秘密結社バリスタス第二部大西洋編第二話 神殺しの魔狼

そして、ヴァチカン市国、ならびにその近郊のローマ市領域。
ジャキジャキジャキジャキ!
一斉に各々の武器を構える。いずれも騎士団などという名称から連想する剣や槍、メイスなどの古風なものではなく、物騒な代物ばかりだ。
ミサイルランチャーに焼夷弾、大口径日照砲、亜光エネルギー弾丸、爆裂水銀弾使用の対異形銃、中には大型のパワードスーツまである。他にも用途不明の奇怪な形の火器、どう考えても外見どおりの性能とは思われない、ある意味銃より物騒な仕掛け刃物も数多い。
と、そんな包囲の中に現れたのは、真っ黒い、尼僧服に近い格好をしてこうもり傘を頭の上に開いた、13〜5歳の黒い髪の毛をショートヘアにしている少女と、白いセーターに少しやぼったい紫色のスカートを着た、それでも服装にドレス以上の輝きを与えるほどの美しさを持った、色の薄いプラチナブロンドの女性。いずれも赤い瞳、肌は雪のように白い・・・吸血鬼だ。本来の、彼らの敵。だが予期していたのはとは明らかに違う。今夜襲撃をかけていたのは、確か最近日本で猛威を振るうようになった秘密結社「バリスタス」。その主力は改造人間のはずだ。
一瞬のためらい。すると少女はつと手を上げ、首輪に似た革ベルトでしまった襟にぶら下がる、銀の十字架を掴んだ。じゅうっ、と音を立てて手が焼けるのも構わず、彼女は跪き、祈る。白いセーターの女も、同じく祈る。同時に、周囲に突然大量の人間が現れた。逃げ惑い、何らの躊躇いも無く楽しみで行うゲームのように殺されていく人々。隠れているのを見つかり捕らえられ、拷問の苦痛の果てに殺されていく人々。それを行うものはいずれも、胸に十字架をかけている。
流石に異常に気づきどよめくイスカリオテのメンバー。そんな中、少女は祈り続けた。
「夜闇をまとう血塗られし聖女を、主よ憐れみ給え」
主よ憐れみ給え(Kyrie eleison、キリエ・エレイソン)、とラテン語の響きが暗闇に消えていく。
その言葉を聴いた途端、マクスウェルの顔が引きつった。イスカリオテ第十三課、カソリックの異教・異端・異形絶滅機関の長の顔が、幽霊でも見たかのように引きつったのだ。
タンッ!
額に風穴を開けられ。黒衣の少女はもんどりうって倒れた。マクスウェル自ら引き金を引いたのだ。同時に白いセーターの女も、殺される多勢の人間も、幻のように消える。
タンッ、タンッ、タンッ。さらに連続して銃弾が打ち込まれ、頭部全体が粉砕される。吸血鬼でも、特別な改造処置を受けていない限りここまでされれば絶対死ぬ。
その間、ずっと少女は無抵抗だった。
「マクスウェル・・・様?」
指揮官のただならぬ様子に、部下が怪訝そうに呟く。
「何でもない。吸血鬼を浄滅した。それだけです。」
「浄滅・・・ね。無抵抗のものを射殺した、何故素直にそう言えないのかな。」
「!!?」
死亡どころか頭部が完全になくなった少女がしゃべっている。怪異を見慣れたイスカリオテの面々にも、驚きと緊張が走る。
「吸血鬼?人狼?そんなものは種族的差異に過ぎない。それが脅威となるのであれば普通に戦として自存自衛すればよかろうに、神の名を出して必要以上、自然法則以上の皆殺しに走る。挙句信じる神の違いや微妙な信仰上の行き違いごときで数億の民の血で歴史を染めるとは・・・」
ゆっくりと、頭のなくなった死体が起き上がる。
「人間のやる気や権力願望を計算に入れ忘れて二十世紀に大迷惑ばら撒いたあほな経済学者曰く「宗教は阿片」。これ自体は阿呆のたわごと。弱き民草の支えとしての宗教は一応の存在意義がある。まああの男の生きていた時代阿片は麻酔薬としても売られていたそうで、「宗教は麻酔薬」と読めば成り立たないこともない。だが、お前達狂信者ははっきり言って毒薬に等しいな。」
唐突に少女の姿が揺らぎ、身の丈180センチ、長い二本の角を生やし八つの目をぎょろつかせた、黒マントに黒衣を纏った仮面の怪人が現れる。
「驚いたかねマクスウェル。お前達がアメリカ開拓時代でやってのけた所業を、いやそれ以外にも貴様らが歴史的に繰り返してきたすべての所業を、目の前でさらけ出されてはな。」
ぎらぎらと金属光沢を放つ仮面が、不意に底暗い笑いを浮かべた。それは笑いというよりは、まるで眼前の敵を食い殺す予備動作のよう。
しゅっ、ズドッ!
