秘密結社バリスタス第二部大陸編第二話 まんぼう

「う、撃て、撃てぇ〜〜〜っ!」
中国語の響きが、夜の港の空気に甲高く引きつる。
理不尽な存在に出会えば、まあこうなるだろうという狼狽の声だ。
激しいマズルフラッシュとともに、中古品のトカレフやAK74から放たれる銃弾。やかましい音が停泊した船の甲板上に満ちる。
ここは、いわゆる中国系の一般犯罪組織のアジトだ。抗争真っ最中の。
普通ならばここで銃弾に貫かれた人間の悲鳴や苦悶や、そういった声が聞こえるはず。
だが。

ぷよん、ぽよん、ぱよん。

聞こえてくるのは、そんな冗談か、子供向け漫画アニメの効果音そのものな響きだ。
銃弾は、相手の皮膚の表面でそんな間抜けな音を立てて、ゴムに弾かれる石ころかなんかのように跳ね返り、勢いを失って落ちる。
「な、なんじゃ〜〜〜〜!?」
もうわけがわからんと言った様子で頭をかきむしる、銃を持った男達。

ぴょこん、たぷん、ぴょこん、たぷん。

そして、影の中から、ゆっくりと・・・なんか変だけどかわいい音を立てて跳ね出てくる、銃弾を弾き返す・・・

まんぼうのぬいぐるみ。
としか言いようの無いそれは、一応世界征服を狙う悪の秘密結社バリスタスの大幹部、なのだが。
「か、可愛いかも・・・」
「馬鹿言うとる場合か!撃て撃て!」
またひとしきり銃弾の雨が降り注ぐが、絶妙に柔らかいまんぼうの肌の上でぽよぽよ跳ね返るだけで、何の効果も無い。
真っ黒な瞳を僅かな月光できらきらさせ、

ぱく。
一口に、手じかにいた中国人を一人丸呑みした。
「ひ、ひいいいいっ!?!?」
その「捕食」光景に、怯える周囲の連中。
が。
「むにゅむにゅむにゅ・・・・・」
「う、うは、うひゃひゃ、助けてくれ〜〜〜〜〜!」
・・・
次に目にしたのは、彼らの想像とは大分違う光景だった。
飲み込まれた奴はまんぼうのたらこ唇から顔だけ出した状態となり、まんぼうが口をもごもご動かすたびに笑い転げている。
早い話が、まんぼうの口の中で全身をくすぐられている、そんな状況だ。
暫くして、笑いつかれて相手が動けなくなったところでまんぼうはそいつを開放した。
「安心するまぼ。別に殺すわけじゃないまぼし。ただ、ちょっと大人しくなってもらうだけまぼ。」
と、いうと。
ぽてててててててて・・・・・
他の奴を捕まえるために走り出した。体の下に向けて伸びた尾びれ一本で立っている不安定な姿勢で、普通の人間でいうところの片足けんけんにも関わらず驚くほど早い。
「わ〜〜〜〜〜っ!!?」
必死に逃げるチャイニーズマフィア。追うまんぼうのぬいぐるみ。
なんとも珍妙な光景が月明かりの下で繰り広げられた。

