全然違う、己の中から相手の心が湧き上がるような感覚。
それに突き動かされ、ウィリデ02は今飛んでいた。その心語るべを持たぬが故に、体・・・もう一つの体であるイリアスで示すために。

「ごがぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
凄まじい咆哮と、そしてそれ以上に大音量の破壊音。
今や世界に残った数少ない都市要塞の外壁を、黄土色の腕がぶち抜いた。腕は一本だけではなく続けざまにもう一本打ち込まれ、こじ開けるようにして装甲を引き剥がす。
特殊混凝土とチタン合金の多層構造のうちコンクリート部分が崩れチタン装甲版は歪み、見る見るその腕の持ち主の、身の丈90mの巨躯が割り込む。へし折れた片足をかばって引きずっているため若干屈んでいる格好だが、それでも尚充分に巨大だ。
「ふ、ふ、ふぁははははは!!どうだ、見たか!キサマら愚民ども如きにこのシュラを、ジャイガーを食い止めるなど不可能だ!!」
高笑いし勝ち誇るシュラ=ジャイガーだが、その声はいささか震え引き攣っている。足は折れ全身を雨霰と降り注ぐミサイルと175mm砲弾に全身を打ち据えられたのは、いくらジャイガーといえど相当堪えたらしい。
現に全滅させるだけの余力が無いからこそ、一転突破に作戦を切り替えたのだろう。本人は認めたがらないだろうが、自衛隊はメカガメラなしでそこまでの奮戦を見せたのだ。
しかしジャイガーに突破を許したのは、
「く、くそぉっ!全車両反転、追撃を・・・」
「馬鹿者!市街内で砲撃戦を演じるつもりか!?」
咄嗟に叫びかけた参謀の言葉を、制止する中佐。
24式対獣戦車の175mmレールガンは虚弱な人類の町など流れ弾だけでずくずくの穴だらけにしてしまえるだけの力がある。それでは敵を倒せても
かつて、人類が60億人もいたころならば市街地で派手な戦闘も出来ただろうが、既に文明自体ががたがたの現在ではそんな無茶をしていては即座に兵站が破綻してしまう。故にこそ各都市を要塞化し、その内部を兵器工場化しそこに至るまでに襲来するイリエスを撃破するという現在の戦略が生まれたのだ。
「そのとおり・・・市街内部に突入した時点で、我の勝ちということじゃ!」
ジャイガーと一体化することにより電波を感知し通信による会話も把握できるシュラは、混乱する自衛隊の通信を聞いて笑う。
そして、その直後シュラの言葉は、余りに。
「キヨカワ!いつまでぐずぐずしておるか!」
余りに・・・一体なんなのであるか、それを聞いた人間は認識できないほど衝撃的。
その言葉に最初に答えたのは、街の中心部に位置する研究所に隣接した、ギロンの格納庫。巨大なハッチが左右に割れるように開き・・・そこから、先の戦いでジャイガーを撃退するために町を一区画壊滅させた怪獣が姿を現す。
黒い刃に手足を生やしたような、殺戮のみを目的に作られた命の形。しかし改良され、今度こそ完全に清川教授らの制御下に置かれたはずのギロンが・・・敵であるはずのジャイガーを守るように傍らに立つ。
それはすなわち・・・清川教授たちがシュラに組したという事実を如実に表す。
そして、シュラは宣言する。
「見よ!賢き者は既に我が配下に直った・・・降伏せよ人類!このシュラの庇護を受け入れよ!」