不意に空から、一本の槍が降ってきた。狙えば出来たであろうにあえてイスカリオテの誰にも命中させず、見せ付けるように眼前に突き刺さる。
「我が部下、鞍馬鴉よりの伝言だ。飛騨にて預かりし神槍グングニル、マリア=ラ=パーシパルに成り代わり、今返す、とな。」
「撃て!」
これ以上問答無用とでも言わんばかりに、一斉にイスカリオテが発砲した。
「浄滅しろ!神の名においてあの者の存在を許すな!」
あきれるほどの大火力が集中する。
「無粋な・・・二千年前から延々と、キリスト教徒の質は下がり放題だな。ご開祖が見たら嘆くぞ。いやさ、嘆いたから黒衣を纏い暴れ戦い、そして死んだのだろうな。」
「!!??!?!?!」
が、博士はその銃弾の雨、炎の乱舞、刃の突風をまるで気にする様子もなかった。全て博士のマントと鎧に弾かれる。
「我が心理外骨格、下種の技が通るものか。心無き者、一万、一億、一兆揃うても、我輩に寸ほどの傷もつけられぬわ!この我輩を殺しうるは、真の戦士、強さと弱さ、猛々しさと優しさ、志と心を持つ者のみ!」
叫びとともに、博士の黒衣が揺らめいた。
まるで黒い炎のように。
「欧州に二千年溜まりし澱どもよ・・・思い出させてやろう。貴様等が忘れた振りをしてきた、本当の死闇の恐ろしさを!」
ぼう、という音とともに、黒い炎が一瞬膨れ上がり、イスカリオテの兵士達を覆い、そして過ぎ去った。
そして。
「ひ、・・・ひぃやああああああああああああっ!」
「きっ、っ、、きぇえええええええええええええ!?」
悲鳴が迸った。ただの悲鳴ではない。喉を裂き、臓物が裏返り口からあふれ出すほどの狂った悲鳴。
その場に居た博士以外の人間、全てが一瞬に凄まじい恐怖に飲み込まれたのだ!
