突撃!パッパラ隊外伝2「Happy happy wedding」

 その日。
 穏やかな朝日に包まれた軍隊の食堂にて、一人の青年が朝食をかきこんでいた。食堂の中は、決して静かとは言えない。むしろ、雑然と言う形容詞が似合うまでの喧噪に包まれている。そのことを、青年は不快と思わなかった。これもまた、この空間に命がある証だ。
 青年の名は水島一純。階級は中尉。スットン共和国陸軍の精鋭部隊、「パッパラ隊」に所属する軍人だ。
「なぁ、水島。少し良いか?」
 水島は食事の手を止めて声が聞こえた方向を向いた。
 水島の傍らに、頭髪を剃り込んだ大男がたっている。
 宮本幸弘伍長。パッパラ隊に所属する古参隊員の一人だ。
「ちょっと話があるんだけど、良いか」
 宮本が、真剣な眼差しで水島の顔をのぞき込んでいた。水島の顔が反射するほどに、宮本の瞳は澄んでいる。
「あぁ、何だ?」
 言いつつ、水島は食器をテーブルに置き、宮本に向き直る。
「結婚式って、どこに頼んだ」
 結婚。
 そう、水島一純は最近結婚している。相手は、同じパッパラ隊に所属する女性。後光院ランコ少尉。
 宮本の問いに、水島は腕を組んで考え込む。妻にとっては実に腹立たしい話だろうが、水島には結婚式の段取りに関する記憶がほとんどない。水島とランコとの結婚式は、ある事件の後、あわただしく行われた。付け加えるならば、結婚式自体も波乱が山ほどあった。ランコとの結婚自体は水島から切り出した事だが、それ以後は、急激に変化する状況に対応することに手いっぱいで、細かいことまで考えている余裕はなかった。
 そこまで考え、ふと、水島は違和感に気づく。
「って、結婚するのか? お前」
「あぁ」
 力強く宮本が返答する。
 水島は微かに目を見開いた。水島の記憶では、宮本は長い間、女性と交際していなかったはずだ。あの手この手で様々な女性に声をかけていたが、ことごとく相手にされていなかった。
 それがようやっと、結婚できる段階までいきつける相手を見つけたらしい。
「そうか。おめでとう」
 宮本に向き直り、水島は穏やかな声で言う。言ってから、自分の頬が緩んでいる事に気づく。
「おぅ。サンキュー」
 宮本も、穏やかな声で返す。表情も穏やかだった。少し前までの女性に対する飢えに満ちていた男とは思えない。
「相手は、どんな人なんだ?」
「そっか、頼むんだから。水島にも紹介しないとな」
 そういうと、宮本は食堂の一角に向けて声を張る。
「おぉい、杉野!」
 その言葉に、水島は思わず眉をひそめる。杉野。知らない名前ではない。だが、今の文脈で出てくるような名前と思えなかった。
 その間、一人の男が水島に近づいてくる。ソフトモヒカンの黒い頭髪が、全体的にそりあげられた頭の上で、異様な存在感を発揮している。
 パッパラ隊所属の工兵、杉野晋助伍長。確かに、宮本と仲がよい隊員ではあった。
 水島の顔色から血の気が失せていく。
 思考力を失われつつ水島の頭脳が、その眼球を通じて目の前の映像を機械的に処理している。宮本が杉野の肩に手を回し、その筋肉で盛り上がった肢体を抱き寄せていた。
「恋人の杉野だ。近々結婚するんだよ、俺たち」
 食堂から音が消えた。人間だけではない。気づけば、近くの木々でさえずっていた筈の鳥の声まで消えている。にわかに、雲が流れ、分厚い雲で太陽を多い隠す。気温が下がり始める。
「な、何だって」
 水島はうわずった声を出す。
 水島の心中を知らずか、宮本が堂々とした声で宣言する。
「だから言ったろ。俺と杉野、結婚するんだよ」 
 水島は天を仰ぐ。無機質な蛍光灯の光が食堂と水島を照らしていた。
「そういやお前等、なんか仲がよかったよな」
 しばらくすると、周囲の隊員達が冷静な声を出す。
 声につられるように、水島は顔を戻し、周囲を見渡す。同僚達の眼差しに、汚物を見るような嫌悪感が滲んでいた。
 おおよそ、アメリコ軍でも、軍隊内の同性愛者というのは、同性愛者差別問題が取りざたされるようになっても・・・密接かつあけずけな男社会という軍においては、やはり、色々とややこしいのだ。
「前々から怪しいとは思っていたけど、やっぱり、そう言う仲だったのか」
「まぁな」
 宮本の堂々とした態度が食堂中に響く。
 直後、パッパラ隊隊員達の顔になんとも言い難い笑みが浮かんだ。
「そう言うわけで俺たちはお前に続く、結婚仲間って訳だ。これから、よろしくな」
「いや、ちょっと待て」
 親指を立てて力説する宮本に、水島は渋面を作る。その顔色は、未だに青い。声に力が入らない。それでも、なけなしの気力を振り絞って言葉を続けた。
「お前たち、男同士で結婚することに疑問はないのか?」
「あぁ、全く」
 その言葉に、水島は頭を抱える。頭痛がするのは、断じて、体調の所為などではない。
「まぁ、よくよく考えれば何の問題無いな」
 隊員が、暢気な声で言う
「万が一、宮本たちが発情したとしても、いずみちゃんをぶつければ言い訳だし」
「いや、いずみちゃんにするまでもない。水島で十分だ、水島で」
 その言葉に水島が渋い顔をする。「いずみちゃん」とは水島の女装姿を指す単語だ。パッパラ隊隊員達の間で、異様な人気を誇っている。はっきり言って、いい気分はしない。水島は純粋に異性愛者だ。同性愛者に生け贄として放り込むと宣言されて、いい気分がする訳がない。
