第六節「加護無き祝福、力無き願い、そして」
ハウンド、バリスタス、HAの三つ巴の戦いが続く戦場。
それを遥か彼方から見つめる、視線。
秘密結社バリスタス北大西洋支部「神刺塔」。今は最近では珍しく眼を覚ましている悪の博士。
モチャ=ディック改に搭載していた、偵察用小型自立移動カメラによる映像を、八つの眼が見つめている。
その様子は何処か物憂げだ。
映像の中では、事態はより破滅的な曲面へと進行しつつあった。
ハウンドとエヴァンジェリスト、いずれも悲しき者たちが戦いあい、殺しあう。
そして、「白き輪舞曲」の力を受けた「刀」には、予期せぬ、暴走とでも言うべき結果が発生しようとしている。
それを、博士は、ただ物憂げに見ている。
「見ているばかりとは、芸が無いではないか。」
かけられる、声。その声は、夜真都が月の姫君、アルクェイド=ブリュンスタッド。
では、ない。
つきたてもちと日向の白猫を混ぜたような柔らかい雰囲気のそれとは違う、結晶の刃を思わせる鋭さと、深い威厳を感じる声。
姿も、髪が長く伸び、瞳は紅く輝き、普段の服装ではなく、すその長い純白のドレスを着ている。
「・・・朱い月、か。」
物憂げな様子を保ったまま、博士は応じた。アルクェイドの中に眠る、もう一つの人格。人に仇成す吸血の鬼としてのアルクェイドの可能性の形。
アルクェイドがいずれなるはずだった人格。
「貴様らしくも無い。吸血鬼の特性を抑えるお前の薬、ミディアミンによって、アルクェイドが朱い月と化す未来の可能性は消滅した。だがこれではまるで、人であったお前が闇と化そうとしているようではないか。日々を鬱々と眠ってすごし、僅かな活動時間も・・・」
アルクェイドの吸血衝動の覚醒、朱い月開放の可能性は潰え、今では他者の夢に出るか、アルクェイドが眠っているときに体を借りてこのようにして現れるのみ。
滅びの可能性とすら対話を行えるようになった、それは成果。
「察しがいいな、恐らくその通りだ。」
「なんだと?」
だがその成果が、今問い、そして怒る。博士の答えに、紅き月の柳眉が逆立つ。
「黄金の混沌最末期に事実上の不死化改造を己に施しておいてお笑い種だが、心理外骨格は確実に我輩を蝕んでいる。激烈な霊子の奔流が体を焼き、怒りの狂熱が心を蝕む。」
博士は、酷くさらりと口にした。
「そう、長く保つまいよ。」
朱い月の怒りが空想具現化となって発動した。床をぶち破って突き出した鍾乳石の槍が、博士のすぐ傍を掠める。
「無責任な。」
だが、その鋭い一撃すら、朱い月の熾烈な怒りを表現するのには足りない。朱い、燃えるような眼光が博士を射る。
「こんなことなら貴様があの時欧州吸血鬼コミューンを訪れた際に牙にかけておくべきであったわ。」
「ふん・・・既に、終わったことだ。あれは過ぎ去った日々。我輩にとってもお前にとっても残影でしかない。・・・お前やキリエとの再会は確かなる喜びではあったが、それまでで、それだけだ。」
己を掠めた一撃。それは、恐らくは心理外骨格をも貫きうる力。
だがそれすら気にすることなく、博士は呟く。
「我輩は思うのだよ。あるいは彼女らこそが・・・とな。それがありえない事象であるから・・・というよりは、そうなってしまっては彼女たちすら資格を失うのではないか、とも思いながらな。」
「?」
唐突で、断片的で、なぞめいた言葉。
思わず首をかしげる朱い月に、博士は物憂げにつぶやき続ける。
「我らバリスタスは正義を試す悪、虐げられし者の弁護者。組織の創立時、それは真であった。そして、そこから世界征服という大目的が発生し、事態は進行した。我らはいまや、世界の半分をその手におさめるに至った。」
