秘密結社バリスタス第二部大西洋編第七話 夜よ進め、光を打ち破れ

「できた〜〜っ!!」
秘密結社バリスタス北大西洋支部である移動要塞「神を突き刺すバベルの塔」。その一室で、フェンリルの喜びの叫び声が上がった。
長い間作業に熱中していたようで、染料で色の付いちゃった手で額の汗と、へばりついた髪の毛を拭う。

フェンリルがやっていたのは、旗の製作だった。ただ旗と言ったが、とるに足らないちゃちなものではない。
国旗だ。これから彼女が創り拓く、新たなる国の。彼女たち夜の諸族が安心して生きることの出来る国、「夜真徒」の。
「でっ!きっ!た〜〜〜!」
よほど嬉しかったのか、旗を掲げてもう一度フェンリルは叫ぶ。
黒い、夜空をイメージした地色、その中央に鮮やかな黄色の真円は月。日本国旗と同形かつ対照的な配色で、彼女たち夜の住人を見守る月夜の空を現している。
「みんなに見せてあげよっ!」
跳ねるように起立すると、善は急げとばかりフェンリルは駆けだした。

「神を突き刺すバベルの塔」の内部は、外から見た巨大さと比べても尚広い。明らかに、要塞自体の体積より内部空間のほうがでかいのだ。
普通あり得ないこの現象こそ、この一見山にしか見えないものが超科学で鎧われた要塞であることを示している。かつて科学特捜隊と関係があったと言われる博士が、次元と空間・時間・ベクトルを自在に操る異次元怪獣ブルトンを分析して得た、空間湾曲技術の成果。
それにより広大な空間をゆがめ、たくしこむようにして物理法則以上の大容量を実現しているのだ。
そう、それこそ、その中に大量の兵器と北洋水師全員並びにその生活を維持する補給物資を詰め込んで、尚広大なスペースを持つほどに。
フェンリルが長い長い廊下をその脚力を前回にして駆け抜け飛び込んだのは、その一室。
「みんなっ!」
「あ、群主!」
「夜真徒国群主フェンリル閣下に、敬礼ッ!!」
満面の笑顔と共に飛び込んたフェンリルに、室内にいた者が驚いて礼をする。
ダークグレイの髪をアップにまとめた赤い瞳の女とずんぐりむっくりの二足歩行する毛虫というか抜け落ちた毛がまとわりつく亀の子たわしのでっかいのと言うべきか、ともかく風采の上がらない生き物。
イギリスで保護されたヴェドゴニアのラルヴァと、東京でバスジャック事件を起こしたのをバリスタスに引き取られたダークザイドのシュランザである。
「いや、そーゆーのなしなし。」
そんな二人の仕草がおかしかったのか、はたはたと手を振り、そして思い出したようにその手に持っていた旗を広げる。
「そうそう、みんな、見て!遂に出来たよ、ボク達の国の旗!」
さっと広げられる、夜空に満月の国旗。
途端に、部屋に歓声が満ちた。この部屋はさしあたっての夜真徒国民の居住地であり、各地から逃れてきた吸血種の血を引く子供達がいる。それが一斉に歓声を上げ、中には伏し拝む者もいる。
彼等の悲願が、安住の地が、新時代が訪れつつある証明。希望の象徴、だから。
もっとも、「夜真徒」は未だ国と言える程の体裁をなしては居ない。国旗はあるし、憲法もある。政府と言うには未熟かも知れないが群主フェンリルを中心とした上級吸血鬼・・・と言っても、生き残った者の中であり、昔の基準からすれば全員ひよっこ赤子の類ではあるが・・・の意志決定機関としての議会がある。
ただ領土は無いに等しい。この要塞の間借りした一室と、建国にはせ参じた者の内、僅かに土地を持っていた者の所有地、それだけである。マリネラ内は通行の自由を認められているが、いかんせんただでさえ猫の額のように狭いマリネラ領を譲ってもらうわけにも行かない。
そしてもっと酷いのが人口である。夜族は殺されない限りは不死の寿命を誇るが、イスカリオテ機関他に殺されまくってしまいそんな長く生きている者などほとんどいない。少年、青年と呼ばれるレベルのものが数十人、あとは僅かに人狼やダークザイドなど種族として命をつないでいける者達の、血の薄い生き残りの子供達が、それを全部併せても何とか数百人といったところか。
ダークザイドにいたっては一時期は絶滅したと信じられていたが、シュランザの一件の後悪の博士とフェンリルが捜索した所、以外にも生き残りが発見されたのである。その探し方が、社会にうまくとけ込めずにいじめにあったりしている者をリストアップしていったら見つかったというのだから、何をかいわんや。往事のダークザイド幹部、将軍ザンダーの人間を闇生物に変える作戦や、一時期は東京を支配しクーデターすら起こして見せた暗黒騎士ガウザーが行っていた人間とダークザイドの混血を可能にする実験の成果と思われる。
そして仮に国連に国家としての独立を宣言しようとしても、吸血鬼の国など信じてももらえないし、信じられたら今度は駆除と言う名の殺戮が行われるのがおちであろう、存在自体許されるはずもない。
それでも一応、各国の「裏」を取り仕切る機関や各種組織には独立宣言を叩き付け、全ての吸血鬼並びに緒類似種族の保護を宣言しているが。その程度の防衛力ならば、一応はある。
ともかく、やるべきことをこなしていくしかない。例え道は遠くても、歩いていれば何時かは届く、歩みを止めるわけには行かない。
「ああラルヴァ、群主フェンリルがお越しになったのか。たった三日とはいえ何故か久しく感じられるよ。」
そう芝居がかった口調で言ったのは、新たに現れた少女の妖魔・・・吸血鬼の中でも特殊な一種族で、下位次元は魔界と強いコネクションを持つ、妖魔。フェンリルとはまた違った意味でボーイッシュでありながら吸血鬼特有のノーブルな美貌で、きらびやかでありながら細身のプロポーションを引き立て浮き立たせる、貴族風軍服とでも言うべき格好をしている。
魔族に近い故本来その髪の毛は綺麗な蒼のハズなのだが、彼女の髪の毛は髪の毛の色と瞳が碧と蒼のまだら模様になっているのが奇妙だ。
「あ、アセルス・・・」
その名を呼ぶフェンリルだが、何だかその声には嫌そうな、飼い主に病院に連れてこられて注射をされるのがわかってる犬のような(犬というと大変フェンリルは怒るが)感じがある。
「ああ、寂しかったよ群主!」
しっかと、アセルスの髪の毛と対応する緑と青のオッドアイ(左右色違いの瞳)が、フェンリルの金の瞳を捉え。
同時にフェンリルの獣のしなやかさと女のまろやかさを持つ体に、アセルスがその華奢な体を絡める。
「寂しかった・・とても・・・ラルヴァはつきあってくれないしするべき務めは多く重い・・・待っていたんだ、群主フェンリル・・・」
「あ、ああうっ・・・!」
硬直状態のフェンリルの体をアセルスは確かめるようにかき抱き、白い花のように滑らかで綺麗なその手がさらさらと、痴漢のような嫌らしさなど微塵も感じさせない癖に・・・とても。とても、性的な。
フェンリルはなかなか体を動かせない。アセルスは魅了の術に長けており、最初に目を合わせたときに既にフェンリルにそれをかけていたのもあるが、アセルスの作り出す刺激が酷く敏感な改造人狼の神経系をオーバーフローさせているのだ。
「ひゃう!?こ、こらっ!!」
「あつっ!?〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
そのショックで金縛りが溶けたフェンリルが、アセルスの頭に肘撃ちを叩き込む。コンパクトなモーションでかなり的確に当たったらしく、頭を抱えてしゃがみ込んでしまうアセルス。
「ええいっ!やめてってばいきなりこんなところで!子供も見てるよ!」
確かに周囲にいた子供達は幼い者はきょとんとし、その意味が分かる者は顔を赤らめて、でもともかくこっちを見ている。
「ふふ、群主様は恥ずかしがり屋だなぁ。見られなきゃいいんだね?それなら今夜・・・」
わざとそこで言葉を止め、艶っぽい微笑みを浮かべるアセルス。一瞬フェンリルは顔を真っ赤にするが、慌て手首を振るとまた怒鳴りつける。
「ば、ばかっ!ボクは女の子を恋愛対象にする趣味はないの!」
ばたばたと、つい力加減を忘れてその怪力の腕を振り回す。これは剣呑だと思ったのか、流石にアセルスも退いた。とはいえあれだけべったりまとわりついた姿勢から、振り回されるフェンリルの腕に当たることなくかわしたのは流石である。
「はははっ、軽いスキンシップじゃないか群主。そんなに顔を赤くして・・・敏感なんだねぇ。何だか本気でオとしたくなってきた」
「や、やめ〜〜い!!」

