秘密結社バリスタス第二部大西洋編第五話 突き刺さるは無限の万物、貫く唯一つの意地

「撃て」だの「殺せ」だの、英語での短い会話が夜のビル街の谷間に響く。
同時に、通常銃火器のそれではない派手な発光と音。
常人と怪人の戦いが繰り広げられていた。しかそそれは一見、武装した大勢の大人と一人の少年との戦いにしか見えない。
闘争の片方の当事者は、銀に輝く外装も恣意的な、太い砲身に奇怪な装置がごてごてついた銃、それもレーザーや荷電粒子やプラズマを発射するやつで武装した、黒服に暗視機構付サングラスの男達。
MIB。アメリカにおいて移民宇宙人を取り締まるという名目で組織された、しかしそれと同時に様々非合法活動を行っていると言われる、二十一世紀型の秘密警察だ。HUMAアメリカ支部がHA(人類同盟)として独立してからはそこに組み込まれ、日本における旧HUMAの特甲と同列の主力となっている。
それと真っ向から対峙するのは、日本の高等学校の制服と思しきブレザーを身に纏った少年だ。分けられた髪の下、その目は非常に鋭い。
再びHMIBたちが一斉射撃を行う。しかし少年はその全てをかわしながら強引に突っ走る。
手に持った日本刀の射程距離まで。
「カ、カミカゼ・・・!」
その無茶さ加減と、日本刀という武器からか。年かさの隊長と思しきMIBが思わずそう口走ったときには。
その場にいた十人ほどのMIBは全員斬殺されていた。
首を、胴を、腕をすっぱり切り落とされ即席の血液噴水と化して倒れる敵からすでに数十メートルは離れる勢いで高速走行しながら、少年・・・村正宗の顔には焦燥の表情が宿っている。
ここまで圧倒的でありながら、何故と人が見れば思うかもしれない。しかし。
「っ!」
次の瞬間村正宗は横っ飛びに跳ぶ。直後たった今まで村正宗がいた場所のコンクリートに電撃と単分子ワイヤーが突き刺さった。
同時に現れる、全身に張り付くような黒いタイツを纏った戦闘員・・・秘密結社「黄金の薔薇」の実働部隊だ。
しかし、何故MIBと同時に現れるのか。「黄金の薔薇」は表向き大企業「ギア・グローバル」の形で米国にいくつも支社を持っているが、それでもHAとは敵対関係にある。
別に馴れ合ってはいないと、バリスタスは旧HUMAの例も考え行った諜報から掴んではいた。米国政府の意図が強く反映されるHAは、米国国内の大企業を脅かすギアグローバル=黄金の薔薇を快く思ってはいない。
事実、恐らく今夜のこの町のどこかではHAと「黄金の薔薇」も遭遇戦を戦っているだろう。しかし、両者ともにバリスタスとより激しく戦っているだろう。
「ええい、全く・・・」
歯噛みして体の方向を変え、今度は回避ではなく攻撃のために村正宗は跳躍した。
「こんなことになるとはな!」
刀を振るう。計画としての完成形にはいまだ至っていないとはいえ、「人間」をモチーフとし徹底的に人体の特性を強化した改造人間としての村正宗自体は既に出来上がっている。手に持った刀は名刀の部類ではあれ普通の日本刀だが、彼の技術と膂力によって防弾スーツでも切り裂く力を見せる。
しかし、それでもバリスタスにとっても予定の行動ではなかったのだ。
HAと「黄金の薔薇」北米支部に同時に攻撃を仕掛けるなどと言う、無茶な作戦は。


そもそも、この計画は対HA攻撃の計画だった。あくまで牽制として打撃を与え、HAのバリスタス、特に日本方面遠征など積極攻撃の意図を挫く。
大西洋支部「北洋水師」の戦闘能力から考えれば順当な作戦だ。先日イカンゴフ・アラネス両名は南米に出向し、フェンリルは再び回復中、蛇姫も別途任務につくとなると北米に向けられる戦力は限定されるが、それでも短期的な打撃を与えるならば可能だ。
今回の作戦参加兵力は蝗軍兵など戦闘員部隊と、戦術指揮官マシーネン・カーネル、マッシュ=茸、「ムラマサムネ計画」は未だなれど改造人間としての手術・訓練は終了した村正宗、そして悪の博士が直々に出撃する。
ところがいざ作戦という段になって、事件が発生した。たまたまアメリカに商売に来ていたパタリロが「黄金の薔薇」に襲撃を受けたというのだ。本人は無事だったものの、旅行代わりにつれてきていたプララとアフロ18が連れ去られたと言う。技術に対して貪欲な「黄金の薔薇」のこと、パタリロの鬼才が生み出した西洋初の人造自我搭載アンドロイドを徹底的に分解し調べ上げるつもりなのだろう。
当然パタリロからは救出の依頼が来る。彼としてはこういうときのためにバリスタスに協力しているのだから当然だ。
かくして、複数目標に対して同時攻撃をかける羽目になってしまったと言うわけだ。常識的指揮官ならばHAへの攻撃は取りやめるところだろうが、博士は自分自身という鬼札への自信からか、この無茶な作戦を強行した。


「うおおおっ!!」
人間の限界を超えた強力で振り回される特殊金属の爪を、危ういところでカーネルはかわした。
同時にコンビネーションで放たれるであろうレーザーをも避けるため、さらに連続して身をひねる。既に手足は改造人間としての姿に変身させているが、体全体の変形は未だ行っていない。複雑な機構と過去に重ねた無茶のせいで体力が低下しつつあり、完全変身は消耗が激しいのだ。
「ちいい!」
爪を振るった、イエローを基調色とした恥ずかしいくらいに肉体に食い込んで筋肉を誇示する、アメリカヒーローによくあるタイプの装束の男が歯噛みする。
男の名はHAのミュータント部隊「X−MEN」の一人、ウルヴァリン。両手の甲から突き出したアマダンチウム製の爪と高い身体能力が武器なのだが、目の前の軍服姿に自分と同じ鋭い爪を備えた少女が軽々攻撃をかわすことに苛立ちと焦りを見せる。
日本で「黄金の混沌」期に確認されたミュータント・イナズマンなどのように完全に変形するほどの力は無いようだが、その代わりに彼らは複数部隊を組むことによりより効率的戦力として機能する。
「サイクロプス!」
「おう!」
たまらず同じ部隊の仲間、サイクロプスに援護を要請。サイクロプスの特殊能力は両目から放つ高出力レーザー光線。目に装着した特殊グラスで制御されたそれがカーネルに向けて閃くが、読んでいたカーネルは既に予測攻撃位置から待避している。
しかし。
「うわっ、あ、熱っ!!」
「しまった、マッシュ!!」
後方に位置していたマッシュに、なぎ払われたレーザーが命中してしまった。可燃性が高いという弱点を持つ体が一気に燃え上がる。
慌てて蹴り飛ばし、近くの公園の噴水に落とし込む。火が鎮火し、そして水を吸うことでキノコの特性を持つマッシュの体の再生能力が活性化する。
「マッシュ、ここは私に任せて、お前は離れろ!例の攻撃を、早く!」
「お、おう・・・」
「忘れるな、この作戦の要はお前だ。」
少し、足手まといになったような状況にしょんぼりとするマッシュに、カーネルは元気を取り戻すよう言葉を選び告げる。
後退するマッシュを背中にかばうように、カーネルは敵を睨み付けた。同時に、X−MENの二人がかかってくる。これで全戦力というわけではないだろうが、恐らく主戦力と思しきサイクロプスとウルヴァリンを相手に、しかしカーネルに怯む気配は微塵も無い。
「うおおっ!」
「シュッ!」
咆えるウルヴァリンに対し、カーネルは短く、最小限必要な分体内の空気を吐くにとどめる。迫るアマダンチウムの爪、しかし殴るのとそう大差の無いフォームのその一撃は、またも空を切った。
カーネルは、僅かに身を引いただけ。同時に爪をそろえて引き足を曲げ、回避の動作がそのまま攻撃への準備となっている。
カーネルの爪が振るわれる。一瞬で両手足の腱と筋肉をずたずたにされ倒れ臥すウルヴァリン。例のアマダンチウムという特殊金属は骨格から生えると同時に全身の骨を補強しているらしく骨までは切れなかったが、それでもこれでもう戦闘に参加することなど出来ないだろう。
ウルヴァリンの懐にカーネルが潜り込んでしまったため援護できなかったサイクロプスがあっという間に倒れるウルヴァリンに驚愕するが、それでも咄嗟にウルヴァリンの向こうにいたカーネルめがけてレーザーを放つ。
「!?」
しかし、既にカーネルはそこから消えている。咄嗟に周囲を見回しレーザーをなぎ払うサイクロプス。
その視界が唐突に、そして永久に途切れる。
「お、おわあああああああっ!!」
跳躍し、上空から襲撃したカーネルの揃えられた両踵の刃が、宙返りの要領でサイクロプスの両目を抉ったのだ。ウルヴァリンと同じく、これでもう戦闘など出来ない体だ。
「視力を奪うなど、取り返しの付かないことだ。だが、殺されるよりかはましだと思ってくれ。・・・偽善だが、偽善もまた一種の悪、私はもう殺しは飽いた。」
ぼそり、カーネルは戦闘中とは思えない沈んだ口調で呟く。子供が生まれてよりこのかた、カーネルは殺しに対して忌避、とまではいかなくても嫌悪を覚えるようになってきていた。殺されるものの痛みを、残されるものの悲しみを、はっきりと感じるようになったから。復讐に狂っていたかつてと違い、今は血塗れるたびにそれをはっきりと感じるようになっていた。
しかし、ここは戦場だ。
ゴォォォッ、ズガァン!
「キィーーーッ!!」
「!?」
裏路地から、カーネルの部下の蝗軍兵が吹き飛ばされてきた。高熱に炙られたか、いやむしろ巨大な電子レンジに放り込まれたかのような酷い有様だ。外骨格が内側から爆ぜ、黒焦げになっている。
「ああっ・・・!」
「キ・・・か、カーネル様・・・」
咄嗟に抱きとめるカーネルだが、程なくしてその蝗軍兵は事切れてしまう。

