最終節「デウス・エクス・マキナ」
「なっ・・・やるっ!まさか、ここまでとはっ!!」
常人には認識すらかなわぬ超高速の領域で干戈を交えながら、カーネルは心底驚嘆していた。
(信じられん・・・片翼を失っているというのに、まして先ほどから何やら大規模な霊的干渉が行われているというというのにっ・・・)
熾烈なまでの、綺羅の戦ぶりに。
「うおあああああああああっ!!!」
(前より速い!!?)
すさまじい気迫で、カーネルを「止める」べく挑みかかる綺羅は、二度目の戦いでカーネルに圧倒されたのが嘘のように、互角以上にカーネルと渡り合っていた。
本来戦闘能力が落ちていて当然の状況で、だ。
否。実際、速度自体は前よりは落ちている。だが、カーネルの体感として、以前よりも早く感じられるということ。
すなわち、技の切れが劇的に向上しているのだ。
「遺伝子の命じるがままの動きだけではなく、そこに己自身の判断で変化・緩急をつけるとはっ!!」
以前の、最適解であるがゆえに読みやすかった戦闘行動と違い、今の綺羅はそれに意識的な干渉を行い、より複雑な戦闘行動をとっている。それが体感としての速さの秘訣。
それはまさにカーネルと綺羅が互角に戦いうる唯一手であると同時に、作られた人形ではなく一人の人間の戦士として戦う覚悟を固めた綺羅の精神の力の具現、でもあった。
だが。
たった一回の戦いと僅かなカーネルの言葉だけでその答えにたどり着き。
あまつさえ、いきなり実行してのけるとは。
「まったく、なんて飲み込みの速さだ!私の馬鹿弟子にも見習ってほしいところ・・・くっ!!?」
一文字達也相手の訓練でなかなか成果が出なかったカーネルとしては、驚嘆するほかはない。
だがその驚嘆すら押し流すほどの勢いで、綺羅の攻撃は加速していく。
「仮初とはいえ仲間だった皆の命のためにも・・・既に浴びすぎるほど血を浴びた貴方のためにも、ここで止めるっ!貴方を斬れば悲しむ人もいるだろうけど・・・それでもここを通すわけにはいかないんだっ!!」
鋭い覚悟と・・・そしてそれでも失わぬ複雑だが堅牢な優しさを、甘さではない強さを帯びた言葉とともに、綺羅が操る光の刃を加速させる。
「っ・・・よく、やるようになった、綺羅!だが一体、何故だ!お前が冥夜に告げられた真実とは何なのだ!?戦いは終わると言った・・・ならば何故今ここで私とお前が刃を交えねばならぬ!!」
既に、戦いは完全に綺羅優勢となっていた。しかしカーネルもまた最後の力を振り絞り、剣戟の中無謀とも言える、問いを発する。
悪の博士と影磁の合作にして、「刀将」村正宗の完成以前はバリスタスにおいて蠍師匠と並ぶ白兵最強と称された存在、その底力と矜持がかかる無謀を可能とし、そして未だ綺羅との戦闘において決定打を許さず食い下がりうる力となるのだ。
「それが明かされる時が、冥夜さんの計画・・・いや、願いが潰える時だからだ!明かされざるままにあの人は、全てを終焉させて消えるつもりでいる!」
されど綺羅の叫びもまた熾烈。
「だけど、その苦しみに耐え切れぬ彼女の嘆きを僕は知ってしまった・・・そしてそれ故あの人は、自分が助からぬまでもせめてと、仲間の命を僕に預けたんだ!貴方達を信じて!だから・・・」
そしてそれは、彼の葛藤の精一杯のライン上において極めて漠然とぼかされてはいるが、ウテナ、そしてJUNNKIが感じていた疑問の「答え」でもあった。
「っ・・・!?」
しかし、敵に捕らわれていたがゆえに総合的な「流れ」を見れずにいたカーネルにとって、そのヒントのみで答えにたどり着くのは、少々難しかった。
綺羅や、その綺羅を自由にさせている冥夜の態度。そこから、何とか類推しようとして。
答えに手が届きそうになるが。
「しまった!?」
それは、その思考は、決定的な隙。綺羅の光刃光弾に交えられた蹴りで、防御のため交差していた両腕が跳ね上げられる。
この時点でカーネルには、がら空きになった胴に綺羅が光の刃を叩き込むことを阻止する手段は無くなっていた。既に、アルティメットブラックに変じるだけの時間もない。
(無念、義父上、磁力、優っ・・・!)
