第四節「遠き救済」

「・・・・・・」
バリスタスに保護されたシルキーは、そこで「白き輪舞曲」の言葉が確かに嘘ではない証拠を見せてもらっていた。
彼女たちメルクリウスの生みの親であり、北米ではドクターウエストに続いて二人目となる完全なアンドロイドの作成者(もっとも、その頑健さと出力という点では、エルザとシルキーでは天と地の開きがあるが)たる、スワース=キューザック博士。
顔の上半分は整った顔立ちなのに、妙に顎が長い独特の下半分のせいで変な印象を受ける彼がバリスタス側に極秘裏に出したというビデオメール。
映像の中で彼は語っていた。自分が開発したメルクリウスは、人を救うためのものだったのに、その名目の元に道具として遣い捨てられるのはあんまりだ。
HAは、人以外の存在を認めない。だが、全てのありようを許容するバリスタスならば、と。
亡命を進めるスワースは、確かに本物だった。合成映像ではないようだし、脅されているわけでもない。その証拠に、以前教えられた符丁が会話の端々にきちんと織り込まれている。
「・・・わかって、もらえただろうか?」
穏やかに、白き輪舞曲は問いかける。参謀という役職名に反し以外にも交渉ごとを行う機会のほうが多い故に、磨かれた落ち着き。
「・・・はい。」
そして、慎重に・・・シルキーは頷いた。
それに満足げに微笑む白き輪舞曲だが。
次のシルキーの一言に、意表を突かれることになる。
「けど、だとしたら。貴方たちが、HAにあるものすら救うというのなら。」
シルキーの瞳は、やや幼い顔立ちに比べると、どこか深い色をしている。
いろいろなことを、見てきた眼だ。
「私より先に助けなきゃいけない人がいます。」

「吉川ノエルを、助けてあげてほしいです。」



「HA・・・それに、冥夜が・・・」
「そう。」
そのころ、その吉川ノエルが獅堂光に話した内容は、驚くべきものであった。
HAは本格的に上位次元と同盟を結ぶ。故に、全てのエヴァンジェリストはHA=上位次元連合の指揮下に入る。
来るべき悪の秘密結社との全面対決のため、エヴァンジェリストは軍団として編成されることになる。
故に、HAの本拠、アメリカへ来いと。

そしてその説明の過程で、分かった情報。
御剣冥夜が率いていた部隊は、彼女自身の背信により、鷹之羽で壊滅したと。

「フン、なるほどな。道理であの女、どこか破滅のにおいを漂わせていたわけだ。」
「ちょっと、笑うようなことじゃないでしょう!?」
そんな情報を、唇を吊り上げた笑いで受け止めるパピヨン。叱責する海だが、彼女本人はこの情報に動揺しているので、迫力はあまりない。

「・・・俺、反HAなんだけど・・・」
北米出身者なのだが、覇道財閥と同様にHAと異なる正義を掲げる組織「フリーデン」の一員だったガロードとしては、この展開はあまりにも難しい問題だ。
日本への出立前に、組織のリーダーであるラバン=シュリュズベリイ教授・・・髭とサングラスと屈強な体が特徴な盲目の老賢者、魔導書セラエノ断章の著者にしてその鬼械神アンブロシウスの所持者、魔道探偵大十字九郎の師匠・・・に、
「どうも今回の君には面白い運命が待っていそうな予感がするな」
といわれたのは、このことだったかと内心苦悩する。

「・・・私はいきたくない、といった場合、貴方はどうするのですか?」
ぽつり、と。普段は率先して行動するよりは人を支える側に回ることが多かった風が、問うた。
今までありえたことが無いほど、鋭い眼差しで。

光たち三人の中で、一番穏やかな性格だった。

そしてそれゆえに、戦いの中で知っていった、HAの「人間の正義」の残酷さに対して批判的だったからだろう。戌子がHAへのスカウトを行わなかったことに、内心ほっとしていただけに、今のこの問いは必死だ。

