第二節「この日に」


「やれやれ・・・」
学園祭の当日を向かえ、カーネルは嘆息とともに喧騒の中にあった。
「良いのか?この非常事態にこんなんで。」
各支部が全地球規模で熾烈な戦いを繰り広げているというのに。
・・・正直この台詞は、開幕してからに倍するほど大騒ぎだった準備期間中にも何度も呟いた言葉なのだが。
「ま、いいんじゃないのか?」
「ま、まあ、な。たまには、な、たまには。あくまでたまには、だぞ?」
父兄扱いでボランティアで準備を手伝い、今もこうして入場してきた夫・磁力にそういわれては、カーネルとしてはつい従ってしまう。
ちなみに戦術指揮官としての彼女の名誉のために言っておくが、文句を言いながらも準備の際はやはり水際立った指揮ぶりを見せていた。今は磁力に手を繋がれてどぎまぎしているけど。
・・・かえって名誉を汚したような気もしないでもないがそれは置いておいて。

「おいホルス、JUNNKIとマッシュ、それに達也の奴は一体何処にいった?フェンリルが夜真徒の者たちと一緒に出し物をやっているのは把握しているのだが。」
ともあれその後暫くして落ち着いたカーネルは、背中におんぶした優をあやしながら、ホルスに尋ねた。優は祭りの雰囲気が好きなようで、屋台に小さな手を伸ばしてきゃっきゃとはしゃいでいる。
対してホルスは、もぐもぐと買い食いしながらという祭りに馴染みきった様子で返答を返した。
「あー。JUNNKIなら、あゆちゃんと名雪ちゃんと以下略引き連れてる。まー相手が相手だからハーレムっつうより引率者って感じだけど。で、マッシュは舞と一緒で舞はひよのと一緒でひよのは歩と一緒で、これまた団子状態のダブルデート未満?」
くっくと下世話に笑うホルスに、カーネルは本当にこいつは古代怪人の端くれなのだろうかとちょっと疑ってしまうが。
「・・・大体分かった。だが、達也はどうした?」
「ああ、今来た見たいだぞ、見えた。」
「うぉっ?!」
唐突に耳元でささやく声に、思わず叫び声と共に飛びのくカーネル。磁力も驚愕して、優を守るような位置に回りこんだ。死線は慣れているため咄嗟の反射が凄まじく早い夫婦だが、逆に言えばそんな二人を相手に接近を成功させるとは。
「村正宗・・・「刀」・・・!」
そんな離れ業が出来るのは、未だ精神を閉ざしタロン・ハウンド部隊に居る、「刀将」村正宗、元バリスタス最強の一をもって他に有り得はしない。
「達也、来たぞ。」
だが本人は相変わらずどこかぬーぼーとした様子で、すっと指し示すのみ。

「む・・・あ〜・・・」
だがそれでも油断無く、「刀」に対峙したまま、達也の気配を探ろうとするカーネルだが。
すぐにへにょんと脱力することになる。

肝心の達也が、相手側の人間・・・ソネットと一緒に歩いてきたからだ。ソネットは普段の長い銀髪ではなくウェーブのきいた栗色と金髪の間くらいの髪の鬘をかぶって印象を変え、アイドルっぽいコスチュームの上から上着を羽織ってそれを隠している、という妙な状態。
どう考えても敵対的な状況で無いことは少なくとも分かる、奇妙な取り合わせだった。

「達也〜何があったん?」
「いや、ソネットの奴が歌手活動しているの知ってるだろ?で、うちの学園祭で歌うってことになってたんだけど、何かストーカーみたいなのが入り込んでてさ。歌手としての格好してるときに正体ばれるような力使うわけにもいかないだろ?で、困ってたみたいだから、助けた。」
「は、はい・・・」
と、ホルスが聞き出したところによると、そんなやり取りがあったらしい。
恥ずかしいのか、ソネットは上着をかき寄せ、頬を紅く染めている。鬘をはずし、それをステージ衣装を隠す上着の内ポケットに押し込んで、普段の姿に戻った。

