第六節「変わる戦況、変わる心」


バリスタスとその仲間たちのエヴァンジェリストたちとの最終決戦は、開始早々意外な展開を見せ始めていた。
エヴァンジェリストの数と質にまかせた全力攻撃によるバリスタス側の苦戦、ではない。

意外なことに、エヴァンジェリスト側に大混乱が巻き起こったのだ。

「な、何だ!?能力の出力が上がらないっ・・・!?」
「うそっ、この程度で私の装甲が・・・!」
突如エヴァンジェリスト側で、全エヴァンジェリストの能力が減衰するという事件が発生していた。
中でも致命的だったのが、アクメツに起こった影響だ。
「さ、再分裂が利かねえっ!?どうなってやがるんだあっ!?」
目をむくアクメツ。彼の能力である多重同時存在、それ自体が打ち消されたわけではないのだが、すでに分裂していた分はそのままだが、それ以上の再分裂がきかなくなってしまったのだ。
こうなれば、やられればやられた分減っていくことになり、今までのような無限の制圧能力は失われていた。随伴歩兵たるアクメツがいなくなると、それを利用して有利に戦いを進めていた各上級エヴァンジェリストたちも不利になる。まして、今は能力が落ちているのだ。

「何だかわからねえが、いけるぜ、達也!」
「おお、留美奈!!」
「JUNNKI!」
「分かってる!全軍突撃だっ!!」
千載一遇の好機を逃すような実戦慣れしていない者はもはや存在しないバリスタス側が、それを見逃すはずもない。
繰り返された激闘での疲労もなんのその、勇躍挑みかかり、押しまくる。
「達也、私に任せて・・・はあああああああっ!!!」
中でも、ようやく能動的に戦闘に参加することになった小松崎蘭の力は凄まじいものだった。
赤く髪を逆立たせ、不可視の力を自在に振るう彼女は、広範囲を一度に攻撃する能力においては改造人間にすら勝る。桁外れの力で、産を乱した敵軍をなぎ払っていく。
「大丈夫か、蘭!」
「うん、大丈夫・・・!達也が強さをくれたから!」
達也の答えに凛々しく答えると、蘭は今までの不安定さと弱弱しさを払拭した所作で、敵を撃破していく。
激しい訓練をこなし、最前線で戦う達也の姿は、確実に蘭の心に良い影響を与えたようだ。
(まあ、俺も・・・俺だけで得た強さじゃないけどな)
そんな蘭の言葉に、達也はふと笑う。彼もまた、激しく熱く戦い抜くバリスタスとの出会いにより、戦う心の強さを得た。
今ではバリスタスより、そういったバリスタスの仲間のほうが、この線上が多い。
(それがあいつらの、本当の力なんだろうな)