悲鳴を噛み殺す。せめてもう一度会いたかった人たちの名を、想う。
希う。
綺羅に殺されてやりたくない。彼が覚悟を決めたことは正しいが、ここでこのような流血は正しい結末とは到底いえない。そうでなければ。
そうでなければ、熾烈な覚悟を固めた綺羅が、瞳を涙に潤ませているはずはないのだから。
「これで終わりっ・・・!」
(終わってしまうっ・・・!)
心は覚悟を決めている。苦悩に満ちた己の生涯に、鋭い刃と熱い心で新たな道を示した人に、その道の果てとして刃を叩き込む覚悟は。
されど想う。殺す覚悟と、殺したくない思いとは、やはり別のものだ。今の綺羅にはその両者を両立させるだけの強さがある。だができれば、冥夜の計画が終わる時まで、決着をつけぬまま切り結んでいたかった。実際、そうできさえすればそれで問題はないのだ。だが、ここを逃して、このチャンスを生かさず、最後まで戦って、果たして本当にそんな奇跡的結末にたどり着けるかは、疑わしい。
希う。
カーネルを殺してしまいたくない。戦う覚悟を貫き通すつもりではある。今後、何があろうとも。だが、それでもこの局面、奪わないでも済んだかもしれぬ命を奪うのは、最上の結末なんかではないことは分かる。
なぜならば、あんなにも悲痛な、それでいて自分の命が失われる恐怖ではなく、悲鳴をかみ殺し、自分が死んだことで悲しむ人のことを案じている目をした少女を、殺していいはずなどありはしないのだから。
故にその一瞬、二人は希った。
打ち続く理不尽な悲劇に幕を引く、そんな存在を。
「だありゃああああああっ!!!」
そして、それは現れた。蛮声を上げ、跳び蹴りの姿勢で。
デウス・エクス・マキナ。
最高位の魔導書によって召還される、人の手になる鋼の神。鬼械神。
それは、もともとのこの言葉の意味ではない。
デウス・エクス・マキナの真の意味は、古代ギリシアの演劇用語だ。
意味はそのものずばり、仕掛けとしての神。機構としての、装置としての神。
演劇が収拾のつかない、終わらせようのない状況になってしまったとき、神様を出して都合よく強引に物語を終わらせる、一種のやり方だ。
いわゆる、ご都合主義的結末というやつなのだろう。
だが。
強引だろうが無茶苦茶だろうが、それでも犠牲を撒き散らし惨禍を巻き起こし続ける、どうしようもない現実という名の終わらぬ三流悲劇を終わらせるために。
黒髪黒衣に白マント、手にはサーベルめいた鋭いステッキ、バイザーの下に眼光激しき瞳を宿す美しき少女という姿の、エンジェルナイト=ラピティア、与謝野緋奈という名前の、デウス・エクス・マキナが光臨する。
ご都合主義でもかまわない。ここからは幸せな結末へと一直線だとばかりに。
傲慢に。されど、猛々しく。
「っ!!?」
打撃音高く、唐突に脇から飛び込んできた緋奈の跳び膝蹴りは、いっそすがすがしいような音を立てて、綺羅の即頭部に直撃した。
もんどり打って倒れる綺羅。無論その拍子に、彼の構えていた光の刃はしあさっての方向にそれたあと、維持できなくなり消滅。
カーネルは、無事。
綺羅は・・・目を回してはいるが、やはり無事なようだ。
「・・・生きていたか、緋奈。」
着地する黒衣の魔法少女に、カーネルは呟く。
