第一節「もう一つの開戦」


「鷹乃羽高校支部の支援・・・ですか。」
世界をほぼ一周し、各地のバリスタスを纏め上げ北洋師本部・神刺塔へと帰還したバリスタス大幹部、参謀「白き輪舞曲」。
彼に、第六天魔王悪の博士が折言った話を持ちかけたのは、丁度鷹乃羽高校支部においてエヴァンジェリストとの交戦が開始した直後、であった。
暗い部屋の中、彼の纏う白い装束が特に際立って見える。

「厳密には支援ではない。鷹乃羽高校支部が動けずにいる故、それに成り代わって成し遂げてほしい任務があり、それを行える幹部は現状貴殿しかおらぬ、ということだ。」
そう語るのは、悪の博士本人ではない。
博士は確かにその場におり、玉座に腰掛けているのだが、その口は閉じられたままだ。
否、閉じられているのは口だけではない。その八つある目の全ても、だ。すなわちこの時、悪の博士は睡眠状態にある。

博士の変わりに語っているのは、そのすぐ傍に控え立つ、黒いコートを着た青い髪、赤い目の少女・・・夢魔、レン。
ゴヤスレイ二号作戦以後、博士は消耗を避けるため、一日の大半を眠って過ごすようになった。ゴヤスレイ作戦での博士の消耗はかなり大きく、再度の暴走という事態を引き起こさぬため必要なことなのだが、それでは基地の運営が立ち行かぬ。
そこで、夢を操る力を持ち、博士の改造により喋ることができるようになったレンが博士の精神に干渉(無論これは博士が許容しているからできることであり、そうでなければ心理外骨格の精神内部への潜入は到底不可能である)。
眠りながら夢で指揮を取れるようにしているのである。
・・・博士の口調が少女の声音で再現されるのは、なんとも妙な光景ではあるが。

