秘密結社バリスタス第二部九州編第一話 逆三連星上陸

ドッカァァァァン!
「ほげぇぇぇぇえ!」
景気のいい音を立てて、あっさり吹っ飛ぶ奇怪なレンズを目にはめた男。
「ぐふっ、この視力0,03の透視能力を持つスコープ鶴崎が手も足も出ないとは・・・」
「出るわけないでしょ。大体ど近眼の透視って、何かの役に立つのぉ?」
倒れた男に呆れきった声を注ぐ、独特なデザインの甲冑姿の女。西洋のものでも中国のものでもなく、日本風の大鎧とも異なるが、それらの要素をたくみに取り混ぜ、かつ着用者の体にフィットするように仕上げてある鎧だ。動きやすさと一体性を求めた結果か、はたまたわざとか、着用した女の抜群のプロポーションを誇張しているようにも見える。
兜の下の顔も、柔らかだが色気のある、大人の魅力を感じさせるいい女の顔だ。
その向こうでは、「下っぱ」と書かれたお面をつけた戦闘員とおぼしきものたちをお手玉のように放り上げている、皮製のライダースーツを着た12歳ほどの女の子が居る。日焼けした肌に大きな目、漫画的にいうなればぐりぐりした赤い丸でもつきそうないかにも小さな子供らしい頬っぺた。だが、その顔に似合わぬとんでもない怪力である。
悪の博士配下の「三貴子」に対抗するため影磁が製作した新たなる改造人間「逆三連星」、そのうちの二人「しえる」と「たすく」だ。前回のHUMA極東本部攻略戦において戦闘に参加した彼配下の怪人、鎧武人とマギラ夫妻は現在調整中である。
それが故に、新たな戦力として経験を積ませるため彼らを投入したのだが・・・
敵が余りに弱すぎた。ここ九州は、確かに組織の数は多かった。
だが、どれもこれも圧倒的に戦力が少なく、ついでにどうしようもないほど弱かったのだ。まともな改造人間など一人も居ない。
先ほどアジトを叩き潰してきた南蛮帝国なぞ、改造人間どころか普通の人間しか居なかった。ちっとは格闘技の訓練をしているようだったが、そんなもの改造人間の前には濡れティッシュで作った防壁のようなものだ、何の役にも立たない。
はっきり言って組織というよりは、ただの悪徳商社だった。一応どこかとのつながりがあるようだったが、これと言った増援などもなくあっさりけりがついた。
たった今戦った「電柱組」は、「改良人間」という技術を投入してきたが、これも一般人より下手したら劣るのではないかといえるようなへっぽこばかりだ。
透視能力を持つのに視力が0,03の超ど近眼のスコープ鶴崎、ただひたすら大食いなだけの食通怪人サンダードラゴン、薩摩芋しか動かせない念動力者マーカライト=ファープ・・・
思い返しただけでやる気が失せていく影磁は、とっとと決着をつけようと電柱組アジトに踏み込んだ。木曽屋という材木商が、電柱組の正体。破壊活動をして家を壊すことにより、材木を高値で売りさばく・・・らしい。
「ひ、ひえっ・・・!」
慌てて逃げ出そうとする変な冠を被って和服を着た長髪の男の首に、ぎらぎらと輝く戦斧を突きつける。変身せずとも人間の首くらい一撃で吹っ飛ばせる鋭さと重さを併せ持つ凶器。
「電柱組将軍、木曽屋=チルソニアン=文左衛門Jrだな。」
「ひ、ひぃぃ!」
みっともな悲鳴を上げる変な名前の将軍、チルソニアン。刃が煌くたびに、みっともなく震え、顔面の筋肉をひくひくさせる。
「あ〜あ〜若旦那かっこ悪〜」
一応幹部であるはずの、バラダギ大佐すら呆れる醜態である。
「ううう、うるさいバラダギ!大体お前がなぁ」
「あんな怪人に差があったら、どんな名将でも勝てやしませんって。第一学費を稼ぐたびにバイトをしているあたしに、そこまで何もかんもおしつけられてもねぇ・・・」
「ふん、所詮、志無いものの脆さか。」
「おおおおおおお願いだ、何でもする、金なら出す、仲間になれといわれればなる、だから命ばかりはっ!」
絞め殺される鶏のような裏返った声で叫ぶチルソニアン。
汚物を見るような目で、影磁はその様を見つめる。
「金なら、勝ったのにもらう必要は無い。悪として、正々堂々全額略奪する。そして、弾除けにもならんような腰抜け、我々には必要ない。必要なきものには、死、あるのみ。」
