秘密結社バリスタス第二部大陸編第五話 言葉の錯綜

「うおおおおおっ!!」
桁外れに強力なギガンティックダークネスのレーザー砲が掃射される。彼の巨躯に対抗するには余りに華奢と思われる、自らを拘束するようなぴったりしたスーツ姿の黒い天女に襲い掛かる光。
しかし超音速で複雑な、揚力で飛行するものには無理な軌道を描いて飛び回るロウランの動きを捉えきれず、そのまま直進するレーザーは眼下の街をずたずたに切り裂き炎上させていく。
「滅びろ、鬼よ!」
反撃とばかりに、ロウランがその発射器官らしきものの見当たらない掌から光子弾を乱射した。ミリィと同じ、ガーライルフォース特有の現象。
しかしダークネスは冷徹に射線を見極め、最小の大きさのバリアーでそれを弾いた。弾かれた光子弾は当然街に落ち、ダークネスを倒すための破壊力をそこで炸裂させる。
だが、ダークネスが弾いた弾と街に落ちる弾の数が合わない。その分街への被害は少なくとどめられていた。
それを必死に行っているのは、空中戦に参加するに相応しくない、随分可愛らしい格好をした改造人間だ。白くて、丸くて、ぷにぷにで。
まんぼうは特殊能力のテレポートと体内の次元穴を駆使して流れ弾の前に出現、それを片っ端から飲み込んで別次元に逃がすことで被害を軽減しようとしている。
だがそれも限界に達するときが来た。
「ふんっ!」
重力子を纏ったダークネスのパンチが、ロウランを遂に捉えた。弾き飛ばされ、ビルをいくつか貫通して地面にめり込むロウラン。
「ああっ、ロウラン!」
まんぼうが悲鳴を上げる。変化し、街に破壊をもたらしていても、心配なものは心配なのである。
そんなまんぼうにダークネスは僅かに視線を走らせ、吐き捨てるように呟く。
「邪魔だ、貴様の力では所詮見ていることしか出来ん。」
「う・・・うるさい!」
気にしていることをつかれ、珍しく怒ってみせるまんぼう。
と・・・!
「これは・・・獣鬼兵!?それとも、攻竜騎!?」
「何だと!?」
次元操作能力ゆえにその前兆を感知したまんぼうの叫びに、目を剥くダークネス。
直後。

「来来、奇鋼仙(キコウセン)!!
どぐぉごごごごご・・・・ん!!

崩れかけたビルを押しのけ砕き、次元の向こう側から現れたのは巨大な人型。ダークネスと同じように黒を基調としており、ごつい鎧のような金属的表面であると同時に女性を思わせるシルエット、左右に尖った頭部、両目が融合し一つのスリットとなっているにも関わらずその下に人間のような赤い唇があるなど、どこか違和感に満ちた奇怪なデザイン。
「人型!?獣鬼兵にしても攻竜騎にしても、人間型のものはいなかったはずなのに・・・!」
驚くまんぼうだが、それは現実に目の前に存在している。ロウランが呼び出した「それ」が。
「ロウラン、君は一体・・・」
まんぼうの問いに、答えるものはいない。それを見た途端油断ならぬ相手と判断したか、ダークネスは最大の技の発射体制に入っていた。
胸部の外骨格が開く。露出した内部器官が脈動・発光し、桁外れのエネルギーをかき集めているのが分かる。
同時に、ロウランの操る巨人も動いた。
その背中のスラスターを思わせる部位から、炎・・・いや、もっと桁外れのエネルギーが迸る。
陽電子流撃砲。一種の反粒子を放射し対消滅反応を起こす、核兵器が玩具に見えるような強力な武器。今の星間条約では使用を禁止されている代物である。
「ま、ぼ・・・」
対して、まんぼうはこれといった強力な攻撃手段を持たない。体内の異次元にとりこむ攻撃にしても、あの二人がむざむざそれに飲まれるとは思えない。
「まんぼう、ここは脱出じゃ!」
ようやく追いすがった蠍師匠が、武道家ゆえの正確な状況判断で進言する。
そして、まんぼうもそれに従うしかないことは分かっていた。
「むう・・・仕方がないまぼ。」
蠍師匠と接触させるとテレポート能力を作動、一瞬にその場から消えるまんぼう。
直後、両者の最大の技が衝突した。
「スパイラルギガスマッシャァァァ!!」
「フレア・デバイスッ!!」
螺旋を描く二条の荷電粒子と、重力子制御によって背中から前方へ向けて歪曲する軌道を描いた陽電子が、そのエネルギーをいちどきに開放した。



記録映像はそこで終わり、国際警察機構梁山泊本部の会議室に続いて映し出されたのは、その戦いが終わった後の光景だった。
そこには何も無かった。いや、あるといえばただ一つのものは存在していた。
「重慶市は壊滅か・・・」
巨大なクレーターの映像を眺めながら、中条長官は苦々しげに呟いた。
蚩尤塚から飛び去ったギガンティックダークネスとロウランは超音速で戦闘を繰り広げながら東へ向かい、よりによって重慶市の真上で戦闘状態に突入、両者最高威力の兵器を発射したあげく、街を一つのクレーターへと変えてしまった。
「都市を壊滅させた後の両者ですが、ギガンティック・ダークネスを名乗った巻島顎人は現地から離脱したことを確認していますが、その後追跡をまかれました。現在に至るも、場所は特定できません。もう一方の、恐らく遺跡から蘇ったと思しき存在ですが・・・」
被害の大きさに僅かに声を震わせながら報告書を読み上げていた呉学人は、そこで臨席に座る者にちらと視線を移した。
そこに座っていたのは・・・意外にもまんぼうである。
「その、今回に限り超法規的に協力関係を締結したバリスタス幹部のまんぼうさんによれば、普段は普通の人間の少女の姿で、記憶を喪失しているとのことですが・・・」
「そうまぼ。」
こくりと頷くまんぼう。緊迫した会議室にこいつがいると、どうにもしまらない。
「しかしまんぼう君。今回に限り事態収拾ならびにギガンティックダークネス撃滅に協力し、また二正面作戦を避けるためにBF団を押さえ込んでみせると言うが、その理由は一体なんなのかね。」
「はっはっは。」
柔らかい体を震わせて笑うと、まんぼうは言う。
「大陸の不安定化はバリスタスの望むところではないまぼし、そもそもこちらの言う条件をいくつか呑んでもらうのが条件まぼ。」
まんぼうの切り出した条件というのは、ロウランについての追求を控え、それに関する一切をバリスタス・・・というよりまんぼうに任せること。
それ自体はまんぼうの個人的欲求だが、そもそもまんぼうたちが大陸に来た理由は状況の安定化、戦略目的に合致するとバリスタス大幹部会議でも承認を受けている。
「そもそも正義の味方は細かいこと気にしちゃ駄目マボ。どう考えても罠っぽいと思っても、あえて騙される覚悟がないと。」
「って、おい。」
ぼそりというまんぼうに、すかさず突っ込みが入った。


