怪獣大戦ガメラ2026
第六幕
街に響く、騒音。
駆け回る、軍服に身を包んだ男達。しかし、この音は戦場のそれではない。
彼らがやっているのは、戦場整理。つまり、終わった戦いの事後処理、後片付けである。イリシズの群れに喧嘩を売るに比べれば、はるかに容易な仕事だ。
「しかし、こいつぁ・・・」
作業を行っていた自衛官の一人が、呆然と呟く。
被害の余りの激しさに。
未知の存在でであるイリシズ以外の「怪獣」ジャイガーの襲来とメカガメラ並びに新型生物兵器「ギロン」による迎撃戦闘。
言葉にしてしまえば簡単だが、話はそれどころではない。高周波を放ちながら激しい跳躍を繰り返したジャイガーの行動により、地面は着地の衝撃で出来たクレーターだらけの上周囲の建築物は皆高周波にあてられてがたがたに皹が入っている。
メカガメラのプラズマガトリングによる被害も有るが、端に近いといえど市街地であるため全力射撃は行われなかったゆえそれほどというわけではない。少なくとも旧世紀に本物のガメラが市街地で出した被害に比べれば極小と言っていいレベルである。
しかし、問題なのは此処で戦った最後の一匹、新兵器として投入された「ギロン」による破壊だ。レギオンの遺伝子をベースにしたためメカガメラと違って巫女によらず遠隔操作で与えられた司令を元に有る程度自己判断して駆動するギロンは、確かに徹底的に強く止めを刺すことは出来なかったが、ジャイガーを撃退することに成功した。
代償として街の三分の一ほどを壊滅に追い込んで。
巨大な刃そのものであるギロン、その着地した場所、攻撃行動を取った地点、移動した道筋、そのすべての場所にあるものは皆跡形を残さずばらばらとなり、大地には巨大な裂け目が発生している。さらに小型レギオンを研究して製作された突進力は優れるものの旋回などの機動に難のあるギロンをサポートする、その体内に仕込まれた小型生物兵器「テラ」の使用により、被害はギロンの通過地点だけにとどまらずさらに拡大している。
「やれやれ、確かに凄い新兵器であることは認めるが、到底街の近くで使えるもんじゃないだろうに・・・ジャイガーが出現した時点で近隣住民が避難していたから大事にはならなかったものの、ゾッとするぜまったく。」
「そうだな・・・しかし、それだけじゃねえ、な。」
街の破壊跡を見ていた自衛官に、それよりやや年かさの自衛官が言った。同じ風景の中にある、もう一つの「被害」を見つめながら。
それは血。青緑とでもいうべき色合いの人間のそれではない、しかし彼らの良く知った、血。
メカガメラの血。そして、それはその巫女であり一心同体の少女、比良坂海の血でもある。
何度となく彼らと共に戦い彼らを守った、この救いようの無い現代唯一つの希望たる自衛隊の戦女神。
「比良坂特尉、無事でしょうか・・・」
「うむ・・・」
比良坂海は、その時、病室で眠っていた。いや、全身くまなく重傷を負い意識を失って倒れ臥したまま今だ目覚めていないのだから、昏睡といってもいい。
静かで白一色、静謐ではあるが同時に静か過ぎて墓所の如き死の匂いすら感じられる部屋。その雰囲気の比喩は過ちではない。イリシズたちとの戦いが始まってから、一体何人がこの病室で治療の甲斐なく死んでいったか、数え切れない。そう言う意味では、ここは墓所といっても差支えがないのかも知れなかった。
そこに、海は寝ている。病院服と包帯に包まれ身動き一つしないその体は、何故かメカガメラに乗るときの全身のラインを露にするスーツよりもさらに、海の体を華奢なものに見せる。
敗れた故か。少女の体からは、メカガメラの巫女として戦っていたときの、神気とでも言うべき輝くような強さが抜け落ちていた。それゆえ、今ここにいるのは神でも怪獣でもない一人の少女だけ、だからかくも弱々しく見えるのだろうか。
「・・・・・・」