同時に、メカガメラドッグを中心とした軍事施設と付属病院で、殆んど一斉に戦闘が開始された。

「けっ!ある程度予測はしてたがよ・・・!」
硝煙立ち昇る拳銃を構えて機材に隠れ、整備班長は舌打ちをした。骨董品といっていいほど古い小型のリボルバーで、とてもではないが遅い来る清川たちの私兵に対抗できる武器ではない。そもそもイリアスたちが現れて以来兵器開発・生産は対怪獣のものが殆んどとなっており、このような対人用の武器など見かけることもまれになっていた。
それこそ、清川たちのように大量の銃器を持っていたというほうが不自然である。
あげく軍属とはいえ整備兵、それほど銃が上手いわけでもなく、撃ってもなかなかあたりはしない。このまま押し捲られたら、確実にやられてしまう。まだ人と人が争っていたころから兵士だった整備班長には、それがはっきり認識できる。
「こんにゃろっ!」
叫ぶや否や転がるように機材と機材の間を移動するとドックの操作室に飛び込み、整備班長は使い慣れたそれらを通常とは違う用途に用いた。
レバーとボタンの操作に従い、本来メカガメラの巨大な部品や装甲版を動かすためのクレーンが起動。鉄の腕を振り回してその稼動範囲内に居た運の悪い兵士の一団をなぎ倒した。
「う、うわーーーっ!」
悲鳴を上げて、打ちのめされた兵士達がメカガメラの頭部近くに位置しているこの場所から、足がついている床まで落下した。メカガメラの身長87m分を落下したのでは、到底助かるまい。
「けっ、馬鹿ども・・・こんな人類存亡の危機ってな状況で内輪もめおっぱじめやがって!」
ひと時の勝利、しかし苦く整備班長は呟く。それは、決してまだまだ兵士が押しかけてくるからだけではなかった。
「俺たち人類ってな、本当にどうしようもねぇ馬鹿なのかな・・・!」

「そうです、人類は愚かです。故に、我々による制御が必要なのですよ。」
温厚な表情を不気味なまでに崩さないまま、清川教授は今や反乱軍の司令室となった研究所で一人ごちた。
「何が科学万能の限界ですか、マナテクノロジーの罪ですか・・・!そんなもの一切合財、我々は力でねじ伏せてみせる!」
声に、力が篭る。科学者としての矜持。それが、彼等の理由というわけか。・・・その、愚かな人類の一人であるというのに。

キーボードタッチによるカタカタいう音のように力の無い、しかしその貧弱さがかえってそれで容易に壊れてしまう人体の弱さを想起させるおぞましさを持つ銃声が響く。
聞きなれない、対怪獣用ではない兵器の発射音。対人用の・・・凶器、銃の音。
震えながら、しかし「彼」は決意を固めていた。自分が行うべき、行わねばならないことを。

兵士の一団が、病院に荒々しくなだれ込んだ。悲鳴を上げる医者や看護婦、患者を蹴散らして目標の病室に殺到する。
「ここだ。比良坂特尉を確保しろ。」
それは、比良坂海の病室。今やボロボロでも尚、「メカガメラの巫女」という立場が、狙われる原因となった。
扉を開け、部屋に入る私兵・・・と!
「うわああっ!!」
ガゴォン!!
部屋の横に据え付けてあったスチール製のロッカーが勢い良く倒れかかってきた。思い切りそれで強打された私兵は一溜まりも無く昏倒。
さらに、それを踏み越えようとした兵士にキャリーのついたベッドが突き動かされ突進。跳ね飛ばされたあげくひっくり返ったベッドが二人目の兵を押さえ込む。
えらくだらしの無い有様だが、いくら銃など装備を整えていたとはいえこの時代本物の特殊部隊など当の昔に戦場で壊滅しておりまた対怪獣戦闘では使いようが無いゆえ維持されてもおらず、事実上あくまで「特殊部隊のような」兵士達でしかなかったのだ。
その隙を縫って、動く影。
「うおおおおっ!」
大迫だ。海の細い体を背に負うと、ベッドやロッカーに押さえつけられた兵士の上を飛び越えて脱出する。あっというまに角を曲がると、未だベッドやロッカーに押さえつけられている兵士達の視界から消えた。