一方、同時刻にはそのBF団も、最高幹部会議を行っていた。
支配者ビッグファイアの代理人たる十傑集、BF団の兵器製作者ブラック博士、全ての作戦を立案し、一人で十傑集と対等の権限を持つ軍師・諸葛亮孔明。その全員が居並ぶと言うのは実に珍しく、このたびの事態の緊急性を物語っていた。
「怪ロボット・ギャロンを一撃で蒸発させ、十傑集が一人であるヒィッツカラルドをああもあっさりと破るとはな・・・」
映し出される映像を見ながら、十傑集のリーダーである混成魔王樊瑞が唸った。長い黒髪と逞しいあごひげの似合う偉丈夫である。
数年前に行われたドミノ作戦で十傑集の一人である幻惑のセルバンテスを失って以来、十傑集が敗れることなど一度も無かったことだ。セルバンテスにしても相手側の九大天王という互角の存在があってこその敗北である。
「我等科学班としても驚くべきことだ。あれほど強力な兵器は、今のところこの地球では、いや宇宙規模でも唯一無二であろう。」
片眼鏡を光らせ、普段は余り表に出ないブラック博士も驚きの表情を見せる。
「しかり、まさに驚天動地。時空神(クロノス)十二神将を破ったというのも、なるほど嘘ではなかろうて。」
古めかしい口調で語るのは、昔の中国の宦官の衣装を身に纏った赤目の怪人物、「命の鐘の十常寺」。
「しかしそれに対する対処法だが、あんな白身魚の言いなりになって静観するというのは、どうかな?」
苦笑いしながら言う、「マスク・ザ・レッド」その名のとおり目元を覆う赤いマスクをつけた、忍者服の男だ。影流忍術を収めたものの証・・・鞍馬鴉天狗と同じく、飛騨忍者なのであろうか。
ひょいと顎でしゃくる先にあるのは、白身魚ことまんぼうからの手紙と・・・箱詰めにされた「素晴らしき」ヒィッツカラルド。生きてはいるようだがぼろぼろもいいところで、全治六ヶ月以上といったところ、当分戦えないだろう。
「この馬鹿にここまで生き恥を晒させておいて引っ込んでは、我等十傑集の名に傷がつこうと言うもの。」
語るマスク・ザ・レッド。それを黙って見つめる隻眼の男が、十傑集の中で唯一直属部隊を持つ「直系の」怒鬼。非常に寡黙で、喋るということが殆んど無い。
そこに割って入ったのが、十傑集最長老の先代リーダー、「激動たる」カワラザキ。一見恰幅の良い老紳士だが、桁外れの念動力の持ち主である。
「だがなマズク・ザ・レッド。お主そのようなことを言うが、あれと戦ってはこちらも苦戦は必至、いたずらに兵を浪費するだけだぞ。」
「その通りです。」
と、そこに再び割ってはいる、自信満々といった風情の声。
「孔明・・・」
不気味なまでに白い肌にやせ細った姿、その名も相応しく「暮れなずむ幽鬼」が、割ってはいるものの名を呼ばわる。
十傑集の会話にここまで堂々と割って入れる者・・・首領たるビッグファイアが滅多に姿を見せぬ現状で、そのような者は一人しか存在しない。
「偉大なるビッグファイアが僕たる十傑集が、個人的なメンツなどに汲々とすべきではありませんぞ、マスク・ザ・レッド。ビッグファイア様はそのようなこと、決してお望みにはなりますまい。」
黄金の混沌期の対怪獣・宇宙人対策組織「科学特捜隊」の隊員を思わせるオレンジ色のスーツに身を包み、古代中国の同名を持つ軍師と同じく持った羽扇をはためかせる男、諸葛亮孔明。
「それに、現在の脅威はそれだけではない。あの・・・」
と、孔明の羽扇が翻り、同時に映像が切り替わった。そこに映し出されるのは、戦闘形態の姿となりギガンティックダークネスと戦うロウランの姿。
「屍解仙女ロウラン・・・これもまた同等の、いやある意味ではさらに危険な存在です。」
「その口ぶりでは孔明、お主何か知っているようだな?あの女、一体何者だ?」
と、樊瑞が問う。が、孔明はふふと微笑を漏らすだけで、問いには答えない。
「私に知らないことなどありませんよ。そうであるからこそ万全の策を立てられます。故に私は言います。ここは動くべきでは無い。そもそも、これはいうなれば国際警察機構とバリスタスがこの件を全て受け持ち何とかすると言うことです。我々が手間をかけるまでもなく、彼等が代わりに戦い、戦力を消耗してくれるのですよ。」
「なるほど、むしろ好都合・・・と言うわけか。」
作戦中の「衝撃の」アルベルトを除けば十傑集最後の一人「白昼の残月」が、唇からキセルを離し、顎に白手袋の手を当てて考え込む。目の周りと頭部をすっぽり中華皇帝が被るようなすだれつきの前後に長い帽子で隠しているので、その表情はいささか読みにくい。
「それに、どうも行動中のアルベルトがバリスタスと接触しているとの報告もあります。他方面での軽挙妄動は控えたほうが良いでしょう、な。」
「ふむ・・・分かった。では、こたびの戦いには我等静観方針でゆこう。」
そして結論が出たため、十傑集そしてブラック博士は退出した。
ただ一人残り、なにやら思案顔の諸葛亮孔明。
その心のうちを、誰知ろう。
まさか、