驚嘆と、安堵と、そして、予想通り、といった感情の混じった声音。
信じられないという思いと、当然だという思いが、カーネルの中では交錯していた。
生きている可能性なんてどこにもなかった。
だが、死んでいる理由もまた、どこにもなかった。
仮にも彼女は、義父、第六天魔王が認めた人間の一人。
まして、轡を並べた中であるカーネルには、肌で実感できる。
与謝野緋奈が、あの程度で死んだりするものか、と。
「ああ。遅くなっちまったな。状況は、さっきそこにいたカノンに全部聞いた。」
「『エヴァンゲリオン』カノン=ヒルベルトに!?」
驚くカーネル。正直、カーネルも飛び出したばかりで状況がよく分かっていないのだが、そしてそれゆえに緋奈が情報を持ってきたことはありがたいのだが。
その出元がカノンというのに、カーネルは驚く。
「何で、カノンが、だってあいつは・・・」
「鳴海歩と戦って、決着ついて負けたってさ。もうこれ以上敵対するつもりはない・・・ってよ。」
カーネルの疑念に対して、すぱりと
「それよりも今は、私は先を急ぐんでな。そいつは頼んだ。」
「た、頼んだってちょっと、お前な」
「じゃあな!」
皆まで言わせず、とっとと走り去ってしまう緋奈。白いマントが、ひらり翻る。
そして取り残されるカーネルと、まだ目を回している綺羅。
「・・・まったく。」
既に転身状態が解除された綺羅の華奢な体を見下ろし。
「また妙なもの背負い込むことになったな。・・・さしずめ弟子二号ってとこか?」
カーネルは、悪感情のないため息をついた。
「・・・・・・」
そのころ。
鳴海歩と戦い敗れたカノンは、呆然と空を見上げていた。
だがその呆然は、全てを失った虚無のそれではない。
あまりにも美しいものを見た、感動の故の呆然だ。
自分の問いに対し、鳴海歩の語ったこと。命すら超えて生きる、魂でもって肉体の限界を踏破する生き様。
殺そうと思えば殺せたと、自惚れではなくカノンは思う。カノンの能力と歩の能力はきわめて類似しているが、防御障壁の強度、武装の攻撃力、そして本人の戦闘経験と才能、いずれも客観的に見てもカノンのほうが上であった。
だが。
それでも、唯々諾々と運命に恭順した自分と比して、あまりにも美しいその生き方に対して、カノンは抗うすべを持たなかった。
猛禽の如しと例えられる鋭さも戦闘能力も運命の嵐にはただ翼を閉じるばかりだったものを、相手は嵐に負けず懸命に羽ばたいているのだ。近づけようはずもない。
そして、その後に現れた、あの女。前の戦いでも敗れこそしたものの最善手を尽くし、今また現れたその姿は、あの時よりもさらに格段に強くなっていた。
カノンから情報を得ると・・・最早、むしろ協力したいとすら思っていた・・・地獄の戦場へと意気揚々と駆け込んでいった、与謝野緋奈。
その先に待つ全てを、己が終わらせて見せると。
「勝てないわけだ・・・」
上級エヴァンジェリストとしてバリスタスと戦っていて、どうしても分からなかった謎を、今なら素直に理解できる。
何故、戦力的に勝っているわけでもないバリスタスとその仲間たちが、かくも戦えるのか。
(悪魔は幸せになっちゃいけないっすか?)
