秘密結社バリスタス第二部大陸編第一話 宇宙傭兵協会

アブリアル=ネイ=ドゥブレスク=ベール・パリュン=ラフィール。
大抵はその長い名前の大半を省略してラフィールと呼ばれる、差し渡しが数十キロに達する巨大宇宙要塞艦。それが、現在の宇宙傭兵協会本部基地となっている。
内部に食料・大気精製プラントならびに武器弾薬工場を持ち、小惑星や彗星を捕獲して資源を得、恒星のエネルギーで無限稼動するこの完全要塞のネーミングは、傭兵協会の長自らが行った。おそらく人名だったらしいその名を、余人はあずかり知らぬ。
なぜか。それはその命名者が過ごしてきた人生・すなわち件の名前を持つ者とともにしたであろう時が、現在の銀河連邦の成立前から続いているからだ。

その銀河最大級の武力を保持する組織の長は、要塞艦の私室兼指揮所に今久方ぶりに帰ってきていた。
「っ、あ〜〜〜っ・・・疲れたねぇ。やっぱ議場より戦場のほうがあたしむきなんだけどなぁ・・・」
そう伸びをしながら呟くと、彼女は首を何度か左右に振った。そのたびに後頭部で束ねた髪が、金属的な青い光を煌かせて揺れる。この傭兵協会に所属を移した元宇宙刑事・アルフェリッツ=ミリィの槍の穂のような尖った耳ともまた違う、上下にカジキマグロか何かの尾びれのように伸びた耳朶が合わせるようにひこひこと動いた。外見に似合わぬ、やや年食った印象の仕草。
ギドラーグ・ル・ド・ジーニャ。普通ギラ軍曹と名乗る。一見彼女は、十三歳ほどの少女にしか見えない。ひっつめた輝蒼色の髪の生え際を縛る黄色に複雑な模様のついたバンダナ、ジャングル戦用の迷彩服という変わった服装だが柔らかそうな頬、つんとした可愛い鼻筋、いたずらを思いついてわくわくしているような輝く瞳など、上にものが乗せられそうなほど見事に膨らんだ胸元とだぶっとした迷彩ズボンがそこだけタイトに見える肉付きのいいヒップがが多少不相応だがどこからどう見ても。
しかし、それまで勝手気まま無秩序無頼に行動していた荒くれ傭兵を束ね上げこの協会を設立した彼女の実際の年齢と正体は、誰も知らないのだ。一説には齢数万年を数え、降臨者ガーライルに連なる存在とも言われているが。
外見からは全然そんな荒事を生業にしているとは思えない彼女は、伸びが終わると床に沢山転がしておいた大きなクッションの一つに座った。
しかし、変わった部屋だった。指揮所をかねている割に端末やコンソールのようなものなど何も無く、代わりに沢山のクッションと、迷彩服とあわせたような様々な星系から集められた木々の鉢植えがジャングルのように密集して。
そしてトドメとばかりに、五十メートルはあろうかという巨大な二足歩行型の龍がギラを守るように回りにとぐろを巻いている。床に座ったギラはその龍に寄りかかり背中を預け、龍の長い首と尾が周りを取り囲んで、この奇矯な少女が龍を従えるほどの力を持つことを五十メートルの龍が入れる巨大な部屋の隅々に示していた。
龍の名はゼランボラ。攻龍騎・・・ミリィが使っていた十六メートルほどの獣鬼兵バムスパルナーよりも大きく強く、かつて恒星間戦争に使われた、艦隊以上の破壊力を持つ兵器怪獣だ。
そんな強大な力を持つゼランボラにギラは、まるでペットの大型犬に接するように毛並み・いや鱗並みを確かめるように体を摺り寄せながら、静かに目を閉じた。眠るのではなく、精神を集中させる。
それだけで彼女は電子・電波・光の流れを把握し、この巨大な要塞艦どころか近隣星系の様々な情報を見てアクセスすることが出来る。いわば彼女自身がこの船の指揮電子頭脳と言うわけだ。
彼女の意識が今接触しているのは、ここ数日で銀河全部を混乱に叩き込んだ戦争の情報だ。要石の星と呼ばれるとはいえ銀河辺境の一惑星の、その支配権を握って居るわけでもない一組織の呼びかけで結成された反銀連同盟ネオバディムの宣戦は、当初意外にも重大事件とは思われていなかった。
宇宙刑事機構がごたごたしているとはいえ、銀河連邦正規軍だけでもネオバディム同盟軍の戦力差は数で三倍以上質ではその倍数をさらに上回ると考えられていたから。銀河連邦は「反乱」を「鎮圧」するとして、当初各惑星の治安維持艦隊に対処させようとした。
が、数日でそれは覆った。次元断裂結界で隔離されていたはずのGITFの参戦、それと予想を上回るネオバディム軍の装備に銀河連邦の攻撃は跳ね返され、現在逆に銀河中央に攻め込まんばかりの勢いを見せるネオバディムと、主力を結集させた銀河連邦が激突する、その嵐の前の静けさといった状況下にある。
それへの対応のため戦力を接収された宇宙刑事機構の長官・ギャバンの相談に乗り、ネオバディムの要求を調べて独自ルートから外交交渉を行い、銀河連邦上層部とも会談を持ち、情報収集を継続して行い・・・
と、ギラ軍曹に休まるときは無かった。
「やっぱり、地球ね〜・・・」
目を閉じたまま、呟くギラ。ネオバディム同盟の結成地、そして彼らが銀河連邦に抗しうるだけの技術力の譲渡、そもそもこの状況を現出するに至ったHUMA・宇宙刑事機構の混乱の原因。
そして。
閉じられた双眸に、はるか昔の光景が蘇る。咆える獣身の民、相互に恐れあう者、天理を詐称するもの、神に隷属するもの、全てを壊し力のみ信じるもの、そして・・・。今と類似した過去。そして予測される未来。

