第一節「これまで」

「修学旅行だと?」
JUNNKIからの幹部会議への定例報告は、ちょっとばかり予想外のものだった。
「こんな時期にか?それも、三学年合同で?」
北洋水師支部長・悪の博士の立体映像が、八つの目を疑わしげに細める。今は最近では珍しく、覚醒していたようだ。
「ああ、俺も驚いたんだけどさ。なんと生徒からお金を徴収しないんだよ?どういうわけか知らないけれど、随分金の有る学校だなって・・・ぶ。」
映像の向こうでぶぎゅとJUNNKIを押しのけ、副官役のカーネルが顔を出した。
「差し出がましいまねをして、申し訳ありません。ですがこれは、何か裏がある。そう思います。」
真面目に進言するカーネルに、熊本鎮台支部長・影磁が言う。
「それくらいは、分かっています。我々も馬鹿ではない。」
「は、すいません閣下。私が浅慮でした。」
しかられた新米士官のようにうなだれるカーネルの映像を、さりげなく影磁が記録しているのは誰にも気づかれなかった。
「ってことは、休んだほうがいい・・・のかな。」
「いえ、乗りましょ。」
普段は裏方や偵察任務などで忙しく飛び回っている、関東軍支部長シャドーがひょいと顔を出した。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず・・・。呉越同舟だが、これはチャンスでも有るということだな。」
ことわざと四字熟語を使いながら、博士が説明を加えた。
呉越同舟。
何しろ、ハウンドらタロン側の連中も、旧校舎に陣取っているのだ。当然、ついてくることになるのだ。
恐らくは、修学旅行に関しても、彼らがその組織力を使い、仕組んだのだろう。
「ええ。」
「わかりました。」
シャドーとJUNNKI、同時にうなづく。
「それに伴う緊急動員兵力の穴は、熊本鎮台と関東軍で相互補完ということで。戦力も同盟組織も増強されたことですし、これくらいは大丈夫でしょう。」
影磁も承諾し、決定は下った。
ついでに、余談とばかりlucarがJUNNKIに話しかける。
「そういえばJUNNKIさん、旅行って、一体どこへ行くんですか?沖縄とか、北海道とか?もしかして、海外?」
流石にいくら資金潤沢でも、海外は珍しい。だがこれだけ常識はずれの学校、何があってもおかしくはない。
そう思って聞いたlucarだったが、JUNNKIの答えはさらにトんでいた。
「それが、レムリアだって。」
「れ、レムリアぁ!?海外どころか地底国じゃないですか!?」
レムリア。
「黄金の混沌」以降では、四つ確認された地底世界のうちの一つであり、ジャシンカ帝国や地底王国チューブとは異なり、ルーツはアンチョビーや、黄金の混沌時代に地上征服をたくらみ、滅亡したといわれる正統ムー帝国などに近いアトランティス・ムー系列である。
西暦1996年、レムリアの存在は地上の知るところとなる。彼らは第二次世界大戦時に各国軍部をだまして作らせ奪い取った七隻の超兵器「海底軍艦」・・・アメリカ艦モンタナ、リバティ、ソ連艦ソビエツキー・ソユーズ、イギリス艦ライオン、フランス艦ガスコーニュ、イタリア戦艦ヴィットリオ・デ・シーカ、ドイツ艦フリードリヒ・デア・グローセ・・・の軍団をもって地上を征服しようと行動したのだ。いや、征服というのは正しくないかもしれない。彼らからすれば、それは地上への帰還なのだ。
第二次世界大戦期のものとはいえ、彼らの超技術・・・重力炉を備えた海底軍艦はいずれも40センチクラス(一隻、フリードリヒ・デア・グローセのみは52センチの超巨砲だった)の巨砲と三百メートル級の全長、20万トンはあろうかという巨体を音速で飛行させ、水上どころか水中にまでもぐり、挙句の果てにレムリアが地底にあることを考えれば当然だが艦首につけられた巨大なドリルで地底までもぐった。
だがしかし、唯一地上に残されてしまった46センチ砲・原子熱線砲に冷線砲で武装した日本の海底軍艦「羅号」に保有艦のほとんどを撃沈され降伏した。
彼らの運命は、羅号艦長の日向真鉄の温情的判断もあり、有尾人帝国ジャシンカや地底共和国カランバ、おぼろげにその存在が伝えられるムーやミケーネのように滅亡してしまうことはなかった。むしろその運命は地底帝国チューブに近く、今も地球の上の一国として存在している。
(一応・・・ね。)
実情を知るものは、苦笑いを浮かべざるを得ない。
ともあれ、学校の旅行の行き先に干渉することも出来ない。JUNNKIもある程度状況を認識していることであるし、結果として変更はなし、状況決行となった。