そんな二人の様子を、相も変わらずと言った感じで頭を抱えながらラルヴァとシュランザは見守るしかなかった。

国旗の披露が済んだ後、フェンリルはラルヴァ達と今後についての会談を執り行った。部屋を移して、今度は「神刺塔」の会議室。
「やはりアースランド家、石仮面系吸血鬼、スレイヤー伯爵家、正統伯爵家、マキシモフ家、いずれもその血統は絶えておりました。ですが、スラヴ地方人狼族の生き残りは何とか確保できたのが大きな収穫です。一部ロシアの秘密特殊部隊にその能力を狙われて徴用されていたものもおり、奪回にはかなりの苦労が伴いました。」
そういいながらも、ラルヴァの表情は冷静で揺るがない。だがそれが決して楽なことではなった事をフェンリルは知っているし、そしてそれ故にラルヴァ、この決して弱音をはかない頼もしいヴェドゴニアに対する信頼と友情が沸き上がる。
「だ、ダークザイドの地上での生き残りは、もうあれで全部のようです。闇次元は既に崩壊して久しい以上、そちらにもこれ以上の生き残りは居ないものと、思われますです、はい。」
妙に腰の低い口調で、シュランザが続ける。彼は一応矯正の後ダークザイドのまとめ役としての任をまかされているのだが、真面目なのはいいが少々引っ込み思案なところがある。まあ、これが彼の本来の姿なのだろう。
「我等以外の吸血種を擁する組織ですが、どうも新たにもう一つ・・・今まで認識していた連中の他に、タロンも何かしらの研究を行っていることが判明いたしました。」
そして、アセルス。さっきのような奇矯な言動を取ることもしばしばだが本来切れ者である彼女は、まだリーダーとしての経験の未熟なフェンリルの良き(体を求めてくること以外は)補弼役となっている。
「へぇ。でもタロンの技術力はそれほどでもないわけだから、せいぜいがグール製作程度じゃないの?」
「ええ、私もそう思っていたのですが、どうもそうではないらしい、予想外に高度な研究が伺えます。「最後の大隊」や「蝉の王」から情報を吸い上げているか、もしくは・・・我等の仲間を手に入れているのかも知れませぬ。これには対処が必要です。」
「・・・解った。」
アセルスの言下に込めた思いは、フェンリルにも理解できる。捕らえられ、実験台にされているのだろう。彼女たちの仲間である吸血鬼が。
断じて、許すわけには行かない。
「ともかく、力を付けないと・・・ラルヴァ、どうなってる?」
こうべを巡らせ、今度はラルヴァに問うフェンリル。頷くと、ラルヴァは起立し、回答した。
「それで、目下の我々が把握・確保している吸血鬼並びに諸夜族・・・我が国の「国民」の名簿です。」
そう言ってラルヴァが手渡してくれたファイルを、ぺらぺらとフェンリルは捲り。
「やっぱ男手も大人も足りないなぁ・・・」
ため息を付くフェンリル。この余りにも虚弱な新国家の山積みの問題の内、この問題はとくに頭が痛い。人類との力関係が逆転し吸血鬼が狩られる側に回って幾星霜、矢面に立って闘ってきた男性人口は、既に通常生物だったら致命的なレベルでの現象を見せていた。吸血鬼は吸血により仲間を増やすことは一応出来るが、目立つ活動を忍ばねばならない以上吸血鬼になりたいという奇特な人間を捜さねば生き血もすすれない昨今、人口増殖率も低い。
この問題は下位次元民族でもやはり懸念されているが、下位次元という自分たちの世界を持っていた彼等はまだましである。
「シオンちゃんにピート君だろ、それにモスキートンあとダークザイドのシュランザ君・・・」
厳密に言えばピートは吸血鬼ではなく吸血鬼と人間の混血・ダンピィルなのだが、夜真徒の中ではそんな下らない差別や区別はない。それに加えて、ピート=ブラドーは地中海のブラドー島という島を小島とはいえど丸ごと領土に持っており、狭く点在する夜真徒の中では有数の大領主であったりする。
「せいぜい成熟したヴァンパイアとしては、そのていどだろう。まだ東洋地区には探索の手が及んではいないから、そっちには居ると思われるが・・・」
さっきはあれ程アセルスの声も、深刻な呟きに変わる。
(東洋種か。)
思いをはせるフェンリル。JUNNKIが遭遇したという東洋吸血鬼・夕維とその相棒である不死人・那鬼・・・
「まあ、男など居なくてもやっていけると言うことを、証明してやろうではないか群主!私と!」
「だからやめんかぃ!このエロレズ妖魔〜〜〜!」
ってアセルス結局元に戻っているし。
そうは言ってもフェンリルには、どうしてもこの娘を・・・と言っても、実はアセルスのほうが年上なのだが・・・邪険に扱う気にはなれなかった。

アセルス、最後にして部下も領土も城も無き「妖魔の君」。
彼女は性格には生粋の妖魔ではない。先代の妖魔の支配者、オルロワージュの馬車にひき殺され、彼の気まぐれでその血を受けて蘇生させられた、半妖魔・・・だった。
彼女は人間であろうとした。オルロワージュの「もの」であることを拒否した。オルロワージュの寵姫でありまたアセルスの目付役であった妖魔・白薔薇姫と共に城を脱し、そしてオルロワージュと戦い。
一人に、なった。
オルロワージュを倒したアセルスも、人から見れば所詮同じ化け物に過ぎなかった。生家に帰れば亡霊と呼ばれ、半妖特有の緑色の髪と瞳はどこへいっても彼女を孤立させる。
人であることにこだわったわけではない。ただオルロワージュの無軌道が許せなかった。彼女は自分に従ってくれる白薔薇が、贅沢など言わない、人でも妖魔でもない自分をありのまま愛する者と生きていける場所さえ有れば、それで良かったのに。
彼女たちは追われ、責められ、迫害され、攻撃され。
その中でアセルスは、白薔薇を失った。

人を呪い、力を願い、自分が滅ぼした妖魔に自分がなってでも、人と戦おう。アセルスはそう思う。だが、それも出来ない。アセルスは人でも妖魔でもなく、どちらを憎みきることも、どちらかになりきることもできない。オルロワージュとの戦いにしても彼女が倒したのはオルロワージュと少数のその取り巻きで、他の妖魔達は人間に滅ぼされたのだ。
己の体の妖魔の血を高めようとしても、せいぜい四分の三妖魔といったところまでしかいかなかった。結局アセルスは、彼等人間にはいい道具だった、と言うことだ。
そんな過去を背負って自ら「妖魔の君」を名乗り、辺境の城に一人立てこもり、イスカリオテの刺客と戦い続けてきた孤高の少女が、久々に会った仲間と呼べる存在についつい興奮してやりすぎても仕方のないことだろう。
とりあえずフェンリルは、そう解釈してやることにして大目に見ている。
そういう訳で、フェンリルの悩みは絶えない。
「「最後の大隊」の連中は逆に、大半はむっさい兵士男ばっかなのにね〜。」
南米の本拠を置く、ナチの残党である。普通ならばとっくの昔にジジィになり果てているところだが、兵器として研究していた人造吸血鬼となることにより半世紀を生きながらえてきている。
「抱き込むことは、出来そうでしょうか?」
「難しいでしょうね。何しろ連中は吸血鬼と言うよりは、戦争狂の人間っていったほうがいい。」
シュランザの提案だが、ラルヴァは難色を示す。
しかしその提案を、フェンリルは真剣に考え始めていた。もっとも未だ明確な形になっているというわけではなく、結局発現しないまま次の議題にうつる。
「では次に医療施設ですが、これは元々このバリスタスとマルレラにあった設備の借り受けなどをして先週に一通り準備が完了、現在集まった国民の身体検査・治療などは既に進行中です。」
「うん、それはいい。で、子供達の教育についてだけど・・・」

そうして会議を進めていると、フェンリルが襟に付けていた、流れ星をかたどったバッジのようなものが急に電子音を立てた。それは実はバッジではなく、博士がかつて関係を持っていた「黄金の混沌」期の特殊調査組織・科学特捜隊の使用していた小型通信機。これも博士の妖しげなコレクションの一つである。
慌てて通信機のスイッチを入れると、フェンリルは何故か相手が何か言う前に驚いて叫んだ。
「何ィ!?」
「まだ何も言ってませんよ〜〜!?」
唐突なフェンリルの言葉に、電話口の相手はもっと驚く。
「いや、冗談。で、どうしたのジル?」
銀色のロングヘアをなびかせる吸血鬼の少女を思い出しながら、フェンリルはうってかわって真面目な声に戻る。恋人というか継嗣候補というか微妙な関係にある人間・・・花丸森写歩郎(はなまるしんじゃぶろう)という妙な名前の日本人青年だったハズ・・・と一緒に、日本からわざわざ人手不足のこの夜真徒に来てくれていた。何時か皆で、あの国に行くために。
そんな彼女の役割は対外諜報の伝令・・・いわゆる通信係だ。そこからきた情報と言うことは、何か一大事である可能性がある。
「組織「蝉の王」エージェント・吸血人狼ブルコラカスを名乗る方から、至急お話がしたいと・・・!」
はたして、それは当たった。
ブルコラカス・・・かつて下位次元種族オルグ、それと東洋種吸血鬼である夕維との邂逅時にフェンリルがバッティングした、「蝉の王(タルヴァーン)」の改造人狼。


