秘密結社バリスタス第二部関東編第八話 真実、空虚、そして・黄金の薔薇に立ち向かう者編
「レベッカさんッ!」
「黄金の薔薇」戦闘員の電撃にやられ倒れ伏したレベッカを、玲は助け起こした。その顔は、普段の「ハンター」としてのそれではなく、心配の表情がいっぱいに浮かんでいる。
「玲・・・」
「レベッカさん、大丈夫だろう!?「黄金の薔薇」の科学者は皆肉体強化を受けている・・・この程度の傷で死ぬはずがない!」
事実かく言う玲も先ほど原にハカイダーショットの直撃を受けていたが、既にその傷は塞がり始めている。「黄金の薔薇」の身体強化技術による自己再生は、使い捨ての戦闘員を除けばかなり高い部類に属するのだ。
しかし。
「いいえ・・・私は・・・もう・・・」
そう呟くレベッカの声に、奇妙な音が混じっていることに玲は気付いた。まるで硝子か何かがこすれるような、耳障りな音。
そして、玲は見た。レベッカの体が、まるで結晶のように変化していくのを。手が、足が、そして体から首、頭へ、徐々にその結晶化は進行していく。
「「黄金の薔薇」の肉体改造は、肉体・頭脳の強化であると同時に脱走防止も兼ねている・・・どのみち助からない。だからお願い、アリシアを・・・」
「わ・・・わかった・・・」
「そんな・・・レベッカァ!!」
苦渋の表情で頷く玲。泣き叫ぶゾンビーナ。
そして、アリシアは。
「お・・・姉さま・・・あれ、涙・・・」
殆んど茫然自失、混乱の体で、はらはらと涙を流し、そして己の心の反応にどう対処していいか分からない様子だ。
そんなアリシアに、レベッカは最後の力を振り絞って、優しく微笑みかけた。
「泣かないで、アリシア。貴方が生きていれば、私は、一つは、いいことをしたことになる・・・玲に、ついていきなさい。」
「はい、お姉さま。」
即答するアリシアに、玲は面食らったように言う。
「はいって・・・君、僕がどういう人間かとか、自分の立場とか、分かって言ってるの?」
「お姉さまがおっしゃるなら、私、貴方に従います。」
「従う従わないじゃない。君の意志を聞いている。」
かみ合わない会話に、少し苛立った口調となる玲。その途端アリシアは再びその眸に涙を浮かべると顔を白くか細い手で覆い、いやいやをするように首を振った。
「だめ・・・意志は持たない、持ちたくない。私は、何も考えたくないの・・・。」
アリシアの反応に、レベッカが代わって玲に語る。
「お願い、今は深く聞かないで。ただ、その子を守って欲しいの。アリシアは「ヴィクトルの遺産」の鍵を握っている・・・「黄金の薔薇」の高柳侯爵の進める計画に、どうしても必要な存在。必ず、狙われる・・・」
そう言って玲に差し伸べようとした手が、結晶と化して崩れ落ちる。
レベッカは、目を伏せた。
「もう、終わりのようね。玲、貴方とお姉さんを裏切った女には、相応しい最後・・・ゾンビーナとは、少なくとも今だけでいい、貴方の主義をまげて、一緒にアリシアを守って欲しい・・・ゾンビーナ、貴方には何も心配要らないと思う、けど、出来れば自身の幸せも考えて・・・アリシア、貴方は、自分の意志を・・・」
最後まで言い切れず、舌と咽喉が結晶と化した・直後、全身が透明化し、硝子の砂のようになって崩れおちる。
「レベッ、カ・・・」
「いやああああああああああっ!!」
「・・・・・・!!」
そして、三様の嘆きが、夜を満たす。
次の日。
「へぇ、画廊・・・」
驚いたような表情で、ゾンビーナはその建物を見る
場所は銀座。先の戦いの場所から離脱した玲とゾンビーナ、そしてアリシアがやってきたのは、銀座の一角。
伝統ある画廊が幾つも並ぶ通りの一隅、雑居ビルの一角に佇む、比較的小さく新しい画廊。ちなみにその下の階には聞いたこともない名前の街金融、上の階には「川獺書屋」という名前の古書店に挟まれたその店の名は「ギャラリーHIME」と言った。
歴史こそ新しいが、他の店では絶対手に入らない、歴史の闇に埋もれたような珍品が手にはいると評判の店。その主が、「狂科学ハンター」姫城玲の表の顔だった。
「意外ねえ、色々と。散々殺戮と破壊に手を染めた人にしては、お上品な商売だこと。」
じろっと、ゾンビーナが玲の横顔を射るように睨む。
