第三節「そうして」
「・・・・・・」
与謝野緋奈は、圭一やミウルス、ユキらといったいつもの面々と共に、この学園祭を過ごしていたのだが。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
その四人が四人とも、思わず硬直して、その奇妙な一行を見送ってしまった。
「えーと。今のは・・・見たか、圭一。」
「み、見たで緋奈。」
「見間違いじゃないよなミウルス。」
「み、見間違いじゃないです。」
「百歩譲って、何かの誤解・・・ってことはないよな、ユキ。」
「そ、その可能性は、もしかしたらあるかもしれない。確率論で行けば。だけど・・・」
・・・しばし、沈黙。
成る程確かに、何かの誤解でそうなっているのを見たのかもしれない。
だけれども。
「・・・でも・・・確かに、達也と紫暮とみちえが、一緒に歩いてたよ、なあ・・・」
紛れも無く、それを見たのだ。あのハウンドの長が、不倶戴天の仲だった弟と、仲良く歩いているのを。
「あ、ああ・・・」
特に部下であるユキには、よほど信じがたいものがあったのであろう。心底驚いた様子で、何度も目をこすっていた。
妖精のように可憐に、兄と姉の間を軽やかに歩きながら、二人に話しかけるみちえ。
「ねえねえっ、さっきの科学部の展示、面白かったね!」
それに楽しそうに応じる、達也。
「ああ、そうだったな。」
「まあ、確かに一般の部活動としては非常に良く出来たどころの騒ぎではなく、超科学の領域に踏み入りつつあるものだがな。我々のような戦いに身を投じる者にとっては、あれくらいの技術レベルは初歩の初歩だぞ?」
そうまぜっかえす紫暮ではあるが、それでも表情は結構まんざらでもなさそうだ。
「とは言っても、専門は直接戦闘だったんだろ?何だかんだ言って新鮮だったんじゃないか?」
「な、何を言う。さっきの実験の根拠となる化合式ならびにそこから発生する発展十種応用15種の有用な化学物質の生成式、私はすべてそらんじているぞ!栄光学院の教育カリキュラムをなめるな!」
達也の言葉に、頬を膨らませて抗弁する紫暮だが、いつもの殺気は、そこには何処にも無い。
「でもさ。いくつの数式を覚えていてもさ・・・実際のあの綺麗な光、いい匂いは・・・それとは別なんじゃないの?」
「ああ、確かにそうだよな。・・・その、何だ。ああいう、見て綺麗な使い方・・・ってのは、やっぱし・・・」
そしてみちえの言葉と共に、達也も紫暮の心理に思い至る。
姉は確かに科学技術における知識は持っていよう。だけどそれは、組織としての「実用」でのこと。ああいった、見て楽しむ実験、少し遊び的な要素を含んだものを見るのは、新鮮な体験だったのだろう、と。
「・・・ま、まあ、初めてでは、あるな。」
図星を付かれたのか、普段は血の気の薄い頬を、紫暮は赤らめた。
「あはっ・・・」
「・・・へへっ。」
そんな長姉の様子を見て、笑う弟と妹。
笑い声。
その音を、この状況を、自分でも驚くほど素直に受け止めてしまっている自分に、紫暮は驚いていた。
この間戦った、光という、その名の通りに不思議なほどに眩い印象を残した少女の影響か。
それとも、この学園祭と言うハレの場のせいなのか。
(分からない、けれど・・・)
「・・・何か・・・いい、わね。」
「ええ・・・」
そんな三人姉弟の様子を見て、蘭は呟いた。
タロンの戦士として、日ごろ非常を貫こうと努力し、そして果たせずに居るが故にそれにこだわるソネットも、それに今は素直に同意していた。
共に戦うものとして。敵として戦うものとして。
どちらが敵でどちらが味方かは、二人の少女にとって、それぞれ異なるのだが。
・・・それでも尚。この風景は、暖かかった。
一緒にまわることを最初に提案したまはも、ニコニコと満面の笑みを浮かべながらその様子を眺め。
