秘密結社バリスタス第二部大西洋編第四話 不死と夜と克己の王国

英国・倫敦。
国家の首都であるこの都市には、様々な国家機関が存在する。
表むきに現れているものも・・・内部に秘密を抱えているものも・・そもそも存在すら知られては居ないものも。
いくつか存在する英国の秘密機関のうち、もっともその戦闘性が高い組織、英国国教騎士団。イギリス国内においての異端者・魔女・化物・吸血鬼を狩る組織。
その任務においては基本的にヴァチカン第13課・イスカリオテ機関と同一で、故に勢力範囲をめぐりしのぎを削ってきたのだが、先だってそのイスカリオテ機関は壊滅した。
「・・・・・・」
その本部の執務室で、機関の長たるインテグラ=ウィンゲーツ=ファンブルケ=ヘルシングは一通の書簡に目を通していた。眼鏡の下から、鋭い眼光で。イギリス人らしからぬ浅黒い肌の、二十代ほどの年齢の女性だ。美人と言っていえないことも無いが、どちらかというと人相は悪い。攻撃的で、冷酷な・・・鉄の女。そんな印象を受ける。
いや、「通している」という持続的なものではない。書簡は短く、いくつかスペルや綴りに間違いがあったが、すぐ読めるものだ。
問題なのはその意味と差出人。
差出人は悪の博士。秘密結社バリスタス第六天魔王・・・そして、先だってのイスカリオテ機関全滅事件の首謀者と名乗っている。
手紙はMI6からのルートで、ここあて。
内容は要約するとこうだ。
「世界の支配者たるバリスタスの大幹部、悪の博士が「命令」する。HELLSING機関の勢力範囲たる英国において、あくまで治安の維持であり確信犯的意図を持ち犯罪ないし軍事行動をとるものに対する正統な防衛は容認するが、害をなさないないし必要最小限の生命維持のための吸血のみを行う吸血鬼に不当な弾圧・攻撃を加えることを、「禁止する」。それら良性なる吸血鬼は、我等バリスタスが保護する。
我々の英国に対する要求は今のところ以上である。履行するならば、何も攻撃は加えない。ただしこの命令を不服とし拒否するなれば、我々は英国を攻撃する。このささやかな要求が通るまで。」

「いかがいたすつもりで?お嬢様。」
書簡を睨み付けるように読み返すインテグラに、傍らに立った老人が尋ねた。慇懃な物腰と仕草から、執事であるとしれる。半分以上白髪となった黒髪を後頭部で縛り、モノクルをはめている。
「ふ・・・」
苦笑いするように口を歪め、インテグラは息を吐いた。高価そうな葉巻を取り出すとテーブルライターで火をつけ、唇にはさむ。
いや、それだけではない。持っている手紙を葉巻に近づけると、押し当てて手紙に火をつけた。博士にしては趣味のいい和紙の便箋が、静かに燃える。
「下らんな。何をとち狂っているのか知らんが、いいも悪いも糞もなく、吸血鬼を狩ることに何の問題があるというのだ。」
書簡を灰皿に捨てるインテグラ。
「付き合ってられるか。ウォルター、構わず仕事に戻るぞ。」
「は。ではお嬢様、今日の業務予定ですが・・・」
そして何気なく、彼らの「日常」に戻る主従。
だがその様子を・・・

窓の外の鴉は、見ていた。


マリネラ地下秘密ドックに根拠地を定めた、バリスタス大西洋統括支部。
その中の訓練施設で、今二人の改造人間が激しく戦っていた。
一人は、悪の博士怪人軍団戦術指揮官マシーネン=カーネル。蝗の外骨格を纏った姿ではなく、漆黒の「新たなる衝撃を与えるもの」第二種軍装に身を包んだ人間形態。
抜き払い八双に構えた軍刀で、体ごとぶつかるような勢いで突きかかる。
それを殆んど姿勢を崩すことなく受け止めたのは、こちらも一見生身の人間にしか見えない外見の少年だ。学校の制服のようなブレザー姿で目付きは鋭い。幹部候補兼「ムラマサムネ計画」主任兼新型改造人間である、計画と同じ名を持つ少年、村正宗。前回バンコランと対峙したときより改造が進んでいるのか、眼鏡はかけていない。
視神経・眼球まで改造を受ければそれ以前に近眼だろうが遠視だろうが乱視だろうが、関係なく超常の視覚を得る。銀河連邦中央などではそのような視力の矯正は常識で、眼鏡は一種のファッションとなっている。が、村正宗は特に眼鏡に思い入れも無いらしい。
立てた日本刀でカーネルの突きを受け流す。刃の擦れる独特の音・・・訓練とはいえ、いずれも真剣だ。その真剣で、二人は既に相当の時間戦いを続けている。訓練であるが故に、互いに間違って相手を殺してしまわないように緊張を強いられる真剣で、それだけの間。
カーネルと村正宗の体が接近する。と見る間に片手を軍刀の柄から離したカーネル。刃同士の緊張を維持するだけ必要な力を込めながら、離した手のほうは一瞬で鋭い爪を供えた改造人間としての手に変化し、指をそろえて得意の貫手を放つ。
剣術の訓練ではなかったのか、と見る人は思うかもしれない。だがバリスタスの・・秘密結社の格闘訓練は殆んど実戦方式。改造人間としての能力の行使を含め何だってありだ。
カ、ギッ!

村正宗は顔面に迫るカーネル必殺の貫手を、なんと歯で噛み付いてとめていた。同時に脚を振り上げて蹴りを放つ。
だがカーネルもそれは呼んでいた。コンパクトな姿勢でジャンプをすると、刀で相手の刀を押すようにして反動を得、間合いを取る。
着地。
既にその時にはカーネルの脳には村正宗の次の行動、それに対する対応方法などが何通りもシミュレートされていた、だが。
「早・・・!」
今度こそカーネルは驚愕した。カーネルの脚が地に付くか着かないかのうちに、既に村正宗は前進、カーネルを射程に捉えていた。
前にダッシュする勢いを乗せた、斜め下から顎を狙う一撃。大きく抉る様な、つまり大きく動く回避を強いられるそれを、ぎりぎりでかわし・・・
その空振ったかに見えた村正宗の右手が、左手が持って既に振り始めていた日本刀を握る。

びゅうっ・・!