「・・・意思を覆すための実力行使の許可が出ている。最も効率よく集めるために、必ずしも全てを取る必要は無い、とも。」
淡々と、ノエルは答える。
「それはつまり、「見せしめのため一人二人殺してでも従える」という意味か。」
パピヨンの指摘に、ノエルが返すのは無言の肯定。
光というものを感じない、星の光が届かぬ深い夜の森にある沼を思わせるパピヨンの目が、揺るがぬままで闘気を帯びる。
「そいつはなんとも不愉快だな。俺は誰かに強制されるのが、強制出来ると思われることが嫌いでね。加えて、俺の美的センスを理解しない哀れな奴らだが、こいつらがバカをやっているのを見るのは気に入っている。」
不遜なまでの誇り高さと、けなしてるんだか仲間として認めてるんだか分からん言葉とともに、パピヨンの背中に蝶の羽が開く。
先ほどは後一歩で紫暮の命を奪うところだった、ナノマシンの羽。
しかし、それを見ても、微塵もノエルは揺らがない。ただその手に、ナイフの柄を握るのみ。本当は合流するはずだったシルキーと連絡が取れないことも、微塵も匂わせず、微塵も彼女を揺るがさず。
「HAに付くか。付かないか。答えろ。」
絶対零度。そんな印象を人に与える、感情の欠落した機械めいた声。
戦場で荒れ狂う獣の性とはまた違う、もう一つの彼女の要素。命令を受ける機械。
そして、その命のままに荒れ狂う獣。
それのみが、彼女。

「・・・そんな風に生きて・・・苦しくないか?」

そう信じていたであろう相手に、その二つの要素の狭間にひょいと入り込んでいくのは、またしても獅堂光。
鋭くにらみつけるその瞳に、不安げながらも案ずるような視線を合わせ、そんなことを聞いてきたのだ。
「っなっ!?」
その、あまりに想定の範囲外な問いかけに、いや、問いかけの内容は本来歯牙にもかけぬもののはずであった。
これがノエル。これ以外のノエルはありえないと、固く信じていたから。
だが問いかける光の表情が、その瞳に乗る心の色が、固く信じていたことすら溶かしてしまいそうな優しさで。
「ほっ、ほら、やっぱり・・・ノエルだって女の子なんだし。」
本来のその年頃の少女らしい無防備な動揺の表情。光の瞳に写ったそんな今の自分を見て、ノエルは驚く。狼狽、といってもいい。
(大変だ。私、壊れてしまったのかもしれない。)
ノエルは、HAの死神。常に揺るがす間違わず、任務を達成する機械でなければいけない。動揺するなど、あってはならない。
新世界のための道具である自分は、壊れてはいけない。壊れては、役に立たないとみなされ、廃棄されるだけ。
戦うことも死ぬことも、ノエルは怖くは無い。だが壊れるのはいやだ。壊れ、役に立たなくなる。それは、あってはならないことだと思う。
「苦しくなんか無い。これが私だ。」
・・・なぜそう思うのか気づくことも無く、ノエルは再び心を凍らせる。
本来自分の任務は常に見敵必殺(サーチアンドデストロイ)であり、こういう厄介ごとが混じるのは嫌いだった。
だけど任務だから文句は言わない。任務だから、全力で取り組む。

光の唐突な言葉に、海、風は、きょとんとした様子だが、パピヨンはにんまりと、面白い玩具でも見つけたかのように笑みをこぼす。
対して、複雑な表情のガロードに、つ、とティファが寄り添った。
「・・・ティファ?」
物静かで清楚ながら、どこか野に生きるもののように鋭敏な感性を持つ少女は、何かを感じ取っていたのかもしれない。
光からか、ノエルからか、あるいは、その二人からか。

