秘密結社バリスタス第二部大西洋編第三話 常春の国マリネラ

ごおおおおっ、ごぼぼぼぼぼ・・・・
狭い空間で空気が唸る、独特の音。
いや、それは間違いだろう。この空間は決して狭いものではない。極秘裏の建造された地下ドックとして考えるならば、むしろ桁違いにでかい。
だが、そこに入ってきたものもまたでかかった。本来潜水艦が入港する予定の地下ドックに入ってきたのは、小さめの山一つぶんくらいの大きさのある移動要塞だ。
潜水時に閉じるサザエのような殻が音を立てて開き、それの本来の・・・本当に小山そのものの姿を現す。
秘密結社バリスタス第六天魔王悪の博士管轄移動要塞「神を突き刺すバベルの塔」。
「はぁーっ、噂には聞いていたが大した大きさですねぇ・・・」
それを見上げたのは、このドックを切り盛りしている兵士達だ。いずれもパンプキンイエローの軍服に、玉葱を思わせる奇妙な髪型、そして・・・
全員同じ、眼鏡をしたのっぺりした個性の薄い顔で、口をひし形に近い形にぽかんと開けている。
これだけの特徴を挙げれば、ある程度軍事知識に詳しいやつならここがどこで彼等がなんなのか判別できる。
場所はマリネラ王国。ヨーロッパ、イギリスからそう遠くない位置にある、小さな島国だ。だが、小さい割には特徴の多い国でもある。
一つは、ヨーロッパにはもう珍しい文字どおりの「王国」であるということ。議会や大臣は存在するが、国王にも相当の権限が与えられている。
二つは、気候だ。海流と地熱の関係でその緯度と軽度に逆らって、このマリネラは気候がよく年がら年中春のような陽気で、常春の国とも呼ばれている。
そして三つ目、鉱産物。この国はその面積の小ささにもかかわらず、呆れるほど大量の・・・それこそ南アフリカとか、他のダイヤ産出国に匹敵する以上の・・・大量のダイヤ鉱山が存在する。単位面積で考えると、もう国中ダイヤ鉱山といってもいいくらいの。
国営産業であるそれのおかげで、マリネラは豊かだ。何しろ16世紀に鉱山が発見され、17世紀から延々国民に税金というものを課したことがないという、もう冗談みたいに豊かな国である。
そして、四つ目の特徴。
「いいから、さっさと仕事せんかい。」
そろって同じ顔の軍人達に指図をしている、国王パタリロ=ド=マリネール8世。彼もまたすこぶる特徴的だ。
父王が遅くに子供を作り死んだため即位した、御年まだ十歳の少年王だ。
そう言うと可愛らしい美少年を想像するかもしれないが、見てくれははっきり言って悪い。身長140センチ、より目の細めで潰れた中華饅頭のような顔で、かなりの肥満体でもある。アルビノに近いほど色素が薄く、普通の体型ならば神秘的に見えるであろう真っ白い髪の毛と肌も、ただただもう中華饅頭へのそっくり度合いを上げる役にしかたたない。
ただし、頭は桁違いに良い。マリネラ大学で博士号を取り、ロボット工学など様々な分野で画期的な成果を発表する天才科学者で、世界推理協会会員でもある明晰な頭脳の持ち主なのだ。
だが性格はまたその頭脳に一致せず、人をおちょくったり駄洒落を飛ばすのが大好きで、ついでに大金持ちの国王様なのにもうどうしようもないほどのドケチで、小銭集めが趣味というあたりもうどうコメントしていいものやら。
そんなパタリロが半ば親衛隊扱い、というよりは雑用係として色々やらせているのがマリネラ軍から選りすぐられた精鋭・・・ということになっているこの連中、通称玉葱部隊。名前の由来は髪型からで、顔が同じなの眼鏡に、パタリロの作った光学迷彩装置がつけられているため。実際には王の好みによって美形ぞろいなのだそうだが、だったら何で顔を隠しているのか、いまいちよく分からない。
ふざけた連中だが実力はそれなりにある。そもそもマリネラ軍は規模こそ小さいが軍事衛星や特殊潜航艇まで持つ、結構な軍事力のある国だ。それも国王パタリロの設計したオリジナルで、性能は高い。

