第十一の断片「誰も彼も、分かっていながら・・・」
中国大陸。そこでもまた、「正義の戦い」が、その地にあるもの全てを蹂躙しようとしていた。
轟々と音を立てて、仙境を思わせる大陸奥地の基地が燃え落ちていく。
ビリビリと空気を震わせて・・・地下のアジトが陥没して崩れ落ちていく。
爆沈した飛行船の炎と、撃破された巨大ロボットの煙が、赤と黒に水墨画が似合っていたはずの風景を塗りつぶしていく。
その日、この地で長きにわたって対決し続けた二つの組織、国際警察機構とBF団は、諸共に崩壊の時を迎えつつあった。
「まさか、我らが共闘することに、なるとはな。それも、善悪のところを違えて。」
黒いゆったりした衣を翻し、黒い髭が特徴の、壮年の男が笑う。
十重二十重敵に囲まれながら、尚。その豪胆は、彼が持つ超能力と、彼の責務から来る誇りに由来する。
彼の名は、ライセ黄帝。国際警察機構の、九大天王の上に立つ長。
「共闘しようと思っては居なかったし、人間のために戦うつもりももう無かった。単に、自衛に適切な手段をとっているだけだ。」
白髪で白い詰襟服を纏う美少年が、むっつりとした表情で答える。
数え切れぬ敵に囲まれながら、尚。その豪胆は、彼が持つ超能力と、彼の責務から来る誇りに由来する。
彼の名は、ビッグファイア。秘密結社BF団の、十傑集の上に立つ長。
「相変わらず詰めた思考をすることだ。わしと戦っていた時も、悪の組織と戦う奴とは思えんほど、冷徹な手をびしびしと打ったものだが・・・そんなだから、人間の醜さや不条理などに絶望するのだ、バビル二世。」
ライセ黄帝は、ビッグファイアを、かつて三つのしもべとともに戦った正義のエスパー少年の名で呼んだ。
「お前も相変わらず、優しいことだ。世界征服を目指していたくせに、部下を大事にして絶対に見捨てなかったあの頃と変わらない。実際、正義の長をしているほうが、どう考えても似合っている、ヨミ。」
ビッグファイアは、ライセ黄帝を、かつてバビルの塔を奪い世界征服を目論んだ悪の首領の名で呼んだ。
「黄金の混沌」を戦った二人のエスパーは、その後道を交差させ、善悪を違えて、再び組織の長同士として戦い・・・そして今、背を合わせて共闘している。
なんとも不可思議な、運命の皮肉だ。
「お互い皮肉なことだが・・・どうする。この戦況を。」
そして、ライセが周囲を見回す。
舞い降りる、鎧を纏った天使の群・・・そして、甲虫の外骨格を鎧兜にした巨人、とでも言うべき、軍天の機動兵器、ヘラクライスト部隊。
HAの「正義の戦い」は、「ゼウスの雷」事件と魔天での戦いを経て、バリスタ素を含めて三者不文律的な共闘関係となっていた国際警察機構、そしてBF団にまで及ぶに至ったのであった。
天使たちに、BF団のエージェントと国際警察機構のエキスパートが共にあたり、ヘラクライストには、BF団最強の巨大兵器・三つの護衛団と国際警察機構の切り札・ジャイアントロボが激突する。
「アルベルトの言を借りるのであれば。我らの決着は我らだけでつける。HAなどに邪魔をされてたまるものか、と言いたいところだが・・・それを望むには相手の数が多すぎる」
「魔天でも、今頃はこの有様か。」
ビッグファイヤの返事に、ライセは天を見上げる。
ガーライルの手先たるロードに影から操られていた、天の正義の園。バリスタスとBF団の介入で皮肉にも自立と独立を取り戻した、魔女たちの世界。
魔天。上位次元を構成する、4つの天の一つ・・・穏やかで美しい世界だったが、そこもまた戦場となっていた。
正義の手は、ガーライルにとっては裏切者と言うべき、魔天へも伸びたのだ。
だが、彼女達にしてみれば、裏切ったのはガーライルのほう。偽者の正義を与え、粛清を押し隠し、女王を傀儡として操っていた、ガーライル。
「皆さんっ、頑張ってくださいっ!!」
懸命に声援を飛ばすのは、プリルン亡き後の魔天政府を運営する、あの戦いに参加したメンバーの一人、パドドゥ。
