第三節「時は過ぎ行きながら迫り来る」


「いやあ、凄い戦いぶりだったねえ。いや、まことに、まことに凄い、実に素晴らしい、大した戦いぶりだったじゃあないか。」
ぱん、ぱん、ぱん。
バカ丁寧というよりは相手をバカにしているような、しつこい口調ととろい拍手。
戦いを終えて帰ってきた紫暮を待っていたのは、海豚海岸分校長ウェスパシアヌスの、そんな態度であった。
「マーヴェラス!流石は、流石はハウンドの長、伝説の仮面ライダーの子、あの鳴海清隆が見出した才、流石は一文字紫暮。バリスタスの改造人間が梃子摺る上級エヴァンジェリストをものともしないか。塵芥の如く蹴散らすか。襤褸雑巾のように引き千切り踏み潰すか。はっはっは!」
笑うウェスパシアヌス。その言葉は、紫暮を褒めているような文章なのだが、その視線、その癖のある笑い方はどこか、彼女の化け物じみた戦闘能力を、その徹底した戦いぶりを揶揄しているかのようでもある。
「・・・それがタロンの戦士の務め。」
多弁なウェスパシアヌスに対して、その微妙に皮肉げな物言いに対し、あくまで寡黙に応じる紫暮。
それは、ウェスパシアヌスに対する侮蔑の表明か、あるいは、相手の物言いに対して耐えるための殻を作っているのか。
「いやあ、しかし。だがしかしだ。最後の一瞬の攻防、あれには驚いた、焦った、肝を冷やしたよ。「ターンA」パピヨンの奇襲は、危なかったじゃあないか。ピンチだったじゃないか。窮地だったじゃないか。君でも不意を突かれることがあるというのには驚いたな。ああ驚いたとも。寿命が縮んだね。だがまあ、逆に貴重なデータだったとも言えるだろうな。いや、珍しいものを見れたよ。」
そんな紫暮の様子には一切頓着せず、わざとらしいしぐさで首周りの汗をぬぐうようにしながらウェスパシアヌスは言葉を続ける。
「珍しいものといえば、あの時の「刀」のリアクション、あれも大変興味深いものだな。彼は洗脳が施されていて、命令なしでは動かないはずなのだが・・・鷹乃羽高校の時といい、この間壊滅した分校の時といい、たびたびああいったアクションを起こしているそうではないか。実に面白い、知的好奇心をそそられるが・・・」
そこで、ウェスパシアヌスの眼光が変化する。笑ったままの表情なのだが、眼の光だけが、鋭く、冷たく、探るように変化する。
「しかし問題ではあるな。ああ、いかがなものかといわざるを得ないな。鹵獲兵器が野放しというのは・・・心配だ、ああ心配だよ紫暮君。そう、君の管理責任が問われるのではないかと、この私は心配でならないのだよ。既に研究班から、「刀」の突然の行動で破損した機材についての苦情が出ていることもあるし・・・ねえ。」
冷たい瞳。だが同時にそこにあるのは紛れも無い愉悦であり、髭に囲まれた唇は下卑た喜びに歪んでいる。