「栄光学院の分校のひとつに、ハウンドやシープドッグから吸い上げたデータが蓄積され、それを元に技術開発を行っていおるところがある。」
少女の声音で、博士の意思が紡ぎ出される。
「そちらにもエヴァンジェリストが攻撃をかけているようだが、恐らく陥落はすまい。だが我らがその隙をつけば・・・」
「成る程。」
博士の言いたいことを、瞬時に察知する「白き輪舞曲」。
いかなシープドッグが戦力として壊滅状態となったとはいえ、シープドッグの最大の脅威であった高坂疾子の頭脳がハウンドに加わったとなれば、エヴァンジェリストであろうとも抜くことはかなわないだろう。
だが、エヴァンジェリストとハウンドが噛み合えば、その隙に普段なら落とせぬだろう敵基地を叩ける、と。
「・・・ここでタロンに戦力の質を上げられる訳にはいかない。我らバリスタスの質の低下が目立っている以上、なおさら、な。」
博士の・・・正確にはその意思を語るレンの・・・声に、苦いものが混じる。
もともとバリスタスは、上級改造人間で兵力をそろえた現在では稀有な組織であり、その「質の力」で、これまで勝ち続けてきた。
だが、現在はどうか。急激な組織の拡大により、東南アジア、中近東、アフリカ、南米、滅人同盟をたたき出したオーストラリアを含め、ゾーンダイク軍本拠たる南極を除けば、事実上南半球全てを支配するといっていいまでにバリスタスは巨大化した。
だが巨大化が、強大化に直結するかといえば、否。
確かに人員は増えた。増えはしたが、その大半は簡易の量産型改造人間か、それよりもさらに単純なコネクテッドだ。新規参加組織にしても、十二天星のように上級改造人間で戦力をそろえているところはごくまれ。
現状でのバリスタスの戦力は、数こそ増えたが質は大幅に落ちた、といえるのだ。現状の各地での小競り合いでは上級改造人間が敵陣を引っ掻き回しその隙に簡易改造人間の軍団をなだれ込ませるという戦術をとっているのだが、それもまた問題がある。
古代怪人。ロード。新たなる敵のいずれもが、バリスタスの力たる上級改造人間と互角以上の能力を有している。また、一文字紫暮のような、突然変異的に強力な力を持つ者もいる。つまり、相対的な意味での戦力の質は、さらに低下していると言えるわけだ。
「アーク・オブ・ゼクターが起動したとはいえ、あれはあくまで外宇宙、ネオバディム同盟へと兵器を供給するためのシステムだ。残念ながら貴殿の作った兵器軍も、大半はネオバディムへの輸出ということになるだろう。・・・宇宙では、根源破滅招来からだの攻撃で、ネオバディムも宇宙傭兵協会も苦戦を強いられているという。新型強軍装・輝軍装を初めとする新装備は、やはり地球で使う余裕は無いようだ。」
レンの声で、博士は憂慮を語る。
木星の衛星軌道上にBF団、UNCRETの協力を得て開発に成功した、木星周辺の資源を使用してさまざまな物資・兵器を生産する自動生産プラント「アーク・オブ・ゼクター」
当初の予定ではこの戦争には間に合わないかもしれないといわれていたのだが、Dr剛を初めとする連合組織の各科学者を集結させ白き輪舞曲が結成した、参謀本部直轄研究局の力が予定を早め、何とか完成に至ったのだ。
それでも、宇宙の戦局の悪化が、せっかくの生産プラントの力を地球に振り向けさせない。
「セルペンドラは何とか形にはなりましたが、現状はまだ地球の地脈に沿って飛ばすのが精一杯で大気圏外の運用は無理、といったところですし・・・ね。」
ため息交じりで、白き輪舞曲も同意する。バリスタス最初にして最強の宇宙戦艦、セルペンドラはその特異な設計ゆえ、完成までにひどく手間がかかるのだ。
「分かりました。引き受けましょう。丁度新型の上級改造人間がようやくロールアウトしたところです。あれを連れて行きます。」
「・・・例のタイガーロイドをベースにした突撃戦闘特化型、という奴か。性能は大した物だが、改造対象者に若干の問題があるということだが・・・ふむ。」
白き輪舞曲の言葉に、博士そのもののしぐさで博士と意識をつなげたレンは腕を組み、考え込むしぐさをする。
そしてレンはつと博士の懐から通信端末を取り出すと、
「貴殿の設計により改良が終了したモチャ=ディック、並びに旧インバーティブリットの二人と、新型重量級水中戦闘用改造人間、魚雷ジンベイを指揮下に加えよ。問題の栄光学院分校は海岸に位置する。水中からのサポートができるものも加えたほうが良かろう。」
「・・・魚雷ジンベイ?」
悪の博士の意識を伝えるレンの言葉に、ふと白き輪舞曲は違和感を覚えた。参謀としてバリスタスの兵器・改造人間はその悉くを知っている彼であるが、そのような名前の改造人間、並びに改造人間開発計画は聞いたことが無い。
「我輩も最近存在を知った。村正宗めが独自に開発をしておったやつでな、完成直後に奴がああなってしまったため、今まで存在を把握していなかったのだ。最近資料を整理していて「発見」したのだがな・・・えらい長い間ほっとかれて心細かったと言われてしまった。」
・・・なんともはや。