「ぎゃあああああ!」
「あ、あ、あぎぃぃぃぃぃぃ!きぃやああああああああああ!」
喚き、のたうつ。腰を抜かし、失禁し、泡を吹く。だが誰一人として気を失わない、いや気を失うことが出来ない。
次々と脳に送り込まれる黒い恐怖が、失神を許さないのだ。冒された感覚器全てが怯える。見えるもの、聞こえるもの、肌に触るもの全てが恐怖と化す。
強烈な頭痛とたまらない愉悦を同時に味わっているかのように、博士の目が細められる。これが博士の力「恐怖の夜」だ。
仮面を通じて増幅された脳波でもって相手の脳内電流に干渉、直接精神が壊れ死に至るほどの恐怖と苦痛を与える。
「ぎ、い・・・・・っ。」
「げげぼぉあ!」
始まった。
恐怖が、臨界点を超えたのだ。
ある者は、己の指で己の目と耳を刺し貫き。
またあるものは手にした刃で自分の皮と肉をそぐ。
自らの体に火を放ち、銃を乱射して仲間を殺しまくる。
パワードスーツに包まれたものは簡単に死に切れず、のた打ち回りながら辺りに居る人間を片端から押しつぶしていく。
脳内の恐怖から逃れきれず、無へと逃避する壮大な集団自殺。恐怖と苦痛と死のサバト。
血と死体で彩られた道を、悪の博士は歩く。
肉と毛髪と皮が焼ける炎に照らされた道を、彼等イスカリオテに送っているのと同等の精神的苦痛を受けていることなどおくびにも出さず、悪の博士は笑いながら歩く。
相手の不甲斐無さへの嘲弄の笑みか、敵を殺戮する嗜虐の笑みか、はたまた、この世の悲哀への悲しい笑みか。顎を歪ませ、悪の博士は歩く。
その姿まさに悪、夜闇の王者。

「鳳凰剣乱舞ッ!!」
ドォォォォォォォォッ!
炎の弾丸が降り注ぎ、鞍馬鴉の攻撃がイスカリオテの兵達を焼く。
その兵、まだ炎に苦しみながらも死んでいない兵達を押しのけ撃ち殺し斬り倒し、さらに次の敵が鞍馬鴉を襲った。
「エイメンエイメンエイメンンンンン!」
「地獄に堕ちやがれ汚らわしい異教徒がぁぁぁぁ!!」
コンビを組んで刀と銃、遠近同時攻撃を仕掛ける退魔騎士団七会士「十字砲火」ハインケル=ウーフー、「狂戦士」高木由美江。味方を巻き込むことなど何も考えないその攻撃を予測できなかった鞍馬鴉は、背中から翼にかけてもろに攻撃を受け、地面に叩きつけられた。
忍者として鍛えられた体のばねを駆使して飛び起きるが、彼の肉体の機動性を担う羽をやられたため思うように回避できない。
追い詰められながら、意外にも鞍馬鴉の思考は澄んでいた。自分を襲う二人組を、意外なほど冷徹な瞳で見据える。
(熱に浮かされたような狂信の瞳。何と醜いことか・・・。覚悟も無く、己の罪を神に許してもらったつもりになっているとは・・・戦士ですらない。全く・・・)
その瞳が、不意に炎を帯びる。目の周りに仮面の如く浮かび上がる、赤い影。
「虫唾が走る!!」
言うなり鞍馬鴉は後方宙返りをし、着地と同時に地面に刺さっていたものを引き抜いた。
神槍グングニル。戦いの最初、彼がヴァチカンに「返した」槍だ。
「おおおおおおおっ!!!」

斬!!
奔る銀光。震える空気。
鞍馬鴉の心に従い一気に銃数メートル伸びたグングニルは、横凪になぎ払われハインケルと高木を同時に真っ二つにした。
「か・・・てめ・・・汚・・・」
「何しろ悪だからな。この槍は返しましたが、今、また奪った。やはり伝来ではなく自分で奪わねば使う気にはなれない。」
どさどさと、肉塊になって転がる二人。悪の博士が前に殺した「血の教典」のモズクズと「フローレンシアの猟犬」ロザリタ=チスネロスを除けば、敵の最高幹部集団「七会士」はあと三人。
次の戦場に急ぐべくグングニルをしまった鞍馬鴉は、ふとその傍らにまた一人誰か居るのに気づいた。だぼっとした茶色いコートを着て眼鏡をかけ、頭の左右で髪の毛を結んだ少女だ。鞍馬鴉に向けて手を突き出し、その掌に鞍馬鴉のそれに近いパイロキネシスによる炎をともらせているが、怯えきっている様子で震えて動けずに居る。ウィッチハンターと呼ばれるヴァチカンの超能力者。
その瞳に、狂信の色は感じられない。大方入ってそう間もないのだろう。
「皆殺し、はお前達の専売特許だからな・・・」
一人ごちると鞍馬鴉は蝗軍兵を呼び集め、無視して軍を進めた。善行というわけでもない。善行なんてこと、両手を血で染めたヤツの言うことではない。ただ単に敵ではなかった、だから攻撃しなかった、それだけのことだ。
そう、言うことなく思いながら。


ドスドスドスドスッ!