所詮、私などこの程度のものか、と、上級幹部のこのような態度に接するたびに、紫暮は思い知らされる。
いくらタロン最強の戦士とおだてられても、それはあくまで「一番使える駒である」というだけのこと。権力と組織力を持つ上級幹部にとっては、直接の手合わせの力など尊敬の対象になりはしない。
ましてやこのウェスパシアヌスという男は、タロンでは珍しい魔術系技術の持ち主であり、タロン下部組織クラウンの研究データを下に、後にタロンを裏切り正義の味方「メタトロン」として北米で活動することになる降神用霊子強化サイボーグ・ムーンチャイルドを製作した実力の持ち主であり・・・現在では、一旦は解析不可能ということで放棄された村正宗の体に眠るバリスタスの技術の解析を行っているほどの男。この辺境支部にいるのは、あくまで研究の都合でしかない。
加えて、彼は体内にガルバ、オトー、ウィテリウスという三匹の使い魔を宿す魔術師であり、現代では最早数少ないオリジナルの鬼械神(デウスマキナ)の一つである「サイノクラーシュ」の所持者でもある。その権勢は、たかが一部隊の指揮官でしかない紫暮とは桁が違う。
「研究設備も壊れてしまった。ああ、タロンの財産たる研究設備がだ。「刀」君の献身的な行動がその理由とはいえだ。「刀」の所持者たる君は、その行為にどういう責任をとってくれるのかな?」
「あれが戦闘に加入しなければ、設備どころか海豚海岸分校そのものがつぶされていた可能性もある。」
責任を迫るウェスパシアヌス相手に、一歩も引かず睨み返す紫暮。
「私の部下は皆全力を尽くしている。「刀」も同じこと。・・・非難される謂れは無い。」
踏み入れたものを飲み込む底なしの腐った泥沼を思わせるウェスパシアヌスの緑青色の瞳と、怒気を帯び昆虫的な殺意に尖る紫暮の赤い瞳が交錯する。
「なるほど、確かに。確かにそうだ、そうだねえ。・・・まあ君は、この前の対UNCRET戦での分校消失の責として、研究材料として卵細胞の摘出手術も受けているしね。あれは鬼塚君が大変喜んでいた。あれを入れた特殊培養槽に頬擦りする彼の恍惚の表情は、同じ学級の徒として羨ましい限りだったよ。あれの対価がまだ残っていたからねえ。今回の件もあれと帳消しということにしようではないか、うむうむ。私も中々人格が丸くなったものだ。そう思わないかね紫暮君?」
「・・・御厚意に感謝する。」
前回のUNCRET基地を巡るバリスタスとハウンド・シープドッグの戦い。双方ともに引けぬ状態での戦いを回避するためにUNCRETが行った校舎破壊は、確かに双方を救ったといえばそうだった。
しかし間竜太郎と紫暮の想像を超えて陰湿なタロン上層部は、敗走の責任、失陥した研究施設の弁償を要求。その対価として研究者たちの要望に従い、紫暮はMR級改造人間の研究を行う鬼塚教授に卵巣から卵細胞を摘出され、彼に与えることとなった。
その結果確かにハウンドもシープドッグもそれ以外何も無かったのだが、己の中の命の種子を、望んで提出して対価を得るのではなく罰として差し出されるのは、女としての尊厳を土足で踏みにじられる屈辱。
それをあからさまに意識させる、ぶしつけなウェスパシアヌスの視線から逃れるように、軽く礼をすると紫暮は彼から少し距離をとった。


そんな彼女の様子を見る、高坂の瞳の色は悲しみ。
(紫暮・・・すまない・・・)
もって生まれた仮面ライダーの娘としての血か、あるいは、彼女の傍らにいる少年の影響か。一文字紫暮は、いつしか、仲間を守る、という思いを強くしていた。今回も、自分の、というよりは皆の責任を回避するために幹部たるウェスパシアヌスと直談判し、精神的苦痛を味わう羽目になった。
それはある意味では、一番守りたい相手を守れないということの代償行為なのかもしれない。あるいは、孤独を、寂しさを埋めるためなのかもしれない。
だけれども。

部下のためを思うとき、彼女の瞳は強くなる。仲間たちと語らうとき、彼女の瞳は優しくなる。
ほんの、僅かだけれど。

そんな紫暮の姿を見て、高坂は思うのだ。
ひょっとしたら、生まれて初めて、なのかもしれない。

誰かに守られているのは。

愛されることも愛することも覚えずにいた自分が。

そう思うと、高坂の胸は締め付けられたように苦しくなる。穢れきったこの身に、庇護と慈愛が注がれるなど、考えても見なかったから。
傷つけてしまった後悔と、許された嬉しさと、ともにある喜びと、そして、何としてでも彼女を守ってやろうという、決意。
昨晩語らった友たる梨香も、思いは同じだと言っていた。

(あるいは、これは)
今までは梨香と二人きりだった、友情の輪が広がったのだろうか。

何でもいい。今は、高坂はそう思う。ただこの思いは、高坂の飢えを消してくれた。
報いるため、全力で、一文字紫暮を守ろう。生まれ持った異能と、生き抜くために身につけた策の力で。
そんな思いを秘めて、紫暮の姿を見つめていると。

