8.日本・再起
バリスタス再蜂起と、ほぼ時を同じくして。
「皆・・・ただいま。」
折原のえるは、日本に帰還した。そして、すべてが動き出したのだった。
「私はこの戦争を止められなかった。私はあの大陸でのバリスタスの行動を最後まで制止できなかった。私に出来たのは、戦って、戦って、戦い抜いたことだけ。」
覇道軍の助けで新宿を中心とする地域に立てこもって防衛していた旧折原政権派軍と合流したのえるは、彼らに語りかけた。
「私は、戦いを肯定したいなんて思っていない。怒ったり憎しんだりすることより、愛し合うことのほうがいいって思ってる。けれど、戦いを今やめるわけにはいかないとも思っている。戦い続けなければならないと。」
見回す。のえるを待っていてくれた、のえるの愛する人と視線を一瞬かわす。今は一瞬以上の時間はない。その手その体と抱き合うためには、今を戦い抜くしかない。
それは私情であると同時に大義であった。ただの一人ののえるの心と同じく、辛い人が、この世界には今大勢いるのだから。
「HAの崩壊と上位次元の侵略、古代改人と秘密結社の暗闘。私たちは私たちを守り取り戻すために戦わないといけないと思うの。私たちが過ごし、生き、愛してきた日々を。」
私は、だから一人でも戦いに行く、と、のえるは告げて、一拍置いて。
「・・・ついてきて、くれるかしら。」
「我々も今日まで。戦い抜いてきました。我々が今日まで戦ってきたのは。」
それに代表して答えたのは、東京都知事、桜坂万太郎である。
「貴方とともに日本が過ごした日々が、守るに値するものだと思ったからです。ついていきますとも。ともにいきましょう、日本を取り戻しに。」
「・・・ありがとう、皆。」
ここに、折原政権は再び動き出した。
「・・・来て、くれたんですか。そっちだって、折原さん一人加わったといっても、戦力的には苦しいんでしょうに・・・」
「一人の力は、断じて無力ではない。君たちが今日まで生き抜いたのは、その証明ということだろ?」
まず折原政権軍が行ったのは、総理帰還とそれまでの経緯の再周知・・・すなわちのえるの乗った飛行機の撃墜は陰謀であること、現政権はその陰謀のHAとの共犯者であり、傀儡的簒奪者であること・・・による改めての正当政府としての宣言と。
「BLACKさんの治療をお願いします。BLACKさんはきっと、立ち上がって、大きな力になってくれますから。」
「勿論だとも、ドッコイダー、いや、鈴夫君。」
貴重な戦力を防衛圏外に積極的に繰り出しての、各地で絶望的抵抗を強いられていた離散したHUMA残党ヒーローたちの救出回収であった。
かつては、バリスタスに対する態度などのさまざまな因縁で手をとりあえずにいた日本政府とHUMA。
「それもこの悲劇を招いた原因の一つなら、細かいことはともかく、まずそれを変えなきゃだめでしょ!」
のえるの鶴の一声が、過去を吹き飛ばした。
「・・・ただ。僕たちと一緒に戦ってくれた人たちには、HUMAじゃない人も、大勢いたんですけど・・・どうなるんでしょうか。」
救出に現れた自衛隊部隊に、鈴夫は問うた。
離反したエヴァンジェリスト、ゼブラーマン。
バリスタスの改造人間だが共闘した、オクトーガやカブトレオン。
彼らはどうなるのだろう、と。
「ともに戦えるものは、ともに戦うことになるでしょう。そうでないものとも・・・出来れば、戦いたくはないですよね、勿論。」
離反エヴァンジェリスト達のように、元の勢力からも離脱敵対しているものは、折原軍に合流することは出来るだろう。
だが、バリスタスのような独自勢力は。
今は上位次元、古代怪人、タロン、多くの敵がいる。それらを倒すまでのあいだは、暗黙の共闘が行われるだろう。だが、それを過ぎればどうなるかは・・・
「・・・ええ。けれど、今はまずは戦い抜かないと。それは、変わらないんですね、結局。」
ため息をついて、ドッコイダーは歩き出す・・・だが、それでも、その先に希望を見つめて。
「うん、うん・・・!分かったよ!」
折原軍再起の方は、忽ち各地に届くこととなった。それは、関東近辺の戦場の要の一つである、秋葉原においても。
すずめの用意した通信機で、のえると通信を行っていたひばりが頷く。
秋葉原は現在、混沌とした状況にあった。
電脳組の戦ってきた組織、ローゼンクロイツ。彼らの目的はかつてディーヴァを発明しながらも人類文明に絶望し自らを天空のステルス人工衛星プリムムモビーレに封印した天才科学者、「白の王子」クレイン・バーンシュタイクの再臨にこそあった。
そのために彼らはコンピューター類を破壊する電磁防壁を持って秋葉原を要塞化。そこに、プリムムモビーレの降下を目論んだのだ。
この電磁防壁が殆どの機械兵器を無効化する上に、666体の量産型アルヴァタール、48対の試作型ディーヴカを投入し守りを固めるという重防御。
電脳組は、電磁防壁を乗り越えられるディーヴァを戦力とし、電子防壁が通用しない程の、秋葉原だからおそあった真空管をかき集めた各種機器で通信・連絡・索敵しながら、「ローゼンクロイツと戦いつつ、ローゼンクロイツの防壁を利用して他勢力の攻撃を逃れる」という奇手で戦い続けてきていたのだが・・・