その皮肉に、玲も黙ってはいない。口元をぎゅっと歪め酷薄な笑みを作ると、戦闘時にしばしば見せる氷刃のような鋭い視線を返す。
「皮肉を言い合えるほどの仲だと思うなよ。アリシアを「黄金の薔薇」の手の届かないところへやって、「ヴィクトルの遺産」を叩き潰したらレベッカとの約束は終わりだ。その時は殺す・・・いやいや、壊す、かな!」
狭苦しい雑居ビルの階段を登りながら、きつい言葉を応酬。空間に互いの強烈な殺気が充満し。
「ひ・・・」
間に挟まれたアリシアが怯え、二人は慌ててその場は険を納めて階段を上るのだった。
「えっと・・・アリシアちゃん。レベッカさんの言葉では君が「ヴィクトルの遺産」を握っているってことだったけど・・・それを持っていると、君は「黄金の薔薇」に狙われることになる。だから、それを君から遠ざけなければいけない。知っていることを話して欲しいんだけど・・・」
「知らない、私は、何も知らないの。」
そして画廊HIMEにて。玲の考えはいきなり破綻することになった。
玲としてはアリシアが「黄金の薔薇」に狙われる理由である「ヴィクトルの遺産」を断つことによりアリシアを守るつもりだったのだが、そのアリシアが「ヴィクトルの遺産」について何も知らないというのだ。
そんなはずは無いと思うのだが、何度聞いても答えは知らないの一点張りである。
「狂科学、いや「黄金の薔薇」の言い方では秘宝科学か・・・については?」
問いの目先を変える玲。だがやはりその問いにも、アリシアは首を振る。
困り果てた玲は、正直頼りたくなかった相手・・・やはり同じ心境らしく、先ほどからそっぽを向いていたゾンビーナに声をかける。
「君は、何か知らないか?」
「・・・言うわけにはいかないの。あの時のとはまた別口の約束をレベッカとしてるから。」
百足のような引きつった傷跡のある頬を膨らませ、やはりゾンビーナはそっぽを向いたままだ。
「それに、それが無くても言うわけにはいかないわ。あたしにだって自己判断能力はあるもの。あんたみたいな何も考えてない奴に漏らしたら危険な情報があるってことくらい、分かるわよ。」
その言葉に、また皮肉合戦を蒸し返すつもりかと柳眉を逆立てる玲。
しかし、その怒りは、直後冷水をかけられたかのようにしぼんでいくことになる。ゾンビーナはまるで先ほどの言葉が精一杯だったかのように肩を落とすと、静かに呟いたのだ。
「貴方を逃がしたっていう茉莉香さんと・・・アリシアや私を逃がしてくれたレベッカさんと・・・一体何処が違う、っていうのよ。アリシアと、私と、貴方、何が違う、っていうのよ・・・」
その呟きは。
千の絶叫よりも激しく、玲の心をうがった。
(・・・姉さんと、僕と・・・レベッカさんと、アリシアと、ゾンビーナ・・・)
「どういうことだい、高柳!」
ギア・グローバル日本支社、すなわち「黄金の薔薇」日本支部ビルの最上階支部長の間に、荒々しい声が響く。
雌虎の吼え猛るようなその声は、リタ=ヴァレリアのものだ。
「やれやれ、騒がしいのうリタ。」
そして答える嗄れた声。それは、リタと机を挟んで向かい合う老人のものだ。どっしりした執務机と比べると本当に枯れ木のように細く見えるが、その落ちくぼんだ目には年齢不相応の酷くぎらぎらした輝きに満ちている。
この男こそ、「黄金の薔薇」日本支部長、高柳征爾である。
左右にタケルと百腕巨人を護衛に付けた高柳は、空とぼけるようにわざとらしく言葉を返す。
「で、何じゃ。何が不服か?」
「ふざけるんじゃないよ!あれはどういうことだい!」
その態度に、リタの今までつもりにつもった不安が爆発した。高柳の服の胸倉を掴み、怒鳴りつける。
「黄金の薔薇」の誇る監視衛星「英知の瞳」。それにより「黄金の薔薇」の撤収した後のあの戦場の様子を映した映像に、それは映っていた。
結晶体となって砕け散るレベッカ。それは、彼女が全く知らされていなかった現象である。
そのリタの様子を、まるで面白い芝居でも見るかのように笑いながら見ていた高柳は、やはり笑いを含みながら答えた。
「貴様等戦闘員や下級の科学者は、体内に特殊なプリオンを埋め込んであってな。アレは身体・頭脳を強化する強化があるのだが、我が「黄金の薔薇」の支給する薬物なしでは、半日と体を維持することが出来なくなる。」