「・・・珍しくリリカルな表情だな、高坂。」

とーとつに。
ひょいと、いつもの仏頂面のままの「刀」に顔を覗き込まれた。

「ぬあああっ!!?」

めごしっ。
瞬間。驚きと恥じらいと怒りとその他もろもろをこめた、部下への折檻で鍛えぬいた高坂のハイキックが「刀」の顔面に炸裂した。

「何をする。」
まあ能力を使っていないただの蹴りなので、改造人間には通用するはずも無く無表情のままぼそりと「刀」は問うのだが。
「何をする?じゃないっ!それはこっちの台詞だっ!!」
間近で見られた。吐息、少しかかるくらい。ふーって。それ以前に、自分はどんな表情を浮かべていただろうか?胸のうちから考えると?ああ、きっとそれはとてつもなく乙女的で、似合ってなくて、それをド至近距離から。
「何故怒る?」
「なぁっ!何故って・・・」
相変わらず寝ぼけているかのようにぬ〜ぼ〜とした「刀」の言葉に、赤面しながらもくってかかろうとする高坂だが。
「今、お前はいい表情をしていた、と、思うのだが。」
そういい、僅かに微笑む「刀」。
それは、「黄金の混沌」を生き延び、数多ある次元全てに精通し、ありとあらゆる勇者英雄を見続けてきた男たる第六天魔王が、バリスタス最強の存在となることを、神を絶つ位に立つことを許した男の・・・至強なる者の微笑だ。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!???」
ぼん。
真っ赤どころの騒ぎではない状態になる高坂。
何というか。「刀」の微笑は・・・

至高だ。

(し、紫暮が傍に置くわけも分かるっ・・・!!)
「?」
真っ赤になった顔を懸命に隠し、きょとんと首をかしげる「刀」から顔を背けてどぎまぎしまくる高坂。
とうの昔に恥じらいなんて感情は捨てるほどすれてしまっていたと思っていた自分の反応が信じられず、じたばた変な動きをしてしまう。

「何をはしゃいでいるのだ、高坂?」
「はは、はしゃいでないわよっ!」
紫暮の言葉に、ようやく気づいてあわてて向き直る。もう頬の紅潮が収まっていますようにと祈りながら。
それは、すぐにかなうことになる。
「基地守備の戦力を残して、敵を追撃することになった。」
なんでもないことのように言う、紫暮の言葉の深刻さに、表情は一瞬で引き締まった。
「我々だけでですか?それは、戦力的に・・・」
確かに、敵の攻勢は高坂の指揮で防げていたし、その大半は紫暮が蹴散らした。
だが、逆に言えば味方側は全員がそろっていてその成果ということで、そして今生き残っているのは、紫暮の攻撃にも屈しなかった精鋭中の精鋭。
戦力を分散するのは、あまりにも危険だ。
「それに関しては、問題ない、らしい。」
「らしい?」
珍しい、紫暮のあいまいな物言いに、眉をひそめる高坂。
紫暮も渋い表情で告げる。それは、少々厄介な援軍だったからだ。
「ウェスパシアヌスが、実戦テストがてらに手勢を貸すといっているのだ。「刀」を解析し、専用の武器と同調するよう強化改造を施した実験体、だそうだ。」



一方。近隣のとある植物園。
「君は・・・」
我知らず、獅堂光は呟いていた。
驚きと、戸惑いと、それ以外の何かが突き動かした。
「・・・貴方、は。」
そして、「HAの死神」吉川ノエルも、また。
白き輪舞曲と戦った時の冷徹さとは、少し違う、驚いたような声で、呟く。


・・・全裸で。手には白き輪舞曲との戦闘に使ったナイフを持ってはいるが。一糸纏わぬ姿だ。


「貴方は・・・獅
「な な っ 、 何 で 裸 な の っ ! ! ?」

傷だらけの体だと分かる訳だ。何も着ていないんだから当然である。

かまわず話しかけようとするノエルと、派手にパニクる光。
先刻マイトタイガーと交戦した時、ノエルは奥の手である獣化を行った。服の下、心臓の上に縫いこんだアンプルを叩き込むことで、爆発的な肉体変化をもたらす行動は、爆風より衝撃より素早く速く飛び退き離脱するだけの力を与えたが。
当然あそこまで派手に肉体の形が変わると、着用している服なんてひとたまりもない訳だ。バリスタスみたいに、特殊繊維で出来た服を液状化してベルトのバックルに取り込むなんて技術は無いわけだし。

