第七節「贖われざるもの」



立ち上る光の柱。

それを見て、焦燥に駆られる影が一つ。スクーターに乗って海豚海岸へと続く道を進んでいた、光たちを覚醒へと導いたエヴァンジェリスト。
戌子はスクーターを止めて光の柱を眺めながら、舌打ちを一つ。
「まずいねえ・・・これは早すぎるよ。村正宗はまだ・・・」
だが、その言葉はその先を言うことが出来なかった。
遠くの光より早く、手前の音が割り込んできたからだ。

じゃかじゃ〜んじゃっじゃ、じゃじゃじゃ!じゃじゃじゃ!
じゃかじゃ〜んじゃっじゃ、じゃじゃじゃ!じゃじゃじゃ!

「!?」
エレキギターの音。急に現れた光の柱に気をとられていたため気づかなかったが、その場所には既に、もう一台のベスパタイプのスクーターが止められていたのだ。

「Ride on shooting star〜・・・」
ややふざけた口調の歌声。エレキギターを持ち、そのスクーターの傍らに立つ、ヘルメットとベスト、手袋と全体的に厚めの装束に身を包んだ女。
桃色の髪と金色の目が、かなり目立つ。少したれ目気味で、にやりと皮肉げな笑みを浮かべた口は少し大きめ。
「なーんちゃって。」
「ハルハ=ラハル・・・!」
その人物の名は、戌子に覚えがある。HAのエージェントの一人で、バーディ=シフォンと同じ親HA派宇宙刑事機構からの派遣宇宙刑事。
ただ、体力任せの直接戦闘が主任務のバーディと違い、ラハルの任務は裏方。諜報、防諜、暗殺や味方不穏分子の抹殺といった、汚れ仕事。
「君が来たってことは・・・」
「飲み込みが早いってのは取り柄だとおねーさん思うよ。けどね、残念ながら君、やりすぎってことみたいよ?」
恐らくは目的は、HAの下にありながら、幾人ものエヴァンジェリストに自立を・・・HAにとっては厄介な概念を植え付け促した反逆者たる自分の抹殺。
それをラハルは笑顔で肯定すると、ギターを構える。それはギターと見せかけた外見はしているが、実際は重力衝撃発生装置を内蔵した、打撃武器だ。斧かメイスのようにに振りかざし叩きつければ、人間サイズのロボット兵器程度なら苦も無く破壊する。
「なるほど。理由は分かった。けど・・・」
しかし、戌子は怯まない。能力を使うのに必要なキャンディを頬張り、戦闘態勢に入る。
「君一人で僕をどうこう出来る、ってのは、ちょっと思い上がりじゃないかなー?」
磁力を操る戌子の力は、ごく短かった戦士としてのピークを過ぎてしまったといえ、いまだ強力なものだ。
裏工作はともかく直接戦闘では打撃攻撃しか能の無いラハル相手に、負ける気はしない。
「・・・殺すぞー?」
対して、ラハルも、不気味なまでに揺るがない笑顔のまま、余裕を持って対峙する。
「気づいてないとでも思っているのかい?君の補給のタイミング。能力維持用のキャンディは、それが最後。背任が発覚してもHAが何も行動をしなかたのは、次の補給の直前という条件なら・・・楽に殺せる、ってこと。」
ラハルの言葉に、内心舌打ちする戌子。さすがにHAも馬鹿ではない。キャンディの供給を非常に厳格に管理していたのは、これが目的だったのだ。
「どの道、HAに見放されたら能力を維持できない君はいずれ死ぬ。だからここで手っ取り早くあきらめて、無抵抗で殺されてくれるとお姉さん嬉しいんだけどなー?」
そしてそれは、この戦いの後万が一戌子が生き延びても、同じこととラハルは告げる。
故の、勧告。

だが。
「じょーだん言うない。」
「・・・あ、そ。」

簡素なやりとりが挟まるだけ。戦いは、始まる。

一方、既に始まっていた戦場のほうは、逆に戦闘どころではなくなりつつあった。


「ぬおおおっ!?戻れガルバ、オトー、ウィテリウス!!」
洋上。今まさにモチャ=ディック改を撃沈せんとしていたウェスパシアヌスが、慌てて自らの使い魔を引っ込めた。
直後使い魔の三巨人が居た辺りを、光の柱から降り注いだその分流とでも言うべき桁外れの霊子奔流が薙ぎ払う。加速度的に、「刀」の暴走が進行してきたのだ。その場に巨人が留まっていたのならば、ひとたまりもなかっただろう。
「全くなんという、なんというエネルギーだ。これでは、普段の状態など、そう、ほんの氷山の一角だということかね!全くなんということだ。なんと・・・興味深い!」
冷や汗と共に引きつった笑みを浮かべるウェスパシアヌス。霊子奔流はサイノクラーシュのほうにも降り注いできており、巨大であるが故に鈍重な向きのあるサイノクラーシュは避けるのに精一杯だ。
「急速潜行っ!急いで!」
一方のモチャ=ディック改も、本来ならその艦体に満載した超兵器でもってサイノクラーシュを攻撃したいところだが、霊子奔流が敵味方関係なく降り注いでくるので逃げるしかない。

海の上でもこの騒ぎなのだ。当然、陸でも。


「この波動、あのときの刀の男か、やれやれ・・・全く。自制心というものがなってないじゃないか、ふふふ。」
などと余裕な発言をしながら華麗なポーズをとりつつ回避しているような余裕があるのはパピヨンくらいのものである。