頬を涙が伝う。いまさらになって思い出した、いまさらになって意味を知ったひとつの言葉。
自分をエヴァンジェリストにした天使、美紗。落ちこぼれで、優しすぎて、敵にすら幸せを与えようとして、そしてカノンによって討たれた異端の天使の言葉。
防御障壁と鎧で幾重にも守っても、過剰なほどの武装をしても、いつも何かの力が欠けているような焦燥を抱いていた、その理由。
優しさの生み出す力。
それが、カノンには、そしてカノンたちには欠けていた。
「まったく・・・嵐を恐れる者にはどうしようもないはずだ。嵐の中をも飛ぶ者と・・・飛べもしないのに、他の鳥が迷惑しているからって嵐相手に喧嘩を売るような奴が相手では、な。」
未だその瞳は涙に濡れていたが。呟くその口元、僅かに、微笑みが宿った。
「うああああああああああああああああっっっ!!!」
「遼っ、子ぉぉぉ!!!」
決着が、つく。
JUNNKIたちとの攻撃でただでさえあゆの力で減った力をさらに損耗させた冥夜。その一瞬の隙を、横合いから遼子が捉えた。
全力を振り絞っての鋭い一撃。磨きぬかれた、たとえ肉親、姉であれ、天の下僕として仲間を襲うならば戦うという決意を結晶させた、遼子の一撃。
その悲壮な決意をあおるような、狂笑を乗せての冥夜の反撃。
だが、紙一重、遼子が先んじた・・・否。
冥夜の刃は遼子に届くと見えた瞬間に、慣性を全力で殺し、その場で停止した。
(っ!!?)
その事実に気づき、驚愕する遼子。
なぜならばそれは明らかに冥夜の意志。
その意図するところは。
瞬間、遼子は見る。
冥夜の、例えようもないほど優しく・・・そして寂しげな笑みを。
(お姉ちゃん、死ぬ気!?)
だが、遼子の刃もまた、冥夜には届かなかった。
「・・・間に合ったあああ!!」
刃の交錯に一瞬早く、飛び込んだ黒と白をまとう影。
緋奈。
与謝野緋奈。
死んだはずのエンジェルナイトが、サーベル型ステッキで遼子の刀を受け止めたのだ。
「なっ、」
「緋奈、」
「嘘、」
「生きて、」
「たの!!?」
その場にいた全員が、驚きに叫ぶ中。
「・・・まさか、これほどまでの短期間に回復し、あまつさえ駆けつけてくるとは・・・」
冥夜の反応だけが、違っていた。
確かに驚いている。
だがそれは、「予定が狂った」という意味合いが強い。
最初から緋奈の生存は知っていたが、という。
戸惑いと、困惑と、不安が、声を曇らせる。
「・・・まさか、は、こっちの台詞だ。」
対する緋奈の声は、怒りの色。
だけどそれはひどく純粋だ。それも、良い意味で。
憎悪も、嫌悪も、怨恨もない。
ただひたすらに激しい、子を思い叱る母を思わせる怒りの色。
「冥夜まさかお前が、最初から敵も味方も、バリスタスもエヴァンジェリストも、一切合財まとめて騙してたとは、な。」
何だって、と。
その、提示された言葉への戸惑いと疑問は、まさにその言葉どおり、一切合財、敵からも味方からも、エヴァンジェリストからもバリスタスからも漏れ出た。
「バリスタスからしてみれば、敵がわざと負けようとしているなんて思うはずが無い。エヴァンジェリストからすれば、自分たちの大将が敵に負けるために行動しているなんて思うはずが無い。その思考の隙を突いて冥夜、お前は・・・」
そして、緋奈はこの戦いをずっと答えを口にする。
「エヴァンジェリストとなってからずっと、獅子身中の虫として、エヴァンジェリストを負けさせる為に行動していた・・・違うか?」
それは、答えにして問い。
あまりに、荒唐無稽な。
「・・・やはり気づいたか。だから、お前にはこの戦場にいてほしくなかったんだ。」
だが、冥夜は、それを認めた。