前兆たる現象。一通の通信を、ギラは再読する。
そして決断。

「お呼びですか、ギラ軍曹殿!!」
「ええ、呼んだわよ牙竜。」
ギラが艦内メールシステムにアクセスして数十秒後。殆んどあっというまにその男はやってきた。
前後に長い鱗に覆われた顔と強靭な牙だらけの顎と、地球的な比喩をすると恐竜・ティラノサウルスレックスそのものといった顔つきだが、カーネルが髑髏作戦で交戦した宇宙刑事のような体型まで恐竜そのもののレプタリアンではなく、体つき自体は尻尾などあるものの比較的人間に近いハーフだ。
大声とともに敬礼する、自分に心酔している部下のやたらに早い行動にウィンクという礼を与えると、それだけで陶然となる彼に命令する。
「アルフェリッツ傭兵事務所の全員を呼び集めて頂戴。今訓練中らしくてメールじゃ連絡取れないのよ。」
「了解いたしました!」

「せいやぁっ!!」
「てぇーいっ!」
裂帛の掛け声が空気を振るわせる、接近戦闘訓練施設。要塞艦ラフィールの無駄なまでの広さを生かした広大な訓練場で、格闘技の大規模な訓練が行われていた。
傭兵という職業からは意外に思えるかもしれない。普通傭兵といえば迷彩服を着て顔に塗料を塗り密林を蠢くか、砂漠で突撃銃をかまえているとか、まぁ地球のイメージだとそんな感じだろう。銃で戦うことがメイン、という。それでも体は鍛え、格闘も学んでいるだろうがそれがメインということはない。
まあ宇宙でも、普通の傭兵ならばそれほどは変わりは無い。しかしここは、普通ではない傭兵・・・サイボーグやパワードスーツ使い、特殊能力者や超格闘能力者など、普通の兵に当てはまらず、むしろ素手やそれに近い状態で戦えることこそを最大の利点とする存在が居る。宇宙刑事やヒーローに匹敵する能力を持つ連中。そういう連中は並みの兵相手には確かに圧倒的に強い。だが、そういう兵士同士が激突したとしたら、答えは簡単、勝つのは腕の立つほうだ。だから、彼らにとっては銃よりこっちの訓練が大事になる場合もある。
掛け声に満ちる闘場が、次第に静まってきた。おりしも実戦形式バトルロイヤルの最中、声が減るということはすなわち敗れたものが退場し、生き残りが少なくなりつつあるということ。
そして最後の二人が残ったときには闘場どころか周囲までしんとなっていた。
両者の間に満ちる真剣勝負の気配が、周囲から言葉を奪っていたのだ。
格闘バトルロイヤルで最後に残った二人というと、筋骨隆々の巨漢を想像するかもしれない。だが意外にも二人とも、その想像から正反対の見掛けをしていた。
片方は黒いジャンプスーツとブーツに身を包んだ少女だ。黒いおかっぱの髪の毛でいつもびっくりしたように大きな目の下に迷彩用カラースティックでラインを入れている。一見どうして勝ち残ったのか分からないようだが、露出した彼女の掌を見れば理由の一端は知れる。スペースチタニウムか何かの複雑な重合金の輝き・・・彼女はサイボーグ、それも脳以外の殆んど全部を機械化したパーフェクトサイボーグ。しかも強さの理由はそれだけではない。