「魅那さんっ!魅那さんっ!?」
通信機を頭のてっぺん近くに生えた狼の耳に少々使いにくそうにあてながら、フェンリルは呼びかける。
吸血人狼ブルコラカスこと奥津城魅那とアンドレイの兄妹は、本来バリスタスの敵・組織「蝉の王」の構成員である。しかし彼等二人はまた、ダキア(トランシルバニア)生まれのフェンリルと同族の人狼でもあった。故にそもそもそれほど激しい敵対関係でもなかった両組織の間で、フェンリルと二人は奇妙な交友関係にあった。互いに互いの組織が滅びたら片方を助ける、そう誓い合った。
それでこの通信、何かあったことはまず間違いない。しかし、かえってくる音は酷い雑音混じりで、よく聞き取れない。
「鏑木教授の・・・・・・が、最終・・・ザザッ、バリリッ・・・アマゾン、仮面ライダーアマゾン・・・それで、ビーッ・・・・ザ・ザ・・・」
いくつかの名称が、何とか聞き取れる。
鏑木教授とは、「蝉の王」の首領であり、老人と青年の二つの姿に加え「ガイバー」や「戦士シャイダー」「オーレンジャー」などの古代仮面戦士を研究し、独自の殖装体「仮面」を製作していた科学者でもある。
そして、仮面ライダーアマゾン。これに関しては今更解説する必要もない、あの伝説のヒーロー「仮面ライダー」の一人。
しかし、大陸支部からの報告では「蝉の王」と対立するヒーロー集団「仮面舞踏会(マスカレード)」は巻島顎人の手によって壊滅しており、そういう意味で言えば今彼等はむしろ憂慮すべき事柄など無いはず。それが何故、こんな事態に。
その答えが、唐突にフェンリルの耳に飛び込んだ。
「上位次元へのゲートから、桁違いの強さの怪人が・・・!!!」
切れ切れの通信から奇跡的にそれだけははっきり聞こえ、そして直後通信は切れた。
「・・・・・っ、まさか・・・!」
「そのまさかのようだな、我が娘。ロードだ。」
同じく通信を聞いていた博士が、緊迫した声音でフェンリルの懸念を支持する。
ロード。英語でのその言葉と、今この音がさしているものとは何の関係もない、同音異義語だ。
その意味は、古代にこの宇宙に知性体を創り支配しそして消えた、上位次元生命体の支配者、降臨者ガーライル・・・「神」、その意に背く者を滅ぼすしもべ。異形の戦闘天使。
何とか情報の掴めた限りでは九州地区に既に一体が出現、熊本鎮台が壊滅的被害を受けたとの情報もある。「神」の復活が間近いこの時、上位次元への道を開こうとしていた鏑木が抹殺されるのは、当然と言えた。
「私だ、「蝉の王」に関してのことならもう・・・何だって!?」
さらに突然、別の通信機を受け取ったアセルスが、驚愕の表情を浮かべる。慌てて二言三言通信機の向こうに命じて切ると、フェンリルに向き直り報告する。
「群主閣下、大変です。「最後の大隊」が動き出しました!一千人の人造吸血鬼その全てを巨大飛行船の艦隊に乗せ、イギリス目指して飛び立ったようです!」
「えぇ!?何だってまたこんな時に!」
ロードだけでも絶望的だと言うのに、今度は未だ対処すら決めかねている「最後の大隊」である。
「ふむ、パタリロ殿下。英国の様子はどうなっているかね?」
既に臨戦態勢で戦略を巡らせているらしい博士の声に、普段の自信過剰っぷりは見受けられない。
同じくパタリロの答えも、ドケチつぶれ饅頭にしてはシリアス。いずれも、ただの変人ではないということだ。
「まずいだろうな。飛行船なんて手段なのはステルス能力のためだろうし、「最後の大隊」はイギリスのあちこちにスパイを飼っている。奇襲を受ければひとたまりもないだろう。それと・・・」
ちょっと困った顔になるパタリロ。何故なら「普通」の手ならば、これ以上の情報を手に入れることは無理だから。すなわち、非合法の手を使っていることを白状することになる。
しかし、背に腹は代えられないとパタリロは話を続ける。
「実は我がマリネラもこっそり世界各国にスパイ「黒タマネギ部隊」を送っているのだが、そっからの筋の情報だとHELLSING機関の切り札・不死王アーカードは現在大西洋上で空母を乗っ取った「最後の大隊」の手先と交戦中で、戻れないらしい。」
「陽動か。「最後の大隊」も暴れ回り殺し回るしか能のないただのキチ○イの集団だと思っていたが、存外やるではないか。くはは・・・」
低く笑う博士。一方パタリロは笑うどころではない。
「まずいぞ〜。イギリスはアメリカと違って、マリネラと近しいからな。大使館もあるし、ダイヤモンドの販売拠点もある。それにバンコランとマライヒも今イギリスに居るんだよな・・・」
「ふむ・・・」
苦悩するパタリロ。一方博士はフェンリルに向き直り、問う。
「どうするのだ、我が娘よ。」
「むぅ・・・うん。」
真剣に戦況表示盤を睨み、思案するフェンリル。その様子は、群主としての意志と気迫に確かに満ちている。
そして、決断。
「博士!アドラー・ツヴァイを用意して。それと、備遣人が一個小隊居たよね、でもそれじゃ足りないからジェットビートルとか輸送手段をあるったけ!随伴に空蝗兵の部隊を貸して下さい!」
勢い込んだ早口に、慌てて博士は頷く。
「う、うむ。解った。しかしアドラー・ツヴァイなどどうする?」
博士の問い返しももっとも。旧TDF(地球防衛軍)最精鋭部隊、超警備隊の大気圏外往還ロケット戦闘機「ウルトラホーク二号」の設計図を元に博士が作ったメカで大気圏離脱・宇宙戦闘どころか大気圏内での稼働もできるようにしたロケット飛行機だが、弾道ミサイルなみの高速で突っ走るそれは、使用用途があまりに限定されるため今まで使う機会が無かったのだ。
「ボクが乗って、南米に行く。これなら魅那さんやアンドレイさんを助けるのに間に合うかも知れない。」
「成る程。」
頷く博士。確かにこれなら間に合う。
「ぐ、群主自ら、一人で!?」
「無茶です!」
「そ、そんな危険な・・・ロードがいるんでしょ!?」
アセルスとラルヴァ、シュランザが共に悲鳴を上げるが、フェンリルは決意を崩さない。
むしろ、落ち着かせるように易しく説明する。
「仕方ない。ボクは助けると約束した。それにボクの体には博士のくれた「光の巨人」の力があるから、君たちよりもロードの攻撃に耐えられる。それに、アドラー・ツヴァイの加速に耐えられるのはボクくらいのものだよ。大丈夫、体はホントに頑丈なんだから。」
くっと腕を曲げ、力瘤を作って見せて笑うフェンリル。それに未だ心配の色を隠せ無いながらも、
「みんなは、戦える者を集めてバリスタスの部隊と一緒に、備遣人部隊などで飛んで。マリネラの位置から飛べば、イギリスに上陸するまでに「最後の大隊」を補足できる。そしたら・・・」
凛としながらも、どこかすまなそうな顔。
フェンリルは命令を下す。
「彼等を捕まえて欲しい。洋上で捕らえれば下は海、落ちれば連中は耐えられない。けれど君たちはビートルや備遣人で脱出出来る・・・そういって、連中を捕まえるんだ。」
言い切ってから、ぺこりと頭を下げるフェンリル。
「無茶ってのは解ってる。でも、お願いだ。彼等だって、人間だけど・・・夜の闇の中で耐えてきたということに、変わりはないはず。戦争という悪夢を糧にして・・・それを、終わらせたい。」
しばしの間、沈黙。
(だ・・・駄目、かな、やっぱり?)
そう思い、そろそろと頭を上げて表情を確認しようとするフェンリル。
視界に入る、アセルスとラルヴァの表情。
それは、微笑み。
「了解しました、閣下。至急任務遂行可能な者を召集いたします。少々お待ち下さい。」
「え、あ・・・」
自らも腰を折り、そろそろ顔を上げたフェンリルと同じ目線で、ラルヴァが返答する。そして素早く身を翻すとコンソールにとりつき、連絡を取り始める。
きょとんとしているフェンリルに、アセルスが説明した。その顔と視線がフェンリルへ込めた意志は頼もしさと心配が複雑に合成された、優しさ。
「群主自ら率先して無茶して置いて、私達にだけそんなすまなそうな顔しないで下さい。私達は吸血鬼を統べる者・・・彼等に夜のルールというものを教育してあげましょう。貴方と我等の国のために。何故なら・・・その優しさが我々を救ったのですから。」
シュランザも、ずんぐりむっくりした体を傾かせて頷く。
「・・・ありがとう。君達も、死なないでよ。」
勿論、と三人は頷いた。