戦闘能力は未だまだまだだが、優しい心と純粋さを失わない志ゆえに、魔天の皆を引っ張る牽引役として、
「ひいー、まさかこんなことになるとは・・・けど、アンタが頑張るってのに、ライバルのアタシがまた退く訳にもいかないっしょ!?」
「ええ、もう、本当に!」
ピピン・ラシップ、ミュミュ・ピステリカらマジカルキャリアたちも、共に後方支援を行っている。魔天は、その変革からロード襲来までの僅かな時間に、何とか再統合を成し遂げていたのだ。
「マハリク・マハリタ!」
「吹っ飛べぇいっ!!」
前線を支えるのは、BF団幹部兼、魔天の王と王女である「衝撃の」アルベルト、サニー・ザ・マジシャン。
「小狼君、知代ちゃん!」
「おうっ!」
「はい、いきましょう桜ちゃん!」
復帰したカードキャプターとその仲間達。
「・・・パドドゥが見てるんだ。俺もお前も、遅れはとれねえぞ・・・行くぜ!」
「はい、ノノお姉ちゃん!」
魔法の力はなくしたままであるが、今や正義の魔法少女だったかつての志を取り戻したノノノンと、前回の戦いの痛手から回復し、それに付き従うDプリンセス。
白蛇のナーガとその妹アメリア、他、復帰した魔法少女達も同調したものは戦列に加わっっている。
だが、それでも、彼女達の戦いは厳しい。
「無茶だよね、分かってる。けど・・・」
天使たちの群に飛び込み、律儀にも破壊力抜群の大鎌とガトリング砲を、相手の武器と防具のみにピンポイントで当てて破壊していくノノノンを見て、パドドゥは愛らしい顔立ちを心配に歪める。
自分達の正義、に、目覚めてしまえば、それに従わずには居られなくなる。
魔法少女、魔女っ子としての、善性溢れる正義と、誰かを傷つけることは、本来的に合致しない。故に、どうしても「犠牲を出さない、相手を出来るだけ傷つけない」戦い方を、彼女達はしてしまう。それは、どうしても負担と疲労、そして自分達の犠牲が大きくなる戦い方だと、分かっていても。
しかし、あの戦いの最後、僅か数体で戦闘の趨勢を覆しかけたロードたちも、もうじき来る・・・彼らに対しては、全力で応じざるを得ないが・・・
この戦いで消耗した自分達が、ロードの攻勢を退けることが、果たして、出来るのか。
強く理想を思うパドドゥの心にも・・・不安は強く渦巻きはじめていた。
再び、中国大陸。
「不幸中の幸い、敵主力の鎧天使たちは、安定した力を持っていても突出はしていない。十傑と九大、それに僕とお前が打って出てかき乱し、通常エージェントとエキスパートは各部隊ごとに編成して脱出させる。」
「人命優先、というわけだな。」
「戦力を残存させる可能性は、それが一番高い。」
無表情に周囲を見回すビッグファイヤ。その言葉を確認するヨミには、無表情のまま反論するが・・・
その二人のまだ余裕のある動作に、周囲を囲んでいた天使の軍隊が、ざわっと動いて視線が来るたび後退しかけては態勢を立て直す。
平然と会話している二人の足元には、既に打ち倒された天使たちが数多。
追い詰められていながら尚、地上最精鋭の幹部集団を有する組織の首領二人は、それだけの力を持っていた。
「バリスタスは?」
「此方を巻き込んだのは向こうが先だ。自力で生き延びてもらう・・・現に、既に向こうも動いている。東南アジアと中国支部とで、内陸に後退しながら戦線を構築している・・・」
「拡散撤退を選ぶ我らの代わりに、踏みとどまりながら戦線を構築して後退することで、自分たちに敵をひきつけるつもり、なのかもしれんぞ、バリスタスめ。」
「・・・不器用な、まねをする。」
バリスタスの動きを読んでのビッグファイアの作戦。そのビッグファイアの作戦すら、バリスタスは最初から想定しているのではないかという、ライセの指摘。
ライセの指摘に、ビッグファイアは・・・かつてはそういった情すら利用して戦ってきたが・・・僅かに無表情を破られ、苦渋をにじませる。