「な・・・!」
驚愕の表情を浮かべ、反射的に身を退くリタ。そのワイヤの束を寄り合わせたような量感のある強靱な体を舐め回すようにじろじろと眺め、高柳は薄く笑う。
「貴様のその強靱な肉体も、一度薬の供給を失いプリオンの暴走を許せば、遺伝子情報すら残さず綺麗な結晶と化して砕け散るのだよ、リタ。分かったら・・・この手をとっとと離せ、不作法な雌犬めが。」
ぎろり。
老人の瞳が、不気味に輝く。間違いなく、後僅かでも勘に障ることがあったら、それだけで、「黄金の薔薇」貴族階級への礼儀を失したと言うだけで、命をつなぐ薬の供給を絶つとその目は言っている。
「う・・・」
仕方なく、手を放つリタ。その手が握っていた後をいかにも汚いものが触れたように神経質にハンカチで払い、それを邪険にふるってリタに退出を促す。
「分かったな。分かったらとっとと去ね。レベッカめが持ち出した人形共を・・・そして、「ヴィクトルの遺産」を回収してこい。」
怒りに震えながら、無言を保ち踵を返すリタ。その背中に自分から追い払っておきながら、高柳は再び言葉を投げつける。
「そうそう、リタ。お主最近古傷が痛むような感覚を感じることはないか?」
「・・・何?」
わざとらしくいたわるような、高柳の口調。それに逆に不安を覚え、そして確かにそんな痛みを最近感じるようになっていた為、リタは足を止める。
そして続いた言葉は案の定、リタにとっては最悪のものだった。
「お主の身体、改造による耐用限界が近づいているのだよ。このままではもうじき死ぬだろうが・・・何、功績を挙げれば再改造をしてやろう。今度の任務は、失敗は許されんな。ふぉふぉふぉ・・・」
嘲笑う高柳。リタはただ歯を食いしばりながら、それに背を向けるのが精一杯だった。
何故かこんな時、戦場で出会った敵の少年兵士のことが思い出される。お道化ているようで、それでいて、酷く真っ直ぐで、優しい。
(きっど・・・)
「さて」
リタが去ったのを確認すると、高柳は執務机に作りつけられた端末を弄った。必要なデータを引き出すと、しばし思案の後傍らの自動人形に命令を下す。
「お主等にも仕事だ。タケル、貴様もレベッカが持ち出した人造人間共を回収してこい。ただし・・・リタとは別にな。」
「ふぇ?何でですか、マスター?」
奇妙な命令に、いささか芝居がかった仕草で首を傾げるタケル。その仕事はさっき、リタに言いつけたばかりではないかと。
「貴様に理解など求めてはおらぬ。ようは仕事を忠実にこなせばいいのだ。自動人形は自動人形らしくしておれ。」
「はーい、マスター。」
ぶすっとした、機嫌を損ねた少年そのものの人間くさい仕草で頬を膨らませ、身を反らすタケル。リタを信用しえいないが故の、監視兼用の保険・・・そんないやらしい役割を、それと知らずタケルは拝命する。
「それと、百腕巨人。」
「ははっ!」
主の呼びかけに、これまたいささか大仰な仕草で答える百腕巨人。
「貴様には、別の仕事だ。白峰めが泣きついてきおってな。奴にはそれなりに利用価値があるし、利害も一致しておる。我が「黄金の薔薇」日本支配には丁度いい人形だ。」
言うと、高柳は干物のようにかさかさした薄い唇を舐めた。その舌は乾ききった皮膚と比べるとあまりに赤くぬらぬらしており、普通の人間には一種独特の気色悪さを感じさせる。
しかし微塵も表情を動かさない百腕巨人・・・高柳は、それ故にこの男を信頼否信用している。
タケルはあれこれ考えても結局命令に従うように自我を形成し作ってある自動人形、そして百腕巨人は幹部の命令に従い事を無上の喜びと感じるようにこれも人間兵器への改造段階で思考を「作って」ある。
それは信頼ではない。ボタンを押せば確実に同じ動きを繰り返す、道具への信用に等しい。
ともあれ高柳の節くれ立った指がコンソールを叩き、一枚の写真をディスプレイ上に呼び出す。
にやりと口元を歪め、高柳は笑った。
「人形にも使えない役立たずの小娘に、大人のルールというものを教育してやらねばならん。我々の協力者の周囲を、嗅ぎ回っているようだでな。」
そのディスプレイに映し出される写真は。