「ら・・・ラルヴァお姉ちゃん!」
「ん?どうしたの、 君?」
召集され待機する夜真徒の兵士たちと合流するべく廊下を急ぐラルヴァがボーイソプラノの声に呼び止められる。声の主は暗黒騎士見習いシャウトゥー、東京を一時支配したダークザイド最強クラスの戦士・暗黒騎士ガウザー・・・正確には、彼が生命種として衰亡したダークザイドを人工進化させるために作った、彼の改造クローン体のうちの生き残った一人。
父に似ながらもう少し俊敏な感じのある、ダークブルーの装甲に体を覆っているとはいえ、体格はせいぜい小学校高学年といったところか。そんなシャウトゥーが、父の形見である身に余るほど長い刀を持って、立っている。
「僕も・・・僕もいく!ラルヴァお姉ちゃんたちと一緒に戦う!」
その健気な返事に、ラルヴァは先程のフェンリルの、とても国家元首とも思えぬ謙虚な「お願い」の時のようにまた微笑みが彩る。
そして気付いた。・・・ここに来てから、随分笑うようになったと。
シャウトゥーの気持ちは、ただの子供らしい好奇心とか、実際の戦場を知らない者の単純な英雄願望などでないことは、ラルヴァにもはっきり解った。その声が、視線が、伝えている。
死ぬかも知れない、それは怖いけれどでも自分一人安穏としていられない、誰かを守りたいという、まさに兵士という存在の根元を体現する、少年の決意を。
だからこそ、彼をここで危険にさらすわけには行かない。絶滅寸前のダークザイドにとって、彼ら子供は未来そのものだから。
「知っているか!」
「え?!」
ラルヴァは、唐突にシャウトゥーの父、ガウザーの口癖である知識の披露の形を借りて見せた。そのおどけに一瞬シャウトゥーは怪訝な顔をするが、すぐ笑いとサングラスの向こうに、ラルヴァの真意をくみ取ってまじめに聞く姿勢となる。
「世界で最初の民主主義国家アテネでは、国民とはそもそも「戦士共同体」だったと言う、彼等は命を懸け国を守ることで、初めて参政権を得ていたの・・・」
多少いい加減なのも、在りし日のガウザーっぽい。
だがしかし、その裏に込められた思いは本物だ。人と同じ心を持ち人に恋をしながら人を食わねば生きられない、そんな自分の虚ろさと疎外感を埋めるために知識を求めたガウザーと同じく真摯で。
だが正反対とも言える。より幸せな、報われうる真摯さだから。
「だから君の考えは、とても正しい。けれども、それでね、ええと・・・」
ところが、そこでラルヴァはつまってしまう。何か洒落た事を言って押さえるつもりだったのだが、うまく思いつくことが出来ない。
(まあ、そんな柄じゃないし・・・私)
下位次元種族の騎士として洗練されていたガウザーと、死ににくい体を使って犯罪組織で日銭を稼いでいた自分では、やはり違う。
でも今は、今は違うのだから、何とかしなければ。
「だから、そう・・・戦士ってのは、何かを、誰かを護る者、だから。私達に戦士で居させて・・・貴方達を、守らせて。君のその思いと同じものが、私にもあるから。」
そう、ラルヴァは言葉を結んだ。
そして走り去るラルヴァを、シャウトゥーは何時までも見送っていた。


キュゴォォォォォォッ!
けたたましい噴射音と共に高熱が地面を焼く。
密林の中に隠された「蝉の王」のアジトに強引にアドラー・ツヴァイを着陸させ、フェンリルはその先端部のコクピットから地面に飛び降りた。人間なら足を折ってしまう高さだが、極超音速領域の加速Gに耐え抜いたフェンリルには問題にもならない。
降り立ったフェンリルの姿は、いつもとは少し違っていた。怪人形態に変身しているのは当然だが、今日のフェンリルはその上に変わった服をつけていた。いや、服・・・か?それの外見は艶やかな革ベルトとも絹のリボンとも取れる細い布で、フェンリルの首、拳、手首、腕、胸、腰、足に複雑にまとわりついている。一見ボンテージか裸リボンか何か扇情的に見えないこともない格好だが、これは対アーカード戦の教訓から開発された、フェンリル用の新装備なのである。
北欧神話において世界終末の戦い、ラグナロクの時が来るまで魔狼フェンリルを封じ込める、柔らかなリボンのような見かけながら絶対に千切ることもほどくこともかなわない魔法の鎖。それをモチーフに作られたこれはスポーツのテーピングのようにフェンリルの筋力を制御して隙を少なくし、また手首に巻いた部分を延ばせば俊敏な鞭としても使え、弾丸など迎撃するには素手よりもよほど効率よく行える代物だ。
女の髭、魚の息、猫の足音など、材料として使ったが故に存在しなくなったものをもって編み上げられた神話上のそれから、名を「無縛鎖」と言う。
「うっ・・・」
しかしその新装備すら心許なくさせるほど、不気味に。目の前の「蝉の王」の基地は・・・静まり返っていた。
基地が炎上していたり、戦闘音が響いていたりすればまだ何が起こっているのか想像出来る。だが、この墓場のような静寂は・・・まるで、無機物だけを残して、生命がふき取られたように消え去ってしまったような。
嫌な予感に突き動かされ、フェンリルは走り出した。きちんと閉じられた扉を、怪力に任せてこじ開ける。

「〜〜〜〜〜っ!!」
中を見たフェンリルは、その静けさが不気味であった理由をはっきりと認識した。それは死の、墓場の静けさ。
死んでいる。
死んでいる。
死んでいる。

合成人間である「蝉の王」の戦闘員達は死んだら肉体が消滅するため、そこら銃にもぬけの殻の衣服が落ちているだけだが、動物をベースに作られた黒十字軍の後期型仮面怪人に近しい「蝉の王」エージェント達の死に様は余りにもおぞましい。
ずくずくの穴だらけ、まるで全身がスポンジのような有様に食い荒らされている者。
全身を覆う強化皮膜をひきむしられ、筋肉や部分的には骨まで露出している者。
一体どういうことなのか、やせ細って餓死したかのような有様のものや、壁や床に体がめり込み・・・いや。それに気付いたフェンリルは全身の毛が逆立つ。壁に融合して死んでいる者までいた。