巨人が早足で歩くような音とともに「杭」が連続して地面に突き刺さる。
アンチキリストの化け物を狩るために作られた、パイル・ランチャーだ。白木にきわめて近い特質を保ちながらその数十倍の鋭利さと硬さを持つように調整された、特殊な炭素繊維で作られた杭を発射する物騒な火器だ。しかも凶悪なことに内部に洗礼された水銀が充填されており、刺さった拍子に折れ曲がった一本の杭からぶちまけられた其れが、フェンリルの和毛の生えた腕を焼く。
「くぅ・・・っ!」
顔をしかめるフェンリル。銀・・・呪術的な意味でのものなので、水銀も含まれる・・・は、彼女のような人狼の体に致命的なアレルギー、炎症と再生能力の不調を起こさせる。人間で言えば硫酸を浴びせられるようなものだ。
さっきから何発も聖水手榴弾を浴びせられ、既に体力はかなり奪われている。このままでは危険だと、彼女の獣の部分が騒ぎ立てる。
(分かってるよ、そんなこと。)
ざわつくような渇きの感覚を抑えるために、口の中でもごもごと呟く。と同時に城壁から飛び出してきた相手に、はじき上げた小石を殴るようにして飛ばす。改造人狼である、彼女の改造人間レベルを超越した怪力によって石は音速を数倍超え、教皇非避難所として設計され、ヴァチカンの戦力の基地として用いられてきたこのサンタンジェロ城の外壁を木っ端微塵に吹き飛ばす。
(外したっ!)
同時にずきりと今使った右手に痛みが走る。再生能力が衰えたため、限界まで使った筋肉と骨が断裂したのだ。これで右手はしばらく使うことは出来ない。
「ええいっ!」
地面に凹みが出来るほどの踏み込み。フェンリルは飛ぶとも走るとも付かない、人間の言葉では喩えられない移動で一気に相手と間合いを詰めた。
「!」
人間の反射速度を上回る一撃のはずだった。だが、唐突に脇から照射された「光」が、フェンリルの足を止めた。
「アァァァァァァァァァァッッ!」
全身が焼かれる。さっきの水銀や聖水によりダメージとは比較にならない。衝撃すら感じる「光」だ。夜の住人を拒絶し、一片の慈悲もなく殲滅する、残酷で冷たく熱い光。
聖光、とキリスト教徒は言う。聖人が発する後光。だがこれはもう後光というよりは普通の人間でも直視すれば目がつぶれるほどの、閃光・・・「夜の住人」にとっては殺戮光線に他ならない。
ズドン!
「ごっは!」
光の塊が、巨大な、呆れるほど巨大な十字架を振り下ろした。其れは本来の用途・・・罪人を磔にするのに十分に耐えるどころか、それに使うにも不必要なほどに、ごつい。
一撃でフェンリルの腸が破れ、脊髄が千切れる。ほとんど腰のところで体が両断されそうだ。
イェラルト・ファン=ヘーシング・・・退魔騎士団七会士「杭」のヘーシングはその様に違和感を覚えた。
一瞬傍らに居る、この神の力を行使する大男と、地に打ち倒され、自分の血潮にまみれながらなお金色の魔の瞳でこちらを見据える雌の人狼に、奇妙な逆転の構図を感じたのだ。
ハックルボーン神父・・・ヴァチカン第13課・イスカリオテが認定した「超級聖人」。対魔戦闘における武器として使用できるほどの後光、その一点の曇りも無い「純粋信仰」は、石をパンに、水をぶどう酒に変えるくらいのことはやってのける。
そして、それら祝福で作り出した食料だけで維持されるこの巨体は文字通り完全に、分子レベルで持って聖なるものとなり、下手なグールなら触るだけで死ぬ。イスカリオテが長い対吸血鬼技術の研鑽の果てに生み出した最強の七会士、「最も神の子に近い人間」だ。
「アーメン!神の祝福あれ!神に栄光あれ!父なる神のもとに!全ては神のために!」
聖句を唱えながら、畑を耕すように巨大十字架を振り下ろす。振り下ろす。振り下ろす。
「くそぉ!負けるか!負けるかぁぁぁ!!」
人狼の娘は必死に抗う。振り下ろされる十字架をかわし、受け止め、傷ついた体を必死に再生しながら神父の肉体に拳を打ち込む。
必死に、生きようとしている。それに何の意識もなく、ただ規定のままに十字架を振り下ろす「最も神の子に近い」神父は、人間といえるのか?
