天之兄妹小説(シリアス編)



修学旅行からの帰り。

電車の中で曇った空を眺めながら、ふと水奈は思った。



(そういえば私、お兄ちゃんの泣いてる所って見たことないなぁ)



柾利が「泣く」ことが出来ない事は知っているが、今にも降り出しそうな空を見ていると、

以前、柾利が言っていた事を思い出した。



『俺も、こんな雨の日なら泣くことが出来るのに・・・』



(お兄ちゃんが泣いてる所って、どんな感じなんだろ?)



そんな疑問が水奈の頭を占領していた。

水奈は妹でありながら、柾利が泣いている所を一度も見たことがない。



もうじき、電車は町に到着する。















「じゃあね、すーちゃん」



「うん、また明日ー」



裏山の手前で鈴璃達と別れ、そのまま早足で家に向かう。

さっきまで霧雨だった雨が、次第に雨脚を強めてきた。



「わ、強くなってきた、急がないと濡れちゃう!」



カバンを傘代わりにして、家へと続く山道を駆け上がる。

と、



「あれ、お兄ちゃん?」



山道の向こう、ぎりぎり視界に入るか入らないかという所に柾利の姿があった。

辺りはもう土砂降りになっていたが、それも気にせず水奈は柾利の方に向かった。



(あんな所で何してるんだろう?)



あと何メートルという所まで近づいて、水奈は柾利の様子がいつもと違うことに気が付いた。





降りしきる雨の中、体中の力が抜け、まるで死人のようにダランとして、生気を感じない虚ろな目で、曇った空を仰いでいる。

力無く開かれた目に雨粒が入り、目尻にから流れ落ちるいく。

その様子はまるで・・・



(お兄ちゃん・・・泣いてるの?)



水奈ですら、初めて見た表情。

一切の感情を感じさせない冷たい目、触れれば壊れてしまいそうなその様子。

物静かながら、強く、頼りがいのある柾利の、もう一つの姿。



「お兄ちゃん・・・」



ふと、水奈の口から出た呟きに気が付き、慌てた様にこちらを向く柾利。



「あ・・・水奈、帰ってたのか」



咄嗟とは思えないような変わり身の速さで、水奈に声を掛ける。



「・・・・・」



何も言えずうつむく水奈。



「いつまでもこんな所にいたら風邪引くな、早く家に入ろう」



水奈を促し、家に戻る柾利。

その間、水奈は何も言うことができなかった。















風呂に入り、火照った体でリビングのソファーにうずくまる水奈。

少しして、後から入った柾利が風呂場から出てきた。



「あー、スッキリした」



何事も無かったかのように、向かいのソファーに座る。

しばし沈黙、そして



「お兄ちゃん・・・」



気まずそうに口を開く水奈。



「ん、どうした?」



どこか惚けた口調で返す柾利。



「お兄ちゃんは・・・いつもあんな風に泣いてるの?」



「・・・・」



「私・・・お兄ちゃんのあんなとこ見たの初めてだよ」



「・・・幻滅したか?」



「しないよっ!!・・・するわけないよ」



「そうか・・・」



再び沈黙。

だがそれはすぐに破られた。



「ねぇ、どうして泣いてたの?」



「泣いてた様に見えたか」



「うん」



「そうか・・・そう見えたか」



「泣いてたんでしょ、どうして?」



「お前が居ないのが寂しかった」



「えっ?」



「1人で居るのには慣れてたつもりだったのに、お前が数日でも居なかったことが寂しかった」



しばらく理解できなかった。

気丈で頼れる柾利の口から「寂しい」という弱気な言葉が出たことが信じられなくて。

しかし、直ぐに分かった。





離れ離れに暮らしていた時、水奈の胸の中には『柾利』が居た。

幼い日の心臓移植で貰った命の半分。

たとえ体は離れていても、水奈の傍にはいつも柾利が居た。



しかし、柾利の傍に『水奈』は居なかった。

水奈を救うために行ったことで、柾利の胸には大きな穴が空いた。

そして水奈が居なくなってから、心にまで穴が空いた、寂しさという穴が。



「それと、昨日の自分の姿を思い出して嫌になった」



昨日

禍津神を倒すのに使った力が、空間を超えて元居た場所に影響を与えていた。

海は真っ二つに割れ、木々は灰になり、地面は抉られていた。

敵を倒すためとはいえ、余りにも強すぎた力。



「情けない・・こんなに強い力があるのに、全然上手くいかない・・かえって悪くな・・・」



柾利はそれ以上喋ることが出来なかった。

今まで黙って聞いていたはずの水奈に抱きすくめられたからだ。



「・・・ごめんなさい・・お兄ちゃんがそんな風に傷付いてるの・・・全然気が付けなくて・・・」



柾利の顔を自分の胸に押し付けるように、抱え込む。

その体は、端から見ても分かるほどに震えていた。



「お兄ちゃんは、いつも水奈のこと守ってくれてるのに・・・水奈は、水奈は・・・」



少し退行しているのか、自分のことを名前で呼ぶ。

そして一瞬より一層強く抱きしめ、震える・・・それでも強い意志を込めた声で言った。



「これからは水奈もお兄ちゃんのこと守るから!お兄ちゃんを傷付ける事全てから・・守るから!!」





『守る』

いつもされてきた事、強く頼れる兄が自分にしてくれてきた事。

兄がしてきた事に比べれば些細な事しか出来ないかも知れない、それでも一生懸命に。

強さの影に隠れた、弱い兄の心を支えたい、守ってあげたい。

そんな思いの込められた言葉。



「ありがとう、水奈・・・」



知らないうちに成長していた妹に抱かれ、その温もりに柾利は母親の面影を感じていた。

暖かく包み込んでくれる優しさを・・・








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