剣風が、カーネルの細首を撫でた。防御するも避けるもかなわない勢いで袈裟懸けに振られた刀は、もうぴたりと停止している。
決着はついた。
村正宗は一歩引くと、無駄の無い動きで刀を鞘に収め、一礼する。カーネルも姿勢を正すと、軍刀をしまった。
少し刀が寸前で止まった首をなぜるようにしながら、戦いを振り返り脳内でまとめる。
評価をまとめようとする前に、村正宗は呟いた。
「すいません、カーネルさん・・・髪が。」
見ると、激しい挙動でたくし込んだ軍帽からあふれたカーネルの金髪が、少し切れて床に落ちている。その綺麗な髪を手にとると、村正宗は綺麗な硝子細工か何かを壊してしまったかのような表情をする。
「寸止めがうまくいきませんでした・・・まだまだですね、俺も。」
軽く一息をつくと、カーネルは微笑んだ。
この彼女と同い年くらいの少年は慢心というものを全く知らず、とても謙虚だった。今彼は組織でも一、二を争う戦技を持つものに勝ったのだ。まぐれではなく、明らかに実力で。それなのに。さりとて決して弱気ではなく、常に向上に励んでいる。
そして、飲み込みも早い。蠍師匠が大陸支部へ出向しているのでカーネルがこの若き戦士の稽古を担当していたが、その下で少年はめきめきと腕を上げていた。先ほどの戦いでも刀から手につなぐカーネルのお株を奪う拳から流れるように刀につなぐ決め技といい、反射速度・読みの繋がりから来る隙の無さと速さといい。
「いや・・・大したものだ。」
そう、堅苦しい弟子をほめてやるカーネル。
と、廊下でばさばさと羽ばたく音が過ぎ去っていった。諜報・連絡活動に出ていた鞍馬鴉天狗が、どうやら帰還したらしい。
「そうそう・・・堅苦しいのも謙虚なのも、時と場合によりけりで御座るよ。」
普段は陽気な鞍馬鴉が、鳥類的な目をウィンクさせる。
「拙者ただいま博士に伝令事項があるのでこれにて失礼・・・と、そうそうカーネル殿。磁力殿から密書でござる。」
わざとらしく似非忍者っぽい口調で言うと、懐から密書とは冗談の手紙を取り出した。組織の支部間の通信は米国のエシェロンやその他各国・各組織の傍受に引っかからないようバリスタスのみが現段階で実用化している霊子通信装置を用いているのだが、この通信機がしばしば不調を起こすので速い乗り物や改造人間に事欠かないバリスタスでは直接連絡なども頻繁に行われていた。
現在は特に九州支部が殆んど音信不通状態になっており、各支部もその影響を受けているためなかなか連絡がとりにくくなっていた。
「そっ・・・そうか!」
それを聞いたカーネルの顔が、ぱっと明るくなる。ここ暫く夫と連絡が取れなくなっていたと嘆いていたのを、村正宗は思い出す。
夫自身を抱きしめるように大切そうにその手紙を持つカーネルの様子からは、とても先ほどまでの戦いぶりは想像できない。それを満足そうに見る鞍馬鴉も、先ほどからの呑気な口調とは裏腹になかなかの力を持っていることを村正宗は知っている。
「お〜い、訓練終わった?」
と、フェンリルも顔を出した。イスカリオテで大暴れしたときの傷はもう大体癒えたようで、神聖系の武装で焼かれた部分が少し傷跡として残ってしまったが元気そうである。
「凄い体力だな。」
「あはっ、これしか取得ないから。で、カーネルちゃん・・・はい。」
感心した口調の村正宗に、ウィンクして笑うと、手に抱いていたカーネルの子、優を差し出した。訓練の間預かっていたらしい。
「おお・・・よしよし。そろそろミルクの時間だな。そろそろ離乳食もはじめないといけないし・・・」
息子の顔、柔らかい頬をあやすように指でつつくカーネル。
「では、拙者はこれで。・・・フェンリル殿、来られい。」
「はーい!」
そして、また作戦を控えているのか鞍馬鴉とフェンリルが出て行く。
それを見送る村正宗に、優を抱きかかえたカーネルが微笑みかけた。手紙は、しっかり大事そうにポケットに入れてある。
「ふむ、村正宗閣下・・・貴殿が組織の明日を担う人材であると博士からは聞いているが、そう力む必要は無いだろう。強い、というのは一人で何でも出来るということじゃないんじゃないかと私は思う。他人に頼りにされ、同時に頼りに出来る仲間がいる・・・その結びつきが強さにつながるんんじゃないか、私はそう思う。」
「はい。」
こくりと、村正宗は頷いた。


「そうか。」
鞍馬鴉の報告を、博士は存外冷静に聞いていた。本来彼は己の意に沿わぬ相手にとことんまでの憎悪で応じるのだが、今回のこれは予想のうち・・・はなから話し合いが出来るとは思ってはいなかった。
「所詮はキリシタンか。少々変わった生まれ育ちのようだから目をかけてみたが・・・分かった。もうよい。」
それを前提として進めてきた思案に、現状を考えて様々な修正を加えるほうがむしろ忙しい。
計画、最終目標たる世界征服に重要に関与するそれは、イスカリオテ機関の殲滅を手始めにしている。
「む・・・」
立ち上がろうと椅子に添えた手から、急に外骨格が剥がれ落ちた。
その下の、ひ弱な人間と大差ない体が露になり、博士は顔をしかめる。思えば頭痛がまた激しくなってきている。・・・イスカリオテ相手に少々派手に力を使いすぎたようだ。
折角今回は・・・滅ぼすためではなく救うための戦いだというのに。
だが、これからの展望を考えるならば、むしろより適任の者がいる。いや、そもそもこの計画は、彼女のものだ。
三貴子として、いや一人前の人狼の長として、イスカリオテ戦以後ますます自覚を強めつつある彼女が考え・・・そして今実行する。
「フェンリル!」
「はい、博士。」
博士はその名を呼んだ。
「この計画・・・お前に全権をゆだねる。兵は好きに用いるがいい・・・やってみせろ。」
「はい!」


夜の倫敦。
石畳の、比較的古い裏路地を走る足音が二つ。
「はぁっ、はぁっ・・・ぜひゅっ・・・」
苦しそうに息をつき、先を走るのは女、やや黒っぽい灰銀色の髪を額を大きく出すようにかきあげ、夜だというのに楕円形のサングラスをしている。
だがそれよりも奇妙なのは、その服装だ。胸元から腹にかけてベルトが何重にも覗く肌を締め上げ、全身をぴったりと頑丈そうな黒革が覆うボンテージスーツ。そして、そのスーツは随所で破れ、そこから血が流れている。
そしてそれを追うもう一つの足音は、どかっ、どかっと重い革のブーツで、まるでしっかり足音を逃げる相手に聞かせるようにしながらも、十二分に早い。
明らかに「人でない」速さ。

ドガァン!!