 発案者の江口大佐を恨むほどではないが・・・水島にとっては、センシティヴな話題だ。
「おいおい、変なことを言うなよ」
 変な方向に固まりかけた空気の中に、異様なまでに陽気な宮本の声が響く。
「今の俺は杉野一筋だぜ」
 そういって、宮本が杉野の肩を抱く腕に力を入れる。
 ふたたび、食堂の中に沈黙が流れ……数秒もすると、沈黙の中で笑い声が生まれた。
 笑いが伝播し、食堂の中が笑いに包まれる。先ほどとはうって変わって異様なまでに明るい空気だ。
「言ってくれるじゃねぇか」
「要するに、ホモ達同士の結婚で、世の中の女の子や水島君に迷惑がかかることがなくなったって事だろう。良かったじゃねぇか」
「まったく、めでたいめでたい」
 笑いの声は大きくなってくる。過去、宮本の共犯者として女性や水島に迷惑をかけた者が大勢居ることは、この際追求しないでおく。
 隊員達の笑い声には、侮蔑の色が強く出ていた。
 その光景を見て、水島はため息をつく。正直、気分がいい光景ではない。先にも言ったとおり、水島自身、ジェンダー的な問題には、複雑な感情を消化できずに抱えている部分があるのだ。それが、どう対処していいのかを、困惑させる。
 とにかく、ここまで人をあざけって良いとも思えない。だが、宮本の弁護をする気にも・・・そのひっかかりのせいで、なれなかった。
「有り難うよ。俺たち、必ず幸せになるぜ」
 自分が侮蔑されていることにも気づかないように、宮本が脳天気な声を上げる。
 頭痛を抑えながら、水島は食堂の光景をさめた瞳で見つめていた。


 それから一週間ほど後。
 パッパラ隊にもうけられた男子トイレの内の一つに水島は居た。右手には雑巾を持ち、壁に向かっている。
 壁に描かれた物を見て、水島は眉をしかめた。換気扇を稼働させているはずなのに、充満しているシンナーのにおいが鼻につく。
 相合い傘の下に描かれた宮本と杉野の名前。セーラー服を着た宮本と杉野の下手くそなイラスト。イラストには「男同士は最高だぜ」と言った趣旨の言葉が書かれた吹き出しまでついている。その他、同性愛や、同性婚を発表した宮本と杉野を侮蔑する言葉に数々。
「まったく……」
 水島は、シンナーを含ませた雑巾をトイレの壁に擦りつけた。
 水島が腕を動かす度に、宮本と杉野を揶揄したラクガキが消えていく。この一週間、こうした趣旨のラクガキが増えた。見つけた端から消しているが、水島の負担が減る兆候は一切ない。
「しかし、書く方が書く方なら、書かれる方も書かれる方だ」
 言いつつ、水島は宮本と杉野の様子を思い浮かべる。ほかの隊員達にからかわれる度に、宮本と杉野は自分達の相思相愛ぶりを、周囲の隊員にアピールするようになっていた。それでは、彼らを揶揄する声が小さくなるわけがない。
「もう、放っておくか」
 そう呟いたとき、落書きの内の一つが目に入った。
 水島が子供の頃に流行った、マンガの主人公を描いたものだ。家庭の事情でほとんどマンガを読めなかった水島でも知っている、有名なキャラクターだ。
 その顔が、宮本と杉野に置き換えられている。
 ふと、水島は少年時代を思いおこした。
 マンガの主人公は同性愛者であり、同性(特に、顔立ちが良いもの)に見境無く襲いかかる色魔として描かれていた。当時、そうした描写に疑問を抱く者は居なかった。そういう風にかばい立てすれば、友人間でホモであるとのレッテルを貼られる。そうなれば、そのマンガの主人公のような人物と判断され、からかう対象にする事が当然とされてきた。
(思い出してみると、ずいぶんと子供じみていたな)
 微笑みを浮かべながら、水島は落書きを消す。
 次に目に入ったのは、著名な小説の登場人物の絵だった。その小説は、水島も読んだことがある。彼もまた同性愛者である。元々は異性愛者だったが、過去の事件によって精神の平衡を失い同性愛者へと堕ちた。そんな設定だった。
 彼の設定について、現在の水島も不自然な点は感じていない。軍人として転属を繰り返した水島は4桁を超える人間と出会ってきた。その内、同性愛者と呼べる者は片手の指の数にすら満たない。実際、戦場のストレスからそういう精神状態になる事はあると聞く。しかし自分は・・・
  ・・・いや。少し、女装に嵌っていた?時の、ぞくりとするような感覚を思い出し、苦悶する。あの、背徳感と奇妙な開放感。果たしてあの時自分は、精神の均衡を崩していたのか、それとも。
 落書きを見ながら、水島は宮本の事を思い浮かべる。
 現在、同性愛者として結婚をしようとしている同僚。同僚、民間人問わずに女性に手を出す、煩悩にまみれた男たち。・・・正直もともと、同性愛異性愛問わず、あの煩悩の暴走振りは無茶苦茶ではある気も、振り返ればしたが。
 だが彼らは、死に神の二つ名で、味方にすら恐れられた水島に親しく話しかけてきた。むしろ、気さくと言っても良い部類の人間だ。数少ない、友人と言っても良いかもしれない。
「このままにして、良いわけないよな」
 水島は呟く。
 気づけば、トイレの壁の落書きは消えていた。
 清掃用具を片づけてから、二人と話をするべく、水島は基地の中を歩き出す。今回の原因である、宮本と杉野の悪ふざけが終われば、騒ぎ自体が終わる。
 消灯時間が近い所為か、廊下には人気がない。
 宮本の部屋に向け、水島は歩き出す。靴が床を蹴る度に、乾いた音が廊下全体にこだまする。