もっとも、そんな事情、何とか生き延びてたまたま目に付いた植物園にとりあえず隠れようと入り込んだ光には分かるはずも無く。

「おーい、光っ・・・って、うわあ!?」
先行した光を追うようにして現れたガロードが、それを見て赤面し。
「ガロード、見ちゃだめ。」
直後パートナーのティファが、あわててガロードの視界をふさごうと押さえ込む。
・・・よりによって棘だらけの茨の茂みの中に。
「ぎゃあああああああああっ!!?」
「ああっ、ガロード!?」
顔面傷だらけになってのたうつガロードと、しまったと叫ぶティファ。彼女には月の霊子を操る力だけではなく予知能力などの力もあるのだが、それにしては粗忽な娘である。

「ふん、なんともまた 貧 相 な。」
背中から蝶の羽を広げ、空を舞いながらノエルを見下ろしつつあまつさえこんなことまでのたまうパピヨン。
確かに、ノエルの体は肉付きは薄いが。女の裸見ても眉一つ動かさない代わりにこんな言い草ってどうだろうか。
「ちょっとこらアンタ女の子になんてこといってんのよーっ!!」
龍崎海がパピヨンの無体な言動に剣を振り回して起こるが、間合いの外の上空にいるパピヨンは平然としたものだ。
どころか。
「服が無いなら、恵んでやろうか?」
と言うや否や。
その変態チックなボンテージちょうちん袖セクシャルバイオレットタイツの胸元から股間ぎりぎりまでのすりっとに手を突っ込むと。
一体どこに入っていたのか、今着ているのとおんなじコスチュームを股間からずるりと引っ張り出し。
「そんなところから出した服を、第一そんなデザインのものを女の子に着せようとするんじゃないわよ〜〜〜!!」
さすがにこの珍行動には今度は「水の龍」まで打ち出して海が再び止めにかかる。
「ははははは、この美的センスを理解できないとは、お前はつくづく可哀想な奴だな。」
「うっさい!理解するほうがおかしいわよっ!!!」

「ああっ、海ちゃん・・・」
「まあまあ光さん、いつものことですし。」
仲間割れと言うには情けない光景だが、動揺する光を風はなだめる。実際、常識的な海と奇人パピヨンは今までの共闘の旅路でしょっちゅうこんな感じであった。
いまさらといったことなのだが、未知の少女を前にしてもこのテンポが変わらないというのは流石にちょっと恥ずかしい。
「とっ、ともかく君は、その・・・」
仲間のおとぼけをなんとかフォローしようとしながら話しかけようとする光。
と。
「・・・吉川ノエル。HA特級独立行動認可エージェント。」
名乗る少女は、いつのまにか服を着ていた。白き輪舞曲と戦ったときと、同じ格好。
見れば、植物の茂みの中に特殊素材のスーツケースが埋められていて、その中に服や薬物他様々な物資が入れられていたのが掘り出してあった。どうやら活動開始の前に、あらかじめ補給ポイントをいくつか用意していたらしい。それだけ、密かに日本国内にHAはネットワークを形成しつつあるということか。
「上級エヴァンジェリスト・・・獅堂光とその同行者、ね。私は、貴方たちを迎えに来た。」
そして、唐突に出会った少女は、唐突に告げる。
光たちにとっての、運命の選択を。



沖合。モチャ=ディック改、船内。

「あ、目を覚ましましたか。」
鎧を脱いだ白き輪舞曲が、ふっと微笑んだ。
「よっ、嬢ちゃん。」
同じく変身をといたマイトタイガーが、興味深げに覗き込む。
その二人に見守られて目を覚ましたのは、あの時助けた、土砂崩れに巻き込まれていた少女。
目を覚ました彼女の第一声は。

「・・・ひええっ!!?」


仰天した悲鳴だった。


その理由は。

「ほ〜お〜〜・・・?」
二人のさらに覗き込んで来る、巨体・・・これこそ、「刀将」村正宗が敵側に捕らわれる前に製作した水中戦闘用改造人間、魚雷ジンベイ。
でかい。
影磁政策の水陸両用重格闘改造人間「勢流鯨」に匹敵する巨躯。しかもその体は通常改造人間というよりはよりモチーフ生物に近い、ゲドン=ガランダー形式の「獣人」に類似した構造ゆえ、ますますでかく見える。
しかもそれでいて体には大量のコバンザメ型生体魚雷を装備し、攻撃力で言えば機械合成型にも匹敵する。
正反対といっていい様式の、完全な融合・・・確かな技術力と、それに裏打ちされた戦闘能力を見るだけで理解できる。
だが。
「・・・・・・」
なぜか白き輪舞曲もマイトタイガーも、彼に視線を合わせられずにいた。
いやだって。