ともあれ、それがここに「神刺塔」が来航した理由というわけではない。
「・・・ふむ、マリネラ王国の諸君、出迎えご苦労!そして、我がアジトを構えることの許可に大いなる感謝をする!」
相変わらずの法外な大声で、神刺塔から地下ドックへ降り立った博士が叫ぶ。
そしてその周囲を取り巻くように、ぞろぞろと降り立つ改造人間たち。アラネスやイカンゴフ、カーネルなどは戦闘の要もなく人間の姿をとっているが、資材を搬入するために力のいる蝗軍兵たちはみなその異形の本性を露にしているが、とくに皆驚く様子も無い。
その様子にかつて電脳世界へと赴いたときの様子を思い出す博士に、王らしい威厳を取り繕うとしているが生まれもっての短足がどうしてもちょこまかした印象を与えてしまう仕草で、パタリロ王が近寄った。
「おお、博士。久しぶり。」
ふにゃっと笑みを浮かべ、旧知の友にするようにその丸っこい指の揃った手を上げるパタリロ。
「くはっは、久しぶりであるな殿下。」
博士もまた戦場で浮かべるのとは違った意味合いを持つ笑みを浮かべ、鋭い鉤爪の生えた手をひらひらさせる。
この二人、科学者であるという共通点とちょっとした偶然により、旧知の仲であったのだ。知り合った当時は他に日本国総理大臣の折原のえるや冒険家の五大雄介、他にサラというアラブ系アメリカ人の少女が居た。
「アメリカで国際ダイヤモンド輸出機構と戦ったとき以来だったな。」
「うむ。あの時の借りを返す意味でも、協力させてもらうぞ。」
国際ダイヤモンド輸出機構。名前からすると穏当な組織のように思えるが、実際には財閥系の秘密結社だ。ダイヤモンドの国際流通を独占しようとし、その過程で独自路線をとるマリネラと対立、武力でパタリロを暗殺しマリネラを企業の支配下におこうとしていた。
その戦いの中の出会いだ、はっきり言って公に出来るものではない。秘密結社の大幹部が関わっているということ以外にも、色々とパタリロものえるも非合法なことを当時はやっていたのだ。
「で、それはそれとして、地代と港湾使用費は払えよ。」
「くっ、はははっ・・・!」
そう言うと、むちむちした太い掌を差し出すパタリロ。友人だろうがお金取れるなら容赦しない相変わらずのがめつさに笑いながら、博士は普段握っている長大な杖・・・今は傍らのイカンゴフに預けてある・・・の代わりに握る、高級感の漂う古い瓶をその手にのっけた。
いきなり重い瓶を乗せられてよろめくパタリロ。よく見ろと同種の瓶が入った大量の箱が、さっきから蝗軍兵達が運び出しているものだった。
また一本の瓶を博士は取り出すと、乱暴にコルク栓を抜いて呷った。爬虫類じみた顎のつなぎ目から、僅かにもれるその液体の色は深みのある赤紫、そして芳醇な香り・・・ワインだ。それも一瓶ン十万円の、物凄く上等な。
「イスカリオテの狂信者どもが隠し持っていた上物のワインだ。全部で数百本。他にも中世から営々と溜め込んできた金銀財宝の類、まぁ表の世界に知れた美術品は置いてきたが、値段は計算するのが面倒なほどある・・・全部くれてやるわ。他にもこの辺で略奪活動を行ったら、ある程度は分けてやろう。」
総額ならば億単位であろうそれを、実にあっさり博士は「くれてやる」と宣言した。彼はまるで金に執着が薄い、良くも悪くも。
「おお、感謝!」
パタリロにしてもそれは依存は無い。にんまりとただでさえ細い目を糸のように細めて笑う。そもそもパタリロと博士の利害は一致しているし、これだけもらえれば秘密結社を国家がかくまうというリスクにも値するというもの。
「しかしまぁ・・・派手にやったもんだな。」
「屑どもには相応の報いというものがある。」
数日前のニュースを思い出しながら呟くパタリロに、博士は実に当然といった口調で答えた。
実を言うと博士は撤収を急いだゆえか面倒だったのかそれとも故意か、必要なものを奪った後ぶち殺したイスカリオテ機関の連中の死体をそのまま放っておいたのだ。
当然、夜が明けたローマ市は騒然となった。身元の分からない、謎の軍団の死体が町中に転がっていたのだから無理も無い。おかげでイタリア政府・そして何よりイスカリオテを操っていたヴァチカンは今対応ともみ消しでおおわらわとなっている。
「まあ、そうかもね。」
博士の彼らに対する恨みの深さを知っているパタリロは、特にそれ以上聞くこともなく受け流した。別に熱心なキリシタンでもフリークス殲滅主義者でもなんでもないし。
いやむしろ、その正反対か。このマリネラは宇宙人の移民すら平気で受け入れてしまう、そしてその移民がまるで普通の人間のように生活に溶け込んでいるという、とんでもなく珍しい国である。
アメリカでも秘密裏に宇宙人の移民が来てはいるが、MIBと呼ばれる機関がそれを厳しく統制しているのがマリネラとは違う。そしてアメリカは対宇宙関係でイニシアティヴをとりたいが故に、マリネラに執念深く圧力をかけている。他にもアメリカ製の兵器を輸入せずアメリカの大企業を受け入れず軍事基地を入れずアメリカの覇権に同調しない、というのもこの二国の仲の悪い理由でもある。
そして博士は大の反米・反キリスト教である。まさに、手を組むに相応しい相手同士だったのだ。