「それにしても・・・」
「ああ、まさか、な。」
そしてJUNNKIは、こんな中であるにもかかわらず再び自ら切り込んできた冥夜とにらみ合いながら、同時にこの事態を発生せしめた要素に驚嘆していた。
それは、冥夜も同じだろう。
それどころか。
「ぼ、僕も驚いたよ。けど、見える。今なら・・・冥夜さんたちエヴァンジェリストの力の源の流れがっ!!」
本人も驚いていた。
月宮あゆ。それが、このバリスタス優勢を招いた少女の名前。
JUNNKIのアイテムで、オルフェノク三人はいずれもパワーアップを遂げた。今も秋子さんや美汐とともに、敵を迎撃し戦果をあげている。
だが名雪、真琴のパワーアップがあくまで戦闘能力が上がった程度だったのに対して、あゆのパワーアップは異質であった。
能力の幅と力が、一気かつ桁外れに上昇したのだ。
「霊子の密度が濃すぎて計測しきれないが、これは、あゆがエヴァンジェリストが使っている霊子エネルギーを操ってる、のか!?」
「くっ、ゴッドチャイルド=アスカが狙うわけだ、これほどとはな!こんな力が存在すれば、成る程上位次元の戦略は瓦解する!」
JUNNKIの驚きと分析に対し、冥夜の驚きは・・・既知のものであった。彼女は、この力を知っていて、その上で実際に目の当たりにして驚いているということになる。
「なっ、知ってるのか!?」
答えが返ってくることを、期待しているわけではないJUNNKIの問い。
だが意外にも・・・答えは返ってきた。
「エンジェルオルフェノクの力は、アストラルラインの操作。今までロードたちがわずかな数しか出てきていないのは、様子を見ていることもあるが、古代にロードやエヴァンジェリストのエネルギー源である神聖霊子をアストラルラインを制御して生み出す力を持つ死のエルロード・サリエルが堕天して、エネルギー不足だったせいもあるのだ。手に入れられれば上位次元はかつてのように大量のロードを地上に出現させることができるが、敵に回せば逆にロードもエヴァンジェリストもまともに戦えん。最も、今の段階でも力はまだ完全ではないようだが、な。」
「いいのかよ、んなこと言っちまって。自分たちの弱点をばらしてどうする気だ?」
「ふん、冥土の土産というやつだ。」
「不利な状況にあるのに、か?」
「くだらん。末端の兵は動揺しているようだが、それでも貴様ら如き私一人で十分だ。」
相変わらず悠然と鋭さを同居させ、傲然と立ちはだかり、成る程言うとおりこの騒ぎの影響を受けているとは思えないほど鋭い剣筋で打ちかかってくる
しかし、やはりどこかに違和感がある。
(くそっ・・・一体何だ?)
激しく戦いながら、しかし同時に脳内ではさらにたちの悪い「疑惑」という敵と戦うことになるJUNNKI。
やや動きが鈍りがちになるところを、補うは新たな武器を携えた御剣遼子。
「たああああああっ!!!」
本来の実力的には冥夜に遠く及ばないのだが、JUNNKIと共闘しているという状況と、その心が、足りぬ実力を補う。
「姉さん、貴方の心は剣に問う!貴方の過ちは私が正す!貴方が仲間を斬るならば・・・私が、姉さんをっ!!!」
「やれるものならやってみるがいい、遼子!!!」
JUNNKIの爪、冥夜と遼子の刃が、火花を散らす。


「オールウェポンリンク・・・一斉射撃!!!!」
火力特化型重量級改造人間もかくや、というレベルの濃密な弾幕が、立ちはだかる一切合財をなぎ倒していく。アクメツだろうと上級エヴァンジェリストだろうと、耐え切れぬほどの猛攻。
「うおおおおおおおおおおっ!!」
そして、その恐るべき火網をかいくぐり、逃げ延びようとする敵をたたき伏せていく、高速決闘用改造人間並みの速度を持つもう一体。

相良と圭一、「雹」と「霆」の改造強化外骨格をまとった二人は、決意に見合うだけの力を発揮していた。

「凄いな・・・この方面の敵を、本当に二人だけで支えてやがる・・・」
驚嘆するマッシュ。覚悟と「零」のパワードスーツの類の限界を超えた力を見て知ってはいたが、零式格闘術なしでもここまでいくというのは、さすがに予想外だったらしい。
「俺は戦闘のプロだ。敵と互角の装備さえあれば、負けはしない。」
ぶっきらぼうに相良が言う。だが、その言葉には、僅かに喜びがにじむ。今までいろいろ忸怩たる思いを味わってきただろうがゆえに、その思いはマッシュにも分かる。
「っつ、他の連中も戦果あげとるらしいでえ・・・うぐぐ、ここはわいらに任せて、お前らはさっさと行ったらんかい!」
一方強力すぎる「霆」改に振り回されぎみの圭一はかなりいっぱいいっぱいらしいが、それでも人を思いやる余裕があるのはたいしたものだ。
「分かってる。・・・いくぜ、ひよの、歩。」
ゆえにマッシュは、二人を信じ。
「ああ。」
「・・・ええ!」
歩、ひよのも頷く。

川澄舞奪還作戦の、開始であった。

「・・・我は、ガーライルの剣なり!!」
「ここは俺に任せろっ!!」
敵中深く切り込んだマッシュたち三人をまず出迎えたのは、巨大な刀を持つ「スレードゲルミル」だった。
予定通り、これにマッシュが飛びつく。巨大にして高速の刃で何度も切り裂かれながらも、再生能力を生かしてそれでもしがみつく。
「ああ・・・こっちは俺だ!!」
「ち!」
同時に物陰からライフルで狙撃をしかけてきたカノンに反応した歩が、音の振動による防御障壁を展開、そのライフルを防ぐ。
「「いけっ、ひよのぉっ!!」」
そして、二人が叫び。
「はいっ!」
ひよのが、駆ける。