決め台詞である、十傑集を権限で押さえ込む「だまらっしゃい!!これはビッグファイア様の意思である!」がいえなくてつまらなかったと思っていたなどと・・・

誰が想像出来よう・・・



「報告を続けさせていただきます。前回の戦闘においては停泊中だった飛行船グレタ=ガルボが爆沈、遺跡警備に当たっていた一般職員は全滅、「指南」花栄さんが重傷を負われ入院。楊志さんも手傷をおわれましたが、戦闘可能であると本人は主張しておられます。」
「ちぃ・・・」
妻を傷つけられ、戴宗が苦々しげな顔をする。
「風間将人氏と剛氏ですが、全身に火傷を負って入院していますが、近日中には退院できるようです。」
この報告には、僅かに安堵の吐息が皆から漏れた。流石に生機融合体の回復力は伊達ではなかったらしい。
しかし、その中で息も漏らすことが出来ずに石のように固まっている者が一人だけいた。
彼らにその火傷をおわせてしまった、アルフェリッツ=ミリィ本人である。
「滝さんは」
「へへっ、俺ぁ大丈夫だぜ。」
と、末席に加わっていた滝がにやりと笑った。額に包帯を巻いてはいるが、確かに元気そうで私服を着ている。
「パワードスーツはおしゃかになっちまったけどよ、俺自身はぴんぴんしてらぁ。なあに、昔は素手で改造人間とやりあったもんだ、強化装甲服なんぞ無くたって大丈夫だよ。」
言いながら、ミリィのイエローの戦闘服に包まれた肩をぽんぽんと叩く。しかし、ミリィは俯いたままで、その表情は重力に従って垂れた緑柱石色の髪の向こうに隠れてよく見えない。
「あ、あの、リュートさんは一体どうなったんでしょうか。」
流れる重苦しい雰囲気を何とかしようと、ロアが次の話題を示した。呉学人も慌ててそれにうつる。
「は、はい。例の遺跡から現れた古代獣人・・・」
「震星。」
と、突然鷲羽博士が聞いたことも無い単語を呟いた。
「は?」
聞き返す呉学人に、鷲羽は答えた。
「あの獣人の名前。星をも震わす、って意味で震星って言うみたい。遺跡を調べてみたんだけど、今のところ分かったのはそれだけ。あのもう一方のほうがロウランって言うのは、まんぼう君が先に言ってくれたしね。」
星をも震わす、震星。
(震星、か・・・あまり、そんな凄いとか強いとか仰々しいとか、そんなイメージはなかったな。むしろ、とても無邪気で、そうであるせいで苦労しているような・・・)
その名前を口の中で繰り返しながら、ロアは思っていた。
「あの金沙羅という怪獣、いや攻竜騎ですがレーダーに全く映らず、どこへ飛び去ったのかは皆目消息不明です。ただ、リュートさんも自分の意思でついていったようですし、それほど危機的状況ではないだろうと思われます。」
「ええ、リュートさんはしっかりしていますし、大丈夫だとは思います」
そう受け答えしながらも、ロアの表情は心配そうに曇っている。内心と言葉が一致していない証拠だ。実際は心配でたまらないのだろう。
まして、ロアはそれを目の前で見ていて・・・見ているしか出来なかったと、己を責めざるを得ない。
「それよりも問題なのは、むしろ敵の戦闘能力ね。我々がこれほど損害を出したというのに、敵は事実上無傷といってもいいわ。ダークネスも、配下と思しき連中もいくらか手傷を負わせたとはいえ結局一人も倒せなかったし、自己再生能力を持っているからあれくらいの傷すぐ治ってしまうでしょうね。」
そう言う鷲羽だが口調は苦々しげというよりむしろ・・・
「いやあ、流石降臨者の遺産だけあって凄いものね〜。是非サンプルを採取して調べてみたいわ。」
興味深々、といった有様だ。
「鷲羽さん!」
「ちゃん、って言ったでしょ。あたしは興味本位に生きる女なのだ〜。」
にははは、と子供のように鷲羽は笑った。と、その笑顔が不意に吹き消されたように消える。
「しかし、妙よね。巻島顎人は自分を改造して十二神将の力全てを手に入れたっていってたけど、一体どうやってそんなことしたのかしら?」
「どう、と言うと?」
やや思わせぶりな鷲羽の口調に、中条長官が気づいた。相手が望んでいるのであろう合いの手を入れてやる。しかして、鷲羽は懸念を口にした。
「確かに彼は対クロノス・レジスタンス「ゼウスの雷」を率いていたけど、そんな人体改造技術を持っているような組織じゃないのよ。それに資金も大した物ではなかったはずだし、一体どこから・・・」
首をひねる鷲羽。中条長官が、それへの対処へ言明した。
「ふむ、それに関しては村雨君など、こちらもエキスパートを派遣して目下調査中だ。鷲羽博士、むしろ我々が今必要としているのは、対処法だ。どうすればあのギガンティックダークネスと渡り合える?」
中条長官の問いも切実だ。ダークネスの火力は圧倒的な上に、国際警察機構はただでさえ少ない人員を戦力が減少したHUMAに変わって世界中に派遣しているため、ここに投入できる数も限られる。
何らかの作戦が無ければ、とても対処は出来ないだろう。
しかし、鷲羽の答えは。
「そんなものあったら苦労しないわよぉ。魔法じゃないんだから、そんな何でもかんでも頼られても鷲羽ちゃん、困っちゃうな〜。」
酷くつれなく、不真面目で。
「うむ、む・・・そうか。ただ、出来れば研究はしてほしい。何か出来る可能性はあるだろうからな・・・とりあえず、事態が進展するまで、一旦解散。」
と、会議終了を命じる長官の声に、戸惑いが混じった。


そして、そのころ、巻島顎人・・・ギガンティック・ダークネスは、「ゼウスの雷」の中国での活動用のアジトに帰還していた。
「ふん、今帰った。」
「お帰りなさいませ、顎人様。」
彼を出迎えたのは、豪奢な真紅のドレスを身に纏った、褐色の肌の美女だ。長い髪に緑色の瞳、眉間に小さく入れられた薔薇を象ったタトゥーが神秘的なイメージをかもし出している。
「うむ。」
頷くと、ダークネスは殖装を解除し、一瞬改造人間としての、獣神将に近い神像を思わせる姿を見せてから人間・巻島顎人の姿に戻る。
同時に、彼につき従っていた部下達も、古代神官の仮面やガイバーユニットを外した。いずれも巻島と同じく改造を受けているが意志のある瞳や表情はしておらず、洗脳のままに操られる文字通りの手駒であることが分かる。
ただ一人例外は、顎人の傍らに残った、唯一殖装装備をつけていなかった女だ。主人と同じく獣神将に近い姿から、人間の女性・・・黒髪をひっつめた、大人しげで控えめな、悪く言えば地味な女性の姿に戻る。
「どうでした?今度の戦いは?」
嫣然と微笑みかける、薔薇のタトゥーの女。
「ふん、タロンの監察官としての任務か?ご苦労なことだなアンシー。」
と巻島は最初冷笑を浮かべて女をあしらうが、しかしその顔には喜びの表情が生まれる。
「ふふ・・・まあ、悪くは無かったぞ。体の調子は完璧だし、何よりミリィの奴との出会いが巧くいった。心理的な揺さぶりもほぼ完璧だ。」
にやにやと笑みを浮かべる巻島は、傍らの女の微妙な様子に気づかないくらい実際舞い上がっているようだ。
その傍らの少女は、巻島に話しかけようとしているが中々その機会をつかめないように、もたもたと白く細い手を出しかけたり引っ込めたりしている。
「ハン・・・」
と、そこにもう一人、意志を持つものの声が割り込んだ。
「何だ、涼村。」
「今の俺は浅倉だ。浅倉威、何度言えば分かる。」
変にざらざらした、毒蛇が威嚇に立てるような声をした男だ。蛇革のジャンパーがそれを誇張している。
茶色に染めたぼさぼさの長髪の下から、狂気的といっていいほど鋭い眼光がぎらついていた。
「で?」
「ご機嫌なようだが、例の遺跡とやらからものを盗むのは失敗したんじゃないのか?俺を連れて行かないからだ、ハァ!」
嘲笑う浅倉。どうも涼村というのが本当の名らしいが何故、そう名乗るのかはよく分からない。
その嘲笑に、巻島は余裕を持って答える。
「別に構わんさ、今回で大体のめぼしはついた。それに回収だのなんだのちまちましたことが付随しては、お前も思う存分暴れられないだろう?」
「ハハ・・・確かにそうだな。」
「逆に言うと・・・次は思い切り暴れさせてやろう浅倉。静!」
「は、はい!」
ようやく主に呼びかけられた地味な少女は、嬉しそうにその表情をぱっとほころばせた。そうしてみて初めて、この少女がそれなりに美しい顔を持っていることが分かる、普段の彼女はそれだけ控えめな存在だった。
「遺跡から飛び立った金沙羅の位置を割り出せ、タロンの連中の衛星や諜報システムを使って構わん。お前の任務は、あの力の使えなくなった虎女と、ミリィの妹を捕まえることだ。それくらいならお前にも出来るだろう?それと発見と同時に、例の映像を国際警察機構に送りつけておけ。」
「はい、分かりました。必ずや・・・顎人様!」
熱心に答える静。巻島へと向ける視線は、ひたすらに忠実で純粋で、その命令を聞けるのが嬉しくてたまらないと言った様子である。
「俺は・・・誰と戦える?」
と、浅倉も尋ねてくる。その視線は静とは正反対、巻島などどうでもよく戦うこと自体が目的だとありあり語る、狂戦士のそれだ。
「お前に命令など無意味だろう?浅倉。貴様のそういう野獣のような感性を俺は買っているのだ。」
(ミリィには及ばんが、便利な道具としてな。)
内心でそう付け加えながらもそれを毛頭表さず、鷹揚そうな仕草で代わりに別の言葉を言った。
「ミリィは俺の獲物だが、それ以外は好きにして構わん。細かい準備は任せたぞアンシー、俺は少し休む。」
そう最後に薔薇のタトゥーの「タロンの監察官」と呼んだ女に言うと、巻島はアジト奥の自室へと歩いていった。
「顎人様・・・」
見送る静、既に興味など無い様子でそっぽを向いている浅倉。
それら全体を見るアンシーの目は、酷く冷静で、過不足なく状況を把握しているように見えて、何かを見ていないような、実に奇妙なものだった。