「これでいい、これでいいんだ。限りある命の人間が不死を誇る夜の闇に打ち勝ち、正しく神の恩寵を受ける、そう、これでいい!」
ハックルボーン神父の攻撃に耐えるのに精一杯にのフェンリルを倒すには、好機である。自らを納得させるために叫びながら、ヘーシングはパイルランチャーを構えた。
「何が分かる・・・」
瞬時、ヘーシングは射竦められた。触るだけで皮膚を焼く十字架を捕まえ、フェンリルが唸ったのだ。その表情は以前の能天気で戦いに対して真剣でない彼女しか知らないものが見たら、等しく驚嘆するであろう。
「あんたらにッ、神様信じてりゃそれで救われる奴らに何が分かるっ!言ってみろぉぉぉお!」
ハックルボーンの手から十字架をもぎ取り、大地を砕こうとしているかのようにそれを地面に叩きつけ跳躍。ハックルボーンの胸板に思い切り拳を突き刺し、腕を振り回してその巨体を、地面にめり込んだ十字架に思い切りぶつける。人間と木の衝突とはとても思えない爆音・・・衝撃波が発生し、神父の肉体を粉々に粉砕する。
「ぐぅっ・・・う・・・」
ぐしゃぐしゃになった神父の傍らに膝を付き、フェンリルは自分の傷口に手を突っ込んだ。「聖なるもの」に接触し再生機能を失った肉をひきむしり、新しい傷口を露出させ、改めて再生させる。
それはひどく血みどろで、おぞましく、恐ろしい「夜」。
「ウーッ、ウーッ、痛い、血が、足りない・・・」
フェンリルは、ひどく餓えたような表情を浮かべた。物理的な意味の血ではなく、よりアストラルな、生気とでも言うべきものが不足している。
今すぐ肉を引き裂き、血をすすりたい。生きた獲物が欲しい。普段は博士の改造の成果で押さえ込まれている感情が、生命力の減少を補うために蘇った。この神父は駄目だ、聖別された肉体では逆効果。博士・・・博士なら。人狼という「病」に感染せず、仮相である肉体を再生する力がある。望めばいつでも腕一本くらいかじらせてくれるだろう。
「駄目だっ・・・嫌だっ!」
何とか、脊髄がつながった。まだ腹腔の傷は塞がっていない。が、必死に立ち上がり、ヘーシングに対して構える。
「・・・あんたたちに分かるかっ!人狼の血が!一番いとおしい人を、いつしか餓えた目で眺めてしまう悲しさが!意識は人、でも体は人を餌にする獣・・・そのつらさがっ!」
「むぅく・・・」
フェンリルは今、戦えるまで力を回復してはいない。今なら心臓に杭を打ち込むのは、そう難しいことではない。
だが、ヘーシングはためらった。
「あんた言ったよね!限りある命を輝かせてこそ人だと!じゃボクの心は何!?体が違う・・・それだけの理由で、ボク達の心は人じゃないと断定されるの!?」
口から血を吐きながら、フェンリルは言い募る。
「くおおおおおおおっ!」
半ばやけになったかのように、狂おしい叫びを上げヘーシングはパイルランチャーを構えた。心の中で嵐が渦巻いている。これ以上、この人狼の言葉に耳を傾けてはならない。
「何を、恐れているの?ボクの力?違うよね・・・」
「!」
うって変わって静かに、フェンリルは言った。闇の中、金色の目はひたとヘーシングを見据えて話さない。その目に、恐れはない。
「ボクが怖いのは、自分の心が意のままにならなくなる、悲しい餓えだけ。君は、何が怖い?」
恐れ・・・恐れ。フェンリルの恐れ。ヘーシングの恐れ。ヘーシングの怒り、フェンリルの怒り。フェンリルの哀しみ、ヘーシングの哀しみ。ぴたりぴたり、パズルが合うように、フェンリルの持つ「心」それと人の心が合わさっていく・・・違いは、ないに等しい。