そして、それを行った敵が新たに現れた。数は五人。鞍馬鴉の事前調査によれば、「SPECTRAM」という、民間からHAに雇われたのと違い元々は米国軍のミュータント特殊部隊だ。元々高くないバリスタスの諜報能力の中で鞍馬鴉は頑張ったのだが、秘中の秘たる特殊能力は遂に判明しなかった。
筋肉質な長身と顎を覆う鋭角的に整えられた髭が特徴の若い男、それとは対照的に短躯だが筋骨隆々という点ではそれ以上のスキンヘッドの小男、派手なアフロヘアの女豹のよう黒人の美少女。そして同じ型から抜いたフィギュアのようにそっくりな顔をした、双子と思しき少年少女。いずれも軍服を着用しているが滅茶苦茶にアレンジされていて、黒人少女のそれなどポケットつきの水着なんだが軍服なんだか判然としない。小柄だがスタイルのいい体を咽喉元まで黒い軍服で覆ったカーネルとは対照的だ。
「ふん、バケモノ同士の麗しき友情か、お涙頂戴なこったな。」
隊長らしき長身の男が、そう言い放った。
激怒したカーネルは瞳の縁に涙を残して、猛然と食って掛かる。
「化け物だと!」
「おうよ。犯罪のために体に獣の因子やら機械やら埋め込んで、そんなのを人間と言えるかよ。俺達は違うぜ。手前ら化け物を倒すために、この力は神が授けた新しい進化だからな。」
アメリカ的な傲慢尊大な男の物言いに、以前に比べて穏かと評されることが多かったカーネルの瞳が、急速に冷酷な鋭さを宿していく。蝗軍兵の亡骸を寝かせると、立ち上がり睨みすえる。
「ふん。黒人すら差別するこの国で生きていくには、尊大なほどプライドを持つしかなかったことは認めてやろう。しかしその敵対者を人とも思わず己のみ絶対正義と思い上がる傲慢さ・・・」
言葉を発しながら、カーネルの体は全力発揮のため、改造人間としての本来の姿に変身していた。着用していた特殊素材の軍服が液体化しベルトのバックルに収納され、機動性を極端に重視した、体の部分部分を緑色の装甲が覆う、蝗の改造人間に。
「「新たなる衝撃を与える者」の末裔として、そして一人の人間の戦士として許せん!死して冥府で私の部下に償うがいい!」
「タンク・パティ・シリウスペア、いくぞ!」
「「了解隊長!」」
「ラジャー、中佐!」
「分かった、ベイリー!」
機蝗兵の姿となったカーネルと同時に、SPECTRAMも動いた。互いに声を掛け合った隊長のベイリーを筆頭に、双子のシリウスペア、黒人少女のパティ、それと筋肉達磨のタンクが一斉に陣形をとる。戦いなれた動きだとカーネルには一目で分かる。
カーネルは決めた。全力で対決し、殺す。手加減できるレベルの相手ではないし・・・する気もなかった。
「X−MENのガキどもと一緒にするなよ!超人部隊の力思い知るがいい!」
「ぬぅおお!!」
ベイリーの哄笑と同時に、前衛を勤めるタンクが突っ込んできた。筋肉の弾丸とでも言うべきその体には、桁外れの筋力が漲っている。一歩ごとにコンクリの道路が叩きつけられる足裏に打ち砕かれた。
タンクの突進を、しかしカーネルは腰の羽を震わせひらりと回避した。だがSPECTRAMの攻撃はそれで終わりではない。
シリウスペアが互いの体を掴み、飛んだ。高圧電流によるイオノクラフト・・・二人の体が体内電気を同調増幅しているのだ。
「「くらえっ!」」
声まで揃えて、シリウスペアの体から高圧電流が放電される。機械合成式改造人間であるカーネルにとっては、やや苦手な攻撃。だがカーネルは相手が飛び上がった時点で電流攻撃であることを感知し、それを斜線上にはさんだ金属の街灯に誘導させかわす。
「甘い・・・うっ!?」
電撃を武器にする相手にレーザーを使用するのは、イオンで自分への電流の通り道を作ってしまうために危険だ。多数装備されたナイフのうち一つを取り外して投擲しようとしたところに、突如突風が巻き起こる。視界をふさぐと同時に、小さなカマイタチが無数の発生して、装甲の無い部分のカーネルの皮膚を切り裂く。
そのまま風が渦巻き竜巻となって、カーネルを天高く持ち上げた。それを行ったのはパティだ。歌うように言葉をつむぎながら。
「あたしはパティ、トルネーディ(竜巻)パティ!HA一の風使い!ハッ!」
言葉と同時に、竜巻が唐突に消える。むき出しになったカーネルに、両拳を交差させたベイリーが狙いをつけた。
「トドメだ、蝗の化け物!このアレックス=ベイリーの振動波で葬ってやろう!!!」
ベイリーの体から、分子振動を加速させる強烈な力場が放射される。念動力で形成される電子レンジのようなものだ、射線上の全てが高熱を発し融解していく。

ヴヴ・・・!

「ちっ、せこい真似をしやがる畜生め!」
それでも避けて見せたカーネルに、ベイリーが舌打ちを代わりに浴びせる。
カーネルの腰にあるスカートのような高速機動用の羽、それは長期間空中を飛ぶのには適していないが、仮面ライダーなみかそれ以上の空中での姿勢制御・軌道変更を行うことが出来る。
秘密結社バリスタス有数の高速戦闘用改造人間である機蝗兵の面目躍如だ。
地上に着地したカーネルは、全身の浅い切り傷など気にも留めない様子で、再びベイリーを睨みつける。そして、鋭い眼光とは正反対に、唇が僅かに綻んだ。
「なるほど、中々の力とチームワーク。大口を叩くのも分かる。だが・・・仮面ライダーと比べればたいしたことは無い。」
「何だと!?」
激昂するベイリー。若い彼は仮面ライダーの存在など知らない。対バダンの戦いで一度ニューヨークで戦闘をしたことはあるのだが。しかし誰かと比較して弱いと言われたことは確かだ。
「おのれ、さっきから逃げるばかりのくせに・・・」
「あれだけ攻撃をして、致命傷が一つも無いとは大した腕だ。流石誤爆が日常茶飯事の米軍だけはある。」
「貴様ァ!」
怒号とともにまた突進を仕掛けるタンク。これを避けるのは簡単だが、それではまた数の有利を生かした連続攻撃が待っている。
だから、カーネルは。
「セイッ!」
「ぬおおおおっ!?」
突進してくるタンクを、投げ飛ばした。
質量、腕力、ともにカーネルはタンクに大きく劣る。しかし速度と技量では勝っている。その二つがあれば、力は相手が持っていればいい。
合気道の要領で、タンクは軽々と宙を舞った。しかもその先には。
「あわっ!?」
「きゃあ!」
シリウス・ペアが滞空していた。激突するタンクとシリウス・ペア。カーネルを打ち倒すための肉の弾丸は味方を弾き飛ばし、シリウス・ペアの結んだ手が一瞬離れ、高圧電流が止まった。
次の瞬間、跳躍したカーネルの両腕が一瞬霞み、まるで腕が増えたかのように見えた、直後。
カーネルの着地と同時に、シリウス・ペアの双子とタンクのスキンヘッドの首が、胴と離れて地面に落ちた。
「な・・・アン、アダム、タンク!!」
パティが叫ぶ。返り血を浴び全身からいくつもの刃を突き出したカーネルの姿に、一瞬圧倒される。思わず呟きがもれた。昔何かの機会に読んだ、印度神話の生贄を求める流血の女神の話だ。
「あ、アイアン・カーリー(鋼鉄の人食女神)・・・・」
その間に、着地したカーネルは反転、ベイリーに向かい突進する。
「おのれぇ!!」
ベイリーの振動波が、パティの風が、何度も放たれる。しかし当たらない。いずれも不可視のそれを、カーネルは相手の視線や微妙な筋肉の動き、そして殺気だけを頼りに回避する。
「接近されてはまずい!パティ!」
「はい!」
カーネルを近寄らせまいと、再びパティが大竜巻を作り出す。高速のままカーネルはそれに突っ込む・・・と見えた瞬間、カーネルはスカートウィングをいっぱいに開き、その風に乗って飛び上がった。螺旋を描くように上昇する。
仮面ライダーという最強最速の風と戦うために作られた体は、人造の竜巻を踏み台にした。
「な、あたしの風を・・・!」
咄嗟に身を乗り出すパティ。そこに、カーネルが飛びながら流した鋸刃鞭が、先端に組み合わせられた大鋏をつけて、大蛇のように食らい付いた。
「がぁっ!」
露出した滑らかな黒褐色の肌に鋏が食らい付き、内臓を引きちぎった。血反吐を吐き倒れるパティ。
「パ、ティ・・・?う、うおおおおおおおおおおっ!!!」
それをベイリーが逆上した。絶叫とともに、見境なく四方八方に振動を乱射する。
あたり一面が炎に包まれた。
その中を滅茶苦茶な射撃を避け進むカーネルの心中、怒りと悲しみが同時に沸き起こる。
(私の部下を殺しておいて、自分の身にそれが降りかかるとその様か)
(私はまた、罪を重ねた)
だから無言で、貫手がベイリーの体を刺し貫いた。



一方マッシュは、ビルの天辺にたって街を見下ろしていた。
一部での戦闘など知らぬげに、広く高くそびえるような大きな町。
「けっ・・・嫌な街だぜ。」
苦々しく、マッシュは呟いた。
「上っ面だけは、自由と平和と繁栄を見せやがる・・・」
蘇る記憶。ストリートチルドレンとして、スラムで腹を減らしていたころの。
そこから救い出してくれた者の恩へ報いるため、今彼は力を解き放つ。
「いくぜっ・・・!」
叫びに比して、静かな、無音と言っていいほど静かな攻撃だ。マッシュの全身の襞やスリットから、薄い緑色の胞子がばら撒かれる。
今まで逃げ回ると言う屈辱に耐えて準備した、特殊な胞子だ。
「これで、「黄金の薔薇」の連中の大半は倒せる。ビルには多分防御策が施されてるだろうけど、外の連中はもう防御どころじゃない、いけるぜ。」
同じ遺伝子改造を施された「黄金の薔薇」の実働部隊のみに作用する、それがこの胞子の特性だった。
短時間で打ち合わせられた作戦だが、何とか巧くいった。それを確認した村正宗は、傍らに立つ金色の装甲の人造人間に頷いてみせる。
「ビッ」
短く答えるプラズマX。その傍らで無言のまま緊張しているαランダム。直後三人は跳躍した。
歪んだ歯車で五大陸を表す紋章を掲げた、ギアグローバルアメリカ支社・・・「黄金の薔薇」アジトへと。
高熱をはらんだ光が、高層ビルの壁面に突き刺さる。
プラズマXの熱線砲だ。赤熱化するビルの壁面だが、中々溶け落ちる気配は見せない。一見普通のコンクリートに見えるが、超科学で作られた建材を使用しているのだろう。
まだるっこしいとばかりにプラズマXが鉄拳を振るう。二十万馬力の破壊力に、流石の「黄金の薔薇」の城壁も砕け散った。
素早く突入する二人。吹っ飛んだ壁に驚愕している二人の戦闘員を、抜く手も見せないほどの高速の居合いで村正宗が斬り殺す。
「俺が派手に暴れて敵を引き寄せる!貴方は家族救出に専念してください!大規模な実験施設は普通の社員や外部のものに簡単にばれないように、地下にあるはずだ!」
「ビビッ!」
聞くが早いかプラズマX、早速超音速飛行と馬力を駆使して床をぶち破りながら地下へ直行する。その後に開いた穴にランダムも降下する。同時に現れる「黄金の薔薇」戦闘員を確認し、村正宗は刀を青眼に構えた。
「HAはカーネルさんと、博士が引き受けている。俺は、ここで全力を尽くすのみ!!」
再び剣光が走った。


実際博士は、引き受けている、どころではなかった。
X−MENとSPECTRAMを撃破して消耗したカーネルを下がらせると、残りのこのとき出撃した分のHAの部隊全部に、一度に戦いを挑んだ。
そして。
「下らぬ。全く下らぬ・・・」
どかりと腰掛けると、博士はぶつぶつとそう呟いた。