明らかに人知を超えた、不可能としか言いようのないことが目の前に繰り広げられている。これがロードの力というものなのか。
(怯えるな、怖がるな、くじけるな・・・ボクは群主だ。フランツ=ゾル=フェルディナンドの子だ!恐れていては何もできない、誰も救えない!)
自分にそう言い聞かせるフェンリル。守るべき者達、今も太輔を求めている者達の顔を思い出す・・・それで、恐怖は消えた。
冷静さを取り戻した目と耳と鼻で、周囲を探る。
「ケェーン!!」
「そこぉっ!!」
物陰から唐突に飛びかかってきた緑色の影、それに向かって思い切り「無縛鎖」の鞭を叩き付ける。それが当たったことにより間一髪、突き出された鋭い爪がフェンリルの体に届くことはなかった。
「誰だっ・・・!」
気付くことは出来たものの後一歩迎撃が遅ければやられていた、そう思うまもなく壁を蹴って再び飛びかかってきて、フェンリルの上にのしかかかった。そこでようやく、相手の正体が確認できる。
「アマゾンライダー!」
飛蝗、そうでなくとも昆虫をモチーフとすることが殆どのクラスMR改造人間において、唯一爬虫である大蜥蜴をモチーフとして選択された、バリスタス幹部怪人JUNNKIの先祖とでも言うべき改造人間。
超古代の色彩の強い技法で改造されたその体はライダー随一の俊敏を誇り、両手の鋭い爪と強靱な顎による野性的戦闘方法は破壊力も相当なもの。以前カーネルが片腕食いちぎられかけたこともあった。
「くっ、この!」
素早く「無縛鎖」をアマゾンの首にかけ、怪力で自分の上からひっぱりのけようとするフェンリルだったが。
「がう?」
と、アマゾンライダーは不意に首を傾げる。
「オマエ、悪イカンジ、シナイ。オマエ、ダレダ?」
たどたどしい日本語。一瞬何が何だか解らずきょとんとするも、フェンリルもそれに答える。
「ぼ・・・ボクはフェンリル。ここにいる友達を助けに来たんだ。」
「トモダチ・・・?」
そう呟くと、アマゾンは指を組んで印のようなものを作る。博士から聞いたことがある、それはアマゾンにとってとても大事な友達との、誓いの印。
鋭い爪を生やした手と、大きく耳まで裂けた顎と赤く大きな目の仮面の向こうに、純朴な青年の顔が一瞬透けて見えたような気がした。
「うん。」
「・・・ナラオ前、アマゾント敵違ウ。」
そう言うとフェンリルの上からどいて、手をさしのべる。その手を掴むと、立ち上がるフェンリル。
「・・・なら、アマゾン、君は何でここに?」
アマゾンのほうがフェンリルよりずっと年上なのだが、相手のたどたどしい言葉遣いに、ついつい子供に話しかけるようにしてしまうフェンリル。もっとも年上と言っても、古代インカの秘宝である「ギギの腕輪」「ガガの腕輪」を持つアマゾンはその中の超エネルギーにより、事実上超古代の支配者「世紀王」と同じように不老に近い体を持っているのだが。
「アマゾン、ヨクワカラナイ。ココデナニカオコッテル、悪イ予感シテ、来タ。」
「そうなんだ・・・なら、ボク達は敵じゃないね。」
ロードがいるかも知れない状況で、仮面ライダーとまでやりあう訳にはいかない。幸い穏和なアマゾンのこと、フェンリルは戦わず仲良くやり過ごすこととした。これがストロンガーとか単純な奴だったらどうなっていたことか、と思わず冷や汗を拭う。
「さぁ、探さないと・・・!!」
「グル、アッチ、血ノニオイ!」
二人とも同時に気付き、走り・・・
そして、たどり着いた。奥津城魅那とアンドレイのところに・・・血の匂いを辿って。
魅那は既に力が尽きたのか変身を解いており、色白で黒い髪を長く延ばした、日本人とダキア人のハーフの、はかなげな美少女という姿に戻ってしまっている。その貴族的なまでに上品な印象のある顔も、人狼の逞しい四肢に変じるとはとても思えない華奢な手足も、血にまみれている。
「魅那さんっ!」
駆け寄るフェンリルに、魅那は息も絶え絶えながら何とか告げた。
「わ、私はいいから、アンドレイ、兄を・・・」
魅那の視線を辿り、フェンリルは真意を理解する。
妹を守るために盾となって奮戦したのだろう、アンドレイはさらに酷く、全身ボロ雑巾のようになっている。そして、それでも人狼形態を保って、立ちつくしたまま気を失っている。
(む・・・!)
これは、まずい状況と言えた。二人の命が危険なばかりではない。この二人の命を救うには、今すぐ手当しなければならない。しかし一端マルレラの北大西洋支部に帰っていては、「最後の大隊」迎撃部隊に不安が残る。そして何より、あのアドラー・ツヴァイの急加速に、負傷した二人では耐えられない。
しかし、この状況はフェンリルも予想していた。
「そろそろ・・・」
「フェンリルッ!無事か!?」
つぶやきと、同時。
「フェンリルさーん!」
現れたのはアラネスとイカンゴフ・・・先だって南米に配属されていた部隊だ。むこうでの負傷者発生を考慮して、フェンリルが博士に連絡を入れてもらっていた。
戦闘員とコネクテッド達が、素早く周囲を固める中、早速イカンゴフが応急措置を行った。
「ま、待って・・・」
イカンゴフが痛み止めの麻酔をうとうとした時、魅那はそれを震える手で制止した。
そして、何とかフェンリルに顔を向け、言葉を絞り出す。
「フェンリル・・・奴らは、もうここにはいない、飛び立った「最後の大隊」を追って・・・」
その言葉のもたらした衝撃。しかしフェンリルは、僅かに目を見開いたのみで、それを受け止める。
「イカンゴフさん、後は頼んだよ。」
そういうと、素早くきびすを返して、アドラー・ツヴァイに乗り込む。
「無茶よ、フェンリル、いくら貴方でもあいつらには・・・」
なおもフェンリルを案じて苦しげな言葉を続ける魅那に、フェンリルは安心させようと機上から笑いかけた。
「ここに来るときも、皆にそう言われた。その皆が・・・魅那さんやアンドレイと同じくらい優しい人達が、危ないかも知れないんだ。」
そう言うと、不意に真剣な顔となり、フェンリルは念を押すようにはっきりと、
「夜真徒国群主ファータ=ゾル=フェルディナンドは、絶対に貴方達二人を助ける。そしてロードを撃退してボクの仲間達をも守り、二人を僕達の国に招待すると、誓う!」
宣言し、誓約する。

再び、エンジン音が渦巻いた。何故か、甲高い叫びもくっついて。


「見えた、あれだ!」
「流石に大きいものだ。」
部隊の指揮を執るのに適した広い室内空間を持つVTOL機ジェットビートルの窓越しに、それを見る。
黒いレーダー吸収塗装を施された、巨大飛行船団。この距離で夜の暗さでは人間の目で捕らえることは不可能だが、夜に生きる者達の目には、はっきりと捕らえられる。
「スキャン結果・・・「最後の大隊」人造吸血鬼達は各飛行船に中隊規模で分乗、いずれに飛行船にも大量の大型ロケット・・・第二次大戦時のドイツ軍の装備を改良して使っているらしいから、恐らくV1・V2の改良型、か。」
「予定通りか。」
ラルヴァの読み上げた情報を聞いて、アセルスは不敵に微笑んだ。
通信機を取り、命じる。
「頼むぞ、シオン。手はず通りに。」
「解ってる。」
返事の声は少年のそれだが、とても落ち着いている。僅かに混じる、風を切るような音。
「それと・・・」
笑いを含みながら、アセルスは付け加えた。
「君の可愛い従者二人、傷つけないようにね?」
「言われるまでもないよ。二人とも、僕の大事な人だ。」

その返事を行った少年は、外を飛んでいた。夜真徒の吸血鬼の中でも空を飛ぶ能力を持っている者は少ないが、彼はその一人だった。
黒曜石を幾重にも重ねたような、美しい「輝く黒」の羽が羽ばたく。巷間の想像において吸血鬼が羽を使うとなれば蝙蝠の皮膜だろうが、彼、シオンの羽は羽毛のある鳥のそれであり、色も相まって夜の天使とでも例えられそうだ。
そしてまた容貌も、天使の例えも空々しいほど美しい。髪の毛は羽と同じ、女も羨むような鴉の濡れ羽色。羽を出すため背中が大きく開いた服と五分ズボンから覗く肢体は、黒い羽や髪と好対照をなす白さで、滑らかで華奢な少年のもの。顔だちや体格は中学校に上がるか上がらないかのローティーンの少年だが、浮かべる表情はかれがその見た目よりも成熟した精神とを持っていることを伺わせる。
「行くよ、ヘレン、レイン!まずはヘレン、頼む!」
空中で手を伸ばすシオン。その延ばした手の先には、備遣人に抱えられた少女が二人。
「うん、シオンくん!」
頷いたのが、ヘレン。柔らかに輝く銀髪のショートヘアで、16歳程か、やや童顔のかわいらしさ溢れる少女だ。
シオンの呼びかけに答え、手を伸ばす。
「・・・頑張ってね。」
もう一方のレインは、腰まで来る黒髪のロングヘア。すらっとしながら瑞々しく弾けるようなボリュームがある体つきをしている、ヘレンより少し年上の印象のある少女、18歳程か。
母のような慈しみをたたえた表情で、主人とヘレンを見守る。
この二人はシオンの従者、とでも言うべき存在。いずれも美しく、聡い娘だ。伴侶を失ったアセルスや未だに継嗣も伴侶も従者もないフェンリルなど初めて会ったとき相当うらやましがったものだが、これには理由がある。
下位次元生命とこの世界の生物の中間存在である吸血鬼は、給血エネルギーなどにより生命エネルギーを補給せねばならない。シオンはその中でも特に属性が下位次元生命体に近く、毎日二人と体を重ね吸血しなければ生きていけないほど、大量の精と血を消費する難儀な体なのだ。
だが。
「契約の元、我が身を守る鎧となれ、ヘレン!」
「イエス、マイマスター!」
瞬間、ヘレンの華奢な体が粒子状に分解し、光の流れとなってシオンの体を取り巻き・・・顔の上半分と体を覆う、女性的な曲線のある銀色の鎧として再顕現する。
これがシオンの能力、己の従者と一体となることにより力を発揮する「ダーククリムゾン」。ヘレンとレイン、二人それぞれ融合した時異なった能力を発揮するが、いずれも大量に消費するエネルギーに見合った強力無比さだ。
「カァァァァァァァァァァァァァッ!!!」
叫ぶ、シオン。その牙の鋭く伸びた口から迸るのは超振動音波。

ドカァァァン!
「う、うわあっ!?」
「何だ、何が起こった!?」
「し、少佐〜〜〜っ!!」

共振波数さえ会えばあらゆる者を振るわせ、粉砕するそれが捕らえたのは、鉄だ。
鉄の周波数に会わせられた音波は巨大飛行船内部にいた人造吸血鬼達の持っていた武装を銃も手榴弾も刀剣類も、飛行船に装備されていたロケット類も、一切合切まとめて崩壊させてしまった。軽合金で構成された硬式飛行船はともかく、これであっと言う間に武装解除である、
「成功だわ!」
歓喜するラルヴァ。早速、降伏勧告を行おうとした、その途端。

ドッガガガガガガガガガガガガ!!!

