秘密結社バリスタス第二部関東編第八話 真実、空虚、そして・のえる編

「はぁぁぁぁ・・・」
一日に中学二年生がする全国平均を確実に上回るであろう回数のため息、そのうちの一回を長谷川健太はついていた。
「どうしたんですか?健太さん。」
「あ、ひばりちゃん。」
と、そこにひばりが現れた。健太の顔を覗き込むようにして、質問する。
「実はね・・・」

ため息とともに健太は、ここ最近ののえるとの行動について語った。

南米訪問についていかされ、ピラルク釣りにいった時ピラニアの沢山いる川に落ちたとか。
のえるがマクドナルドに戦車で乗り付けたとか。
内閣総理大臣特別法を弄繰り回したのえるが、「内閣総理大臣は自由に野球の審判を出来る」などという項目を付け加え野球場にいき、自分は何故かジャイアンツのピッチャーをやらされる羽目になったあげくのえるの無茶苦茶な審判でその日の試合結果が十六万八千対四万五千などというとんでもない数値になったり。
同じく内閣総理大臣特別法を弄繰り倒したのえるがディズニーランドを貸切り、友達招いて大盤振る舞いしたり。
あげくに理由は分からないけど、ドラッグストアでクラスメイトの白峰忍にシャンプーの瓶を叩きつけ乱闘騒ぎ。

「もうホントに、のえるの奴無茶苦茶で・・・」
最初はぼやきで、中盤愚痴で、後半は半泣き。そんな健太の口調。
「はぁ・・・」
と、何故かひばりは頬を薄く染めて、遠くを見つめている。
「のえるちゃんって、素敵だなぁ。どうしたらそんなに健気で一途になれるんだろ・・・勇気あるな〜」
「へぇぇっ!?!?」
全く予想だにしていないひばりの反応に、健太は顎を外しそうなほど大口を明けて呆然とする。
「何処をどう聞けばそうなるんだよっ!」
一瞬自分の耳を疑いかける健太。でもひばりは、考え考えしながら、ゆっくりと、でも確信を持って答え続ける。。
「だってのえるちゃん、むき出しの自分の気持ちを健太さんにあげてるんですよ?一生懸命・・・健太さんに拒絶されて、それでどんなに「命」と同じくらい大事な「心」が傷ついても、笑って・・・」
「傷つくって、あののえるが?ないない、それは絶対・・・」
はたはた手を振り、笑ってそれを否定する健太。小さいころからの彼が知っているのえるは、傍若無人で、お馬鹿で、自信満々が誇大妄想の領域に入ってる変人で、自分を玩具にして遊ぶどうしても頭の上がらない相手である。自分がのえるに振り回されて酷い目に会うことがあっても、のえるが自分にどんな反応を返されてもそれで傷つくなんてありえない。
そう言う健太に、ひばりは普段の子供っぽい感覚ではなく、体験をもとに語る、戦うものとして、反論する。
「これはあたしも最近気づいたことなんだけど・・・悪い人たちだって傷つくんです。何でかな、って考えて、分かったんです。人だから・・・誰だって心があるんだから。」
そして、最後にひばりはこう言った。
「のえるさんだって人間なんですよ?」
その言葉は軽く言っているようだけど、健太を見つめるひばりの視線は、何か海のような深さを感じる。
その視線を見て、ふと健太は気づいた。
のえるも、ふざけながら時々、そういう深い深い目つきをすることがあった。

