第五節「謎と悩みと・後編」


唸る。唸り、吼え、猛る。
ありえることではない。事実それは、錯覚による幻影だ。
剣は唸らない。
剣は吼えない。
剣は、猛らない。

剣は、剣。

だが、桁外れの巨大さを持つ剣が改造人間ですらかわせぬ速度で振り回される、それが生み出す風の音は、あたかも剣自身が唸り吼え猛るが如き錯覚を生み出す。
「うわぁぁぁぁぁっ!!?」
剣風に巻かれ、空中での姿勢制御に失敗したホルスが、振りかざされた巨大な剣に補足された。
それでもホルスはとっさに身をひねり、刃の軸線から身をかわす。だがそれを見た巨大剣の使い手は、強引にも向きをそのままに剣の軌道だけを変え、両刃剣の平らな側面でホルスを張り倒した。
「くがっ、げはっ!?」
斬るには至らない一撃。
されどその一撃だけで、軽量級のホルスは吹き飛んで壁に叩きつけられ、戦闘不能のダメージを受けてしまう。
「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!?」
「きゃああああああっ!!!!」
そして、ホルスたち護衛の者を狙って刀を振り回しているだけなのに、剣風の余波はホルスたちが守るはずの鷹乃羽一般生徒すら吹き飛ばし傷つけていく。
その速さ故避ける事かなわず、その大きさ故受けることかなわず、その長さ故逃げることあたわず。
それら全てがそろう故、止めることすら夢のまた夢。
「くそっ・・・畜生っ・・・!」
嵐のただ中、マッシュは歯噛みする。
彼の体は菌糸の集合体、ゆえに斬撃打撃に対しては抜群の防御力を持つ。
だが、相手がこうも委細かまわず、見境なしの攻撃をしている状況で、「食い止めろ」というのであればそれだけではだめだ。何しろ相手の刃がマッシュを切り裂いてそれにマッシュが耐えられても伸びたその刃が守るべき対象を直撃するのでは、まったくの無意味だ。
まして、攻撃も思うがままにならないのでは、ますますどうしようもない。
もともとマッシュの体は毒胞子の飛散と飛散した先での分裂体の生成、そこからさらに毒胞子の飛散という、広範囲面制圧型の能力を持っている。
後ろや横に味方がいる状況では、これは使いようがない。ならば菌糸を急速分裂させての触手攻撃はといえば、相手の体に届く前にあの巨大な剣で切り刻まれてしまう。

それだけではない。
マッシュがこの、スレードゲルミルを攻めあぐねている理由は、それだけではない。

「何でなんだよっ、舞っ!!!」

スレードゲルミルが、川澄舞と、同じ姿をしているから。
だから、マッシュには手が出せなかった。


そして。
「・・・・・・・・・」
そのことを、マッシュは苦い表情で回想していた。マッシュ、ホルス両名が控えていた後方陣営をスレードゲルミルが奇襲で突破した結果、バリスタス側の状況は大きく悪化した。
おそらく次の敵の攻撃で、この戦いの決着はつくことになると思われるが、JUNNKIがあれこれ考え、またアンダーグラウンドガールズが正式に参戦することを決定したとはいえ、かなり苦しい戦いになるだろう。
功名心とプライドが高いマッシュにとっては、屈辱だ。
だが、それ以上に。
「舞・・・一体どうして・・・?」
「っ!?」
自分が思っていたことを不意に言われ、ぎょっとした表情になってしまうマッシュ。
その言葉を発したのは、ひよのだ。対シープドッグ戦ではその能力を駆使して敵を食い止め鳴海歩を説得し、先ほどの戦いでも「エヴァンゲリオン」カノンにダメージを与えるきっかけを作るなど活躍し続けていた、歩の寿命問題に関して真実を知った時取り乱した以外はいつも飄々とした心の強さを見せていた彼女だったが。
今の彼女は、そんな普段の印象に反して、苦悩に眉根を寄せ、ひどく弱弱しく見えた。