「うおおお、わっ、ひえええええ!」
ピュンピュンと空気が裂ける音、飛び交う弾。悲鳴を上げながらも、しかし大迫は必死の形相で海を背負って走り続けた。
その戦場の騒音の最中、大迫は不意に背中に動きを感じた。
「・・・お、大迫・・・!?」
「気づいたのか、海!?」
不意に背中から聞こえた細い声に、驚きと嬉しさを混合した声で答える大迫。
しかし同時に気づく。長時間の昏睡状態にあった海は、この戦いのことを知らない。一体何が起きているのか・・・彼女がボロボロになって守った人間達が、どれほど浅ましいことをしているか。
事実海は、一体何が起こっているのか分からないといった様子で周囲をきょろきょろと見回し・・・その拍子に眩暈を起こしたのか、がっくりと首を大迫の肩にうなだれさせた。
「い、一体、何、が・・・?」
途切れ途切れに問う海の声はやはり弱弱しく、意識を取り戻しただけで体は回復していない事実がさらに突きつけられる。そして、そんな弱き問いに、答える暇も無い。

「・・・ふむ・・・」
部隊の通信を聞いて、シュラは軽く唸った。どうせ無駄だというのに、未だにメカガメラの巫女は逃走を続けている、いや正確には巫女を連れているものが。守護者、といえるかどうかはシュラには分からなかったが。
それにシュラは、興味を抱いた。あるいは、それ以上の何かか、ともかく。
「兵どもを退かせろ。我がやる。」
そう通信機の電波と同波長で「言う」と、シュラはジャイガーに腕を振り上げさせた。
「ふん!」

「うわあああああああっ!!?」
突然目の前の廊下の壁と天井が砕け散り、大迫は驚愕の叫びを放った。それを行ったのが、巨大な黄土色の腕であると認識する僅か一瞬の間にさらにそれは病院に突き込まれ、壁天井どころではなく床までも砕いた。
飛び散る瓦礫から海をかばい、慌てて踵を返す・・・が、今度はそちらでも同様の破壊が巻き起こり・・・挟まれる。
そして真上の天井が引き剥がされ、ジャイガーの巨大な顔と、顔の面積に比して細い目が、まるで空そのものが睨みつけているように、ぐっと海と大迫を見た。

「小僧、何故だ。」
シュラが、問うた。ジャイガーの瞳を通して、海と大迫をひたと見据える。
「何故そこまでして抗い、そのメカガメラの巫女を守ろうとする?」

「シュラ・・・!」
巨大な怪獣の貌に似合わぬ少女の声、それを聞いた海が青褪めた表情を引き締めるが、無視するように再度、シュラは問うた。
「おぬしは何故メカガメラの巫女を守ろうとする?既に我が軍団はこの街を制圧しつつある。無駄とわかって、何故?」
瞼で大半を覆われた細いジャイガーの目、そして背負われた海のシュラの言葉で大体の状況を理解してしまった不安げな視線が、大迫力也という一人の少年に集中する。遠くにまばらな戦闘音が聞こえているがシュラが兵士を下げさせたため、あたりは穴の開いたような静寂。
まるで今はこの少年が、世界の総てであるかのように。
緊張感に大迫は一、二度咽喉を鳴らし、唇を舐めた。目前に迫り来る死、そこに賭けた命の意味と価値を問われるが如きこの質問はそれほどに重く。
「守りたい、からだよ。今まで海が必死に戦ってきたこととか、俺が上手く接してやれなかったこととか、そういうのもあるけど。とにかく目の前の命を守りたい・・・それだけだ!人間なら当然のことだろ!」
しかしその重圧に耐え、大迫は言った。言い切るには届かない、しかし確かに形に出来た言葉。
必死ゆえ当人の意識したことではないだろうが、この人間の惨状の中を尚抗いぬきその尊厳を守ろうとする、言葉だった。
「力也・・・」
その言葉を、まるで噛み締めるように聞く海。
「・・・・・・・そうか。」
それを聞いて、シュラが応じる。その間には、間が存在した。
その間の意味は、果たして何だったのか。
「我の目的は支配、それによる滅びた我が国の復興じゃ。王族として当然の悲願。・・・安心せよ、支配した以上は責任を持つ。お前等を倒したあとは、責任を持ってイリエスどもを駆逐し支配者として人を統治しよう。」
次のシュラの言葉は、大迫の言葉に応じてであるが同時にまるで己に言い聞かせるようであった。
そしてそう言うと、シュラは動く。これはあくまでシュラが望んだが故に生まれた会話、本来シュラは敵として眼前の二人を叩き潰すのがその本懐。そして、その通りに動くジャイガー。
拳を振り上げようと、ジャイガーが一旦病院から体を離し、身をそらした。
刹那。

ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!