「世界は変えられるって、信じるのよ。健ちゃん!」
そう。あの目を見たのは、散々暴れまわった後のえるがそういったときだ。
今回のご乱行の前、のえるは健太にこんなことを聞いた。
「健ちゃんは恋とかしたことある?」と。
健太は、「分からない。けど僕は恋なんかしても無駄だと思う」と答えた。
事実そう思っていたからだ。自分は何のとりえがあるわけでもない。格好よくも無い。特別な才能があるわけでもない。頭がいいわけでもない。お金や社会的地位があるわけでもない。
トレーディングカードと一緒。魅力の無いカードは、誰からも選ばれない。どうせ叶わないなら、思うだけ空しい。相応しい人でない僕は、恋なんかする資格がない。
そんな健太の言葉を聞いたのえるは、不意に怒り出したのだ。
「あたしがちょっと目を離した隙に、健ちゃんいろんなものに洗脳されちゃってるよ。」
そして、健太の手を取り、言ったのだ。
「世の中は自由だってこと、教えてあげる。」
「世界は変えられるって、信じるのよ。健ちゃん!」
あれは・・・

「ああ、それと長谷川秘書官」
「ずわああああっ!!」
考え込む健太の背後に、余りにも唐突に声。気配すら感じなかった場所からの呼びかけに、健太とひばりはそろって飛びのいた。
「や、これは失礼。ワタクシこのたび折原総理大臣に改革顧問として雇われました、山崎宅郎と申します、事後お見知りおきを。」
そういって名詞を差し出す、パイナップルの葉っぱみたいに逆立った髪の毛の中年。
(い・・・一体いつの間に!?)
二人とも全然気づかなかった。驚く二人を尻目に、深々と腰を曲げたお辞儀をした山崎は、すっと健太に近づき、言った。
「時に長谷川秘書官。先ほど折原総理が理由無くドラッグストアで狼藉に及んだと申されましたが、それは過ちですよ。」
「え?」
「真実は、どうも弥生ほのかさんに白峰忍さんとその仲間数名が自分達の買い物のお金を払うのを無理強いしようとしたのを総理が目撃、止めに入ったが故の結果です。総理は長谷川秘書官のことを信じておられますから特に弁解いたしませんでしたが、ワタクシ真実を知らせておいたほうがよろしいと思いまして。」
そう早口で告げると、山崎はまた一礼。
「ではワタクシ、総理から依頼された情報収集の結果を報告しなければなりませんので、これで。」
そう言うと、立ち去った。

そのころ。
「くっ・・・!!畜生!」
ガツッ!
鈍い音を立てて、少女は拳を壁に叩きつける。ショートカットの黒い髪、背は14歳という年にしてはすらりと高く、顔立ちも大人びた印象がある。
しかし、その表情には険相と、焦燥と・・・その二つくらいは本人も気づいているだろうが、恐らく最後に本人すら気づかないような、嫉妬。
カーテンを閉め切った暗い部屋。
「し、忍殿・・・その、落ち着かれよ・・・」
「うるっさい!元はといえばドロロ、アンタがしくじるから!」
唯一の部屋の同居人・・・紫色の皮膚をしたケロン星人に当り散らす忍。そう、この前のえると争った、あのケロン人。いろいろと数奇な状況があった末、離れ離れになったドロロは忍に拾われていたのだ。
それ以外には、誰もいない。うわべだけ付き合ってつるむ相手には事欠かない。苛めて憂さを晴らす相手には、ほのかがいる。だが、友は?家族は?
忍は、一人だった。
見かけだけは立派な、がらんとした家。母は、空虚な結婚生活に耐えかねて荒れ、アル中になって出て行った。父は、いつも政治のためにあちこち出歩いていていない。
(いや、あんなことの何処が政治だ)
金策。謀略。根回し。
下らない、狂ったシステムでしか、この国では考えを実行に移すことすら出来ないのか。
そんな苛立ちに加え、あののえるとかいう女。彼女は、忍にとって何もかもが許せない。何故あんなに能天気で、野放図にやりたいことをやって・・・
あの幸せは、何だ。
同じ感情を、彼女は弥生ほのかにも抱いたことがあった。同級生の、穏かで、静かで、優しい少女。
昔は、仲が良かった。だがあるときを境に、それは崩れた。本当になんてことの無いことだったのだ。彼女の家でほのかの誕生パーティに呼ばれ、遊んで、美味しいご飯を食べて、そして帰ってきただけだ。
誰もいない、暗い家に。
僻みでしかない。嫉妬でしかない。しかしそれから、忍はほのかを憎むようになった。
そして、今日のドラッグストアでの出来事を思い出す。仲間数名といつものようにほのかに無理におごらせていた時に、のえるが喧嘩を売ってきて。大騒ぎになって、頭からシャンプーを引っかけられた。
ほのかは、そんな自分にハンカチを差し出し、汚れた髪を拭こうとした。
(馬鹿ではないか。自分を苛めていた相手に、何をしている。そして・・・何故そんなことに、劣等感を感じなければならない)
そのことは、また忍の心をささくれ立たせる。
それと同じ気持ちが今、そんな状況のえるに向いていた。
(思い知らせてやるんだ)
傷つけられる痛みを。やりきれない孤独を。
そうすることで、自分の中の空虚が埋められる気がした。お定まりの文句などでは埋められない、何かを。
・・・それを行うのに、憎んでも憎んでも飽き足りない、父親の策に乗るしかないことが、また忍の心を荒ませるが。
結局、それはシジフォスの徒労の如き無間地獄なのかもしれない。しかし、忍はやらずにはいられなかった。

