最終節「闇を駆け行くものたち」


そして、光は消えた。


霊子奔流の消滅にもっとも早く反応したのは、流石に一番近くに居た「白き輪舞曲」であった。
「村正宗っ!!」
奔流が焼き尽くした荒地の中心に、酷くおぼつかない様子で立つ村正宗に駆け寄ろうとし。
「ッ!!」
咄嗟に後方に跳躍した。同時に手は装備を掴んでおり、精神は集中を開始している。
「・・・「刀」、か・・・!」
「そうだ。」
一瞬前のおぼつかない様子が嘘のように、研ぎなおされた刃の鋭さを感じさせる気配。
これは、御影村正宗ではない。「刀」。タロン最強の戦士、一文字紫暮の腹心。
「・・・紫暮・・・」
しかしその関心は、白き輪舞曲には向いては居ない。
頭を巡らせ、気配探るは、彼方にて戦う主の現状。

「どけ」、と、言うこともなく。
圧倒的な素早さで白き輪舞曲の脇をすり抜けると、咄嗟に立ちはだかろうとするマイトタイガーを苦も無く振り切り、目をくれることもなく「刀」は走っていく。
再び満ちた、夜の闇の中を只管に。
バリスタスではなく、タロンの元へ。


一方、霊子奔流の影響を受けずに展開していた者たちの戦いは、クライマックスを過ぎつつあった。
「ふっ、ふっふっふ・・・いや、意外とぎりぎり、何とかなるものなんだねい・・・」
口の中で、最後の一個である能力使用のキーアイテムであるキャンディが完全に溶けてしまう感触を味わいながら、戌子は息切れ交じりの笑みを浮かべた。
目の前に転がるのは、大破したベスパと昏倒してるハルハ=ラハル。
能力使用を最小限にとどめ、動き回って撹乱。相手が見せた隙に、一瞬で残り全エネルギーを使用して一撃必殺にしとめる。
文章にしてしまえば僅か一行だが、本来相手の力量を考えれば相当の無茶であることを、意地と執念で戌子は何とか成し遂げたのであった。
そして、この関門さえ突破してしまえば、あとは戌子の策の内だ。
「さーて。現状の光チャンたちの撤退進路はこっちだから、合流はすぐだな。よーし、よし。そこで何とか補給が出来そうだ。」
かくある日を予測し、以前から戌子は準備をしていたのだ。事前に自分が見込んだ戦士に預けるなり、適当な場所に隠すなりして、HAから受領した件のキャンディを水増しして受け取りあちこちに貯蓄していたのだ。
今一番近いのは、光に預けた一袋。それを手に入れれば、かなりの期間しのぐことが出来る。
そういう、戌子の策の内。

そのはずだった。

「っ!?」
直後、戌子が再びう跨ろうとした彼女のスクーターが突如爆散。
それが上空からの、鋭い何かを投射した攻撃によるものだと咄嗟に悟った戌子が飛びのこうとする。

その背中に衝撃。同時。その薄い肉付きの胸を内側から突き破って生える、背中から貫通した銀色の刃。

「か・・はっ!?」
何とか咄嗟に体の動きを前向きに変更し、突き刺された刃を抉り込まれるのを避ける戌子。
向き直った、そこには。

「ありゃー。流石に反応が素早いや。」
たった今人を刺したとは思えない天真爛漫な笑みを浮かべ、戌子の血でぬらりと塗れた鋭い刃を持つ、腰まで来る金色の髪が印象的な美少年。
タロンサイボーグ・No227・フェルドランス。
「だけど、まあ、今の力は、せいぜいその程度・・・ですよね。」
そのそばに空中から舞い降りる、栗色のショートヘアをした少女。華奢な体にチェック柄のストールを纏い、カップのアイスクリームを食べている。その彼女の体の周囲に、先ほどスクーターを破壊した力なのであろう、カッターを思わせるデザインの巨大な氷の刃が何本も浮いていた。
ハウンド部隊六雇番「絶氷」の栞。
戌子の策を破綻させる、悪夢のコンビの出現であった。