「あくぁっ!」
闇から閃光、そして以上に大きな銃声。同時に脚を打ち抜かれた女は、蹴り倒されたように倒れる。爆ぜた足の肉・・・酷い大口径弾の傷だ。
「ハハハハハハハハハハ・・・どうした女吸血鬼(ドラキュリーナ)!無様に這いずり回って逃げるだけか!それでも夜族か?折角のいい夜だ。思う存分闘争し、血を啜りあおうと思わないか!?さぁとっとと立て!反撃しろ!」
上機嫌の笑い声は、高揚しながらも独特の色気のある、まさに戦場の夜それそのものが発したかのようなテノール。
そして、頼りなくともる街路の元に、銃撃と哄笑の主が現れる。
真っ赤なコート、同色のつば広の帽子。手には甲の部分に五亡星を書いた白手袋をはめ、倒れ伏した女と同じくやはり目にはサングラス・・・ただしこちらは小さい円形だが縁やつるに高級そうな飾りがついている。顔は・・・長い、これも夜の闇のように広がる長い黒髪の中、気品のある美男の顔立ちが猛々しい笑みに彩られている。
しかし男の注文は無理なものだ。脚を打ち抜いておいて立ちあがれとは・・・いや。
しゅうしゅうと音を立て、女の傷は回復しつつある。あっと言うまに直るというほどではないが、それでも人間の回復力ではない。
「ランチェスター寺院の銀十字鋳溶かして作った13mm爆裂徹鋼弾だから、少々治癒は遅いだろうがな女吸血鬼。とっとと反撃してくれんとつまらん。」
「わっ・・・私は吸血鬼じゃ、ないっ!」
女の言葉に、赤コートの男は意表を突かれたように、そして不機嫌そうに片目を細め、そしてもう片方をそれに対して大きく開き、自分自身を拘束するようなボンテージスーツで覆われた女の体をじろじろと眺めた。
やがて、その口元が引きつるような笑いに彩られる。その唇の下から見える歯は・・・まるで鮫か大蜥蜴のようにぎざぎざしている。
「ハ!何かと思ったら・・・成り損ないのヴェドゴニアか。」
嘲るような男の言葉に、女は反射的に顔を伏せた。
ヴェドゴニア・・・スラヴの言葉だ。昼に吸血鬼にかまれる、半端な吸血をされるなど、様々な要因で中途半端に吸血鬼になったもの。人間と吸血鬼の混血で、その両方の特性を併せ持つダンビィルとは違い、普段は人間だが失血することにより吸血鬼に「なる」、そして徐々に吸血鬼に近づいていく存在。拘束衣を着ているのは、半端な吸血鬼状態で増強された筋肉を制御するためだ。
事実サングラスから覗く女の瞳は、ルビーのような赤い色。人の瞳の色には無い色だ。
「下らんな。同じようなものだ。」
対して、笑う男も明らかに人間ではないだろう。13mmなどという機関砲なみの口径の拳銃を平気で撃つ膂力、そして鮫のような歯。
こちらは逆に、本物のヴァンパイアだ。サングラスの下の目はやはり赤く・・・そして深い。長い年月をかけ熟成させた極上のワインのような赤。多量の血を吸い、そして長き年月を生きてきた上級吸血鬼特有の瞳の色合いだ。
「同じじゃ・・・」
言い返しながらも、彼女の心は乱れている。一つはこの眼前の相手への恐怖。イギリスの異端殲滅機関HELLSING最強の切り札、吸血鬼を狩る最強の吸血鬼「不死王」アーカード。
「同じだろう。その赤い目、牙・・・息遣いからも分かるぞ、お前は今血を欲しているはずだ。くく・・・それで違うなど・・・」
アーカードの指摘に彼女ははっとし、思わず反射的に口を押さえた。確かに犬歯が、剣牙虎の牙のように長く伸び始めている。体が変異し始めているのだ・・・吸血鬼に。
「いや・・・」
自分の本性を拒絶し、怯えるかのような仕草を見せる彼女に、アーカードは冷ややかな視線を注ぐ。
「戦わんというのなら・・・ごみとして処理するだけだ。」
つまらなそうに言うと、容赦なく男は拳銃を女の眉間に突きつける。漆黒の銃身に流麗な英文で「ジャッカル」と彫られたそれは、恐らく改造銃ではなく一から造ったオーダーメイドの品。
目の前に突きつけられた銃。今にも無造作に引き金が引かれようとしているそれを、女は見つめるしか出来なかった。既に大分失血していた体は「餓え」、吸血鬼化し反射神経を強化されていたが、それでもまるで見切れない男の・・本物の吸血鬼の神速の動き。
思わず、頭の中にこれまでのことがざっとよぎる・・・人生の走馬灯か、と僅かに認識しつつも、それは止まらない。

小さいころにイスカリオテ機関と吸血鬼の抗争に巻き込まれ、断末魔の吸血鬼に噛み付かれ、イスカリオテに殺されそうになり逃亡、そしてそれ以後行く当てもなく裏の社会で様々な組織の傭兵として過ごした日々。
友と呼ばれるほどのものは無い。彼女は人間ではなく化け物なのだから、犯罪者にすら蔑まれて生きてきた。それが。自分宛にきた雇い主の命令以外でのはじめての手紙に、ようやく・・・だから必死の思いで組織を抜け出したいうのにその矢先、HELLSING機関に補足されてしまうとは。自分の運の悪さに涙が出そうだ。

そして引き金がひかれる・・・!?