旧式だが「黄金の混沌」期以降出動機会がほとんどなくなったため予算を削られた関係上今だ現役の特生自衛隊64式メーサー殺獣光線砲車の上でにっこり笑ってポーズを取る、折原のえる「総理大臣」のものであった。
「襲撃準備、整いました。ハンターは依然外出中のようです。」
そして、ギャラリーHIMEの外、物陰。
リタは戦闘員達を率い、襲撃の機会をうかがっていた。
「おい。」
「何でしょうか、リタ様。」
そんな中、ふとリタは傍らの戦闘員に問いかける。
「お前達は、高柳の部下として、この「黄金の薔薇」という組織の一員として生きることに、不満を感じたことは無いか?」
「は?」
一瞬首を傾げた戦闘員は、直後何を言うのかと言わんばかりの表情で答える。
「何をおっしゃられます、リタ様。我々は偉大なる「黄金の薔薇」の目標実行のための歯車。それが不満などと・・・」
「そうか。」
答えるリタの顔は、今まで見たこともないような無表情。
そして。
「なら、お前達はいい。」
しなやかなリタの腕が、直後その戦闘員の首筋に叩き込まれた。一溜まりもなく昏倒する戦闘員。
「な、リタ様!?」
動転する戦闘員達目掛けて、リタは襲いかかる。閃光の二つ名を持つリタの機敏な動きは、あっと言う間にその場の戦闘員達を全員沈黙へと追い込んだ。
本来ならば殺したほうが後腐れが無いのだろうが、そんな気分にはどうしてもなれない。
「あたしは・・・」
呟き、リタは独自の行動を開始する。
自らが倒した戦闘員の中の一体が、起きあがるのに気付かないまま。
「ふむ・・・」
起き上がった戦闘員は、呟く。暫しの思案顔の後、結局リタの後を追うでもなく、その場から立ち去った。
ただその戦闘員が身を翻すとき、一瞬・・・その場にいて誰かが見ていても、見間違いだろうと思う些細な時間。
黒いはずの戦闘員のボディスーツが、一瞬白い洋服になったように、見えた。
監視システムも防衛システムもないギャラリーHIMEに、リタはあっさりと踏み込んだ。今までは玲一人の空間だったこの場所に置いては、玲そのものが強大な戦力である故にそんな物はいらなかった。だが一度誰かを匿うとなると、それは決定的な問題点。
しかし油断は出来ない。例えハンター、姫城玲が居なくても、アリシアと共にレベッカが連れだした最新型のF式人造人間・ゾンビーナがいる。
「とはいえやるしかないかっ!!」
ダン!
勢いよく扉を蹴破るリタ。
しかし。
「・・・?いない、だと?」
勢い込んで飛び込んだ部屋の中に、ゾンビーナの姿は無かった。
壁にかけられた絵のほかは閑散とした印象すら受ける部屋。そこから扉一枚でつながる寝室に、人の気配。
扉を開けると、ベッドの上に確かにあの日レベッカが連れ出した娘がいる。高柳が渡した資料に寄れば、この娘が「ヴィクトルの遺産」の鍵、ないしはそのものとでも言うべき存在らしい。下っ端に知らせる情報は無いらしく、ぼかしてはあったが。
明かりもつけずに、ぼんやりとベッドに腰掛けていた娘は、酷く疲れたような、12,3歳ほどの姿とは対照的に老い朽ちたような印象すら感じさせる動きで首を回し、リタを見る。
鍛え上げられた体を持つ、褐色の肌の娘。アリシアとは、正反対の外見の。
同時刻、ギャラリーHIMEの入っている雑居ビルの屋上。
「・・・来たわね、「黄金の薔薇」。」
ばりりっ、と鈍い音を立ててゾンビーナの手足の皮膚が破れ、中からプラズマ制御用のメカニズムが露出した。すぐさま破れた部分は再生するがどろりと流れた血と飛び出した機械のコントラストが、彼女の体を酷くアンバランスに見せる。
そのゾンビーナと対峙するのは、逆に全身からかたかたかちかちと歯車の音を立たせている、時計仕掛けの少年・タケル。
「うん。悪いけどアリシア君と君を連れてこいって命令されちゃってね。」
あっけらかんとした口調で答えるタケルだが、その手は既に体内の物質反転機関ケルブランジェネレータを始動させ、反物質レールガンの発射態勢に入っている。黒い皮膜服で覆われた指の間のスリットに、紫電が僅かに走る。
「命令されたら、何にだって従うの?」