足が。

ジンベイザメの皮膚に覆われた、鮫肌という点以外は人間の足と違い臑毛など無いぴっつんぱっつんの足が。
めっさ筋肉むきむきで。

ユーモラスともいえるジンベイザメに類似した体から唐突に生えるそのつるつるつやつやてかてかマッスル筋肉むきむきぱっつんな足が。
にょっきりと。

「・・・ふん〜!」
時々ポーズもとってる。もうどうしろと。

直視、出来ない。

(果たしてこれから先、こいつを伴ってきちんとシリアスに作戦行動できるのであろうか?)
思わずそんな訳の分からぬ悩みすら、白き輪舞曲は抱いてしまう。

ともあれ、そんなことはおいておいて。
「はいはい、ここから先は上級幹部の難しい話なんだから、あんたは水中警戒を続行する!」
「あう、もうちょっと・・・」
「つべこべ言わない!」
「相変わらずなんにでも強気だな、鞠華」
名残惜しげにもがく魚雷ジンベイを強引に追い立てていく旧インバーティブリット王室女官のマルレラと、それに感心する相棒パラドキシデスに後ろは任せて。

目を白黒させていた少女は、自分が清潔な寝巻きに着替えさせられていることに気づくと、一瞬動揺しかけるが。
「ああ、案ずることはない。着替えは女性、鞠華君に任せたし、君の服と大事そうなあの麦藁帽子は、きちんと洗濯してある。」
穏やかな白き輪舞曲の言葉に、納得して落ち着きを取り戻す。
が。
「お嬢ちゃん、アストロラーヴ・メイルサーヴィス社製MMF108−41郵便配達用人型自立機械(メルクリウス)シルキー、って名前でいいんだよな?えれえ長げえ名前だ、俺も良く舌かまずに言えたもんだぜ。」
次のマイトタイガーの言葉に、少女はぎくりとなる。
「何で、私の名前・・・あ。」
思わず漏らした言葉が、図らずも相手の問いを肯定してしまったことに気づき、少女、いや、性格には少女型のアンドロイドであるシルキーはあわてて口をつぐむ。
不審げにこちらを見つめてくる少女に、あわてて白き輪舞曲は言葉を続ける。
「まず言っておくが、我々は断じて君の電子頭脳の中を覗くような無粋なまねをしたわけではない。単純に対HAの諜報活動の成果だ。まあ・・・君たちメルクリウスの開発者であるスワース=キューザックが、我が陣営の一員であるブラックロッジ首領ドクター=ウェストと大学で同期だったというのもあるが。」
まさかHAに属する企業たるアストロラーヴの技官と、あの北米の奇才Drウェストが大学の同期生だったのは驚きだが、そんな妙なつてから得た情報がこうして役に立つのだから面白い。
メルクリウス。郵便配達用自動機械という呼称で呼ばれてはいるが、それはあくまでカモフラージュ。実際のところは、ゴヤスレイ二号作戦で失った人員を補充するための存在。
とりわけ危険で損耗率が高い、敵地での物資・人員・情報輸送、潜入工作、情報収集などを行わせるための、殆ど使い捨てといっていい扱いの、悲しい存在。
「・・ほかならぬ開発者であるキューザック博士がそれを憂い、我らに情報を寄越したのだ。願わくば救ってくれと、な。」



そして再び、栄光学院海豚海岸分校。

紫暮は、眼前の光景と、手に持った文書の内容の食い違いに眉をひそめていた。
ウェスパシアヌスが渡した資料には、彼が現状で実験している、「刀」=村正宗と同じ、強力な専用武装と同調戦闘を行う強化改造の実験体の総数ついて次のように書かれていた。


一号実験体・ディア=クルス 装備・紋章剣ジーナス=イグニス

二号実験体・衛宮士郎 装備・模=約束されし勝利の剣(エクスカリバー=レプリカ)