「うぉ〜〜〜〜〜〜〜っ、お〜〜〜〜〜っ、ぅお〜〜〜〜〜〜っ、お〜〜〜〜〜〜〜〜!」
「!」
「!?」
突如、倫敦の町に狼の遠吠えが響き渡った。
いや、微妙に違う。狼の遠吠えとは・・・咆哮独特の抑揚に混じり、節がついている。歌っているのだ。恐らく、何かの曲の前奏。
「目の前の扉の向こうに、夢の青空きっと続いてる〜、」
歌だ。咆哮と続く同じ声質だが、明らかに少女のソプラノ。
見回すと、その歌を歌うものは教会の塔の天辺に立っていた。十字架をへし折り、その変わりに大きく手を広げて月の光を浴びている。
「怯えないでね、もう一人じゃないっ、貴方だけの未来、見・守・るかぁら〜!」
「・・・ふん。」
面白くなってきたといわんばかりに赤いコートの男は笑う。女の眉間に向けていた銃はしまわれ、わくわくした、こういうケレンの効いた演出が好きらしい笑みを浮かべ、男は待っている。
女はその歌の正体を知り、思わず苦笑せざるを得なかった。この曲「OVER THE TIME」は、滅んだHUMAの昔の行軍歌。
そして気づく。この歌が・・・歌詞が自分への語りかけになっていることに。
「My Frend輝け!勇気を、心と瞳に散〜りばめ〜、駆っけ、抜けてく貴方の、光を信じたい、OVER THE TIME〜今〜を越えて〜OVER THE TIME〜」

ご丁寧に歌が終わるまでわざわざ待っていたアーカードの前に、教会の戦闘から一跳びで歌い手は着地した。革張りのソファーを叩くような、だしっという着地音。
狼そのものの足の肉球が、道路を叩いた音だ。
くすんだ灰色の毛皮にところどころ体を覆われた人狼の少女が、アーカードと女の間に明らかにアーカードを阻む意図を持って立ちふさがる。
「貴様は・・・この間ふざけた手紙をよこしたバリスタスとかいう連中の仲間、それも人狼か。」
アーカードの顔が、ますます嬉しそうな笑いに彩られる。
イスカリオテ機関を殲滅したバリスタスの中に、人狼が混じっていたという情報がHELLSINGには届いていた。根っから好戦的なアーカードとしては、是非戦ってみたいと思っていたのだ。
対して、フェンリルは。
「変態。」
冷ややかな顔で、いきなりそういいきった。
「・・・は?・・・ハ、ハハハハハハハハハハ!」
一瞬アーカードはあっけに取られ、そして直後物凄い勢いで、身をそっくり返らせて笑い出した。
吸血鬼として不滅の夜の命を生きること既に数百年、HELLSING機関に所属して百年。
彼に面と向かって「変態」呼ばわりするような奴は、流石に初めてだった。
「可笑しいことなんてないだろ。女の子を夜中に追い掛け回す・・・変態以外の何だってのさ。人間の子なら話は分かるよアーカード。でも、吸血鬼がヴェドゴニアを追い掛け回すなんて・・・それも、戦う気もない彼女に闘争を強いる、無理やりって点なら女の子に無理にエッチなことしようとする変質者と同レベルじゃないか。」
「ハ、ハ、ハ!面白いぞ・・・人狼。名は何だ?」
「フェンリル。」
げらげら笑う吸血鬼に凛と目をすえながら、隙のない姿勢で彼女は名乗った。
そして直後、背後のヴェドゴニアの女に声をかける。
「少し遅くなってごめんなさい。助けに来ました、ラルヴァさん。」
ラルヴァ、彼女の名をさらっとフェンリルは呼ぶ。
それに気づいたラルヴァは、ようやくフェンリルの目的を理解したようだった。
「あ・・・貴方が、あの手紙の?」
彼女が数週間前に受け取り。そして犯罪組織を抜けここに来るきっかけとなった手紙。
貴方を救いたいと・・・吸血の業に悩み、追われ闇に震えるすべてのものを救いたいと、切々たる文を送ってよこした彼女は、文をこう結んでいた。
(もし、数日中にヴァチカン第13課・イスカリオテ機関が壊滅したというニュースを聞いたら、ボクのこと信じてください。)
そして本当にイスカリオテは、彼女を長年追い続けていた組織は壊滅した。ヴェドゴニアとして生きて初めて「希望」を感じた彼女は、組織を飛び出したのだ・・・
「うん。・・・この先の公園に、ボクの仲間が超音速VTOL機を着陸させて待っています。それで脱出しますよ。」
言外に、自分がここでアーカードを食い止めると意思表示するフェンリル。
アーカードもそれを理解し、面白そうに尋ねる。
「ほう?その半端女を助けるか。一体何のためだ?」
「ラルヴァさんのこと半端女って言うな。悩むのは、人を愛してこの世界に残り、人を食って眷属にすることでしかこの世界に居られない私達夜族にとって、むしろ当然なんだ。彼女と違って、あんたは悩むだけの脳みそ持ってないじゃないの?」
挑発的にフェンリルは言う。いざ戦いとなったとき、ラルヴァではなく自分のほうに注意が向くように。
「ふん、余計な挑発はいい、どうせもうお前のように興味がむいているからな・・・で、改めて聞く。目的は何だ。」
見切られていたか。僅かに眉をしかめるが、構わずフェンリルは胸を張った。
そして、宣言する。
「国を作る。人狼、吸血鬼、ダンピィル、ヴェドゴニア・・・僕たちが狩られると怯えることなく安心して住める、そして誰かを食うなんて因業な生き方をしなくていい国を、ボクは作る!既に世界中から、イスカリオテとかの虐殺から生き残った夜族が保護され、計画は着々と進行している。過剰な吸血衝動や吸血鬼特有の弱点を押さえ、普通の人間と変わりなく暮らせる薬も既に完成間近・・・ラルヴァさんには、その国で平和に暮らしてもらう!邪魔はさせないよ、HELLSINGの犬!」
「な・・・」
「ホホウ!」
ラルヴァとアーカードが、ともに驚嘆する。
吸血鬼の長い歴史の中でも、ここまでとんでもないことを考えるものは恐らくかつてない。
「何だったらアーカード、きみも来る?」
「ふん・・・下らん。訳あって人間には逆らえん事情があるのだが、それ以上に俺は今の立場が気に入っていてな。思う存分闘争が出来る。」
「訂正・・・変態改め気違いだね。刹那的な衝動に身をゆだねて・・・長い寿命の無駄遣いだよ。」
にらみ合うフェンリルとアーカードに、緊迫した雰囲気が満ち始める。
話し合いの終わり。そして・・・戦いの始まりだ。
「走ってっ、ラルヴァさん!!」
叫び、フェンリルが飛び出した。横目で、既に彼女の足の傷が癒えていることは確認している。あの歌はそのための時間稼ぎ。
ラルヴァの後姿を確認する間もなく、アーカードが動く。コートの裏地から会話の間中収めていた、13mmという呆れた口径の拳銃・ジャッカルと、もう一丁これは454カスールの改造らしい銃を取り出す。べらぼうにでかい二挺拳銃。
その銃口は真っ直ぐにフェンリルの心臓と眉間にむけられている。