衝撃波が精密にもジャイガーを病院自体には傷をつけず引き剥がした。転倒するジャイガー・・・明らかに計算されつくした、冷静な動きだ。
直後、マナエネルギー通信が市街全域に向けて放たれた。たった今上を通り過ぎた期待が、反転着地体勢に入りながら発したものだ。
「こちら、欧州連合軍クローン戦闘獣「イリアス」。これより戦闘加入する。侵略者古代アトランティス人シュラ、逆賊清川教授らについては既にコンピューターへのアクセスから調べがついている。我、メカガメラに変わりて日本を防衛せん!」
美しい羽をまるで羽衣のようにはためかせて着地する、半機械のイリス。既に状況を把握していると言うだけあり、落ち着いた美しさすら感じられる。
「あれが、イリアス・・・!」
分断された世界の反対側、噂でしか聞いたことの無い欧州を守るもう一人の戦女神。
「ふん、もう一匹の人類の怪獣が現れよったか、好都合!キサマも倒せば今度こそ我が世界の王!」
好戦的に笑みを浮かべ、ジャイガーを降り立ったイリアスに向き直させるシュラ。
「しゃああああああっ!!」
片足が折れているなどとは思えないほど俊敏な正に怪しき「獣」の動きで、ジャイガーがイリアスに飛びかかった。両脇腹のスリットから生体ジェットを吹かし、その加速度を総て乗せた拳の一撃。
響き渡る叫び。対照的にイリアスは静かに、殆んど体を動かさずそれに対処する。
「クルォ・・・」
シュウウッ・・・!
風を唸らせ、イリスの特徴である長い触手がその全長から考えると信じられない素早さで動いた。槍のように鋭く、鞭のように柔軟に突き進むと突き出されたジャイガーの腕に絡みつき、そのまま相手の勢いを利用して投げ飛ばした。
計算されつくした被害最小限の方角、戦闘機部隊の出払った滑走路に落下するジャイガー。
追撃に翼を広げたイリアスは、同時に脚を思い切り大幅に動かし走るとも飛ぶとも見えぬ機動で大通りを高速で駆け、一気に間合いを詰める。
「ガァウッ!」
弾かれたように身を起こし、牙からニードル弾で応射する。それをイリアスはしかし的確な仕草で、イリアスの腕の部分の打突に用いる装甲をかざすと、それを構えてニードルを弾く。
一瞬それに驚くジャイガーの隙。
そこを目掛けてイリアスは胸部のレーザーキャノン、触手先端部からの超音波メスの一斉射撃を叩き込んだ。投げられた後の衝撃から身を起こす前に反撃したため身動きできなかったジャイガーにかわす余地は無い。もろに超音波の産み出す空気振動の高熱化発光とレーザーが空気を焼いたプラズマの光のラインの網の中に捉えられる。
「ぐああああああああ!」
全身を熱と超音波で切り刻まれ悶絶するジャイガー=シュラ。それでも必死に離脱しようとするが、遅かった。
直後怖いくらい躊躇いのない動きで突っ込んだイリアスがタックルでジャイガーを倒し、腕部刃と触手で押さえ込んで首筋に刃を突きつける。同時に触手からは超音波メスを、胸部からはレーザーキャノンを何時でも至近距離から叩き込めるように充填する。
あくまで冷静に、ウィリデ02は言った。
「王手積みよ、投稿しなさい。海との精神感応で貴方のデータは得ている。ましてや今は手負い・・・それで私とイリアスに勝てると思うな!」
「ちいぃぃぃ・・・」
唸るシュラ。確かに、自衛隊相手の戦闘で力を消耗しすぎた。
「あの雑魚どものせいでぇっ・・・!完全な体であれば、負けはせぬものを!」
それでも身を起こすジャイガー=シュラだが、その体からはメカガメラを叩きのめしたときあった絶対的な威圧の気配が消えてしまっている。
(大丈夫だ、勝てる・・・!)
それを見つつウィリデ02がそう判断した、時。
「これは、いけませんな。」
ズン!
刃を突き立てるような重い足音と共に、現れる黒い鋭角の影がイリアスを弾き飛ばした。同時に立ち上がるジャイガー。
「ギロン・・・!」
「おお、キヨカワ!」
マナの波動を利用した怪獣用の通信での清川教授の言葉。
そして返される正反対の声。ウィリデ02は苦く、シュラは嬉しげな。
「丁度良いところにきた。加勢せよ!こいつさえ倒せば世界はもはや我等の・・・」
来た、といっても正確には清川教授はシュラやウィリデ02のように怪獣と一体化しているのではなく、研究室からギロンを遠隔操作しているのだからこの言い方は正しくない。
とはいえ自身が怪獣となっているシュラは、思わずそう考えたのだろう。つい、自分と同じような感じで言葉を発したというところか。
「ええ、存じております。」
そして清川は答え。
ぞぶしゅっ。
水音のような、千切れる音のような、爆ぜる音のような。
人の立てる音にしては大きすぎ、爆音にしては静かすぎ。
おぞましすぎる音。