「さあ、歩く歩く!」
家電製品や家具を模した頭にマント、膝まで来るロングブーツ、全身を覆うボディスーツという奇妙な姿の改造人間・・・仮面怪人の一団に護送されて、チャイニーズマフィア達は護送されていった。
全員、まんぼうの涎でべとべとである。中にはどう考えても身長1メートル程度のまんぼうには飲み込めるはずも無い長身のものもいるのだが、委細構わず全身唾液まみれに嘗め回されている。
これが、まんぼうの能力。・・・というわけではない。まんぼうの小さな体に秘められた桁外れの力の、極めて無駄の多い発露の一形態だ。
まんぼうの体は、ぬいぐるみである。いや、見掛けだけではない。本当の意味で、おなかを裂いても中までふわふわなウレタンやパンヤが詰まっているし、皮膚だって布切れ、目玉は少し精巧なつくりだが、プラスチックの球体だ。
本当の意味での彼の本質は、次元の歪みだ。空間の歪みをプログラム言語として刻まれた意識・・・それがぬいぐるみに憑依して操っている、というのが本性である。しかし、こんな無茶苦茶な存在でも改造人間といえば改造人間だった。悪の博士の弟を名乗るとおり、元々は人間だったのだから。
その次元湾曲の操作、それこそがまんぼうの改造人間としての力。体内に無限に等しいほどの空間を作り出したり、超長距離瞬間移動、次元断裂形成による物質吸引消滅など、その能力は桁外れだ。だが、存在としては相当変質していても、精神は人間そのものである。
「やれやれ、今回はお笑いですんだみたいマボ。」
笑いまくって脇腹の筋肉を極限まで消耗し、よろよろと歩くチャイニーズマフィアの皆さんを見ながら、まんぼうは厚いたらこ唇を歪めふっとため息をついた。
まんぼうは、殺しは嫌だった。おおよそ子供っぽい人格の悪党というものは大抵サイコ入ってて子供が羽虫の羽をもぐように無邪気に殺戮行動に走ったりするものだが、まんぼうは全然そうではなかった。
子供は命というものの範囲をよく知らんから、ああいうことをする。本当に狂っていない限り、はっきり命だと認識できる人間や哺乳類など大きめの動物を殺すなんてことはない。
そしてまんぼうは別段子供でもないので、命が何だかくらいはっきり分かっている。だから、殺しを行うのは嫌だった。故に次元湾曲能力も、限定的な因果律干渉により、周囲の人間に訳もなく一種の幸運と、全体としてオチが突くのが予定されている物語のような安全性を与える、「喜劇空間」の維持に力のほとんどを行使していた。この力によりマンボウの周囲は、まるでギャグ漫画のような事態が次々と起こり、血みどろの闘争とならないようになる。
以前怒りのあまりシーファイター基地で片っ端からその場にいたHUMAの人間を食い殺してしまってから、ますますその思いは強くなっていた。
世界征服が仕事なのだ。世界人類皆殺しではない。彼らだって、別になりたくてこんな仕事についたわけでもないだろう。とりあえず収監ののち更生してもらい仕事を斡旋するか、表社会に行き場所の無い人はバリスタスの後方任務で働いてもらおう。
しかし、世間には自分の利益と快楽のために犯罪者になるものもいる、それをはっきり知っているまんぼうはこれでよかったのか迷う。
絶対に揺るがぬ狂的なまでに堅牢な精神で全てを踏み越え突き進む、凶暴残虐な兄と違いこの弟は柔らかかった。様々な意味で。

外見的にはむちむちふわふわぷにぷにのぬいぐるみが、斜めにかしがっているだけだが。この体、いささか表情を表しにくい。

「ふむ、どうやら回収作業は終わったようじゃの。」
「まぼ。」
と、悪の博士怪人軍団でも最強クラスの格闘能力を持つ改造人間「蠍師匠」が、まんぼうのすぐ横で言った。
普通の人間相手なら例え銃で武装していても変身する必要も無いので、人間形態のままだ。逞しい口ひげ、長い銀のお下げ髪が夜風に揺れる。
「これで、与謝野組との約束も果たしたまぼねぇ。」
まんぼうは回想する。