ともあれ、二体の新型改造人間を指揮下にいれ、白き輪舞曲の作戦行動はスタートした。


そして、その栄光学院の分校では。
「愛っ、本田フレイム7秒放射!ゆま、まは、戦術機動2−5で迎撃!!梨香とテトラ、支援射撃、弾幕っ!!」
ハウンドと、一文字紫暮と和解した高坂の指令が飛ぶ。同時に、事前に決めて置かれた機動パターンに従って本多フレイムの終了後の隙をふさぐように動くゆまとまはを、真田梨香の暗黒式とテトラの機関砲が支援。
夜の闇を縫って飛び交う銃弾、きらめく刃。
「うわああああっ!?くっ・・・このっ!!」
分校に攻め寄せていたエヴァンジェリスト側は、その流れるようなコンビネーションの前に、手も足も出せずになぎ倒されていく。
それでも反撃とばかりにエヴァンジェリストたちも弾丸を光を炎を放つ、が。
「射撃停止、ソネット、シールド!!」
即座に高坂が指示、同時に反応したソネットが超能力による障壁を展開。攻撃を全てシャットアウトする。
ソネットの障壁の前に砕け散る攻撃。そして、ソネットの防御本能は、敵の攻撃を受けることによりさらに力を増すのだ。
「今っ・・・念動力反転、空気爆弾!!!」
反撃の転機も、的確に捉えられる。相手の攻撃が薄れた一瞬、ソネットは超能力を防御から攻撃に変更、圧縮した空気を一挙に開放することにより1トン爆弾にも匹敵する破壊力を生み出す得意技、空気爆弾を炸裂させた。
とどろく轟音。悲鳴を上げて吹っ飛ぶエヴァンジェリスト達。
彼らとて弱いわけではない。皆バリスタス側を襲撃しているのと同じ、上級エヴァンジェリストだ。
だがその力をもってしても、高坂という頭脳を得て連携速度が格段に向上したハウンドの敵ではなかったのだ。ハウンドの力とシープドッグの知の融合は、その能力を乗数的に増加させることとなった。
それでも、高坂疾子の表情に余裕の色は無い。
(っち!栞とフェルドランスがいればもっと楽に戦ができるっつのに・・・鳴海清隆、何を考えている!?)
六雇番最強で紫暮に匹敵する力を持つ「絶氷」の栞。エスパーサイボーグではない純粋な機械強化型でありながら、並のサイボーグを遥かに上回る能力を持つフェルドランス。
いずれも強大な戦力であるのだが、なぜか栄光学院理事長たるタロン大幹部、鳴海清隆は突如二人を手元に呼び、この海豚海岸分校の戦闘に参加させなかったのだ。
(あげく「刀」のデータ再収拾をこのタイミングでおっぱじめやがって・・・!)
当初、タロンの手に余る技術として「刀」村正宗の改造術式に関する研究は放棄されていたのだが、実戦でのデータがある程度蓄積したことにより、そこからの研究が可能になったと、この海豚海岸分校で「刀」の体の再度の研究が開始されたのだが、何もエヴァンジェリストの迫るこのタイミングで行わなくても、と高坂は思う。
それでも現状、高坂の巧みな指示で何とか紫暮の手を煩わせることなく戦闘を行っていたのだが。

「くそっ、これ以上・・・やらせるかよぉっ!!ティファァァ!!」
「分かった、ガロード!貴方に・・・月の力を!!」
エヴァンジェリストの側にも、気を吐く者が現れる。
味方が次々と討ち取られていく中、懸命にそれらを守る行動をとってきた、一群の中でも特に大型で鋭角的・攻撃的な印象を受ける鎧を纏う少年が飛び出した。
鎧の上からまた鎧を纏ったような重装甲、背中に開いた六枚の金色の羽、そして両肩から聳える二門の長大な砲門。
纏うは、滑らかなウェーヴを帯びる黒髪と、切れ長の瞳が印象的な少年だ。彼の声にこたえるのは、きれいに切りそろえられた前髪、長く、白いリボンで一本にまとめられた髪を伸ばした、神秘的な瞳の少女。こちらは、鎧を纏っては居ない。

しかし直後、少女が祈りをささげるようなしぐさをとった瞬間、光の柱がガロードと呼ばれた少年を包み込む。それは、桁外れの霊子エネルギーの奔流。
奔流は、夜空に輝く月からガロード少年の下へと降り注いでいた。
古来、月には霊力が宿るという。それは霊子工学的な事実であり、月世界には莫大な量の霊子エネルギーが存在する・・・その霊子エネルギーを操るのが、ティファと呼ばれた少女の力。
そして、その霊力を糧として放たれるのが、少年ガロードの上級エヴァンジェリストとしての最大の力・・・