「鷲羽さん!」
会議終了後、廊下を足早に歩く鷲羽に、ロアは追いかけながら後ろから声をかけた。
しかし、鷲羽はそれに答えずにつかつかと歩いていく。
「鷲羽さん!」
聞こえてなかったのかと思ってもう一度声をかけるロア。だが、それでも鷲羽は振り向かない。
後ろから見ると束ねられたボリュームのある髪の毛で殆んど体が隠れてしまう鷲羽の背中を見ながら、ロアは考え込み。
「・・・鷲羽、ちゃん?」
「ああ、ロア君。駄目よ〜、私のことはちゃんと「鷲羽ちゃん」って呼んでくれなきゃ。」
それで鷲羽は振り向いた。ちょっと疲れを覚えるロア。
「そっ、そんなことはどうでもいいです!それより、さっきの会議ですけど!」
滅入りそうになる気を奮い立たせて、ロアは叫ぶ。
「何であんな・・・ちゃんと、真面目にやってくださいよ!」
言い募るロアに、不意に鷲羽は妙に疲れたような表情を見せた。
「・・・っ」
それはそれまでの子供みたいな顔とはあまりにも違っていて、思わずロアは息を呑む。
静かになったのを見計らうように、鷲羽は語り始めた。
「辛いわよ・・・それは。あなたも分かっているはず。昔貴方が本当に純粋にHUMAの正義を信じて戦っていたころと比べて、今はどれくらい大変?今の貴方から見ればあのころは子供のように愚かだったのかもしれないけど、今の貴方はどんどんぼろぼろになっていってる。」
とつとつと語る鷲羽。その表情は、本来彼女が重ねてきた年齢が表に出たかのように、深い暗さが澱んで見える。
「私は子供のままでいたくなってしまって、自分の時を止めた。だから分からないのよ・・・何もね。」
そこまで言うと、鷲羽はふらりとまたロアに背中を見せ、歩き出した。
「行わないことが罪ならば、私は罪人かもしれない。でも・・・行いによって生じる罪を、私は見すぎてきたから。」
それを聞いて初めて、鷲羽についてロアは自分が殆んど何も知らない、ということに気がついた。彼女がどのように生きてきたのかも、何を見てきたのかも。
「・・・ごめん・・・なさい。」
口をついて、自然に出る言葉。
それに、不意に鷲羽の足が止まった。
「謝らないでよ。悪いのは、私なんだから。」
何とか、自分で言ったその言葉を推進剤にするように、鷲羽は一旦止めた足を動かし、また歩いて去っていった。

霧を吹き飛ばした風が、ミリィの長く美しい煌きを見せる緑柱石色の髪を舞わせる。
梁山泊は今、珍しく晴れ渡っていた。仙境のごとき立ち込める霧も晴れ、山々の上には紺碧の青空が広がっている。
そんな中、基地のバルコニーに物思いの表情で立つ、妖精の如く美しい不老の少女は一幅の絵になりそうなほど、あまりにも美しい。
「ふん・・・」
しかしミリィの内心は、そのことをむしろ疎ましく思う。
窓ガラスに写る自分の姿。その、彼女の祖先が遺伝子技術で作り出した作り物の美しさ。
ふと、昔「美少女の姿をした怪獣」と言われたことを思い出す。皮肉か、賞賛か、罵りか。そんなことは覚えてはいない、昔はそんな細かいことに頓着する性質ではなかったから。
(あたしは・・・一体、何なんだ?)
そんな漠然とした問いを、ミリィは己に課した。
ロア。
戴宗。
悪の博士。
滝和也。
ロム=ストール。
最初にこの地球に来たとき、そして今再びこの地球に来たとき。今まで受けた様々な言葉が心中に蘇る。
この青き星で戦う人々は、皆強い信念を持っていた。
それに対して、自分には何かあったのだろうか?
(何も、ない・・・)
ガーライルフォースマスターとしての力を持つが故に、戦闘を生業とせざるを得なかった、せいぜいその程度しかない。
故郷であるインファルト王国が幼い時に内乱で滅んでから、妹のリュートと宇宙にたった二人で生きてきたと言ってもいい。インファルト王族の血統から受け継いだ強大な力はあっても、守るべきものなど人であれ領土であれ主義主張であれ、殆んど何も持っていない。
巻島顎人の言葉がしつこく蘇り、心を侵食してくる。

「ふふ・・・そうだ、それだミリィ。今の、そのお前を見たかったんだ、俺は。」

「自分の身を裂かれながらも構わず敵を攻撃し、何もかも一切合財を地獄の業火に叩き込みながら、その行為に堪らない陶酔を、至高の愉悦を、己の存在意義そのものを見出して笑う、この世で最も美しい獣・・・それが見たかったんだよ、俺は。」

「どうだ?その、お前と言う凶暴なまでに美しい獣とやりあって、俺はなおぴんぴんしている。それに比べてみろ、この連中の情けないざまを。こんな弱い連中、お前の周りで生きるには値しない。そう思わないか?」

「俺は今、ここでお前をこのスパイラルギガスマッシャーで吹き飛ばすことが出来る。いくら怪獣並みの体の強度を誇るアルフェリッツ一族とて、これを食らえば助からん。だが、そうしない。つまり俺が勝者で、お前の命を握っていると言うことだ。」