「ふむ、ご苦労なことだな・・・だが達也、これからどうするんだ?」
「え、どうするって・・・」
まだ事態を把握していない様子の達也だったが、カーネルは少々ことが厄介になったということを認識していた。
何せ。
「あ、あの、達也・・・」
蘭が達也を探してここに来ていて。
「あっ、お兄ちゃん!」
みちえも居て。
「あ、ちょっとみちえ、貴方本当に・・・こら、まは、押すな!?」
「たまにはいいじゃない!仲良くしようよっ!!」
みちえを追いかけようとしたんだけどどうせならこの気にみちえの願いである三人姉弟一緒に仲良くを実現しようとするまはにさらに押されて慌てている紫暮が居るのだ。
今日は珍しく体調がいいのか、またはみちえにあまり心配をかけまいという配慮なのだろうか、車椅子を使わず自分の足で歩いている。
そして「刀」も当然といった様子でしれっと紫暮たちをエスコートしようとしている。
「あ、あ〜・・・」
達也もようやくこの状況を認識したらしく、一瞬進退窮まったとでもいったような表情を浮かべたが。
「ええいっ、しゃあない!皆、行こうぜ!!」
結局全員と一緒に行くことに腹をくくったらしい。実際、そういわれてしまえば、中々嫌とは言いにくいものである。
「あ、おいこら愚弟!?」
「駄目だよ、達也おにいちゃんのことそんな風に言うの・・・」
「ああこらみちえ!分かった悪かった泣くな!」
「・・・歌、歌うんだったら・・・準備必要なんじゃないんですか?ソネットさん。」
「貴方の心配は無用よ、蘭。そのくらい考えてるもの。」
わいのわいの。
「ハァ・・・」
なんやかんやともめながら、何とか危うい均衡を保って移動していく一行を見送って、カーネルはまた、ため息一つ。
「とはいえ・・・」
「ああ。」
続くカーネルの言葉に、磁力は皆まで言わせず同意した。
カーネルも我が意を得たり、と頷く。
「・・・随分と、人間的に丸くなったな、紫暮も。」
「ああ。」
幾度もの戦いの中、味方と絆を結び、敵の魂に触れ。一文字紫暮という少女は、初めて手合わせしたときの狂乱の戦鬼から、人格的な成熟を見せ始めていた。
「そうだね・・・正直それが紫暮の力に+になるか−になるかは分からないけど・・・あんまり、戦いたくねえなあ。」
と、ここで、夫妻の会話にホルスが加わった。頭の後ろで手を組んで背伸びをしながら、というリラックスした姿勢での発言だが。
言葉には、しっかりとした重みがある。
「・・・そう、だな。」
そして、その思いはカーネルも同じだ。
何度かぶつかり、相手とこちら側の情報を総合し、判断するに。
どう考えても一文字姉弟の仲違いは、タロンをその原因の一つとする星のめぐり合わせの悪さによるすれ違いによるもので。
誤解といってもいいそんな理屈で、血を分けた肉親が戦いあうなどというのは・・・
「元から、気乗りのしない戦いだったんだ。」
はき捨てるように、カーネルは呟いた。

「はあ・・・そうは言いましても、なにぶん所属組織も違いますし、これまでの積もり積もる因縁もございますし・・・難しゅうございますよ。」
「、ゆま。」
と、意外にも主についていかなかったらしい、相変わらずメイド服のゆまが、傍らで嘆息した。
激しい戦いは、タロン・・・ハウンド&シープドッグ側にも、少なからず厭戦気分をはびこらせていたらしい。
まあ、だからこそ、こうして戦闘状態に入ることも無く、準備を終え学園祭をつつがなく開けているわけなのだが。
「まあ、実際元バリスタスの「刀」さんとは、紫暮さまも仲良くされていらっしゃるのですが・・・しかしあれは流石にねえ・・・」
「?」
と、何やらぶつぶつと呟くまはに、首を傾げるカーネル。
まははそんなカーネルの様子に、問うまでもなく答えてくれた。よほど、一遍誰かに言わずには居られない情報だったのだろう。
「いえ、紫暮さまは最近は何処にでも「刀」をお供させるのですが。流石に湯殿や臥所にまで出入りさせるのは、と・・・あ、いえ、もちろん私がお止めいたしましたけど。アヒルのおもちゃまで出して、随分「刀」も乗り気でしたし。」
「げほごほがはっ!?」
あんまりびっくりした、その拍子に思いっきり咳き込むカーネル。
そりゃまあ、驚かないほうが変というものである。いくら洗脳された状態であるとはいえ。年頃の男である「刀」をである。
未遂に終わったとはいえ、なんともはや。

「ふう・・・何と言うか、もう。」
「真面目に悩むのが馬鹿らしくなってきた、か?」
磁力の言葉に、内心ではそう思いかけていたカーネルは、何とか動揺を押さえ込み、返答する。

「い、いや、そうではなく、だ。まあ、その。警備にはそれほど内側、学校内の人間からおきる事件の可能性を警戒しなくてもいいだろうなと、そういいたかったのだ。本当だぞ?」
「はいはい。それで、俺たちは何処から回るんだ?」
だがまあ、内心のところは見透かしていたのだろう。そう、磁力が言うと同時に。