死体の、山の上で。
周囲の地面も、博士の黒衣も、全て血にまみれて赤く染め上げられている。
博士に向かってきたのはバットマン、スーパーマンなどアメリカを代表するヒーロー・ヒロイン六人で結成された「ジャスティスリーグ」を中心とした電子鳥人Uバード、スーパー3、デアデビルなどを中心としたヒーロー部隊とMIBだ。
押し寄せるそれらに最初博士は一定の防戦を行い、同時に問答をもって相手の精神を見定めようとした。
そして、もう何度目か数えるのもうんざりする失望を味わう。
なんという単純で愚かしい思考か。漫然と与えられた正義という言葉だけに従い、信念も罪の意識もない、低俗雑誌の紙のように薄っぺらな精神。
腹立ちに任せて博士はまず手じかにいた蝙蝠の扮装をした男の首をもぎ取った。腕を伸ばし、羽を生やしたタイツ男の胴をぶち抜く。
そこまでして鬱陶しさが先にたった博士は、「恐怖の夜」を全力開放、手当たり次第にその場の敵を狂死させた。死にきれずのたうつものを踏み潰し、引きちぎり・・・
そして、この地獄のごとき光景を、己の心象の反映として作り出した。
憂さ晴らしに博士は死体を手にとって引きちぎると、その頭をがりがりと巨大な口で噛み潰した。食うわけでは流石に無い。溢れ出る血液や脳漿、崩れた脳に肉に骨はだらだらと頬の無い仮面の顎から零れ落ちる。
もいだ腕を拾い上げ、指を一本一本引きちぎっていく。溢れた血を全身にべたべたと塗りたくる。泥遊びに興じる子供のように。いや、むしろ鉛筆や爪を噛むような、無意識の苛立ちの仕草、それの度外れた発露か。ただそれが爪や鉛筆ではなく、元人間だった蛋白質の塊であるということ。
「くは、くはは、くはははははははは・・・・・」
そして、笑う。勝者のそれとしては力のない、空虚な笑い。
闇を見つめることで、桁外れの力を得た。だが、闇を見るものを闇もまた等しく見る、と誰かが言った。
自分の精神が荒廃しつつあるのを博士は認識する。
と、蜘蛛の遺伝子特性を持ったミュータントが現れ、戦いを挑んできた。ある程度興味を持ち、データを調べたこともある。
何気なく伸ばした手に絡みつく、そいつの糸。それを掴むと、相手を強引に自分のそばに引き寄せる。
そして、血がだらだら流れる口で囁いた。
「大いなる力には大いなる責任が伴う・・・か。いいことを言うじゃないか。だがな・・・」
薄ら笑いが、冷ややかな声に転じる。
「そう言うことは手前の国のけつを拭いてからほざけ。」
糸で振り回し、近くのビルに叩きつける。死んだか死なないか、確認はしなかった。博士自身その男を殺したいのか殺したくないのか、判然としなかった。心理外骨格は心に答える鎧、そんな状態では力を完全に発揮しない。死ぬか死なぬかは運否天賦といったところだろう。
げふ、と血腥いげっぷを、無理に空気を飲み込んで搾り出す。
よろよろと、頭が重そうに博士は立ち上がった。空を見るが、生憎の曇り夜空だ。星など見えない。
酷く気だるかった。
敵が、いないのだ。無敵とかそういうことではない。この鎧は、実際には紙よりも弱く脆い。それを貫くには子猫の爪ほどの力もいらない、ただ光があればいいのだ。
遠い昔に博士が見失った光が。信念、それもとりわけ気高く優しく強い。昔博士がまだこのような、三本の角と八つの目をぎらつかせる姿ではなかったころ、大地にあまねく満ちていて、戦いの中にも存在すると信じていたもの。
祖国日本になら、まだ可能性はあったかもしれない。だがあの娘、博士が光を見出せるのではないかと思った少女折原のえるは、いささか博士に近すぎる。そもそも戦い自体が起きないのではどうしようもない。そして、わざわざ必要の無い戦いを求める闘争狂では博士は断じてない、なるまいと決めていた。
馬鹿らしい。正義を否定してこの仮面を被り、それでも尚それの存在の可能性を、それが今一度己の前に現れることを願うとは・・・
らしくも無い自嘲などした、その途端。

DAN!