「俺に従えミリィ。ともに来い!思う存分、お前の戦闘種族としての生命を全うさせてやろう!」

「あたしは・・・・」
思わず、口にでかかる呟き。と、返ってくるはずも無い答えが返ってきた。
(全く、情けないったらありゃしないねえ。)
「!?」
それは、声ではない。幻聴ともまた違う。自分の内側から沸きあがってくるような。
「だれ・・・だ・・・」
(あたしだよ。)
「!?」
窓ガラスに映った、ミリィの顔がこちらを見て笑っている。ミリィ自身が浮かべていない、一度もしたことの無い、爛れたようなニヤニヤ笑いを浮かべて。
「お前・・・誰だ・・・?」
(馬鹿らしい。あたしはあたしだ。それ以外のなんだって言うんだ?それよりもだ。何だ、そのしみったれた面は。情けなすぎるぜ)
荒っぽい口調で硝子の中のもう一人のミリィは言うと、じろりとミリィを睨みつけた。
(みみっちぃ戦い方しやがって、あげくにそれをたかが強化外骨格着ただけの人間の指摘されるたあ、あんたそれでも現役最強のガーライルフォースマスターなのかい?)
「ふ、ふざけるな!何だお前は!あたしは、もう無茶苦茶な戦い方はしない!この間はつい失敗してしまったけど・・・」
(でも、楽しかったろ?)
「!?」
にいいい、ともう一人のミリィの笑顔が、どんどん暗く深くなる。
(楽しかったじゃないか。戦場の人が燃える煙が香ばしくて、爆音がどんな音楽なんかより心地よく体を震わせてよぉ。プラズマの光がきらきら綺麗で・・・そして何より命がかかってるのがたまらねえ。人の命を喰らうあの味、自分の体を貫く痛みがいいスパイスで、凄く楽しかったじゃねえか)
「何がっ、あたしはそんな・・・」
(あんなに楽しそうに笑ってたくせに、今更何上品ぶってるのよ。あたし達インファルト五大王家はみぃんな心底の戦好きじゃないか。降臨者を追い払ってからもこの宇宙いっぱいに戦いを続けて、殺しあって、しまいに数が減って一つの星に住んで外界との接触を絶ってからも互いに戦ってたじゃないか。)
反論をもう一人のミリィに絡めとられ、口を噤むミリィ。それを見るもう一人の笑いが、不意に媚を・・・酷く淫猥な、性的な媚を含んだものに変わった。
(戦いの中にこそ最高の快楽を覚える繁殖型生物兵器、結局それがあたしたちの本質さ。あんな餓鬼どもに何吹き込まれても、こうして本質はちゃんと出てくる。)
「だ、まれ・・・」
(あんな反吐が出るような馬鹿どもと比べれば、顎人の奴のほうがまだましだろうな。あっちについたほうが、面白おかしく生きられるぜ。下らない悩みも何もかも、戦いの快楽に比べたら屑みたいなもんだろう。それにロアより顎人の方がいい男だ。)
「う、うるさい・・・」
(顔が赤いぜ?何想像してるんだ?馬鹿。あははは、まあ生物兵器の本分、戦闘と繁殖は切っても切れないけどな。なあ・・・)
「煩い黙れ!」

ガシャン!

闇雲に振り回されたミリィの拳が、自分の姿を映していた硝子を砕く。気がつけば「もう一人」からの語りかけはもう無く、自分の荒くなった息だけが空しく響いていた。
「・・くそ・・・」
まだ耳の奥に残るようなあの忌まわしい声を振り払うように、頭を左右にぶんぶんとミリィは振った。
「・・・・」
そして、周囲に誰もいないという事実に、酷く違和感を覚える。
何かが足りない。空気のように当たり前のはずで、体の一部のように重要な何かが。
「ああ、リュートは・・・」
それが妹がいないことだと気づくのに、暫く、自分でも馬鹿らしいと思うほど時間がかかった。
そして、たったそれだけの喪失が、自分の中で随分と大きいことに気づく。
しかしそれに気づいたにも関わらず、やはり空虚な感覚は収まらない。
「くそ・・・」
なんとなくそわそわと周囲を見回す。そして気づいた。ロアに、滝。今の彼女には他にも仲間と言えるような、いや家族にも近い存在がいる、いや、いちゃ、今はいない。同じ基地にいて同じ相手と戦っているが、ミリィにはいないも同然だった。
滝は、自分が殺しかけてしまった。幸い強化装甲服が頑丈だったおかげで命は助かり、会議にも出ていたが。
ミリィにははっきり分かった。明らかに滝は無理をしている。戦場で培った耳と目は、滝の気遣いからくる嘘を見抜いていた。肋骨が数本折れて、他にも全身に打撲を負っている。
だから、気まずすぎてあの場所にはいられなかった。それが滝の優しさだと知っていても、その優しさが重荷だった。
それはロアも同じことだ。ロアは、信じてくれていた。自分のことを無条件に信じてくれていた。もう無茶苦茶な戦いはしないと。
それを裏切ってしまった。戦いの中でミリィの意志はあまりにも脆く、結局再び破壊を引き起こした。それでどの面下げてロアに会えというのだ。
だからこうして一人になったのに、一人になった途端寂しさが身にしみるとは、なんと意志薄弱で浅ましいことか。
ましてや戦場でも意志薄弱な自分だ、こうして日常の中でも、本当に彼らを仲間としてみているのかと・・・生物兵器が本能で、繁殖相手として値踏みしているだけではないのかと、そんな疑惑さえ己の中に生まれてくる。
自分と言う基準が信用できなくなり、まるで方位磁針も地図も無くしたように、ミリィの思考は堂々巡りをしていた。