くう、きゅるる。

昨晩からしっかり警備体制を構築するべく走り回っていたカーネルのお腹の虫が鳴いた。

「・・・・・・や、屋台からにしよう。」
「ああ、そうだな。」


一方そのころ。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・」
今まで、数多の絶望的戦況下から、学園支部を守り抜いてきた、バリスタス最高幹部が一人、天魔王JUNNKI。
そんな彼が、珍しく本気で絶望的なうめき声を漏らして崩れ落ちた。
それと、言うのも。

かぷかぷかぷかぷかぷかぷかぷかぷ・・・・
はむはむはむはむもぐもぐもぐもぐ・・・
もぐもぐもぐもぐもぐもぐ・・・

「お祭りだからって!この面子相手に!おごるなんていうんじゃなかったあああ!!」
そんな彼の目の前では。特別出展したたいやき屋、それと出店の肉まんとイチゴサンデーを数十個単位で平らげるあゆと真琴と名雪の姿が。

「あらあら。JUNNKIさんも大変ねえ。」
「い、いや、止めたほうがいいのでは・・・?」
その隣では、相変わらずのマイペースな様子で微笑む秋子さんと、流石にJUNNKIがかわいそうになってきたのか、普段の落ち着きぶりから若干おろおろした様子で秋子さんに話しかける美汐の姿がある。

「う〜ん、お祭りで食べる鯛焼きはまた格別だよ!ねえ、JUNNKI君!」
「いやいや、やっぱり肉まんよ!」
「・・・別に皆いつも食べてるじゃない、そりゃ、私もだけどさ。ごめんね、JUNNKI君。」
「いや、いい、いいんだ。はあ・・・」
世界征服を目指して邁進するので精一杯のバリスタスは、幹部とはいえ金持ちというわけではないのだ。一気に寂しくなった懐にがっくりきたJUNNKIではあったが。
三人娘の喜ぶ顔を見ていると、何というか、怒る気もうせてしまうというものである。
「だぁもう!あゆ、真琴、名雪!おいしいのは分かったからさ、他のところも見に行こう。」
「うぐぅ?JUNNKI君は食べなくていいの?」
「お前たちの大食い見てるだけで腹いっぱいになっちゃったよ。一体その体の何処にあれだけ大量の鯛焼きが入るんだ?どこもかしこもぺったんこなくせに。」
「うぐぅ!?その言い方はいくらなんでもないんじゃないかなJUNNKI君!」
JUNNKIのぼやきに、怒ってぶつふりをするあゆ。
「ははっ、気にするなって!」
「もー、JUNNKI君たら!」
だが、二人とも、本気でやっているわけではない。
その表情に怒りなどひとかけらも無く、二人とも楽しげに笑いあっている。
そして、二人を見る名雪、真琴たちも、また同じ。
非日常に身をおくことを強いられ続けていた少年少女たちは、今。
穏やかで暖かなな時を過ごしていた。


「・・・牛丼の屋台が出て無くてよかったぜ・・・」
そんなJUNNKIの様子を見て、思わずマッシュは呟いていた。
「?」
そして、彼をしてそう呟かせた源・・・牛丼大好き少女・川澄舞が、その隣で首を傾げ。
「あ、いや、なんでもない。」
慌ててごまかす羽目になるマッシュ。
そんな二人の不器用なやりとりに、歩とひよのは二人してくすりと微笑む。
両者推理の技には長けているため、大体マッシュの思うところが分かってしまうのだ。
「べっ、別に俺にJUNNKIより甲斐性が無いとか思うんじゃねえぞ!」
「あははっ、思いませんよ。」
「ああ・・・もちろんだ。」
ひよのの微笑み、歩の穏やかな表情。
あせるマッシュに対して、だが二人の表情の奥には、確かに真摯な肯定がある。
「甲斐性・・・?何。分からない。けど。」
そして、舞も。
「マッシュは、何も恥じるところはないし、焦って変えるところも無い。私は、そう思う。」
「・・・そ、そうか?」
「そう。」
見つめ返され、思わずどぎまぎとはぐらかそうとするマッシュを、真っ直ぐに見つめて舞は言う。
そう。
これまでの戦いで培ってきた、確固たる絆がある。
「さあ、私たちは何処から見て回ります?」
「こっちも屋台から、ってのは流石に芸が無いな。」
「・・・じゃあ、この体育館を丸ごと使った、ジャンボお化け屋敷っての見てみるか?午後のコンサートまでには撤収するみたいだし。」
「ぽんぽこたぬきさん。」
和やかに話しながら、四人は廊下を歩む。
戦いに結んだ絆でも、日常を生きることが出来ることを、その身で示しつつ。




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