「がっ!?」
銃声。火薬式の、それほど強力な代物ではないと思われる、普通の音。
しかしそれは。
「我輩の心理外骨格を貫いただと!!?」
八つの目を丸くする博士。核兵器すら防ぐ鎧の肩に、確かに穴が開いている。若干のテンション低下に、防御力が落ちていたとはいえど。
「なんて・・・ことを!」
それを行った相手は、すぐ見つかった。と言うか、自分から現れたのだ。
首から大きな懐中時計をネックレスのようにかけた、尼僧服の少女だ。元気そうな顔に僅かな恐怖を必死に義憤で押し隠し、凛と相手を見すえようとしているのが手に取るようにわかる。完全に恐怖しない者を恐怖を感じ取れない愚者と考える博士には、魅力的な表情だ。手に持つ普通のリボルバー拳銃が、彼女の唯一の牙だろう。
博士の知識が、少女が社会的に何者なのかを見定める。この服装、それと先ほど撃ち込まれた弾丸を、実に久方ぶりの肉体の痛みにもだえながら抉り出し調べる。聖火弾(セイクリッド)、アメリカの対魔機関・マグダラ修道会の用いる武器だ。内部に聖別した油を仕込んであり、着弾と同時に十字架状に炎を発する。
特殊弾の一種ではあるが、確かに下級悪魔やグールにはきくだろうがそれほど貫通力に秀でた代物ではない。そもそも破壊力も聖なる力も、心理外骨格には何の意味も無い。決めるのは、ただ攻撃者の意志の強さと純粋さのみ。HELLSINGやイスカリオテと同類の狂信者どもかと思っていたが、中々どうして骨のある奴がいる。最近の堕落した日本ヒーローどもより、よほど素晴らしい。
杖を突いて立ち上がる博士。同時にこれ以上撃たれたらまずいので、牽制とばかりに杖から破壊光線を放つ。
「きゃっ!」
目の前に着弾し、爆発を起こす光線に思わず叫ぶ少女。と、それを守るようにもう一人、彼女より年下のような外見の少年が現れる。
「ロゼットッ!」
そう少年が叫んだのを、博士は聞いた。人間の名前を覚えるのが苦手な性質だが、それでもはっきりと。
「なるほど、ロゼットか。覚えよう、その名前・・・だが、念のためフルネームをもう一度聞きたい。それと、そちらの少年・・・どうやら魔族のようだが、君の名前も聞きたい。」
唐突に博士は呼びかけた。戦いを予測していたらしいロゼットの表情が一瞬驚きに変わるが、すぐに引き締められる。
「・・・ロゼット=クリストファよ。」
「僕は、クロノだ。」
聞きながら、博士は杖を構えつつ二人を観察する。少女は16歳ほどのようだがその容貌や髪や目の色が、どこかのえるを思わせる、ような気がした。ただの連想から来る勘違いかもしれないが。
クロノ少年のほうはバンダナでまとめた黒く長い髪が特徴的だ。尖り気味の耳だか小さく、体から僅かに感じられる魔力霊子がなければ下位次元生命体とは気づかなかっただろう。しかし対魔組織の尼僧戦士と悪魔という取り合わせは奇妙だ。HELLSINGのアーカードのように、何か契約を結んでいるのだろう。
「何故、名前を聞くの?」
「戦士としての当然の礼儀だ。我輩も名乗ろう。我輩の名は秘密結社バリスタス第六天魔王、悪の博士。」
平然と答える悪の博士に、ロゼットは反論する。声は震えかけ、瞳には僅か涙が浮いているが、それでも言い募る。
「それじゃあ、貴方の足元に転がってるのはなんなのよ!」
対して博士は、蛋白質の塊としか認識しない足元のそれをかるく蹴飛ばし、冷徹に宣言する。
全ては、この娘をより深く見極めるためだ。悪とは、試す者であるからだ。その刃で人類社会を、そして正義を試す。そのために、精一杯悪として振舞う。
「戦士と呼ぶに値しない、愚か者の群だ。故に手にかけた。信念もなく覚悟も無い虚ろな魂しか持たぬのならば、その肉体も虚ろへと帰す。だが貴女は違うようだ。強い心を持つものにしか我輩の鎧は破れぬ。しかし、お前はそれをやってのけた。それがまぐれでないか知りたいのだ。」
「鎧?」
聞き返すロゼットに、博士は僅かに笑うと、その顔に手をかけた。
「ああ、そうだ。この姿は心理外骨格、我が心を物理的な強さの形に置き換えたものだ。・・・特別だ。我輩も仮面を外し素顔を見せよう、滅多に無いことだ。誇りと思ってくれれば嬉しい。」
言うなり博士は仮面を・・・外した。部下にすら滅多に見せることの無い素顔を晒す。同時に手足や体を覆う鎧も消えて、人間としての姿になる。ぼさぼさの髪、眠そうな目に小さな丸眼鏡をかけた青年に。ただし、心理外骨格が浴びた血は消えずその体中をべったりと汚しているし、ロゼットの最初の一発で撃ち抜かれた肩もそのままだ。
しかし、そこで予想外の事態が起こった。
「あ・・・あなた、人間だったの!?」
突如、目の前の少女が悲鳴に近い驚愕の声を上げた。いぶかしげに首をかしげる博士。
「クロノ・・・」
「間違いない。さっきまでは全身桁外れの霊気が覆っていて分からなかったけど・・・人間、だ。魔物じゃない。」
どうやら、マグダラ修道会の主敵である魔物と間違われていたようだ。確かに、心理外骨格の外見は鋭い牙の生えた顎、鎧のような体に鋭く尖った指先、八つの眼球に三本の角と悪魔じみた外見をしているが。
それにしては随分な慌てようだ。
ふと、博士は一つの可能性に思い至った。そして、それは博士にとっては酷く腹立たしい可能性である。
「まさかとは思うがな。貴様、人間と戦って殺したことは無いのか?」
怒気を孕み、荒々しくなる口調。
しかして、ロゼットは。
「そ、そうよ!私はあんたみたいな、人殺しじゃない!」
ダン!
その発言の直後、博士は杖の石突をコンクリートに叩き付けた。癇癪まぎれのそれが、硬い音を立てる。
そして、再び仮面をつける。先ほどの光景を逆に回したように、体を心理外骨格が再び鎧う。
「くそ。ただの餓鬼が・・・騙されたな、我輩としたことが。もういい。お前とも戦おう、そして殺そう。」
言うなり、ずかずかとロゼットに歩み寄る。
鋭い鉤爪と、牙をがちゃつかせて。
「くっ!」
咄嗟にロゼットは銃を構える。が、先ほどまでと違いその動き表情ともに明らかに切れがなく、構える銃口も僅かに震えている。そして、撃とうとしない。
「どうした?撃たないのか?我輩は戦うことにしたのだ、無抵抗は死を決定するぞ?」
のしのしと歩みながら、博士は言う。わざとらしく顔の前に掲げられた鉤爪が、ぎらりと光った。苛立ったときの、博士の癖だ。
「・・・・っ、う・・・」
ロゼットも、それは重々承知しているのだろう。だが、引き金を引く、そんな簡単なことが出来ずにいる。
相棒のクロノも、そんなロゼッタの様子を気遣ってか戦うに戦えない。
そして博士も、とっとと攻撃などせず、わざとらしくゆっくりと近寄るだけだ。本来接近戦でなくとも彼女を殺す手段はいくらでもあるのに。
「出来ない・・・出来ないわよ!」
そして遂に、ロゼットはそう叫んだ。力なく下がる腕の中の銃を見ながら、博士は問う。
「ではそれは何だ?貴様。戦うためのものではないのか?」
「私はっ、人を守るために・・・」
反論しかけるロゼット。その言葉を強引に遮るように、博士は続ける。その先が予測できるから、聞く必要はないとばかりに。
「我輩はただ殺すのではない。闘争をしているのだ。殺すつもりであると同時に殺される覚悟を持っている。それが当然のはずだ。他者の人権を踏みにじろうとするならば、己が踏みにじられるのも覚悟せねばならない。故に我輩があやつらHAのものどもを殺すのも、貴様が我輩を殺すのも、我輩は許容している。なのに何故、貴様は拒む?」
「ッ、何を・・・!」
「待って、クロノ。」
怒り、猛るクロノを、ロゼッタは押さえた。
そして答える。その顔には、やや光が戻りつつある。
「命がそこにあるから・・・それが理由よ!あたしは命って、些細な、貴方のいう取るに足らないような命であったって、大切なものだと思っている!小さな幸せを感じたり感動したり笑ったり、そんなことを大切だと思っているから・・・だから殺したくないの!」
ぎい、と博士の顎の外骨格が音を立てて歪められた。苦虫を噛み潰しているのか、嘲笑しているのか、どちらとも取れる表情。
「なるほど、だがな!お前はエクソシスト・・・悪魔祓いだろうに。悪魔を祓う、それは「殺す」ということではないか?人間も悪魔も、生命としてはかわりがないはずだ。それは隣で心配そうにしている相棒を持っているお前ならば、分かる筈だが?」
「っ・・・!」
睨みつけ、叩きつける博士の問いに、ロゼットは苦しげな表情になる、
(少なくとも、考えていなかったわけではないようだ)
冷ややかに分析する博士。下級の魔族の中にははっきりいって人間的意識を持たない獣同然の者、というかまんま「魔獣」といったほうがいいものも多い。だが彼女も人間に近い意志を持った者と戦ったことはあろう。
「我輩は、それを罪として受け止め故に悪を名乗りながら、それでも戦うことを止めない。なぜなら戦わねばならない理由があるからだ。守るものと、信念があるからだ。お前も、そうだから戦うのだろう?」
「そ、そうだけど・・・」
怯みながらも、それを肯定するロゼット。博士の問いは続く。
「仮にだ。貴様の命が危機にあるとして、それでもお前は殺さないか!?もしくは・・・」
言うと同時に、博士はクロノの腕を掴むと自分に引き寄せ、少年らしい華奢な肩を鷲掴みにする。
「うあっ!?」
「クロノ!?」
クロノの苦鳴とロゼットの悲鳴、聞きながら博士は叫ぶ。
「この場でこの小僧を我輩が殺すとしても!?目の前で我輩が小僧の肉体を少しずつ引きちぎって見せてやっても、それでもお前は我が輩を殺さないつもりか!?」
あらゆる毒や細菌を一瞬で注入できる爪をクロノにつきたて博士は問う。そして、この間合いならば博士はまたロゼットの心臓を杖で突き刺すことも可能なのだ。
「うぅっ・・・あ、あたしは・・・あたしは・・・!」
涙を流し、震え、苦しみながら呟く無防備なロゼットを見て言葉を発しながら、結局問答を続けている自分を内心博士は笑う。
まだ、未練があるのかと。
そして、奇しくもロゼットも。
「そう・・・あたしの考えは甘っちょろい未練なのかもしれない・・・今のあたし、多分凄く無様だ・・・それでも!私は諦めるってことが世界で一番大嫌いなの!だから私は、誰も殺さないことを諦めない!!・・・それが貴方が問う、あたしの信念だから!!」
半泣きで叫ぶロゼット。
その言葉に、一瞬博士はあっけに取られたかのように目を見開き、大きな口をさらに大きくぽかんと開けて。
「く、くはっ・・・!くははははははははは!!くはーっはっはっはっはっは!」
そして、笑った。嘲笑では断じてない。高らかな、喇叭のようないい笑いだ。
博士は認識した。恐ろしく若く、未熟で、至らなくて、不器用で、馬鹿で、格好悪く、博士の知る幾人かにはまだまだ遠く及ばないが。
博士が渇望した「光」の可能性、その一つか。
そして何より、彼女はそんな自分に対して驕りと言うものがない。
しかし博士はうかつだった。そこまで認識しておきながら、感心のあまりあまりにも大きな隙を作り出していた。
「クロノッ!」
ロゼットの叫びに、クロノが博士の手に思い切り噛み付いた。小さいとはいえ魔族の牙だ。獣にかまれるよりはよっぽど痛い。
思わず博士の力の緩んだ手から、クロノが抜け出す。
「しまっ・・・!」
己の阿呆さ加減に呆れながら、それでも博士は前に踏みだす。反射神経が他の改造人間と違って鈍い関係上、接近戦は本来苦手の部類だが、猛り逸る心のままに踏み出し。
「!?」
顔面にもろに衝撃。八つの瞳のうち大半を遮る金属の色。
ロゼットが、銃を博士の顔面に投げつけたのだ。
その間に、ロゼットとクロノはそれぞれ走り出す。
「セット!ロゼットそっちは!?」
「オーケー!セット!」
走りながらクロノとロゼットの二人は、何かを設置している。博士の左右にそれぞれ一個ずつ。そして・・・
「これは!?」
自分の前にもそれ、小型のスピーカーのようなものが落ちているのに博士は気づいた。そして、既に自分の背後に向かいつつある二人を慌てて振り返る。
「まさか・・・!」
博士の前、右、左、そして後ろ。それを線で結ぶと。
「セット!」
博士が振り返るのと同時に、最後の一つを、ロゼットが置いた。
そして、発動する。
「権天使級捕縛結界(プリンシパティウス)! 」
四つのスピーカーもどき・・・反響体(エコーズ)が十字架型の光のラインで結ばれる。その丁度クロスするところに、博士がいる。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?!?!?」
ぐしゃあん!
上から巨大な、それこそ神の足で踏みつけにされたように博士は地面に倒れめり込んだ。
凄まじいばかりの神聖霊子の奔流が、前後左右から博士を絡めとり押さえつける。
(まさかこんな隠しだまがっ!!)
正直、博士は完全な予想外に驚愕していた。目の前の少女を再び認めた今、心理外骨格は再び何の役にも立たなくなっている。その状態でこれほどの神聖霊子を浴びせられては。
ロゼットも、クロノも、追い詰められた状態からの咄嗟の疾走に息を荒くしている。
その間隙に、ロゼットは何とか言葉を継いだ。
「はぁっ、はぁっ・・・こ、これならいくらなんでも動けないでしょう!私は、貴方を殺さない・・・捕まえて、正式な裁きの場に立ってもらうわ!」
その言葉を聴いて、博士はもう涙が出んばかりだった。なるほど、確かにこれこそ、彼女が己の信念を貫きつつ悪の博士に勝つ唯一の手段だ。あの土壇場から、拳銃を手放すと言う大博打を打ってまで、この策を練り上げ、そして、殉じるとは。
中々だ、だが。
「ぐぅ、おおおおおおおおおおお!!!」
それでも、博士は立ち上がる。
ついた杖が荷重に耐えかねひしゃげ折れるが、構わず立ち上がる。
「なっ、なっ・・・!」
目を剥くロゼット、そしてクロノ。
「くは、くくはははははは・・・」
地獄の底から響くような低い笑いを肺から搾り出し、博士は中腰まで立ち上がった。まだ結界は博士を縛り上げている。
八つの目が、ロゼットを見据えた。
「悪いな。我輩の力は憎悪と怒り。・・・生憎我輩は神様ってぇ奴が「大嫌い」なんだ。」
ぎぃ、と牙を剥いて笑う。
「貴様の信念は、貴様自身のものか?それとも、神に寄りかかって生まれたものか?それも確かめたい。そして何より、そうまでして戦う理由だ。」
問いかけながら、めきめきと、ゆっくりと、結界の束縛を解こうと体に力を、心理外骨格に心の力を注ぐ博士。
と、その視界の隅に、影が映った。
酷く特徴的な黒く細く・・・そして白い何かを長く伸ばした影。
それは博士が関東支部から受け取ったデータに似ていた。
「!!」



「うわあああああっ!!」
桁外れた怪力に、発砲スチロールの人形かなんかのように、黄金の薔薇の戦闘員たちがぽんぽん投げ飛ばされる。
場所は地下最下層の研究室、その前にしかれた防衛ラインである。
プラズマXの腕力は20万馬力、それよりははるか非力とはいえαランダムとて5000馬力の出力を誇る。戦闘員など物の数ではなかった。
予想外、異常なまでの敵の展開速度の速さに、「黄金の薔薇」は完全に翻弄されていた。
プラズマXはその飛行速度マッハ2の全力を出して、床をぶち抜きながらやってきたのである。むしろここで防衛線を引けたほうが僥倖といっていい。それというのも、侵入した時点で相手の目標が判明していたからだ。
「黄金の薔薇」が「接収」した二体のアンドロイド。その奪還。
「・・・ビビ」
「もう、観念しろ!母さんとプララを返せ!」
人間の言葉を話せない父の代わりに、ランダムがボーイソプラノの声を張り上げる。人間の年齢で言うならば12,3歳くらいだが、実は妹のプララよりも製造が後(製作者パタリロ曰く、鉄腕アトムなんか親のほうが後に生まれた、とのこと)で、それゆえ姉でもあり妹でもあるような複雑な関係ゆえに、プララとの絆は深く純粋だ。
「くっ、やかましい!」
戦闘員達を指揮する科学者は、しかし諦める様子は無い。位階を絶対とする黄金の薔薇において、上司ことに貴族階級たる大幹部の機嫌を損ねることは死を意味する。彼の主にして「黄金の薔薇」アメリカ支部長ジェシカ=モレイ公爵はましてやその最高位の一人。彼女が欲したものをむざむざ奪い返されては、処刑は必然と言えた。
「人形風情が・・・家族だと!馬鹿なことを言うな!」
そして、「黄金の薔薇」は人造人間の人権を認めていない、その意識からすればロボットに脅かされて引き下がるなど論外。科学を奉じる割に、彼らの意識は古く貴族主義から一歩も出ていないと言えた。
「なっ・・・何だとぉ!」
「ビ」
怒るランダム。その横に立っていたプラズマが、すと先に歩み出る。
ランダムは分かっていた。この普段は気弱なまでに優しくて怪力をもてあましているだけの駄目父に見えるプラズマが、家族をどれほど大切にしているか。
プラズマの熱線が、即席バリケードを一撃で吹き飛ばした。
「うわあああああっ!!」
パニックに陥りかける戦闘員たち。科学者も、今にも腰を抜かしそうだ。
「ビ」
また、プラズマが熱線砲発射の構えを取る。この意味は明らかだ。
(二度威嚇はしない。妻と娘を返せ)
「くっ・・・こっ、このっ・・・・・・」
引きつった咽喉から言葉を絞りながら、科学者は傍らに準備していた武器を引き寄せた。
「機械人形風情がなに人間様脅かしてんだっ!!」
バチッ!!
パラボラ状の銃口を持つ異形の銃、その武器の名はPS妨害銃。電子機器の機能を阻害する働きを持ち、アメリカ軍が装備する電磁波爆弾などよりはるかに高効率小型高性能だ。
彼ら「黄金の薔薇」がアフロ18とプララを捕まえることが出来たのも、この武器のおかげだ。
それが今プラズマXの体に・・・!
当たった。紫色の電流がはじけた。それだけだった。
「あぁ!?」
「ビ?」
目を剥く科学者。首をかしげるプラズマ。
プラズマXはもともと、宇宙開発用のロボットだ。従って強烈な宇宙線や太陽風による桁違いの電磁障害にも耐えられるよう、天才パタリロにより非常識な電子防御が施されていたのだ。並みの兵器相手に対しての使用を考えていたPS妨害銃がきくはずない。
ならばと、恥も外聞もなくプララたちを人質にとろうと慌てて走る科学者。しかし間に合うはずもなくプラズマに襟首ひっ捕まえられ、ごみを捨てるように投げ飛ばされる。
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
「ビ」
飛んでいく科学者には構わず、プラズマとランダムは進んだ。研究所の分厚い防御扉を引きちぎり、中の作業台に拘束されているアフロとプララを救出した。後一歩で解剖されるところだったらしい。PS妨害銃で麻痺させられているようだが、その程度なら直せるだろう。
大天才パタリロに、超科学を誇る悪の秘密結社、バリスタスがついているのだから。
「ビビビッ!」
「はい!・・・大丈夫だプララ、もうすぐうちに帰れるよ・・・!
今度は地面に穴を開けて、直接地上に出ようと奮闘するプラズマX。穴が開通するのを待ちながら、ランダムは眠る妹に語りかけた。