 ふと、廊下の向こう側から、自分とは別の足音が響いてきた。水島の靴音よりも金属的で、重々しい。
 音源に顔を向けると、一人の少女がこちらに向けて歩いてきていた。胸元に何かを抱え得ている。
 遠目には、ショートカットの女子学生にしか思えない少女。
 彼女との距離が縮まると、彼女が人間でないことがわかる。胴体こそ、女子学生と同様のセーラー服を着ているが、むき出しになった腕は白銀の輝きを放っており、美しい頭髪に見える部位も、強固な装甲板で構成されている。
 鋼鉄重装女子学生、桜花。第二次世界大戦中に製造された軍用アンドロイドであり、現在、パッパラ隊の給仕を担当している。
「博士」
 遠くから、桜花が弾んだ声をかけてきた。
「どちらに行かれるんですか?」
「あぁ、宮本に話があってな……」
「宮本さんなら、先ほど、お一人で屋上に向かっていきましたよ」
「屋上に?」
「はい。何か、白い布と灯油のようなものを持っていました」
 その言葉に、水島は片眉をつり上げる。宮本が手にした物騒な代物の使い道が気にかかる。
「何か、変なところは無かったか?」
 水島の問いに、桜花が首を横に振る。
「何だか、卒業式だとか誇らしげな顔でおっしゃっていました」
 その言葉に、水島は眉を寄せる。いつもの事と言えばいつもの事だが、宮本の考えがよめない
 とりあえず、宮本が自室ではなく屋上にいることはわかった。まずは、彼から話を付ければいい。
「そうか。ありがとう」
 そういって立ち去ろうとしたとき、水島は桜花が胸に抱いている物に目を留めた。
 布だ。しかも、それなりに家事の心得がある水島から見ても、上等な代物だった。何処から取り寄せたのかは分からないが……雑巾にするとも思えない。
「その布を、何に使うんだ?」
「はい。宮本さん達の結婚衣装を繕おうと思って」
 水島は目を剥く。
「お前、宮本たちの結婚を祝うつもりなのか?」
「はい」
 桜花が華やかな笑みを浮かべ、明るい声で頷いた。
 その様を、水島は呆然と見守っていた。かつての会話から、桜花は特殊な性癖……女装趣味やSMについての理解が全くなかった事はわかっている。それだけに、同性愛について、当然のような顔を受け入れていると言うのは、にわかには信じ難い事だった。
「桜花。男同士の恋愛について、変だとは思わないのか?」
「はい。軍隊では、よくあることとお聞きしています」
 水島は顔をしかめる。誰か(と言っても、十中八九、自分の知り合いだが)に歪んだ知識を伝えられたのか。あるいは、スットン帝国陸軍では武士道の小姓文化の延長線上として比較的当たり前に需要された現象であると聞いたし、軍隊で働くにあたり、そうした現象に理解がなければならないと判断した芹沢博士が桜花の思考回路に同性愛への理解を組み込んだのか。水島には判断が付かない。とは言え、自分と桜花が所属しているのはスットン帝国陸軍ではない。スットン共和国陸軍だ。
「桜花」
 水島は、桜花のアイカメラをまっすぐに見つめる。
「私は、あの二人の結婚には反対だ」
 桜花の目が見開かれた。瞳のように見えるカメラが頼りを求めるように、せわしなく動く。
「どうしてですか……」
「どうしてって……」
 常識で考えろ。
 そういう趣旨の言葉を言おうとして、水島は口ごもった。先ほどの対応からすれば、桜花にとっての常識は水島のものとは違うのだろう。
 自分が持っている常識をどう説明したものか。いや、何より、自分の今感じている感情は、常識によるものなのか、それともそれとは別なのか。桜花の常識に触れて、すこし、良く分からなくなった。
 そう考えている間に、桜花の口から震える声が飛び出す。
「桃花ちゃんや蓮花ちゃん達の結婚については、なにも言わなかったじゃないですか」
「それは・・・あれとこれとは、その、違うだろう、色々と。」
「どう、違うんです?」
 それは。
 言おうとして、再度、水島は口を紡ぐ。桃花たちはロボットだから?男性ではなく女性だから?違う。それは違う。男性でも女性でも同性愛だし、何より、ロボットなのは、桜花も。
「博士?」
 不安げな面もちで、桜花が水島の顔をのぞき込んでいる。
 そのアイカメラには、愕然とした表情の水島が映し出されていた。
 水島の口が固まる。パッパラ隊の中では比較的、近い価値観を有しているつもりだった。ともに、ランコの……現在の妻の奇行に眉をひそめ、宮本達の変態行為に容赦なくつっこみを入れてきた仲だったはずだった。だと言うのに、初めて食い違った。それが、存外、ショックだった。妹に兄離れされたような感覚かもしれないが・・・それに加えて、何かこう、自分の中の不安定な部分が、桜花という鏡に映し出されたような。
「それは……」
 答えきれず不安混じりに、水島は桜花に背を向けた。
 背後で案じるような息遣いが聞こえたが……奥ゆかしく、今は深追いはしなかった。
「宮本が居る場所を教えてくれてありがとう。あんまり、無理はするなよ」
 背を向けたまま、水島は桜花に言葉をかける。
 それだけいって、水島は基地の屋上へ向けて駆けだした。


 基地の屋上にでると、まず、冷気が水島の体を包んだ。
 そのまま周囲を見渡す。
 探し人、宮本幸弘の姿は簡単に見つかった。跪き、地面に何かをふりかけている。
「宮本」