八つの目が閉じられる。だが、眠っては居ない。これまでの戦いを、回想しているのか。
「だが、我輩は思うのだよ。組織としての目的を遂行していく仮定で、我らは真を失った。我らが試すべき正義は最早少数勢力と成り果て、巨大化した我らは最早我ら自身が少数者を虐げる存在になりつつある。世界征服という手段と巨大化しすぎた組織が合一した時、本来我らが救うべき存在が、末端における戦闘でただ単純な敵として処理され失われていっているのだ。」
一つだけ、目を見開く。
「ハウンド。一文字紫暮。彼女らを見ていると、昔の我らを思い出す。巨悪の中に取り込まれて、正義を弾劾するというような「良くも悪くも高尚な」行動を取ることすら出来ず、悪として生きながら、しかしそれでもぶつかり合ったりしながらも互いを気遣いあい何とか生きていこうとする彼女たちの姿は、組織として巨大化することによってバリスタスが失った要素。・・・今となっては、我らより彼らのほうが、よほど我等の目指したものに近いのではないだろうかと、思うのだよ。」
言葉に混じる、僅かな微苦笑。
それは、確かに皮肉だ。今のバリスタスは、かつての自分たちと戦い滅ぼそうとしている、と、そういうのだから。
「故に、我らが最強の一、霊光刀所持改造人間御影村正宗は我らが元から離れ、彼女たちの守護者となった。・・・のではないか、な?」
問いかけるような博士の言葉の結びに、朱い月は淡々と答える。
「私が知るものか。・・・だが、ああなった理由は分かる。」
その言葉に、興味深げに博士の瞳の一つが、きろりと朱い月を見た。
「最も良き心を持つものが最も強き力を持つべきだというのは確かに正しい。それによって力は正しく管理される。だが正しく管理されていても力は力、だ。それも圧倒的な。・・・正しい心をすり減らせるほどに、な。アルクェイドの魂の磨耗の果てに現世に降臨するはずだった私だからこそ分かる。」
「「刀」は、村正宗にとっての「朱い月」だということか?」
朱い月の言葉を、博士は解釈する。
魂の磨耗。今まさに自分を蝕むそれが、村正宗をもまた襲ったのではないかという、その言葉を。
「単なる推論だ。それより、お前は今、先ほどの言葉の最後の一節、「そうなってしまっては彼女たちすら資格を失うのではないか」という言葉の意味を説明していない。」
「これまでの我輩の言葉から分からなかったか?これは、疑問だ。我輩たちを滅ぼすほどの大いなる問いかけだ。」
悪の博士の、全ての目が見開かれた。
言葉が怠惰の色を失い、鋭さを帯びる。
その鋭さは、バリスタスに、ひいては己自身に向けられた割腹自刃の問いかけ、断罪のギロチン。
「たとえ最初は志を示すために自ら名乗るだけの悪であったとしても。それは勝利してしまうことで、「本当の邪悪」と化してしまうのではないか。「正義を試す悪」は、敗北することによってしか存在を許されず、勝ち続ける悪は本物の邪悪と化すのではないか・・・・・・」
そして、海豚海岸。
「がああああああああああっ!!」
「るぉああああああああああああああ!!!」
「ハウンドの長」一文字紫暮と「HAの死神」吉川ノエルの戦いは、当初からいきなり激闘を通り越して死闘の領域に突入しつつあった。
ノエルが神速でナイフを繰り出し、紫暮の肌を切り裂けば、そのナイフすら上回るほどの鋭さを持った紫暮の手刀が、ノエルの体に食い込む。
「成る程・・・!死神と呼ばれるのも道理か!お前も私と同種の存在っ!!」
「っ!何をっ!?」