対するもう片方は、ギラ軍曹と少し似た青い髪の毛をヘッドギアでまとめピンと逆立てた、顔はバイザーとマスクでよく見えないがサイボーグ少女と同じ位の年齢(といっても、サイボーグも宇宙人も地球人的な見かけの年齢は通用しないことが多いが)に見える少年だ。こちらはパワードスーツ使いのようだが格闘に専念するためか装甲の殆んどを外し、ぴたっとした黝い色のインナースーツが露出している。そのせいで体つきが伺えるが、ちょっと見細身に見える体は実際は非常に鍛え上げられ、絞り込まれている。
そんな両者の対峙は、双方の隙の無さを示すように緊迫を保ちながら静かに数秒続いた。
当事者には何倍も長く感じられる数秒。触れば切れそうなほど鋭く硬く、それでいて物音一つで壊れそうな。
「おい。ここにアルフェリッツ傭兵事務所所属のものは・・・」
それは、施設の扉を開け入ってきたティラノサウルスハーフの一言で、一気に崩れた。
一瞬、ほんの零コンマ数秒それに気を取られた少年に、サイボーグ少女が突っ込む。振り上げられたブーツの蹴りは、少年の仰け反った咽喉と顎ぎりぎりを掠めて外れる。だがそれだけ大きな攻撃を外したにも関わらず、サイボーグ少女の連続攻撃は止まらない。身のひねり、肘、拳、掌底と続く動きが連続した円運動のつながりとなり、まるで隙が生じないのだ。それでいて一撃一撃にやわなサイボーグやロボットなら一発で破壊するほどの威力が込められている。
これが彼女・・・ガリィの強さの本当の要素、機甲術(パンツァークスト)。サイボーグ・ロボット用の格闘技で修めているものは極めて少ない。習得に多大な時間を要する故、内臓火器などの武装のほうが簡単で一定の威力をもつからだ。だが会得してしまえば、並みのサイボーグなど銃を抜く暇も内臓ミサイルの発射口をあける間も無く倒してしまう。その腕はギラが見込んで白兵戦の師範をしばしばやらせているところからも明白だ。
事実少年のほうはよけるのに必死で、反撃する暇が無い。
「ふっ!」
「ぅあぁっ!!」
「周破衝拳!飛角跳蹴!衛星旋破!」
次々技を放ち、追い詰めていくガリィ。優勢にそのふっくらした唇が微笑みかけたその時、ガリィは気づいた。
逆だ。
優勢といえば、確かに優勢だ。だが逆に考えれば、いまだ相手は倒れていない。今まで数知れぬ屈強な兵、どころか戦闘車両や巨大機動兵器・兵器生物を屠ってきたこちらの攻撃に当たってもいない。
ガリィがそう思考すると同時に、戦う二人は闘場の端まで移動していた。ガリィの攻撃に後退一方だった少年が、段差のついた縁にかかとをかける。それ以上下がれないぎりぎりの場所。
「今だ! とれる!!」
機甲術独特の円運動の動きで、ガリィの拳が少年の頭を狙う。今度はかわせず、当たる一撃。
「!・!?」
瞬間の驚愕。ガリィは目を見開く。
少年は、前に出ていた。前に出て、振られたガリィの腕の二の腕、運動の付け根を片手で抑える。そしてその反動でもう一歩踏み込み、一撃!!

がぎっ!!