それどころか。
自分は何が怖いのか。彼ら不死なる夜の血族か。化け物か。敵か。アンチキリストの者どもか。死か。

「おおおおおおお!」
「何っ!?」
「えぇぇぇ!?」
唐突な、客船の汽笛のような大きな音。それは、頭を砕かれたはずのハックルボーン神父の口から発せられていた。そして、死体が起き上がる。
「んな・・・」
「我、復活せり。無限なる神の愛によって!神の正義をなすために!」
頭がない神父は、平気な顔でそう叫ぶ。全身が、先ほど発した聖光とは比べ物にならないほどの光を放っている。まるで体自体が光で出来ているようだ。
奇跡、と言える、の、だ、ろうか?
「これぞ奇跡!邪悪を打ち払えという神の思し召し!恩寵の力にて、消え去るがいいぃぃぃぃぃ!!」
直視すら出来ずフェンリルが弾き飛ばされる。神父のの拳に地上のものではありえない高度のエネルギーが集まっていく。
ドスドスドス!
「エリ・エリ・レマ・サバクタニ・・・」
我が神、我が神、何故、私をお見捨てになるのですか。
そう呟いて倒れたのは、ハックルボーン神父。上半身に、何本ものパイルが突き刺さっている。発光もやんだ。
「助けて、くれたの?」
きょとん、とした様子で首をかしげ、ヘーシングに・・・まだ硝煙を薄く靡かせるパイルランチャーを持ったフェンリルは聞く。
「・・・僕が怖いのは、僕自身の考えの外にあるもの、そんなちっぽけなものだったのか・・・」
静かに、ヘーシングは呟いた。そんなちっぽけな理由で。
「僕は、不死を狩るもの。死んでまた蘇るのは、僕の獲物の範疇だ。」
言い訳のように、ぽつり。それがなんだか嬉しくて、フェンリルは少し涙ぐんでしまった。
「これじゃ、殺せないな。だって、狼は共食いはしないから。」
そして。
「あ
ありがとう。フェンリルはそう言おうとした。
ぶしゃぁぁぁぁっ。生暖かい血が降り注ぐ。たった今まで生きていた、ヘーシングの、切り落とされた首の断面から。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
実際に口から出たのは、迸る悲鳴。
「エィメンンンンンン・・・・・」
ぎとぎとに血塗れた銃剣を両手に持つ、長いコートを着た、小さな眼鏡に髭面の、返り血まみれの・・・神父、これが神父、か。
聖堂騎士アンデルセン。首切り判事アンデルセン。天使の塵アンデルセン。銃剣アンデルセン。
数々のあだ名を藻つ、最強の七会士。
「汝、神を疑うことなかれ。」
「それが、仲間を殺した理由?」
静かな口調だが、フェンリルの声には唸りが混じっている。噛み付く直前の、やや高めの唸り声だ。答える義務はない、とばかりにアンデルセンは銃剣を構える。
「答える脳がないのだろうな、こやつらは所詮神の奴隷だ。」
そこに現れた、蝗の姿の兵士達と翼持つ忍びを従えた、黒マントに仮面の影。
「!??」
「博士。」
自分が現れても気を抜かず構えを続けるフェンリルの様子にやや嬉しげに目を細めると、博士は高らかに宣言した。
「あとは、お前だけだ。アンデルセン。」
「な・・・っ!?」
さしものアンデルセンの顔に驚愕が走る。退魔騎士団、七会士、ヨハネ騎士団、ソリア防疫修道会、聖病院騎士団、スイス傭兵団。規模において一国の軍に勝り、装備において対秘密結社組織に勝るイスカリオテの軍団が、全滅?