 水島が声をかけると、宮本が立ち上がり、こちらを向いた。
「何をしていた?」
「卒業式だよ」
 宮本が穏やかな声で答える。
 疑問に思いつつ、水島は宮本に接近する。
 距離が縮まると、宮本の傍ら、地面に屋上に鎮座している物体が目に留まった。
 マスクだった。純白の、プロレスラーが使用するようなマスク。目の周囲には炎のような模様が描かれている。
 見覚えがあるマスクだ。
 たしか、しっとマスクが装着していたものだ。正体が宮本であることは……別に、意外でも何でもなかったというか、公然の秘密みたいなものだったというか。
「うぉぉぉぉ、フザケるなぁぁぁぁ!」
 突然、地面から雄叫びが響いた。
 声が聞こえてきた方に視線を向ける。
 地面におかれたマスクが叫び声をあげていた。
 そのマスクを、水島は醒めた目で見つめている。理屈から考えれば怪奇現象以外の何者でもないが、このパッパラ隊において、マスクが叫ぶ程度など些細な事だ。
 宮本が手にした調子でポリタンクの口を開け、マスクに、液体を振りかける。
 灯油のにおいが、水島の鼻を突く。
 灯油にまみれながらも、マスクが呪詛の声を上げる。
「自分が男と結婚して、もてる奴だけが女と結婚する理不尽、あって良いと思うのかぁぁぁぁぁぁ」
 呪詛の声にかまわず、宮本がマッチに火をつける。マッチの小さな火が、宮本の顔を赤く照らした。
「良いのか?」
 水島の問いに、宮本が無言で頷く。
「もう、お前に嫉妬する必要はないしな」
「私が処分しようか」
 宮本が首を横に振る。
「ケジメってのは、自分の手でつけないとな」
 そう言って、灯油まみれのマスクに、宮本が視線を戻す。双眸に涙がたまっている。手が、かすかに震えている。
 そのまま、静かな声でつぶやく。
「世話になったな。今まで、ありがとよ」
 宮本がマッチを投げた。
 マスクから炎があがった。紅蓮の炎の仲で、マスクが黒い固まりへと変化していく。炎の轟音に混ざり、時折、呪詛の声が聞こえてくる。曰く、もてる男だけ女と結婚できるのは不公平だ。曰く、嫉妬の心は永遠なり。曰く、再び、もてない男の味方をするべく、自分はよみがえる。
 そうした声をも飲み込むように炎は勢いを増し、その中心にあったマスクが崩れていく。
「本当に、良かったのか?」
 水島は宮本の顔をのぞく。
 宮本は、晴れやかな顔で炎を見つめていた。
「あぁ。結婚するってのに、嫉妬もクソもないだろ」
 結婚。
 その言葉に水島は顔をしかめる。
 そんな水島の様子に気づかないのか、宮本が夜空に向けて宣言する。
「これで、もてる男を恨むしっと団の活動は終わり。晴れて、俺もアベックの仲間入りって訳だ」
「宮本」水島は宮本に険しいまなざしを向ける。「本気で、杉野と結婚するつもりなのか」
「あぁ」
 自然体で、宮本が答える。真っ直ぐに、水島を見つめ返していた。
「同僚として言わせてもらうが、私は反対だ。いくら、結婚相手がいないからって・・・私の、女装みたいな。あんな・・・気の迷いじゃないのか?」
「いいや?」
 飄々とした調子で宮本が言う。
 水島は言葉を続ける。その声が荒らぐ。
「そんな、もてないからってつるんで、傷を舐めあうというか、同病相哀れむというか、そんな理由でだな・・・」
「ちょっと待てよ」
 宮本が水島の言葉を遮った。
「俺達、別に傷をなめあっているわけじゃないぜ」
 水島は言葉を切り、宮本の瞳を射抜く。突然吹いた風が冷気を運び、水島と宮本の体を苛む。
 かすかに、後ずさりながら、宮本が言葉を続ける。
「まぁ、はじめはお前だけがもてるのが気に入らないとか言ってつるんでいたけどな。今は、一緒にいるのが当たり前になったから結婚する。ただそれだけだよ」
 水島は宮本の顔を凝視する。曇りがない瞳に、水島の戸惑うような美貌が映し出されていた。
「分かった。傷のなめ合いって、表現した事は取り消す」
 言ってから、再び、険しい顔を宮本に向ける。
「だが、私の・・・あれみたいな。逃避というか、気の迷いじゃないって証拠は・・・」
 動揺して、最初、いきなり「女装」と、自分の過去を口にしたことに気づいて、それを代名詞で誤魔化しながら、それでももう一度言わずにおれずに言ってから、水島は一瞬目を丸くする。
 宮本が寂しげな笑みを浮かべていた。いつの間に表情が変わったのか、気づかなかった。水島がパッパラ隊に所属してから、始めてみる表情だった。
 だが、すぐに真剣な表情に戻り……それどころか、水島に逆に立ち向かわんばかりの険しい表情に戻る。
「笑いたいなら、笑っていりゃいいさ。俺達の結婚のことも、お前がいずみちゃんだったこともな。」
 真剣な眼差しで、宮本が言う。
「けどな、俺はいずみちゃんが綺麗だったって事も撤回しないし、杉野との結婚をやめるつもりもないぜ」
 そう語る宮本の眼差しは、炎の照り返しを受けて爛々と輝いていた。輝きが水島を射抜く。
 傍らの炎が、その勢いを増す。勢いを増した炎が宮本の黒い瞳に反射し、その眼差しを輝かせる。
 そうだ、と、水島は気づいた。動揺していて事の重大さを把握する余裕が無かったが、宮本は今、しっとマスクをやめた。しっとマスクを倒したのだ。水島が何度もぶっとばしてきたが、その都度不死身めいて蘇ってきたしっとマスクを。
 それは有る意味、水島に伍するか、それ以上の強さの形なのではなかろうか?