一方、健太は。その後のえると出会って。
喧嘩になっていた。
ことの起こりは、一発の銃弾。
のえるが今通そうとしている、臓器移植関連の新法は紛糾を極めていた。白峰厚生労働大臣らを筆頭に殆んどの議員がのえるの規制緩和案に難色を示し、挙句の果てには嫌がらせのように更に規制を厳しくする新法を出してきたのだ。姑息にも、のえるがいない隙に賛成派の議員集めて。
それでものえるは抵抗した。身近に長谷川健太の妹の光という存在があったせいもある。彼女もまた心臓に重大な疾患を抱えており、このままでは移植可能となる十五歳まで生きられないかもしれなかった。そして何より、そのような理不尽許すわけにはいかなかった。
健太も追いもうとのことがあり、それは理解していた。
しかし、ある事件が二人を分かつ。
官邸ののえるの部屋めがけて狙撃銃が打ち込まれ、直後脅迫状が届いたのだ。
「馬鹿だよ、のえる!目の前に崖があるのにブレーキ踏まずに突っ込むくらい馬鹿だよ!もうやめようよ、自分の命を安売りするようになったら馬鹿だよ!一番大切なことが何も分かってない!光だってまだ助からないって決まったわけじゃ・・・!」
叫ぶ健太。最近の彼には珍しい激しい感情の発露。それが自分に対する拒絶であることにかまわず、のえるは正面からそれを受け止める。
「・・・健ちゃんは、命って大切だって思う?」
「当たり前だろ!」
なぜなら、その健太の言葉には、のえるへの心配が含まれている。それが分かっているから。
「あたしもそう思う。あたしの命も、光ちゃんの命も、今こうしている間に死んでいく、総ての命も・・・皆、とても大切。」
「う・・・」
だからのえるは、自分の心で真っ向から応じる。
「ねえ、健ちゃん。地球が回ってるって、知らないでしょ?」
「はあ?知ってるよ!」
挑みかかるような口調でいうのえる。それを馬鹿にしていると感じた健太は僅かに怒りを覚えるが、健太の答えにか、その心の反応にか、静かに首を振るのえる。
「ううん。それはきっと、本で読んで、知らされたこと。自分で知らないと、きっと分からない。」
その言葉は打って変わって静かで。
「あたしね、昔オーストラリアでヒッチハイク失敗して・・・まあそれ以外に色々事件もあったんだけど・・・荒野のど真ん中で死にかけてたことがあったのよ。ぶっ倒れて、仰向けに夜空を見てて。星がゆっくり、ゆっくり動いてて。それでそのまま一日過ごして、太陽が出て、そして沈んで。その時聞こえたのよ。」
「何が?」
のえる自身は真面目に話しているつもりなのだが・・・前提となる状況が無茶苦茶だった。
「地球の回る音。ごごごご、ごごごご・・・って。確かに聞こえた、気がしただけかも。」
「何だよ、そりゃ!」
突然ぺろっと舌を出して笑うのえるに、健太は思わず叫んだ。これだけ前ふりをしておいて、相変わらずの冗談かと。
しかし、のえるの内心は違った。そのとぼけは、恥じらいを隠す道化の仮面。
「聞こえた気がしただけでも、あたしとっても感動した。涙が出るくらい・・・きっと何年たっても忘れないほど。」
その証拠に頭の後ろで腕を組みかるく背をそらせるのえるの、口元の笑みと対照的なまでに眸は真摯に輝いて。
「それと同じ・・・命も心も。手にとって体験しないと、分からないの大切さが。私ね・・・アメリカに行ったとき、サラって子と友達になったんだ。イラク人で、アメリカの劣化ウラン弾で体が壊れてて、でもアメリカ人の夫妻に引き取られて・・・そんな複雑な運命に悩んで。いろんな人がサラと一緒にいて、色々あった。喧嘩もした。でも、一生懸命生きてて。その一日一日は、いつ何が起こって消えてしまうかわからないけど、それでも大切なこと。」
健太はもういちいち突っ込みをさしはさまず、懸命にそれを聞いていた。のえる自身も巧く表現できないのか複雑で遠回りな、だけど、何故かとてもとても大切なような気のする言葉を。
「だからあたしは、一瞬一瞬、出来ることすべてやって、一生懸命生きたいの。光ちゃんをそして他の人たちを助けたい、この国を変えたい、そして・・・」
空を見ていた眸を、戻す。健太の顔へ、眸へ、真っ直ぐに向けて。
「健ちゃん。健ちゃんを一生懸命愛する女でいたいの。健ちゃんに対しても、できるだけのことをしたい。」
決然、のえるは言い放った。
その真っ直ぐな、余りにも真っ直ぐな言葉と瞳が、何故か今の健太には酷く疎ましくて。
「ば・・・馬鹿ッ!!もう知らないよどうなっても!!」
「健ちゃんっ!」
思わず目をそむけ、走り去った。

