第五節「刃、思いと誓い」



時間を少し遡り、三つの軍団が激突する前のこと。

タロン・栄光学院の攻撃部隊は、敵=エヴァンジェリスト達が待機している植物園にほど近い場所に集結していた。
体制を整えるためと、海豚海岸分校からの情報を通信で得、今後の行動を決定するためだ。

その為に偶発した、僅かな休息の時間。

「おう、お前等。これからまた戦闘だが・・・調子は大丈夫だよな。」
本多愛はいつもの豪放磊落な笑みを浮かべると、傍らの銀髪少女に問いかけた。
「え、ええ・・・何しろ本多さんが先導してくれましたし・・・」
ソネットは、元からそれほど口数の多い娘では無いがそれでも普段より少し恥ずかしそうにそれに答える。
その理由に関して、ユキが触れる。
「まあ、先導したというか、運ばれたと言うか・・・愛、ソネットはともかく、俺はわざわざ運んで貰う必要は無かったと思うぞ。
いつもの無表情なのだが、色白なせいもあり少し頬に差す赤みが目立つユキ。
「だ、大体私だって・・・」
「肝心なときに頭痛起こされても困るし、まあ親切は素直に受け取っておけ。」
そしてそのユキの言葉に、ソネットは愛に言い募ろうとして、だけどかまってもらえず。

・・・ここに来るまで、ソネットとユキを「疲れそうだから」と、本多愛は二人一辺にそれぞれ手一本で抱き上げ、抱えるようにして突っ走って来たのだった。森の木々など、薙ぎ倒しながら。
何というか、自称だが単純な筋力だけで「インド象八千頭分以上」だという彼女らしい「気遣い」である。何がどう八千頭分なのかいまいちわかりにくいが。

「さっきの戦闘では、攻撃に防御にって随分使ってたからな、力。最近あまり体調良くないみたいだし、紫暮以外に病人に増えられたら困る。」
だが無茶ではあるが本多の気遣いは無意味ではない。ソネットもユキも、超能力と魔力という違いこそあれ、強靱な機械の体と比べてあまりに消耗が激しい。
本多なりにその辺を気遣ってのことなのだ。紫暮を引き合いに出す口調も、別に嫌味とかそう言うこともなく、単純な彼女の気質故というところで、むしろ紫暮への心配もこもっている。

「ま、まあ、そうだが。」
ユキは納得し、引き下がる。人造人間であり、精神年齢的にはやや幼い彼は、気がつけば姉御肌な所のある本多愛に指導される機会が増えている。
当初は独断専行日常茶飯事、ハウンド部隊一の問題児だった本多愛なのだが、シープドッグとの抗争や彼女自身の戦いに関する考えから、確かに成長をしていたのだ。
「実際、ソネットなんか最近忙しそうだったし。栄光学院の広報活動準備だったっけ?ミスターBんとこの部下たち発案の。」
「ええ・・・確かに色々やってるけど、けど、楽しいから、大丈夫。」
別の話題に切り替える愛に、今度はソネットが応じる。ハウンド、シープドッグといった武力組織の面がクローズアップされてばかりのタロン下部組織・栄光学院であるが、その本来の目的は人材の確保である。
その為のプロパガンダは常に行われているのだが。
「というか、ぶっちゃけアイドル活動だよなあれ。いいのか?そんなん。全くミスターBの部下共、仮面の騎士団だっけか?何を考えているやら・・・」「そんなにはっきり言わないで下さい、意識してしまうじゃないですか。」
今回の計画は、少々変わっている。当初の予定ではハウンドかシープドッグの幹部を広告の先頭に押し立てる程度の筈だったのだが。
ミスターBの部下達である、ミスターBの弟子達とでも言うべき技術者集団、「仮面の騎士」達が盛り上がってしまって、また相手の思考に干渉しうる超能力者の芸術的活動は(ソネットはどちらかと言えば念動系の能力が得意であり、そちらは不得手なのだが)通常人並びに弱能力者に大きな影響力を持つことが上層部の研究により発覚し。
何故かソネットが偽名で変装してアイドル活動して歌って曲を出すことになってしまった。
どーしてまた。
「いえ、別にいやじゃあないの。歌とか、好きだし・・・戦い以外で、そんなことが出来ること自体・・・」
とはいえ、本多らハウンドメンバーも、とうの本人であるソネットが以外と乗り気であったため、別段問題に感じては居ないが。