「私とお前は、似たようなもの、だからな。けれど、あそこでお前が私を殺しきらず、気絶したのを人に預ける・・・なんてまねをしなければ、正直気づいたかどうかは怪しいぞ。大方、」
不意に天から力を与えられ、それでも尚、武と侠という違いこそあれど古風な倫理を守っていた者同士の、それは奇妙な共感。
「綺羅に部下を守るよう言い残したり、内心ではお前、エヴァンジェリストのほうもできるだけ殺したくなかったんだろうしな。バリスタスならば、頭目を失い敗れたエヴァンジェリストたちを捕らえこそすれ殺しこそしないだろうから、自分が敗死し覚悟を決めた綺羅がだんまりを通せば、全てが闇に葬られ、その上で何も知らぬままエヴァンジェリストたちは最小限度の被害でバリスタスの軍門に下る・・・自分ひとりの犠牲で。そう考えたんだろ。」
「・・・そうだ。」
静かな緋奈の言葉。
冥夜が、頷き。
「この、馬鹿っ!!!」
直後、頷いた冥夜の顎に緋奈のアッパーカットが炸裂した。
「っ・・・」
倒れはしたが、無言で堪える冥夜。
「・・・確かに、非効率で、無茶だ、とは、認めるよ。だが・・・私は、上位次元の所業を悪と見なせても、それと戦い勝利するほどの力は無かった。何もかもを一色で塗りつぶすことは悪と思うが、その凶暴な一色に抗う力を、私は未熟故もてなかった。戦っても、せいぜい上位エヴァンジェリストを数体道連れにする程度がせいぜい。だから・・・」
「やかましいこの大馬鹿!!!そんなつまらないことはどうでもいいんだっ!!!」
冥夜の言葉、彼女の苦悩の決断を、しかし緋奈は蛮声で吹っ飛ばす。
さすがに目を白黒させる冥夜に対し。
緋奈は苦々しい表情で、ただ軽く顎をしゃくって示す。
「・・・あ・・・」
涙を、ぼろぼろ、ぼろぼろと流しながら、ただ立ち尽くす・・・今までの衝撃と苦悩と決意全てを涙と変えて立ち尽くす御剣遼子の姿を。
さすがに、これは、何も言わないでも分かる。
冥夜の決意は、熾烈な美しさを持っていたが・・・あまりにも、自分を軽んじ、自分を想う者への配慮に欠けていた、と。
同時、校内各所。
がらがらと、武器を取り落とす音が響き渡る。
それまであるいは逃亡し、あるいは抗戦していたエヴァンジェリストたちが、次々と武器を捨て、投降をし始めていたのだ。
「ふむ・・・死んだはずの緋奈君が突然現れ、校内放送につなげられる小型マイクをよこせ、といったときは驚いたが、成る程こういうことか。」
その要求に答え、緋奈の服に校内放送に周囲の音声を実況するよう仕掛けた小型のピンマイクをつけてやった林水は、納得のため息をつく。
「ひなひな・・・生きとった、生きとったんか・・・!!」
「ううっ、うぇえええええん・・・」
そして、強化外骨格を纏った圭一と、支援活動を行っていたミウルスが、それぞれ別の場所で歓喜に泣き崩れる。
冥夜にいたるまでの、校内の道を駆け抜ける緋奈を、二人とも確かに見ていたのだ。
「・・・済まない。」
ぽつりと、冥夜。
「・・・冥夜お姉ちゃんの、ばか。」
「・・・ごめん。」
「お姉ちゃんの考え、分かるよ。けど、だめだよ、やっぱり。」
「分かってる・・・」
姉妹の、静かな会話。
それに、緋奈は補足をひとつ。
「もっとも、私が割り込まなくても冥夜、お前の死、という結末は無かったろうけどな。」
にやり、笑う。
そのときになって初めて冥夜は気づいた。
遼子が手にしている刀。その、特殊な形に。
「逆刃刀真打、だと・・・明治、飛天御剣流、「不殺」緋村剣心が使った・・・」
通常の刀と、刃と峰が逆になっていて、切ればかならず峰打ちとなる、殺さずの刀。
バリスタス、JUNNKIが、姉と戦う覚悟を固めた遼子に与えた武器。
そこにこめられた意味は、言わずもかな。
「大方JUNNKIやウテナも、うすうすだが怪しんでたんだろーな・・・って、おい。」