「おい、のえる・・・?」
案ずるような声のメフィ。差し伸べた手を握り、のえるは所在無げにとどめたまま。

健太は走った。いや・・・それは、一種逃走といってもいいかもしれない。
自分が「逃げている」ということが分からないという点で、本当に健太は逃走者だった。
「はぁっ、はぁっ・・・」
元から、そう体力のあるほうではない。すぐに息が切れ、立ち止まった。周囲を見回す。日ごろ余り近寄ることの無い、人通りの無い領域だ。
そして、健太が己の行動と、のえるの行動に対して考えをめぐらせようとしたとき。
突如、健太の全身が「握られた」。
明らかに、生身の人間のそれではない手。巨大さに似合う握力で、健太を締め上げる。
「うあっ・・・!」
「ふ、怨むなら馬鹿な女に愛されたことを怨むのだな、小僧。貴様にはあの娘の行動を制御するための人質になってもらう。」
そしてごつい百腕巨人の顔が、にたりと笑いを浮かべた。

一日が過ぎた。のえるは、苦悩していた。
本来今日この日、のえるはある秘策を実行するつもりだった。先日可決され、明日発効される臓器移植新法・・・それを潰すための秘策。
仕掛けとしては単純なものだ。総理は確かに法律を取り消す力は無い。しかし、新しく法律を提案することが出来る。それで、「臓器移植「新新」法」を作り、上書きする。
しかし。
<「臓器移植「新新」法」を撤回しろ>
ただそう記された、一枚の手紙。
差出人不明のそれが今、のえるの前におかれている。
健太が「黄金の薔薇」とそれに通じる者たちの手に落ちたのは、明白だった。そして、それがどういう意味であるかどちらも分かりすぎるほど分かっているから、文章には要求以外は何も書いていない。
人質。
のえるが我を通せば、彼等は躊躇い無く健太を殺し、そしてのえるも殺しにくるだろう。