「あれは・・・」
同時、村正宗もまた敵の新兵器と遭遇していた。
既に数百の「黄金の薔薇」戦闘員が、彼の刃に斬られ死んでいる。死亡後、「黄金の薔薇」の工作員たちは改造の副作用か、遺伝子痕跡すら残さず結晶化崩壊してしまった。
未完成でありながら桁違いの力を発揮した村正宗は、勢いに乗って最上階まで攻め上り、この黄金の薔薇アメリカ支部を陥落まで追い込みそうになっていた。
それゆえに決戦兵器として現れたのだろうそれらは、大きな台座に乗った複雑な機構だった。何か大きなコイルのようなものが突き出している。
それを操る部隊を指揮しているらしき戦闘員が、自信たっぷりの高笑いを浮かべた。
「ははははは!ここまでよくやったものだ侵入者!だがしかし、我が「黄金の薔薇」が誇る「贖罪の球」の前には無力であると知れ!」
そして、制御装置を操作している部下に告げる。
「始動!」
同時に飛びのいた村正宗、一瞬前までいたその場所に突如光の球体が現れ、爆ぜた。
「くっ、やはりか!」
さらに小刻みに動き回る村正宗を追うように、連続して高エネルギーを爆発が発生する。
大電力跳躍装置という兵器だ。エジソンと同時代の科学者でありエジソン以上の才能を持っていたとも言われるが、その割に無名な悲劇の天才クロアチア系アメリカ人・ニコラ=テスラがその概念を提唱した。
詳しい理屈は村正宗は覚えてはいなかったが、大電力を無線で一瞬に転送するシステム、敵に狙いをつけて放てば見ての通り強力無比の兵器となる。博士が以前使用していたのを見ていたゆえ、村正宗は知っていた。
その対処法も。
「くっ、くそ、何故だ何故当たらない!」
折角繰り出した必殺兵器のはずなのに、これだけ撃っても一発も当たらないことに指揮官は苛立った。
これは電磁波を使用して狙いをつけ、そこに電流を送りつけるのだが、狙いをつけてから送信まで若干のタイムラグが生じる。そこを突けば、かわせるのだ。
「き、来ますっ!」
「わああああああっ!」

斬!

一瞬、何事も起こらない間。
静かに、守備隊の間を駆け抜けた村正宗が呟く。
「そのマシンに見た目では分からないだろうが、いくつか切れ込みをいれた。陳腐だが、あと一発でも撃てば吹っ飛ぶぞ。」
「な・・・」
慌てて確認しようとするが、幹部級の科学者から支給されたものなので、構造が分からないからどうなっているかも分からない。
そして、村正宗は先へ進もうとする。もう一階層上れば、そこが支部長の部屋となっている。
「く、ハッタリを!大体ただの刀、それももう何百人も斬ってるのでそんなまねできるか!撃て!構わん撃て!」
隊長が叫ぶ。しかし部下の戦闘員は恐る恐るといった有様で言った。
「し、しかし隊長、もし本当だったら・・・」
「ありえるか、そんなことが!この臆病者!我等黄金の薔薇の大義に殉じるのだ!貸せ!」
部下を蹴り飛ばし制御装置を奪うと、スイッチを押す。

彼は、気づくべきだった。
そもそも普通の日本刀ではいくらなんでも数百人を「斬る」などというまねは出来ないこと。そして、それが出来るのならば使い手のほうが凄く、何かをしていると言うこと。
そんな相手が言ったことを出来るか出来ないか、考えるべきだった。

「・・・馬鹿が。」
苦々しくはき捨てると、爆発を尻目に村正宗はさらに上の階へ上る。
「そろそろ、プラズマXさんたちも救出は終わっただろうが・・・けりをつけずにはいられん。」


一方博士のほうは、けりがつくどころではなかった。
むしろ、新たな戦いが始まっていた。
「なっ・・・なっ・・・何!?」
突然周囲を取り巻いた黒と赤に、ロゼットは目を白黒させた。
それは巨大な、蝙蝠・・・いやジャンク船の帆に近い構造をした、皮膜の翼だった。本来身長50mクラスの怪獣についているべきサイズのそれは、悪の博士のマントが変形していた。
博士は立ち上がっている。一瞬でぶっちぎったらしく、反響体は過負荷を起こして焼け焦げてしまっている。
「ふん・・・」
呟くと、博士は翼を元のマントに戻した。面積も縮まり戻る・・・あくまで物質ではなく霊子の収束体であるから可能な行為だ。
そして、たたまれた翼の向こうは一変していた。
「なっ・・・!
また驚く羽目になるロゼット。山と詰まれたHAの死体、溢れる血だまり、それが全部ぐずぐずに分解していた。科学の知識のないロゼットには分からなかったが、高振動による攻撃だと博士には分かる。
そして、それを行ったのが目の前に立つ、氷のような目付きの美青年だと言うことに。
本当に、美しいという比喩が良く似合う青年だった。心持長めの、鏡のように輝く黒髪、滑らかな肌と整った目鼻立ち、それを浮き立たせる黒いブルゾンと白いスラックス、そしてシルエットを特徴付ける白く長いマフラー。
ただその美しさに、痛々しいまでの鋭さと冷たさを内包した氷雪の瞳が一点闇の印象に染めていた。
「貴様か・・・シャドーに話は聞いている、その後色々調べさせてもらったよ。」
ロゼットの前にさりげなく立つようにしながら、博士が言葉をつむぐ。
「狂科学ハンター・レイ。「黄金の薔薇」に強化され脱走、世の闇の超科学を滅殺して回る、大迷惑文明への挑戦ガリレオに地動説を撤回させようとするがごときおぽんちテロリスト。」
挑発的言辞を弄しながら、ずいずいと前に出る。
「ロゼット君、クロノ君。君達との闘争的語らいを続けたかったのだが、事情が変わった。この迷惑者を倒すほうを先に回させてもらおう。君達がどうするかは・・・自分で決めたまえ、正義の味方なのだから。」
もったいぶった口調で背後の少女に告げると、マントをわざとらしはためかせる。目の前の相手を見据える瞳が八つ、細く絞られた。目の前に立ち青年の殺意の視線に負けないほど鋭く。
「狂科学は、人を狂気に落としいれ、不幸を振りまく。許しては置けない。「黄金の薔薇」北米支部が狙いだったが・・・お前らバリスタスもまた同じだ。」
「ほほう・・・」
足元に転がる死体の山に視線を移す青年。隙と取れるかもしれないが、博士はそれをつくまねはしない。その程度で倒せる相手とも思わない、それだからこそ言葉を選んだ。
博士は正々堂々戦うに値する相手、それだけの心を持っている可能性を推察した相手と戦うときは、まず語ることにしていた。
相手を吟味するため。そして、相手が未だ至らぬようであれば・・・、その可能性を引き上げるために。ソクラテスを尊敬する博士は、そんな助産法的問答をこのんだ。
杖の先のパラボラ状のパーツで顔を隠すようにしながら、どこか雅な仕草で悪の博士は肩をすくめる。
「こいつらか。別に一方的に虐殺したのではない、かれらも君の憎む超常の力で必死に戦った、正当な闘争だよ。我輩も先ほどそこのお嬢さんに捕まりかけた。それと生憎我輩は、貴様が狂気と蔑む力で、幾多の運命のめぐり合わせの悪い人が僅かながら幸せを得る様を、見て来たし、それを行ってきたと自負している。」
人知れず犯罪者に搾取されていた少女、半端な国家の精神と法の不備の中に異国の地に置き去りにされた男、仲間に裏切られ、後一歩で人間ではなく暴れるだけの肉塊と化すはずだった男女、特殊な能力のおかげで人の住まぬ森の奥深くで隠れ住まねばならなかったもの、スラムで死にかけていた少年、内戦で家族を失い、何とか得た新しい仲間も皆殺しの憂き目にあい、全てを失った女。
そんな人間を何度も、何度も。
「科学は使い方による・・・昔から、科学者が責任逃れをするのに使う言葉だよ。狂科学に魂を売り渡したものに、明日はない。その幸せも、満足も、所詮闇の中だ。」
「黙れ小僧。そもそも貴様のその力とて、貴様が否定するものではないか。えらそうなことを言うな。剣は、相手を切るのに使える。だが同時に、相手の剣を受け止めるのも剣だ。楯では、守っても守っても、いつまでも斬られ続ける。剣なくして、人は何事をも成しえない。人のことをどうこう言うまえに貴様のほうこそどうだ。今の攻撃、この少女を巻き込む可能性があったぞ。貴様こそ不幸を振りまく者だ。我が行いを仮初と呼ぶ資格などあるか!」
互いに、僅かに沈黙する。
博士とて、自分が与える幸せが戦火の中の仮初のものということくらい承知はしている。一方玲も、今まで戦ってきた一方的な「黄金の薔薇」の科学者どもと違いこちらの罪を言い募る博士に、僅かに自分の復讐心を見透かされ、その己のおぞましさに怯む。
「・・・戦うしか、ないようだね。」
沈黙を破り、玲が腰のポーチから金属球をいくつも取り出し、指で挟んだ。
「是非に及ばず。」
博士が答えた。こちらは対照的に構えらしいことはしない。そんなことをするまでもなく、博士にとっては己の殺意に答える心理外骨格こそが唯一最強の武器。
「魔玉操・龍・・・」
「甘い!「望みの一歩!」」
ダン!
と足を踏み鳴らすと同時に、博士は一瞬で玲の後ろに現れた。博士の心がそれを「望み」、心理外骨格がそれを実現する。北欧神話において心を具現化させた巨人の僕に、神が競走で敗れたという話がある。臨んだ心は、何よりも早くその場所へと届くのだ。ただし、他の特殊能力と同じく博士が見えている範囲までにしか使えないという弱点があるが。
移動向きではない短距離テレポートでも、戦闘には役立つ。博士の鉄拳が玲を弾き飛ばした。
「っ・・・!龍震波!」
地面を転がりながらも体勢を立て直し、放ちかけていた技を玲も博士に向けはなった。分子を駆動された複数の金属球が共鳴し、先ほどと同じ高密度の振動波が博士を襲う。
しかし心理外骨格はその殆んどを防いで見せた。僅かに装甲が軋む。
(ノーマルな戦士としての思考は、ミリィにやや劣る。しかし、それを上回るのは・・・憎悪か。)
受けた攻撃を吟味しながら、飛行する博士。玲も跳躍し、後を追う。
同時に放たれた二つの魔玉が、博士の背後でぶつかり、その間から真空断裂が生み出されて博士に命中した。
「ちい!」
バランスを崩しながらも横っ飛びに再び「望みの一歩」を使用、玲の真横に移動する。
同時に突き出した腕がぼこぼこと沸き立ち、無数の兵器の集合体となった。
「だがな、そのように散漫な憎悪では我輩は殺せんよ!受けろ、「超越たる英知」!!」
荷電粒子、大電流、レーザー、レールガン、プラズマなど破壊力の嵐が襲い掛かる。下手な都市くらい簡単に灰燼と変えることが出来る火力。
しかし突如、博士と違って飛行ではなく跳躍していたはずの玲が博士のように方向を転換、外れた超科学兵器の数々は空中で炸裂する。