ソネットの生まれ育ちは、暗いものだ。人造の存在であったゆまやまはも辛酸を舐めた口であるが、むしろそれとは違い、家庭に問題を抱えていた高坂のそれに、ソネットの過去は誓い。
だが両親への思いを自ら・・・半ば以上やせ我慢と意地によるものであったとはいえ・・・断ち切った高坂と違い、苦しき生を続けるために母親への愛に懸命にすがっていたにも関わらず、その母に忌み嫌われ捨てられたことによって力を発現させたソネットの、最後まで悲しみ続けていたが故の心の傷は深い。
だからこそタロンの理想に殉じようとし、だからこそ達也と対立した。
・・・だけれども、本当に本心から、戦いを彼女は望んでいたのだろうか。
もし彼女が、幸せに生き、人の道を歩むことを許されていたら。今はどこにいたのだろうか。

ソネット自信も、そして愛も、ユキも、ふと物思いに沈んでいく。

「それ自体嬉しいから、別に。いえ、別に問題がない訳ではないけれど、まだまだ練習も足りてませんし・・・」
「ああ、だから、お前はもっともっと頑張らなきゃいけねえから、こういう無駄なとこでの消耗は控える。ほら、それで正しいだろ?」

会話は連なり、何時しか分かり合い、同時に、物思いを共通のものへとまとめていく。

自分達は何処へ行くのだろう。
ふと思う。
これから先のことには、冷静に考えれば不安は尽きない。立場は安定しない、敵は多い、寄って立てるのは力のみであり、その力すら不安定極まりない。
だけれども、自分達は皆ここに来た。個々に集った、そして、ここで色々な経験をした。色々な感情を持った。色々、変わってきた、かもしれない。

自分達は、何処へ行くのだろう。

「・・・・・・さあて、あいつら二人は一体、どうなるこったろうねえ・・・」
そして本多愛は、見やる。
新たに今加わった、新たに今そんな彼女たちと共にある、ウェスパシアヌスの実験体たちを。
新しい「自分達」になるかもしれない少年二人を。


ハウンドの一団が待機している陣形の中央。
普段ならば個々が中枢となるべき所であるが、紫暮が高坂と通信を取り計画を練るため席を外していたので、そして真田もまたとある事情から席を外しているが故に、そこに居るのは。
「刀」、衛宮士郎、ディア=クルス。
本来独立行動を認可される立場にはない三人の少年だけという、意外な布陣になっている。

「・・・・・・・・・」
「刀」は、既にハウンド部隊の名物となった通常形態・・・すなわちぼけっとした仏頂面で、刀を帯びて立っている。周囲を警戒しているのかただ単に立っているだけなのか一見しては解らないが、ぼけっとした表情に反し背筋はまるで儀仗兵のようにしゃんと伸びていて、滑稽さと頼もしさを同時に感じる不思議な印象。
赤毛の少年・衛宮士郎は、少し太めな印象の眉を悩んだような八の字にして、地面に座り込んでいる。その手には、黄金造りの柄を持つ、いかにも歴史がかったような一振りの西洋剣。
星の光を集めて精霊の手によって作られたという伝説の剣・エクスカリバー。実物であったのならば巨大な価値を持つ特一級の霊撃武装だが、これはあくまでその偽物、レプリカに過ぎない。
(実際・・・俺には似合いの剣だよな)
刀身に映った、迷いの多い己の顔に、士郎は溜息をつく。魔術的強化を施された彼の能力は「模造」。このエクスカリバー・レプリカのような、既に存在する物質の複製を作る・・・といっても空想具現化よりもその使用可能範囲は狭く、人間の手になる人工物のみ可能なのだ・・・ことと、その作った模造物と同調し使う力。
だが所詮模造は模造。決して本物になることは出来ない力。