「ひよの・・・」
その傍に寄り添うのは、彼女に心救われ、共に戦うことを誓った、鳴海歩。
心配そうに、ひよのの顔を覗き込んでいる。

「舞は、私の友達で、口数は少ない子だったけど、私たち、分かり合えてると思ってて、歩さんと再会する時までの間、一番の仲良しだと思ったのに、どうして・・・」
鳴海歩の救出という、命がけの願いが成就したゆえに、心の張り詰めが緩んでいたこともあるのだろう。
だがそれ以上に、それまでの日々を共にすごした中で、川澄舞という少女に対しひよのが深い友情を感じていたことのほうが大きいのだろう。
(実際あいつ、いつもひよのと一緒に、ひよのを守るようにしていたしな。)
見ていたマッシュも、そう思う。
「私がいけなかったんでしょうか。歩さんの命の時みたいに、何かを察することができなくて。きっとそれで・・・」
「落ち着け、ひよの。」
肩を抱くようにして自分のほうを向かせ、歩が言い聞かせる。
かつての無気力さの失せたその瞳は、鋭く強くも優しさを秘めた力強さを持っている。
その光に癒され、ゆっくりうなずくひよの。
それを見、マッシュは思う。
「ひよの、歩・・・」
自分も動かねばならない。
「あ、」
「マッシュ、さんか。」
「マッシュでいい。」
仲間になってから会話を交わす機会が少なかったせいか他人行儀な歩の言葉をさえぎると、マッシュは話を切り出す。
「舞について話がある。」
マッシュの言葉に、ひよの、歩、共に視線が鋭くなる。
「前の戦い、俺たちはスレードゲルミルを阻止できなかった。まずそれは謝る。その上で・・・舞を助けるために、力を貸してほしい。」
ひよのは気づく。この物言いは、マッシュにしては珍しい。彼の性格からして、自分の失敗だ、とはっきり口にするのは、例外的な行動だった。
歩は気づく。その瞳の真摯さに。困難な課題に対面し、それでも答えを探り出そうと知恵を巡らせ、その方法のために全力を尽くそうとしている男の目だった。
「・・・分かった。何か、知っているんだな?」
歩の言葉に、マッシュは頷いた。