ふつ、とJUNNKIからの通信が途切れる。
「くく、奇妙な因縁もあったものです。正直頭を悩ませていた問題があったのですが、」
呟きをもらす影磁に、シャドーがちょいと触角を向ける。
「問題、ですか?」
「ええ。ですが、もしJUNNKI君がうまく立ち回り、レムリアを手に入れたならば・・・解決の糸口となるでしょうな。」
そういうと、影磁はなれた手つきで端末を操作し、情報を提示した。
「佐世保で修理中だった海底軍艦「羅号」の修理が今月中にも完了する可能性がある。どうも折原のえるが動いたらしいな。一時は左翼勢力から廃艦論まで出て対レムリア最終決戦で大破したままいた羅号を、戦力に加えるつもりらしい。」
「それは、現状では心強いかも知れぬが・・・我等の計画の最終段階においては、いささかまずいな。」
悪の博士が、仮面の奥で唸る。BF団と同盟したとはいえ、依然改造人間が主力のバリスタスは巨大超兵器との戦いは不得手である。戦車やAS、潜水艦程度ならともかく、羅号の戦闘能力は頼みのBF団怪ロボットを上回る。上位次元・魔天にも巨大ロボットはあるが、あれは戦闘で破壊してしまったし、そうそう再生産のきくものではない。
三貴子や悪の博士の超人獣形態をぶつけるという手もあるが、いずれも攻撃力は桁違いだが稼働時間が三分未満、普通の船舶なら一撃だが、海底軍艦を撃沈するのには時間が足りない。それに、博士達は北大西洋にいるため日本に居る三貴子はフェンリルのみと、さらに状況は悪い。
「流石はのえるだ。既に我々の戦力を分析していたとはな。」
今は古代怪人たちと戦う共闘者であっても、いずれは世界の最終的な支配権を賭け、避けては通れぬ戦いの相手である。
「なるほど、それでレムリアというわけですね。あそこには重力炉の技術があります。そして、確か海底軍艦も大破した奴がまだ一隻だけ残されていたはずです。ガスコーニュ、といいましたか。あれを手に入れ修復できれば・・・」


突如持ち上がった、「地底への修学旅行」。
行き先は海底軍艦を生み出したアトラン=ムー系地底国家最後の末裔レムリア。
それは、タロンの陰謀。
だが。
バリスタスも負けてはいない。この機におけるレムリア征服、「海底軍艦」取得を目指し、動き出す。


レムリア。
人口一万人弱。奥行き百キロほどの地下空洞の中にある、小さな国だ。だが、裏腹に重要なものを数多く抱える国でもある。
なにしろ土中にぽっかりあいた穴のような国である。鉱脈の露出には事欠かず、金銀プラチナ鉄チタン銅、石油や石炭に天然ガスにメタンハイドレード、ウランにいたるまでとり放題であった。
さらに、海底軍艦の動力炉・重力炉に代表される、「千切られし過去」に連なる超高度技術もある。
そして、永きにわたる地底での生活で、種としての生命力が弱ったのか、人口は平行線どころか減りつつある。それこそが地上進出の理由だったのだが。
こんなおいしい餌に、各国企業・・・そして、それを統べる組織タロンが目をつけないはずはなかった。
結果として国王ラメシス2世の国家経済防御の努力も空しく、かつてレムリアと戦った羅号艦長・日向艦長の(これからの地上とのやり取りのほうが、よほど大変な戦いなのだ)という危惧は現実のものと化してしまったといえる。


舞台となる地底国家レムリアは、タロンによる経済侵略にさらされていた。
修学旅行の裏、有利な舞台で、タロンはバリスタスとその仲間たちを倒すべく蠢動していた。
だが、レムリア側にも、思惑があるようで。