「君も運が悪いなあ。こんなところで僕らに出くわしちゃうなんで。まあ、恨むなら、本隊からわざわざ僕と栞を分離させて、後方で敗兵狩をさせるなんてえげつない手を考え付くうちの上層部を恨んでよ。」
哀れみなど欠片も見当たらぬ、ぞくりとするほど空虚な笑顔で、フェルドランスはそう告げた。
「大方ここであのエヴァンジェリストたちと一緒に、タロン・HAの追跡を振り切って脱出しようとでも思っていたんでしょうけど。そんなこと出来る訳無いじゃあないですか。奇跡は起きないから、奇跡って言うんですよ?」
自身がまとう冷気よりも冷たく、栞は戌子に告げた。同時に、彼女の手が、金色の輝きを帯びる。絶対零度による分子粉砕手刀、六雇番において、唯一その戦闘能力において紫暮に比肩するといわれた栞の最強の一手。
「このペースでは紫暮さんたちはエヴァンジェリストたちを取り逃がすかもしれないですけど、貴方を始末して私たちが先回りするには十分な時間があります。貴方も、貴方が見出した者たちも、皆まとめてここでおしまいです。」
ハイパーボリア・ゼロドライブ。
その構えに、既に栞は入っていた。
「ぐっ・・・そういう訳には、いかないんだよっ・・・!」
しかしそれでも、どんな時も最後まで戦い抜くことをその信条とする少女は、立ち上がる。
それを見る、栞の表情に、冷たさに加わる要素。
苛立と、嗜虐。
「・・・そんなこと言う人、嫌いです。」
そして、冷気が渦巻いた。

一方。

巨大なるもの同士の、戦いは。

「さて、これは好機だ!霊子奔流は収まったかね!収まったな!好機だ、好機だとも!」
一手先んじたと、ウェスパシアヌスが不敵に笑う。
乗り手の意思に即座に反応する鬼械神(デウスマキナ)と、複数人によって水中で運用される可潜WIGでは、反応速度において格段の差が発生する。
とはいえ、再び三巨人を展開するだけの時間的格差は存在しない。
そう判断したウェスパシアヌスは、攻撃に魔力弾を選択。
魔力レーダーで探知した敵影が存在する海域めがけて手当たりしだいに叩き込み、殲滅する。

「そうら、滅びたまえっ・・・!!」
ウェスパシアヌスは勝利を確信し。

直後、吹っ飛ばされた。
轟音。さしもの鬼機神の装甲も大きくへこみ、弾き飛ばされたサイノクラーシュはよりによってそれを守るべく展開していたはずの研究所に突っ込んでしまった。
研究所は倒壊、実験施設が連鎖的にいくつも爆発する。

「ぬ、ぬおあっ・・・!?い、一体何が・・・?!」
動転しながらも何とかサイノクラーシュの姿勢を立て直した、ウェスパシアヌスが見たものは。

「り、龍っ・・・!?」

巨大なサイノクラーシュが小さく見えるほどの桁外れの大きさの、龍を象った巨大な空飛ぶ戦舟。
屠龍戦艦セルペンドラ。地脈エネルギー化した大神龍を再構成し、来るべき宇宙での決戦のためにバリスタスが建造した宇宙戦艦だ。
アストラルラインという道に乗ることにより従来の宇宙船とは全く異なる移動方法をとる性質ゆえ建造が難航し、いまだに宇宙には上がれずにはいたが。
地球上のアストラルライン上を移動することは、既に可能なのだ。「道」を行くことで、事実上地球上のどのポイントにも、ほとんど瞬時に出現することが出来る巨大龍。
それが、今のセルペンドラだ。

「うぬぬぬっ・・・!おのれえ!」

歯噛みするウェスパシアヌスだったが、現状ではサイノクラーシュを崩壊させずに維持するのが精一杯である。
反撃もままならず、鬼械神の実体化を解き後退するしかなかった。

「いよっし!!」
上の様子を特殊観測装置で確認し、マルレラはにやりと笑った。
艦に搭載された数々の超兵器ではなく、通信一つで所定の計画である研究所の破壊と艦の防衛を達した旧インバーティブリット王室女官はガッツポーズをとった。
「目的達成!退くよっ!セルペンドラには念のためそのまま上空警戒を続けさせて!「白き輪舞曲」の強化装甲服に通信入れて!合流ポイント決めないと!」
その後のことまでてきぱきと指示を下すマルレラ。その指揮の下、即座にモチャ=ディック改は転進を開始した。
ひとまずの作戦目標達成と共に、「白き輪舞曲」たちを回収するために。
御影村正宗を、その船内に迎え入れることは無く。