対してディア=クルスは、木に寄りかかると、敵意剥き出しの目で「刀」を眺めている。ギザギザの銀髪、鋭い目。
腰に下げた剣も、複雑な紋章を刻まれた、禍々しい印象。紋章剣ジーナス=イグニス。魔法の術式が紋章として刻まれていて、コマンドワードを入力するだけで魔術を発動する戦闘的な剣。
その手にあるのは、宝珠(オーヴ)。これは、周囲の霊子を一定の法則にそって駆動する、霊的技術の結晶。しかし、タロン側はこれの理論を把握して制作した訳では、実はないのだ。
「刀」=村正宗の身体に施された霊的改造を分析し再現する過程で、本来霊光刀との魂魄の同調を調べていたのだが、不完全なコピーの結果何故か目的としていたのとは全く別の結果が出てきてしまった。
最もこれは、実質には当たらずとも遠からず、と言ったところ。村正宗に施された霊的改造は生来特質たる予知の強化、霊光刀の圧に耐え感応する接続の二つだけではなく、「黄金の薔薇」北米支部殲滅時に見せた改式心理外骨格GS装甲に関係した、もう一つの霊能が存在する。
そしてその力を使うときにはGS装甲のチャクラに沿って配された宝珠を用いる。それを、偶然ではあるがコピーしたのが、ディアの手に融合している宝珠。
(・・・これっぱかしの、下らない力。だけどよ・・・)
それはどれも、不完全で、一定の形式に支配された、ディアの猛る心には不足の代物。
(・・・けれど!)
だが、その瞳には、再び戦意が灯り。


その光景を、冷ややかに見守る黒い瞳。
真田梨香だ。彼女は、厳密には用事があって席を外したのではなかった。
こうして席を外し、彼等三人だけにして状況を観察するのが、その目的だったのだ。
その目的は即ち、士郎・ディアの能力を見極めること。「刀」の特殊性が原因か、あるいはウェスパシアヌスの策略で、「刀」と二人が戦うことになった場合。
梨香としてはそこにおいて、その相手の行動を分析する眼力によって、士郎とディアの戦力を分析する必要がある。そして無論、「刀」が二対一で苦戦することが在れば、助太刀する必要がある。
つまるところ「刀」を囮にディアと士郎を見極めようというもので、これは紫暮も高坂も知らぬ、真田の独自行動。
(名乗り出て、委された以上・・・絶対を期す。)
万が一の事態を避けるため、ひたすら監視し続ける梨香。仲間を囮にし、人を疑うことに・・・耐えながら。


そして事態は、梨香が推測した状況へ進んでいた。

「・・・何だ。何のようだ。」
淡々とした、「刀」の問い。
「うるせえっ・・・!やっぱり、どうしたって俺にゃあお前達タロンは許せねえんだよっ・・・!!」
獣が唸るような、ディアの叫び。
噛み合う、炎を刃に灯したジーナス=イグニスと、未だ鞘に収まったままの霊光刀ムラマサムネ。
紫暮が居ない隙をついて、再びの反逆を起こしたディアの奇襲を、ぼうっと立っているだけに見えた「刀」が防いだのだ。
「なっ、ディア!?おい・・・!!」
咄嗟に立ち上がる士郎だが、彼の倫理とと彼の理性は、この局面においてどちらを助けるべきかという問いに彼の頭脳を悩ませる。
襲われたのは「刀」の方。だが、ディアの行動は悪組織タロンへの敵対。されど、「刀」は洗脳を施されているだけの被害者。しかし同時に、ハウンド部隊最強の力。
(くっ・・・!)
己の半端さに士郎が苦り逡巡する間に、ディアと「刀」の間には数度の剣閃が発生する。
ディアの切り込みと、ジーナス=イグニスを使っての炎の弾丸を、「刀」は全て刃を鞘に入れたままで受け流している。もし「刀」の側から反撃に出ていたとするならば、剣閃は「数度」では済まないだろう。
「ちっ!んなら!「幻視力」ッ!!!」
焦燥に、叫ぶディア。そして切り札を切る。