「前回の戦いで、スレードゲルミルと戦ったのは俺とホルス。俺は炎による攻撃以外はたいてい再生できるんで無事だったが、ホルスの奴は負傷して今治療中だ。」
軽量級改造人間ゆえ、ダメージには脆いホルスであった。むしろ恐るべきはあの巨大な武器でホルスを捕捉したスレードゲルミルの剣さばきというべきか。
「けどよ。ホルスだって腐っても古代怪人。そーそーやられっぱなしじゃ済まさなかった。あいつの「鷹の眼」は、アストラル的な要素、霊子の流れとかを見切る力がある。」
そうしてマッシュは、話し始めた。
ホルスがつかんだ、スレードゲルミルの秘密。
「ホルスに言わせれば、あのスレードゲルミルは「影」みたいなものらしい。」
「影?」
首を捻るひよの。
「そう。正確には上位次元の神聖霊子と、どうももともと舞が持っていたらしい能力の片鱗が妙な形で融合したもんらしくてな。ロストグラウンドでいうところのアルターに近いらしいんだが、もっと霊子的なもん、だって話だ。噂じゃあ村正宗のGS装甲の最終形態にも似たような力があるとか聞いたことがあるけどな。」
「で、でも、あれが舞の影だとしたら、舞はどこに?そしてスレードゲルミルはどうして・・・」
当然の疑問を口にするひよのだが、そこで若干マッシュの表情は渋くなる。
「詳しい所は俺にもホルスにも分からんかった。だがホルスのいうことじゃ、舞の本体は敵陣の中で、能力の大半が結実したスレードゲルミルの中にもうひとつの人格が形成されてて、そっちが今は主導権を握っているみたいだとか何とか。」
少し、口調が鈍る。さすがに古代怪人の能力といっても、霊子工学は超技術中の至難の領域。そうそうあっさり全部見えるはずもない。
「・・・バリスタスとしての作戦は、敵中に切り込んでの本体の確保、か?」
そこでそれまで沈黙を保ち話を聞いていた歩がつぶやく。
歩の一言に、マッシュは得たりとばかりに頷いた。
「そうだ。症状がどうなってるか分からないけれど、やはり大本を押さえるべきってのがJUNNKIや天魔王会議と相談しての結論。舞本体を押さえて詳しく観察すれば、何とかできるかもしれねえってことだ。」
そして、本題を切り出す。
「責任を取って、スレードゲルミルは今度こそ俺が抑える。だからお前たちに、その間の舞救出を頼みたいんだ。」
これまた普段のマッシュらしくない言葉である。普段のマッシュなら、自分で舞を助けようと突撃していっただろう。
だが、確かにこの作戦のほうが成功可能性はいくらかましである。今まで表立って使ってはいないが歩=ラーゼフォンは飛行能力があり機動性に富み、ひよのの「ひよひよ劇場」は撹乱・突破能力に優れる。
そしてマッシュは得意とするのは耐久力と制圧能力だ。前回は敵の奇襲を許したため陣営内奥まで踏み込まれ全力を発揮できなかったが、それさえなければ現状スレードゲルミルを止められるのはなるほどマッシュを置いて他にない。
「成る程・・・」
その意図を理解し、頷くひよの、そして歩。
「俺はお前らほど頭が切れる訳じゃないが・・・それでも考えてはみたんだ。」
軽く頭をかきながら、神妙な様子の歩とひよのに恥ずかしくなったのか、マッシュは少し照れるようにする。
だが、すぐにその瞳は、熱く真剣な光を取り戻した。
「・・・あいつには牛丼おごらされたりしたけど、本田愛と戦ったときとか、学園防衛部との戦いにタロンが乱入してきたときとか、助けてもらったからな。借りは、絶対返す。」
付け加えるように、ぶっきらぼうにぼそりと呟くマッシュ。
確かに、その借りはある。加えて、影の生徒会・・・わけてもひよのと舞のコンビにもっとも長く接していたバリスタスのメンバーは、ほかならぬマッシュである。
故にこその、この戦いに賭けるマッシュの意気込みは本物だ。
「マッシュさん・・・」
そんなマッシュの様子に、心癒されたのか、うれしそうに微笑むひよの。
「そうだ、それでいい。」
そんなひよのに、歩は彼女の華奢な肩に温もりを伝えるように手を置いて語りかけた。
「お前がやってきたこと、お前と舞がやってきたこと、それは確かに形になっている。自信を持て。」
「歩さん・・・マッシュさん・・・ありがとう、ございます。」
温かい言葉に感極まり、向き直って二人にそれぞrて深々とお辞儀をするひよの。
それまでずっと、気にしていたのだろう。残酷人形劇(グランギニョール)という名の道具であった過去をして人になったはずの今までの年月が、確かに人としてのものであったのか。
舞は、その重要な要素のひとつであり・・・そしてやはり何より、親友だったであろうから。

その拍子に、本来の推理・論理能力が戻ってきたのか。
「・・・カノン=ヒルベルト。」
お辞儀の顔を上げたとたん、はっとして呟くひよの。
「確かに、あいつもいるんだっけな。」
上級エヴァンジェリストの一人で、冥夜や綺羅、スレードゲルミルに次ぐ実力者。
あの戦いでスレードゲルミルが出現した後の戦闘行動において、カノンはスレードゲルミルのサポートと監視の役割を行っていた。
舞を奪還せんとすれば、彼が出てくる可能性は高い。

しかし、歩はかぶりを振った。
「大丈夫だ。舞への道は俺が作る。」
瞳に決意を乗せる。カノンは自分が引き受ける、と。
「でも・・・」
「カノン=ヒルベルト。あいつは、昔の俺みたいなものだ。昔の俺になんかは、俺は負けない・・・そうだろう?」
その瞳のまま、横顔だけでひよのに笑む歩。先の戦いで、何かを掴み取ったか。
その笑みに、ひよのは確かな力を感じ、納得する。
「分かりました。・・・マッシュさん、歩さん、舞を助けるため、一緒にがんばりましょう!」
「ああ。」
「勿論だ!」
ひよのの言葉に、歩、マッシュ、共に頷く。