「ひいいいいいい!」
「ええっ、そ、そんなちょっと!い、いくらなんでもやりすぎでしょ!?」
チルソニアが悲鳴を上げ、それまで我関せずだったバラダギの表情が引きつる。に、と唇を歪ませ、影磁は斧を振り上げた。
つんつん。
と、その時。誰かが影磁の黒衣のすそを引っ張った。
「ん?ああ、ういんぐか。」
不思議な格好の少女だ。平安時代の陰陽師の服を鳥の羽で織りあげたような、変わった服を着ている。それまで影磁の後ろにぴったりと隠れていたので目立たなかったが、かなり人目を引く格好と言えるだろう。
だが、目立つのは服ばかりで本人はあまり記憶に残ることはないだろう。均整のとれた綺麗な顔立ちではあるのだが、ひっそりとした静かな雰囲気で、目立つ華麗さより静謐で清楚な印象がある。そして、その目はどういうわけか何も見ることなく閉じられていた。
そんな少女が、つんつんと何かを訴えるように影磁の黒衣のすそを引っ張っている。分かっている、といわんばかりに影磁は少女の頭をなでた。
「・・・と、言いたいところだが、我々の目的は征服であって絶滅ではない。お前達には今後、我が組織に征服され我が組織の傘下に入ってもらおう。」
とはいえ、あまりに歯ごたえが無い。
「らっくしょ〜らっくしょ〜、怖いものなぁしっ!」
ぴょんぴょんとたすくが飛び跳ねる。はっきり言って、こういう風に序盤で楽勝ムードを植えつけてしまうのは戦闘教育上よくない。そういう状況で育ってしまうと、いざ強い敵に出会ったときにあっさりすくんでしまい、その矯正には非常な時間と苦労が必要になる・・・と、電脳世界での実戦経験から悪の博士が語っていたのを思い起こす。
折角仲間にしたインバーティブリットの二人も、出番なく手持ち無沙汰に、それも「最近の組織は質が落ちたな」という表情を浮かべてたたずんでいる。
「覚悟〜〜〜〜っ!」
「あっ!」
唐突に、また別の敵が現れた。刀を振りかざし、マルレラに踊りかかる!
「危ない!マルレラ・・・!」
影磁が声をかけようとしたときには、既にパラドキシデスが動いていた。巨大な複眼の視界で動きを捉えたらしく、素早く背甲でマルレラを剣からガードする。
「何すんのよ!」
そしてマルレラが鋏で出来たハイヒールとでも言うべき強靭な脚で相手を思い切り蹴り飛ばす。
組織が滅んでから追っ手をかわし二人だけで戦い抜いてきたというその実戦経験からくるコンビネーションに、影磁は舌を巻いた。
(これは・・・我が娘達も、このレベルまで到達できればよいのですがねぇ・・・)
ともかく、すかさず三人に招集をかけ、新たな敵と対峙する。
「またあんた達!?いい加減にしてよ!」
マルレラがうんざりしたような声を上げる。どうやら既に戦闘経験があるらしい。
「・・・連中は?」
「ホンダワラとか言う、海底人だ。しばしば俺達に縄張り争いを仕掛けてくるんだよ。」
バリスタスと接触するまで、日本近海の海をさまよっていた彼等インバーティブリットの生き残り。最近ここ九州沿岸に来たらしいのだが、彼らホンダワラはどうも土着の連中らしい。
しかしそれにしてはそれまで彼らの存在を聞いたことが無く、急に現れたような印象も受ける。一体真相はどっちなのか。ともかく、戦いは始まっている。
「出でよ、イリコーン!」
言うなり、海底人の、バリスタスの階級に訳するなら戦術指揮官級と思しき男がなにやら粉末のようなものをばら撒き、それに水をかけた。途端にむくむくと巨大化し全身ウェットスーツと覆面を身に纏った屈強な戦闘員がわらわらと現れる。
「ほう・・・これはこれは・・・」
僅かに影磁は目を細めた。一瞬での復元と即応性、なかなか興味深い技術である。
「ひ・・・」
面白がる影磁と対照的に、ういんぐは顔を引きつらせて影磁の後ろに隠れた。
(これもまた難儀だな・・・)
妖桜姫や蛇姫にも勝る素質を持つ、霊子制御戦闘「陰陽術」怪人試作体、ういんぐ。
極端なまでに人見知りをする、怖がり怪人だった。
他の幹部に知られたら笑われる。・・・そんなことはどうでもいい。だがこれでは、この先の戦場を生き延びられるだろうか?