「さあて、ひよのが舞を回収するまで、保たせるとしますかねえ?」
一刀両断にされた体を回復させながら、マッシュは呟く。菌糸で体の大半を構成しているとはいえ、ベースは人間である。斬られて痛くない筈がない。血が出ぬ訳がない。
普段、炎以外の攻撃に対しては無敵を自負しているのは、結構マッシュのやせ我慢なところも大きい。分身を切らせたり増殖した菌糸の触手で受けることによって、人間である部分が存在しないかのように見せかけていたのだ。
だがそれでも、この場でもあえてマッシュはやせ我慢を保ちつつ、不敵に笑みさえ浮かべながら、言ってのける。
「いやさ、保たせるなんて生ぬるいことを言ってる場合じゃないな。・・・倒すぞ、そして俺たちも舞のところにいく。」
「分かっている。」
対する歩も、ただ一言。
しかし熾烈な思いのこもる、ただ一言。

「ふざけるなっ、お前たちなんかに、そんなに簡単にやられてたまるかっ!!」
その一言が、カノン=ヒルベルトを激昂させる。
「お前たちに何が分かる、お前たちに何が!日々を常なる恐怖と脅迫の中、原因である異能は何の役にも立たず、意に沿わぬ戦いを強いられ続け、日々否定され死に続けているようなこの絶望を知らないお前たちなんかに、負けてたまるものかっ!!」
・・・カノン=ヒルベルト。若くして「ガン・ウィズ・ウィング」と称えられた銃の腕前は、才能と努力だけでなく、異能の力も混じっていたか。表向きは同じ上級エヴァンジェリストでも、戦いの動機はさまざまなのだろう。
そして、己のちっぽけな異能では抗しえぬ力に、恐怖し、屈し、受け入れた。
であるならば。
「・・・話して信じてもらえるか、分からないけどな。そういう経緯で今お前がここにいるのなら・・・俺は、こういう経緯でここにいる。」
勝てよう筈もない。これから語られるが如き生き様を持つ、鳴海歩に。

・・・結論だけ言えば、決着にはそれほどかからなかった。すべてが終わった時、干戈を交えることなく、カノンは屈したという。

そして、マッシュも。
「斬ってこい、突いて来い!!それこそこっちから言わせてもらうぜ・・・!」
感じ、考え、決意し、そして叫ぶ。
幾度もバリスタスを助けてくれた舞の剣、ひよのの言葉、そしてシープドッグとの戦いを決定付けてくれた、歩の言葉。
そして何より、牛丼好きでどこかずれてて少し自分たちに似ている、なんとも憎めない影の生徒会の衛士長のために。
同じ戦列の一翼を担った者として、マッシュもまた全力を尽くす。
この学園特武隊での戦いの間、始終ミスのしどおし、ピンチに陥りっぱなしだった自分と決別し。
そんなほろ苦い時間を、ともにすごしたものを守るために。
「この程度ぉぉぉぉっ、なんてことないんだよっ!!!!!」
スレードゲルミルの強力も、巨大剣も、マッシュを止めることはできない。奔流の如く、マッシュの突進はスレードゲルミルを押し流していく。
少年は始めての、絶対に負けられない戦いへと突進していった。


しかし、尚も狂おしく、運命は生贄を求め荒れ狂う。
交戦と、会話の果てに。カノン=ヒルベルトを撃破しマッシュより先にひよのの元へ向かった歩の目に飛び込んできたのは。
「なっ・・・ひよのっ!!」
「あゆ、む、さ・・・」
その体を「舞本人の持つ」剣で貫かれ、倒れ伏すひよのの姿だった。
「くっ、しっかりしろ、ひよの!」
倒れたひよのを抱き起こし、悲痛に歩は叫ぶ。
彼の新しい命に。
「あ、うああ、あうう・・・あ・・・!!」
対し、ひよのを貫いた舞は、同時に苦悶と混乱にのた打ち回る。苦しげな声とはまるで逆に、その表情は心が壊れたように、仮面の如き無表情のまま。
同時に、以前蘭が陥った錯乱状態のように、周囲に無目的に開放された超能力が炸裂し、壁がはじけ床が砕ける。
「これはっ・・・!」
「舞、は、誰かに操られてて・・・げほっ、私の能力を逆用して、それを解除しようとしたんですけど・・・がほっ、」
「ひよの、喋ると傷に・・・なんて、ありきたりなことでとまるやつじゃないよな、お前は。」
言いかけ、歩は血を吐きながらも尚、折れぬ輝きを宿すひよのの瞳に、自分のほうが先に口をつぐむ。
「洗脳自体は、解除できました。けど、その反動で、いえ、舞の悲しみと自責の念の影響も強いんでしょう・・・舞がエヴァンジェリストとしてのそれとは別に、生来持っていた超能力が暴走を・・・」
「分かった・・・分かったな、マッシュ!!」
「おうっ!!」
ひよのを抱きかかえ、歩が立ち上がる。
同時、スレードゲルミルを押し倒すようにしてもろともに壁をぶちやぶって、マッシュが現れる。
「第一関門はひよのが開いた!」
「分かった、後は任せて、歩は!」
スレードゲルミルが、マッシュから受けたダメージと、舞本人の暴走開始もあいまって、エヴァンジェリストとしての能力を維持できなくなり消滅する。
同時に、歩からの状況報告と、マッシュからの支持が交錯。
「ああ・・・ひよの、後はマッシュに任せろ!お前の傷の手当てに一旦後退する!」
事実上の即席タッグであるはずなのだが、歩とマッシュのコンビは、実に鮮やかなチームワークを見せた。
「っ・・・分かりました・・・頼みましたよ。」
「・・・もちろんだ。」
それゆえに、その熾烈さに、自然ここで撤退するという複雑な思いを、ひよのは飲み下す。
そして、だからこそ、預けられた思いの重さに、マッシュは覚悟を決める。