そしてこの戦いの主戦場たる、ハウンド対エヴァンジェリストの戦いは。
「っ・・・ガロード!」
「おうっ!」
霊子奔流の混乱から、一番最初に立ち直ったのは。以外にも、ティファとガロード。
同時にユキは己の失態を悟る。霊子奔流を避けるのに必死になりすぎて、ガロードたちとの距離を開けすぎた。
「しまっ・・・サテライトキャノンが来る!?だが、まだ!」
一瞬後の未来の予測。そして同時に、覚悟を決める。今からでもまだ即座に突撃すれば、ユキ一人が直撃を食らうだけで周囲をなぎ倒す前に食い止められる。
そう判断したユキは咄嗟に飛び出しかけるが。
「来てっ・・・Gビット!!」
直後にティファの口をついて出た言葉と、それが招いた現象は違った。
現れたのは月から送られる大量の霊子エネルギーではなく。独立行動型のアルターや軍用メダロットに近い、ガロードの鎧に似ているがよりシンプルなデザインの姿をしたロボットの群れだ。
サテライトキャノンと並ぶガロードとティファのもう一つの力、であった。いずれも完全自立活動で、ユキの突進を阻止すると周囲に弾幕を張り始める。
「今、だな。風、海、やるぞ。」
「はいっ!」
「何であんたの指図受けなきゃならないのよっ!けど、それしかないみたいね!」
同時に、風、海、パピヨンが動いた。
その同時行動と、構えから咄嗟にパピヨンの意図を察した梨香が叫ぶ。
「しまった、これは・・・!」
「ざ・ん・ね・ん♪少し遅い!!」
笑うパピヨン。
「いましめのっ、風っ!!」
「青い竜巻っ!!」
「月光蝶・・・360度全開っ!!!」
直後敵を束縛する風と、叩きのめす竜巻が炸裂。その二つの風が、月光蝶のナノマシンを普段の数倍数十倍の規模で拡散させる。
「何ぃぃっ!?」
「わあああっ!?」
パピヨンの狙いは明白。この隙を使っての離脱だ。そしてそれは、確かに妙手であった。
このコンビネーション技の威力は絶大であり、目くらまし脚止めと同時にかなりのダメージをハウンドに与える。
紫暮の戦闘可能時間の限界を考えれば、ハウンドによるこれ以上の追撃はまず不可能と言うべきところだ。
・・・ここで逃げ切れれば。

「さ、せ、る、かあああああ!!」
「うああっ!?」

だがその限界を補って余りある力を持つのが、一文字紫暮。ハウンドの長。
気合一閃、眼前に立ちはだかっていた光に手刀を打ち込む。太刀で切り込まれたかのように鎧が砕け、光はパピヨン、海、風が居るところまで吹き飛ばされる。
同時に、サッカーボールでも蹴るような躊躇の無い蹴りで、ノエルを光にぶつけるように蹴り飛ばす。
二人が吹き飛ばされることで、その打撃と吹き飛ぶ勢いで生まれた、ナノマシンを吹き飛ばす風の回廊。

「ここで三人纏めて叩き潰すっ!!」

走る、のではなく、地面と水平に跳ぶといったほうがいい、紫暮の急加速。
一息に間合いを詰め、左右両腕の一撃づつで海、風の頭部を粉砕、踏み込みからの蹴り足でパピヨンを両断。ただ一息にて、三人纏めて殺す。
そのつもりの紫暮であり、それが出来るのが紫暮である。

「これは・・・!?」
「「ッ!!?」」
迸る熾烈な殺意に、さしも豪胆なパピヨンすら、白皙の顔から血の気が引いた。
海、風両名に至っては、殺気だけで絶息しかねないほど。

「・・・どう、して・・・?」

だから、最初、その問いがどこから来たのか、その場に居た人間は、一瞬分からなかった。
そして、その問いが、誰に向けられたものなのかも。

「だって、放っておけないからっ・・・!」

かそけき声の問いは、吉川ノエル。
震える声の答えは、立ち上がった、獅堂光。

「「立つ、だと!?」」

紫暮、パピヨン、叫びが重なる。

だが、今一番、立ち上がった光に驚愕し、熾烈に見つめているのはその二人ではない。

ノエルは。
見つめていた。鎧を砕かれ、痛めつけられ、実力差は圧倒的なのに、それでもなお立つ、紅の乙女の背中を。
彼女の真っ赤な瞳に移る、炎の砦が如きその姿。

ノエルの心は、答えの出ない問いに満ちていた。
これまでの、自分がしてきたのとはまるで違う、戦いの形。
これまで戦ってきた相手とはまるで違う、その、心。
これほどまでに苦しいのに。これほどまでに、勝ち目なんて無いのに。これほどまでに・・・たとえ勝ったとしても、そこに明日が開けるかも分からない、絶望的なはずの戦いなのに。
何故?
何故?
何故?