マッシュは、特に強く。


そんな様子を、見て。
「マッシュ、舞さんのこと・・・」
苦笑するフェンリル。彼女自身は数百発の銃弾と数十発の砲弾、体にはまるで銛を引きずるモビーディックのように槍やら斧やらナイフやらが滅多刺しに刺さったまま戦地から引き揚げて今も包帯まみれなのだが、それでもまだやるつもりらしい。
最も、それは彼女にとっては、「当然のこと」でしかない。部下の魅那=ブルコラカスも、ぼろぼろになるまで戦ったのだ。部下が「ぼろぼろになるまで」、なら、上司は「ぼろぼろになっても」。それが夜真徒、バリスタスの考え方である。
「僕もがんばらないとな。折角さつきたちが馴染むことができたこの学校だ。失うわけにはいかない。」
自分もまた、ここにくることで組織での教育以外で初めて学校に通うことができただけに、その思いはフェンリルもまた深い。
だがそれでもいの一番には、仲間のためにという考え方がくる。
それが、夜真徒の群主としてのフェンリルであった。


マッシュ、歩、ひよの、そしてフェンリル、その会話を、達也は聞いていた。
その傍らには蘭とみちえが居り、そして御劔遼子も。

遼子は、沈黙したまま、バリスタスから借り受けた「新しい刀」の扱いに馴れるべく、それで剣術の型を繰り返していた。
見えぬ敵へと斬りかかるような、その凄まじき刀勢と、嘆きと怒りの入り交じった、鋭くも悲しい表情。
達也としては、この時の遼子の思い、複雑な心境だが痛いほど解る。
冥夜と遼子の不幸は、紫暮と達也の不仲の鏡。

累々と横たわる包帯まみれの負傷者の中には、かつてはエヴァンジェリストだった者も居る。
ブギーポップは、自らを自動的存在と言いながら、しかしそれでも確かに、左右非対称の歪な笑みを浮かべて、そこにその精神は存在していた。
それゆえに彼女は粛清の対象になり、それ故に、緋奈は彼女を守ったのだ。

それを守りきれなばバリスタスにとっては名折れ。故に、彼等は必死に戦うだろう。
そして。
「それは、俺も、厭だ。」
達也の正義感にも、沿わぬ惨劇。許せぬ事態。

「わ、私も!」
蘭は、叫んでいた。己の中に眠る力、「紅い牙」への恐れ、己自身の未熟、それら全てを認識していた。
だけど、それでも。
「蘭・・・」
達也が驚きの目で彼女を見る。姉との因縁もあり、バリスタスの訓練を積極的に受けていた達也と違い、蘭は己の力への恐怖が強く、いつもどこか受動的だった。
だが今回の彼女は、違った。
「私も手伝う!戦う!」
戦うこと、自分の力を使うことを恐れた蘭は、後方での活動、負傷者の治療などを行っていた。
だがそれゆえに、彼女は見た。
エヴァンジェリストの攻撃により傷ついた者たちの苦しみを。戦い、力及ばなかった者たちの悩みを。

だから今は。
「蘭・・・」
「達也がやってること、達也が目指してること・・・私も、同じ道を歩みたいと思う。」
蘭の胸にも、闘志が宿る。
「・・・ありがとう。」
「ありがとうなんて言わないでいいよ。きっとこれは、当然のことなんだから。」
達也の礼。そして、その礼を超える蘭の決意。
次なる戦いのための力が、静かにそろいはじめていた。


「頼む・・・対価は払う。従えというのならばバリスタスに従ってもいい。俺を、俺を改造人間にしてくれ!!」
「・・・お前もか、相良。」
そのころJUNNKIは、冷静なふりをして結構熱く、天然戦争ボケなふりをして実はかなり知的なふりをしてやっぱり戦争ボケな男、相良宗介の襲来を受けていた。
頭を抱えると、JUNNKIは前に圭一にも言った改造人間生産工程の手間暇についての説明を行う。
「焦りすぎだぞ相良。お前はあくまでミスリルの一員としてかなめや仲間を守るんだろうが。バリスタスに入ってどーする。」
「・・・しかし、今までのバリスタスのやり方を見れば、むしろバリスタスの仲間に入ったほうが効率がいい。」
確かに、バリスタスの理念はミスリルの理念を包括しうるものではある。
だが相良のこの考えは、それだけではないなとはJUNNKIは思っていた。
(かなめが改造されたこと、結構相良には影響あったみたいだな)
内心そう考えるが、顔には出さない。