とがめだてするような口調の、ゾンビーナ。彼女の扱うプラズマはガーライルフォースマスターのそれほど高熱長射程の代物ではなくタケルの反物質レールガンには威力で劣るものの、それでも当てればジャック=ウォーガンソン式人造人間を破壊することなど造作も無い。
充分に剣呑な状況。しかし、タケルはさしてそれに脅威を感じている風には見受けられない。さらりと問い返す。
「君だって、レベッカ博士の命令に従っているだけじゃないの?」
「違うわ。」
決然、ゾンビーナはタケルの言葉を否定する。
「約束したの。お願いされて、そしてあたしは、自分の意志でそれを決めた。対等に、レベッカの心を理解しようと努めて。」
「え?」
その答えに、タケルはきょとんとしたような表情を示す。
首をかしげ、目をぱちぱちさせ、何を言われたのかよく分からないように暫く考える。
「え?・・・嘘。君、人間?なの?」
「違うよ。人造人間。人造人間でも、考えて決断し、行動することはできる・・・人間と同じくね。」
動転するタケル。対してゾンビーナは、僅かに悩むように独白した。
「あの子・・・アリシアにも、それを知って欲しいんだけど・・・」
「自分で考える・・・ねえ・・・」
一方タケルもゾンビーナの言葉で戦意をそがれたらしく、既に戦闘態勢を解いて立ち尽くしている。
・・・と。
「あれ?」
タケルが首をかしげた。そして、見通そうとするかのようにじいっと自分達が立つビルの天井を見る。
「どうしたの?」
問うゾンビーナ。それに答えるタケルの声は、彼女にとっては余りにも予想外。
「・・・アリシア、っていう娘だよね?いないよ。誰かが連れてっちゃったみたい」
「な、何ですってぇ!?」
「悪いが、あたしと一緒に来てもらおうか。」
「行けば、いいんですか?」
きょとんとした、人形のような無表情で振り返ったアリシアに、リタはいささか面食らった。追っ手が来て、自分を捕まえようとしているという現状をとても認識しているとは思えない反応だったからだ。これでは精一杯ドスを利かせた声を出した自分がむしろ馬鹿みたいに感じられる。
「分かりました。」
ひょこりと立ち上がると、アリシアは荷物を纏めだした。そのあまりの従順さは本来都合がいいはずなのに、リタは憤りに近い理不尽な感覚を憶える。
「ちょ、ちょっとあんたねえ!一体状況ってものが分かって・・・」
「分かりたく、ありません。」
リタの言葉を、不意にアリシアは遮った。小さな両手で耳を塞ぎ、リタに背を向ける。
「私は、何も分かりたくありません。ただ従うだけです。ですから・・・、そんなこと、言わないで下さい。何も考えたくないんです。」
「・・・・・・」
その言葉に、リタは違和感と嫌悪、そして否定的な感情を覚える。しかし、今はそれについて言っている時間は無い。
「まあいい。ついてきな。」
「あ、桜さん。」
「え、姫城玲・・・よね?」
神保町、ある老舗のケーキ屋にて。
連絡を受けてその待ち合わせ場所に現れた、自衛隊戦史研究室の扇桜は、呼び出した相手に少々驚きを隠せなかった。
姫城玲。画廊「HIME」オーナーにして、裏世界では知らぬものの無い「狂科学ハンター」。超科学を政府のために(と言いつつもかなり独立独歩で)収集管理するのが任務の戦史研の桜達からすれば、本来はライバル関係である。
そんな相手から呼び出されたので、かなり警戒していたのだが・・・今目の前に居る青年は、はっきり言って殺気の欠片もなかった。
先に店の一隅に腰掛け、ケーキを突っつきながら紅茶をたしなんでいるのだが、ケーキを口に含むときは僅かにその甘みを楽しむような風情が見受けられるものの、全体としては憔悴したような、気の抜けた感じ。
(へえ・・・)
その様子に、ふと桜は全く場違いな関心を抱く。普段は戦闘中においてしか出会うことがないので気付かなかったが、こうして普通の殺気立ってない表情を見ると。
(意外と可愛いじゃない、この子)
「まあ、座って。好きなの頼んでいいから。おごるよ。」
「へーそう、じゃウルトラジャンボミックスハイ・DXキングギドラパフェと珈琲、ブルーマウンテンね?」
どんなパフェなんだが分からないが、とにかくボリュームはありそうでかつ高そうなものを桜は注文し、どっかと玲の向かいに腰掛けた。甘い者が好みというわけではなくむしろ桜は酒好きの類なのだが、おごってもらう機会は最大限活用するつもりらしい。