「サテライトキャノンッ!!いっけぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
叫びとともに、両肩の巨砲から、放たれる桁外れの光。
「ソネット!」
「分かってますっ!!くううううっ・・・!!?」
その桁外れの力に、ほとんど悲鳴めいた声を上げる高坂。
ソネットもまた、全力で障壁を展開するが・・・
「これ以上、これ以上やらせない・・・やらせないぞぉぉっ!!」
「ううううううううううううううううっ・・・!!」
ガロードの気迫、ソネットのうめき。サテライトキャノンと超能力障壁が、拮抗し、押し合う。
そして、ぎりぎりのところでサテライトキャノンのエネルギー消滅と、ソネットの超能力障壁崩壊が拮抗した、と見えた刹那。

「今だぁぁぁっ!!海ちゃん!風ちゃん!」
「分かってるわ、光!」
「ええ・・・行きます!!」
一瞬の空白に身を翻し踊りこむ、鮮やかな三色。
赤い鎧を纏う、三編みの少女。青い鎧を纏う、ワンレンの少女、緑の鎧を纏う、ショートカットの少女。

「「「閃光の螺旋ッ!!!」」」

三人が同時に構えをとり、力を、放つ。初め炎と水流、疾風と見えた三つの力が溶け合い・・・先ほどのサテライトキャノンに匹敵するほどの光の奔流と化す!
「ッ!!?」
「しまっ・・・」
二段構えの攻撃に、ソネットの障壁の再展開は間に合わない。
それを認識したソネットと高坂が声を上げかけるが、それよりも早く、閃光の螺旋がハウンドを飲み込む。


「かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

かに見えた、刹那。

「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」」」
サテライトキャノン、閃光の螺旋すら上回るエネルギーの炸裂。それがただの気合のみであると、誰が信じるか。
鎧も纏わず甲殻も持たずの白い掌が、直撃すれば要塞にも風穴が開こうかという破壊力を弾き飛ばしたと、誰が信じるか。
「・・・紫暮さまっ・・・!」
ただハウンドとシープドッグ、栄光学院の者だけはそれを一分も疑うことなく信じられる。
それが彼女たちの主、シープドッグの長、一文字隼人の長女、一文字紫暮だと。

冷たい、されど激しい、凍りついた炎、とでも言うべき赤い瞳が、敵を睥睨する。
既に強化薬を服用したその五体は、タロン最強の力の具現。

「っ・・・」
ひとたび戦場に立てば、立ちはだかる者全てを全力で叩き潰す殺気。
最近の、「刀」と出会ってからの、やや丸くなった紫暮のことを好意的に思っていたゆまにしてみれば、少々つらいこと。
「おい、お前たち。」
同時にそれとはまた別の理由で、高坂もつらい思いを抱えながら、エヴァンジェリストたちに向けて宣言する。
「何で私たちが、必死に戦ってたか分かるか。」
紫暮に許され、心服して友となってから、高坂は紫暮の体について、調べていた。
そして、その中で得られた結論がある。
「お前たちなんて簡単に殲滅できるお方の、お手を煩わせたくなかった。それだけの、たったそれだけのことなんだ。」
・・・一文字紫暮の体は、最早それほど長く持たないだろうということ。
最強者たるため、長姉として妹たちの生活を守りいつか迎えに行くため、紫暮は限界を遥かに超える強化と大量農薬物投与を続けてきていた。その、知れきった結末は、バリスタスとの激闘により大きく近づいてしまった。
その消耗に、かつて敵対していたとはいえ己も組したという事実は、高坂にとってはひどく重い。
「詮無い事だ。「刀」はデータ収集中だ。私がやるしかあるまい。」
悔しげにうつむく高坂に、何でもないことのように紫暮は告げる。
「さて・・・いくぞ。」
赤い瞳が、彼女の敵を見据える。
「この、人っ・・・!」
その瞳を真正面から見た、赤い上級エヴァンジェリスト・・・獅堂光の全身に、戦慄が走った。