「ともかく、改造手術なんてやってる暇はない。ただ、戦力にはなってほしい。っつーことで、こちらとしても用意はしてみたわけだ、皆の集。」
と、そこでJUNNKIはくるりと周囲を見回した。そう、この場にいるのは実は相良だけではない。ほかにも、鷹乃羽の面々の中では戦闘能力に長ける面々を中心にJUNNKIは生徒たちを呼び集めていたのだ。
「ということは・・・何か武器の類を支給するの、か?」
相良がつぶやき、JUNNKIはそれにうなずいた。
「うん。悪の博士から貸与された各種特殊装備がある。参謀の「白き輪舞曲」さんが別件の合間に寄って渡してくれたものが大半なんだけどね。」
そのうちの一つは、実は先んじて御剣遼子に渡されている。彼女の、「新しい刀」だ。
「というわけで、これら装備を貸与するから、次の戦いにおいて使ってほしい。」
と言うと、キャスターの上に乗った大きな木箱を持ち込むと、その中身を取り出して渡し始める。

最初に出てきたものを、鮮赤の吸血姫・夕維に渡すJUNNKI。彼女は回復にも攻撃にも防御にも能力を使える上級吸血鬼だが、さすがに年若いせいかパワー不足が目立つ。
「何ですか?これ。傘みたいですけど・・・」
それは奇妙な武器だった。一見して、真っ黒な蝙蝠傘。だが握りの部分に何やら銃のような仕掛けがしている。
「スペンサー蝙蝠傘ライフル・・・「夜闇の聖女」キリエが持っていた武器のコピーを、博士があれこれいじくった物だ。元々は南北戦争直後の頃のライフルで、それが傘の骨に仕込まれて居るんだ。傘の部分にはワイヤーが張ってあって、普通のライフル程度ならはじき返す仕組みになっている。」
「とはいえ、今の世の中じゃソレだと明らかに低性能だからな。吸血鬼の魔力を増幅して弾丸や傘部分に込めて、バリアーにしたり高い威力の弾丸を撃ったり出来る。それも、かなり高効率にね。狙いも、普段魔力を使うのと変わらない感じに仕上げている。夕維クラスの力だったらこいつの増幅率だとエルダーマキナと互角の能力を発揮すると思う。」
「わ、分かりました・・・がんばります。」
とはいえ明らかにこういった機械仕掛けの得物を使うのは初めてらしく、幾分緊張した面持ちで受け取る夕維。

続いて、生命のゲートキーパー、更紗瑠璃に。彼女は夕維と並ぶ治癒能力者だが夕維と違って攻撃能力は持たないので後方支援に徹していたのだが、その後方を奇襲されることとなったため、やはり後衛にも自衛戦力が必要だろうということと、あわよくば支援射撃を行える状況に持っていける場合のため、
「瑠璃ちゃんには、これ。」
こちらは簡素なクリーム色の洋弓と数本の矢だが、これは矢に仕掛けがあった。普通なら尖って刺さる仕掛けになっている先端が、パラボラのような構造になっている。
「先代ゲートキーパーの内瑠璃ちゃんと同じ命のゲートの使い手、そして同じ名前の瑠璃って人が使っていた武器。生命エネルギーを打撃力に変える。照準もゲート能力で行えるようにいじってあるから、瑠璃ちゃんでもすぐ扱えると思う。」
「でも、私は・・・」
「女の子ったって護身くらい出来なきゃ。ソレは瑠美奈の為でもあるし。」
少し戸惑う瑠璃に、JUNNKIは微笑みかけ、そして瑠美奈の名を出すことにより、武器と共に覚悟をプレゼントする。
ちょっと利用したようで嫌でもあるが、いざというとき己で身が守れぬと死亡率は格段に上昇する。仕方ないのだ、とJUNNIKIは己を納得させる。