ドドドドドドドド!!

空気が震え、夜の街を時ならぬ閃光が覆い、衝撃波がビルの窓を次々と破った。
「ぬん?」
玲がそれを回避した理由を求めて、八つの目玉が凝らされる。
「小細工を!」
博士が叫ぶと、それまで翼となっていたマントの一部が刃と化して伸びた。それは玲ではなく、玲と玲に最も近いビルの天辺の間を切る。
そこにあったのは、常人なら見逃すだろう極細のワイヤー。「黄金の薔薇」の兵士が使うのと同じものだ。それビルに絡めて、制動としたらしい。
ひとたまりもなく空中でバランスを崩す玲だが、流石に狂科学ハンターの名は伊達ではない。
「うわっ・・・魔玉操・火龍葬輪!!」

キュドオオン!!

魔玉が渦を巻き、空気中から水素を剥離して濃縮爆発させ、炎の渦の中に博士を叩き込む。同時にその爆風に乗って玲は近くのビルの屋上に着地した。
博士もまた、炎を振り払ってその隣のビルに着地する。


「な、なんて桁外れな戦いなの・・・?」
地上でそれを見守っていたロゼットは、思わずそう呟いていた。最初からあの力を使っていれば、自分なんて百回以上死んでいるのではないのだろうか。
同時にぞっとする。今は互いに巧く戦っているが、もしこれが流れ弾になったら・・・
ぎゅ、とロゼットは首に下げた懐中時計を握り締めた。その様子を心配そうに見守るクロノ。



その爆音はまた、「黄金の薔薇」本部にも響いていた。
空気を振るわせる爆音の中、豪華な装飾が施された屋敷の一室と言っていいような最上階で二人の女が村正宗の前に対峙していた。
対照的な姿形をしている。一人はショートボブの金髪の額にかかる部分をバンダナでアップに纏めた、戦闘員の兵士だ。ある程度上級の者らしく、黒いぴったりとしたスーツの胸元に白色、手足を区切るように黄色いラインが走る若干のアレンジが施されている。
その背後に悠然と立つもう一人は、それよりはるかに階級が上らしい。妖艶な美貌の持ち主で黒銀色の髪を長く伸ばし、水色の胸元など露出度の高いイブニングドレスに、派手なネックレスに大きなピアス。
「ようこそ、バリスタスのサムライ・ボーイ。そしてよくもやってくれたわね。本社勤務の殆んどの兵士を倒してのけるとは・・・」
ドレスと同色の手袋をした腕を組むと、苦々しげに言葉を吐く。組んだ腕に押されて大きく膨らんだ胸がさらに強調され、艶かしく揺れた。
それとは対照的に強く引き締まった表情を崩さぬまま、村正宗も口を開く。
「黄金の薔薇北米支部長、ジェシカ=モレイ公爵だな。ここに来るまでの連中は全滅させたし、プララとアフロ18も取り返した。我がバリスタスの協力者に手を出した報いだ、覚悟してもらうぞ。」
「ええ、全く。このままでは降格は間違いないわね。でもまだ挽回の手段はある。」
鋭い村正宗の視線にも怯えることなく、ジェシカは朱唇を綻ばせる。
「貴方を代わりに貰うわ。東洋を中心に存在した完全な改造人間の技術は、我が「黄金の薔薇」にも無いもの。この支部を失ったとて、十二分に帳消しになるわ。」
「黄金の薔薇」の資産をもってすれば、支部などいくつでも建て直せる。
「俺を捕まえなくても、別に貴様が降格になることなどない。」
言いながら、刀を構える村正宗。その刀身は数百人の血を吸ったにも関わらず、一点の曇りも無い。血がつく暇も無いほどの高速の振り、そして人体を完全に把握した斬り方は無用の刃こぼれを防ぐ。
その刃の切っ先が、鋭くジェシカを指した。
「お前はここで俺が斬る。死ねば降格も何もあるまい。」
だっとばかり駆け出す村正宗を、女戦闘員が遮った。
「させるものかっ!」
突き出された女の両腕から放たれるのは、先ほどまで村正宗が蹴散らしてきた一般戦闘員の電流や斬糸とは違う。

ドゴン!
突如村正宗を中心とした床が陥没した。同時に村正宗の体も巨大な力に押さえつけられ、改造人間の強化骨格と人工筋肉が悲鳴を上げる。
「ぐっ!?・・・ぬあっ!」
何とか後退した村正宗は、力の加わった半径から抜け出す。
「なるほど・・・重力操作か。」
両手から重力子を発射することにより局所的に重力を操る、それがこの戦闘員の能力らしい。なるほど大幹部の間近にいるだけあって大した能力である。
「やるな・・・名を名乗れ。」
「「黄金の薔薇」実働部隊在アメリカ東部隊所属・ジュディ=パイルだ。「黄金の薔薇」の理想を解さない愚か者め、公爵様には指一本触れさせない!」
村正宗の呼びかけに、女戦闘員は凛々しい顔立ちに似合うやや低い声で叫んだ。
再び繰り出される超重力を、大電力跳躍装置の時同様小刻みに移動して回避する村正宗。そして彼も名乗りを上げる。
「認識した。お前を殺したとき、その名で記憶する。俺の名は村正宗、秘密結社バリスタス幹部候補生!俺が死した時もその名で記憶しろ!」
豪奢な絨毯の敷き詰められた床を蹴り、斬りかかる。ジュディもまた遠距離攻撃では埒が明かぬと理解し、接近戦を受けてたった。
至近距離での収束された重力攻撃、改造人間の腕力で振るわれる斬撃、いずれも一撃必殺の威力を持つため、読みあいかわしあいが重要となる。村正宗の得意分野だ。
轟!
重力子をまとうことによりバリスタスの改造人間にも負けない破壊力を帯びた拳が、村正宗の捻られた体のぎりぎりを掠める。素早くステップを踏み、そのままの勢いで体を半回転させると村正宗の反撃の裏拳がジュディの頬を捉えた。
「うっ!」
剣でだけ攻撃してくると思っていたジュディは、不意を疲れて吹き飛んだ。畳み掛けるように拳と刀による突き。
押されるジュディを見ながら、ジェシカ公爵は自らの行動に出ていた。しかし村正宗はジュディとの戦いに集中しすぎてそれに気づかない。さすがに訓練の成果だけあって高い技量を誇る村正宗だったがいかんせんこれが初陣、まだそれを感知できるだけの戦場の勘は養われていなかった。
「うあっ!」
肩を貫かれて悲鳴を上げるジュディ。攻撃の速度を優先してすぐさま村正宗は刀を引き抜くと次の攻撃に移ろうとする。
「な、舐めるなっ!!」
それを阻止するため、ジュディは奇策を弄した。咄嗟に足に重力をかけ、床を踏み砕いたのだ。特殊材の床は激しく凹むが何とか下の階まで崩れ落ちることは無かった。
しかしジュディの望みどおりに、床の亀裂に足をとられた村正宗は体勢を崩した。勝機とするに十分な隙。
「もらったぁ!!」
「く!」
がっ、ぎぎぎ・・・!
全力をこめたジュディの踵落とし。力の及ぶ限りありったけかき集めた重力子が、その破壊力を数十倍に跳ね上げる。刀でその足を切り飛ばそうとした村正宗だが、いくら達人的腕前とはいえ流石に防弾ステルススーツを何百も切り裂いたつけが回ったらしく、刀は望みの切れ味を示せずにひしゃげ折れる。
ジュディと同じく渾身の力を振り絞って受け止める村正宗だが、支えるのが精一杯で一歩も動きが取れない。
軋みをあげる体。やはり「計画」が完成しなければ、彼の力は十全とは言えなかった。
その様子を見たジェシカ公爵の顔が勝利の笑みに彩られる。ジュディの勝ちを確信したわけではない。今の体勢が有利とはいえ村正宗の力の方がやはり勝っている、あの程度では倒せないだろう。
「いいぞ・・・ジュディ、そのまま動くな!」
だから。
ジェシカは躊躇わず己の執務机に隠されたスイッチを押した。壁に偽装された巨大なシャッターが、その大きさから考えれば信じられないほどのスピードで開き、中から巨大で禍々しいデザインの砲身が突き出す。
「!」
村正宗の目がそれを写し、驚愕に見開かれる。
同時に、奇妙な色の、レーザーとも荷電粒子とも放電とも異なる光の渦が、ジュディもろとも村正宗を飲み込んだ。不可思議な光は周囲の物質には何の被害も与えなかった。しかし・・・それが通り過ぎた後、二人はともに倒れ臥していた。
「あはっ、はははははは!思い知ったかサムライボーイ!「黄金の薔薇」の秘宝科学の成果、オルゴン・エネルギー砲の力を!」
オルゴン。それは表の世界ではいんちきとして認識された、ウィルヘルム=ライヒという男の提唱した一種の生命エネルギー理論だ。生命を形成する根幹であるそれは、収束してたたきつければ小さな波が大きな波に飲み込まれるように、生命そのものを掻き消してしまう。
疑似科学そのものの理論だが、「黄金の薔薇」の科学力はそんなものまで実用化していた。改造人間に特化したバリスタスの科学技術と違い、広範にわたるのが「黄金の薔薇」の科学力の特徴である。
「この力に加えて、改造人間の技術まで手に入れれば・・・大公爵どころか次期皇王すら夢ではない!はは、ははははは!」
「下種な権力の夢は終わりだ。」
哄笑を続ける公爵。と、突然その声を遮るものが現れた。ジェシカの笑いにつりあがった唇が硬直する。
「な、そんな、まさか・・・」
必死に否定しようとするジェシカだが、それは現実。
村正宗が、起き上がった。
「そんな馬鹿な!オルゴン・エネルギー砲の直撃を受けて耐えられる生命など・・・」
起き上がった村正宗の姿は、変化していた。体の部分部分だが、青白い輝きを放つ武者の鎧を思わせる装甲がくっついている。すぐに消えてしまったが、それは村正宗の特殊能力の一つ、GS(GardianSprit)装甲。博士の心理外骨格の改良型、あれほどの狂気を必要とはしないが同種の霊子装甲だ。
本来は完全にならなければ使えない力のはずだが、咄嗟の危機と本人の強い心理的高揚によって、限定的かつ不完全ながら作動、生命を消滅させる光を弾いたのだ。
その感情の名は、義憤。
「貴様ら「黄金の薔薇」は、とことん見下げ果てた連中だな。」
言いながら、オルゴンエネルギー砲で生命を断ち切られたジュディの、驚愕に見開かれたままの瞳をそっと閉じさせると地面に横たえた。
「こいつは、己の職分を全うしたと言うのに・・・その思想はどうあれ使命感と義務感をもって殉じたというのに、貴様は!!」
「ひっ!」
年下の、これが初陣のはずの少年の眼光に射すくめられているのを感じながら、ジェシカは慌ててもう一度オルゴンエネルギー砲のスイッチを押そうとした。
銀光が走る。
爆発!
「ひぃぃぃっ!?」
村正宗が折れた刀を投げつけ、発射寸前のオルゴンエネルギー砲が暴発して吹き飛んだ。
爆風と炎を受けたジェシカは吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。水色のドレスは焼け焦げ、煤まみれに鳴り、恐怖に引きつった表情にはもはや美も威厳の欠片もない。そしてその顔の半分と体の幾箇所かの皮膚がはがれ、露出した体内は複雑な機械がぎっしりと詰まっていた。
機械式のサイボーグ。それがジェシカ公爵の正体だった。
壁際に追い詰められ狼狽する公爵に、冷徹な視線を注ぎながら村正宗は歩みよる。
「女をいたぶる趣味は無いが・・・卑劣な保身の代償と知れ。」
「ひ・・・・・・」
悲鳴を上げかけるジェシカの頭部を、村正宗は拳の一撃で粉砕した。
金属製の頭蓋が砕け、科学者としての英知を持っていた脳が何の役にも立たない蛋白質に帰る。
それでいいと村正宗は思った。人格の伴わない知恵など、所詮は鍍金に過ぎない。「黄金の薔薇」と同じように。華は命あってこそ美、金で塗り固めた死んだ薔薇に何の意味があるだろう。
そう思い耽る村正宗。と、突如ジェット機の噴射音が響いた。慌てて窓を見ると、一機のステルス機が遁走していくのが見える。
僅かに舌打ちすると、村正宗は部屋を探った。「黄金の薔薇」では情報漏えいを防ぐためコンピューターの類を用いず全てを科学者の脳に記憶させると言うが、それでも何らかの手がかりがあるかもしれないと思ったからだ。誰が操縦していたか知らないが、支部長を見捨ててでも持ち出す価値のあるものがあったのかもしれない。
そして・・・資料を見つけた村正宗は、もう一度舌打ちをすることになったが・・・当初の計画以上の成果、「黄金の薔薇」北米支部の壊滅を村正宗は達成してしまった。
しかし、窓の外では未だ博士と狂科学ハンターの撃ち合う閃光が瞬いている。