「話をはぐらかすのはやめて、質問に答えろ。」
「はぐらかしてなんかいないよ!」
表情を再び仮面の如く凍らせたノエルが問い詰める。対して、光は声を大きくしてさらに問う。
「もし、ノエルが本当にそんな生き方で苦しくない、っていうんならともかく。もし、ノエルに苦しい生き方をさせるような所だったら・・・」
その光の言葉に、ノエルは思う。成る程、要はそういうことかと。
「・・・問題ない。待遇としては指揮権は上位次元とHAの共同で、士官待遇の民間協力者ということになる。お前たちの立場は保障されることになる。逆らわない限りは。」
つまり、私を気にしているのではなく、私から自分たちの今後の境遇を推し量ろうとしていたのか、と。
「そういうことじゃないっ。」
だが、一瞬後にそれは思い切り否定される。
「私たちがどうこうじゃない。私たちにどんなにいい扱いを用意するといったって、そのほかで人に酷いことしてたら・・・そんなの、見過ごせる訳無いじゃないか。」
また、あのまっすぐな眼で見つめながら、光は予想を裏切る言葉をぶつけてくる。
「っ・・・お前は、たった今タロンの基地の攻撃に失敗し、敗走中だったのではないのか!?」
「そ、そうだけど・・・」
驚きで荒くなるノエルの問いに、何とか、といった感じで答える光。
信じられない、とノエルは思っていた。
光が今言ったような甘いことを言う奴はたまに北米にも居た。だがそういう奴はひとたび戦場に出ればあっさりくたばるか、前言を翻して最初からの外道よりもっと汚い生き恥をさらすか。
その二者しか、ノエルは知らない。
だけど、今、敗走してきたばかりのこの娘は、己の行く先を、自分を強制的に連れて行こうとする相手が酷いめにあっているかいないかで決めるといっているのだ。
「お前・・・お前・・・なんだ。」
「光。獅堂光。」
ぽつりと漏れるノエルの呟きに、まるで泣きそうな子供を落ち着かせるような、穏やかな微笑とともに、名乗る光。
己の混乱を、動揺を、狼狽を、何とか制御しようとして、まるで出来ずに居る自分に、ノエルは遅まきながら気づいていた。
どうすればいい。どうしよう。

・・・このままでは、私は本当に壊れてしまうかもしれない。

思わず一歩、後ろに退くノエル。見たことも無い、恐ろしい何かから逃げようとするかのように。
「白き輪舞曲」たちと戦ったときの熾烈な戦意など持ち合わせていない、無力で臆病な少女のように。


「・・・敵の匂いがする。」
しかしすぐさま、その表情が獰猛な色に染まった。
強化された嗅覚、聴覚が接近する敵の気配をとらえたのだ。来る方向は二つ。タロンと、バリスタス。
敵は強大だ。だがだからこそ、戦いがいがあるとノエルは思う。自分に出来る唯一のことに、全力を尽くす。
それは、獰猛な歓喜だ。
「戦いになるわ。死なないように・・・いや、死なせない。」
かすかに唸るような音色の混じる声で、ノエルは呟いた。
「貴方たちを保護する。必ずHAにつれていく。言っておくが、この隙に逃げようとしたり、私を後ろから撃とうとしたりしても、無駄だから。そのときは容赦しない。さっきも言ったとおり、必ず全員連れて来いというわけではないのだから。」
さあ、ようやく分かりやすい時間がやってきた、とノエルは思う。
敵は殺す。捕まえるべき相手も、逆らえば殺す。それだけでいい。これしか知らない。ここ、戦場こそが安心できる、私の世界だと。
「そんなことするはずないだろっ!!」
「そうですわ!」
だが、即座に帰ってきた光と風の言葉が、またざわり、どノエルの心をかき乱した。
「私たちを守るために戦うっていう人を、その人にどんな理由があるからって、私たちにどんな理由があるからって・・・そんなこと、するもんか!!」
そういう光の瞳は、切ない。
まるで・・・
「そうよ。私の友達を、あんまり侮辱しないで。少なくとも私は貴方と殺し合いをしたいとは思わないわ。それとそんなことを言うと、光が悲しむからやめて頂戴。」
海の言葉が、その意味を補完する。
光は悲しんでいるのだ。そんな言葉を言うノエルのことを。
「相変わらず甘い奴らだ。偽善者だ。だが、蝶々は甘い花が好みでな。俺は偽善者になんぞなりたくもないが、人がやるのを観察するのは嫌いじゃない。」
肩をすくめる海の傍らで、パピヨンが笑う。相変わらず複雑な奴だ。
「・・・勝手にしろ。」
呟くと、ノエルは臨戦態勢へと突入した。敵との距離、相手の速度を測りながら、最初に食らい付くべき相手を見計らう。
「・・・これからは、私の時間。」
そのはずだと、自分に懸命に言い聞かせ。
そして、心は定まった。死神として。道具として。獣として。
「HAの正義と、新世界のために・・・」