ぎしっ・・・
「うおぉぉおう・・・・こらお前、妹として兄にそういうことを、うあ、やめろ栗をぶつけるな、石抱きもかんべん・・・」
なんとも、少なくとも一時期のカーネルやイカンゴフ、カブトレオンに変身した日のアクニジンよりかは阿呆らしい寝言。
「うあ、なんでまんぼう!うおお重い、ぶにぶにがたまらん!舐めるなぁ、飲み込むなぁ・・・」
奇怪な生態をほこるまんぼうはともかく、夢の中で兄に折檻する妹ってどんなの?
「はうはっ!あ、ゆめ・・・じゃはぁ!」
からさめた途端、JUNNKIは無茶苦茶驚いた。
目を開けてみれば、目の前に見たこともない女性の顔があった。年のころは二十代前半か。色気と子供っぽさの微妙な混合、大きいけどつんとしたアイラインと眉、秀でた額にかかるさらさらの猫ッ毛といい、雰囲気が猫のような女性だ。
え、と思って視線を動かしてみれば、目に彼女の体が飛び込む。
夜着の一種といっていいのかどうか、半透明のポンチョのような布をひっかけている以外は下着もつけていないらしい。濡れた障子紙よりも光を通す布の向こうに、もろに裸体が透けて見える。
コンクリートを一気飲みしたように咽喉が重い。声が出ない。興奮のあまり、寝癖でぼさぼさになった髪が怪人形態の棘の鬣になりかけている。
「え」も「あ」も「う」もないJUNNKIに少々戸惑った様子を見せたのか、それともためらったのか。一瞬の間ののち、明らかに性的な媚を思わせる笑みを浮かべてしなだれかかってきた。
「ち、ちょっと!?」
ようやく声が出た。が、その次をJUNNKIが言うまもなく、女は脈絡もなく告げた。
「秘密結社バリスタス大幹部、JUNNKIね。お願いがあるの」
「なんでこんな状況で!?」
「んもう、わからない?」
「分かるような気もするけど口に出すのは恥ずかしい!陳腐だし!」
真っ赤になりながら無駄な照れ隠しに怒鳴るJUNNKIに、女も化けの皮がはがれたのかついつい怒鳴り返す。
「何よ陳腐って!人が女の一生かけた一世一代の大博打うってるってのに、デリカシーのない男ね!」
「他人のデリカシーをどうこういえる身か!大体お願いはどうしたんだよ!?」
「あ、そうだった。」
ようやくそこまで騒いだところで、一端の区切りがついた。調子に乗って騒いでいた女はぽかんと驚いたような顔を浮かべる。
「ま、前隠せよ・・・大体、誰なんだよお前。」
そっぽを向くJUNNKI。
「レムリア王国第一王女、コルドバ=セレ=アブトゥー・・・単刀直入にお願い、この国を征服して。」
「・・・へぇ?!」
あまりに奇妙な願い、そして意外な正体。状況も忘れてJUNNKIがあっけにとられた、その瞬間。
「JUNNKIさ〜ん、一体なに騒いで・・・」
隣の部屋のフェンリルが扉を開けて入ってきた。どうもアブトゥーが忍び込むとき鍵をはずしたらしい。
「で・・・で・・・で・・・で・・・」
「わげっ・・・」
目が点になったフェンリルが、傷のついたCDのように同じ音を繰り返す。
「電柱で御座るっ!?」
「字が違う!」
「どうした?」
騒ぎを聞きつけ、フェンリルと同室のカーネルまでやってきて、こちらは凝固せずに。
「ふっ不浄なっ!!!」
鉄拳。


レムリア王家第二王女アブトゥー。
レムリアが地上進出を行おうとしたときには自ら海底軍艦ガスコーニュに艦長として乗り込んだ、気性の激しい王女。
彼女がバリスタスを巻き込んだ結果、状況はますますややこしくなっていく。


タロン幹部・鬼塚が紫暮の遺伝子データ、バリスタス側の技術を参考に作り上げた、イナゴ型の遺伝子改造体の群れが、カーネルを取り囲んだ。
鬼塚自らもその改造を己の身に施し、自ら真仮面ライダーを自称している。
「俺達は選ばれたサイボーグチームなんだぜ。俺たち13人は何千人という人体実験の成果によって生まれた。「ネオショッカー」の旧型なんざ敵じゃねぇ」
「きひひ・・・くひひひひ・・・」
周囲から湧き上がる嘲弄の笑いに、カーネルは無言だ。
「キヘヘヘヘヘー!殺せ殺せ殺せぇぇぇぇぇ!!」
それを怯えと受け取り、かさにかかって一斉に飛び掛ってくる。
その中心で、カーネルはまるで舞うように動いた。
ZA・ZA・ZA、斬!!
「ぴげぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
瞬間で、三個の首が空を飛んだ。それまで優位と思っていたところを一瞬でひっくり返され、あとじさる敵にカーネルはようやく答えを発した。
「お前達は三つミスを犯した。一つ目は、私の力を過小評価したこと。二つ目は私を怒らせ本気を出させてしまったこと。そして最後の三つ目は、自分達の力の過大評価だ。何千人も人体実験をせねばサイボーグ一つ作れない技術で、「新たなる衝撃を与えるもの」人体改造技術の精華たる私に勝てるとでも思ったのか。」