対峙する、マッシュと舞。
「うあっ、うあああああああっ・・・!!」
唸りを上げ、不可視の力と、それに巻き上げられた舞の剣がマッシュにたたきつけられる。
見えざる力が、舞い踊る刃が、マッシュの体にぐっさりと突き刺さる。
吹き出る血。偶然ではあるが、刃はマッシュの体の、菌糸より人間の比率がだいぶ多い、急所に近いポイントを刺し貫いていた。
「なあ、おい舞。」
だが、そんなことをまるで気にもしてはいないといった、あたりまえな風情で、マッシュは剣を体から抜いた。
べっとりと、血にぬれた剣。それを見ながら、マッシュは言う。
「この剣、俺に刺さる前に、ひよのの血でぬれてたな。あいつ、いろいろ小技がきくから、きっとやばい傷を避けようと思えば、もっと浅いかあるいはかわせたかもしれないんだろうな。」
もう一度くる、不可視の力。
かまわず、歩を進め、舞の元へ。
「大方あいつ、お前を助けるのに必死で、自分のこと考え忘れてたんだな。歩の時といい、相変わらず頭が切れるくせに粗忽な女だ。」
まるで日常会話をするように、淡々と。
微笑みすら交えて、マッシュは。
(・・・今まで、色々な戦いを見てきたんだよな)
マッシュは思う。
(カーネルさんの、熾烈な思いを乗せた刃。博士の、激烈な怒りと憎悪の哲学。ヒーローたちの、確かに掲げた小さいがまぶしい光。JUNNKIの懸命必死、紫暮の切なる全力、村正宗の本能的なまでの堅固な倫理・・・)
これまでの戦いで見たこと。
(恩を重みに手柄に飢えながら、何であいつらはあんなに・・・あんなに凄いのかって、ずっと思ってたっけな。どーしたらあんな風になれるのか、って。)
それが自分にはできなかったこと。
そして。
(何だ、俺にもできたじゃねえか。)
「そんだけ、皆、お前のこと、待ってるんだぜ?おい舞、目ぇ覚ませ。いーかげんにせんと、もう牛丼おごってやらんぞ?」
夜闇の迷い子の守護者、悪とされしものの味方バリスタスの一員として。
悪として正しく、舞を抱きとめた。

「・・・私・・・」
マッシュの腕の中、呟く舞。
「私、昔からこんな力あって。この力で、人、傷つけた。うまく使おうとした。御伽噺の魔法使いみたいに、物語の正義の味方みたいに。だけど、だめだった。」
ぽつり、ぽつりと。
「この学校に来た時も、ひよのと仲良くなったときも、いつも、力を押さえつけるのに、
無表情に、淡々と。今まで、誰も知りも気づきもしなかったことを。
「この力、封じることできる、って言われて。ひよのやマッシュの傍にいて、この力が二人を傷つけたら大変だ、って思ったから。」
だけど、それゆえに分かる。どれだけ、すべてを隠し通すのに、血の滲むような苦しみを味わってきたかが分かることを。
「でも違って。力が別の形をとって、暴れだした。私・・・馬鹿だ。」
舞は、語った。
「気にするな。俺たちみんな馬鹿みたいなもんだ。昨日殴り合って、今日仲直りして、別の誰かとまた殴り合ってる、そんな馬鹿の集まりだ。俺なんか、その中でも特に馬鹿の筆頭各じゃないか。気にすることは、何もない。」
マッシュも、語る。それは、学園という異質世界で戸惑うバリスタスの行動を振り返っての言葉、そして、ある意味では戦って戦って自分たちや自分たちの守るべきものの生きられる場所を広げてきた、バリスタスの業。
学園防衛部とも、ミスリルとも、当初はそもそも敵同士だった。だから、大丈夫だ、と。