「・・・え・・・・・・?・・・」
ジャイガーの胎内のコクピットで、シュラは一瞬酷くあどけない、きょとんとした表情をした。

「な・・・!?」
それを見上げていた大迫は、そして海は、唖然と目を見開いた。
「・・・」
ウィリデ02も半機械のコクピットの中で、一瞬信じられないといった表情を浮かべる。

その音は、もしそれがしかるべき場所で適切な大きさですれば、何の問題も無い音だった。
包丁が、肉を斬る音。
それがしたのは、シュラが巫女を務める怪獣の体。
「あああああああっっっ!!?」
ジャイガーの右腕が落ちた。落下し、舗装された地面に日々を入れる腕。
直後、噴出す鮮血。メカガメラのそれとはまた異なる、紫の血潮。腕の断面から真横に、噴射されるように迸る。
激痛に、というよりは驚愕にといったふうな叫びを上げるシュラ。強烈なシンクロ=フィードバックにより、腕がとれるまではいかなかったものの切断面である肩口にぐるりと骨にまで達する傷口が開き、赤い血がコクピット内部一面を汚す。
咄嗟に左腕でその傷を抑えようとする。

どず。

しかし、さらに肉切りの音。
「が・・・ばっ・・・」
ジャイガーの腹部を背中から貫通して飛び出る、巨大な刃。
それはギロンの、ギロンの、ギロンの頭部先端刃。

「な、なに、が・・・?」
激痛に苦しみ悶えながらも、一体何が起きているのか把握出来ずに身を捻り周囲を見回すシュラ=ジャイガー。
その体を、さらにギロンの脚の刃、顎、十字手裏剣に目を付けたような姿でギロンの体から独立して飛びまわる小型生物兵器「テラ」ユニットが切り刻んだ。
倒れる、ジャイガー。ぬるりと血に塗れた刃が抜ける、拍子に体が反転し仰向けに。
「あ・・・けほ・・・っ」
呆然と、まるでギロンの刃に心まで抉り取られてしまったかのように、呆然とするシュラ。
仰向けになることによって目に入った背後の光景。それはやはり、ギロンが己を襲ったという以外の何者でもない。
「今までご苦労様でした。」
そして・・・清川の声。
「元々メカガメラとイリアス、二体を相手にしてはギロン単独では心もとなかった、それゆえ貴方を利用しただけのこと・・・用済みです。」
「な、キサマら、裏切っ・・・」
激痛のショックで呼吸困難気味になりながら、何とか言葉を搾り出すシュラだったが。
「必要の無くなった道具を捨てるのは、裏切りとは言いませんよ。よく考えてみるのですな。遺跡の冷凍睡眠装置から目覚めた幼い貴方を、私達が支配者と呼んだ。私達が・・・貴方が人類支配のため戦うように作り変えたのだよ、本当はそもそもアトランティスのそもそもの敵国、ギャオスを使用して滅ぼしたムウの王女だった貴方を。私達目的のためにね。」
「な・・・そんな・・・」