迫り来る栄光学院のタロン幹部たち。


極超音速で、銀色の悪魔が地底空間を飛翔する。
「くそっ・・・なんて機動性だ!あれ、本当にアームスレイヴなのか!?」
自由に空を飛ぶ、どころの騒ぎではない。明らかに慣性の法則を無視した動きだ。異常なまでの急角度旋回、速度を全く落とさずに上昇下降後退平行移動までやってのけている。
鬼塚と同じ栄光学院に所属するタロン幹部の一人、レオン=テスタロッサの開発した、新世代のAS「ベリアル」だ。
タロンの手の傭兵勢力、軍隊まで大量投入されていた。
カーネルたちも奮闘してはいるが、もうこうなってしまうと暗闘どころか戦争である。
「っち・・・げほごほがはっ、無茶をする・・・」
流れてきた黒煙を病んだ肺に吸い込んでしまい、激しくむせる紫暮。


これまでの戦歴からバリスタスと鷹乃羽学生陣の戦闘能力に興味を抱いた幹部たちが、それぞれに己の研究成果を繰り出し迫る。


佐伯リュウコが変異した最上級「Lv5」ジェネレイターの冷凍攻撃によって硬く凍りついた扉を、何とか改造人間の腕力で解放する。
「それでアブトゥー!本当に動かせるのか、ガスコーニュは!」
地上で暴れるAS、そして場足教授が表した彼の正体・・・F式人造人間の死体合成系技術を進化させた「動く死体」の集合体。とうとう「怪獣」の領域にまで巨大化・強大化した、強蝕怪獣バタリゴン。
「う、動かせるけれど・・・!けど、前の戦いで大破した状態からぜんぜん修理できてない!そう保ちはしないよ!」
地下格納庫を走るJUNNKI、そしてアブトゥー。
「人員は!」
「一応集めてる!足りない分は、呼んでおいた戦闘員たちにサポートさせる!対空砲やら機銃やらはともかく、主砲と地底穿孔用冷線砲は撃てるぞ!それと、シールドドリルも動かせる!」
先回りしておいたカーネルが、準備を進めつつ叫ぶ。
「分かった。相良や桃子がベリアルを対空射撃で脚止めしている間に・・・いくぞ!海底軍艦ガスコーニュ!!発進だ!!!」


そして、地球に残存する海底軍艦最後の二隻のうちの一隻・・・海底軍艦ガスコーニュが出撃する。


「む・・・・・・」
巌の如き頑健な印象の、レムリア国王ラメセス2世。
爆音に揺らぐ宮廷で、爆発により飛んだ石材の破片で切れた額からの流血を拭おうともせず、言う。
「鳴海、清隆とやら。生憎、私は屈しはしないぞ。地上に言ったアネッサもおり、アブトゥーも居る。ここで私が死んだところで、レムリアは揺らがぬ。この戦、バリスタスの勝ち、だ。」
目の前に居る、一見優しげな青年・・・
栄光学院理事長・鳴海清隆に対して。
「別に、それでもいいですよ?」
王の言葉に対して、しかし清隆は柔らかな微笑を返すのみ。
「レムリアの現状の経済状況、並びに収奪した資源と技術・・・まあ、サグの下品な物言いを真似すれば・・・「あらかたしゃぶりつくした」といったところですか?」
優雅な仕草で背を向け、清隆は歩み去る。
「海底軍艦ガスコーニュも最後の無茶で重力炉を停止させたようですし、こんな借金だらけの小国、最早単なるお荷物ですから。甘いバリスタスならお世話してくれるでしょうけど・・・せいぜい、彼らの足を引っ張ってくださいね?」


しかし、それでも尚。


「はあ・・・一体これから、どうすれば・・・」
「本当にあんたたち、どうするつもりなの?どうも幹部連中、持っていけるもんは洗いざらい持っていったみたいよ?国債も通貨も、外貨も外資も。もう、こりゃレムリアの財政は破綻したも同然っぽいけど?」
アブトゥーが嘆息し、疾子が問いかける。
「簡単なこった。」
JUNNKIは飄々と、答え、宣言する。
「どうするか考えて、何とかする!人間どんな時だって、出来ることぁこの二つだけだ!」


バリスタスの道に揺らぎは無い。


・・・・そして今、JUNNKIは言い、カーネルが叫ぶ。

「とまあいろいろなことがあった修学旅行も終わって暫く日が経ち!!いよいよ今度は学園祭なわけだ!!」

「何ぃぃぃぃぃダイジェストっ!?」



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