「さて、那嵬。お前には、これ。戦国時代日本にいた妖狗の牙を鍛えて作られたという妖刀・鉄砕牙。」
「・・・えらくぼろぼろな刀だな。」
続いて夕維の従者、那嵬に武器を渡す。彼は本来日本刀で戦うタイプなのに刀を無くして以来ずっとアクマ族のジャンケル(細身諸刃直剣)で戦っていたのだが、そのジャンケルもスレードゲルミルとの戦いで腕ごと折られてしまった。腕は吸血鬼の回復力と輸血用血液、夕維の力で回復したが、ジャンケルは折れっぱなし。もともと合う得物ではなかったので、新しい得物を、ということになったのだが。
確かにソレは那嵬好みの日本刀だったが、刀身はぼろぼろに刃が欠けサビだらけ、柄もほころびだらけという酷い見てくれだった。
「ふっふ・・・ちょいと魔力入れてみ?」
「こうか?」
と、那嵬が魔力を込めた途端!
ドクン!
「おっ!」
脈打つような音を立てたかと重うと、妖刀・鉄砕牙は本来の姿を取り戻した。
名の通り巨大な牙を思わせる、分厚く、大きく、反り返った刀である。刀身の幅が女性のウエストほどもある。長さも2mを越えよう、が不思議と重たさを那嵬は感じなかった。
「威力は折り紙つき、うまく使えば「風の傷」という、魔力付真空波を飛ばすこともできる。」
「・・・大したもんだな。ありがたく使わせてもらうぜ。」
JUNNKIの説明に納得の表情を見せ、軽く素振りをしてその感触を確かめる那嵬。

「・・・で、だ。」
その様子を見た後、ゆっくりとJUNNKIは振り返った。
相良と・・・そして圭一の前に。
「圭一。前に、「生きることが戦いだ」と言ったな、俺は。」
「ああ、言ったで。」
真剣勝負のように、緊迫した面持ちで語るJUNNKI。
それを同じく、命がけのように引き締めた表情で答える圭一。
「その上でもう一度問う。・・・それでも尚、改造人間以外であっても、「戦う力」を望むか?」

僅かな、沈黙。
そして圭一は、語る。
「生きることが戦いなら・・・戦うことが生きること、や。わいは望むで、戦う力を。戦って、守って、勝って、生き延びたる。緋奈のためにな。」

決意を。

「・・・あの緋奈の友人が、他人の答えに安住する程度の奴だとははなから思ってなかったさ。よく言った。ならば与えようじゃあないか。求めよされば与えられんなんて本来上位次元(かみさま)の言うようなこったけどな。相良、お前にもだ。今まで生身のまま超常の戦場にあり続けたお前だ、覚悟、つーのは、それこそ売るほどありそうだしな。」
にやりと、笑うJUNNKI。圭一、相良、共に頷いた。
そして、新たに部屋に運び込まれてきたのは。

「こりゃ、覚悟の奴が使ってるのと同じ・・・」
「強化外骨格、か!」
「いかにも。「強化外骨格 ・雹」、「強化外骨格 ・霆」。」
黒鉄で構成された、無骨だが極限の機能美を有する装甲服。
超展性チタンの外装、着用者と一体化する半生体内装、着用者をサポートし強化外骨格を駆動せしめる英霊の魂を宿す、旧大日本帝国の残した超兵器。