(・・・なっ、これはっ!!?)
その力は、物陰から見守っていた真田梨香をして驚嘆せしむるに充分なものであった。

ディアが叫んだと同時に、虚空から無数の毒蛇が出現。「刀」に絡みつき牙を突き立てたかと思うと、強靱な鉄鎖へと一瞬で変じて「刀」を縛り上げる。
「っ!」
それを一呼吸で破り後方に飛び退こうとする刀。だが、それは出来ない。蛇の鎖を打ち破るのと同時に、「刀」の背後に分厚い鋼鉄の壁が出現していたのだ。
これこそがディアのオーブによる力。「幻視力(げんしりょく)」。イマジネーションを霊子で現実化する力。あくまで霊子によって作られた疑似物質とはいえ、当人のイマジネーションの限界までの万能を発揮できる、驚愕の能力。
横に逃れるか、鉄壁を霊光刀で切り裂くか。「刀」が選択しようとする一瞬も、その力は隙を見せない。
「折れろっ!閉じろっ!!挟めっ!!」
ディアの叫びとともに、それまで一枚板だった背後の鉄壁の真ん中に蝶番が生じる。
同時、ねずみ取りの罠を数百倍に拡大し、数万倍に威力を増強したように巨大な力を持って、左右から「刀」を押しつぶすべく襲い掛かる。
「うぉおおおおおおっ!!!」
そして唯一の脱出口である正面から、ディアが突進。炎を纏わせたジーナス=イグニスで、焔の壁と刃の切っ先による逃げ場のない一撃をねじり込む。

「っ、やめっ・・・!!」
そのタイミングで士郎が反応。エクスカリバー・レプリカでディアの攻撃を阻止しようとするが。

ガ!!

響くのは、剣戟の甲高い音ではなく、硬質だが鈍い音。
士郎のエクスカリバー・レプリカが間に合ったのではない。
「・・・・・・どこかで、知ったような力だ・・・」
瞬間、焔の壁を剣風で吹き飛ばし、鞘に収めたままの刀、その鞘のこじりでジーナス=イグニスの切っ先、その真芯を捉え、まるで空中に縫いつけたようにぴたりと止めたのだ。
ディアの「幻視力」に対する、分析を呟きながら。
「畜生・・・!」
「・・・・っ」
攻撃を阻止されたディアも、行動が間に合わなかった士郎も、呆気にとられずにはいられない。
それほどの、巧みな刀舞。
「いや、それは、どうでもいいか・・・ディア=クルス。」
幻視力。
GS装甲を元に作られた、村正宗の記憶に繋がる力。だが「刀」はその追求を「どうでもいい」と放棄し、代わりに自分を襲った銀髪の少年に問いかける。
「何故俺を襲う?」
「知ってどうするっ!!」
ジーナス=イグニスの切っ先をずらしてなんとか再び一撃叩き込もうとするディアだが、その都度絶妙に「刀」が重心を変化させ、結果としてぴくりとも動かない。
その上体に焦りながら叫ぶディアに、虚ろな穴か深淵の英知か、いずれが故か揺らがず動かぬ「刀」の視線が据えられる。
「その怒りが正統なものか知りたい。・・・それだけだ。」
さらりと「刀」はそう言うと、いきなり自分から切っ先をずらした。唐突な動作に、逆に押し込もうとしていたディアはバランスを崩し前につんのめる。同時に、集中力が途切れたことにより消滅する幻視力の罠。
ずっこけそうになるディアの肩にわざわざ腕をまわして支えてやると、そのまま大根でも引っこ抜くようにすぽんとディアの体を回し、そのままの勢いで地面に無理矢理座らせる。体格はそう違わない筈なのだが、基礎の身体強化のレベルは大違いなのだ。
そして視線を合わせるためか、そんなディアの前にしゃがみ込む「刀」
「なっ、このっ・・・!」
まるで大人が子供を扱うような所作に、怒りと屈辱で息が詰まりそうになって目を白黒するディアだが。
「・・・フィオナを殺した!ポーリィを殺した!だからタロンが許せない・・・それだけで・・・それだけだ!!」
何とか、言葉を絞り出す。
シンプルで、シンプルで、シンプルな。だけど。
フィオナ。
二つ目の名前、ポーリィはともかく、最初に出た名前は知らない名前。
「・・・そうか。」
だが、「刀」はそれに関して詳しくは聞かない。
フィオナの名を呼んだ時の、ディアの表情。
怒りと悲しみと苛立ちと自己嫌悪と慕情と愛情と切なさと隔意と。