「で、玲。一体どういう風の吹き回しな訳?あんたがあたし達戦史研と接触持とうだなんて。月形さんとかが知ったらこの場に殴り込みかけそうだから、あたしが独断で来てみたんだけどさ。」
そう親切げに言いながらも、桜とて用心して無いわけではない。既にこの店の周囲に、彼女の「能力」を用いた仕掛けをしてある。
そんなしたたかな桜に対して、玲は本当に珍しいほど無防備。
「何だかさ、自分のやっていることとか「黄金の薔薇」とか秘密結社のこととか色々、よく分からなくなっちゃって。」
「へぇ?!」
へにゃっとうなだれる玲。目を丸くする桜。
「狂科学の世界にも、純粋に夢を求めた人も、いたのかな・・・。そして、その成果が純然たる形となって現れたことも・・・」
玲の疑問とも独り言とも取れる呟き。
桜はそれを真面目に受け止め、腕を組んだ後答える。
「うーん・・・零だった、ていうことはないでしょうね。少なくとも人間のやることにパーフェクトってのはないわ。発明発見でも、主義主張でも。完全な悪も、善もあり得ない。」
「うん。」
ある意味では、今までの玲の行動を否定するような発言。しかしそれに頷いてみせる玲に、桜は思わず心配になってしまう。別に味方というわけでもないのに。
「あんた。・・・ホントにどうしちゃったの?何かあったとしか思えないんだけど・・・」
「ああ。実は昨日・・・」
そう切り出すと、玲は昨日あった出来事を、桜にかいつまんで(ついでに知られるとまずい部分は伏せて)語り始めた。本来ならこれも考えられないことだが、それには理由がある。
一通り語り終えると、玲は桜に問う。
「それで、その子を守らなくちゃいけなくなったんだけど。「ヴィクトルの遺産」って、一体何なんだって思う?桜さん。」
不意に、玲の声に力が戻る。そもそも今回の本題はこれだったのだ。
「あの子がそれを持っているのだと思うんだけど、それが何なのか分からないことには、「黄金の薔薇」からも守りようがない。そういう「保護」に関しては、桜さん達のほうが慣れているだろう?」
「ふむ。普通に考えるなら、ヴィクトル=フランケンシュタイン博士の人造人間製法の完全な方法か、人造人間そのもの、ってことになるんだろうけども・・・」
要するに、そういうことだ。玲は「攻撃」には成る程強いだろうが、特定の者を「守る」ということは、天涯孤独の復讐戦を初めてからこの方、ついぞ無いのだ。だから、
「ヴィクトル博士の人造人間は、あくまで不完全なものだったわ。表世界における小説「フランケンシュタインの怪物」の記述が、何処まで本当のそれと合致しているのかは分からないけれども、「黄金の薔薇」が入手し現在運用している技術と、そう大差のあるものじゃないのよ。」
桜の言葉に、例が自分の知識から合いの手を入れる。
「確か、旧独逸第三帝国が日本に渡した・・・」
「そう、「フランケンシュタインの心臓」。心臓自体は広島に運ばれた後原爆の放射能をきっかけに独自に再生・怪物化し、地底怪獣と戦闘後地割れに呑まれ失われた。その後その細胞破片が再生し、更に二体の怪物となったけど、自衛隊の攻撃と怪物同士の戦いでやはり滅んだ。でも、その間に「黄金の薔薇」はその組織を手に入れ分析し技術を手に入れた、だからそれはある意味オリジナルのクローン、そのものと言っても過言じゃないはずなの。」
言いながらも、桜は思案顔だ。確かに考えれば考えるほど、それほどの技術を持つ「黄金の薔薇」が求める「ヴィクトルの遺産」が何なのか分からなくなる。
「今の「黄金の薔薇」日本支部長・高柳は戦後、進駐軍と共に日本に渡った「黄金の薔薇」と接触、古い日本の機密情報を売り渡す事によってその地位を築いたらしいけど、そいつが追い求めているって事は、やはり日本に渡ったものなのかしら。あの時代はただでさえ「鉄人計画」や「超人機計画」とか「強化外骨格」とか、あの手の兵器の開発計画がたくさんあったわけだし・・・」
「待てよ。」
しかし、その言葉を聞いていた玲は、逆に気が付いた。今の、そしてさっきの桜の言葉。
(人造人間製法の完全な方法か、人造人間そのもの)