突きつけられた、自分という存在を根底から突き崩す事実に、支配者たろうとしていながらも未だ幼かったシュラの心は、砕けた。
魂が砕け散り削れるような、甲高い悲鳴が上がる。
「う、うわあ、うわああああああああああ!!!」
のた打ち回りながら、叫び咆える。
「おのれ、おのれぇぇぇぇっ!我をっ、ジャイガーを、道具と・・・!!ああああああああ!!!」
血の涙を流し、血反吐にまみれ、可憐な装束を真っ赤に染めてシュラは絶叫した。
「ぐぉろろろろろっ、があああああああああ!!」
そして、獣の咆哮。ジャイガーの叫び。・・・そして、獣になったシュラの、修羅の叫び。
壊すことにおいてしか他者と接触できぬ命、怪獣の声。
必死に、自暴自棄に手足を振り回して抵抗し暴れまわるシュラ=ジャイガー。
ガン、ゴン、ゴォォン!
あまりに惨い。敵であったとしても海も大迫もそう思い、思わず顔を背けた。感情の未熟なウィリデ02ですら、同様の表情を見せる。
しかしその打撃に、ギロンは何ら痛痒を感じた様子もなく不気味なまでに冷然とそれを受け止め、煩いとばかりに脚で思い切りジャイガーの頭を張り飛ばした。
巨大な重量を支える脚での一撃に地面に血痕を残しつつ吹っ飛んだジャイガーは、そのまま動かなくなる。まだ生きてはいるようだが、シュラとの接続がきれたかシュラ自身が失神したか、動かない。
「全く、肉人形が・・・邪魔っけな。もうお前はいらん、と言っておる。」
絶叫するシュラに対し、清川教授の言葉は余りにも無感情で、簡素で。
それこそ本当に、いらなくなったゴミを捨てるだけの声。
「さあギロン、とっととトドメをさせ。」
そして、操作されるギロンの制御装置。
しかし。
「む、どうした・・・?」
研究所で、清川教授は首をかしげた。確かに司令を送信したにも関わらず、ギロンが動かないのだ。
そしてもう一度司令を入力しようとした、その時。

不意に、光った。
赤く。
複眼の瞳を持った目・・・ギロンの目が。
「グココココ・・・」
獣の唸りと蝦蟇の鳴き声、それに内燃機関のアイドリング音を強引に混ぜたような唸り声を上げると、ギロンは地面に落ちたジャイガーの腕を三つに分かれた顎で咥え。
「ゴッゴッゴォ・・・ゴググ。」
僅かに笑うような鳴き方をすると、それを咀嚼し、嚥下した。

命令とは、違う行動。
そして。
黒い装甲が逆立ち、スリットから射出された「テラ」ユニットが、清川教授たちが指揮を下す研究所めがけて飛んだ。
「な・・・!」
その姿どおりテラは目標に突き刺さり、同時に電気鋸のように回転して切り裂き粉砕する。一撃で崩壊する研究所。
一声を発する間も、恐れる間も、悔いる間も無論無く、清川教授とその一味は研究室ごと絶命した。
古代アトランティスの王女すら手玉に取り、世界征服に王手をかけた者どもの、それはあまりにもあっけない最後だった。