矢継ぎ早に繰り出される、並の上級改造人間ならばとっくの昔に膾になっているだろう紫暮の連打を掠めるだけで交わしながら、だが逆に言えば皮膚を少しずつ剥ぎ取られ切り刻まれていくような痛みに襲われながら、ノエルは唐突な紫暮の言葉に思わず呟きをもらす。
「お前も私と同じっ!命を命とも思わぬ扱いを受けているということだっ!!」
破城槌の如き破壊力を持つ掌底、咄嗟にガードするノエルの腕をもろともに折り砕かんとする一撃が紫暮により叩き込まれる。
「くあっ!!」
「私と同じ、命を削る薬を使っている・・・いや、匂いや戦闘スタイルからするに、あるいはタロンから流出した私の使う薬のプロトタイプ、か?」
呻くノエルに、紫暮は洞察すると同時に確認するような、そしてもし相手が知っていなければそれをもって相手の虚を付くような、強い口調で問いかける。
「それがっ、どうしたぁぁぁぁぁっ!!!」
しかし、ノエルはそんな紫暮の言葉に一向に構わず再び突進。飛燕の如く翻った刃二振りが、紫暮の迎撃をかいくぐり両脇腹に叩き込まれる。強化された筋肉すら内出血を起こし骨格はひびが入っているにもかかわらず、そういった生物としての状態をまるで超越しているかのような速度の二連撃。
さらにそのまま、丁度以前マイトタイガーがノエルに対して行ったのをそっくり逆にしたように、ノエルは紫暮に対して組み位置高めのタックル気味な密着姿勢をとり。
くわあっ、と。
紫暮の首筋に、白い歯を立てて噛み付いた。
「っ・・・!!」
血が吹き出る。獣の牙ではない。あくまで今は人間の少女の姿をした、ノエルの歯。しかしそれは、全身を桁外れの闘気で覆った紫暮の首筋に、がっちりと食い込み、流血を強いる。
しかし、己の首や両脇腹から吹き出る血を見ながらも、紫暮の瞳に揺らぎは無い。
「やはり、同じだな。私と同じ、戦い、勝利することのみのために、全てを捨てた存在。いや、私は「捨てた」が、お前が「捨てた」のか「捨てさせられた」のかは、与り知らぬことだがな。」
紅い視線の交錯。見下ろす紫暮、見上げるノエル。その間にも、ぎりぎりとノエルのナイフ、ノエルの歯が、紫暮の体に食い入っている。エヴァンジェリストたちが一対多数で挑みながらもその体に毛筋ほどの傷もつけられぬまま壊滅していったのと比較すれば、ノエルの戦闘能力は桁外れていた。
「いずれにせよ、私と同じ、化け物ということか。」
何処か悲しさを帯びた、紫暮の呟き・・・それが、本人にも思いもよらぬ効果をもたらした。
「ばけ、もの・・・」
不意に、ノエルが食らいついた口を離し、そう呟いたのだ。
呆然と。
目は焦点が合わぬままに見開かれ、顔からみるみる血の気が引く。まるで何か恐ろしいものが近づいてきているかのように、その視線が左右にぶれた。
『ノエルは、かわいそうな、化け物ね。』
フラッシュバック。ゆらゆらと、影のように、海草のように頼りなく揺らめきながら、笑う母の姿。
血まみれで、自分を殺したノエルを、可哀想な化け物と呼ぶ姿。孤児院で実験体としてのノエルを育てた、そして、獣化改造を施された直後の暴走で殺してしまった、母親の姿。
今までに無い強敵との戦闘による極度の興奮と、不意に発せられたキーワードで解き放たれた、普段は封じられていた記憶。
「あっ、ああ・・・・・!?」
「お前はどうやら、「捨てさせられた」側だったようだな。それでは私は倒せんよ。・・・蝗魔殲闘術・電炎!!」
取り乱すノエルの有様を、眉根潜めて見下ろした一瞬の後。
呟きと共に、闘気を高圧電流に変換する紫暮の技が、至近距離からノエルに炸裂した。
「うあああああああああああああっ!!!!」
高圧電流に焼かれ、服はずたぼろに、体はあちこち黒焦げとなって、たまらず倒れ付すノエル。