いささか鈍い打撃音。勝ったのは・・・ガリィだった。青髪の少年は顎をしたから蹴り上げられリングアウト、同時にダウン。対してガリィは両腕を突いて足をピンと伸ばした、逆立ちの姿勢。
眼前に迫る拳をガリィはスウェーで避けて、その勢いのままその場宙返り、相手の顎にサマーソルトキックを見舞ったのだった。
「勝者、ガリィ!」
もともとルール無用の傭兵バトルロイヤルなので、別に試合の審判を勤めていたわけではないが最初から試合を見ていた中で一番腕利きの傭兵が宣言する。
「おおおおおっ!!」
それと同時に、周囲で固唾を呑んで見守っていた傭兵達が一斉に叫んだ。全体的に緊迫・切迫し、最後の数秒など短いが高度な攻防が織り込まれた、名勝負であった。

わいわいと騒ぐ傭兵達。おかげで伝令に来たティラノサウルスハーフ・牙竜は暫く忘れられていたという。

「あいっ、たたぁ・・・」
蹴られた顎と落下した拍子に打った後頭部をさすりながら、青い髪の少年傭兵・・・元宇宙刑事機構巡査ロアはよろよろと立ち上がった。優勝したガリィを取り囲んでいた傭兵達だが、起き上がったロアのほうにも等しく押し寄せる。
「いやー、はっはっは!見っ事に負けたのうロア坊!まぁガリィのレベルにはお主はまだまだっちゅうこっちゃ!精進せいよ!」
そう豪快に笑い飛ばしながらロアの背中を平手でド突いたのは、頭に巻いた鉢巻からして体育会系のごっつい男フォギア=フォア。対サイバネ骨法という特殊格闘技の使い手で、生身でサイボーグと互角以上に渡り合う。彼ともう一人、サイボーグ医学の名人にしてロケットハンマーの使い手イド=ダイスケにオペレーターのルゥ=コリンズを加えて四人で一つのチーム「屑鉄天使傭兵事務所」(宇宙傭兵は大体幾人かでチームを組んで行動し、それぞれ独立した事務所として協会からの以来を受け任務に赴く)を組んでいる、のだが。
「なんだいフォギア、お前試合開始早々ロアに投げ飛ばされて場外負けしたじゃないか。」
と、ガリィの突っ込みそのままの事態が先ほど起こっていたのである。
これにはフォギア、真っ赤になってぶうたれる。
「う、うるさいわい!ありゃあ・・・ええい、まぐれじゃ!油断しとった!」
がりがりと頭をかき、悔しそうな面目なさそうな顔をするフォギア。
「戦場じゃ油断したなんて言い訳しても、命は帰ってこないんだよ、フォギア」
「わーっとるわい、新兵じゃあるまいに・・・ほんにサムスは念入りじゃい。」
「そのおかげで生き残ってきたからな。」
念入り、といわれたように丁寧な口調でほんの僅か笑うのはサムス=アラン、オレンジ色の強化装甲服を身に纏っているうえに中身で180cm、スーツを加えれば2m近い長身のため良く分からないが、一応女性である。何かポリシーがあるらしくこの惑星ゼーベス出身の女傭兵は人前ではほとんどスーツを脱がない。チームを組むのが一般的な宇宙傭兵の中で一匹狼を貫き、潜入破壊工作など裏方の仕事を得意とする。
単独行動をとるのはよっぽど腕に自信があるか仲間に拘らないやつだけで、他には傭兵協会では珍しい「魔法使い」、「魔法少女」と異なり下位次元や並位次元からの魔力を使用する黒魔道士のリナ=インバースくらいのものである。彼女の場合必殺魔法のドラグスレイヴが町一つ吹っ飛ばす戦術核なみの威力をもっているせいもあるが、金にがめついので分け前が減るのが嫌、という理由もあるらしい。