流石にこの土壇場、あたかも巻き込んだ責任を取るかのようなその行動には、流石に心が動いた。だが。
「孔明!聞いたとおりだ、行け!」
「は。既に!」
今は首領として動き続ける。テレパシーで遠隔の軍師に指令。しかし孔明もさるもの、ある意味テレパシーより超能力じみた先読みで、既に部隊を動かしていた。
「それでは・・・我らも行こうか。」
そして、ライセ皇帝・・・ヨミが構え。
「ああ。」
ビッグファイヤ・・・バビル二世も応じ。
「っ・・・・・!!」
エネルギー衝撃波が、天使の軍団をなぎ払う。・・・射程範囲の相手は全て消し飛ぶが、射程範囲外には未だその数十倍の敵が雲霞の如く。
それでも尚誇り高く、両組織の首領は・・・BF団、国際警察機構の最後を飾る突撃を敢行した。
そして。
「十二天星側との連絡は!?」
「そこまでは取れました!しかし、そこから先・・・アフリカ支部、夜真都には連絡が・・・!」
「長距離通信は撹乱済みか・・・兎も角、いまは東南アジアとの連絡・連携を優先する!皆の者、落ち着いて避難せよ!殿軍はこのわしが務める!」
中国支部の仮面怪人たちは、アジトを引き払い、十二天星と合流するべく、長い撤退行動を開始していた。
それぞれに特殊な能力を持つ仮面怪人たちだが、どちらかと言えば奇襲奇策的な能力が多く、また、仮面怪人の軍団として数でかかることも想定していた部隊だけに、自分達より多い相手を、真正面から受け止める迎撃戦・退却戦では、些か旗色が悪い。
殿軍に蠍師匠が立ち、その軍略で皆を動かしまた自ら技を振るって天使を防がねば、当の昔に瓦解していたことだろう。
「せめてロウランさんがこっち側なら・・・」
「ええい、それは言うな!」
漏れる弱音を叱咤する。自分の正義を見つける為、一時バリスタスと共闘したプロトガーライルフォースマスター・ロウラン。
彼女は、バリスタスが北米での虐殺を行った時から、それまで身を寄せていたバリスタス大陸支部から出奔していた。
完全に敵対関係となったわけではない。しかし、味方とは今はいえない、微妙な関係。
全てを飲み込んでいく天使の軍勢へ、ソレは間違っていると言うように、攻撃を仕掛けてはいる。しかし、バリスタスと戦線を共にすることは無い。
それが居れば、という弱音を、蠍師匠は叱咤する。
「・・・・っ」
何よりそれは、彼女の自由意志を認めた、第三天魔王まんぼう本人が、一番痛烈に感じていることだから。
戦力としてというよりも、友として。
絆を重んじたからこそその心のあり方を認め、だからこそ、去ることを認めずには居られなかった。
「ええい、もう!」
妖精めいた半透明な、しかしプロペラのように配された背中の五枚羽をきらめかせ、それでも、まんぼうも飛び立つ。
縫い包みの姿を止めた、戦闘形態で、蠍師匠に加勢する。
ここまで状況が悪化したのでは・・・縫い包みの姿での能力、喜劇空間は役に立たない。
「誰も彼も、分かっていながら・・・」
戦力差は圧倒的と知りながら、最後まで超人として戦い続けずには居られない、BF団と国際警察機構の男達。
ロードを送り込まれれば勝ち目は少ないことを分かっていながら、消耗の激しい殺さずの戦いを続けずには居られない魔法少女達。
まんぼうたちへの思いを分かっていながら、己の正義を誓ったが故に、共闘できないロウラン。
そして、そのロウランのことを誰より分かっているから、その元にいけないまんぼうと。
それら全ての原因であることを承知しながら、撤退を続けるこしか出来ない、バリスタスと。
「わかっていながら、この有様かっ・・・!」
ある意味では、既にこれが悲劇であるが故に。
ある意味では、既にこれが喜劇であるが故に。
ある意味では、その力の持ち主の思いが既に喜劇的では無いがゆえに。
喜劇空間ではなく、今は次元をゆがめる力で持って、まんぼうは戦うしかない。
大陸のバリスタスは、戦い続けるしかない。