「私は倒せん。誰にも・・・誰にもだ。」
まるで己自身に念を押し、言い聞かせるように呟きながら、紫暮は戦況を再確認する。
「ツァアアアッ!!」
「ち!接近戦でも負けるつもりはないが、これじゃあっ・・・!!」
ユキは、ガロードとほぼ互角の勝負を繰り広げながら、しかしじわりじわりと相手を追い詰めつつあった。
ユキの武器はナイフと雷撃魔術。それをもって、高速で白兵戦を展開。ガロードはこれに対して大和綺羅が使ったのと同じ光の剣で応戦している。
だが、「連射による制圧」に重きを置いていた綺羅の「ストライクフリーダム」とは異なり「大威力の二連射」がその本領とはいえ、ガロードの「ダブルエックス」は白兵戦より射撃をその本領とする。
しかもガロードにしてみれば(ユキに実際にはそのような行為を行う卑劣さは無いことを知らぬが故に)パートナーたるティファを守りながら戦わねばならない。
それではリーチでは劣るとはいえ二刀流で速度も上なユキのナイフと、魔族生体組織利用型アンドロイドであるが故の呪文無詠唱で発動する雷撃魔法をしのぎきることは出来ない。
「っ、ガロードさん、サポートを・・・きゃああっ!?」
「おらおらおらおらおらおらおらぁっ!!どうしたどうしたぁぁぁ!!余所見してる暇はないぞおおおおおお!!!」
そんなガロードに対し「癒しの風」「守りの風」「戒めの風」などサポート系の技を多く持つ風が手助けをしようとするが、即座に阻まれる。
本田愛の桁外れのパワーと火力は、なまなかな風などものともせず、圧倒的な制圧力と破壊力を見せ付け、封じ込める。
「水の、龍っ!!」
大して海は自らの技と術の全てを駆使して、眼前の敵を撃破しようとしている。
だが水圧攻撃も冷凍攻撃も剣による直接攻撃も、全て彼女と戦う相手・・・ソネットの超能力防御壁の前にはじかれてしまう。サイボーグエスパーであるソネットの防御力は、ハウンド部隊でもかなり高い部類に入る。
しかも、ソネットはただ耐えている訳ではない。防御本能に根ざすソネットの超能力は、耐えれば耐えるほど、攻撃されればされるほど高まるのだ。
「空気、爆弾っ!!!」
「きゃああああっ!!!?」
それを証明するかのように、直後莫大な量の圧縮空気を一度に開放し1トン爆弾にも匹敵する破壊力を生み出すソネットの得意技が炸裂。
そして、真田梨香と獅堂光との戦いは。
「ッ・・・!」
剣を構え、じりじりと梨香の周りを回る光。その表情は、緊迫し、玉の汗が一筋頬を伝う。
大して梨香は両手にその「暗黒式」の力を宿しているが、自然体の姿勢で立ち、ゆっくりと光を目で追っているだけ。
暫く、そのにらみ合いが続き。
「ハァァァッ!!」
叫びと同時に光が手に持った剣をその長大さからは想像も出来ないほどの速度で梨香に叩きつけ。
る、と見えた瞬間、翻る剣先を紙一重でかわした梨香が一気に懐に飛び込み、一撃。
「っぐ・・・くぅ!」
吹っ飛んだ光もすぐに体勢を立て直すが、そのときには既に梨香もまた元のように立っている。
二人の戦闘が開始してから、終始この状態。
「無駄だ。君の動きは一度見ている。・・・この僕に一度見た技は通用しない。」
悠然と、冷徹に、梨香は光を圧倒していく。
戦況は、圧倒的にタロン優勢で進んでいた。
しかし、この状況で唯一タロン側を圧倒している存在がある。
「幻視力っ!!」
ディアが叫び、オーブが光る。現れるは、巨大な破城槌。操り手も居ないのに、ひとりでに敵目掛けて突貫する。
「模・約束されし勝利の剣ッ!!(エクスカリバー=レプリカ)」