相変わらずの無表情なはずの「刀」も、どこか嬉しげだ。
ところが。
まあ何しろ、祭りなのだ。大騒ぎなのだ。
ただ穏やかなままで終わるはずも無い。
不意に、廊下の向こう、曲がり角を曲がって、こちらを視認した三つの気配。
それらは、
「あ、居たっ!!おーいっ!!」
「ホントだっ・・・!」
「村正宗ーーーーーっ!!!」
と、不意に駆け寄ってくる三人の少女たち。
「っと、どなたですか?」
まはが首を傾げる。が、主の紫暮は彼女たちのことを知っていた。
敵対組織の構成員、として。
「・・・お前たちは・・・」
先ほどまでの柔らかな雰囲気から変貌し、鋭い気配を放つ紫暮。
三人は、いずれも名の知れたバリスタス側の人間だ。
バリスタス北海道支部支部長、御雷神奈。カムイ衆最初にして最強の存在カンナカムイにして、村正宗の従兄弟。
同盟組織「十二天星」第九星将・彩乃=ヴァルキュア。そして、その十二天星の支配する都市・蒼月に住まう合成人造人間コオネ=ペーネミュンデ。
「お姉ちゃん!?」
「お、おい!」
みちえと達也が慌てる。かまわず構える紫暮。
だが。
「村正宗っ、ひさしぶりー!」
「・・・・・・」
「本当に、「刀」になっちゃってるんだね・・・返事もないや。」
「元から朴念仁なところはあったけど・・・」
三人は「刀」=村正宗に会いにきていたらしく。
「おい、こら、貴様ら。我が部隊の備品にまとわりつくな。」
構えた姿勢をどうしたらいいものかといった、若干困惑した風で紫暮は三人に後ろから話しかける。
「ついでに言うのであれば、奪還しようとしても、無駄なことだぞ。」
そして、もう一度声に殺気を滲ませようとする紫暮だが。
「いえ、寂しいのは事実ですが・・・今はそのつもりはありません。」
「何?」
神奈にあっさり否定されてしまう。
「参謀の『白き輪舞曲』さんが、調べてくれましたから・・・詳しくは分かりませんでしたけれども、それでも、今は。」
「刀」と、御影村正宗。
二つの心。そして、今はまだ、村正宗は「刀」であり続けることを選んでいる。
「村正宗、お預けしておきます。・・・大事に扱ってくださいよ?」
「う、む、むう・・・」
内心は複雑なものがあるのだろうが、あえて冗談めかせた神奈の言葉に、どうリアクションしたものか分からなくなったのか、戸惑う紫暮。
装甲している間に、彩乃もコオネもきゃいきゃいとまとわりつき、「刀」もおぼろげに記憶がよみがえるのか、のんびりしているが会話に応じている。
他、彼に縁のある少女としては、もとHA消耗部隊「ガンスリンガーガールズ」の一員であるトリエラなどまだまだ数多居るのだが。
流石に時差ならびに距離並びに任務などの諸々の諸条件をクリアして、今日ここまでこれたのは、この三人だけらしかった。
ともあれ、そんな風に旧交を温めたりして、村正宗にかかわる三人の少女たちは去っていったが。
「うーむ・・・」
なんというか彼女たちのが去った後、紫暮の雰囲気はまた少し柔らかになっていた。
そんな自分を、心底紫暮は不思議に思う。
こんなにも穏やかな気分になったことなど、何年ぶりだろうかと。
そして何故、これほどまでに今自分は穏やかなのだろうと。
ともあれその精神状態のせいか、紫暮はふと気づくことが出来た。
「・・・ソネット。少し浮かない様子だが・・・何か悩みでもあるのか?」
「え?」
上官の指摘に、驚くソネット。それほどまでに落ち込んでいた積もりも無く、突然だが、確かに悩みを抱えていたのは事実だった。
「その、実は・・・」
「どうしたんだ?」
達也も気になった様子で、ソネットの顔を覗き込む。
そして、とつとつとソネットが語ったところによると。
これまでの幾つかの曲は、うまく歌えていたのだが。新曲の調子がどうにも思わしくないのだという。
今まで歌ってきた曲は、どこか切ない、悲しげなムードの歌だった。