さあ、いつもの言葉を呟き、闘争本能を解き放とう。

「逆賊、誅すべし。」


「・・・これは、双方ともこちらのことを見抜いてるようですね。」
まずいな、と白き輪舞曲は思う。
マイトタイガーに加え魚雷ジンベイも率い、海豚海岸分校にインバーティブリットの二人にモチャ=ディック改を海豚海岸分校近くに動かさせ、機を伺うつもりだったのだが。
予想外にタロン側もエヴァンジェリスト、否HA側も勘が鋭い。既に横合いからこちらが隙をうかがっていることに気づいている。人数に余裕があるタロン側にいたっては、早くもこちらに兵力をはなから差し向けている。
三つ巴でこのまま泥沼の乱戦になってしまっては、必要最低限の目標を確保後敵基地を叩くという計画は放棄せざるを得なくなる。観測してみれば、タロン側には新顔も居るようだし、当初の予定より兵力も分散していない可能性が高い。
シルキーが願ったこと。己より、救われなければならぬ悲しみを秘めていると言った少女。
「HAの死神」吉川ノエルにあわよくば接近できまいかと思っていたが、これでは厳しい。
この位置関係では、現在エヴァンジェリストど一緒に居るノエルにこちらが接するより先に、タロン・ハウンド部隊とこちらが接触することになってしまう。
「どう、する?」
魚雷ジンベイが問いかけてくる。気の短いマイトタイガーにいたっては、とっとと突撃したくてうずうずしているようだ。
「吉川ノエルはエヴァンジェリストと同位置、そちらに向かうのが敵の本隊・・・こちらに向かってくるのは・・・タロン側とノエル、エヴァンジェリストらの戦力比は・・・!」
強化装甲服の機能をフルに使い、敵情を分析。即座に作戦を練り上げていく。
「・・・これは?」
そして気づく。真田梨香が仕掛けた、冒険的で、極端な布陣。
「・・・面白い。」
第一目標は吉川ノエルだが、それはシルキーという不確定要素が加わった結果。
今こちらに向かってきている相手は・・・さながら、「本来の第一目標」といったところか。それ、単体。
成る程、梨香の策略を瞬時に理解する白き輪舞曲。
確かにこれは苦境。しかし、同時に好機。
「よし・・・受けて立ちましょう!吉川ノエルの様子を伺いつつというのは大変ですが・・・こちらに向かうタロンを迎撃する!」
「わ、かった!」
「おっしゃ!」
部下の返答を受けながら、鎧の下に流れる汗の感触を覚えながら、白き輪舞曲は呟く。
「さて、洗脳もそろそろだいぶ揺らぎ始めているらしいですし・・・いい加減帰ってきてもらいましょうか・・・」
目の前に現れる、タロンの、紫暮の「刀」に対して。
「御影、村正宗っ!!!」

刀将対参謀の戦いが幕を開ける。


戦闘開始を、はるか後方から見つめている者が居た。
「・・・さて、突き止めたはいいけれど・・・」
様子を通信機から流れてくる音声と周辺にしかけさせた観測機器で伺いながら、海豚海岸分校に居残った高坂は呟く。
これほどまでに早く紫暮たちが光を補足したのは偶然ではない。ウェスパシアヌスにかけあいあの鬱陶しい口調にもめげず監視偵察用のメダロット部隊を繰り出すことを承認させ、その指揮をとって周辺に網を張った結果だ。
バリスタスの接近も、阻止は出来なかったが、通知は出来た。正面切って戦っている最中に、横から殴りかかられたらひとたまりもないから、これは大きな成果だ。
「何とかうまくやってくれよ、梨香。」
サポートはこなしたが、今出来るのはそこまで。前線に出ている親友の戦術眼を、信じるしかない。
「何せなあ・・・」
通信機の対象切り替え機能を使い、高坂は紫暮に聞いてみた。
「刀」の笑顔、見たことあるかと。
返ってきた答えは、意外なものであった。
「あいつは「刀」だ。「刀」が笑うものか。」
その答えを聞いた途端、心底から高坂は思った。