「・・・そうか」
 圧倒されたような小声で、水島は言う。
 その水島を、宮本は黙って見つめている。表情は変わらない。静かで、それでいて、真っ直ぐな眼差しだ。
 水島は背を向け、一人、入り口へと向けて歩きだす。
「・・・言い忘れたが、もうすぐ消灯時間だ。急いで、自分の部屋に戻れ」
 そう言って、水島は基地の中に戻っていった。


 一人、水島は基地の廊下を歩いている。足音の反響が消えない内に、次の足音が響く。足音が二重三重に反響し、窓を揺らし、基地の空気を揺らしている。
 歩きながら、水島は顔をしかめる。足音が喧しい。この一件に此処まで心乱す自分が腹立たしく、そして不安だった。様々な感情が混ざり、どれが、そもそもの怒りの原因だったのか、もはや把握できない。
 いらだちと共に、水島は廊下を進む。
「やあやあ、水島くん」
 間延びした声が、後方からかけられた。
 水島は足を止めて振り向く。
 一人の男が立っていた。水島の膝ほどまでの身長しかない、丸々とした体型を、忍装束に包んでいる。
 男の名はとびかげ。本名不明。年齢不明。挙げ句、階級も不明。そもそも軍隊に所属している理由どころか人間かどうかというか種族すら不明だが、水島がパッパラ隊に転属する以前よりこの隊に居座っている古参の隊員だ。
「どうしました? 何か不機嫌のようですが」
「どうもこうも……」
 言いつつ、水島は呼吸を整える。とびかげ相手に怒りをぶちまけても仕方がない。
「宮本くん達の事ですか?」
 水島が呼吸を整えている間、のんびりとした口調でとびかげが口を挟む。
「あぁ……」
 水島はぼんやりと返事をした。
 とびかげがしばし腕を組む。
「水島くん。少し、お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、かまわないぞ」
「では」
 そういって、とびかげがその眼前で印を結ぶ。
 直後、周囲の空間が変質した。周囲は漆黒の闇に覆われ、水島の周囲、半径数mだけが切り取られている。基地の内装であったはずの、壁も、床も存在せず。地面でも、木材でも、リノリウムでも無い、水島が見たこともない物質で足下が覆われている。周囲を見渡しても、光源は無い。それにも関わらず、空間は十分な光で満たされていた。
 空間の中央には、テーブルと椅子が用意されていた。水島をもてなすために、とびかげが用意したのだろう。
 水島はためらうことなく、椅子に腰をかける。肉塊のようななま暖かさがあったが、座る上で支障はない。とびかげが少々の超常現象を引き起こす事にも、もう馴れた。
「水島くんはお二人のご結婚に反対で?」
「ああ」
 気づけば、水島の前にコーヒーカップが出現していた。緑茶とも、サイダーともつかない怪しげな液体に満たされている。
 水島は無言で、カップの中の液体をすする。これもまた、とびかげと関わっていればよくある事だ。何か不都合はあるかもしれないが、死にはしない。常識こそ守っていないが、そうした配慮はできる男だ。
 液体を一口口にしたところで、水島はカップを戻して言葉を続ける。
「そりゃまたどうして?」
「・・・」
 口元にとぼけた笑みを浮かべた何気の無いとびかげの問い返しに、水島は詰まった。
「お二人にとって、お互いは異性の変わりでは無いのかもしれませんよ。あなたがランコさんと結婚されたのと同様、人生のすべての時間を共有したいと思った。それ以上の理由はないのではないでしょうか?」
「だったら、なおさら私には理解できん」
 言いつつ、憮然とした表情で水島はコーヒーカップをテーブルに置く。同性を異性の代わりではなく、同性と認識したまま結婚をする。健全な異性愛者を自認する水島にとって、そういうことがあるという知識は納得できても理解共感の範疇の外にある思考だった。
「そうでしょう、そうでしょう」
 とびかげが楽しげに言う。
「世界には水島くんの理解を超えた事柄があふれているのです」
 水島は対面に座った男を見つめる。とびかげの言うことは正しい。目の前にいるこの男こそ、自分の理解を超えた事柄の総元締めのようなものだ。
「水島くん」
 しばしの間をおいて、とびかげが真剣な声色で切り出す。
「あなた、桜花さんの事をどう思っています?」
「妹だ」
 そう答えると、とびかげの口が強く、真一文字に結ばれる。
「彼女は機械ですよ」
「関係ない。機械であっても、彼女は私の妹だ」
 沈黙が場を支配した。
 水島は真っ直ぐにとびかげを視線で射ぬく。マスクの上からでは伺いしれないが、とびかげも真剣な面もちで水島を見つめ返しているはずだ。だからといって、退くつもりはいっさいない。他人になんと言われても、そもそも、種族が別だとしても、桜花は自分にとって大事な妹だ。その事は、誰にも否定させない。
 しばらくすると、とびかげの口元に笑みが戻る。
「それと同じですよ」
「何?」
 水島は眉をつり上げる。
 その間に、とびかげが言葉を続ける。
「あなたは桜花さんを妹と認識し、ほかの隊員さん達もアイドルのように思っています。ですが、彼女は機械です。戦車や自動車と何の代わりもありません」