ぎりっ・・・

誰もいない孤独な室内に、のえるの歯噛みする音が痛々しく響く。
目撃証言など無い中、昨晩のえるは東京中走り回って健太を探した。一睡もせずに。疲労が鉄鎖の如き重さで、のえるの体を締め上げる。
時間は、ない。臓器移植新法発効は明日。
そして、メフィと結んだ「魔法お試し期間」も、今日までの期限。今日中にしか、臓器移植新新法を通す時間は無い。

こつこつ。
硬質な、厚く立派な木の扉を叩く音。
「・・・尾崎さん。」
情報収集を依頼した、山崎だ。気づいたノエルは、中に入るよう促す。
入室した山崎は、話し出した。サイボーグである彼に、メモ用紙などは必要ない。
「・・・は。既にある程度情報は集まっております。この度の揉め事のそもそもの発端である臓器移植規制緩和反対派・白峰厚生労働大臣一派は、「黄金の薔薇」と内通していたことが確認されております。「黄金の薔薇」に便宜を図り、見返りに「黄金の薔薇」の影響力が日本を支配したとき、総理にさせてもらう契約だったようで。」
のえるは沈黙のまま、山崎の報告を聞き続ける。
「「黄金の薔薇」としては折原総理就任により日本政府への支配力が低下しています故、総理の引きずりおろしに躍起となっているのでしょう。そして、例の先日ご報告した「ヴィクトルの遺産」。アレを手に入れた後に彼等が企むのは、それを利用した不死兵士の量産による、バリスタスなど他組織の殲滅。そして世界支配の強化。そのために病院に深いパイプを持つ・・・いや、それだけではないある「力」を持つ白峰を利用するつもりでしょう。」
「力?」
思考に力を裂いているために問いが必要最小限の言葉となるのえる。しかしその思考すら吹き飛ばすほどの破壊力を、山崎の答えは持っていた。
「非合法移植用臓器作成のための、解体施設完備の人間牧場です。」
「な・・・・・・!!!」
人間牧場。
それがどういうものかは、説明されずとてのえるには分かった。子供達を行方不明を装って誘拐し、捉えておく。そして臓器の適正を調べ、条件の合う子供の患者の親に、話を持ちかけるのだ。
「貴方のお子さん、助かるかもしれませんよ」
と。
白峰は構成労働大臣だ。話のつじつまを巧くあわせ「特例」であると切羽詰った患者の親に信じさせ、医師に本来禁じられている臓器移植を行わせるなどたやすいこと。そして施設・・・恐らく外見は何らかの公的研究所か何かで、誘拐した子供達を殺し、新鮮な内臓を摘出し。
出荷するのだろう。まるで、家畜の用に。そして、白峰は金を得る。子供達の血と肉で贖った金を。
「白峰っ・・・!!」
のえるの手が、血行を失って白くなるほど握り締められる。彼が子供の臓器移植に異常なまでに消極的なのは慣例重視のお役所主義以外にも何か現状を利用しているだろうとは推理していたが、此処まで外道な真似をしていたとは。
憤りに震えるのえるに、冷静になることを促すようにあえて静かな声で山崎は語りかける。
「目下、全力で長谷川秘書官の拉致された場所を特定しようとしており、実は既にワタクシ独断でHUMA並びに警察に協力を要請したのですが・・・」
のえるは答えない。聞いていないのではない。ショックで動転、放心しているわけでもない。それが分かっているから、山崎はかまわず話し続ける。
「HUMAは通常人員の削減のせいで人手が足らず、警察のほうは何でも警視総監が病に臥せっておられるとかで、動きが鈍く。そしてそれ以上に「黄金の薔薇」の支配している領域、そして白峰の息がかかっている領域は広く、そして手出ししにくいのです。礼状など書類を揃えていては、このままでははっきり言って間に合いません。いかがいたしましょう」
のえるは答えない。ただ目の前の問題に、全力で思考をめぐらせている。
そして、山崎も。
「・・・ワタクシ、長谷川秘書官の足取りから考えを進めておりました。あの日折原総理と別れた長谷川秘書官を、「黄金の薔薇」はどのようにして居場所を特定したのか。・・・拉致を実行したのは「黄金の薔薇」実働部隊であることは確実なのですが、いかにして情報を得たのか。現在の東京はバリスタス、薔薇十字軍、黄金の薔薇の勢力が拮抗し、互いにうかつに諜報は出来ない状態。現場と推定されるあたりは不良学生の溜まり場と評判で、人通りが少ないという面から各組織が一斉に狙った結果、逆に空白地帯と化していたはずなのですよ。」
分からない、という口調。しかし。恐らく山崎は、思考としてはたどり着いていたのだ。ただ、それは自分の解決すべき問題ではないと判断した。
そして、のえるはそれを受け取る。
「分かったわ。車出して。」