「しっかし、負けたといっても落ち着いて考えると凄いんじゃないか、ロア?」
「え?」
そうやぶから棒に発言してロアを驚かせたのは、ビーストハーフで構成された戦闘機空戦傭兵部隊「スターフォックス」のリーダー、フォックスだ。隊の名にもなった(傭兵事務所の名は大抵がリーダーないしは隊の名物傭兵の名を織り込む。ガリィたちの「屑鉄天使」というのは彼女のあだ名)その名の通り狐のビーストハーフで、こげ茶色のふさふさした毛に覆われた顔と尖った耳に太い尻尾と、ディズニーアニメか童話の世界といった雰囲気だ。しかし彼は一度戦闘機を駆れば一度の出撃で数十の敵を撃墜する獰猛なハンターでもある。
「戦闘機が専門の俺にはよく分からないが、宇宙刑事機構での基礎があったとはいえたった数週間の訓練で白兵戦師範のガリィさんとあそこまでやりあ得るようになったのは、凄い伸びっぷりだと思うんだが。」
「そうだよ、一瞬ロア君のほうが勝ったかと思ったよ〜。」
「うん、目がついていかなかったよ。」
戦闘機乗りはあまり思えないのんびりした口調と逆にわたわたした口調で、スターフォックス隊員のウサギハーフと蛙ハーフのパイロットが同意する。
「あぁ・・・そうだったな。判断も読みも申し分ない。私の機甲術が円運動なのを理解して、その動きの根元を押さえ込んで少しの力で攻撃を防ぐところなんかよく思いついたものだ。後はもう少し体鍛えてみな。」
ガリィも僅かに拳が届きかけていた頬を撫ぜながら頷いた。ロアの踏み込みのスピードがもう少し速ければ、ダウンしていたのは自分のほうだったと、腕がいい故にはっきり認識できる。
「へぇ〜・・・」
そのガリィの解説に、感心の体で聞き入る緑柱石色の髪の少女。
「って、えわっ!?ミリィさん!?」
いつの間にか話の輪に加わっていたミリィに、目を白黒させるロア。
「よっ。」
ロアの横顔に頬を寄せるようにして、にかっと笑うミリィ。
「ご、ごめんなさい、負けちゃいました。」
「上等上等。戦場なら話は別だけど、ここはそうじゃないからな。ガリィ相手にあんだけ戦えれば大したもんだ。」
謙遜するロアの肩を抱くと、いかにも上機嫌そうにミリィはほめた。
「お姉ちゃ〜ん、ロアく〜ん、仕事だよっ、ギラ軍曹が呼んでる!」
「おーい、ミリィ〜。牙竜急ぎたくてこまってんぞ〜!」
訓練場の入り口で牙竜の隣から、リュートとマークハンターが呼びかける。
アルフェリッツ=ミリィ、アルフェリッツ=リュート、マークハンター滝一也、そしてロア。この四人で構成されるのがアルフェリッツ傭兵事務所、今売り出し中の若手実力No.1の傭兵チームである。
「お〜う、今行く!ってわけだよロア、仕事が入った!」
「はい!お供します!」
挨拶もそこそこに人だかりをくぐって訓練場を走り出て行くミリィとリュート。
その後姿を見送りながら、「スターフォックス」サブリーダー、鷹ハーフのファルコは彼らしいクールな口調で呟いた。
「ふ・・・ん、アレがガーライルフォースマスター・ミリィねえ。噂で聞いてたより幾分人格が丸い感じじゃねえか。それにあのロアとか言う小僧か・・・。色々そつなくこなしてはいるがいささか器用貧乏でこれってとりえはねえ用に見えるが・・・ギラ軍曹、何か考えがありそうだな。」