ひとしきり撃ち合いをした後、玲と対峙するようにビルの屋上に博士は降り立った。
くはははははははははは・・・といつもの哄笑を響かせながら、博士は風にはためくマントを払った。
掌を突き出す。かつて「髑髏」作戦においてミリィに使用した、対個人用「恐怖の夜」だ。
「ふん、戦い方は心得ているようだな、流石狂科学ハンター。だが・・・心の強さは、どうかな!」
「何!?」
玲が驚く間もなく、彼自身の闇が彼を包む。


闇の中で、玲はまだ小さな子供だった。
傍らの、彼に似た美しい顔立ちの女と一緒に闇の中を必死に走る。姉の茉莉香だ・・・今はもう、死んで、いない。
恐怖と、哀しみと、怒りと、無力さが、玲の心を打ち砕かんばかりに食らいつく。
この光景は何度も悪夢に見ていた。姉が、父に人間兵器に改造された自分を、人類全てを一握りの天才の指導下におくための道具にされないために逃がそうとして、そして父、「黄金の薔薇」大公爵姫城正樹と刺し違えて死んだあの日の。今に続く憎悪と戦いの日々の幕開けの日。
姉と父が言い争っている。父が、手を振り上げた。その手に青白い光が・・・父の生命エネルギー研究から生まれたヒエロニムスジェレーター生体衝撃波の光が宿る。姉にも父は同じ改造を施していた。そして。
次の瞬間。
玲の心の中で繰り広げられる光景は、それまでの何度かのリプレイと違って進展した。
茉莉香が、突然魔玉を構えた。彼女が使えるはずも無い、玲と同じ魔玉を。
父の両腕が打ち砕かれた。悲鳴を上げ、のた打ち回る父。それを冷酷に踏みにじる姉。何もかもが玲の記憶と違う、無茶苦茶な展開となっていた。
「な・・・に・・・」
震える玲の唇から、声にならない声が漏れる。
その間にも眼前の狂気の劇は進行する。無様にぶるぶる震え、砕けた腕をいやいやをするように振って必死に命乞いをする父。それを茉莉香は笑いながら無視し、魔玉を叩きつけ、返り血を浴びながら拳を叩き込み、容赦なく殺して高笑いをあげる。
「あはっ、あはっ、あーっはっはっは!」
「ね、姉さん・・・」
空虚な、呆然とした玲のようやくの言葉に、茉莉香はにっこりと、血塗れの頬をほころばせた。
「大丈夫よ、玲。悪い人は私がやっつけたわ。何を驚いてるの?あんな人、もう私達のお父さんなんかじゃないっていったでしょう?それどころか、人でもないと私思うの。」
朗らかな、異常に朗らかな姉の言動に心底から震え上がる玲。思い出を穢されているのと同時に、何か、このままこれを見ていたら何かがどうにかなってしまいそう、そんな特定できない漠然とした恐怖が全身の細胞を侵食する。
「・・・それにね。」
不意に、茉莉香の表情ががらりと変わった。とてつもなく邪悪な、狂笑に。
「あなたもやっている事じゃない、玲・・・嬉しいわ、私のために沢山、沢山殺してくれたのね。ありがとう・・・」
「あ、あ・・・」
玲の瞳から滂沱と涙が流れ、頬を伝い白い咽喉に流れる。その咽喉に茉莉香の華奢な、血に濡れた指がかかる。
「だから・・・あなたも殺してあげるね・・・貴方が今までしてきたように・・・」


「ふん、ここまでのようだな。」
硬直した玲が、無言で涙を流しながら自分の咽喉を両腕でぐいぐいと締め上げるのを見ながら、博士はあざ笑った。「恐怖の夜」を受けたものが最後に陥る・・・精神崩壊による自殺現象。
「まあ、それも当然だ。今のところ仕掛けて唯一この技から逃れたミリィと違って、貴様には、ぬ!?」
唐突に何かを感じ、身を翻そうとする博士。同時に玲が自らの首にかけていた手を解いた。
ゴォォォォオオオオオオオオッ!!
「ぬうううっ!?」
急激に冷気が、絶対零度の冷気が玲の体から巻き起こる。咄嗟に飛びのいた博士の体に空気中の水分が凍りへばりつく。
「貴様・・・よくも・・・やってくれたな・・・!!」
目付きが、それまでとは一変していた。さらに鋭く、さらに冷たく、さらに怒りに染まった、絶対零度の闇の瞳。
分子運動が停止する絶対零度結界の中、重力を無視してその体がふわりと浮き上がった。
「殺す、絶対に。許さん」
口調まで変化している。そこにいるのは、明らかに別の人格だ。
「極度の激情と怒りによる第二人格、それに伴う普段は抑制されている力の解放か・・・まずったな。予想できる事態だったのに・・・まるでペギラ、いや魔玉操を加えればそれ以上か・・・」
「黄金の混沌」最初期、東京を丸ごと氷付けにした怪獣の名を呟きながら、博士は歯軋りする。何より、思考停止して逃げを打つなど最低だ。
思い知らせてやる・・・そう思った瞬間。
「魔玉操・天龍槌」
「ぬおおおっ!?」
上に向かって発射された魔玉が作動した。桁外れの放電と冷気が渦巻き、玲本人の放つ絶対零度と合一化して周囲に無差別に襲い掛かった。
凍り付いて脆くなったビルの上部が、雷撃で次から次へと崩れ落ちる。博士にも直撃し、紫電がその体を焼いた。
「がぁっ!貴様ぁ!」
だがそれ以上に周囲の被害も深刻だ。
博士の八つの目が火を吹かんばかりの殺意にぎらつく。元々博士は正義支配を気取るこの国が嫌いで、日本ほど周囲の被害に頓着する気はなかったが、それ以上に玲の行動が第二人格であるとはいえ腹が立ったのだ。
心理外骨格が巨大な腕となり、玲を掴んで地面に叩きつける。しかし玲も即座に飛び上がり、空中を自在に飛んで博士に迫る。
「魔玉操・紅蓮地獄」
数万度の高熱の繭が博士を包んで発生し、爆裂した。博士の心理外骨格は怒りの強さに合わせて強度を増しそれにすら耐え抜いたが、爆風で近くのビルが一つ丸ごと吹っ飛んだ。
瓦礫が崩れ落ち、数千の命の火が消える。

危惧した事態が現実のものとなり、ロゼットは悲痛な面持ちで燃える街を見た。
そして、手の中の懐中時計を強く握り締める。
「クロノ、お願い。あいつを、止めて。」
重い、確認するように単語ごとに区切った口調でロゼットは言う。その言葉に、クロノはてきめんに狼狽した。
「そんな、ロゼット!これは・・・」
「分かってる。でも、ほうっておけないじゃない!だから・・・」
悲壮感を秘めた表情を、ロゼットは微笑んで見せた。まるで、クロノを心配させたくないかのように。
「出来るだけ早く終わらせてね。」
「・・・分かった。」
苦渋の面持ちで、クロノが頷く。
カシュ。
懐中時計の外枠がスライドし、明らかに時計としての用途ではない機構が姿を現した。
変身が、始まる。