「けど・・・私はひよのも、マッシュも傷つけた。私は・・・裏切った。」
「っ!?」
その舞の言葉に、そのこわばった響きに、一瞬マッシュが身じろぎした刹那。

「ありがとう」
まるでウサギのように軽やかに、舞は一歩跳び下がった。その手には、いつ拾いなおしたか、あの細身の剣。
「本当に、ありがとう。嬉しかった。」
舞は。
「皆のこと、歩のこと、ひよののこと、そしてマッシュのこと、すきだから。」
それまでずっと思いつめたような無表情だった顔に、やっと心を乗せた。
「ずっと私の思い出が・・・」
泣き笑い。微笑みに浮かぶ、光。
「ひよのや・・・マッシュと共にありますように」
細い腕、既に神の力を失った腕が振り上げられる。その手に握られた剣は、今は逆手。
「ふざけるなぁぁぁっ!!」
ぱしっ!
その剣、己に向けられた死を、マッシュはもぎ取った。残留した神聖霊子が、激しく改造人間の皮膚を焼く。
「あ・・・!」
呆然とする舞、その目の前で今度はマッシュが剣を振り上げ。
己に刺した。
ふちぶちと、繊維のちぎれる音。そして、遅れてようやく吹き出る血。体を貫通させて、マッシュは剣を己に突き刺した。
「ああっ、な・・!」
悲鳴を上げる舞。とめようとする手が、一緒くたに振り回される。
「ふざけるな!ふざけるなぁ!ふざけるんじゃねぇぞおおおおおお!!」
何度も、何度も。叫びながら、何度も、何度も。
狂ったようにマッシュは、己の体に何度も刃を突き刺す。菌糸で覆われた異形の体が、人の血で真っ赤に染まっていく。
「死ぬだと!てめぇ!大方自分の力を!天使に付け入られる意思を!だまされたことと裏切ったこととの心の弱さを!誰かを傷つけることを!耐えられなくての自殺だろうが!だがな!!言っただろう俺もお前も馬鹿みたいなもんだと!裏切っちまった?だまされちまった?んなこと知るかあ!!」
柄まで血でギトギトになった刀を、マッシュは刃がすべて隠れるようにずぶずぶと肩口から体につきたてた。ぜぇぜぇと荒い息、咽喉に絡まる血を飲み下して、叫ぶ。
「見ろ!俺は死なねぇ!!天使の意思なんかで振られる刃なんかじゃ、おまえ自身の心の無ぇ剣なんかじゃ、俺は意地でも死なねぇ!お前が誰かを傷つけそうになったとき!俺が楯になってそいつを守る!お前の刃が、お前以外の意志で輝くとき、お前の刃が孤独に曇るとき!俺の体はそれを止める鞘になる!俺の骨がお前の刃の曇りを研ぐ!どうだ見たか!これで死ぬ理由は無ぇ!そうだな!そうだなっ!!!」
真っ赤に染まる異形の影。その前に座るぼろぼろの少女。

互いの呼吸音だけが、しばらく響いていた。そして、マッシュは見る。

座った少女の影、その頭がこくりと縦に振られるのを。
「そう・・・かぁ、そりゃ、よかった・・・凄く嬉しい、気分がいい・・・」
緊張が解けたのか出血多量か、へたりと座り込むマッシュ。
「ありがとうな・・・舞。」
その言葉に、舞はさっきまで精神的に死にかけていたとは思えないほど、あどけないきょとんとした表情になる。
「?ちがう。ありがとうは私。」
「細かいことは気にするなってぇの。・・・俺のいろんな未熟、お前らと付き合うようになってから成長できた、って、思うから。つーこった。」
そして、歩たちから連絡を受けたか、弓を携えた生命のゲートキーパー・更紗瑠璃ら後方支援グループが駆けつけてくる、その足音に負けずに。二人の耳にははっきりと聞こえた。
「ありがとう。」
「ありがとう。」
互いの、「ありがとう」が。