「うおおおっ!?」
「なぁにぃぃ!?」
唐突に火線が噴き上がり、飛行船団とバリスタス航空部隊を薙ぎ払った。特に巨体の飛行船に集中し、軽合金の装甲しか持たぬ飛行船は次々火を噴く。
ガカァン!
ジェットビートルにも飛んできて翼の端に一発当たった。だがこれしきで対怪獣戦闘用の機体が落ちるはずもなく、怪我の功名か開いた穴の大きさで使用火器が判明する。
「30mm対化物砲『ハルコンネン』!!ってことは・・・」
火線の飛んでくる方角を見る。そこには既に、イギリス本土、ロンドンの街の灯が見えていた。
「しまった、近づきすぎたか・・・って、ああ!」

「や、やった!当たりました!」
地上でハルコンネンを操っていたアーカードの継嗣吸血鬼・セラスは歓声を上げた。流石にイギリス諜報部・バンコラン少佐達も馬鹿ではなく、マリネラを通じてバリスタスのつかんだ情報を察知、迎撃の構えをしいていたのだ。
おかげで今セラスは両腕にハルコンネンを構え背中に自分の体よりもでかい弾倉を背負った拠点防衛装備システム「ハルコンネンU」でもって見事、敵飛行船団を迎撃してのけた。
「やりましたよマスター!私、これで・・・」
日ごろマスターであるアーカードに半端物未熟者扱いされ、名前も呼んでもらえずいつまでたっても「婦警」とぞんざいな呼び方のセラスは得意満面だ。だが。
「ばっ、馬鹿者!!」
「嬢ちゃん前、前!!」
相変わらず不幸に今度は対秘密結社の任務に回されたバンコランと、HELLSING傭兵部隊の隊長で片目の眼帯と三つ編みの髪が特徴のベルナドット隊長がそろって悲鳴に近い叫びをあげる。
「へ?」
と向き直ったセラスが見たのは。
視界いっぱいの燃えさかる飛行船だった。
「わ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!?」
激突。ギャフン。

地上に落ちた飛行船から這い出した、「最後の大隊」の面々。流石に人造とはいえど吸血鬼、この程度では死にはしない。
「ははは・・・やってくれる、やってくれるじゃないか!」
「どうなさいます、代行!」
「大隊」の親玉、総統代行を名乗る「少佐」は、全然軍人らしくないちびで小デブなのだが、それでも精一杯凶暴に笑った。
「若干派手さが無くなるが、しかたない。このイギリスの目に付く者全て、素手で構わん、くびり殺せ!」
「おお!」
それに答える大隊の面々。すぐさま、大混戦となった。
暴れまくる「最後の大隊」それを挟むようにイギリスの部隊と夜真徒の面々は展開しているが、そもそも想定外の状況である。
「がああああああっ!!」
体の右半分にびっしりと呪文を入れ墨した短髪の大女、ゾーリンブリッツ中尉が、HELLSINGの傭兵達を掴んでは投げ掴んでは投げる。
「大尉」という名以外で呼ばれることのない、少しアンドレイに似た無口な軍服の男が、超振動で失った二丁の改造モーゼル拳銃の変わりに、拳を振るう。避け損なった夜真徒の吸血鬼少女・アキバが吹っ飛ばされ宙を舞う。しかし流石に吸血鬼、魔力を操って何とか地面に叩き付けられることを防ぐ。
黒い武装親衛隊軍装に身を包んだ兵士達が、徒手空拳なれど牙と爪を噛み鳴らして突進する。
「ちぃ!」
しかしそれを、バンコラン少佐の早撃ちが阻む。人間を超えた超高速で移動する相手を呆れるほどあっさりととらえ、相手の膝関節に銃弾を叩き込んで動けなくする。マライヒもまた、一度に数十本のナイフを投げる得意の技で、人造吸血鬼をピン留めしていく。
さらに。
「ダンピイル・フラッシュ!」
金髪の青年吸血鬼・ピートが、両手から強烈な閃光を放った。体内に「光の巨人」の因子を持つフェンリル意外に唯一、吸血鬼の力と光の力を同時に使いこなせる彼の必殺技。
反撃とばかりに掴みかかってくる人造吸血鬼を、アセルスが叩き伏せた。その手に握られているのは、自らの妖力で作り出す刃「幻魔」と銘刀「月下美人」の華麗な二刀流。捕獲が目的のため峰打ちで叩きのめしていく。シオンの従者レインも、やはり魔力で作り出した剣で応戦する。
ラルヴァは全体の指揮を行っている。彼女はヴェドゴニアであるが、戦闘能力の高い方ではなく、それを補うための武器も未完成のものが大半のため、後方支援に回っているのだ。
「ええい!」
「危な・・っ!」
突如、そのラルヴァの首筋を狙って。一撃が放たれた。咄嗟に傍らの馬面といっていいほど面長な顔をした垂れ目の吸血鬼、モスキートン伯がラルヴァを突き飛ばして事なきを得る。
「あ〜、外しちゃったか〜!」
対して残念そうでもない気の抜けた声を発したのは、空中に突然姿を現した、半袖半ズボン、何故か獣耳の少年、シュレディンガー准尉。姿を消していたのではなく、唐突にその場所に「現れた」のだ。
「この!」
シュランザが攻撃するが、その体はまるで幻のように消えて、また別の場所に現れる。
「無駄だよ、僕は何処にでもいて、何処にも居ない。そして・・・」
言うと、唐突にシュレディンガーは砕けたコンクリート塊を拾い上げ、それで自らの頭を打ち砕いてみせる。しかし倒れると見えた間にその頭部の砕けた体は消えて、また別の場所に現れたときにはその頭も顔も元に戻っている。
「僕を倒す事なんて、誰にも・・・」
「倒さねばいいのだろう。物理的でない手段ならば容易いことだ。」
唐突に、シュレディンガーの背後から声。咄嗟に振り返ったシュレディンガーが見たのは、バンコラン少佐の独特の深みと鋭さのある目。それが妖しく光る。
「あ、あああ、あわっ・・・はうっ!?」
魅了され、昏倒するシュレディンガー。バンコラン少佐の特殊能力である魅惑の眼力をもろに浴びてしまったのだろう。けっこう綺麗な顔立ちだったし。
「出たな、ホモ助。」
それを見て、自身もシュレディンガーを捕らえようとしていたアセルスが、げんなりした顔をする。男嫌いな彼女にとって、ますます嫌な相手なのだろう。自分も同性愛者と言う点では同じなのに。
「えらい言われようだな。」
「どうも気にくわないんだよ、君は。その鋭い癖に変に耽美な、アイシャドーでもかかってるような目つきが、オルロワージュに似てて・・・!」
そこまで言いかけて、咄嗟に蘇り駆ける思い出を首を振ってうち払うアセルス。目前の戦いに再び集中し、状況を確認する。「最後の大隊」の抵抗は既に散発的なものとなりつつある。体を鎧で包んだシオンに殴り飛ばされ、また一体昏倒する。そもそも武器を奪った時点で、おおかたのけりはついていたのだから。
「おのれ・・・!」
歯ぎしりする総統代行、そして「最後の大隊」の面々の様子に、ラルヴァは呟く。
「殺るつもりできたのでしょう、殺られたからといって文句など言わない事ね」
教え諭すように。
「ええい、やめろ!やめろ!」
あらかた体勢が自分たちに有利になったと見極めたところで、アセルスは剣を振りかざし、叫んだ。
「降伏しろ「最後の大隊」!夜闇の主、誇り高き人狼の長、ファータ=ゾル=フェルディナンド群主閣下の名において命令する!戦いをやめろ!吸血鬼として、人狼として、己の棺と巣に帰り、夜の命としての生き方に戻れ!戦争の夢は終わりだ!」
大音声で呼ばわるアセルス。それを聞いた途端、暴れ狂っていた最後の大隊に同様が走る。
「ゾル・・・?」
「ゾル=フェルディナンドだって!?」
「まさか、大佐!?ゾル大佐の娘か!!?」
フェンリルことファータ=ゾル=フェルディナンドの父であるフランツ=ゾル=フェルディナンドは、「衝撃を与える者」で大幹部「ゾル大佐」を名乗る前は、独逸第三帝国親衛隊の大佐(連隊指揮官)をし、「人狼計画」に携わっていた・・・そう、彼等「最後の大隊」の上司であり指導者。
彼に比べれば今の総統代行・・・少佐など、使いっ走りの小僧に過ぎない。
「ま、まさか・・・」
肥満した顔を引きつらせる総統代行。それに、叩き付けるようにアセルスは続けた。
「その通りだ、「少佐」。その脂肪の回った脳味噌でも、憶えてはいたようだな。ゾル大佐は死しても、その子は今名を継ぎ意志を継ぎ、我等吸血種の主として起たれたのだ。速やかに指揮下に直れ!少佐!!」
やや階級差を強調しながら、威圧する。
へたへたと少佐は座り込み、そして、「大隊」の者共も今までの狂乱ぶりが嘘のように、抵抗を止める。50年間張りつめてきたものが、ようやく終わる。この日をもって秘密結社「最後の大隊」は消滅、夜真徒国に吸収合併された。
「ええ、彼等は我々が連行保護します。この件に関してはマルレラのパタリロ殿下の承認を受けて行動しています。貴国も、先だっての警告を承諾し、吸血鬼保護条約を締結なさった筈。・・・ええ、大丈夫です、我々の責任を持って、彼等がこれ以上無謀な破壊を行うことは阻止します。」
HELLSING並びにMI6の関係者と折衝するシュランザ。ずんぐりむっくりのその体で話す様は妙だが、言っていることは一々理にかなっている。「最後の大隊」が戦闘を放棄した以上、悪の博士がイギリス政府に突きつけた「必要最低限の生命維持活動しか行わない吸血鬼の保護」に合致する。
降伏したとはいえど、彼等は何しろ戦うことだけを目的に半世紀を費やしてきた狂気の集団である。夜真徒の「吸血種が逃走も迫害もなく暮らせる穏やかな夜の世界」とは、ある意味で正反対。共存するには、長期の教育と相手の都合の理解、すりあわせが必要となろう。
それを見ながら、何とかうまくいったとラルヴァはため息を付いた。予定と比べて騒ぎは大きくなってしまったが、それほどまでの被害は出ていないはず。それと言うのも、イギリスからの攻撃がセラスの射撃だけで終わってくれたから。
「しかしまあ、このくらいですんで良かったわ。ここでアーカードが出てきてたら、もっとややこしくなってきていたでしょうね。」
「そ・・・いくらマスターが戦い好きでも、そんなことないで・・・ナイと・・・無いですよね、多分・・・」
殺されかけたことが心の底にまだあるため、ぼやきに思わずその名を出してしまうラルヴァと、一応マスターを弁護しようとするが、何だか否定できる要素が見つからないセラス。
「ところで、アーカードの奴、どこに・・・?」
そして、ラルヴァがふとその拍子に疑問を抱いた、その時。
「ひぐっ!?」
突如、それまでぴんぴんしていたセラスが、目を剥いて倒れた。
「セラス!?」
「あ、あぐぁっ・・・はっ・・・!??」
呼吸が出来ないように喉を掻きむしり、胸を押さえる。力の制御が出来ないのか、パンプキンイエローの衣装の胸元のボタンが弾け飛んだ。
舌が発熱した犬のように口から出て・・・そして、瞳の色が赤から元の色である青へそしてまた赤へと激しく点滅し、口元の吸血鬼の証である牙も、延びたり縮んだりを繰り返す。
まるで、体が人と吸血鬼をいったり来たりしているように。
「な、これは、まさか・・・ッ!?」
その減少の可能性に思い至りながらも、それが信じられないラルヴァ。だったが、直後強烈な気配を感じて咄嗟に飛び退き、その方向を振り仰ぐ。
殺気、ではない。そんな生易しいものではない。殺そうとする意志ではない。強いて言うなれば「死気」。死そのものの気配。