「厳密にはオリジナルじゃなくて、参謀「白き輪舞曲」が自分の装甲服をデザインするときの参考として、現人鬼・散に倒された覚悟の親父・朧が使っていた雹の残骸をレストアして、ついでに当時の資料から完成していたが戦後行方不明になった強化外骨格の「霆」を再現してみたという、厳密な意味ではオリジナルじゃないし本物より英霊の力は落ちるんでサポートはあまりできないけどその分着用の負荷は少ないし、それだけにバリスタスの技術を使って手を入れたりしてるから、性能は保障する。」
こつこつ、と超展性チタンの表面を指で叩きながら、JUNNKIは語る。と、そこでいっぺん言葉を切ると、
「とはいえ着用者たるお前たちは零式防衛術を使えないわけなんだが・・・そこはそれ、ある程度考えてはある」
相良、圭一両名に視線を移し、そしてまず相良に語りかけた。
「相良は、「雹」を使ってくれ。こいつの「英霊」は、ミスリルの戦死者たちを使用した。搭載兵装もオリジナルの極低温弾「弾吹雪」だけじゃなく、白き輪舞曲と、UNCRETの面々とかが最近立ち上げた兵器開発局があれこれ作ってた本来車載・艦載用の大威力なあれやこれやを使えるようなアタッチメントつけてあるし、英霊だけで足りない分は壊れたお前のアーバレストにつんであったAIをサポートで入れるから、お前の腕なら相当やれるさ。」
成る程たしかによく見ると、オリジナルの機能性を阻害しないぎりぎりのところで、兵器を固定するための装具がいくつもくっつけられている。
「成る程・・・超小型のアームスレイヴを扱うようなものになる訳か。」
つぶやきながら「雹」をためつすがめつし、戦闘スタイルについて考えをめぐらせる相良。
その様子を見ながら、若干の不安と焦りを圭一は感じていた。相良と違って、圭一はケンカこそ日常茶飯事の不良生徒とはいえ、「戦闘」のプロではない。そして、生半なケンカ技が通用する領域ではないことも、また嫌というほど知っている。
いかな強化外骨格を得ても、はたしてどこまでやれるか、と。
「圭一は「霆」を使うといい。こっちの仕掛けには、実はミウルスからもらった情報が入っていてな。」
「みゅーちゃんのかいな?」
ちょっと驚く圭一に、JUNNKIは神妙な面持ちで告げる。
「エンジェルナイトの、感情を霊子に変換してそれで身体を強化する力。あれのデータを兵器開発局に渡してくれたんだ。こちらの技術でも分かるように解析してね。彼女なりの、戦いの形ってやつかな。」
それは、聞く側の圭一としても、身が引き締まる思いであった。
ミウルスもまた、ミウルスのやり方で、緋奈のために戦っているのだ。
自分も、がんばらねば。そう、強く思う。
「それを使っているんで、こいつを着用するにあたって大事なのは願い思い感情の強さ、ということになる。それによるブーストと強化外骨格によるブーストが二重でかかるんだ、心配することはないさ。」
圭一の心配を、果たしてJUNNKIは見抜いていた。軽く照れる圭一。
「もっとも感情の力に体のほうがついていかなくなって手足の皮膚が破れ肉が破断し骨がぶち折れる危険性もあるんだが、まあ死んだほうがマシなくらい激痛はあるだろうが外骨格で体勢を維持するから戦闘は継続できるし、生命維持も万全を期しているから痛いだけで死ぬことはないと思う、安心して戦うといい。」
・・・

直後、圭一はちょっとだけ後悔しかけたという。

あくまで「ちょっとだけ」「しかけた」らしい。当人の弁によれば。

「・・・あの〜・・・」
そうこうしているうちに、待ちきれなくなって声を発した者がいる。
「JUNNKI?その・・・僕たちの分は?」
あゆである。彼女たちも、今回の装備付与で呼ばれていたのだ。
「そうよ、待ちくたびれちゃったわよぅ。」
真琴も、今まで退屈だったのかぶすっとした表情でため息をついている。
・・・ちなみに名雪は居眠りしていたのだが、彼女としては珍しいことにあゆと真琴の声で目を覚ました。
「んむ。そ〜いえば、お母さんと美汐さんはいないんだね。どうして?JUNNKI。」
アンダーグラウンドガールズ三人の問いかけに、JUNNKIもあわててそっちに向き直った。
「ん、すまない。待たせちゃったな・・・ほい、これ。」
そういって、JUNNKIが箱の中から最後に取り出したのは、変わったデザインの、指輪だった。きちんと三人分、三つある。
「指輪?」
「ん。正確には微細光結晶と小型霊子演算装置による、オルフェノクの変身並びに能力行使のサポートシステム。・・・分かりやすく言えば、オルフェノクをパワーアップさせる指輪だ。秋子さんと美汐は人間だし、美汐には獣の槍・レプリカがあるからこれ以上何か持たせるって訳にいかないし、秋子さんの戦闘スタイルは北斗神拳だから武器いらないし・・・無くても十分強いし。」
「へ〜。」
JUNNKIの説明は簡潔なものだったが、説明としては的を射ていた。早くも受け取ると、真琴は興味深そうな表情で手のひらの上で指輪をころころ転がしだす。
「変身の時とか自動的に作動して、オルフェノクの能力を最効率化するんだ。効率化することによって発動が滑らかになりロスも少なくなるから結果として能力が上昇する、ってからくりなんだ。」
そう追加の説明をすると、JUNNKIは少し得意げな表情で説明を締めくくる。
「ちなみにこれは、悪の博士や「白き輪舞曲」が作ったんじゃなくて、俺が作ったんだ。オルフェノクの暴走を抑止する効果もあるし、結構自信作。」
「へ〜・・・JUNNKI、すごいや。」
大きな目を丸くして、あゆは手元の結構きれいなデザインの指輪と、JUNNKIの顔を交互に見比べて感嘆する。
「で、でもさ。」
と、不意に漏れる、名雪の動揺した言葉。
「何で指輪型なのかな〜・・・その、何か、ぷろぽおず、みたいだよ・・・」
「ぶふぉっ!?」
「うぐぅっ!?」