そんなことに、思わずくすりと笑い、マッシュは言った。
「自分でも言っといて何だがな、水臭いことは言いっこなしだ。・・・戦友だろ、当然じゃないか。」
・・・戦友。
それは、確かにうれしい単語である。
でも。
ここまで派手に命かけて、あそこまで格好よく吼えておいて。
それで、仮にも異性である相手に対して。

というシチュエーションでは、いかがなものだろうか。
舞は、今回のことは凄く凄くうれしかったのだが、これはどうかと思った。
「・・・ぽんぽこくまさん。」
「うぉ、なんだ舞。なんだか凄く納得いかないような顔をして。」
マッシュは。
ある意味、舞とはまた別の意味で結構子供っぽいのかもしれない。


「はっ、たああああっ!!」
一方、脱走したカーネルも、戦端が開かれたことを知りそのまま後方から撹乱攻撃をしかけていた。
算を乱したエヴァンジェリストたちは、全力を出した状態の綺羅すら打ち破ったカーネルの底力の前には抗するべくもない。
なすすべも無く蹴散らされていく。
「どうしたどうしたっ、貴様らが殉じる神の正義とやらはその程度かっ!戦士としての覚悟はこの程度かっ!戦列を維持し仲間を守ろうという、覚悟のある奴はいないのかっ!!」
カーネル、裂帛の叫び。
それだけで、絶対的な優位を今まで疑ってもこなかった上級エヴァンジェリストの何人かが、悲鳴を上げて逃げようとする。
それではカーネルにとっては、単に隙をさらしているだけだというのに。

「・・・待ってください。」
カーネルが逃げる敵の背に追いすがろうとした時。
間に割ってはいる、蒼い隻翼。

「・・・綺羅か。」
呟く、カーネル。
だが、そのときのカーネルは、自分の言ったことに自信がもてずにいた。
本当に、今目の前にいる少年は、あの大和綺羅なのであろうか、と。

何故なら。
「はい。」
あの、虚無と不安の狭間で揺らぐ、比類なき力と正反対の弱弱しい精神構造をしていた少年は、もうどこにもいない。
今カーネルの前に立つ綺羅は、強い意志を持つ戦士の目をしている。
「・・・今は理由をいえませんが、もうじきすべては終わります。ですからそれまで、貴方を止めます。」
未だ片羽を失ったままの、戦士の姿に「転身」する綺羅。
「・・・大方、この有様ではかりそめの仲間でしかなかったのではないか?なぜそこまでする。今のお前には、戦士の理が見えているはず。」
立ちはだかる少年に対し、カーネルは問う。そのような目をしているのであるならば、すでに依存する必要のないものを守るために命を賭ける理由は何ゆえかと。
「見えているからこそ、です。確かに仲間は仮初であり、出撃前、傷ついた僕に冥夜さんが告げた真意はあまりに苛烈。そしてその真意と真実に、僕は抗うためにここにいる。冥夜さんの理は認めるけれど、その結果がもたらす悲劇的側面を、僅かでも押しとどめるために。貴方たちならば、そういう結末に進むと確信しているから。」
理由を、その動機の根本を綺羅は言わない。だがそれは「言えない」のではない。冥夜の真意と己の思いをぎりぎりのバランスで保つための、あえて「言わない」という選択。
「この行動は、冥夜の命令ではなく、己が己であるために、僕自身が考え決断したこと。貴方を食い止める。ここで。」
「死ぬ気と殺す気の覚悟はあるか?」
内心では、綺羅の覚醒は嬉しいカーネルであるが、それでも尚、鋭くカーネルは問う。
一分の隙あれば、たたきなおす。その気概を込めて。
「覚悟はしています。この場を僅かでもより良く押さえるために、僕か貴方の命が必要ならば・・・」
気力を込めたカーネルの青い瞳を、受け止める綺羅の紫の瞳。
光を飲むような虚無も、揺れ動く弱さもない。
「良かろう・・・一体お前が何を隠し何故に挑むのかが気になるところだが・・・挑戦承る!」
「感謝!!!」

直後、三度の激突。


そして。続く混迷に、既にして決定されし悲劇に、また一人抗わんとするもの一人。
「間に合えっ・・・止まれ、冥夜ァッ!!!」
エンジェルナイト・ラピティア。与謝野緋奈。
鷹乃羽高校に、帰還す。



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