玲の猛攻を、しかし博士は受け止めていた。じわじわと心理外骨格が削られていくが、致命の傷は受けない。
そうして、博士は己の中に溜め込んでいた。怒りを。前後を忘れ限界すら忘れ、全てを焼き尽くすほどの怒りを。
満ちた、そう感じて博士は口を開いた。
爬虫じみた口腔の中に、黒い炎としか例えようも無い、揺らめく闇が宿っている。収束霊子砲、「闇の怒り」。博士の最強の武器。
「もう許さぬ!跡形もなく消滅し・・・」
ずきり。
みなまで言う前に、博士を突然の激痛が襲った。
「が!!あ・・・ごああああ!?」
頭が砕け、脳が飛び散るような激しい頭痛。全身の関節が悲鳴を上げ、はらわたが腐れてどろどろの酸となり、咽喉を焼いて口から溢れ出そうな感覚。
「しまっ・・・」
(限界を超えたか!!)
心理外骨格は、使用するごとに苦しみを与える。増幅され力として振るわれる憎悪、憤怒などの部分と、それ以外の部分がバランスを欠くために起きる。
心が痛みを覚え、そして心理外骨格が心を反映するが故に体にも痛みが走る。その当初は重度の寝不足に近い症状を呈するが、最終的には激痛の後発狂、死亡する。
そのために一度使用すると暫く間をおくのだが、今回はHAとの戦闘に加えロゼットとクロノ、さらにはこの狂科学ハンター玲との戦いである。無茶を重ねて、消耗が一気に押し寄せてきた。
「ぎう、ぎええええええ!!」
激痛に意識を半分以上持っていかれ、集中が途切れたせいで心理外骨格の翼が消えた。ひとたまりもなく落下し、焼けたコンクリートの地面に叩きつけられる博士。
「とどめだ。」
それを玲が見過ごすはずも無い。絶対零度を纏いながら、魔玉を構える。紅蓮地獄でも火龍葬輪でも、街中で放たれれば確実に大災害だ。
「待て!」
ガキン!
今まさに魔玉が放たれようとした刹那、稲妻と見まがうほど早い黒い影が、その絶対零度の結界を貫いて玲の手から魔玉を叩き落した。
「何だ、貴様は。魔族か。魔族に用は無い、敵は狂科学を操るものだけだ。だが邪魔するなら容赦しないぞ。」
魔族。確かに、その黒い影は魔族だった。それももはや数えるほども存在しない成熟した高位魔族だ。
黒く長い髪、蝙蝠のような羽、均整の取れた肢体、整った顔に鋭い眼光の青年の姿をした悪魔。全身から桁外れの力を発しながら何故か手負いの獣の如く痛々しく感じるのは、その頭部に生えた二本の角が根元からもぎ取られているせいだろうか。
「容赦しないのはこっちのほうだ。これ以上街を壊すのをロゼットは望まない。お前を止める!!」
漆黒の羽をはためかせ、悪魔が玲に襲い掛かった。
鋭い爪を生やした腕が、紫電が、次々絶対零度の結界を破って玲に叩き込まれる。玲も反撃と魔玉を振るうが、悪魔は止まる気配を見せずに突き進む。まるで時間に突き動かされているように、焦りすら感じられる。

「な、あれは・・・」
地上に落ちた博士はこれ以上着用していては命に関わると判断して心理外骨格を解除し、それを見ていた。その悪魔の姿、彼の記憶にある。
「クロノ、か?」
確かに、ロゼットに付き従っていた悪魔クロノに似ていた。だがクロノは青年と言うべき外見年齢の目の前の悪魔と違い、見た目は少年、そしてあれほどの力は無かったはずだ。
その時、博士の頭にまるで別の記憶が閃いた。
「クロノ・・・まさか、あの「罪人」クロノ?「爵位剥奪者」クロノ?「折れた尖角(ホーン)」のクロノ、なのか?」
悪を名乗り、下位次元生命体と共闘する「混沌のイデア」計画の責任者である博士は、自然悪魔にも詳しくなっていた。クロノの名は、その過去と折れた角に由来する数々のあだ名とともに記憶されていた。
かつて数人の同志とともに悪魔族に反逆した者として。
「クロノを・・・知っているの・・・?」
と、不意にロゼットの声が響いた。だがその声は、随分弱々しい。
「な、どう、し・・・た?」
一方の博士も、鎧を外したとて衰弱が消えるはずもなく、ぜいぜいと息を切らしながら返事する。
「何故、そんなに、弱っているのだ?」
博士の問いに答えるように、ロゼットは空で戦うクロノを見上げた。炎に照らされているくせに、その頬はどきりとするほど青白い。
「クロノを知っているなら、話は早いわ。クロノは角を折られ、魔力の殆んどを失った・・・。その代わりに今全力を発揮するときのクロノが力にしているのは、契約の証のこの懐中時計を通して供給される、あたしの寿命」
「何!?」
消耗も頭痛も一瞬忘れて、博士は叫んだ。
「お、お前それがどういうことか分かっているのか!?」
「ええ。多分この仕事続けている限りあたし、多分30歳よりは生きられないでしょうね・・・それどころか、下手をすればもっと早い・・・」
自分も一歩間違えれば食い殺されかねない鎧を使っているにも関わらず、博士は驚愕する。
自分の場合は自分で分かっている。その守るべきものも信念も。
「何故ダッ、ぜっ、げほごほっ!何故そのような無茶をする!!」
だがこの少女は、何ゆえに己の命を削ってまで戦うのか。博士は咳き込みながら問うた。
その博士にロゼットは弱々しく笑いかける。貴方だって無茶してるくせに、とその瞳が言っていた。
そして、言葉では己の理由を。
「あたし、孤児院育ちなんだけどね、弟がいてね・・・先天性エヴァンジェリストだったんだ。」
エヴァンジェリスト。天使使い、と日本語には訳される。魔術も、博士の心理外骨格のような科学的手段も用いずに上位次元の神聖霊子を駆動しうる、身も蓋もなく言えば奇跡を起こすことが出来る存在。
二通り存在し、普通の人間だったものが上位次元存在に見出されてそうなる後天的エヴァンジェリスト、広義で言えば精霊系の力を使う戦隊や一部の魔法少女などこれに含まれる。
そしてもう一つが、先天的エヴァンジェリスト。これは極めて珍しい、稀有な存在。生まれながらにして天使の力を行使しうるもの・・・神の子といってもよいものだ。
「でも力が制御できなくて、それでそのことは秘密にしていたんだけど。偶然封印されてたクロノと会って、開放しちゃって。そのころはまだ悪魔だなんて知らなかったんだけど、友達になって、それで・・・」
苦い記憶に繋がり、ロゼットの表情が歪む。
「あいつが、アイオーンって悪魔が。昔の仲間だって、拒否するクロノを無理やり連れて行こうとして、それで、代わりに私の弟に目をつけて、攫っていったんだ。あたしは、弟を取り戻し、クロノの因縁を断ち切るために、手がかりを探して戦っているんだ。」
重い理由に、博士は頷くことしか出来なかった。なるほど、これは我輩の心理外骨格を打ち破るわけだ、と思いながら。
だが、一つ引っかかることがあった。
「なるほど、そうだったのか。しかしアイオーン・・・といったな?」
「知ってるの!?」
手がかりの情報かと勢い込むロゼットに、博士は自分の知識を伝えた。
「我輩の知っている限りでは、かつてクロノとともに魔族に反乱を起こしたアイオーンは、クロノが封印され角を折られた後で、倒されているはずなのだがな。」
「え・・・」
「年代を考えると、どう考えてもお前の前に現れることなど出来ないはずなのだが。」
「嘘・・・」
半信半疑、目を点にして言うロゼットだが、博士は嘘をついているわけではない。
「嘘ではない。このことはHUMAの資料からも、そして我輩が盟友・瑠玖羽姫から得た情報からも一致している。」
「瑠玖羽って・・・」
「今の魔族の支配者だ。我輩は魔族との共存計画「混沌のイデア」計画というものを彼女との盟約のもとに進めている。下級の獣みたいなのを除けば、上位の悪魔は約束した相手に嘘はつかない・・・それはクロノ君を介して君も知っているはずだ。だがだとするならば、君の前に現れたというそいつは、一体・・・」
衝撃を受けるロゼットだが、それどころではない緊急事態が上空では起こっていた。


「あれは・・・」
クロノとの格闘の最中、激しく空中機動する玲の視界の端に、地上の様子が捉えられた。博士と、その隣のロゼット、胸に下げられた懐中時計。
戦う中で狂科学への知識を得ていた玲には、それがいかなる代物であるかがはっきりと分かった。
「あれも、魔術とはいえ呪われた技術・・・」
言うなり、無造作に地上へ向けて魔玉を放った。
「しまっ・・・!」
一瞬の隙をつかれたクロノ。
慌てて阻止しようと追うが、魔玉のほうが早い。何のためにロゼットの寿命を吸い取ってまで戦っているんだと自らを罵るしか出来ない。
地上で凍りついたように上を見上げるロゼットが見える。
それがクロノの心に再び火をつけた。しかし主と同じく、最後まで諦めず手を伸ばす・・・一個、魔玉を砕いた。しかし残りが・・・

突如目の前で爆ぜた。

「え、ええっ!?」
目を丸くするロゼット。目の前まで迫ったクロノの迎撃し切れなかった魔玉。それに体を砕かれる、と思った瞬間発動直前のそれが砕け散ったのだ。
と同時に、ぎりぎりまで追いかけていたクロノが勢いあまって地面に激突する。
「うぐっ!」
「クロノ!」
倒れた彼女の相棒を慌てて抱き起こす。ダメージを回復するための魔力をロゼットの寿命から取らないために少年姿に戻り、それゆえぼろぼろのクロノをロゼットはぎゅっと抱きしめた。
「馬鹿・・・無理して・・・」
「大丈夫・・・しかし・・・」
一体何が起こったのかと言いたげなクロノに、笑いかけたのは博士だ。
「しかしも何もない。我輩の仲間だ。」
自慢の手品の種明かしをするように、得意満面に。そして子供の成長を喜ぶ親のように嬉しそうに。
「父上、ようやく万分の一程度とはいえご恩をお返しできました。」
と、これも嬉しそうなカーネルを見る。
博士の命令で一時退去したのだが、中々戻らぬ博士に危機を予感して帰ってきたらしい。それも傷ついた体でアルティメットブラックまで発動させて。まあそうでもしなければ迎撃できなかっただろうが。
「大丈夫だったか、オヤジ!自信も結構だけど無茶すんなよ!」
と、マッシュもがさつながら心配の言葉を投げかける。他村正宗やプラズマXたちも駆けつけてきた。
その様子を見て、玲は混乱する。
「黄金の薔薇」と、自分から全てを奪った悪鬼の輩と同じ存在でありながら、何故彼らはこんなにも・・・こんなにも・・・
悩みが生まれ、その拍子に玲の第二人格が消えた。同時に絶対零度の結界も消失し、ビルの屋上に着地。そのまま戦線離脱し、姿を消した。
混乱と悩みと、未だ意識せざる欠落を抱いて。
「行ったか・・・」
ふう、と思わず村正宗はため息をついた。全員揃っては見たものの、正直今の戦力では正面から戦って勝てる公算は少なかった。
「奴には、足りないものがあった。それが何だか・・・」
皆まで言う必要はあるまい、と博士は途中で言葉を打ち切る。
「さて、撤収だ者ども!予定の作戦目的は達成し、それ以上の戦果を挙げたと言っていい!凱旋するぞ!」
景気良く叫びをあげると、準備にかかる仲間を見ながら、さりげなくロゼットの尼僧服のポケットに手紙を捻じ込んだ。ポケットの中のメモ帳に急いで書かれた小汚い字の手紙には、こう書いてあったと言う。


「謎は、自分で解くように。そして己の信念を磨き、戦いの理由にけりをつけろ。同封のカプセル剤は、失った分の生命力をある程度は回復する薬である。ある程度、だが。

追記。薬を渡した目的は、あくまで今回つけられなかった決着をつけるため、それまで生きてもらうためである。他意はない。」

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