そこに立つ、六体の存在。

それらは、豹のようでもあり。
人のようでもあり。
その融合体のようでもあり。

明らかに、どれでもなかった。

人と似通った四肢を持っている。だが彫刻のように完璧に筋骨隆々たる体と、髑髏を思わせる硬質な頭部は人とはそれが異質な、人間とは全く異なる理の存在である事を示し。
体の模様、顔の造作は豹に似ているが、体毛の一切無い、なめし革か樹脂を思わせ赤青白黄黒とけばけばしい色ながら生きている表皮はそれが豹どころかほ乳類、下手をすれば生物の範疇からも外れた存在であると雄弁に語る。
人造物ではない。見るものはそれを本能的に悟る。部分部分を取り上げれば異形でありながら、それらが寄り集まったとき、そこには明らかに「完全」が存在する。これらは明らかにはじめからこの姿で存在していると、解る。
いや、それは生物として進化してたどり着いたとも、遺伝子を組み替えてこの姿として生まれてきたのとも違うと、なぜだか理解してきてしまう。魂に、それが語りかけてくる。

まったき最初からその姿で、神に被造されたもの。
「ロード・・・!」
存在だけは聞かされていた、神の僕であり、彼女らを滅ぼそうとする者。それだと、ラルヴァは気付いた。
そしてその足下に伏すものは。
「マ、マ、ママ、マスターーーッ!!!」
「馬鹿な・・・あの、アーカードが、倒された・・・?」
セラスもラルヴァも、目の前の光景が信じられない。
セラスを吸血鬼にし、いつも絶対的な強さを見せていたマスターが。
ラルヴァを追いかけ、遊びのように余裕を持って追いつめた、ヘルシングの「ゴミ処理係」が。
不死王の異名を持つアーカードが、打ち倒され、死んでいる。
それまでの体を再構成しなおすまでの状態ではなく、その力、細胞全てを統括するアーカードの力の源と言うべきエネルギーが、消滅している。それは、アーカードの体が急速に腐敗し崩れ去り、灰となって消えたことによりはっきりと解った。

「そんな、マスターが・・・」
苦しげに呟くセラス。その体は既にアーカードとの血盟がとけ、普通なら人間に戻るところだが瀕死の状態から吸血鬼になったため、吸血鬼でも人間でもない中途半端な状態で止まってしまう。
ドッ
「え?」
鈍い音。
セラスは、一瞬何が起きたのか解らず、音のした場所を・・・自分の胸元を、呆然と眺めた。
矢が一本刺さっている。そう理解した瞬間、激痛が奔流となって全身を貫いた。
「きゃああああああああああ!!」
絶叫するセラス。以前受けたアンデルセンの聖別銃剣など比べ者にもならない、後何秒か続けば、そのまま体の内側から焼き尽くされてしまうこと確実な。
咄嗟にアセルスがそれを掴み、掌を焼くのも構わずに胸からそれを引き抜かなければ、本当に死んでしまっていただろう。
「あいつらが・・・!」
ラルヴァ。その睨む赤い瞳に、映る。
六体の豹型ロードのうちリーダーであるとおぼしき、女性的な姿をした黒いロードが、手に持った錫杖をこちらに向け指し示し。
それに答えたロードが、一斉に突撃してくるのを。


「くっ!?うわああああああ〜〜〜っ!!」
赤い豹のロードが振るった剣を、アセルスは幻魔で受け止めた。確かに受け止めたのだが、受け止めた剣も体もまとめて相手の腕一本の力で吹き飛ばされ、民家に叩き付けられてしまう。
「かっ、くはっ・・・!あああ!」
壁をぶち破って家のテーブルに叩き付けられたアセルスは、折れた肋骨が肺をずたずたにするのを認識し、直後肺に湧いてきた自分の血にむせ返り、だくだくと口からそれを吐き出した。
直接剣で受けた傷ではない普通の負傷だったため、妖魔の体は即座に再生を開始する。が、敵がそれを待つはずもない。
「フゥーーーッ!」
間一髪。横っ飛びに跳んだアセルスがたった今までいた場所に、ジャガーロードの剣が叩き付けられた。同時に燐光を放つ「印」が展開、夜の眷属が最も苦手とする神聖霊子が物理力を持つほどのレベルで炸裂し床を吹き飛ばす。
「ハァッ!」
それでもアセルスは反撃する。地面すれすれに、投げ出した体の横に突き出した刀でもって、相手の足のアキレス腱を狙って切る。
ぎし・・・!
しかし刃に触れた赤いまだらの皮膚が鈍い音を立て、それを通さない。無理な姿勢だったが、勢いは十二分に乗っていたハズなのに。
(く・・・なんたる無様、手も足も出ない!これがロードの、神の力だというのか!)
吐血に濡れた歯を食いしばるアセルス。牙が、ぎりりと軋んだ。