到底言葉では尽くせない、思い。

故に「刀」は問わない。解る、とも言わない。
「・・・いつでも斬りかかってこい。ただし、俺以外にやるのは出来るだけ慎め。いちいち駆けつけるのは大変だからな。」
「へ・・・?」
ただ、そう言うだけ。あまりの唐突コメントに、毒気抜かれたディアが目を白黒させるのも気にしない。
「刀」だからか。それとも、御影村正宗でも、こうだったか。こうだったかもしれないし、そうでないかもしれない。
「ところで。」
「うわ!?」
そしてそこからいきなり立ち上がり、首だけまわして今度は士郎に語りかける。
驚く士郎に、投げかける一言。
「・・・お前は俺に斬りかからないのか?」
「斬りかかって欲しかったのか?」
「っつーか、斬りかかっても斬りかからなくてもどっちにしろ何か言うのかよ。」
いきなり話題を振られた士郎と、何とか唐突極まりないやりとりから立ち直ったディアからの、二重突っ込み。
・・・「刀」は返事をしない。ただじっと見つめている。
洗脳で半端に脳がぼやけてるせいか、たまに「わざとやってんじゃねえだろうな」と思うくらいに無視してきたり噛み合わなかったりする「刀」。
突っ込みが聞こえているのか居ないのか、先に自分が発した問いの答えを待ち続けている。
そんな様子に、面食らったというか戸惑ったというかな表情を浮かべる士郎。ディアは軽く溜息をつきながらジーナス=イグニスを鞘に収めている。
「・・・しないよ。中途半端だけど、「正義の味方」・・・目指してたから、な。」
少し苦い表情で呟く士郎。
「・・・中途半端な正義の味方?」
「ああ。目指してたけど。けど・・・」
無表情のまま、かたんと踏切標識のように首を傾げる「刀」に対して、士郎はぽつりぽつりと語りだした。
正義の味方を、理想を、誰も傷つかずに全てが幸せになれる結末を、追い求めて戦ってきたこと。
救えたこともあったけれど、救えずこぼれ落ちたものもあまりにも多く、救うために捨てた者もあまりにも多く。
苦悩を、タロンに捕らわれるに到った絶望を、語る。