紫暮のバカ。アホ。たわけ。うつけ。間抜け。鈍感。

あんだけ何度も、あれだけ必死に、あれだけ懸命にあいつはお前を助けているんだぞ。時として待機命令すら無視してだ。
それでいて未だに、単にあいつを単に「持っている」だけのつもりなのか。「自分のものがある」という、それっぱかしの小さな幸せで満足しやがって。気づきさえすれば、向き合いさえすれば、もっと違う何かがあるかもしれないのに。

そして、同じように強く思う。

「刀」のバカ。アホ。たわけ。うつけ。間抜け。朴念仁。

一番お前の笑顔を必要としてる奴に対してでなく、何で私なんかに。満足に笑ったこと無いくせに、そんなレアなものをよりにもよって私なんかに。そりゃ、嬉しかったが。(ちなみに高坂は知らないが、鳴海歩に対しても一度笑いかけたことがある)
お前が今一番守っている相手なんだから、もう少しなんで守りたいのか考えろ。洗脳されてる癖に人にいっぱしの説教してるくらいなんだから、考えりゃそのくらい分かるだろ。

「こんなばかげた状況のまま死なせる訳にはいかねえだろ。絶対。」
呟きは苦く、高坂は祈る。


「むらまさむねえええええ、戻って来ぉぉぉぉぉぉおおい!!!」
巨体を、意外なほど敏速に機動させながら、魚雷ジンベイが吼える。
「・・・俺は「刀」だ!」
「どやかましいっ!!」
「やかましいのはそちらだッ」
しかしその突進を「刀」はひらりとかわす。
直後に襲い掛かるマイトタイガーの光子ドスを霊光刀でいなすと、掴みかかろうとする腕を蹴り払う。
魚雷ジンベイには生体魚雷、マイトタイガーには爆薬生成という切り札があるが、二人とも中々それを使うに踏み切れずにいた。
「当たり前ですよねっ・・・何しろ本来は、味方、なんですから・・・」
後方でその戦いを見る、白き輪舞曲は苦く呟く。
真田梨香のとった戦術は、こういうものだった。敵がエヴァンジェリストだけではなくバリスタスも来ていると見て取った瞬間、「刀」単体をけしかけてきたのだ。
これは、確かに足止めとしてはいい手である。「刀」は強いし、加えてバリスタスにとっては奪還すべき対象だ。徹底的な攻撃は、どうしても躊躇してしまうだろう。
だが。
「逆に言えば、これはチャンス、ということでもある!」
バリスタスが生み出した最強の白兵戦闘用改造人間。失われた切り札を、取り戻す好機。
しかも、白き輪舞曲には、その手段がある。彼の超能力である「白き闇」の消滅能力を使えば、村正宗の自我を拘束する洗脳暗示自体を「消す」ことが出来る。
ただしそういった「細かな消滅」は、ただ刀を振るうのみで実行できる村正宗に比して、「白き闇」は大量の集中時間を必要とする。
一対一でやろうとすれば、白き闇が発動する暇も無く首を切り飛ばされているだろう。だが、マイトタイガーと魚雷ジンベイという前衛が存在するのであれば。
「出来る・・・今ならっ!!」
マイトタイガーと魚雷ジンベイに「刀」はかかりきりだ。これが村正宗だったら既に突破されているだろうが、タロンに従わせるための記憶の封印が、技量を奪っている。確かに封印は解けかけ、その分だけ技を思い出したかのような行動をたまにとるが、まだかつてほどではない。
それが、白き輪舞曲に時間をもたらす。それは計算どおりのこと。
しかし、同時にどこか、白き輪舞曲は違和感を覚えていた。どこか違う。直接会い会話した経験こそ少ないが、映像や伝聞なども含めて、彼の知る「御影村正宗」と、「今刀が見せている綻び」は、どこか違うような。
「っ、紫暮の邪魔はさせない・・・いや、紫暮を守るんだ、お前らにいつまでもつきあってはいられない!」
本隊のほうを気にしているのか、より攻勢を強める「刀」。それは時間稼ぎを意識した真田の策とは違うのだが。
「おう〜〜!?」
「ぬおおお、つええ!?」
叫びとともに、速度は明らかに上がった。二体の上級改造人間を、ものともせずにダメージを刻んでいく。
そして、一瞬の隙を突き、突破。
(この技、確かにっ・・・!)
戦慄する白き輪舞曲に襲い掛かる。その技は確かにかつて見た映像のそれそのもの。
違和感は勘違いだったかと考える暇もない、が。
(だが、間一髪こちらが速い!!)
ぎりぎりのところで白き輪舞曲の精神集中が先んじた。
発動、させる。
「白き、闇よ!!」
そして。
発動と同時に、どこかいやな予感を覚えながら、先ほどから感じていた違和感の正体に気づいていた。