三号実験体・ポーリィ=フェノール 装備・光霊子噴流刀スヴェルヴェン・クレア


しかし、現実にこうして彼らが収容・・・というよりは、実質監禁と言うべきだろう。窓と扉には頑丈な鉄格子がはめられ、装備類は普段は別所で管理されているらしい・・・されているところまで来てみれば、様子は若干違っていた。
いるのは、少年が二人。三人目のポーリィは書類によれば少女のはずなのだが、姿が見えない。
檻といっていいような部屋にいるのは、二人の少年。一人は、ディア=クルスと呼ばれるもの。銀色の髪をしていて、目つきは、愛嬌のある鋭さいうか、全体的な雰囲気がいかにも悪がき、いたずらっ子めいた印象を持つ顔立ちだ。
だが、その表情は、その様相に残されたやわらかさや愛らしさを内側から食い破るほどの、憎悪と殺意に凝っている。纏っていた法衣を思わせる衣服には幾箇所からか血が滲み、その右手甲には、生身の肉と自然に共存するようなかたちで、半球形の宝玉がはまり込んでいる。
もう一人は、衛宮士郎か。赤く染めた短髪が特徴で、朴訥とした印象の少年だ。善良そうではあるのだが、いささか不器用そうな印象がある。手先の問題ではない。むしろその瞳は利発といっても良く、手指はしなやかで良く料理や修理など人のための手技を行いうるだろう。
生き方が不器用そうな印象を受けるその少年は、悄然と牢獄の中で佇んでいた。

「・・・書類と数が合わないようだが?」
不審に思い尋ねる紫暮に、ウェスパシアヌスは説明を加える。
「ああ、ポーリィ君か。ポーリィは可哀想なことをしたねえ。本当に、可哀想なことをした。」
のだが。
「彼女は一号二号両実験体のデータを参考に、オリジナルの霊光刀には流石に及びもつかぬが今まで我がタロンが開発した中では最高の威力を有する白兵戦闘用兵装と「同調」させることが出来たのだ。だがね。いかんせん威力がありすぎたな。ああ、そうだ、体の中の霊子の流れ、プラーナ回路を中心に念入りに魔術的改造は施したのだがね。改造は施したのだが、流石に十分とはいえなかったようだ。強度と耐久性が特にだが、十分とはいえなかったようだ。」
「・・・つまり、どうなったのだ。」
別にじらそうとかはぐらかそうとか考えているわけではないのに素でとことん迂遠なウェスパシアヌスの言葉に、そして、口で「可哀想なことをした」といいながら、微塵も悲しんでいるようなそぶりがない、むしろ思い出し笑いすら交えながら語る徹底的に信頼ならない要素に、苛立ちを隠しながら紫暮は先を促した。
「つまりか。つまりとはなるほど、結論を先に、と言いたいわけだね。分かった。では結論から先に言わせてもらうとだな。彼女は死んだのだよ。結晶化までは至らないものの霊子と光子を同時に噴射し霊的な非実体目標すら切断する兵装、スヴェルヴェン=クレアが暴走してねえ。」
その、ウェスパシアヌスの言葉に、牢の中の少年二名が反応する。
ディアは、怒りの色を濃くし。
士郎は、後悔の苦悩を帯びる。
「同じ実験場にいる同じ実験体の仲間を、あるいはその周辺住民を、いやさ己を捕らえたタロンの人間をも守るつもりか、彼女はずいぶんがんばった。ああ、がんばったともさ。頑張りすぎて己の命全てをすりつぶしてしまったが、見事、スヴェルヴェン=クレアの暴走を止めたのだ。マーヴェラス!実に素晴らしく、そして悲しい物語ではないかね。見ていて流石の私も、後悔と感動の涙を禁じえなかったよ!」
大仰に身をよじり、わざとらしく高級な絹のハンカチで目元を拭うウェスパシアヌス。
涙など一滴も流れていないが。その声には笑いの色が混じり、その唇は滑稽そうに吊り上げられているが。