その姿を、扉に僅かに開いた窓から、大迫は身じろぎ一つせず、呼吸すら押さえ気味にしてじっと海を見守っていた。本来面会謝絶の重傷である。しかしメカガメラの修理がもたらす海への影響が未知数ゆえ、重要区画を修理する間中監視していたのだ。
幸い影響はなかった。・・・だがこの現状を前に、どこをどうしても「幸い」などと言えようがない。
死んだように眠り続ける海を見守りながら、大迫はついさっきのように思える、あの海との外出のことを思い返していた。それは、酷く後悔の残る思い。
シュラが現れる直前、海とのそれまで良かったはずの仲は突然悪化していた。
契機となったのは、大迫の何気ない一言だった。自分でも最初は何故かは分からなかったが、あとから思い返してみるとソレが原因としか思えない。
元気に街を駆け巡る彼女に言ったのだ。負傷疲労が絶えないはずなのに予想外に元気な彼女が嬉しかった、ただそれだけの意味で。
「メカガメラみたいだ」と。
そしたら突然何か酷くショックを受けたような表情になった海は、大迫から逃げるように走り去ろうといて、それを追っているうちにシュラと遭遇したのだ。
今、彼女がここまで力を失ってしまったこの遅きに失するときに、ようやく分かる。
彼女自身それに迷い恐れていただろう。一人の人間の少女比良坂海である前に、怪獣メカガメラであるような意識。メカガメラに寿命を吸われるたびに、それに食われ取り込まれていくような感覚。
そういえば、基地でも似たようなことを言っている人を見たことがある。むしろそれは、一種皆の共通の認識になってしまっていたのではないだろうか。
あんなにも華奢で儚げな少女に。
(「不完全な兵器、それに生け贄を捧げ、なお異端視してはばからぬ愚民、気遣って居るつもりのうつけ者、中途半端な覚悟しか持たぬ戦士・・・所詮は下等種族、か。」)
今になって思い出される、シュラの台詞。
それが酷く、大迫の胸に刺さった。
そして、海もまた思い返してきた。深い深い、冥府の少し上を漂うような危うい眠りの夢の中、今までの人生と戦いを。
生を受けて数年、未だ平和だった人類文明繁栄の絶頂期の幸せな生活、一転訪れた地獄のような戦いの毎日、父も母もあっという間に死んでしまい・・・それらは「平和」と共にもう記憶にも殆んど残っていない。
あるのはただ戦い。学徒も整備や基地勤務オペレーターどころか前線任務もされ始めたころ、海はメカガメラの巫女として選ばれた。
そして。
「こんなの、間違っている・・・こんな事をしても」
地に臥した彼女の前で戦う、否暴れまわるギロンの姿を見て、海は痛切にそう感じていた。
全身刃の塊のような姿をして、ヒトデないしは手裏剣を思わせる姿の小型の従卒とでも言うべき生物兵器を従えたギロン。
その戦闘方法は刃である体を突っ込ませるという極めて荒っぽい代物で、周囲のものを次々と破壊していった。特に巨大な刃である頭部を頭突きのように突き入れ、地面にすら巨大な亀裂を作り出してしまう、「破壊力」の具現とでも言うべき存在。
しかし。
周囲への被害拡大以上に、その様子は海の目には酷く、刃の塊であるというのに悲しそうで。
まるで、自暴自棄になっているような、そんな感覚を受けた。
まるで自分がギロンと同種の存在であり、それで同情しているように。
「私は・・・まるで怪獣なのか、人間なのか。だんだん分からなくなってくる。」
眠る意識の中、少女は思う。
それが嬉しいのか、悲しいのか。それを判断するには、意識が余りにも朦朧としていた。
一方。
「ええいっ、おのれ等、あれはどういうことだっ!」
シュラはその外見年齢相応の幼い声を精一杯低めると、大音声で怒鳴った。複雑に体に巻きつけた白い一枚布が翻り、白く華奢な手足と体が僅かずつちらちらと見え隠れする。地下と思しき広大な、なにやら研究所めいた空間。