その面において、ソネットは特に上手に歌うことが出来ていた。自分の内にある悲しみを、歌に込めることができ、それが故に歌の出来が上がっていた。
だが。
今度の新曲は、それとは様子の違う、明るい歌なのだ。
「それがどうしても、うまく歌えなくて・・・」
しゅん、となるソネット。
「そう、なの・・・」
日ごろ、ソネットに敵対的な態度をとることが多い蘭だが、この呟きは流石に少々響いたらしかった。
明るい歌を歌えない心。
その悲しみは、感受性の高いエスパーでなくても、十分に分かる。
「・・・だったら、さ。」
そして、達也は。
「今ここで思いっきり楽しめば。歌えるようになるんじゃないか?明るい歌。」
それは、まあ。
ごくありきたりで。
確証もない。
ただの提案だったが。
「・・・」
「あ、その、どうした、ソネット。か、軽はずみだったか。悪かった。だから・・・」
うつむいたソネットに、慌てて言葉を続ける達也。
だけど。
「ううん・・・ありがとう。」
今のソネットにとって、それは希望になった。
「はあ・・・」
「どーしたっすか?小松崎さん。」
ちょっと休憩と言うことで、場から抜け出した蘭に、話しかけてきたのは同じ学園防衛部の桃子であった。
「あ、桃子ちゃん。そっちの調子はどう?」
問い返す蘭に、桃子は胸を張って答える。
「ん!学園防衛部出し物の演武、好評っすよ!達也が抜けてる分は覚悟さんが入ってくれたことで埋め合わせになってるし!番長も留美名もばっちし決めてるっす!」
にっこり笑う桃子。ついさっきまで、桃子も自慢の技、桃色波動拳の曲撃ちで座を沸かせていたのだ。
まだ薄っすらと肌が上気していて、健康的な印象をより強くしている。
「で、そっちはどっすか?」
そして、再び同じ質問をする桃子に、蘭は微苦笑を返した。
「うん。達也と一緒に回れてて、みーちぇや、ちょっとおっかないけど紫暮お姉さんとも何とかうまくやっていけてるんだけどさ。」
「ははん、ライバルの件っすね?」
蘭の言葉を唐突に突っ切る桃子の爆弾発言。
「っな、ちょっと桃子ちゃん!」
「はっはっは、分かってるっすよ。」
思わず紅くなって抗弁する蘭だが、桃子はからからと笑うばかり。
「・・・別に、達也が、誰にだって優しいだけ、なんだから・・・」
結局、蘭は内に秘めた感情を吐露してしまう。
「そんなに運命的な出会いでも、ドラマティックな日々でもないけどさ。いや、この戦いの中でってのは普通と比べれば確かに変わってるとは思うけれど。それでもその中でどうか、って言われれば、さ。」
穏やかに、思いは育っていた。隣に居る、共に居る、者への思い。
「それにそれこそ紫暮お姉さんの件とか修行の件とか、いろいろあって大変なのは分かるけどさ・・・それにしても、もうちょっとくらい何かあっても・・・それとも達也はもう、いや、それは分からない、よね・・・?」
けれども、それが故に関係は遅々として進まぬわけで。
それがありきたりの苦悩と知っていても、少女としてはやはりそれは難事なのだ。
「桃子ちゃんは、どう思う?」
「ふぇ、何のことっすか?」
だが、蘭に思いを白状させた側のはずの桃子が、逆に首を傾げる。
「へ?」
あっけにとられる蘭。そして。
「いや、そうじゃなくて。こう、決着をつけたかったんじゃないんすか?同じエスパー同士として。」
・・・どうやら。
ライバルというのは、言葉通りの意味で言っていたようで。
つまり、桃子の発言は一見的を捉えているようで、実は完全な的外れで。
「・・・もういいわ。なんかどっと疲れた。けど、同時にもう悩む気もうせたわ。ありがとう桃子ちゃん・・・ある意味で。」
「んー、よくわかんねっすけど、どういたしましてっす。」
まあ、これもまた、青春。
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