と。
「あの、ミリィさん・・・です、よね?」
不意に声がかけられた。
「誰だ!?」
「きゃう!?ごめんなさい〜!」
思わず語気鋭く誰何するミリィに、背後にいた人影は驚いたあまり尻餅をつくと頭を抱えてしまった。
「あ・・・ええと・・・・」
そこにいたのは、銀色のぼさぼさしたロングヘアの女の子だ。外見年齢はミリィと同じくらいに見えるが、少女というよりは女の子といったほうがいいような気がする、不思議な透明感と無邪気さがある。
しかし、彼女は・・・ロウランは、おそらく遺跡に封印されていた存在、あのダークネスと戦い重慶市をクレーターへと変えてしまった存在なのだ。協力者であるバリスタス大幹部まんぼうが彼女の保護を主張し、何かしたらBF団と手を組んで国際警察機構を叩き潰すと脅しをかけたため、一応基地内での自由は保障されているようだが。
「ロウラン・・・えと、何のようだ?あたしは確かにミリィだ、用が、あるのか?」
出来るだけ、柔らかくミリィはロウランに問いかけた。日ごろ彼女の言葉遣いのぶっきらぼうさをたしなめる妹がいないので、自分で気をつけようと思いながら。
「あの、その・・・」
だが、ロウランはもじもじと視線を左右にそらし、中々返事をしない。
「ええと、私、あの・・・でも、それ、あの・・・」
「ああもう、まだるっこしいな!!」
「きゃわ〜〜っ!」
ただでさえ苦悩しているところに彼女が嫌いな煮え切らない態度を見せられ、思わず怒鳴ってしまうミリィ。
びっくりしたのかロウランはしゃがんだ姿勢からいきなり立ち上がろうとして後ろ向けにすっ転ぶと、ばたばたと手足を無駄に大きく動かして逃げ出した。
「まんぼう〜〜!」
「まぼ。」
半泣きになりながら、まんぼうの白くて丸い体の後ろに隠れてすがりつくロウラン。
「って、ええ!?」
たった今までそこには誰もいなかったはずなのに、いつのまにかそこにいるまんぼうに目を丸くするミリィ。
そんな相手の反応に慣れているのか、まんぼうはふにゃっとしたいつもの笑みを浮かべた。
「まあまあ、そう気にしないでほしいまぼ。ミリィちゃん、でもそうつんつんしないほうがいいまぼ、まぼの用にまろやかになるといいまぼ。このように。」
と、口の中からにゅもっという独特な効果音とともに一枚のフリップを取り出すまんぼう。そこにはまんぼうそっくりのぬいぐるみに身を包んで、口の部分から顔を出したミリィの絵が書いてある。正確にはぬいぐるみというよりは着ぐるみか。
いや。
よく見るとその横には、アルフェリッツ=ミリィ改造強化計画とか書いてある。
「この姿になれば・・・」
「なるかぁぁぁぁっ!!!」
思わずまんぼうの顔面に拳を叩き込むミリィ。
「まぼ〜〜〜〜〜〜〜!」
空気穴の開いた護謨風船みたいにぷしゅしゅしゅ・・・と気の抜けた音を立てて飛んでいくまんぼう。
ひとしきり周囲を飛び回った後、まんぼうは元の場所に戻ってきて、空気が抜けた風船そのものにへちゃりと地面に広がった。
「ふ、膨らましてまぼ・・・」
「あわわっ、まんぼ〜う!」
慌ててロウランが、どっから取り出したのか自転車用の空気入れをまんぼうの唇に差込み、しゅこしゅこと空気を入れ始める
「な・・・な・・・」
むくむくと膨れ上がっていくまんぼうを、ミリィは唖然と口をあけてみていた。
「さて。」
きゅぽ、と口から空気入れを外し、まんぼうは口を開いた。
「堪能したまぼか?」
「するかっ」
つっこみを入れるミリィに、まんぼうはまた笑う。
「うん、元気になったまぼね。」
「あ。」
それでようやくまんぼうの意図を理解し、ミリィは僅かに微笑んだ。
「まぼは戦闘よりもギャグのほうが得意・・・というかなんというか・・・まあいいまぼ、ロウラン、話は?」
「あ、はい。あの、ミリィさん、私ミリィさんに謝りたくて・・・」
「え、何でだ?」
まんぼうの活躍?で緩んだ空気のおかげで、ようやく会話が始まった。
ロウランの意外な言葉に、ミリィは首をかしげる。
「だって、私、貴方のことも・・・」
言いかけて口ごもるロウランだが、言いたいことはミリィにも理解できた。
あの時戦闘に乱入したロウランの狙いは、ダークネスばかりではない。たまたまダークネスが応戦したからそちらにより積極的に攻撃しただけで、彼女は明らかにミリィも攻撃の対象にしていたのだ。
「あたしはどうだっていいよ。それよりあんたが気にするべきなのは、ダークネスと一緒になってふっ飛ばした重慶市のほうじゃないのか。」
「あっ・・・」
ミリィのやや苛立った声に、ロウランはびくりと身をすくめる。
「私、戦いたくない、戦う気なんて無かった。でも、誰かが命令するんです。戦えって、異界の力を振るう鬼を、生かしておくなって・・・人間ではないものは、全て滅ぼせって・・・」
ロウランの呟き。
ミリィはそれに、ふとさっきまでの自分との類似を感じていた。彼女のそれと、自分のガーライルフォースマスターとしての戦闘本能、ある意味同類といってもいいだろう。
ミリィが普段どおりの判断力・推理力を保っていればそこからロウランの正体に迫ることも出来ただろうが、今の精神状況でかえって、そんな同じ穴の狢である自分を蔑むだけだった。
傍らのまんぼうはその言葉を正しく捉えてはいたが、こっちはこっちでそれどころではない。
「あ、あの・・・」
この二人にこのまま会話させていては際限なく泥沼に落ち込むだけだ、そう判断したまんぼうは会話に割り込もうとするが、うまく出来ない。
まんぼうの特殊能力の一つである「喜劇空間」も、もう機能していないようだ。
「まんぼう?」
と、ロウランがようやく反応してくれた。
「まぼ。ロウラン、今言ったのは本当まぼ?」
「う、うん。」
さしあたって推理の確認もかねて一旦ロウランをミリィから引き離すことにしたまんぼう。それはうまくいき、ロウランはまんぼうとの会話に乗ってくる。
(まぼ・・・だとするとひょっとしたら・・・ロウランの正体は・・・)
まんぼうの、見てくれからは想像できない、バリスタス大幹部に名を連ねる科学者としての思考が高速展開する。
「だけどよ・・・それが本当でも、罪が消えるわけじゃないぜ。あたしもそう、だけどな。」
そこにふっ、とミリィの自嘲混じりの声が割り込んできた。普段の彼女からは予想できない行動だったため、まんぼうは対処し損ねる。
「あっ、う・・・」
普段、ミリィはこうしつこく拘泥する性格ではない。だが、ロウランの印象が、何故か彼女を駆り立てていた。
それはある意味、己への怒りだったのかもしれない。あまりにも無垢に力を振るうロウランは、ある意味では彼女のネガ像とでも呼ぶべき姿だったから。
「でも、可能性がある」
「え?」
まんぼうが、不意にそれまでのいかにもマスコットキャラな声と違う、人間の少年らしい声を出したように聞こえた。
驚くミリィ。むくむくして丸っこく柔らかいまんぼう。その姿自体は変わっていないが、雰囲気が・・・気迫とでも言うべきものが様変わりしているように感じる。
「力を握るものは、絶望しちゃいけない。下や横を向いていたら、それこそ力はどこへ行くか分からないよ。」
プラスチックの瞳、それ以上にその奥にある意志か。それが、ミリィを見据えていた。
「そして、力を使わないことによって出る犠牲もある。・・・これは、人のこと言えないかも知れないけど。」
「くそ・・・」
そう付け加えたとき、僅かにまんぼうの気が鈍った。まるでその隙をつくように苦々しく呟き、ミリィはロウランとまんぼうから顔を背ける。
今更また、妹リュートの不在が孤独としてミリィには悔やまれた。