(表世界における小説「フランケンシュタインの怪物」の記述が、何処まで本当のそれと合致しているのかは分からない)
そして。
人造人間ゾンビーナ。そもそも、玲にここまでの心境的変化を促した存在。あれが、「ヴィクトルの遺産」を手にしたレベッカの作品だとするならば。
「まさか・・・ヴィクトル博士の造りあげた人造人間の完成形が「怪物」ではなく、もっと高度な領域のものが「もう一人」存在したなら・・・!」
「え、何!?」
咄嗟に立ち上がる玲。それに慌てて立ち上がった桜だが、すぐに別の気配に気付く。
同時に玲も。
「「黄金の薔薇」・・・!」
「やれやれ・・・ウルトラジャンボミックスハイ・DXキングギドラパフェはお預けか!」
直後喫茶店の窓を蹴破り、「黄金の薔薇」の戦闘員達が飛び込んできた。
否。
「えっ!?」
よく見ると飛び込んで着た戦闘員は、皆意識を失っている。違う。飛び込んできたのではない・・・吹っ飛ばされてきたのだ。
「な、なんだ・・・」
「ハンター玲、大変だよっ!」
珍しく状況が飲み込めず動転する玲を、名指しする声が響く。
「・・・ゾンビーナ!?」
ゾンビーナの声だ。ケーキ屋の窓から姿は見えないが、確かに声と、激しい戦闘音がとどろき始める。大方ビルの上で戦闘を繰り広げているのだろう。
「アリシアがさらわれた。あたしが「黄金の薔薇」の人造人間とやりあってる間に、他の奴が・・・ええいっ、このっ!あんたのせいなんだからね!!」
「うわーーーっ!ちょ、やめてってば!仕方ないだろ、俺とリタ、あーっと多分アリシアを連れ出したのはそいつだとおもうんだけど・・・は指揮系統が違うんだから!」
ゾンビーナの叫びに混じって、軽い印象の少年の声もやかましく響く、街中で、とても秘密結社とそれに敵対するものの暗闘とは思えない、大っぴらな騒ぎだ。
「あたしはあたしで追いかける!だから玲、あんたもレベッカさんとの約束果たしなさいよ、ちゃんと!!」
その叫びを最後に、ゾンビーナの大声は途絶えた。
「玲・・・今のが?」
玲の色白の顔を覗き込むように、問いかける桜。
無言で、玲は頷く。
(約束)
その言葉が重く、かつ複雑に、玲の心の中を揺れ動いた。
静まり返った倉庫街、動くものはない。
1980年代後半に構想された未来型港湾都市の一部として建造されながら、バブル崩壊により放り出され、使われること無く、されど浮かれ騒ぎのとき以前より連綿と高められてきた建築技術により崩壊することもなく、墓標のように立ち続ける倉庫の群れ。
「黄金の薔薇」に反逆しアリシアを連れ出したリタは、その一角に身を潜めていた。
固形燃料の火で湯を沸かしたリタは、コーヒーを作ると無骨な金属のカップに注いで、アリシアに渡した。インスタントとはいえ、それなりにいい香りが停滞した空気を染める。
「だから・・・私は何も知らないし、何も考えたくない・・・」
玲に言ったように、やはりひたすらに心を閉ざすアリシア。そんなアリシアに対し、リタの注ぐ視線は以外員も、優しいものだ。
「そうかい。アンタから「ヴィクトルの遺産」のありかを聞き出して、高柳の野郎が手に入れる前にぶち壊してやろうかと思っていたが・・・しかたがないな。」
諦めたワケではない。どの道「ヴィクトルの遺産」唯一の手がかりであるこの娘を抑えていれば、「黄金の薔薇」の手にそれは渡らない。
しかしそれよりも今、リタの心を占めていたのはこの目の前の不思議な少女のことだ。
「あんた・・・一体どうしてそんなことを言うんだい?」
疑問は、自然口を突いて出る。
「どうしていいか、分からないんです。自分で考えたことがなくて・・・何度かそれらしい記憶はあるんですけど、ぼうっとしてて・・・。ただ、沢山の人が死んだように思うんです。だから私は、何かをしたり考えたりしちゃ、いけないんです。」
ぼそぼそとだが、それでも答えを返してきたアリシアに、リタは会話を続ける。
「どうもよく分からないね・・・でも、何も考えない何もしないじゃ、生きていない人形みたいじゃないか。折角生まれてきて、自分の力で生きようとしなけりゃ、駄目だぜ。」
「人形だったら、楽だったのに・・・」
「え?」
リタの言葉に反応したアリシアの呟きは、小さすぎてよく聞き取れなかった。そしてリタが聞き返そうとするよりも速く、代わってアリシアが問いかける。