と、緋奈の語りを聞き流し、冥夜はつと立ち上がり、遼子に背を向けた。
「嬉しいぞ・・・奇跡みたいだ。」
震える、冥夜の声。
その色は、喜びの涙。
「緋奈、遼子、皆、本当にありがとう。」
だけれども、同時に。
それは、死の覚悟。
「最後に、私の心を救ってくれて。」
同時、歪む空間。満ちる、異界の理。
・・・現れる、異形の神兵。
「フシュウウ!!!」
モルゲンステルンと盾で武装した、強壮で強大な、甲虫と人間の要素を持ち、その両者を超越する上位次元生命、ガーライルの下僕、ロード。
スカラベウス・フォルティス。
「シャアアアアア・・・」
以前九州に出現し、アバドーンとライダー二号が相打ちとなった後に撤退した、アント・ロードの無数の軍団を支配する女王蟻・・・フォルミカ・レギア。
槍を構え、スカラベウスを護衛とするようにして出現する。
「お姉ちゃんっ!?」
「監視!?」
遼子、そしてJUNNKIが叫ぶ。
冥夜が死の覚悟を決めていたのは、これゆえか。裏切りを許さぬよう、裏切った者を消すよう、監視するロードの目。
しかも、二体ともエルロードではないが、それに追随するほどの、ロードの中でも特に上級の能力を持っているのがありありと見てとれる。
「粛清・・・!!」
ただそれだけを告げると、モルゲンステルンを構えるスカラベウス。
それは、覚悟の上だったのだろう。そしてその一撃を、己が食い止めることができないことも。
だが、次のフォルミカ・レギアの行動は、冥夜の精神に戦慄をもたらす。
「浄化・・・!」
ガーライルの力を宿す槍・黄泉の鐺を掲げ、そこだけ人間めいた構造の唇で宣言するレギア。
同時。
「うわあああっ!!」
「きゃああっ!?」
「シュウウウウウウ!!!」
「フシャアアアアアアアア!!」
満ちる悲鳴と、唸り声。
鋭い牙と爪を光らせる無数の軍兵、黒のアントロード、フォルミカ・ペデス。
大鎌を振りかざしその各部隊を指揮する、赤のアントロード、フォルミカ・エクエス。
ロードとしての能力は低いほうだが、それでも十分圧倒的な力を持ち、そしてそれをもって周囲を制圧する圧倒的な物量を持つ、レギアが指揮する上位次元の軍団。
それが、あたかも一体一体が各エヴァンジェリストを処刑する機会をうかがっていたかのように、鷹乃羽全域を制圧する勢いで大量出現する。
「馬鹿な、裏切ったのは、私一人っ・・・」
「汚染対象、汚染源・・・殲滅!!」
悲鳴の如き冥夜の疑問、砕くは冷徹なスカラベウスの宣告。
己等の世界のために戦った者を、一片の容赦もなく病悪と切り捨てる。その冷徹さは、冥夜の自己犠牲の覚悟を打ち砕く。
そして、振りかざされるモルゲンステルン。一切を粉砕する、凶悪な棘と質量の塊。
それが、強大な装甲と、強壮たる威力に満ちた、上級ロードの腕もろとも、あっさりと床に落ちた。
「え・・・?」
「シュ・・・」
殺されるはずだった冥夜と、殺すはずだったスカラベウスが、同時にひどく間抜けな声を上げる。
再びの、そして、これからも続く・・・
奇跡に。
「私は今、怒っている。」
奇跡を行った少女、与謝野緋奈は、そう呟いた。
その手に持たれたステッキは、たった今ロードの腕を紙細工でも裂くように切り飛ばしたそのステッキは、桁外れの・・・今までの緋奈=ラピティアの必殺技たるスターセンテンスやエンドオブルーインの何百発分かというような高濃度の霊子エネルギーの刃と化している。
「ギシュ・・・!!」
反射的に、左腕の円形シールドの淵に仕掛け鋸刃を出現させ、それで緋奈を切り倒そうとするスカラベウス。
「こんなにも自分の命を軽く見た冥夜の馬鹿さ加減に。そんなにも冥夜を思いつめさせ、用済みとなれば自分たちのために戦った者たちもまとめて雑菌を消毒するかのように殺そうとした、上位次元の非道に。」