「シュウウウ・・・!」
先程弓を放ちセラスを貫いた白いジャガーロードが、歯の間から息を吐き出すような声を出し、指で奇妙な印を結んだ。同時に、その手にどこからとも無く、再び弓と矢が現れる。それも今度は、矢の数が多い。
「くっ・・・ラルヴァあ!!」
「分かった!」
文字どおり血を吐くようなアセルスの叫び。ラルヴァはそれに答え、腰につるしていたものを取り出す。
対ロード装備の一つとして開発された「エルダー・マキナ」の一つ、サインボム(紋章爆弾)。
「シュ!」
放たれる、矢の嵐。それ一つ一つが、致命の打撃となりうる攻撃に、真正面から立ち向かうラルヴァ。外見は手榴弾とそう変わらない紋章爆弾のピンを抜き、投擲する。
直後、普通の爆弾ならば炸裂するはずだが、それは光を発した。その光が空中で線となり、五亡星の紋章を描き出す。
ギィィイ!
それが盾となり、矢を空中でくい止める。
しかし、その間隙を縫って黒いジャガーロードが突進、手に持った槍でラルヴァをセラス諸共に差し貫こうとする。
「ラルヴァさん!」
咄嗟にピートとモスキートンが立ちはだかるが、ロードの剛力に逆に弾き飛ばされてしまう。
「しまっ・・・」
回避が間に合わないラルヴァ。それにラルヴァが避けられたとしても、地に伏し悶絶するセラスは避けきれず、ただでさえアーカードの死で少なくなった吸血鬼の血筋が、また減ることになる。
「幻魔・相破ァッ!!」
ズバァァァッ!
そこに、急遽戻ってきたアセルスが「幻魔」と「月下美人」、二刀流の斬撃を持ってロードを迎え撃つ。二本の刀の生み出す妖力の嵐が、黒のジャガーロードを弾き飛ばす。
「・・・・・!」
しかしそれでもジャガーロードは倒れない。さっきと違い傷こそ与えることは出来たが、屈強な体を誇るロードはその程度で死にはしないのだ。
「え、あ・・・」
その二人の奮闘を、呆然と見るセラス。
「どうして、助けて・・・」
「簡単だ。私はアセルス、妖魔の君アセルス。君が可愛いので寵姫にしたかった・・・それだけ、さ。」
喉の奥にまだ沸き上がる青緑色の血を飲み下し何とか微笑を浮かべるアセルスだが、戦況は絶望的に不利だ。同時に傷ついた体で大技を繰り出したのがたたり、よろよろと膝をついてしまう。
「うわああああっ!!」
「ぎゃあああああっ!!」
折角仲間にした「最後の大隊」の吸血鬼達が、次々と殺されていく。赤と青のジャガーロードがそれぞれ剣を振りかざし、次々と流れ作業のように早く、無感情に、切って捨てている。
「くっ!」
それを阻止しようとするシオンだが、逆にイエローの、武器を持たぬかわりに両手の爪を光らせるジャガーロードに補足される。
「シオン、ここは私に!」
「分かった!」
広域攻撃用のヘレンとの融合では駄目だと判断したレインの叫び。咄嗟にヘレンとの合体を解除し、レインとの融合体勢に入ろうとする。
「シュウウウウ!」
だがその隙を見逃さず、イエロージャガーロードが鋭い爪を持って斬りかかる。狙いは主から分離し、無防備な状態となったヘレン・・・
「させないぞっ!!」
「シオン君っ!!」
咄嗟に腕を突き出し、ヘレンに向けられた攻撃を受け止めるシオン。しかしその代償として、左腕を切り飛ばされる。
自分が切られたよりも悲痛な叫びを上げるヘレン、しかしシオンは歯を食いしばり、残った右腕を突き出す。その装甲の先に、魔力を集中させて。
「ベルゼブルの、紋章・・・受けろっ!!」
それは、彼の起源である下位次元生命、魔族・・・魔王ベルゼブルの魔力。
クリーンヒットし、流石のジャガーロードも吹っ飛ばされる。
「やった・・・がはっ!?」
直後。
「最後の大隊」を攻撃していた赤と青のジャガーロードが舞い戻り、両脇からシオンを刺し貫いた。
そして、イエロージャガーロードも、魔力で焼けこげた体を起きあがらせ、戻ってくる・・・シオンにとどめを刺すために。
「しっ・・・シオン君〜〜〜っ!」
泣きながら走り寄るヘレン。レインと違い魔力の少ない彼女は、単体での戦闘力は低い。行っても何もできないのはわかっていたが、せめて盾にでもなれれば、とまで思い詰めていた。
「う、うおわあああああああっ!!」
しかし、それを追い抜いて、悲鳴のような鬨の声をあげながら、突撃したのはあの臆病だったシュランザだった。
「しゅ、シュランザさん!」
「俺だって、俺に任せ・・・うおおっ!」
倒れたシオンの代わりに、ロードの刃を何度も受けるシュランザ。芋虫みたいな体がずたずたになるが、それでも必死に。

「あああああああっ!!」
ぐじゅっ、ぐじゅじゅ・・・っ
鈍い水音と共に、ラルヴァの絶叫が響き渡る。前線に出てきたリーダーらしい女性型ジャガーロードが、その杖を槍のように使い、ラルヴァを串刺しにしたのだ。
「くっ、いかせない、ここから先には・・いかせないからっ!」
自分の体に突き刺さった杖を片手で握りしめ、唸るように言うラルヴァ。かつては嫌悪の対象でしかなかった長い牙と赤い瞳をむき出した必死の表情も、気にもならない。
後ろに護るべき者が居るのだ。
震えるもう片方の手で腰から拳銃を抜く。Cz75カスタム「イリア」、博士が製作したより小型で破壊力を持つように作った、新型対改造人間銃だ。
発砲。マズルフラッシュがサングラス越しにラルヴァの目に映る。
ズグッ!
「ああう!」
「ルル・・・シャシャシャ」
しかしその至近距離からの攻撃が、防がれた。ラルヴァに刺さった杖の柱頭にある大きな飾りを、顔の前にかざすことにより。必然的に傷口を杖が更にえぐり、激痛にラルヴァは銃を取り落とした。
「く・・・」
ジャガーロードの手が構えられる。恐らく、ラルヴァの首をもぎ取るつもりなのだろう。
それでもなお、ラルヴァは必死に足掻く。希望が、あるからだ。そう、それは・・・
「・・・月が、二つ?」
ふとラルヴァは呟く。ジャガーロードの肩越しに見える空、そこに見える月が・・・二つ。
いや、片方は違う。月ではなく、燃えるそれはロケットの噴射に似ている。


キュゴオオオオッ!!
「グェ!?!!?」
轟音。風が渦巻き、何か紐のようなものが女性型ジャガーロードがからめ取り、一瞬で地面すれすれを、銀の巨体が通り過ぎていく。
「あ・・・あれは!」
途端、ラルヴァの顔がぱっと明るくなった。体を貫いていた杖が抜け、そこから一気に血が噴き出すが、かまいはしない。

彼女は、来たのだ。

シュランザは、大量の出血に意識朦朧としながらも、それでも立っていた。
(退けない・・・怖くない・・・負けたくない・・・!)
闇の中をはい回り、隠れ住み、脅え、その恐怖を紛らわすため酒や薬に溺れていた、あの頃とは違う。
勇気をもらった。バリスタスに、そしてあの人に。
霞む視界の中、シュランザはそれを見た。
拳を握りしめ立ちはだかる、人狼の娘の姿を。

「よくも、やってくれたね・・・ボクの、大切な仲間達を!」
吼えるようにフェンリルは叫んだ。同時に「無縛鎖」をふるって、からめ取った女性型ジャガーロードを思い切り地面に叩き付ける。
強行着陸して炎上したアドラーツヴァイの炎に照らし出された、険しく凛々しい容貌。
「ボクが相手だ。これ以上の理不尽な殺戮、許さないぞ。」
全く無言で、ただひたすら認めない者を殺すロード達。許すわけには、行かない。
「グル・・・。オ前達、イキモノノオキテ、破ッテル。ユルセナイ!」
「アマゾン、君。手伝ってくれるの?」
「ガウ。」
そして南米からついてきてしまったアマゾンライダーもまた、ロードに向かい、背鰭を逆立てて威嚇する。
対してロード達は、無言のまままた襲いかかってくる。
「いくぞぉぉぉぉっ!!」
そして、戦いは新たな局面へ。

第三部へ・・・続く!

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