日本出立前。
まんぼうは、日本最大級の広域暴力団・与謝野会の会長と会っていた。
白い塀に、控えめな門。小さく名前だけが書かれた看板は、それが宣伝などする必要も無い存在・・・一流の料亭であることを教えている。
磨き抜かれた廊下、しゃきっとした気配を静かに立ち上らせる、畳と床の間。見事に整備された日本庭園に、鹿脅しがかすかに響く。
そんな部屋に、白髪を総髪に撫でつけ、綺麗に整えられた口ひげを生やした、老いて尚盛んといった印象のある老人と、そしてもう一人。浅葱色に椛を散らした模様の着物を着た女。身長はおおよそ160センチほどか、着物の上からでも分かるプロポーションは突出して豊満なのとは違うが、胸の膨らみ腰の括れ、顎から首から咽喉から肩から正座した足先に至るまで、すべてのバランスが神がかり的に絶妙。結果、彼女は人としての限界と言えるほどに美しかった。
目鼻立ちもくっきりしていながら鋭くなく、むしろ春の幾重にも霞む桜並木のような優しさ。
そこに、ぽてんとぬいぐるみのまんぼう。なんというか、果てしなくアンバランス。
だが、真剣な口調で与謝野会長は口を開いた。
「まずは、ご足労願われたことに感謝を・・・。」
「まぼぉ、侠道とはいえ卿は礼儀はなしでいこうまぼよ。知らない仲でもないまぼに。」
対してまんぼうはつきたての餅のように柔らかい体を座布団の上にうまく座れないでもたもたしながら、そう言うとにっこり笑った。
和服の女性も釣り込まれたようにくすりと笑う。
「そうですわね・・・そうしましょう。でも久しぶりなんだから挨拶させてね、まんぼうちゃん。」
そう言うと、その細く形のいい指で軽くまんぼうの柔らかい咽喉元をくすぐった。まんぼうは何だか猫みたいな仕草でうにうにそれに答える。
これには与謝野会長も一本とられたという風に面白そうに笑う。
「ほっ、ほっ、そうじゃの、まんぼう君や。では一つ、ざっくばらんに話をしようか、の。」
笑っていた老人の目に、再び鋭さが宿る。その目付きは「暴力団」という言い方よりはやはり「侠客」のほうがはっきり合っている。
もともとやくざ、侠客とは日常の外の存在。闇の受け皿。単純な犯罪者の寄り集まりではなく、社会の卑業を引き受けるもの、そして、異端なるがゆえの独特の力を持つもの。
彼はそういった彼ら本来の面を、いまだ色濃く受け継ぐものたちの長でもある。
「近年、外国勢力の流入がおびただしく、また国内においても我等本来の役目をわきまえない、半竹な連中が増える一方だ。わし等は、人の世のおこぼれを預かって生きるもの。大きいことはいえないが、それでも最近の連中は酷すぎる。そして・・・」
「どうもその流れを、加速している存在がいるらしいの。」
与謝野会長の言葉のあとを受けて、和服の女性が言った。
この会合に加わっている以上、彼女も無論只者ではない。本名ではないが、源氏名を安曇野龍華。侠客とはまた違った意味で、闇の職業に従事する女である。
江戸の昔からの花柳街・吉原。極めて複雑なこの街で、彼女は「東京守護職・闇の巫女」と呼ばれている。苦界に沈んだ女達の怨念、集団無意識のエネルギーを媒介に東京という、東洋随一の霊的・地脈エネルギーの集結ポイントの調整と、その力を悪用しようとするものからの防衛を担う存在。他に地脈エネルギーの集結地点である銀座にも、似たような者達が存在するらしい。地脈エネルギーの破壊力は、HUMA極東総本部壊滅の際にいやというほどバリスタスは知っている。
そして、誰がどう見てもぬいぐるみにしか見えない、次元を操る改造人間まんぼう。人は見かけによらない。
「要は、その流れが・・・マボたちの側の世界へつながっている、ということまぼね。」
「ああ。このままではダッカーの再来、いやそれ以上の事態にもなりかねん。」
頷くまんぼうに与謝野会長は、秘密結社のヤクザ社会への介入の最大の例を示した。日本すべての犯罪組織を束ね、極悪非道の限りを尽くした組織ダッカー。最後にはヒーロー・快傑ズバットに粉砕されたが、その爪あとは深く広かった。
「分かったマボ。さしあたって海外からの流れを探ってみるまぼ。他の幹部にも、伝えておくまぼ。」
なんとも間の抜けた言葉遣いだが、まんぼうはきっぱりとそう答えた。
元々、悪の博士を含めまんぼうと彼らの付き合いは長い。博士とまんぼうの理想との近似性など、いろいろな点で。ついでに言うならば、出会いには与謝野会長の孫娘が深く関わっているのだが、その娘についてはまた別のところで語られる機会があるだろう。