「彼女には心がある」
「では、桜花さんが鉄棒か何かでも、水島さんは同じように仰いますか」
「当然だ」
「鉄棒を妹扱いしたなら、あなたは世間から変態扱いされます。いえ、ロボットを妹とすることだって、変態的と言う人もいるでしょう。それでも、あなたは桜花さんを妹だと言い続けますか」
「それでも、だ」
 水島は断言する。
 ふと、周囲の空間に沈黙が流れた。暖房も、光源もないはずの空間に、微かな風が吹く。
 静寂の中、水島は目を見開く。今の自分の返答は、先ほどの宮本の言葉と通じる者がある。世間一般で許されなくとも、杉野との恋愛、結婚を貫く宮本。機械の少女を妹として扱う水島。世間一般の常識に反して誰かを想っていると言う一点に置いて、どれほどの違いがあるのか。
 しばらくすると、再び、とびかげが口を開いた。やはり、静かな声だった。
「もう一つ、お聞きします。水島くんは、この隊にこられてから、私や桜花さん、そのほか、色々と規格外な人と多くで会いました。そうした出会いは、否定されるべきだと思いますか」
「そんな訳が……」
 ない。
 外部の者が水島と知り合えば、水島にパッパラ隊での事を忘れるよう、忠告するだろう。それは、世間の常識と言う観点では全く正しい。軍規違反、問題行動の常習犯である隊員達。とびかげの様な得体の知れない存在。世間の常識からすれば、自分が問題行動と無関係な人間であることを示すためにも、なにより、その精神の均衡を守るためにも、彼らと距離をとる事は全く持って正しい対応だ。
 だが、水島はそうした忠告に従うつもりはない。どんなに忌避される理由があっても、水島は彼らが友と呼べ、家族と呼べる存在であることを知っている。
 パッパラ隊での、否、人との出会いは外野から否定されるべきでもない。
 人との出会いは、そうした事柄のはずだ。
「宮本達も、それと同じ、か。そして、私も。」
 自分の出会いと戦いと混乱も、そうだった。未だにどう思えばいいのか困るところが残っている一連の自分の女装関係の騒ぎも、それが戸惑いではあってもトラウマではなく、江口夏海やスマイリーに対し恨みも無いのは。
 それまでこういうものだと思っていた自分が崩れる感覚やら、その後鍛えなおすと発奮したランコとの交流やら、それによって広がった絆や許容度などを思えば、世間的には変わっているとされる行為であっても、あれはあれで・・・戸惑ってはいても、善い思い出なのだろう。
 とびかげは答えない。ただ、その顔に笑みが浮かべている。
 水島は目を閉じる。先ほど目にした、宮本の寂しそうな顔が瞼の裏に浮かんだ。宮本は、仮にも水島より年上だ。水島が言ったような常識、身につけていないわけではない。それでもなお、水島に、そして、隊員達に結婚を宣言したのは理由があるはずだ。
 その理由に思い当たり、水島は席を立った。
「おや、もうどこかにいかれるので?」
「あぁ、用事を思いだした」
 そういった直後、周囲の異空間が、見慣れた基地施設に戻った。とびかげが忍術を解除したのだろう。
 元に戻った基地の中を、水島は駆ける。
「廊下を走ると危ないですよ」
 背後から、とびかげののんびりとした声が響いていた。

 十分ほど後。
 パッパラ隊基地内にある女性宿舎の一角に、水島は立っていた。無機質な蛍光灯の明かりが辺りを照らしている。
 扉をたたくと、すぐさま、中から明るい声が帰ってくる。
 しばらくすると、一人の女性が扉を開け顔をのぞかせた。無機質なものだった筈の蛍光灯の光が、女性の黄金の頭髪に反射し、どこか暖かい、生気すら感じられる光となって、水島の体を包み込んだ。
「なぁに、あなた。ワザワザ会いに来てくれたの?」
 新たな光源となった女性が頬を赤らめながらも、明るい声で問いかける。
 水島ランコ。旧名、後光院ランコ。水島の同僚である先任士官にして、最愛の妻だ。
 会話の最中、ランコの服装を確認する。
 消灯時間間近だというのに、普段の着用している改造軍服を着用していた。
 ランコの頬が赤くなる。
 何事か、と、疑問に思う間も無く、ランコが一気にまくし立てた。
「あぁ、夫婦の営み。うん。そう言うことならいつでも良いよ」
「違う」
 水島の力強い声が響く。
「話があるんだ。入っても良いか」
 ランコは少々困った顔をしてから、
「うん。いいよいいよ」
 と、実に軽い調子で水島を自室に招き入れる。
 部屋の中は整頓されており、塵一つなかった。改めて眺めてみると、料理本やファッション雑誌が多い。スットン共和国共用語は無論、いやにマイナーな外国語で書かれたものまである。
「それで、何?」
 言いつつ、ランコが座布団を差し出す。
 ランコの正面に着座してから、水島はゆっくりと切り出す。
「宮本達の結婚式。私たちだけでも祝ってやらないか」
「えぇ~」
 ランコが露骨に不満そうな顔を作る。
「何でそんな事をしないといけないの~」
「何でって」
 仮にも、二人は残りの人生を共有したいと言う人物と出会うことができた。