「博士・・・こいつは、こいつだけはボクが殺します。」
「許可する。」
ゆっくりと後退する博士。対照的に、意思的な足取りで前に出るフェンリル。アンデルセンの頬に汗が伝う。フェンリルの瞳に、炎がともる。こうして戦うのは初めてではない。他でもない、フェンリルがまだバリスタス構成員でも改造人狼でも無かったころ。フェンリル自身の記憶には無いが、体は覚えている、この禍々しい殺気を。
「あの時の子狼が。」
そして、悲しみと怒りを。
「そうだ、ボクは帰ってきた。月と夜に導かれて」
すぅ、と血の匂いを含んだ風が流れ、不意に明るくなる。雲が流れ、月が現れたのだ。金色の瞳のように、綺麗な満月が。
「シィィィィィィ!」
アンドレセンが一瞬で数十本の銃剣を投げる。フェンリルはかまわず前進し、腕をなぎ払う。聖別された銃剣が、フェンリルの拳圧で生じた突風に弾き飛ばされた。
突進し、フェンリルはアンデルセンを殴りつける。その拳にアンドレセンは垂直に銃剣をつきたて、同時に強化された腕力で通常切断には用いない銃剣を振るい、フェンリルの反対側の腕を切り落とす。
タックル。切られた腕の断面でアンデルセンを突き飛ばす。肋骨の骨をぐしゃぐしゃにしながら壁にめり込むアンデルセン。だが体内に仕込まれた再生呪文と増殖細胞が一瞬にその傷を回復・・・「リジェネーター」の力だ。
そして再び銃剣を構え、フェンリルに向かい突進を仕掛けたとき。
フェンリルは、咆えていた。
「ウォオオオーーーーーーーーーーーーーッ、オゥオオオオーーーーーーーーーーーーーン!」
月色の瞳。血にまみれた体を覆う毛皮すら、月色に光り輝く。
その咆哮が空気を震わせ、空間を震わせ、アンドレセンの肉体を構成するあらゆるものを震わせた。
「ぐぶぶぶぶげらばばばばばばばばばばばばばっ!?」
激烈な振動と、それによって生じる熱。アンデルセンは、弾け飛んだ。
「・・・・・・・しゅう・・・」
息を吐くフェンリル。その表情は戦いに勝ったにしては、何処か暗い。一瞬とはいえ、共感を持った相手が死んだ。それが原因であろうことは、博士も予想が付いた。
「博士、ヴァチカン自体は、どうするんですか?」
「捨て置く。我輩は連中と同列に堕する気はない。」
それを聞いて、少し微笑んだかのような表情を見せると、力を使い果たしたフェンリルはへたりと座り込んだ。
「作戦終了。撤収する。」
消耗したフェンリルをマントで包むようにして、博士は傍らの鞍馬鴉に命じる。
「承知。」
頷くとすぐさま闇を走り、散開した怪人たちに伝令していく。

「ふ・・・よく、頑張った。」
囁き、博士はフェンリルのとがった耳をなでた。

「一匹狼」という比喩に、狼は良く使われる。だがそれは、狼が一匹で居るのが珍しいから言い回しとして成立するのだ。
狼は、仲間と居てこそ狼なのだ。
狼は、仲間を得た。

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