「そうか。」
それを無視し、紫暮は。
「扉を開けろ。」
と、命令する。
「え!?ですが・・・」
と、この分校の生徒であるところのタロン下部構成員が躊躇する。・・・少数精鋭のハウンドやほぼ全員が洗脳下におかれていたシープドッグと違い、栄光学院の通常部隊はこのようなタロンに能力を見出された能力者学生で構成されている。
「意識封印術式をウェスパシアヌス閣下にかけていただくか、命令強制用の爆弾首輪を用意しませんと、彼らは反抗的で・・・」
「かまわん。私がいる。」
結構各地を転戦することが多いハウンドの長だけにその武名の知れ渡りと面識の多さは、実はかなり広い。
彼も紫暮とは面識があったため、この命令に即座に従った。ウェスパシアヌスはこれら実験体を洗脳下か命を握っている状態においてのみ監禁状態から出ての行動を許していたが、紫暮は暴走する刀を抑えた過去がある。
それゆえに、か、直属上司たるウェスパシアヌスの承認を得ずに、思わず少年は牢の扉を開放していた。もっとも、その直属上司は面白そうにその様子を観察しているのだが。

「っ・・・てめっ!!」
咄嗟に反応したのは、ディア=クルス。目の前に立つ、自分を幽閉していたタロンの一員たる相手に、襲いかかろうとするが。
「がっ!?」
直後紫暮の一撃で吹っ飛び、壁に叩きつけられる。
「っ・・・!」
同じく立ち上がりかけた衛宮士郎の眼前に、同時に紫暮は手刀を突きつける。
強化薬こそ服用していないとはいえ、その爪先にはいかなる名刀をも上回る切れ味があることを、強化された感覚で察知し、身動きが取れなくなる士郎。

「今日を限りに、貴様らはモルモット、実験体、奴隷の身分から開放される、やも知れぬ。」
その二人を睥睨し、紫暮は告げた。
「そこから脱する条件は一つ、戦うことだ。この一文字紫暮の兵となることを誓え。戦うことを誓え。さすれば、お前たちは奴隷ではない。戦士である。」
思わずあっけにとられる二人に対し、紫暮は畳み掛けるように、叩きつけるように続けた。
戦え、我が元でと。
「タロンの至強者、一文字紫暮がかくの如く裁定する。何人たれど、それを曲げること我が許さぬ。戦え!!!戦場においてのみ、生きることを許す権利を勝ちうるのだ!!!」
鋭く、猛く。
そして、この場所においては精一杯に優しく。


「高坂、追撃部隊は私が率いる。お前はここの防衛を指揮しろ。それと、部隊編成を頼む。」
きびすを返した紫暮は、まだ呆然としている二人を助け起こすよう一般能力者学生に告げると、高坂と話し始めた。
「待った。さっきの戦闘に続いて直接戦闘するつもり?ここは私が・・・」
「不満か?」
「当たり前だ、私をもう少し信頼してくれ!」
紫暮の体を心配し、そして、己に前線を任されぬのは先刻の戦闘の結果ゆえではないかと不安がる高坂。
対し、紫暮は。
「・・・私の背中を任せようというのだ。不服か?」
素のままの表情で、そんなことをいう。確かに、ウェスパシアヌスがどう見ても信用ならない以上、後方を守るものの存在は重要。

そして、背中を預けるのは、戦場における最大の信頼の証だ。

「・・・分かった!不服なんて無いっ!!」
にっ、と笑む高坂。
「さて、編成か・・・とりあえず、攻撃チームは紫暮と「刀」、それと新入り二人。防御チームは持久力と制圧能力、攻撃チームは機動力と打撃力か・・・」
呟きながら、高坂は視線をめぐらせる。それだけで、阿吽の呼吸でみなが反応する。


「僕がいこう。局地戦での戦術眼なら、一日の長がある。」
名乗りを上げたのは、まずは、真田梨香。
「わ、私も!」
続いて、ソネット=バージ。
「その二人だけじゃあ、火力不足だろ。」
そして、本田愛。
「・・俺も、いく。」
呟くは、ユキ。

「残りは・・・」
高坂に皆まで言わせず、代表して、ゆまが一言。
「おいしいお食事とベッドとお風呂を用意して待っております。しっかりお仕事なさってくださいませ♪」
いかにもメイドらしい所作で、一礼。

「よし。では、行く。帰るまで、待て。」
シンプルな、紫暮の返礼。
その傍に、当然のように「刀」が寄り添い。



状況は、進行する。



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