腰のベルトから、まるで刀を抜くような仕草でジャイガーを呼ぶための笛を抜くと、彼女に傅いている、こちらは現代風のスーツと白衣を纏った男の方にびしりと叩きつける。
「答えよ、ギロンは我等ネフェルアトランの剣として作らせたのではないか!何故ソレが我のジャイガーに手向かったか!!理由いかんによっては・・・ジャイガーに食い殺させるぞっ!」」
少女とは言えど、凄まじい剣幕だ。ましてやシュラはジャイガーの巫女、絶大なる力を持っている。
びくりと背中を振るわせた科学者の男は、滑稽なほどへどもどしながら回答した。
「ははっ、何分現代人間どもの政府や研究機関に我等が浸透を果たしているとはいえ、未だ完全に操れているわけでは御座いませぬ。今回の場合現場のものが未完成状態での出撃を独断したため、我等がどうこうする前にギロンが解き放たれてしまいまして・・・
「ご安心下されませ、今度は我等がギロンを操る番で御座います。あの都市の現代人とメカガメラを殲滅した後返す刀で我等のアトランを滅ぼしたギャオスの末裔イリシズどもを叩き潰し、人類に降伏を勧告すれば・・・たちどころにして英雄にして神たる存在、至高の高みにシュラ様は君臨なされるでしょう・・・」
首筋に笛を突きつけられたものだけでなく、周囲の科学者も平伏して必死に言上する。何しろシュラと彼女の操るジャイガーはギロンとの戦い出て傷を負ったといえど未だ健在、人間など一飲みに出来る・・・否、傷の回復のため栄養を必要とし、むしろそうすることを望んでいるのだ。
「・・・ちっ、使えぬ奴ばらよの。」
その答えにあからさまに不満を露にしながらも疑念は解いたらしく、シュラは首筋に突きつけた笛を収めた。同時にほっと息をつきかける科学者・・・そこに追撃。
「二度はないと思え。今度しでかしたら・・・おのれ等の無策が我がジャイガーを傷つけた分だけ、滋養になって贖ってもらうぞ!」
「ひ、げほっ、ははぁっ!!」
気を抜きかけたところの一括に、肺の息を妙な具合で吐き出して咳き込みながら、一同必死に平伏し、転げるように退出する。
つまらなそうにそれを見送ったシュラは、うってかわって優しい、子犬をめでる母犬のような幼い顔の不釣合いの母性を感じさせる表情で、背後の暗闇に振り返る。
がぉろろろろろろろ・・・・・
低い、遠雷のような唸り声。
ジャイガーだ。シュラの背後の底知れぬ闇に、巨大な体をちぢこめるようにしてジャイガーが収まっていた。身の丈80mに近い巨体だが手足を縮めて背を丸めうつ伏せに寝転がった姿は巨大な胎児のようで、どこか巫女であるシュラに近い、ある種の幼さを感じさせた。
その黄褐色のぬめる皮膚に、いくつもの切り傷がついている。じくじくと青紫の血を垂らすそれは、ギロンとの半ば同士討ち的な戦闘のせいで出来たものだ。あくまで手駒の一つとギロンを判断していたシュラは奇襲を受けてしまうし反撃もするわけにもいかず・・・
「すまぬの、ジャイガー・・・あの阿呆どものせいで、受けんでもいい傷を・・・」
そう言うと目を伏せ、シュラはジャイガーの皮膚に頬を寄せた。青紫の血溜まりに指を浸すとその血をなめ、また指を浸しては今度は化粧のように幼い唇と目元に塗る。
一種、偏っているがゆえに純粋であり、無垢な容貌のシュラに、似合わぬ妖艶な紫化粧。
るるるるるっ、るるるる・・・
唸り、先ほどのよりも穏かなそれで、シュラに答えるジャイガー。その姿は親子のようで、しかしどちらが親ともよく分からない。
シュラがジャイガーを守っているのか、ジャイガーがシュラを守っているのかどちらが母、どちらが子、はたまた二人共に母であるのか、それとも。
「そうじゃな、笛を吹いてやろう。傷の痛みを忘れるように・・・」
紫の唇が、獣を掘り込んだ笛に口付ける。そして、流れ出る妙なる音色。
ともあれ一匹と一人は、暗い闇のそこで慰めあう。
いくつもの幼い魂を傷つけ、戦いは続く。