そしてのえるは。
「忍・・・白峰忍!!」
のえるが向かったのは、忍のところだった。近所の町を探し回り、例の如くほのかに無理やりおごらせていたところを見つける。
忍が荒れて、ああいう治安の悪いところに出入りしているのはのえるも知っていた。そして、彼女と「黄金の薔薇」は彼女の父を介して繋がりがある。
「の、のえるちゃん、どうしたの?」
動転するほのかに、のえるは端的に事情を説明する。
「健ちゃんが拉致された・・・。そして多分忍は、その場所を知ってる。」
「・・・・っ!?」
一瞬何を言われたのか分からず、そしてその言葉の意味を理解してほのかの顔面が蒼白になる。
その一瞬の間に、のえるは忍に詰め寄っていた。
「健ちゃんはどこ!?教えなさい!」
その気迫に一瞬怯む忍だが、直後へらっと軽薄な、挑発目的の笑いを見せ付ける。
「そんなに思ってもらってるなんて、健ちゃんも幸せだね。今度会ったら折原のこと大事にしろって言ってやるよ・・・会えたらの話だけどね。」
ギィン!
のえるの首筋ぎりぎりで、火花が散る。ドロロの高振動クナイを、山崎のネクタイブレードが止めたのだ。
「ぬっ・・・主、出来るな!」
「まあ、目の前のものを守れるくらいには。」
首筋すれすれの死、それに頓着することなく、のえるは尚忍を見つめ続ける。
「それが冗談で済むうちに健ちゃんを見つけたいの。分かる?人の命が懸かってるのよ!」
刃のように鋭いのえるの視線。それに気圧されて一瞬視線をそらしかけた忍が、へらへら笑いを不意に凶暴な表情に変える。
「そんなに知りたいんなら・・・力ずくで聞きだしなよ!いっつもそうしてきたように、馬鹿みたくさ!」
のえるの手を振り払うと、懐からナイフを取り出して突きつける。
「忍ちゃんっ・・・!止めてよ!」
「うるさい、ほのか!!アンタに・・・何が分かる!幸せなアンタに、一人ぼっちじゃないあんたに、守ってもらえているあんたに!健太だって、同じことだよ!!」
激しい拒絶にびくりと身を震わせながら、ほのかは今度はノエルに呼びかける。
「やめて、のえるさん!忍ちゃん・・・にも、わけがっ!」
しかし。
「分かってないこともないけど、孤独だからって、殺人の許可が得られるわけが無い。もしそうだって言い張るんなら・・・あたしも、そうするよ!」
「違うの、のえる・・・!」
怒りの余り、凶暴とも取れる面相をするのえるに、ほのかは悲鳴のように声をあげる。
のえるをとめようとして、でも飛び出しきれなくて、半端に前に出た体。その肩に、不意にぽんと手袋をつけた手が置かれる。
「え?えっと・・・山崎、さん?」
肩の手の主、山崎宅郎はほのかの視線が自分に向いたのを確認すると、ゆっくり首を振る。
大丈夫だ、と。