そのころ、リュート、そしてそれを運ぶ金沙羅は、とある山中へと降り立っていた。
最初滅茶苦茶に飛び回った金沙羅のせいで、方向感覚がさっぱり働かなくなるのにそう時間はかからなかった。しかし、このまま闇雲に飛び回っていても何にもならない。
そこでリュートはいちかばちか、金沙羅との交信を試みたのだ。
獣鬼兵も攻竜騎も、基本的に主人の命令にだけ従う。さりとて主が気絶していて、しかも手当てをしなければ命が危ない状況ではどうしようもなく、リュートが試みるしかなかった。
「停まって、地上に降りて!貴方の主人が危ないんですよ!このままじゃ死んでしまうかもしれません!早く、手当てしないと!」
そして時間がかかったが、何とかその意志を汲み取ってもらうことに成功した。これはリュートが高位の召喚士系であったこともあるが、この金沙羅が相当優秀な攻竜騎であることをも示していた。
「さ、降ろして。いい子だから」
着地した金沙羅から、金沙羅が腕を地面に近づける前に飛び降りると、金沙羅の腕が差し出す、金色の女を抱きとめた。リュートはまだ、彼女の名がなんと言うのか知らない。
しかし、今何をしなければいけないかは分かっていた。
近くの洞窟に女の体を背負って運び込み、小型ランプをつけてから宇宙傭兵になってから持ち歩くようになった簡易の医療パックを取り出す。そして改めて傷を確認し、そして唸った。
「これは・・・」
かなり酷い。仮面神官やガイバーたちに一斉に攻撃を受けたのだから当然だが、それにしても。いくつもの裂傷と熱傷、出血も多い。
しかし、リュートは出来るだけの冷静を保ちながら正確に対処する。見た目は中学生ほどにしか見えないが彼女とて年齢二百歳を超えるプロの戦士、傷口や血なら前線戦闘が主たる姉のリュートほどではないがそれなりに慣れている。
と、引き締まった腹部についた有袋類じみた袋の中に、何か入っていることに気づいた。取り出してみると、金沙羅やこの女と同じ、金色の毛玉。小さいが数はあり、十よりも多いかもしれないがそれには今構っていられない。
傷口を消毒用のアルコールで洗い、傷口で胃腸など消化器官に達しているものが無いのを念のため確認した後、痛みにしかめられた口元に抗生物質の錠剤を・・・
僅かに逡巡した後、口移して飲ませた。
「何考えてるんですか、私。これはあくまで治療ですよ。」
思わず赤くなってしまった頬をぴたっとリュートは叩いた。同性であるが故にかえって変な意識を持ってしまったのだろうか。ともかく針と糸を傷口と同じように手早く消毒し、医師顔負けの手さばきで傷口を縫い合わせていく。火傷の周りの毛を整え、薬を塗り、傷口とあわせて包帯を巻く。
「えっ?」
「うぅぅ・・・」
と、その手が掴まれた。見ると、虎の女が無意識に伸ばした腕が、傷口に巻いた包帯を確かめるように触れるリュートの手を握っていた。
その握力は酷く弱々しくて、そして、意識が無い状態で人の手を掴む、それが彼女の遭ったことを思うと、何だか痛ましくて。
少し悲しくも、微笑みながらリュートはその手を握り返すのだった。

「いつつっ・・・」
「もう、無茶をして・・・」
奇しくも同じころ、滝もこっそり医務室に入って、治療を受けていた。
当のミリィには既にばれていたのだが、やはり結構怪我が酷いのである。治療しようにも前回の戦いで病室は既に満杯の有様で医者も出払っており、仕方なく銀鈴が手当てを行っていた。
「なあに、この程度無茶のうちには入んないよ。本郷が相棒のころだってこれくらい日常茶飯事だったぜ。」
「さりげなく不幸な人生送ってるなおめえ・・・」
胸を張る滝と対照的に、たまたま医務室に来ていた鉄牛が呆れ顔をする。
しかしその呆れ顔を見ても、滝の心に変化はなかった。
「別に、振り回されて不幸だなんて思っちゃいねえよ、好きでやってるんだ。人間、こうどうしても放っといておけない奴ってのがいるもんだ。」
言いながら、ふと滝は本郷のことを思い出していた。
本当に久しく会っていない、相棒。一体今どうして、そして昔のままの姿の自分が現れたらどう思うだろうか。
会いたいような、それでいて何か嫌な予感がする。

「はぁ・・・」
と、そこにため息をつきながらロアが入ってきた。
「ん、ロアじゃねえか。どうした?」
「いえ・・・僕って無力だな、って思って。」
いつもと比べると随分力の無いロアの様子に、滝が首をかしげる。
答えながらロアは椅子に座ると、背もたれに寄りかかった。
「無力を恥じるのではなく、それを目標とするべきだ・・・と思うぞ。」
「あ、剛さん。」
そこに風間剛・・・ガイファードも話に入ってきた。まだ回復しきっていないので、ベッドの上からだが。
アドバイスを受けるロアだが、
「いえ、そういう訓練とかでどうにかなる、物理的なこととかじゃないんですけどね。」
「ミリィのことか?」
と、滝が察するが、ロアはため息をついた。
「ミリィさんも心配だし、リュートさんもどうなったのか気になるし、鷲羽さんも何かあるみたいだし、敵は強いし、滝さんも風間さんたちも怪我しちゃったし、僕って一体何が出来るんだろうって・・・」
「そりゃまた、大変だな。」
ぶつぶつ呟くロアに、またも呆れ顔をする鉄牛。
「まあ、そう気負いすぎるなってロア。そんなに何でも背負おうとしたら、潰れちまうぜ?」
「そうは言っても・・・」
「滝さんの言うとおりだと思うぞ。」
重く深刻な表情のロアに、滝と剛が二人で言う。年長者二人の言葉に反応してロアも少しは顔をほころばせるが。
「しかし、実際今のあいつは・・・」
と、剛はふと考え込むような、思い出すような表情をした。
「あいつ・・・って、ミリィさんですか?ミリィさんが何か?」
「ああ。」
頷く剛の表情は、ロアに結局負けず劣らずと深刻そうだ。
なんだかんだといっても、他人のことを背負い込んでしまう、それがある意味ヒーローの資質なのかも知れない。
「お前・・・滝さんも、超光戦士って知っていますか?」
「超・・・いえ、知りませんが・・・」
ロアは首をひねるが、そのロアの言葉が滝の記憶を揺り動かした。
「俺も、いや待てよ。どこかで聞いたような・・・思い出した。俺が旧HUMAの動向を探っていたころ、進入したコンピューターのデータにそんなのがあった。たしか、」
「人造ウルトラマン計画・・・では?」
滝の記憶検索に、剛が助け舟を出す。その一言が滝の記憶を再び刺激し、スムーズに呼び出させる。
「おお、それだ、それ。名前からしてとんでもないものだから調べようとしたんだけど、データが抹消されていてな。・・・で、そいつがどうしたんだ?」
ウルトラマン・・・「光の巨人」。
その尊号の通り光子で構成された不滅に最も近い肉体を持つ巨人。かつて銀河の秩序を維持し、正義の象徴とまで謡われながら、地球で言う「黄金の混沌」期の終結とほぼ時を同じくして銀河系宇宙から姿を消した、謎の存在。
それを再現しようなどと言うとてつもない計画、銀河中央でも行われてはいなかった。
「光子で肉体を再構成し、原理的にはウルトラマンと同一の、不滅の力を持つヒーローを作成する計画。その唯一の成功例である「超光戦士シャンゼリオン」・・・そいつは、涼村暁って言うんだけど、俺とHUMA加入が同期だったんだ。」