轟射。

とでも言うべき破壊的な銃撃音とともに、規格外の巨弾がフェンリルに迫る。
「がぁおっ!」
フェンリルの指が、鉤爪のように曲刀のように、それぞれ微妙に異なる角度に曲げられる。
そして、振られた。
最大にして殆んど唯一の能力である怪力で超音速の速度を得た指は空気の壁にぶち当たり突き破り、それそれの指の角度の違いが発生した衝撃は同士を激突させ・・・
発生した複雑な軌道を持ついくつもの真空の爪が、銀の弾丸を砕け散らせた。
「ハ、ハハハ!やるな人狼!!」
本当に楽しそうに大口を開けてアーカードは笑うと、さらに連続して銃弾を放つ。
「変態気違いってのは訂正するよ!ラルヴァさんお目こぼしありがとっ!ぉおおおおおおおおお!!」
フェンリルも突進しながら何度も真空爪を放ちまくる。しかし銃の引き金を引くのと腕を振り下ろし振り上げるのとでは明らかに前者の方が隙が少ない。
弾丸と真空がぶつかり合う位置が次第にフェンリルに近くなり、そして遂にフェンリルに弾丸が命中する、かと思われたその時。
「らぁっ!」
ドン!
殆んどぎりぎりまで迫った弾丸に、真上からフェンリルは真空爪を浴びせた。それは同時に地面を叩き、そして石畳の舗装とその下の土が吹っ飛び、アーカードの視界を遮る。
「ぬるいな。」
だがアーカードは気づいていた。上に飛んだフェンリルを。
容赦なく狙い定め、銃弾を叩き込む。
そして、目を見張った。
空中に跳躍した者は、羽でも生えていない限り普通は自分でその軌道を変えることは出来ない。だが、フェンリルは。
巻き上がった瓦礫の一つ、大き目の石を思い切り蹴飛ばして、それをやってのけた。
無論そんな石が足がかりになろうはずもない。作用反作用を云々するまでもなく、質量が違いすぎる。だが、フェンリルは足を超音速で叩きつけていた。それも腕に数倍する、極超音速度。
発生した空気の爆裂が、彼女を銃弾の軌道から弾き飛ばした。
さらに斜めに飛んだフェンリルは街灯を蹴り折ると、反動を生かしアーカードに突貫する。
「ウオオオオッ!」
「ハッ!」
咆えるフェンリルに、アーカードは短い、息を激しく吐き出す笑いとともに、両手から拳銃を捨てた。
右腕を貫手の形に構え、大きく振りかぶる。全身の、不死者の怪力を誇る筋肉が引き絞られる。

交差。

ずがぁららららららっ!!
道路を激しくぶち壊しながら、地面を転がるフェンリル。皮膚と毛皮をすりむきながらも、何とか一挙動で起き上が・・・ろうと手を突いて、顔を苦痛に歪めた。
左肩の間接を貫手にぶち抜かれた。心臓を狙われたのを何とかかわそうとしたのだが、かわしきれなかったのだ。
だが、自分の拳も確実に相手に命中した。かなり確かな手ごたえを感じた。
振り返り、見る。
「な・・・に・・・」
唖然と、フェンリルは呟いた。攻撃を外したのではない。確かに彼女の拳は命中していた。その証拠に、アーカードの胸には大きな穴が開いて、向こう側が見えている。
だが。
その状態でアーカードは、平気でたって、あの好戦的で嗜虐的な、牙から血の垂れるようなにたにた笑いを浮かべていたのだ。
いくら吸血鬼でも、普通心臓ごと胸の大半を粉砕されたら死ぬはず。なのに、平気で生きている。
博士から貰ったデータでHELLSINGの手によって魔術改造をなされたアーカードは、桁外れの再生能力をもつと知ってはいたが、これほどとは。
「ガボッ、ハ、ハハハハハハハハハ!!・・・面白い!貴様を分類A以上の吸血鬼と認識する!」
嬉しそうにアーカードは言うと、白手袋の両手を突き出して、奇妙な印を結んだ。
「拘束制御術式、第三号、第二号、第一号、開放。・・・では教育してやろう。本当の吸血鬼の闘争と言うものを。」
そして。
ぎょろり、とアーカードの全身に目玉が開いた。


そのころ、ラルヴァは懸命に走っていた。
HELLSING機関の戦力はアーカードだけではない。イスカリオテ機関よりは小規模だが、実働部隊を所有している。
そいつらにやられてしまったら、何のためにフェンリルはアーカードと戦っているというのだ。勢力においてイスカリオテに劣っていたHELLSINGが、対等以上に彼らと張り合っていた最大の理由・・・それだけの突出した力を持つ最強吸血鬼アーカードと。
と。
「誰!」
不意に気配を感じたラルヴァは叫んだ。
「大丈夫、味方です・・・ラルヴァさん。フェンリルちゃんの命令で、貴方を迎えに来ました。」
ひょいと物陰から現れたのは、若い男だ。が、その頭は・・・
「あ、貴方・・・何!?」
「トトです。書記神トト。知りませんか?エジプト神話に出てくるでしょ?」
軽い口調でそう名乗る男、首から上が鳥の鷺そのものの姿をしている。全身に如何にもそれっぽい装飾品を纏い、確かにエジプト神話の中に神々の書記として登場するトト神そっくりの姿だ。
「か、神って・・・」
「まあ、そんなたいしたもんでもないですけどね。貴方やフェンリルちゃんと同じ、ちょっと変わった人、と思ってください。」
そう言うと、ひょいひょいとトトは手招きする。
「ささ、おいでくださいな。他の連中は私の仲間がうまく陽動してますが、急いだほうがいいでしょう。」
「・・・ありがとう。」」
「どういたしまして!さ、乗って!」
というとトトは、さっさと先導して、公園に停めてあったVTOLにラルヴァを乗せた。
妙な機体だった。ラルヴァの知っているVTOLと言えばハリアーだったが、これはそれと全然違う。妙にずんぐりとした、起伏のない流線型で主翼が小さく、塗装からして赤と銀と派手・・・いや、塗装は赤い色だけで、銀色は素材の色がむき出しになっている。だがそれは明らかにただの金属ではなく、アモルファス合金かセラミックスか何か、らしい。
「ジェットビートル、と申します。なにやら我等が主の昔のコレクションの一品だそうで。」
機体をしげしげとみていたラルヴァに解説するトト。そこではっとしたラルヴァは、慌てて尋ねた。
「待って。フェンリルさんと・・・他の人たちは?」
「大丈夫。まぁ任せてください!」