 同性愛への感情はさておき、そのことは上司として祝うべきではないのか。
 そうした趣旨の言葉を水島が話そうとした直前、ランコが顔を真っ赤にして、自分の言葉を続けた。
「あいつら、私たちの結婚式をじゃましたじゃない! そんな奴の結婚式を祝うなんて、絶対に嫌!」
 その言葉に、水島は盛大にため息をつく。言われてみれば、水島とランコの結婚式の時、マスクを着用した宮本が乱入して、式を混乱に陥れた。
「お前、いつまでその事を恨んでいるんだ」
「死ぬまで!」
 牙めいて歯ををむき出しにして、ランコが言い切る。毛を逆立てた猫のようだ。目の前に宮本がいれば、そのまま噛みついていてもおかしくない。
 しばし、水島はランコを見つめる。どうも、結婚式で暴れた一件については、どんな理屈でも許しそうにない。どんな理屈を用意しても無駄だろう。ただ逆に言えば、水島にとっては破天荒の教師であるランコにしてみれば、あくまで問題なのはその一点、ということか。
「そうか。じゃあ、仕方がないか。邪魔したな」
 笑いながら、そう言って水島は立ち上がる。まあ、仕方がない。水島が、否、他人が宮本の結婚について口を出してはいけないのと同様に、彼女の心持ちにも口を出すべきではないだろう。せめて、自分と桜花だけでも、宮本の結婚式を祝うとしよう。
「あなた、どこ行くの?」
 水島が退室するべく、靴を履きなおしている間、背後から、名残り惜しげにランコが声をかけてきた。
「あぁ。桜花の部屋だ。宮本達へのプレゼントを作っているって言うから、一緒に手伝いにな」
 と、水島の軍服の裾が引っ張られた。
「……行く。」
 小さいが、断固とした妻の声が響く。ちょっと拗ねているような。
「何だって?」
「私もあの娘の部屋に行く。行って、プレゼントを手伝う」
「お前、二人の結婚式を祝うつもり、ないんじゃなかったか」
「うん。気が変わったわ。昔から言うでしょ、女心と秋の空って。ほら、なんて言うか、まぁ、上司として度量の広いところを見せてあげても良いかなぁ~って思ってね。うん」
 そしてやけくそ気味の口調で言葉を続けたが、後半に至った時には口調はしごくさっぱりしていた。色々な本心が動いたのだろうが、ヨシツネを受け入れたときのように、ランコは愛で暴走していないときは、あくまで気風のいい大人の女なのだ。
「そうか」
 それだけ言うと、ランコを伴って桜花の個室へ向かう。
 水島が扉を叩くと、しばしの間をおいて、桜花が顔をのぞかせた。
「博士?」
 灰色のアイカメラを精一杯に大きくし、水島を見つめている。
「私もいるんだけど」
 背後で、ランコが不機嫌そうな声を出す。
 と、桜花も露骨に不機嫌な顔になった。
「入って良いか?」
「あ、はい。どうぞ」
 桜花の了解を得て、水島はランコと共に、桜花の部屋に入室する。
 部屋の中を一望すると、裁縫の途中と思しき布のかたまりがあった。
「宮本達の結婚衣装か?」
 布の固まりを見ながら、水島は言う。
「は、はい……」
 消え入りそうな声で返事をして、桜花が肩をすぼめた。
 顔はうつむき、床を見ている。
 水島はひざを曲げ、桜花に目線をあわせた。
 そのまま、桜花のアイカメラを真っ直ぐに見つめて、言葉を出す。
「私達も手伝おう」
「え?」
 桜花がアイカメラを瞬かせる。桜花が狐につままれたような顔をしている。
「あれから色々考えたんだが、多くの人が認めないからこそ、私たちくらいはあいつらの結婚を祝わないとな」
 再び、桜花のアイカメラが瞬く。
 呆然としていた表情が、徐々に、満面の笑顔へと変わり……
「……はい!」
 桜花が感極まった声を出した。


 翌朝。
 水島の手には、2つの袋が握られていた。昨晩、3人で繕った宮本達への贈り物だ。
 足下がふらつく。
 水島は一つ、大きなあくびをすると、気を入れ直して食堂に向かった。作業には思いの外手間がかかったため、ろくに寝ていない。
 食堂にはいると、忌々しいまでに元気な隊員たちの声が水島の耳を満たした。
 隊員たちがカウンターに並び、一足先に食堂に向かっていた桜花から、本日の朝食を受け取っている。
 その人だかりの中、水島は宮本の姿を見つけた。体格と特徴的な頭髪のおかげで、見つけること事態は容易だった。背筋をまっすぐに伸ばして、自分の分の食事を受け取るのを待っている。
 幸い、宮本は列の最後部に並んでいる。
 水島は荷物をもったまま、彼の後ろに並ぶ。
「宮本」
 水島が声をかけると、宮本が振り向く。その表情は、普段の宮本と何ら変化がない。
 その彼の瞳を見つめ、水島は口を開く。
「昨日はすまなかった」
 宮本が怪訝そうな顔をする。何を言っているのか、理解できていなさそうだ。
 水島は頭を下げ、言葉を続ける。
「結婚のことだ。ずいぶんと、ひどいことを言ってしまった」
「別に、気にしてねぇよ」
 カラカラとした笑い声と共に、水島の肩に宮本の手が乗せられた。
 「そんな事より、お前、何を持っているんだ?」
