怪獣大戦ガメラ2026

第七幕


「そう、ですか・・・そんな、ことが・・・」
「ああ。」
感情が欠落したような細く単調な少女の声と、苦りきった壮年の男の声。
後者は、メカガメラの整備班長だ。作業用のつなぎを着たままで、未だ何とか確保できている映像突き追伸会戦の端末前に腰掛けている姿は少々アンバランスに見える。
しかし、彼が整備する対象はあのメカガメラ。異形であり異端の技術とはいえ、新鋭の超技術の集合体以外の何者でもないそれを整備運営できる以上、性格が昔かたぎ職人風の頑固者であってもそのインテリジェンスは高くて当然である。
そしてその通信回線を挟んだ向こう、航空交通網も乱れきった現在においては時間的に遥か彼方となって久しい欧州の地にてこの会話に応じているのは、
外見年齢12、3歳くらい、緑がかった髪通常の人間ではありえない色の髪を腰まで伸ばした少女だ。
「今までの無理が、一気に全部かかってきたみたいに、海はもうがたがただ。ただでさえ心理的にも色々抱えてたらしくてな、それに積もり積もった疲労がで今回の敗北で一気に表面化してきた、て具合でな。ウィリデ-02。おめえさんはどう思う。同じ、怪獣の巫女として。」
ウィリデ-02。番号混じり、識別記号の域を出ない無粋でぞんざいな、それが少女の名。「ウィリデ」というのはラテン語で緑の意味であり、それを知ればますますただの記号じみた感じを受けるだろう。
彼女は人間ではない。ある科学者が対イリエス用に製メカガメラを参考にして作した兵器システム・・・残骸から採取した遺伝子情報を元に作成した不完全なイリスのクローンをサイボーグ化した兵器ウィリデ-01イリアスの一部としての人造人間、コア=ユニットだ。
製作した科学者が戦闘に巻き込まれて他界したために、天涯孤独といってもいい。そしてDNA的には人間で無いといえる彼女がこうして勝手な通信が出来るほどの自由すなわち人権を持っているのには理由がある。
イリシズ発生当時NBC兵器の見境無い使用で壊滅したアメリカ、その影響を受けた欧州が助かったのはひとえに彼女のもう一つの体であるイリアスの、メカガメラにはない一つの「力」に理由があったからだ。
それは、マナ・エネルギーの操作と開放。メカガメラのように稼動に必要なマナを搭乗者の生命に依存するのではなく、最初のスターターとして周囲のマナを一定量吸収したあと、倒した敵イリエスの生命エネルギーを吸収し、それを最初に吸収した以上のマナエネルギーに変換して周囲に放出、大地を癒す力を持っているのだ。そう言う意味、メカガメラとは違うさらに完璧な兵器とも言える。
「・・・まだよく私には分からない。」
「そうか・・・」
呟くように答えるウィリデ-02。彼女は知能は高いものの感情と呼べる者は殆んど与えられていない、これは恐らく開発者の意志であると思われる。しかしそれでも学習することにより少しづつ成長し、徐々に人間らしくなりつつある。これは意図してのことなのか偶然の結果なのか、それは分からない。
しかし未だ他者の感情を慮りそれに適切なアドバイスを下せるところまでには至っていないらしく、
「でも、情報から戦況の推測は出来る。そのジャイガーとシュラ・・・多分、いや確実に二人だけじゃない。何らかのバックボーンが存在する。古代アトランティス人の女王といっていたなら、古代人そのもので冷凍睡眠か何かで時を超えた場合でも、その末裔の場合でも、彼女自身だって食事をしたり生活に必要な者はあるはず。それを工面している仲間が絶対に必要。」
「む・・・」
「今のこの状況で、そんな施設の準備とかを出来るもの、場所は限られている・・・そこを探せば。」


「ふむ・・・」
結局、現状を打開するようなことにはならなかった。通信を終えた整備班長はただそこから離れるしか出来なかった。
メカガメラの修理自体は進んでいるが海が倒れっぱなしでは動かせず、さりとてギロンは頼るには余りにも不安定、されど敵はイリエスは未だ沢山居るし、あのシュラも・・・
「しかしシュラについては面白いことを言っていたな。」
確かに行動を起こすならばそのための足場が必要なはずである。そしてあのあと、ウィリデ-02はもう一つ言った。
(「さらに言うなら、あれだけ単純な言動の持ち主であるなら、それが演技ではなく本性なら・・・」)
「その背後に居る奴らってのがむしろ本体で、操っているという可能性もある・・・か。」
言われたことを反芻しながら、整備班長は改めてウィリデ-02の知恵の深さを感じていた。流石に兵器として生まれただけはあるが・・・それは悲しい。
否、兵器として生まれたというわけでもないが、メカガメラの巫女比良坂海も、悲惨という点では同じような者だろう。年頃の少女が、命を削って怪獣と一体化し戦う・・・彼の若いころならば考えられないような、悲劇。
「してみると、あのシュラとかいうのはどうなのかな?」
「えッ?」
と、歩きつつ呟いた一瞬。
たまたま隣を歩いていた清川教授が驚いたように足を止めた。
「?あ、いや、なんでもないです。ちょっと考え事をしていただけで。教授は?」
それにかえって自分まで驚き、問い返す整備班長に清川教授は未だ動揺した様子で答えた。老人にしてはしわの少ない白い顔に汗が浮かんでいる。
「う、うむ。ギロンの再調整だよ。政府からは使用するにはもう少し精密な操作と制御が出来るようにならねば駄目だ、といわれてね。まだ続きがあるので・・・失礼させてもらうよ。」
そう言うと、清川教授はすぐにいってしまった。
その後姿を見送る整備班長。
「・・・まさか、な・・・まさか・・・」
呟く。
「疑惑」。そして、それ以前の「疑問」・・・シュラもまた、悲しいのか。
しかし、それについて深く考えをめぐらせる暇もなく。

ウオォォォォ~~~~~・・・・・ンンン・・・・

風鳴りの寂しさと、引き掻くような不快感を伴う、長い音。
警報が、基地の空気を振動させた。

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