「どひぇええええええ!!」
身も世もあらぬ悲鳴を上げながら、婦警の格好をして、大型の狙撃用ライフルと、口径30mmの砲を持って女は必死で走っている。
無論そんな重い代物を持って長時間全力疾走できる人間は居ない。アーカードよりも随分透き通って色身の薄い赤の瞳が表すとおり、彼女もまた吸血鬼。
名をセラス=ヴィクトリア。HELLSINGに所属するもう一人の吸血鬼で、アーカードが自ら血を吸い眷族とした継嗣だ。いまだ吸血に嫌悪をし一滴も血を飲まない、アーカードに言わせれば「夕闇をおっかなびっくり歩く未熟者」。もっともアーカード本人はそれを面白がっているようだが。
だが一応吸血鬼である。そんな彼女が武器も使わず全力疾走している理由とは・・・。
後ろから追ってくる道いっぱいの妖怪の群れだった。
いずれも、何かモノをベースに長い年月を経るなりして妖怪化した・・・いわゆる憑喪神というやつだ。
それだけなら別に問題はなかっただろう。彼女はHELLSING、そういったものとの戦いに離れているはず。
だが。問題はそのモノであった。
なんとそれらはみな大英博物館に所蔵されていた収集品、極めて貴重な歴史の遺物。
撃ってぶっ壊すわけにはいかない。
「ど、どうして〜〜〜〜〜〜!!?」
それゆえに、彼女も他の実働部隊たちも、走って逃げ回るしかないのだった。
「はっは・・・世界中から強奪した品物を、仰々しく飾っとくからこんなことになるのさ。たまった恨みの念が多くて、やりやすかったねぇ。」
そのセラスたちのどたばたを、遠くから見つめる影。
フェンリルと同じ金色の瞳を、両目のほかに額にもう二つ輝かせた和服の女性・・・三貴子・蛇姫だ。
彼女の能力は、試作型の霊子ジェネレーターを使用した霊子操作・・・早い話が擬似的な魔術・呪術の類。あの憑喪神は彼女の力と、大英博物館の所蔵物に宿る念で造られ、妖怪になっている。
「ふふん、ワシらの国の宝を奪ったばちというものじゃて。」
蛇姫の隣で笑うのは、鷲の頭を持った老人・・・エジプト神話の最高神ラーの姿だ。
その傍らではジャッカルの頭を持つアヌビス神の姿を持つものが、ぶつぶつと何か独り言を呟いている。
彼らのバリスタスでのコードネームは「エジプティアンズ」。古王国時代よりはるかに古い、数万年前。アギト、降臨者ガーライル、古代怪人たちがあい争った伝説の時代「千切られし過去」の遺物から発見された集団だ。
今は特に強制したわけでもないが、復活させてもらったことに義理を感じているのか(乾燥状態の彼らにうっかり水をかけたところ蘇生という、冗談みたいな復活だったが)何でかバリスタスに協力している。
「さ、こっちはもういい、いくよ。フェンリルと、侯爵さまが心配だ。」
蛇姫は自分とエジプティアンズ以外のこの作戦の参加者の名を呼ぶと、きびすを返した。


「これは・・・・・っ!!」
フェンリルは、アーカードだったものの姿に息を呑んだ。
全身に目が発生した、そう見えた途端アーカードの体は目を覗く全部が真っ黒の、まるで影のようになり、ばらばらと分解してとけ崩れる。
そして、両腕がそれぞれ立ち上がって目玉が沢山ついた真っ黒な、凶暴な牙の生えた口からだらだら涎をたらす犬になり、髪の毛は大百足の群れとなり、体のそのほかの部分は奇怪に鋭角的な姿を持つ無数の蝙蝠となった。
「ほう・・・この姿を見ても取り乱さないとはな、ますます面白い。」
黒犬から、大百足から、蝙蝠の群から、アーカードの声がする。
きり、と僅かに歯を食いしばるがそれ以上のことはせず、フェンリルは口を開いた。
「ボクは、ゾル=フェルディナント家のたった一人の嫡子・・・人狼族の長だからね。怯んじゃいけない、逃げてもいけない。そう誓ったんだ。」
「そうか。さあ、では・・・闘争だ!」
叫びとともに、アーカードの殺気が爆発的に膨れ上がる。
「GAA!」
大口を開け、目玉だらけの黒犬が飛び掛ってくる。
「!」
素早くかわし、その横腹に拳を叩き込むフェンリル・・・が!
ぶしゅ・・・っ!
フェンリルの腕から鮮血が迸る。犬の横腹に唐突に口が現れ、フェンリルの拳を飲み込んだのだ。
内心フェンリルは舌打ちする・・・アーカードの化身なのだ、普通の犬のわけがない。
直後犬の本来の口からアーカードの手が突き出た。理不尽なことにしっかり服の袖も手袋も・・・銃もそのままに。
ダァン!
銃声ではない。フェンリルが噛み付かれたまま腕を振るい、犬と腕を地面に叩きつけたのだ。衝撃波で、黒犬は木っ端微塵に砕け散る。
同時に、蝙蝠の群がフェンリルに殺到する。
「く、このっ!」
折り曲げた指を超音速で振るい衝撃波を飛ばす、真空爪で迎撃するフェンリル。一撃で群れの四割は叩き落したが、残りがそっくりフェンリルめがけて飛び掛った。
二発目を放つだけの時間はない。飛びのこうとしたフェンリルだったが・・・
「なあっ!?」
「GiGi・・・」
その足を、巨大な蜘蛛が噛み付いて押さえていた。その体は、先ほど打ち落とした蝙蝠が寄せ集まって出来ている。

ザシュザシュザシュザシュッ!