同時。出撃した白き輪舞曲。
「その魚雷ジンベイってえのとは、現地で合流するんだな?旦那。へっへ、海のもんとも山のもんとも知れねえやつが相方なのはいただけねえが、いよいよ改造人間として全力を振るえるとあっちゃあ、腕が鳴るぜい。」
夜の海沿い、道路を走る巨大なトレーラー。
その操縦席、シャツに腹巻、ついでにねじり鉢巻の角刈り無精ひげ親父という、いかにも長距離トラックの運ちゃんといった印象の男が、一応天魔王と並ぶ最高幹部たる参謀の白き輪舞曲に伝法な口調で話しかけていた。
この男こそ、改造人間マイトタイガー。もともと本当に長距離トラックの運転手だったのが、東京疎開戦闘で護衛の隙を突いて襲い掛かったグロンギの一隊に対し、避難民を守るためHUMAからちょろまかした特殊鋼性能爆薬をしこたま積んだトラックで特攻、同じくトラックを凶器にすることを好んでいたメ族グロンギ、メ・ギャリド・ギを初めとするグロンギと暴走オルフェノク数体を巻き込んで見事玉砕した剛の者。
その勇猛さを称え惜しみ、白き輪舞曲が改造を加え、配下となしたのだ。そしてこのトレーラーは、そのマイトタイガー専用ヴィークル・装甲トレーラー「暴帝」。今まで白き輪舞曲が手がけた各種車両の中で、装甲はトップクラスである。
「・・・ジンベイザメの改造人間なのだから、「海のもん」だろう?マイトタイガー。モチャ=ディック改と一緒に回航してくるそうだ。現地の海豚海岸で、魚雷ジンベイ他インバーティブリットのマルレラ・パラドキシデス両名と合流する。」
マイトタイガーの言葉に軽い冗句を交えて答えながら、白き輪舞曲は助手席で専用強化装甲服を着用していた。
同時に、装甲服のシステムを作動、周囲に事前に配置させておいた監視システムと同調させる。
(・・・存外早くエヴァンジェリスト側が劣勢になったな。とはいえ反HA組織「フリーデン」のガロード=ラン他、東京疎開地で暗躍していた「特殊な」エヴァンジェリスト、獅子堂戌子が見出したという連中。そう易々と壊滅はすまいが・・・)
予想外に速い状況の展開。
しばし、今後の作戦について考える白き輪舞曲であったが。
「って、ああっ!マイトタイガー、前っ!!」
「え、何!?」
不意にぎょっとして叫ぶ白き輪舞曲。直後気づくマイトタイガー。
道路のど真ん中に、少女が立っている!?

ドガッ

「・・・は、撥ねてしまったぞ・・・」
「で、デコトラとトレーラーは急には止まれねえんでさあ・・・」
何かが吹っ飛ぶような、重い音。装甲トレーラー・暴帝は通り過ぎ、少女の姿は掻き消えた。

「ンなこと言ってる場合か!おい、大丈夫か!!」
あわてて飛び降りる白き輪舞曲。何しろ、車両が車両だ。下手しなくてもまず即死である。
民間人を撥ねて死なせたたとあってはバリスタスの名折れ、最悪改造人間手術を施してでも助けなければ・・・と思った白き輪舞曲であったが。
「・・・いない?」
少女は、どこにもいない。服のきれっぱしひとつ無い。血が流れた様子は無い。

風が、吹き渡った。

周囲を見回しながら、暴帝の正面に回った白き輪舞曲。
ふと、気づく。暴帝の正面装甲。無論、重装甲には傷ひとつ無い。
が。

そこについた、土がついたことによる、靴の足跡。
それはまるで、そこに誰かが足をかけ、跳んだ、ような。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
直後、上空から襲い来る、刃と殺気。
白き輪舞曲は見た。
上品そうな、スカートの長い学校の制服。その華やいだ雰囲気とは大違いの、色素の薄い鋭い目。翻る、やはり色素の薄い長い髪。白い肌に包まれた肢体は、まるでそれ自体が刃物のように鋭く研ぎ澄まされているようだ。
両手に、ナイフを二丁。ハンティングナイフとフォールディングナイフ。

十字に組み合った刃が月光に影を作り、少女の顔に十字架を刻んでいる。

「HAの正義と、新世界のために。」

一瞬、世界が静止したかのように思えた。
それほどの殺意、そして、それほどの美しさ。

「逆賊、誅すべし。」


そしてバリスタス、もうひとつの戦いが、幕を開けた。

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