「ぐごごごごごごごぉ!!」
咆えるギロン。勝ち誇るように。くびきを外したことを喜ぶように。
そしてその獣の赤き目は、次にウィリデ01=イリアスを捉える。
「っ!!?」
事態の急激な変化への驚愕。それ自体は、既にウィリデ02は処理していた。しかし、一瞬反応が遅れた。
機械として兵器として作られた心にありえぬ、「獣の目」への、初めて感じた恐れに。
咄嗟に放った胸部レーザー砲は、たった今までギロンの居た地面を抉り溶かした。
「外し・・!?」
「ごおお!」
直後に突貫したギロンの頭部刃を、ギリギリで身を捻りかわすイリアス。
急な猛攻に咄嗟に翼を開き飛翔、上空に逃れる。
直後追撃に来る二体の「テラ」ユニットを、これは超音波メスで打ち落とした。
そしてそのまま飛行してギロンの背後に回り超音波メスによる射撃を続行、集中しギロンを狙うイリアス。
「発射・・・!!?」
しかしその一撃を、ギロンの黒い外骨格装甲は弾き返した。それが信じられず、ウィリデ02はコクピットの中、仮面の下で目を丸くする。
(馬鹿な!?設計からのデータよりも遥かに硬い!?)
事前に公表されていたデータ、清川教授の反乱を察知したときハッキングで手に入れたデータ、いずれからもそれは想定外の能力だった。・・・所詮、生命はましてや怪獣は完全に人の思い通り陰アドなら無いということか。
そして次の瞬間、装甲だけがギロンが当初の予定を上回った能力ではないということをウィリデ02はその身で知る羽目になる。
「ゴ、グゴォオオオオオオオオ!!」
「!!?」
絶咆と共に、ギロンの姿が一瞬でかき消える、否イリアスの機械のアイカメラが捕らえられないほどの超・超高速での機動。
一瞬で空を飛ぶイリアスの上に、ギロンは出現していた。その黒い全身が蒼く濡れている・・・それがイリアスの血液であると、認識。

ズシイイイイイイイン!
「クゥウウウウウ!!」
すると同時に、触手の半分と腕一本をざっくりと切り落とされたイリアスは、地面に落下した。
同時にギロンがその上に落下、鋭い刃状の脚で昆虫標本を作るようにイリアスを地面にピン止めにする。迸る蒼い鮮血。
それでも反撃に胸部のレーザーキャノンを一斉射撃し、腕の刃と残った触手でギロンを押しのけようとするが、重量で勝る非論はそれを許さず、
ガブシュッ!
喰らいつき、
ズシュッ!
刺し貫き、
ズドン!
叩き斬る、イリアスの体を。
「うあ、がああっ・・・!」
たちまち血みどろになり、また機械部分が破損して火花を噴くイリアス。コクピットの中で、ウィリデ02は絶叫する。
あまりに圧倒的なまでの力の差。そして。
「グググググゥ・・・!」
「う、ああ・・・」
その、爛々と光る赤い目。狂喜するような、その目。
己の手で獲物を思う存分狩る、獣の喜び。鎖から解き放たれたその野生に、ウィリデ02は慄く。それは、計算で戦うウィリデにとっては正に未体験の、生命の本質的な「捕食される」という畏れ。
「ひ・・・!」
「ごぎゅぎゅぎゅぅぅぅぅ!!!」
そしてトドメとばかり、ひときわ高く咆哮し、頭部の刃を大きく振り上げるギロン。

ずぐぉおおおおおおおおんん!!

今、正に振り下ろされるかに思われていたギロンの刃。その側面に突如・・・巨大な爆発が発生した。
殴り飛ばされたかのように、爆発と反対の方向にもんどりうって倒れるギロン。堅牢な漆黒の外骨格に大きく凹みが生じるが、しかしすぐさま起き上がったギロンは闘犬のように低く身を構え唸る。
海は、大迫は、整備班長は、ウィリデ02は・・・その場に居た総ての者は、唖然と見た。その爆発が、巨大な火球の着弾によって発生したことを。
「ヴァァアオオオオオオオオオン!!!」
そして聞いた。

かつて響いた、咆哮を。
ガメラの、本物のガメラの声を。

戻る