洗脳の効果が薄れ始めていたとしても。元の御影村正宗という男は、こんなにも自分の感情を露にするタイプだったか?


同時、ハウンド主力部隊。
二対、四つの赤い瞳が交錯する。

ハウンドの長、一文字紫暮。
HAの死神、吉川ノエル。

「少々まずい援軍ですね、紫暮様。」
梨香が、呟く。ハウンドの者は栞が長期間部隊を留守にしていたように、傭兵的に各地に派遣されることもある。
そのときに、知っていた。容易ならざる敵、どころか、一手間違えば食われかねないこの獣の力を。
「あれは私が戦う。それが良かろう?」
「は。ですが・・・」
紫暮の言葉に、梨香は躊躇する。確かに、それが最も安全だ。
だが、彼我の兵力はこちらが一人上回っている状況。ノエルとバリスタスという予定外要素が無ければ、紫暮を戦わせずに済んだ可能性が高いだけに、まだ彼女なしでも何とかなるのではないかと未練がましく思ってしまうが。
「良いのであればそうしろ。」
すぱりと紫暮は言い切り。
「第一に、相手はそのつもりのようだ。」
見やる。吉川ノエルの、自分にひたとすえられた視線。
成る程、この人数同士での激突の場合、全員を守るのはノエル一人では無理。であるならば、一番危険な相手を抑えるのが妥当。
「他は任せる。」
そう言うと、既に臨戦態勢に入る。
「刀」一人でバリスタスを足止めした真田を、信頼してのこと。
これでは、頷くしかない。
ただ、最後に、ふと紫暮は彼女らしからぬことを口にした。
「・・・あの赤い鎧の娘を、出来るだけ私に近づけるな。」
何者をも恐れぬ強さを持つ紫暮にしては、実に妙な言葉。
だが。前の戦いでは、パピヨンの奇襲より何より、当人も自覚していないようなことを不意に言ってのける光の言葉が。
脅威と感じられた、そんな気がしたのである。
「承知。」
頷くと真田は、視線で味方に布陣を指示。
光に対しては自らが直接あたり、海、風をそれぞれソネットと本田愛に動きを封じさせ、閃光の螺旋を容易に撃てぬようにする。
同じく大火力を有するガロードには、機動性に優れたユキをあてて牽制。
一番底が知れないパピヨンに対しては、ウェスパシアヌスの実験体、衛宮士郎とディア=クルスを、二人ともにあてる。
これには二対一ならば仮に戦力の質が下だったとしてもという兵理的な理由と、仮にやられてもハウンドの者でない二人ならば、という、少しいやな要素も含まれている。
だが、「いやな要素」を常に含むのは、戦術戦略の本質である。そこから、いまさら避けては通れない。
「おぅ、分かった。新入りの、しっかり手柄ぁ立てろよ。そうすりゃ・・・」
そういうところを知ってか知らずか、本田愛はいつもの笑みを浮かべ、その二人に話しかけるが。
「手柄、か・・・殺して、それで、っていわれてもな・・・」
衛宮士郎は、相変わらず苦悩の影を帯びた表情のままで。
ディアにいたっては口もきかず、憎しみを込めた瞳で睨み返してくるばかり。
「・・・ちぇ。」
「仕方の無いことだ。」
不満げな舌打ちをもらす愛に、ユキが言う。確かに。二人の過去を思えば、これはある意味で当然の帰結。
そして、彼我ともに剣を抜き放ち、拳を構え。

同時。「白き闇」が「刀」を捉え。


事態は破滅的な方向へと動き始める。


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