「なんちゃって。さて、撤収・・・?」
と、いつの間にか自分でつけてたモノローグを打ち切り、アジトへ帰るためその辺からかっぱらってきた金持ちが遊びに使う豪華な大型クルーザーに乗ろうとしたまんぼうは、水面に浮かぶ妙なものに気づいた。
「?・・・たらい?」
まんぼうは小首を傾げようとし、胴体と頭が一体になっているんで体全体を斜めにするにとどまった。
確かに、それはたらいだった。昔話でおばあさんが洗濯に使いそうな、でっかいたらいだ。それがぷかぷか、海面に浮いている。
そして、その中には女の子が一人、寝ていた。灰銀色の長い髪の毛、ぼろ布をマントのようにして体を覆っている。すやすやと気持ちよさそうに眠るその顔は、少年のようにきりっとした感じなのだが唯一その印象を裏切る少し下がり気味の目じりが、無邪気そうな印象を与える。
布の下に着ている服はミニスカートにごついブーツ、滑らかな肩剥き出しのキャミソールとちぐはぐで、何だか拾ってきたのを適当に着けているといった感じ。
それを覗き込んでいるまんぼうとおんなじくらいにシュールな光景だ。
「???」
つんつん。
まんぼうはたらこ唇で女の子の頬をつついた。まんぼうは手の役割をする胸鰭がどうしようもなく短いので、口で手の代わりをすることがちょくちょくある。
反応がないようなので、まんぼうはもたもたした仕草で体の側面を摺り寄せると、ようやく届いた胸鰭でへちへちと触る。
「ん・・・」
ようやく女の子は目を覚ましたらしく、目をこすりながら起き上がった。
そして、まんぼうをきょとんとしたような目で見る。
次に少女は自分が何か聞くだろう、まんぼうはそう考えていた。だから、答えを心の中で用意する。
だが。
「あの〜、すいません。私ロウランっていうんですけど・・・私が誰だか知りませんか?」
「まぼっ?」
問いは問いでも、全然違っていた。


同時、同じ中国でも、随分の奥地。
そこは、不思議な場所だった。深く切り立った崖と細く感じられるほど高い山。
そのところどころに中国風の小屋や東屋が立っている有様は、まさしく伝説の仙境そのもの、といった感じだ。
だがそれぞれの小施設の間は、エネルギーケーブルやらパイプやら光ケーブルやら電線やら、最新科学に使われるものでつなげられ、それぞれの施設も外見とは裏腹にそれら連結を必要とする科学設備で埋まっている。
それだけではなく、この山奥の地下には、HUMA極東本部ほどではないが大きな地下空間が広がっているのだ。
こここそが梁山泊。国際警察機構の本拠地である。
それを念押しして証明するように、そこに綺麗なイエローに塗装された武装シャトルが降り立った。シャトルとはいえその大型ブースターに空力制御機構、随所に仕掛けられた装備を見ればその辺の宇宙戦闘機など軽々蹴散らせるカスタム機であることが伺える。
そして、そこから降り立つ人影が四つ。
一人は、腰まである長い緑柱石色の髪の毛を、シャトルの脇にある扉から降り立つと同時に指でかきあげた。天空を舞う隼の鋭さと、古き森に住む伝説の妖精の美しさを併せ持つ美貌の宇宙傭兵、アルフェリッツ=ミリィ。
もう一人は操縦席から軽やかに降り立つ。姉と違って木々の枝葉を飛び移るリスのような、思春期の快活さを、数百の齢を重ねた今も持っているアルフェリッツ=リュート。
そして以前より幾分精悍さを増した、赤い強化装甲服の頭部に硬質に蒼く逆立つ髪を露出させた少年、ロア。それに、金色の獅子を思わせる装甲服を着用した、宇宙傭兵マークハンター・・・真の名を滝和也。
そして、滝は呟く。
「なるほど、今回は前と逆、って訳か。」
「え?」

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