麻の如く乱れた心の彩目が、不意にノエルの記憶をまさぐった。
自分でももはや倦んじ果てた戦闘と戦闘と戦闘と殺戮と殺戮と殺戮と。

その記憶の地層の下。強化改造の時に封印された心の傷。

それよりもさらに深い記憶が不意に蘇った。
白い、鮮烈なまでに白い雪に満ちた、山深い家。
森の動物や、木苺、優しい実の父母。満ちていた幸せ。

その幸せの記憶と、その後の、修羅の道を歩む記憶。
二つのノエルの間の、ぼろぼろに擦り切れた布のような、二つを隔てる記憶が一枚。

そこに、その姿はあった。既に存在すら思い出せなくなっていた家族の一人。ノエルの、姉。
両親が居たときも。両親が居なくなった後も。どんなに絶望的な状況でも。そのあとに、その先に、何も無いと分かっていても。
それでもノエルを守り続けた、懸命な姉の姿。

明日無き世界で尚明日のために、運命の神に抗う背中。

一瞬。一瞬だけの回想。

その一瞬の回想に、ノエルの心臓が高く鳴った。

「ウォオオオオオオオオオオオオオオオンン!!」

高らかな、獣の咆哮。

瞬間、ノエルの体は、以前バリスタスの前で見せた、獣の姿に。
だが何故だろう。
不思議なまでにその瞳は、人間らしい心を有していた。人の魂の輝きを見せていた。
人であったときよりも、熾烈に。そして、再び人の姿となったときもこの輝きは残っているのだろうと信じさせるほど、確かに。

(光っ!乗れっ!!)
一瞬その目が光を見る。込められたノエルの意志を、光は何故か正確に理解していた。
直後、飛び出すノエルの獣。
その背には、跨り炎を宿した剣を構える光の姿。
「何ィッ!?」
紫暮の目が、驚嘆に見開かれる。
「行くよっ!!」
光が叫ぶ。
「おおおおおおおおおお!」
ノエルが、吼える。

風の回廊、向き合う馬上槍試合(ジュースティング)。

競り勝ったのは・・・

光とノエル!!

「ぐあっ!?」

突進してきた元いたほうへと、逆に吹っ飛ばされる紫暮。
同時に、騎馬ならば到底考えられぬ柔軟な機動で、光を乗せたノエルが身を翻す。彼女たちが自分たちとすれ違ったと見る間にパピヨン・海・風が能力を発動。
エヴァンジェリストたちは、撤退を始めていた。

「っ・・・!!」
その体に落ちないようにぎゅっとしがみつきながら、光は感じていた。
大きな、だけどせわしない、ノエルの心臓の鼓動。
出会った時、機械のように冷たく感じたノエル。だけど、今こうして耳を寄せる心臓音は。
確かに、命の鼓動を刻んでいる。
きっとそこには、ちゃんと、暖かい血が流れているのだ。
ただ、逆にそのことは、光を心配にもする。戦い、傷ついたノエルは、この鼓動の一打ちごとに血を流していくのだから。
それを思うと、光は切なくなる。そして、心配がいとおしさを芽生えさせる。この悲しそうな命を見捨て、離れることが、出来なくなっていることを、光は感じていた。

「・・・っ!!」
光を乗せ、四肢を躍動させ走りながら、ノエルは感じていた。
改造による、エヴァンジェリストのそれを遥か凌駕する鋭敏な感覚が、察知している。この暗い森の先に居る者を。フェルドランスと栞という名前までは知らないが、紫暮に匹敵するほどの強大な力を持つ敵の気配を。
冷静に分析している。この先に、希望は微かにしか存在していないと。この歩みは、絶望への時間稼ぎでしかないかもしれないことを。
だけれども、ノエルは感じている。
自分と共にある、光のぬくもり。そのぬくもりは何故か、遠い昔になくした沢山の何かを、思い出させてくれる。そのぬくもりは何故か、ノエルの心にぬくもりと光を与える。
最初は、理解できなかった。だから、拒絶しようとした感覚。
だけど。
今は、光の存在が、まるで希望であるかのようにノエルには思えるのだ。彼女と共にあり、彼女と共に最後まで戦うことが出来るなら、それでいいとさえ思えるほどに。
だからこそ、ノエルは胸が痛む。そして、苦悩が決意を目覚めさせる。この眩く暖かい少女を、絶対に死なせないと。光を守るために戦おうと思うようになっている自分を、ノエルは感じていた。


そして。
地面に倒れた紫暮は、「刀」や梨香が慌てて駆けつけてくる地面の振動を感じながら思う。競り負けたとはいえ、受けたダメージは少ない。立ち上がろうと思えば出来るのだが、あえてそれをしないまま。
あの時、あの二人、光とノエルに自分が見たものはなんだったのだろうと。
予想外の攻撃に対する驚きではない。
合体攻撃による強大な攻撃力への恐れでもない。
以前感じた、不意に心を見透かされることによる混乱でもない。

二人同じ方向を見る、あの姿の。

身を翻し走り去るあの姿の。

それがどうしたということもないはずの、何かを成し遂げたという訳でもない敗走者達のその姿に。

自分は一体何を感じたのだろう。

何故こんなにも、心温かなのだろう。心安らかなのだろう。何故あんなにも、眩いのだろう。


紫暮は、闇を駆け行くものたちのことを、思う。


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