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
蝙蝠の群が襲い掛かる。刃のようなその羽で、小さいが鋭い牙の生えた口で、フェンリルの皮膚をかみ破り、血をむさぼる。
さらに足元から大百足の群が、フェンリルの足を這い上がり、焼ける様な痛みの毒牙で食いつく。
とどめとばかりに、殆んど百足と一体化した大蜘蛛の背中から、何本も何本も生えてきたアーカードの腕が、それぞれの手に一丁づつ握った「ジャッカル」を発射、フェンリルの全身をぼろ雑巾のように貫く。
悲鳴を上げそうになる口を食いしばり、かみ締めた歯の間から息を吸いこむフェンリル。その自分の血にまみれた毛皮が、金色に輝く。
「ヴォオオオオオオオオオオオオッ!オオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
空間が激しく振動する。物質を共鳴・崩壊させる、再生能力を持つアンドレセンすら倒した超振動咆哮。
フェンリルの体にまとわりついていた蝙蝠や虫どもが、ぼこぼこ泡だって弾け崩壊していく。
「ハハハハハハハハハハ・・・やるな、だが!」
いくらでも、いくらでも。明らかに崩壊で質量が減っているはずなのに、まるで空間から湧いて出ているかのように、アーカードは再生し続ける。
「ヴォオオオオオオオオオオ・・・オ・・・オ・・・ゴガッ、が、はぁっ・・・!」
全身ずたずたに膾切りにされ、吸血されて生気と生き血を失い、体力の限界に達したフェンリルはとうとう咆哮を続けられなくなり倒れこんだ。
ぜいぜいと荒い息をつくフェンリル。
その目前に、再び融合し人間の姿に戻ったアーカードが現れた。化ける前と同じ赤いコートと帽子、手袋にブーツ。ただサングラスは外され、胸のポケットにしまわれている。
完全に露になったその表情は極めて満足げで、腹いっぱい食ったあとの猛獣のような微妙な優しさが感じられる。
「なかなかやるものだな、貴様。お前のように戦い甲斐のあった相手は五十年ぶり、いや百年ぶりかもしれんな。お前にはお前の、強さの理由があるようだな、面白い、面白いぞ。だがこれは闘争の契約だ。負けたものは全てを失う。このルールは誰にもたがえることは出来ない。神も悪魔も、私もお前も。」
言いながらアーカードはまるで王に跪くような丁重な仕草で屈むと、フェンリルの脇の下に片手を通し、抱きすくめるようにして立ち上がらせた。
「ぅ・・・」
喘ぎながらもアーカードの顔を睨み付ける金色の瞳を、アーカードの深紅の瞳が見つめる。
フェンリルを抱く反対側の手がフェンリルの頭の天辺近くについた三角形の耳から先ほどまで金色に輝いていた、今は灰色のショートヘアを撫でるように通り、首筋を確かめるようにフェンリルの頭を傾ける。
視線を晒された首筋に移すアーカード。
視線と、間近にかかる吐息に、フェンリルの肢体が僅かに慄く。
「せめて・・・丁重に吸ってやろう。古い吸血鬼の、真実の命の贖いに乗っ取って。」
言葉をつむいだアーカードの口が、鮫のような牙をむき出しに大きく開かれる。



「むうっ!」
「ウォルター!」
ダン!
両手の手袋から伸ばした、相手を絡めとり寸断するワイヤーを引きちぎられて壁に叩きつけられる老執事。
「いやはや、年はとりたくないものですな・・・」
彼の名を叫ぶ主インテグラに、苦笑で答えるウォルター。
「ええ、全く。全力を出せたであろう若いころの貴方なら、私も危なかったでしょうね。」
礼儀正しく相槌をうつのは、金色の外骨格に全身を覆われた改造人間、ゴールド侯爵だ。
だがその言葉が社交辞令のようなものだということは相手取ったウォルター自身がよく分かっていた。
「く!」
インテグラが、銃を抜き放ち撃ちまくる。だがステッキを手品師のように侯爵が振ると、複雑玄妙な、オーロラのような光の壁が現れて銃弾を阻む。
「おやめになられたほうがいい。高価な浄銀弾の無駄です。」
「光波バリアー・・・諜報部の報告ではそんな高度な技はお前には使えないとのことだったがな、侯爵。」
やや引きつりながらも毅然としたインテグラの言葉には、いささかの含みが感じられる。旧知の仲か、何か。
「ふ、私とて修練は積むさ。・・・積まずにはいられないよ。初めはそれほどでもなかったが・・・私にも理由が出来てしまった。この胸のうちに。」
黙って侯爵をにらみつけるインテグラ。
「これで勝ったと思うなよ。我々は決して・・・」
「ふむ、君達は確かに全滅するまで戦いたがるだろうが、政府はどうかな?君達の活動がこれだけの惨事を、いやそれ以上の事態を引き起こす可能性があると知ったら?」
ぎりっ、と奥歯をかみ締めるインテグラ。
と、部屋の横の壁が急に砂のように崩れ始める。驚くでもなく、侯爵は淡々と続ける。
「その壁に近寄らないほうがいい・・・ミイラのように干からびて死にたくなければな。」
完全に崩れた壁の向こうから、ジャッカルの顔の怪人・アヌビスが現れる。
「迎えが来たようで。では、さらばヘルシング卿。」
黙って手招きするアヌビスに答え、軽くシルクハットを傾けて挨拶し、去ろうとするゴールド侯爵。今完全にHELLSINGを滅ぼすのは、南米にいる「最後の大隊」の動向が不安定化する恐れがあり、得策とはいえないからだ。
「だが、貴様らはこのイギリスから生きては帰れん。」
かっ、と部屋から出ようとしていた侯爵が、インテグラが背中に浴びせた言葉に反応して止まる。
「アーカード・・・ですか。確かに彼は無敵といっていいほどに強い。ですが・・・何故か、私には、ミス・フェンリルが彼に敗れるとは思えないのです。・・では今度こそごきげんよう、ヘルシング卿!」
素早く羽を開き、アヌビスとともに消えるゴールド侯爵。