「長谷川だけが助かるなんて癪なのよ!ほのかが優しいのが許せないのよ!」
叫びながら、ナイフを振り回す忍。手馴れてはいるが、洗練されてはいない動き。のえるはそれをかわすが、僅かに風を破り、皮膚をかすめる。普段の彼女ならばかすりすらしないはずの攻撃だが、健太を探すために一睡もせずに走り回ったことが、流石ののえるの体力をも削いでいた。
「傷つけられたから傷つけるッ!それでいいの!?自分だって被害者だって言い張って、それで!!」
それでも必死に、忍の叫びに言葉を返すのえる。それに対して、また叫びが帰ってくる。
「分かってるわよ!私が最低だってことくらい!だったら私がいい子にしていれば何かが良くなるの!?あたしの家が、パパがママがほのかの家みたいに暖かく明るくなる?なるわけないじゃない!!」
悲鳴のような、声で。
「あんた達も知りなさいよ!傷つけばわかる・・・無責任な偽善が自分の正体だってことに!」
言葉と共に、鋭く突き出されるナイフ。体をそらしてその一撃を二の腕を掠めさせるにとどめ、のえるはカウンターで膝蹴りを忍に見舞った。
息が詰まり、体を折る忍。

「し、忍殿!」
ドロロが慌てて飛び出しかけるのを、山崎が制した。
「お待ちなさい。」
「くっ、主の危機を見逃して何の忍者か!」
「ですから、です。」
手を振り払おうとするドロロを、山崎は離さない。
「真に主のためを思うのならば、ここは見守るべきです。決着を、つけねば。」
それは、信じているが故に。のえるを、そして忍を。

「お前等、何をしている!」
と、そこに騒ぎを聞きつけて警官がやってきた。片方が総理大臣であることを確認し、「暴漢」をにらみつける。
そんな見下した眼差しを浴びせられるのが、今の自分には相応しいと忍は思った。
「・・・結局、こうなるのね。よかったわね、助けがきてさ。」
忍は笑った。嘲笑・・・それは己に対しての、己を傷つけるための笑顔。
それを見て、のえるは。
「手を出すなァ!!」
「ひ!?」
一喝。
のえるが咆え、警察官を遠ざけた。大の大人、それも警察官が震え上がるほどの威迫。
「な、何を・・・」
その意外な行動に目を見張る忍に、のえるは言った。
「一対一よ。どうせ同情してもあんたは傷つくだろうし、どれだけ言葉を交わしても、他人を完全には理解できない。」
僅かに、瞑目するような視線。そして沈黙、直後、のえるはかっと目を見開き構えると、堂々と叫んだ。
「・・・言葉を信じられないから、力に頼ったんでしょ。なら、最後までぶつかってきなさい!!」
「し、死ねェッ!!」
のえるの叫びに弾かれたように突進する忍。冷静さをなくした、勢いはあるけれども単純な攻撃。
そして。
赤が、弾ける。水っぽい音。そして、ステーキ肉を切るような・・・柔らかい手ごたえ。
銀色のナイフの刃を伝い忍の手を濡らす。暖かく、赤い。
忍のナイフが、のえるの掌を貫いていた。
「な、何で?あんたナイフくらい指二本で止められるんじゃなかったの?」
それまでの勢いとはうって変わって、震え声で問う忍に、のえるは笑った。痛くないはずがない。苦しくないはずが無い。それでも。
「あたしだって、分かんないよ。ひょっとしたら、あんたの言うとおりなのかもしれない。けど・・・」
そう言うと、のえるは忍の手を取った。ナイフを握った手を、刺されて血で真っ赤な手で。
「今そうでも、きっと変わる。みんな一人かもしんないけど、きっと独りじゃないのよ。」
忍の手から、ナイフが落ちた。力が抜けたように、へたっと地面に座り込んでしまう。
ナイフを掌から抜くのえる。抜いた拍子に血が新たに噴出し、新しい痛みが走る。だが、のえるは笑顔を保つ。奥歯をかみ締め、悲鳴など出さないようにしながら。
その、のえるを見て。
「・・・のえる、約束だ。」
と忍は、携帯電話を取り出してのえるに渡した。
「短縮番号の1だ。」
言われるままその番号を確認したのえるは、理由を理解する。
「・・・ありがと。」