「危ないっ!ティファ、こっち・・・ってうわあっ!こっちもだめだ!そっち!」
かばうべき少女の居るがロードは、特に大変そうにオーバーアクションで慌てまくり。
「いてっ!くそっ!」
「来るぞ、早く起きろ!手を!」
実戦経験の足りないディアがずっこけ、そこに迫り来る霊子奔流。間一髪のところを士郎が助け起こす。
他の面々も、霊子奔流から逃げるので精一杯で、到底戦うどころではない。

「ちいっ・・・この程度!!」
だが、流石に紫暮は違う。奔流を巧みに掻い潜り、攻撃を仕掛ける。
「うくっ・・・!?」
いまだ、トラウマの生んだ幻影から脱しきっていないノエルは、奔流に巻き込まれないようにするのが精一杯だ。
だが。
「させるかあっ!!」
剣と、盾のようになった左手部分の鎧で、紫暮の攻撃を光が防いだ。
「何っ!?」
いくら奔流を避けながらの不安定な姿勢とはいえ、いくら光が防御最優先で守りに徹しているとはいえ。
「私の攻撃を防ぐだと?!」
驚愕する紫暮。
確かに、二人の腕前の差からすれば、ありえないこと。
だがそれには、紫暮本人は自覚していない、原因があった。
「・・・貴方は、こんなこと、しちゃだめだっ!」
「何を・・・いうか!?」
光の言葉。対する、紫暮の叫び。
紫暮を突き刺す、光の真っ直ぐな瞳。
「そんなに悲しそうで、寂しそうな瞳をしてて!あんなに仲間に気遣われてる人がっ!ノエルに、同じ悲しい人にっ・・・こんなことをしちゃあ駄目だっ!!」
その積み重ねにより、僅かずつだが、紫暮の調子は狂い始めていたのだ。
「何も知らぬ癖に、戯言をっ!!」
「戯れてたらこんなこと言うもんかっ!!」
ぎりぎりと、不気味な金属音。
紫暮の指が、競り合う光の剣と盾をきしませているのだ。
「何も知らない人に何か言って欲しくないなら・・・抱えていることを教えてよ!」
しかし、光の叫びは、止まらない。
そしてその叫びはいつしか、紫暮に対してだけのものではなくなっていく。
「ノエルも!あんなに苦しいなら・・・それに耐えられないなら・・・素直に助けを呼んでよ!君たちタロンの人たちだって!こんなところで隊長の体調気遣いながら戦わなきゃいけないような事情があるなら、それを何とかするために何か言うべきだ!」
「光・・・」
急に名前を呼ばれて、ぎくり、と、不器用にノエルが反応する。
光の言葉に、幻影から僅かに解放されたのか、その表情が和らぎ始めた。
「っ、そんなことが、簡単に出来るわけがあるかっ・・・!」
自分がマークしていたはずの光が、紫暮と接触してしまっていることにあせりながら、梨香は苦い表情で叫ぶ。
霊子奔流の動きは完全にランダムなので、彼女の能力をもってしても突破は難しいのだ。
「簡単に出来ることじゃないこと位分かってる!けど、状況を改善する手段がそれしかないなら・・・それをするしかないじゃないか!!」
「っ・・・」
その言葉に、ソネットの表情が僅かに揺らぐ。
なまじ超能力をもっていながら、同じ超能力者である蘭とも、一度は脱出のために共同行動をとった達也とも、分かり合うことはおろか、話し合うことすら満足に出来ない。
そんな己に苦悩するソネットに、光の言葉はことさら強く、重く、苦く響く。

しかしその光もまた、この程度では「届かない」と、半ば分かっていながらの発言であるが故に、重く、苦く。



そして、光の柱の前に立つ白き輪舞曲。光の柱の中心に存在する、「刀」は。

「・・・?」

「白き闇」の力を再度展開して、自分のほうに来る霊子奔流を防ぎながら、装甲服の知覚システム全てを使い状況を打破すべくデータ収集を行っていた「白き輪舞曲」だったが。
一瞬、奇妙な感覚にとらわれた。観測機器のデータには、そういった反応は無い。
だが。
(何だ?まるで・・・)
まるで、光の柱の中の、「刀」村正宗が。

(まるで二人居るような・・・)



光の柱の中。

「・・・はじめましてというべき、なのか?」
「刀」は、そう言った。

「それは違うだろう。お前は俺だ。」
御影村正宗はそう答えた。

そう。
この光の柱の中には。
「刀」と、御影村正宗が、同時に存在する。

「・・・そう、俺はお前。異なる環境と異なる経験によってたつもう一つのお前。」
「刀」は言う。
「ああ・・・そうだ。」
村正宗は答える。

「・・・どうだ?村正宗。もう一つのお前は、このようにしている。」
「・・・」
続いての「刀」の言葉に、村正宗は沈黙を保つ。

「・・・変わらないだろう?」

「刀」は言う。
村正宗は黙る。能弁な「刀」に対し押し黙る村正宗という、まるで二人が逆転してしまったような構図。
そしてそれは、「刀」の次の言葉により説得力を与えることになる。

「結局、どういう状況だとしても、魂の本質は変わらない。守るべき者のために戦うことをためらわない・・・それが御影村正宗だ。」
「・・・分かっては、いる・・・」

「刀」の言葉に、村正宗はその表情に影を落とし俯いた。
その瞳に移るのは、過去の記憶。
北米での戦い。事実上ただ一人でHAの戦力をそぎ落とした大殊勲。
しかしそれは同時に、卑劣なまでに圧倒的な力の差をもってしての・・・殺戮。

数え切れないほど、覚え切れないほどに殺してしまった。
敵とはいえ。共に生きるというバリスタス元来の気高い理想を、誰よりも心に正しく宿す者が。

「分かっては、いるんだ・・・」

「・・・けど、まだ・・・駄目かい・・・?」

村正宗の呟き。
「刀」の問い。

沈黙と言う、答え。


そして・・・・・・



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