とつとつと、剛は語り始めた。

あいつは・・・あいつがシャンゼリオンになったのは最初はほんの偶然からだったんだ。宗方博士っていう前のHUMA技術総監・・・マモンや列破なんかとは比べものにならない天才で人格高潔な人だったが・・・その人が作った光結晶体「クリスタルパワー」の移送中の事故、それであいつはシャンゼリオンになった。
最初はあいつ、すっごく喜んでたんだ。これで俺もスーパーヒーローだぜっ、て。ほんと、能天気で明るくて、真面目に戦ってたこっちまで笑いにつりこんじまうような奴でさ。
シャンゼリオンは当時地上に現れていた下位次元生命・闇生物ダークザイドとの戦いに投入された。流石に人造ウルトラマンとして作られただけあって、ど素人の暁でも連戦連勝、向かうところ敵なしだったんだ。でも・・・
自分達の住む世界を失ってやむなくこの世界に表れたダークザイドを狩り続け、殺し続ける日々に、あいつの精神は、もたなかった・・・
特に、あいつが初めて好きになった女の正体がダークザイドで、そいつを殺さざるを得なかったときから、酷くなって・・・あいつの人格は段々殺戮を好む残酷なものへと変貌し続けた。それが「適応」や「慣れ」だったなんて、俺は認めたくない。とにかくあいつ、どんどんおかしくなっていって、それでもまだかすかに本当のあいつの、優しくて呑気で明るい元の性格を残してて・・・

そして、その二つの性格のバランスが崩れて、ダークザイドの「根絶」が宣言された朝、あいつはどこかへ消えた。
前日の夜、飲めない酒を飲もうって俺に言ってきて、俺はあいつが潰れちまうまで付き合ったんだけど、あの時のあいつの顔は一生忘れられない・・・
「頼む、 俺を一人にしないでくれ・・・一緒にいてくれよ・・・な?誰かが側にいてくれないとヤなんだよ・・・・・・でも、俺はお前も、殺すかもしれない、それでも一人は嫌で、戦うのが段々好きになってきて、ああ、俺、何を言ってるんだろう・・・」
そう言っていた、あいつの顔は。

「そして、今のミリィの顔は、あの表情は・・・失踪する前日の暁の顔に、似てるんだ。」
重苦しく染まる、病室の空気。
「確かに・・・ミリィさん、今どん底だと思うんです。その上、リュートさんともはぐれてしまって。僕も昔、妹をなくしてるから辛いんだって凄く分かる。でも、どうしたらいいかが分からなくて、こうして悩んでいる間ミリィさんを一人にしてしまっていることも分かるけど、それでもどうしても今ミリィさんのそばに行く自信が無くて・・・」
ロアなど特に酷く、その重さに押し潰されたかのように俯いてしまっている。その空気を感じ取って剛は慌てるが、中々取り返しのつくものではない。
と、澱んだ空気に割り込み、風を入れるものが一人。
「ふむ。他者を救うヒーローは、救われることは無い。ヒーローは一つの正義であるが故に、絶対の孤独者でもある。・・・今回のとは微妙に異なる気もするが、ようはそう言うことだろう?」
「あ、師匠」
病室の扉横に、いつの間にか紫の胴着を着た男が立っていた。銀色のお下げ髪に口ひげ、蠍師匠の人間形態である。
風間剛は以前アドバイスを受けて以来、彼のことを怪人蠍師匠ではなく「師匠」と呼ぶようにしているようだ。
「なるほど・・・確かに、そういえないこともねえような気がするな・・・」
蠍師匠の言葉に、滝は渋面を作って腕を組む、という反応をした。彼自身思い当たる節が会ったのだ。
昔の彼の相棒、本郷猛。彼は最初の「仮面ライダー」であり、長いこと孤独の中で戦ってきた。いつも寂しそうな顔をしており、滝や一文字、そしてZXまでの何人もの後輩が出来ても、その寂しさは消えることは遂に無く、HUMAが結成されてもそれと交流することは無かった。
同じ類の寂しさは、きっと他のヒーローたちも感じているのだろう。
「でっ、でも。そんなのってないと思います。皆のために戦う人が不幸だなんて、そんな・・・」
その言葉に、ロアは拒否感を抱く。
「そうであること」ではなく「あるべきこと」を選択しようとする、ロアはそういうタイプだった。それはある意味常の研鑽と労働と戦いを強いられる、不幸な性格なのかもしれない。
だが、そういう者がいない限り歴史は作られることは無く、何かが変わり、その結果誰かが救われることも無い。ある意味では、まさにヒーローとしての素質、でもあった。
「うむ。ロア。そうだ、確かにそうだな。」
それに気づいたように、深い声が納得の頷きを示す。
「あ、将人さん。」
声の主は風間将人=デスファードだ。それまで会話に加わらずにじっと話の推移を聞いていた彼が、重い口を開く。
「ならば、何をするか?ロア。」
「あっ・・・」
その、短い言葉で。ロアは全てに気がついた。何かをなしたいのならば、現状を悔やみ嘆き悩む、そんなことは意味が無いのだ。
なさんとする、その心を持て行動する。
ロアの悟りを感じ取り、将人はにっとごつい顔を綻ばせた。
「兄貴・・・!」
「応。」
その意味は周囲にも伝わったらしい。
まず剛が同じく明るくなった表情で、兄を見つめ。
「へっ、そうだな。まずは何かしなきゃな・・・」
滝が笑い、軽く鼻の頭をこすり立ち上がった。
「よし・・・やってみるか!」
そして、何かを思いついたのか、病室を飛び出した。
「あ、滝さん!待って!」
とそれを追って慌てて外に出ようとするロア。
「ちょっと待ってくれロア君。ミリィに伝えて欲しい言葉がある。多分、彼女の役に立つはずだ。」
「何ですか?」
と、剛がふと思いついたように声をかけた。戸口で止まり待つロアに、僅かに兄・将人に微笑んだあと告げる。
「『過ちを悔いるのに遅すぎるということは無い』・・・それだけだ。」
「はいっ!」
かつて兄が言った、その言葉を。
(行わないことが罪ならば、私は罪人かもしれない。でも・・・行いによって生じる罪を、私は見すぎてきたから。)
鷲羽は、そう言ったが、それでも、それでも。

そして、梁山泊に映像通信が入った。
いまや世界制覇をもくろむ組織となった「ゼウスの雷」の支配者、巻島顎人・・・ギガンティック・ダークネスからの。
「俺だ。名乗る必要はあるまい。用件を伝える。」
酷く、簡素な。
「俺の力は知っているだろう?次に俺は上海市に行く。お前たちも来い、そこで俺と戦うのだ。ただ条件を一つつける。アルフェリッツ=ミリィを出撃させ、俺と戦わせろ。これを呑まないのならば、上海市を消滅させる。スパイラルギガスマッシャーの破壊力を持ってすれば、簡単なことだ。」
そして、酷く異常な。

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