 その言葉で水島は顔を上げ、抱えていた荷物を宮本に差し出す。
「あぁ、お前と杉野に、私とランコ、それと、桜花からの贈り物だ」
「ランコちゃんと桜花ちゃんから」
 叫びつつ、宮本が袋をひったくる。
 水島は眉をつり上げる。結婚する身分だというのに、良い度胸だ。ついでに、昨晩はランコより自分の方がも遙かに作業に貢献した事を内心で力説する。
 そんな水島の心中もしらずに、宮本が袋の中を覗き、目を丸くした。
「何だ、これ」
「結婚衣装だ。私たち3人で制作した」
「へぇ、ランコちゃん達の手作りか」
「そうよ。それなりにがんばったのよ。感謝しなさい」
 いつの間にか、水島の後ろに並んでいたランコが得意げな声を上げた。とりあえず、3人の中でもっとも戦力にならなかったことは……心の中で指摘しておく。
「宮本」
 姿勢を正し、水島は宮本に呼びかける。
「昨日も言ったと思うが、私は同性愛者じゃないし、理解もしていない」
 そこで、いったん言葉を切る。
 宮本は無言で水島を見つめ返している。
 頃合いは良しと見て、水島は言葉を続けた。
「それでも、お前と杉野が、一生を過ごしたいと思える相手と出会えたこと自体は、素直に素晴らしいことの筈だ。だから……おめでとう」
「……有り難うよ」
「ところでよ」
 いつの間にか、こちらに駆け寄ってきた杉野が袋から衣装を取り出して、怪訝そうな表情で衣装を眺めている。
「この白無垢……」
「あぁ、どっちが女役かは二人の相談で決めてくれ。一応、どっちが女役になっても大丈夫なようにつくってはおいた筈だが……」
「いや、そうじゃなくてよ」
 宮本が水島の言葉に割り込む。
「これ、両方とも男物にしてくれね?」
 驚く水島に、宮本は続けた。
「俺たち、二人とも男だからよ。男と女のコスプレをするんじゃなくて、あくまでも、男同士として結婚したいんだよ」
「それは……」
 水島は、言いつつ、水島は食堂の片隅を見る。
 とびかげがそこにいた。いつも通りののんきそうな笑みを浮かべながら、面々の会話を見守っている。
 水島は目を閉じ、昨夜のとびかげとの会話を思い出す。
 自分とはまた違い、彼らは、異性の代替品として同性を求めたのではない。
 その文脈にのっとれば、花「嫁」役と言う、異性を相手にした概念で結婚式を挙げろと言うのは、彼らの愛を踏みにじることになるのだろう。
 水島は桜花に顔を向ける。
 カウンターの向こうで、桜花がうなずく。宮本達の要望に応える。そういう趣旨の返事だろう。
「分かった。二人とも、男物の結婚衣装にしておく」
「有り難うよ、水島」
 宮本が水島の両手を強く握る。
 その瞳には、涙がにじんでいる。
「宮本。杉野。本当に、おめでとう」
 水島は穏やかな声で、二人に言った。


 それから一ヶ月ほど後。
 パッパラ隊の作戦会議室を使用して、宮本と杉野の結婚式が執り行われた。
 神父は白鳥沢が担当。少女マンガ家で歴戦の勇士という無茶苦茶な人物にはどっちにしろ不釣合いだが、だからこそ、当人はオカマに興味は無いといいながらも、この式をどっしりと受け止めている。この世界は、不思議で不条理で、面白いものに満ちているのだ。
 出席した隊員一同は、それぞれ制服でわいわいと騒いでいる。「変な事になったな」「どうしてこうなった」等という声も聞こえたが・・・なんというか、当初の困惑からすれば随分と穏やかだったのは、この一ヶ月、水島たちも宮本たちも、皆と良く対話した結果だ。
 そんな光景を、水島は晴れやかな顔で見つめていた。
「ねぇ、あなた」
 隣の席に座ったランコが、不安そうな声を出す。
「本当に、これでよかったの?」
「あぁ」
 水島は笑みを浮かべて、そう答えた。たとえ、自分が同意できなくとも、否定すべきではない関係というものはあるのだろう。少なくとも、今はそう感じている。
 そんな話をしている間に、食堂の扉が開き、新郎新婦……否、新郎二人が入場してくる。
 紋付きの着物を着た男二人の行進。
「やっぱ、変じゃない。これ」
 ランコがげんなりした様子でつぶやく。周囲の隊員たちの様子も、彼女の感性が一般的であることを物語っている。
 水島も、内心でその意見に賛同する。そして、この光景の具現化に向けて力を尽くした自分の行動を疑問に思わないでもない。
 だが、
「でもあいつら、良い顔しているじゃないか」
 宮本と杉野の顔は穏やかだった。少なくとも、交際相手をもとめて、如何に女性の気を引くか、そうしたことを考えているときよりは、ずっとずっと凛々しく、涼やかで、あの不細工面揃いが清らかにすら見えた。
「そう言われれば」
 ランコが目を皿にして、新郎二人を見つめる。
 今の、宮本達の表情を見ることができただけで、自分の信条に悖る行為は十分に意味があった。水島には、そう思えた。
「幸せになれよ。二人とも」
 水島の穏やかな声を背中に受け、宮本と杉野は満足げな表情で、神父をつとめる白鳥沢の元へと歩いていった。


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