士郎が剣の名を唱える。同時に、まがい物とはいえエクスカリバーの力が発動。星の光で妖精が鍛えたという伝承さながら、へたなビーム砲を上回る破壊力の光が剣先から炸裂。
「ふん、フフフン♪」
しかし、彼ら二人を一度に相手取りながら、パピヨンの顔には余裕の笑み。破城槌はナノマシンで分解し、エクスかリバーの光は背中に生やした羽を羽ばたかせてあっさりと回避。
「万能の幻視力といえど、およそ汎用性という点ではこの「月光蝶」も遅れはとらない。偽エクスカリバーの攻撃は直線的。かわすのはたやすい。お前たちじゃあ、俺の相手はつとまらんよ。」
「くっ、この変態めえっ・・・!」
「パピ♪ヨン♪。もっと愛を込めて。」
かつては正義の味方を目指していたこともあり実戦経験はそれなりに豊富な筈の士郎だが、パピヨンには攻撃がかすりもしない。
それどころか士郎が思わずもらした苛立ちの呟きに、わざわざ反応するだけの余裕すらパピヨンにはあるようだ。
戦況を見回し、紫暮は判断。
このままノエルを倒し、その後パピヨンに攻撃を加える。パピヨンはまるで余裕といった様子で実験体二人をあしらっているようだが、紫暮の目はごまかせない。
背中に生えたナノマシン集合体の羽・月光蝶。戦闘開始時と比較して、その輝きが薄くなり始めている。恐らく、使用した分を即座に増量できるわけではないのだろう。
つまり、そのうち息切れをするということだ。不意打ちなしの状況でやれば、勝てると紫暮は判断していた。そして、それで決まりだ。ノエルとパピヨンを排除すれば、残りはたやすい。
判断し、ノエルにトドメを刺そうとする。
瞬間。その気配に、不意に紫暮は振り返った。
「「刀」・・・!?」
突如、「刀」が向かった先で、立ち上る光の柱。満ちる、白き闇と、それを切り裂こうとあがく光。
桁外れの何かが、そこで起こっていることを紫暮は感じた。
「一体、何が・・・っ!?」
紫暮以外のものも、この突然の事態に驚愕している。
そして・・・
一方。
その反応は、近郊からでも確認することが出来ていた。
「なっ・・・何、あれ!?」
モチャ=ディック改のブリッジで待機していたマルレラが、目を丸くする。
「白き輪舞曲」が赴いたあたりの地点から、強烈な発光現象が確認されたのだ。同時に、艦に搭載されたアストラル系観測機器が、悲鳴のような警報を発する。
「何がおきてるんだ?」
尋ねるパラドキシデスに答えるのももどかしく、慌てて機器を操作するマルレラ・
「何、これ!?鬼械神召喚、いや、霊子エネルギーだけじゃない光子反応もある・・・まるで伝説の「光の巨人」の反応みたい・・・!!」
そして、その反応は、エネルギーこそ膨大だが、バリスタスに登録されているある力の反応と、ほぼ一致する。
「霊光刀・・・!?」
示されたデータに、慄然とするマルレラ。もしそうだとしたら、何か、とてつもないことが起こっているのではないかという気がする。
しかし、マルレラの慄然は、直後まったく別の形で恐怖へと変化する。
「そっ、それも凄いですけれど・・・これは!?」
いつの間にか同じく観測機器を覗き込んでいたシルキーが、別の力を捉えたのだ。霊光刀の開放に隠れてはいるが、同じくらい危険な、霊子のパターン。
「嘘、鬼械神召喚・・・!?この魔力のパターンは・・・」
「そう。然り。そのとおり。エイボンの書によりて召喚されし鬼械神、サイノクラーシュだよ。間一髪のところで気づいたようだねえ?何、最初から紫暮君など信用していなかったからね。バリスタス側が学園支部以外の戦力をここに展開しているのであれば、簡易な拠点となる母艦の存在を割り出すのはたやすいことだからねえ。まあ、そう、肩ならしだね。肩慣らし代わりにだ、軽く片付けて・・・」