その間、ディアは、むくれたような表情のまま、そっぽを向いていた。
色々なものを失い、力にすがり、その力でも敗れ、とうの昔に正義を信じることをやめた彼にとっては、それでも正義を捨てきれない、それだけで士郎は眩しいから。
そして「刀」は。
淡々と士郎の言葉全てを聞いた後、不意に語りだした。
「お前の言動は矛盾している。「中途半端でない正義の味方」、なんて、存在しない。」
「へっ!?」
唐突かつ素っ頓狂、かつ、それまでの自己の思考の完全な埒外からの奇襲発現に、瞠目し動転し驚愕する士郎。
対して「刀」は、当然のことをごく普通に指摘しただけだ、というような表情を浮かべて、そんな士郎の様子を見つめている。
「正義の味方は絶対に中途半端なものなんだ。完全ではない人間が、完全であるべき正義に味方して何かしようなんて考えれば、当然何処かついていけなくてどこかで欠ける。欠ければ口さがない奴に、不完全な正義の味方は正義の味方ではないとそしられる。」
硬質な無表情を保ったまま、すらすらと、普段の「刀」とは違う、長い語り。
否。
既にソレは一つの普段、になってはいまいか。
いつもは語らず、イザとなれば語るという「普段」に。
そして、語る「刀」の無表情に見える顔に、淡々としたような声に。
「そしられてこそ正義の味方だ。そしられないようなそつのない奴は、正義に味方するにあたって手抜きをしている腰抜けだ。中途半端で、ダメダメで、勝利条件を何時も必ず完全には満たせなくて、それでも戦うのが正義の味方だ。だいたい正義が本当に完全に正しいなら、そもそも戦わなくても相手を止められる。正義の味方が戦うことが必要な時点で、それはもう負けている、不完全な正義の味方なんだ。」
確かな熱と、心が混じってはいまいか。
「・・・だけど、それでも俺は、皆を幸せにしたかったんだ・・・」
だけれども、反論する士郎。
しかしそれに「刀」は怒らない。
むしろ、その言葉を嬉しく思う。
それはそれだけ士郎の思いが強いこと。士郎が諦めに抗っていること。士郎の胸に炎があることだから。
「そう思うなら、そう思い戦えばいい。達成出来なければ、お前が悲しめばいい。・・・だけどそれは絶対に無意味じゃない。全部が無理でも、きっとお前に助けられた奴が一人はいる。お前の戦う姿に正しさを学んだ奴は一人くらい居る。あるいはお前に救えず、お前の未熟さに怒った者の中からすら、その反感から正義に目覚める者もいるやもしれぬ。それら全ては確かにお前が為した事なのだから、それを誇りに戦うがいいだろう・・・セイギノミカタを目指してるんなら、それくらいのちっぽけな糧で戦えなくちゃ、な。」
故に、「刀」の言葉には、甘やかしも遊びも一切無い。きつい。硬い。激しい。
「正義の味方はいつも不完全で、中途半端で。だけど、それでも正義の味方に人が憧れるのは、それが確かに輝いているからだ。精一杯自分が格好イイと思った道を歩めばいい。だから、のたうち回ってでも胸を張り、泣きながらでも格好つけて、全力を尽くせば、それでいいんだ。きっと。」
だけど。
強いけど、優しい言葉だ。
「それが最終的に一番人を幸せにするし・・・幸せにした人達に、正義の味方が幸せを分けてもらえる、きっと・・・いくらかはましな道。そう考えて、今俺はその道を走ってる。」
真摯な瞳。鋭い、しかしそれは明日に立ちはだかる暗雲を切り裂くための。
そんな鋭さを纏う「刀」の言葉に、いつしか士郎は聞き入っていた。
それでいて直後、鋭さと正反対な含羞の微苦笑を帯びる。
「刀」は、「そうした」と語る。「そうすればどうだろうか」と言う。「そうしろ」ではなく。
「俺はこうしたぞ、お前はどうする?」と。

「・・・・・・・・・」
満ちる沈黙。
(・・・ひょっとしたら、「昔の俺」はそう考えていなかったのかも知れないが。)
「刀」の、付け加えなかった最後の物思いは、今はまた別の物語。

気がつけば、流れる空気は、何処か以前と違っていた。

(・・・流石秘密結社バリスタスの「最終癒し兵器」・・・)
物陰から監視しながら、実験体の二人に対する無茶苦茶な癖に気がつけば良い方向へと転がっている「刀」の行動に、感心すら覚えてしまう梨香。
ハウンド・シープドッグ合流のある意味立て役者の一人である「刀」。その妙な特性は、単純な「バリスタス最強怪人」というだけではない。
故に、わざわざ自力で上層部から渡された単純な説明以外の要素を得ようと、独自の捜査を行った結果知ったことを反芻する。
カムイ集結成時の人材収集、北米戦線での華々しい戦果に隠された、手で触れるだけでとある少女の崩壊した魂を修復したという事実。
高い戦闘能力に隠さた、もう一つのかつての「刀」、御影村正宗の力。
それはむしろ、人を結集させ、癒す、攻撃とは正反対の力。
(果たして、あの二人にソレが与える影響は、我等の未来にいかように左右するのか、な・・・?)
最早、ディアと士郎の戦闘能力の分析は済んでいた。もうじき、紫暮も通信を終え戻ってくるだろう。高坂の得た情報から、戦術を考えねばならない。
だけれども、今はただひたすら「刀」たちを見守りながら。
梨香は考えていた。呆れるほどに様々な、悲しいほどに切実な、うんざりするほど腹立たしい、宿命を背負い。
最大の悪の旗の元に、あるいは自由意志で、あるいは無理矢理、あるいは故合って集った、自分達について。

私達は、どうなるのだろう。

私達は、何処へ行くのだろう。

私達は、一体どうなるのだろう。


そして時は元に戻る。
このひとときの後の、修羅の巷へ。


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