「さて、集まってくれたわね?」
龍がとぐろまく森のような部屋に四人を集めて、ギラ軍曹はその全員の顔を確認するように見渡した。
「今回の貴方達の仕事、舞台は地球よ。」
「地球・・・」
思わず復唱するミリィ。
「そ、地球。滝ちゃんとか地球出身だし、ミリィもリュートも、あの星では精神によい影響を受けるみたいだしね。」
「良い影響?」
常に唐突なギラの言動に、またミリィはきょとんと復唱してしまう。対して周囲は思い当たる節があったのか、ロアもリュートも滝(=マークハンター)も、少し笑いを含みながらミリィを見ている。
「依頼主は、国際警察機構。宇宙刑事機構やHUMAによる治安維持が事実上崩壊して、あの星の裏社会は今大騒ぎになってるからねぇ。」
国際警察機構、その名はミリィもかつては宇宙刑事機構に属した存在、よく知っていた。中国奥地の本部・梁山泊を中心にインターポールなどと協力して行動する、特殊能力者の集団。HUMAのようなヒーロー軍団と特甲のような武装警察の中間的存在といえる。そこから派遣されてきた「エキスパート」と呼ばれる能力者達とも何度か共闘したことがある。
「そっか。鉄牛や銀麗、元気にしてっかな〜」
思い出すように、滝は懐かしそうな顔をした。地球で最初にロアたちとであったときの様子はやや彼を知るHUMAを欺く演技も入っていたらしく、戦場外では意外と気さくで軽い印象が強い。
「そこで、地球の治安維持に協力するんですね?」
「うん、まぁ表向きはそうなんだけど・・・それだけじゃないわ。」
ロアの言葉に、ギラは半分同意しながら同時に首を振る。その仕草からして、もっと重大な任務が隠されていると見るべきだった。
「事情は国際警察機構も把握していないんだけど、今あのあたりで何度かガーライルフォースそっくりの反応が検出されているのよ。それに、獣鬼兵や攻龍騎を呼び出すとき特有の次元開穴現象も。」
「ええっ!?ガーライルフォースですか!?」
リュートが驚きに目を見開く。ガーライルフォースは銀河でも極めて稀有な能力で、数えるほどしかその使い手はいない。それが地球に存在すれば数多い組織が存在するあの地の特性から、今まで気づかれなかったはずがない。
「まさか、またハイパードールが・・・」
ミリィの脳裏に、嫌な記憶がよぎる。自分の細胞から創られた、限定されたとはいえガーライルフォース能力を持つ半生体アンドロイド。そして、HUMAでの記憶がそれに付随して蘇る。
「そ、それは無いと思いますよ。ハイパードールはあの時最初期量産型が試作二体込みで十二体生産されただけで、そのデータはマモン教授もろとも僕たちが破壊して、コンピュータでつながっていたHUMA基地も大神竜の暴走で消滅したじゃないですか」
「えぇ、そうみたい。報告にあったデータだと技術資料は失われたみたいだし、あの時確認された次元間エネルギー移動と、今回のそれはパターンが微妙に異なるわ。」
ロアの発言に、ギラ軍曹はゆっくりと何度か頷きながら同意した。それを聞いて胸をなでおろすミリィとリュート。
それを見守るギラ軍曹の様子が、子供っぽい感じのそれまでの雰囲気と違って、なんだか子供の成長を見守るお母さんみたいな雰囲気を感じて、ロアは少しどきっとした。
「ともかく、頼んだわよ。こっちも色々調べて、バックアップするから。」
「はいっ!」
「早速出発します!」
さっと敬礼して、退出しようとする四人。
「ちょい待ち!」
ガシャン!
と、イキナリ部屋のドアが閉まった。ギラが操作したのだ。既に扉の目の前まで言っていたミリィは、鼻すれすれに閉まるドアに目を丸くした。
「わっ、と!何するんだい!」
「挨拶は?」
ジト目のギラ軍曹。それにミリィはいかにも嫌そうに呟く。
「え〜・・・あれやるのかよ?」
「やんなきゃ駄目。傭兵協会ルール第三条「会長には忠節を尽くすべし」違反で、紹介料金三倍増しにするわよ。」
「え〜・・・」
「諦めろ。俺もやらされてんだ。」
滝も、いささかげんなりした口調。何しろ協会は各傭兵事務所に仕事を斡旋し、その傭兵のもらう金から紹介料を徴収して運営されている。これを三倍増しにされては傭兵は飯を食えない。
しかし、そこまでして嫌がるのを強制する、「挨拶」とは。
「ぎ・・・」
顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに口をこわばらせるミリィ。
「さぁ!私の配慮ある采配を讃えて!」
催促するように頬を子供っぽく膨らませるギラ。その子供っぽい顔に隠された威圧を感じて、渋々口を動かす。
「ギラ軍曹、萌え〜・・・」
小さな声で。
「声が小さいっ!」
「ギラ軍曹萌え〜!」
「愛嬌が無〜いっ!殺伐とした傭兵稼業の精神を和らげるには萌えと愛嬌とギャグっ!鉄則にして信念よ!」
なんとも間抜けな挨拶である。これではミリィが恥ずかしがるのも当然だが。
「よーしっ!」
にかぁっ、とギラは笑った。
今度の笑いは子供っぽいというよりは、なんだかやり手のおばさんといった感じだ。
「それじゃ、程よく気分もほぐれて、リラックスしたところで・・・いってらっしゃいな!」
「あ・・・はいっ!」
この言葉で、今度は本当に出発となる。
「じゃあ、いってくるよっ!」
「あ、待ってください!
「おう、そんじゃなギラさん!」
「お姉ちゃん、三番ゲートね、そこに船が用意してあるから!」
駆け出していく四人。
見送る、ギラ軍曹。その瞳の色は深いが、輝いている。

すぅ・・・と夜空の天蓋を、光の筋がなぞって行く。地球に降下する光。
それを地上から、黒く丸い瞳が見上げていた。
「まぼぅ・・・」
そして。
「記念すべき大陸編第一話で、まぼの出番これだけまぼかっ!!」
ぼやいた。

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