ぐにゃり、と。
空間が歪むようにして、現れる、異形。
桁外れに巨大。差し渡しは70mはあろうか。鈍いオレンジ色と紫色の縞模様に彩られ、その中心部に人面を象った突起を有する、巨大な海星の如き姿で、空中に浮遊する鋼。
「まあ言わずもかな、だ。要するに私がいいところを総取りというわけだよ。いや、君たちもたいしたものだ、よく霊光刀の暴走反応の中でこのサイノクラーシュのアストラルステルスを察知した。だが遅い。そう、ごく僅か、ほんの少しだけ遅かった。かわいそうに、本当に可哀想に。本当に・・・うまく奇襲できたよ。」
巨大なサイクラノーシュの上でマントを翻すウェスパシアヌスは、顎鬚を撫でながらカナリアを捕まえた猫のようににんまりと笑った。
同時に、地響きを立て、モチャ=ディック改を取り囲むように、出現する三体の巨人。サイクラノーシュの人面突起に類似した形状の、シンプルなのだが何処か人の正気をかき乱す印象を持つ機械の巨人。
「謳え、呪え、ガルバ、オトー、ウィテリウス。」
それは、鬼械神の魔力により強化された、魔術師ウェスパシアヌスの三体の使い魔。三体はウェスパシアヌスの命令と同時に、唸るような泣き叫ぶような音を発し始める。それは呪詛の歌、三体が取り囲んだ対象を粉砕する高密度振動魔術式。
「っ、応戦を・・・!!」
・・・マルレラの叫びが、三巨人の生み出す高振動の中に消えていく。
無論、最も激しい驚きと混乱が襲ったのは、現場・・・すなわち、「白き輪舞曲」と「刀」に他ならない。
「なっ、こ、これは一体っ・・・!?」
突然の、「白き闇」すら切り裂くほどの霊子的発光現象に流石に動揺を隠せない白き輪舞曲。
ましてや。
「ああああああああああああっ、が、ぐううううううううっ!!!?!」
「っ、力の制御が・・・、村正宗!!?」
突如助ける筈だった村正宗が苦しみだし、さらに己の能力の制御が突如出来なくなってしまっては。
まるで「刀」に反応し、それに巻きついて引きずり出されていくように、力がずるずると引きずり出されていく感覚。
「どうなっている!これは・・・うわっ!?」
同時に、霊光刀から噴出す霊子や光子の奔流が周囲を薙ぎ、それから慌てて身をかわす白き輪舞曲。
無目的に巻き散らかされているだけとはいえ、それでも当たれば
「うお〜〜〜!?」
重量級巨体の魚雷ジンベイは、やりずらそうに何とか体の位置をずらして回避していく。
筋力量が桁外れなので、重くても動きは鈍重ではない。
「っちいい!参謀のだんな、こりゃあ一体・・・!?」
大して突撃戦用のマイトタイガーは極めて身軽にかわしていっている。
質問する余裕まであるのだからたいしたものだ。
「洗脳暗示に「手を伸ばした」ら、暗示以外の「何か」が反応した!?それで霊光刀が暴走を開始したのか!?」
「手を伸ばす」というのはあくまで概念的な意味合いである。霊光刀が「形を持たぬものをも切り裂く」のと同じように、「白き闇」も情報などの形を持たぬ自称をその降下対象に選択することが出来る。
ゆえにこの力で洗脳暗示を消滅させ、その下にある御影村正宗本人を呼び出すことが可能、なはずであった。
「・・・村正宗本人の「精神」か!?霊光刀の中に!?だがだとするなら・・・彼が目覚めるのを拒んでいる、ということなのか!?」
だが、それは拒まれた。それも、霊的感覚からすれば、恐らく、御影村正宗に。
他にも、同時にいくつか感じた、奇妙な感覚。
混乱が、戦局を揺るがしていた。
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