そうこう博士とパタリロ殿下が旧交を温めている間に、他の面々もそれぞれマリネラへの第一歩を記している。

「急げよーっ、九州戦区でも大陸戦区でも、色々予想外の事態が起こっていると聞く。そう言う事態に対処するためにも、われらには早急な対処が必要だ!」
兵達に早速号令をかけるアラネス。彼とイカンゴフを主軸とする部隊は対中南米の対現存政府工作に出動するという任務があるため、落ち着いている暇が無いのだ。
自身、六本の腕にわんさか荷物を抱えて運んでいる。流石に改造人間の腕力にも余る重量によろめきかけるアラネスだが、
「ビビッ。」
その荷物を、傍らからひょいと金色の腕が支えた。
「おお、これはすまない。プラズマX殿。博士閣下からお噂は伺っております。」
「ビッ。」
とアラネスが礼を言ったのは、金色の滑らかな装甲に表面を包んだロボットだ。
鉄兜を思わせる頭部と、力強さとしなやかさを併せ持つ絶妙な太さの手足と胴と腰。彼こそパタリロの天才の一つの証明である代表作・電磁人間プラズマXだ。
元々は月面作業用として製作された宇宙開発ロボットなのだが、自我を持ち、堅牢な装甲とバリアシステム、両目に搭載されたレーザー、腕先に仕込まれた電撃熱線砲、そして最大二十万馬力の出力とオーバースペックな能力を誇るスーパーロボットだ。
戦闘能力ではバリスタスの第一級改造人間以上のものを持ち、かつ西洋初の自我を持つロボットでもある。日本では天才・光明寺博士という才能があって黄金の混沌期初めて自我を持つロボット「キカイダー」シリーズが作られ、その後その成果を継承発展する形でネロスの戦闘ロボット軍団、警視庁のロボット刑事シリーズなどが造られたが、西洋ではビクトル=フランケンシュタイン博士のF式人造人間の大失敗以来、宗教観倫理観の違いからなかなか造られなかったそれを、パタリロは独力でぽんと造ってしまったのだから大したものである。
「ですがプラズマ殿、自分よりは出来れば・・・イカンゴフのほうを頼みます。」
と、アラネスが目線で示した先には、十本の触手で荷物を抱え込み、ひっくり返ってそれに押し潰されているイカンゴフの姿。
「ビッ、ビビーッ!」
元々が作業用だったためか、彼には会話機能はないし、表情も無い。ただ機械用のパルス通信機はついており、改造人間の脳機械部分での受信と身振り手振りで大抵の会話は出来る。開発者であるパタリロは人間なのになぜか平気で会話しているが。
そしてこの電子音は、本来対ロボット用のものである。それに呼ばれてやってきたのは、彼の家族たちだ。これもパタリロが造った。妻のアフロ18、息子のαランダムと娘のプララだ。いずれもプラズマより進化した技術で作られたアンドロイドで、こちらはきちんとした表情と人間の声を持っている。
そんな三人の手にかかって、イカンゴフには荷が重かった荷物がひょいひょいと運ばれていく。戦闘用でも作業用でもないが、彼らも出力は父プラズマXに及ばないとはいえ数千馬力級なのだ。
「ああ、ありがとう御座います、アフロさん、プララちゃん、ランダム君。」
「いえいえ。これから同じところに住む、いわば新しい家族ですもの。」
「そうよ、イカお姉ちゃん。あっ、ねーねー、後で新しい絵本読んでね!」
「こら、プララ。イカのお姉さんは仕事で来てるんだぞ、無理言っちゃだめだ。」
「いえいえ、いいですよ。後で私の部屋へいらっしゃい。おやつも用意してますから・・・」(注・より人間に近いアンドロイドとして作られたアフロ18・プララ・αランダムは、食事を食べることが出来る)
「わーい!」
などと、和気藹々とした会話も聞こえる。