その腕を、シールドごと、いつの間にか左手に持っていた、エンドオブルーインを使用するときに通常拳銃を変化させたのと似たような、だがさらに戦闘的な印象の拳銃でぶち抜き吹き飛ばし、緋奈は話し続ける。
交差した二本の腕が、逆十字を形どる。神への、反逆の刻印。
「そして、ミウルスを泣かせ、圭一に戦いを決意させ、今の今まで戦いに参加すらできなかった、よわっちい私自信に、私は今までに無いほど怒っている!!!」
果たしてそれは、右手の刃の閃きか、左の銃の轟きか。
その場にいた誰もがわからぬほどの速度で、スカラベウス・フォルティスが砕け散った。
「れ、霊子エネルギーが際限なく上昇してる・・・っ、まるで、いや、本当にそうなのか、緋奈が怒れば怒るほど、無尽蔵に霊子が湧き出しているのか!?も、もう軽量級の鬼械神くらいのエネルギー量だぞっ・・・!?」
己の改造された感覚器官の分析結果に、青くなるJUNNKI。
それほどまでに、桁外れだ。軽量級の鬼械神といっても、通常数十mの大きさで具現化する鬼械神と違い、緋奈は人間大。力の密度が圧倒的に違う。
「こ、これが緋奈の・・・司天マリアクレセルと第六天魔王に認められし、最強のエンジェルナイトの力!?」
冥夜が叫ぶ。
義侠の元、憎悪も怨嗟も超えていく、正しき怒りを力へと変える。それが、緋奈の力。
冥夜たちと戦った時のあれは、本領発揮には程遠い状態、だったのだ。本気になったときの緋奈=ラピティアの力は、光速すら超える。
「おい、アントロードの女王。」
緋奈の背中にはためく白いマントが、光の羽へと変化する。
どんな天使も及ばぬ、美しく力強い羽へと。
「全員だ。お前の部下、全員私にけしかけてこい。さもなきゃ、秒殺だ。・・・いや、しても同じかもな。」
この場に満ちる敵全てを引き受けるとの、大胆不敵、不遜傲慢なる宣言をする緋奈。
しかし、その黒き瞳に宿るは昴星の光。夜の極星、懸命に光る数多の星を導く、この世全ての富と威を司る昴星と悪の博士に比喩されし輝き。
「フッ、フギャアアアアアアアア!!!!」
決して惑わず、怯まず、恐れぬはずの神の尖兵が、恐怖の叫びを上げた。
同時、学校中に展開していたアントロードの軍団が、たった一人の人間を抹殺するために結集、殺到する。
強酸に塗れたペデスの爪牙が、所かまわず襲い掛かり。
上位次元の霊子金属で出来たエクエスの大鎌が、超常の速度で人体のあらゆる死角から同時に襲い掛かり。
「ひとつ、謝っておく。」
全て、緋奈の刃と銃弾によって砕け散った。
ロードの甲殻と武装の破片が舞い散る中、黒衣の少女は静かに告げた。
「お前たちは、えげつなさ過ぎた。残念ながら、私の作る「ご都合主義の結末(ハッピーエンド)」にゃあ、連れて行けないね。・・・潰す!!!」
どこまでも優しくなれる瞳に、無限大の猛々しさを乗せて、緋奈は進む。
ロードの軍団を、蹴散らしていく。
現実という三流悲劇の「あるべき帰結(バッドエンド)」を、ぶっ潰していく。
荒唐無稽に。
格好良く。
ちなみに全てが終わった後。
「悪いがな、神の下僕。物語はいつも、めでたしめでたしで終わるってのが・・・人間の世界のルールなんだよ。」
とロードの躯の山上で大見得切った緋奈は、大暴れしたせいで前に冥夜にやられた全身の傷口が一気に開いて水芸のように血を噴出しながらぶっ倒れ、バリスタス謹製の回復薬液カプセルのご厄介となったのだが。
そんなオチ(結末)もひっくるめてで、そこには確かにハッピーエンドが存在していた。
ミウルスの、圭一の、冥夜の、遼子の、カノンの、綺羅の、マッシュの、舞の。
そして、緋奈の。
笑顔という、形で。
戻る