いや、生き延びさせるしかないのだ。相するしかない、もう今の「世界」では生きられない存在であるとはいえ、世界に反逆し征服するための力を与えた、怪人にしてしまった、のだから。
「いくぞ、嬢ちゃん!どうりゃあああああ!」
「きゃあっ!?天変!夢動・・・印譜・・統無・・・霊令!!」
どがぁぁぁん!!
「え?」
思い悩む一瞬に、あっという間に決着がついてしまっていた。迫るイリコーンに恐慌状態に陥ったういんぐが、いきなり全方位型の「呪」を撒き散らしたのだ。
あっというまに全員瀕死状態になり、ごろごろと倒れるイリコーン。幸いにして「呪」はあくまでういんぐの敵意によって目標を制御されるからよかったが、そうでなければ影磁も「たすく」も「しえる」も同じ目にあうところだった。
「にしても・・・お前達も情けないな。」
「わしらイリコーンは水中用ですから、本来陸上は苦手なんですよ〜」
「じゃあわざわざ地上を目指すな馬鹿!」
へたりこんだ海底人たちの情けない言動に突っ込みを入れつつ、影磁はため息をつきかけ・・・
「とぉりゃ〜〜〜〜〜!」
「な、何!?」
そして唐突に割り込まれた。後頭部に蹴り一発。所詮生身の人間の蹴りだが、結構きいた。
金髪に緑の瞳、一見外国人っぽいのに日本語ぺらぺらの、むやみやたらと元気のいい女だ。
「この町は草一本から空気一吸いに至るまで一時が万事絶対完璧に我等が総帥イルパラッツォさまのものになるはずのもの!横から出てきて勝手に征服企むとは何事かぁ!」
随分見事な滑舌と肺活量だ。
「え〜くせ〜る先輩〜、ちょ、ちょっとまってくださ、げぼげほぉ!」
「うおあ!?」
それを後から追いかけてきた、ウェーブのかかった黒髪の女が唐突に喀血した。だぱだぱと血を際限なく吐く。
「と!言うわけで!ハイアットちゃんの喀血はおいといて!理想推進機関アクロスNo2たるこのエクセルが!市街征服のための市街防衛としてあんたがたをぶっとばします!」
気にしてない。ひょっとして日常茶飯事なのだろうか、喀血。
またも滑舌を披露しつつ、エクセルと名乗った女はいきなり長大な青龍刀を取り出した。
「斬!殺!!」
やたら生々しい殺害方法を宣言するエクセルだが・・・
「斬殺はともかく、君、そこ危ないですよ。」
「へ?」
先ほどからの大暴れで、エクセルが立っているあたりの地面がべきべきに罅割れていた。
「ヴィやあああああああお〜〜〜〜〜〜〜うっ!?!?」
地割れに飲まれて消えていくエクセル。
「あれ〜〜〜・・・」
気の無い声と派手な喀血を残して、相方?のハイアットも一緒に落ちていく。

・・・
・・・・・・・・・
「何だったんだ?今のは。」
パラドキシデスがぼやく。変身してしまうと顔で動く部分は顎の役割を果たす触腕だけでてんで無表情になってしまうのだが、それでも力いっぱいの呆れは伝わってくる。
「・・・私のほうが聞きたい。」
戦闘としては勝利だったにもかかわらず、果てしなく疲れた影磁であった。治安維持組織の中で最強を誇ったHUMA極東本部を壊滅させるだけの力を身につけたバリスタスである以上、地方のローカル組織でそうそう脅威となるものはあるまいと判断してはいたが・・・
「こんな展開でいいものか?なぁ?」
空を見上げ、誰とも無く呟く影磁。
この地方を確保することはすなわち本部・大陸支部・大西洋支部とつながる補給線の構築であり、テンポよく進んでいるならばそれにこしたことはないのだが。
どういうわけかO.O.Bからきているはずの怪人たちともまだ出会えていないし、逆三連星には不安がある。
そして、何より。
何故だか知らないが、とてもいやな予感がしたのだ。

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