そうのえるが言うと同時に、はたはたと軽い足音。そして、ほのかが駆け込んできた。
「忍ちゃんっ」
「ほのか・・・」
跪くと、のえるの血で赤く染まった忍の手をハンカチで拭いはじめる。
「いいよ・・・そんなこと。」
「駄目よ。せめて手くらい拭かないと・・・のえるちゃんとの約束を守ったんなら、手が汚れてる必要は無いでしょ。」
「止めろよ。」
「止めない。」
いやいやをするように首を振り、手を払おうとする忍。しかしほのかはその手を懸命に握り締める。もう、離さないとばかりに。
忍は困ったように呟く。
「何で、私にこんなに・・・」
優しくするの?
その後半の言葉は、口ごもってうまく言えなかった。
事実、それくらい忍は困っていた。自分でも何故だか分からないほどに。
「私が嬉しいから。」
微笑む、ほのか。
「覚えてる?和泉小学校一年三組。」
「一年?」
聞き返すような忍の言葉。
「席替えのときに、先生が私の出席番号のくじを作り忘れて、私の席が無くてね。丁度先生が職員室に呼び出されて、クラスの皆、面白がって私の席を外に出したりした・・・」
かまわず、話を続けるほのか。
「私、凄く悲しかったんだけど、何もいえなくて、泣きそうで・・・その時忍ちゃん、私の席に座りなって、言ってくれたじゃない?・・他にも、沢山、昔私のこと助けてくれた・・・」
そんなほのかの言葉に、浮かない顔をして忍は首を振る。
記憶には、嫌な言葉しか残ってない。ほのかにもひどいことを沢山言った。泣かせたこともある・・・こんなにも綺麗な笑顔の、ほのかを。
「悪い・・・覚えてない。ごめん。」
「忍ちゃんはそういうことが当たり前に出来る子だったから・・・当たり前すぎて、覚えてないんだよ。」
「違う、私はそんな・・・」
ほのかの穏かな笑みに、心乱される忍。しかしそれは、優しい衝撃だった。
「だからね。もしも忍ちゃんが独りになったときは、今度は私が味方になるんだって、ずっと決めてたの・・・」
そういって、照れくさそうにほのかは笑う。
それに、忍はゆっくりと首を振った。その意味を誤解してどきりと凍りつきかけるほのかの顔。
それに慌てた忍はほのかの手を取り、目を見て。
「ほのかはずっと私の味方だった。ありがとう、ほのか。」
告げる。涙。そして微笑み。
二色の輝きが、少女二人を彩る。

それを見届けながら、のえるは掌を貫通した傷に手当てを施していた。手当てといってもハンカチで縛り上げ大雑把に止血するだけ。
丁寧な治療をしている暇などない。
「言っておくが、俺の契約は絶対だ。何があろうと、「力」は寿命と引き換えになる。」
「別にいいわよ。大丈夫・・・」
その様子を見ながら、念を押すようにメフィが告げた。これ以上「総理でいる」ことを継続するための条件。
しかし、のえるは笑う。血で真っ赤に染まったハンカチに覆われた、赤い拳をかざし。
「いくよ、尾崎さん。」
忍から貰った携帯電話を使うと。
「官房長官?防衛庁長官と警察庁長官、それと警視総監、国家公安委員会の面々集めて。」
宣言した。
「内閣総理大臣の名において、国権を発動します!」

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