「のえるさんも、頑張って。私たちも・・・頑張るから。」
状況は一変した。
降臨した白の王子クレイン・バーンシュタイクは、ガーライルとの契約をしていたのだ。
ローゼンクロイツは粛清され、その力の全ては、エルロード・エノクヨエルの名を得た、クレインのものとなった。
(ヨエルとはプリムムモビーレを管理する大天使王メタトロンの異名であり、エノクとはメタトロンに変じたとされる人間の聖者である)
クレインは語る。霊機融合ディーヴァこそが、新しい人間の形。ガーライルの救済が行われた後の世界を、幸福に生きる不老不死の新人類。
その端緒となるために秋葉原電脳組は選ばれたのだ。僕と共に新世界の住人となれ、と。
「秋葉原の決着は私たちがつける。憧れの王子様だって・・・間違ってるんだったら、間違ってるっていってあげなきゃ。私たちが生きてきたこれまでは・・・そんな、簡単に否定されるようなもんじゃない、って。」
それに対しての電脳組の決断は、抗戦であった。
ひばりとつばめが霊機融合を成し遂げたとはいえ、エルロードの一角を敵にまわすのはそれだけでは絶望的だ。だが。
「・・・バリスタス、ネオバディムの人たちは手伝ってくれるって。うん。確かに、これが終わった後はそうかもしれないけど。今、一緒に戦う仲間なのは変わらないから。」
元々秋葉原にはネオバディムの地球拠点とそれと合流していたバリスタスの戦力も存在する。
勿論、それを加えても足りないのだが、ここを出入りしていたHUMAヒーローや独立ヒーローも存在したことが、折原軍が呼びかける再結集において、ここを決戦を行いうる戦力の集まった拠点にしていた。
それは複雑な力関係の上にある戦力結集であったが・・・ひばりはそれを良しとした。
濁世を否定する白の王子に抗う、この地上の肯定者としての、ひばりの言葉には出来ないなりの心構えの表示であったのだ。
「・・・うん、そうね。」
通信機向こうののえるも、それをまた是とした。
秋葉原での戦いが始まる。
「・・・」
通信終了後、のえるは立ち上がった。
秋葉原の戦いについては、電脳組に任せるしかないと覚悟しながら。ここから先、いや、もうすでにというべきか、戦況は同時多発的・並行的状況となっている。全ての戦場を知り、関与するということはできないだろう。
そう、状況は既に余談を許さないどころか、とっくの昔に始まっている。
回収・治療中の仮面ライダーブラックを追い、確実に始末し、創世王誕生を成し遂げるべく、ついにゴルゴムがその全戦力を投入した最終攻勢を開始したという報告が来ている。
そしてまた、グロンギ族の、究極の闇を生み出す儀式、ザギバス・ゲゲルもまた、多くの犠牲を生みつつ最終段階へと移行しつつある。
ほかの組織の戦力と、ロードと、そして同属同士で食い合いを行いながら、グロンギの生き残りたちはその力を高め。そして、それらをすら食らうことで、その長ダグバの力は飛躍的に増大しつつある。
そしてまた、それをも上回る惨劇の可能性を告げる報告があった。諸勢力激突の最大交錯点である、この日本において。
上位次元勢力が、その激突で発生した死者の魂を用いて、北米で阻止された降臨儀式のアレンジ版を目論んでいる、と。
「させない。」
それだけはさせない。あの犠牲を全て無駄にするようなそんな真似だけは。この手の届く限り。
通信をしていた、都庁仮本部の私室から歩み出る。廊下には、忙しく行き来する、共闘を誓ってくれた戦士たち、そして、各地から合流してきているヒーローたち。
既に、「折原軍がヒーローの再結集を行っている」という情報は全土に広がった。あとは、行軍しながらでも、各地の生き残りたちのうち、共闘の志のあるものたちは集まってくる。
「いくんだな。」
歩くのえるの隣を歩く男が声をかける。HUMA新十大ライダーの生き残り、城戸真司、仮面ライダー龍騎サヴァイヴ。
その表情には決意がある。先輩ライダー達の最後の奮闘で生き延びたが故の、己の命をどう生きるかを深く問うた者の決意が。
「・・・」
その反対側を、のえると共に歩むのは五代雄介。同じHUMA新十大ライダーの生き残り、仮面ライダークウガ。
皮肉にも。仮面ライダー1号、本郷猛が、龍騎を守り逃がしたのは、闇に侵食されて暴走したクウガ相手であり、その戦いで本郷は辛うじて命は永らえたものの、戦士としては再起不能となった。
因縁の仲である、だが。
「ダグバは、俺が止めます。」
「ああ。頼むぜ。」
十字架を背負いゴルゴダの丘を登るような表情での五大の呟きを、城戸は受け止め、託した。
ここで負の感情を抱くことには何の意味も無いのだと、二人の間に存在した、偉大な先輩が教えてくれたのだ。
そして、今の二人の間にいる折原のえるは、その本郷猛と心を交し合い、彼を再起せしめた女である。その二人の思いを、受け止めることが出来る日輪の器である。
「ええ。いきましょう。」
日は沈み、夜は巡り、そしてまた日が昇る。
折原軍の大規模反撃が開始された。