ぜんっぜんそんなこと考えてなかったJUNNKIと、内心そう思いそうになるのを抑えようとしていたあゆ、暴発。
真琴もびっくりしてるし、名雪はどぎまぎしてるし。

「三人同時って時点でぜんぜん違うだろ」

というまっとうな結論に至るまで、えらく時間がかかってしまった。


同時刻。エヴァンジェリスト側占領区画。


ガラスが割れたような、甲高くはかない音を立て、青白い月光を反射しながら舞い散る、月光よりも尚青い破片。
それは、カーネルの攻撃により砕け散った、「ストライクフリーダム」の左の羽。
爪による一撃を紙一重でかわし反撃しようとした綺羅に対し、カーネルが放った時間差でのチェーンウィップとシザーブレードを組み合わせた、天使を食らう龍の顎を思わせる一撃が、反撃を最適に行うための紙一重の回避しかしていなかった綺羅の羽をとらえた、という形。
「うっ、うそ・・・なんで・・・」
戦慄、驚愕、混乱。
それらの色が入り混じり、震える綺羅の問いかけ。
対して突進しながら攻撃を放ったカーネルは、綺羅とすれ違い背中合わせの格好のまま、落ち着いた声でその理由を語る。
「お前は遺伝子改造により、先天的な天賦の才を持っている。だがそれは、逆に言えば遺伝子の改造によって作り出された天才的能力ということならば、その遺伝子の改変による「パターン」が存在することになる。つまり、相手がこうくればこう、そうくればそう、と言うように、一定のパターンがあるということだ。」
先の戦いを振り返り、そして今の戦いでの結果を元に、カーネルは確信を持ってその推理を語る。
「無論、お前の速さと力を前にして、普通の奴に、いやかなりの達人でも初見で見切れる筈がない。そしてお前の力なら、初回の戦いで相手を戦闘不能にまで追い込める。」
カーネルには見えていた。綺羅の強さの秘密。そしてその強さゆえの、限界が。
「だが・・・あいにくと私は華奢なので負傷しやすいが、負傷の経験が多いだけにその状態でもかなりの戦闘を行いうるという状態にあった、それがお前には災いした。また、私がお前の技を見切るだけの眼力を有していたこともな。パターンを理解してしまえば、そのパターンの隙を突く、裏をかくことは可能だ。」
そして、結論。
「つまりは、お前の技は二度見せられるものではない、ということだ。」
「うぅっ、うぐっ・・・」
カーネルの淡々とした言葉に、綺羅の返事は、嗚咽。
背中から伝わってくる僅かな雰囲気だけで、カーネルには分かってしまう。

己の力を恐れ疎んだ綺羅だが、それでも逆に、この力以外によりどころとするものは、彼には無かった。
折角自分を迎え入れてくれた者たちから、また捨てられるかも知れないという恐怖。己の肉体生命の保持よりなにより、その苦悩が彼の心を引き裂いているのだということを。

「中途半端にお前の心に踏み込むという罪を犯して償わぬ愚かしい私を呪うがいい。だが、私は仲間の下へ戻らねばならぬ。」
押し殺した声で、カーネルはせめてもと呟く。
「・・・お前を縛る「無敵」は砕いた。力を失ったと戦いをやめるのも、残った力で戦いを続けるのも、お前しだいだ。」
心のおき場所としての憎むべき己と、見方を帰ることによっての生き方を変えうる可能性を提示し。

そして、駆けていくカーネル。
立ち止まったままの、綺羅。


対エヴァンジェリスト戦闘は、最終決戦の時を迎えつつあった。




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