と。

「パ・タ・リ・ロ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
長い黒髪を振り乱して走ってきた男が、その勢いに任せて思い切り国王であるパタリロを踏んづけた。公称140センチだが実際はもっと低いと思われる背丈ゆえに、すらっとした長身の相手だとこういうことが起こる。
「むがっ!?こ、この靴の裏の感触はバンコランだな!?」
じたばたともがくパタリロだが、日常茶飯事なので声を荒立てるほどのことではなく、また博士も驚かない。
「あぁ、そうだ。理由は分かってるだろうな?パタリロ。」
走ったせいで多少乱れた髪をかきあげ、バンコランは念を押すように言った。役者のように整った顔立ちの、色気すら感じるいい男だ。年は27歳。
イギリスの諜報組織・MI6きっての腕利きなのだが、国際ダイヤモンド輸出機構を追っているうちに偶然パタリロの護衛をまかされ、そこから色々あった挙句何の因果か殆んどMI6マリネラ駐在員みたいな扱いになってしまった、ちょっとかわいそうな人である。
パタリロとは長い付き合いになるのだが、パタリロがちょくちょく彼の仕事を邪魔したりペテンにかけたり飛行機で送るとかいって超音速爆撃機に括りつけてぶっとばしたりと度が過ぎたいたずらをかまし、そのつどまたバンコランも情け容赦なくパタリロを叩きのめす、腐れ縁というヤツである。
「何だ、バンコラン。お前のベッドにオオサンショウウオを寝かせていたのがばれたのか?」
「アホか!というかそんなことをしとったのか貴様は・・・ってそれはおいといて!国王みずから悪の秘密結社と取引するとは、何を考えとるんだ!」
ぼけるパタリロ。怒鳴るバンコラン。
そんないつもの関係に、自分も話題に入っているゆえに博士も入り込む。
「ぬう、貴様どうやってここへ!地下ドックの入り口はマッシュに命じて固めさせていた筈・・・あ!」
何かに思い当たる博士。咄嗟に双角を霊子通信機のアンテナに変形させ、マッシュの意識へ通信を試みる。
(マッシュッ!)
(・・・・・・・・っ、あ、ふぁ・・・う・・・)
なかなか返ってこない反応。そしてようやく返ってきた反応は、なにやら意識が呆然混濁しているのか、酷く弱々しい。
その理由に思い当たる節があるが故に、博士は思わず舌打ちをする。可能性に考慮して見張りを選抜しなかった自分のうかつさに。
この男がMI6きっての腕利きである理由は二つある。ひとつはその戦闘能力だ。「死神がスポンサーについている」といわれるほどの腕前で、おおよそ生身の人間との銃撃戦で彼が負ける可能性は0に限りなく近い、それほどまでの無敵な強さ。
そしてもう一つが、一種超能力じみたその力「魅惑の眼力」だ。睨みつけた対象の意思を侵食魅了、身も世もなくとろけさせてしまう魔の視線の使い手。
そして、極めてたちの悪いことに彼・ジャック=バルバロッサ=バンコラン少佐は、はっきり身も蓋もなく言ってしまえばホモセクシュアル、同性愛者である。それも筋金入りの美少年趣味。
「バンコラン貴様!人の部下を誘惑しようとするなこのすかたん!」
がぁあっ、と呼吸で威嚇音を立てながら牙を向く博士。
「やかましいわいこのテロリストっ、!!」
それにまた食って掛かろうとしたバンコランの言葉は、途中で尻切れになった。
その咽喉元に突然突きつけられた白刃のためである。
普通の人間、それに人外のものも含めての戦闘のベテランであり、相当修羅場をくぐってきた達人のバンコランですら、それが行われるまでまるでけはいを感じることが出来なかった。
「・・・そう一概にくくるのはやめて貰おうか。俺は口下手なので巧くは言えないが、我々は信念の元最小限度の犠牲にとどめるよう行動しているし・・・テロリズム、テロールすなわち恐怖を力にするというものは、おおよそ力を持つものの行為の必然だ。組織でも、軍でも、国家でも。」
押し殺した静かな声。細い眼鏡の下やややぶ睨み気味の鋭い瞳をした、ブレザー姿の少年が日本刀をつきつけている。
村正宗。博士の下で彼の名をとった新兵器「ムラマサムネ計画」を実行中の、若きバリスタス幹部候補だ。
「く・・・っ!」
咄嗟に「魅惑の眼力」を使うバンコラン。さっきのマッシュ同様一撃で動きも取れなく出来なくなるくらい、強く力を込めて。
「無駄だ。俺は将来の武装搭載計画に伴い、心理面での能力を重視して選抜された。魅了なんて半端な精神干渉は受けん。」