(・・・強い・・・なんて無茶苦茶な・・・)
かすれた意識の中で、フェンリルはそれでも思考を走らせていた。何度も中断しそうになるが、そのたびに自分に活を入れる。
ここで負けてどうなる。意識が沈んでしまうのを思いとどまらせる要素はいくらでもあった。
(体を、多分どれだけ破壊しても駄目なんだ・・・目に見えているアーカードは仮相・・・た・・多分あいつの本体は群体じみた細胞組織を統括する意識・・・まんぼうに、少し近いけど・・・多分次元工学じゃなく、もっと霊的なもの・・・)
アーカードが真っ直ぐこっちを見つめている。
首筋をなで、吐息がかかる。吸血鬼特有の魅了に精神が侵食され、彼に血を吸ってもらいたい、最後の一滴まで吸い尽くしてこの体も心も全部投げ出してしまいたいというタナトスの欲望が心の中に刻まれていく。
(ああ・・・アーカード・・・)
自分のものとは思えない、とろけきった吐息。全身の細胞が何か甘く香る液体に浸けられ、とろけていくような。
(・・・駄目!考えろ!殴っても叩いても駄目、超振動咆哮も・・・・・・なら・・・何も・・・)
アーカードが口を開く。白く尖った歯が、暗視能力を持つ人狼の視界の中でも、とりわけはっきりと見える。それが、あと少しで自分の首筋に突き刺さる。
それを期待しかけている自分に気づき、必死にフェンリルは身をよじろうりアーカードを引き剥がそうとするが、ほんの僅かくねるような動きにしかならない。
と、その拍子に知覚した。体の殆んどがアーカードに魅了されている中、僅かだがその反応を示さないところがある。胸、心臓のすぐ近く・・・
博士からレクチャーしてもらった、自分の肉体の改造部分。その図面と照らし合わせ、それが超人獣に必要な部分が・・・
(そうか、これなら・・・)
その一瞬の閃きが、一気に展開していく。
必死に、本当に必死に。意志力を総動員して、フェンリルは両手を動かしていく。何とか殆んど密着しているアーカードの胸板と自分の胸の間に手を潜り込ませ、両手の指を伸ばし二の腕を十字に組む。
「す・・・」
「?」
フェンリルの妙な動きと唇から漏れるかすかな声に気がついたアーカードが妙な表情をし、フェンリルの手を押さえようとする。
が、遅かった。
それは、キリスト教の十字架とは何の構えも無い行動だったが、ある意味それ以上に致命的。
それは、プラスでありマイナス。
それは、生命を焼く、だが同時に宿業を焼く、優しき滅び。
宇宙金属の荷電粒子と当初は考えられていた、それ。
実際は科学を超越した、生命そのものを散華せしめる、彼女の体内に眠る光の巨人の因子の集成。
それまでとろんとしていたフェンリルの目がかっ、と見開かれる。
そして絶唱。
「スペシウム光線ッ!!!」

閃光。
轟音。
大爆発。

密着状態での爆発に弾き飛ばされたフェンリルは、何度か道路上をバウンドし、力なく倒れこんだ。
彼女のもう一つの能力・・・超人獣形態への変身の源となる「光の巨人」の因子を励起して放った荒業は、それを放った両腕をぼろぼろにしてしまっていた。暫くは使えそうにないし、体にも随分余波が来ている。
もともと彼女の人狼の獣の因子が限界まで弱まったせいで、相対的に「光の巨人」の割合が大きくなったから使えたので、もう全身がたがたで殆んど身動きが取れない。
辛うじて顔を起こし、アーカードの方を見る。
アーカードは人間の姿のまま、体の半分どころか肩から下殆んど全部吹っ飛ばされて倒れ・・・いやむしろ転がっていた。
ほ、とため息をつきかけるフェンリル。
「ぐ・・あ・・・」
そのあいた口から漏れるうめきに、フェンリルは戦慄した。まだ生きているというのか!?本来50mクラスの怪獣すら一撃で倒す技だぞ。
「あ、く・・・は。ハ、ハ、ハ・・・霊体部分まで破壊されている、体の再生がきかん。・・・これは暫く動けそうに無いな。ハ、ハ、ハ、大したものだフェンリル。」
アーカードの言葉に、内心ため息をつく。そして、本音が出た。
「そう、でもない・・・。この力は博士から「貰った」もの・・・」
「ハ」
フェンリルの言葉を途切れさせるように、強くアーカードは息を吐いた。体の殆んどを失った以上その声は普段と比べると力ないが、さらに弱っているフェンリルの声を遮るには十分だ。
それに厳密に言うとアーカードは喋っているのではない。横隔膜どころか肺まで消滅しているため、咽喉があっても息がとらず声が出せないから、吸血鬼の能力の一つである念話を行っているのだ。
「構わん。私もHELLSINGに改造を受けているし・・・その縁も貴様の力だろう。」
「フェンリルーーーーッ!!」
「狼の姉ちゃんっ!」
空から、叫び声が聞こえる。
長く、ロープのように伸びた白蛇の鎌首・・・蛇姫の左腕がフェンリルの腰に巻きつき、持ち上げた。蛇姫は、鷲のアモン=ラーと、一回り小柄でより俊敏そうな・・・鷹と融合した姿の少年・ホルスが支えて飛んでいる。
「あ、蛇姉、ホルスくん、ラー爺ちゃん・・・ありがと。」
何とかそれに答え、まだ生きていることを示し上を向いて微笑するフェンリル。
「我等もおりますぞ!」
さらに上空に待機する、ジェットビートルよりもう一回り小さな三角形の全翼機から、ゴールド侯爵の声がする。アヌビスと・・・他の「エジプティアンズ」も一緒のはず。
そこを目指して、ラーとホルスが飛ぶ。
その際、首を上に回し続けるのに疲れてまた下を向いたフェンリルと、アーカードの視線が一瞬交差した。
直後にエジプト神話において砂漠と嵐を司るといわれたセトが、その超常の力を駆使して砂もない倫敦の町に強烈な砂嵐を呼び出して追跡への目くらましとしたため、はっきりとは確認できなかったが。
互いに、自分と相手が似たような笑いを浮かべているように思った。

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