だが村正宗は、冷ややかにバンコランを見据え、刀を構えたまま。
彼は既にある程度肉体改造処置を終え、そして激しい修行を日々こなしている。主兵装の搭載はされておらず基本的身体強化のみだが、それでもこれだけの力を発揮して見せた。博士が一体の改造人間にここまで時間をかけることは異例だったが、この計画にはいうなればそれだけの価値があるらしい。。
「ふん、まぁ良い村正宗君。別にマッシュも危害を加えられたわけではないし、こやつもまんざら知らん仲でもないし。」
す、と博士は村正宗の構える刀を手で制すると、バンコランに向き直った。
「そのかわり、二つほど頼まれてくれないかね。」
そう言うと、博士は気取りすぎの手品師のようなわざとらしい手つきで、どこからともなく二通の便箋を取り出した。
「一つは、君の母国イギリスの対魔機関・HELLSINGの党首、インテグラ=ファンブルケ=ヘルシング卿にあてた書簡だ。もう一つは、マライヒ君に。是非届けてくれたまえ。」
相変わらず無駄にもってまわった口調だが、それを言う目付きにはいい知れぬ迫力がある。それを行わなかった場合、どのように無慈悲な行動に出るか知れない、気色の悪い攻撃色。
「ぬ・・・分かった。だが、政府に対しては何も無いのか?」
普通、政治的目標を持って活動する組織ならばするであろう要求はまるでしないことに、バンコランは戸惑った。ましてや彼の軍団はいまやイスカリオテ機関すら壊滅させ欧州にその名を轟かせている、それなのに。
「我輩たちは既存の国家体制はそう問題にしておらん。世界征服者だからな。信念のままに命令を下し支配する。それが個人だろうが国家だろうがヒーローだろうが、分け隔てはせんよ。」
にやり、と大きな口を歪ませて笑う博士。
「バンコラン!」
「博士!」
と、そんな修羅場に割り込むのが二人。
「バン、何やってんのさ。パタリロのやることにいちいち目くじら立てたって仕方が無いだろ?」
「博士閣下、これ以上ここで悶着をおこされてはことです。そもそも以前の計画では、英国には対米関係の矯正とHELLSINGの活動是正以外はさしあたって求めない、ということでは?」
博士を抑えるカーネル。そして、バンコランを抑える少年。見たところカーネルと同い年くらいか、くるくると巻き毛になった長い金髪を、右目の前にたらしているところが少し似ている。
彼の名はマライヒ。元国際ダイヤモンド輸出機構の暗殺者だったのだが、色々あって今はバンコランと一緒に暮らしている。いや、二人は恋人関係なので同棲といったほうが正しかろうか。しかし、バンコランは愛多き同性愛者なので浮気対策に苦労が絶えないらしい。
何故そんなことを知っているかというと、以前から博士とマリネラには親交のあった故、たまたまカーネルと会話の機会があり、それ以来互いになんとなく話があってメールなどをかわしていたのだ。
「む、あ、そうかマライヒ。そうだ、お前に預かっていたものがある・・・」
と、バンコランは咄嗟に博士からマライヒへの書状を取り出し、矛先をそらした。
だがそれは博士の思う壺、逆効果といえる。
なぜなら、その手紙の中身は博士とパタリロが握っていたバンコランの浮気相手のリストと証拠だったのだから。

「バンコラーーーーンッ!!」
「ま、マライヒ!待て、これは奴らの策略だ!うっ、うわーーーーーーーーーーっ!!」
マライヒの奥義、顔面十字裂きが炸裂。後はもう、いつもどおりのしっちゃかめっちゃかな痴話げんか。
「ま、マライヒ、落ち着け!」
慌ててカーネルが停めに入る。
「わーーーんっ、もう!君はいいよね、恋人が浮気しなくてっ、僕は、僕は・・・あーーーーーっ!!」
「ま、マライヒ、私はその、ちょっと会話を楽しんだだけで、別に浮気などと・・・」
「そういって今回で何回目だよ〜〜〜!」
組織で鍛えた体術を駆使して、無駄に華麗で壮観な痴話げんか。
どうもカーネルとマライヒの友情は、この辺の少女性(マライヒは男だが)にあるようだ。

「ふむ、さて。これでよし、我がバリスタス大西洋支部は無事マリネラに本部基地を移した・・・ということか。」
「そうしとけ。これ以上騒いでも始まらん。」
げんなりした顔で、博士とパタリロはその場を去った。

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