「リタさんは、自分の力で生きてきたんですか?自分が生まれてきたことが間違いだったなんて思わないで、自信を持って?」
それに答えるリタ。会話が、つながっていく。
「そのつもり、だよ。威張れる生き方じゃないけどね・・・生まれちまったんだから、精一杯生き抜くしかないさ。自慢できる生き方じゃなかったけどね。貧しくて、家族もなくて、生きるのに精一杯で。盗み、人殺し、何でもやったさ。それで、「黄金の薔薇」の実働部隊に拾われた・・・懐かしくもない思い出だね。」
苦笑するリタ。確かに辛い記憶が底にあるのだろうが、その表情にはなお生気があり、絶望は感じられない。その表情、自分にはない何かを、アリシアは見つめている。
「けれども、後悔はしていないよ。到底天国には入れないけど、あたしは神様に会っても胸を張って言ってやる。あたしは自分の力で生き抜いたってね。それさえいえれば、地獄に落ちたって満足さ。」
にっ、とリタは笑った。釣り込まれて、一瞬アリシアの憂いに満ちた表情にも、笑みの欠片が乗りかけたが。
「つ・・・っ!」
突如リタが顔をしかめ、胸を押さえた。前のめりに倒れこみ、冷ややかなコンクリートの床に体を預ける。傷だらけの褐色の肌に、脂汗が浮かんでいた。
「リ、リタさん!?」
慌てて屈みこみ、リタを抱き起こそうとするアリシア。リタの体を襲った苦痛は全身に広がりつつあるらしく、筋肉質の体が苦しげにもがく。
「く・・・改造耐用年数の、限界って奴か・・・それとも結晶化プリオンか・・・!どっちにしろ、長くは持ちそうに無いか・・・あぐっ!」
「・・・!」
呻くリタの様子を暫く心配げに見ていたアリシアが、突然動いた。
僅かに顔をしかめ、自分の舌の先を噛む。かなり深く噛んだためすぐ口の中一杯に広がる血を。
「んっ・・ん!?」
アリシアは、リタに飲ませた。全身を襲う激痛とアリシアのとっぴな行動に目を白黒させるリタだが、しかし直後驚きは更に増した。
全身を襲っていた痛みが、消えたのだ。
「なっ、えっ、あれ?」
何が起こったのかわからず、一瞬きょとんとした顔で瞬きをするリタ。痛みは引き、体は完全とはいえないが確かに回復している。アリシアの血が、その現象を引き起こしたのか。そしてアリシア本人の舌の傷も、もう塞がっているらしい。口を拭うアリシアには、もう出血は無い。
「これ・・・体の回復力が高められたのか?あの血で?」
そういう現象に、リタは心当たりがあった。F巨人を作るときに使われる、細胞活性化薬液だ。しかし大量に注ぎ込まねば死体を再生できないそれと違い、アリシアの血は僅かの量でそれを可能にした。
驚くリタを、アリシアは複雑な表情で見つめている。まるで、さっきまでいくらか親しくなり始めていたリタと、もう別れることが決まったかのように。
そしてその表情が、リタに気づかせた。先ほどからの言動の意味、そして、それにこの血の不思議な力を考え合わせるならば。
「まさか・・・あんた自身が、「ヴィクトルの遺産」そのもの、なのか?」
その時突然、倉庫の扉顔と建てて開け放たれた。
「なっ・・・!」
叫びながらも、咄嗟に身構えるリタ。ワイヤーつきの腕輪が素早く繰り出され、何時でも投げられるよう手に収まる。
薄暗い倉庫の中に差し込む外界の逆光、それにシルエットを削りだされるように立つ「黄金の薔薇」戦闘員とF巨人の軍団、そして。
「高柳!!」
「ふ、こんなところに逃げ込むとは、下賎の野良犬らしい馬鹿さ加減じゃな。我等「黄金の薔薇」が保有する監視衛星「英知の眸」は、物体の固有振動を捉えて位置を特定できる。我等の手によって作られたお主の体、見逃すはずも無かろう。」
嘲笑う高柳。その表情には圧倒的なまでの余裕が感じられる。配下の手勢、F兵器や戦闘員どもではリタを倒せないことは重々承知のはず。
それは、力。大幹部としての高柳が有する、桁違いの戦闘能力。あのタケルや百腕巨人よりも更に上の、底知れぬ力。
「く・・・うぉぉおっ!!」
戦士としての勘でそれを察知しながら、それでもリタは動いた。気圧操作リングが飛び、真空断裂が高柳を襲う。F兵器や戦車ならずたずたにしてしまえるほどの、リタの牙だ。
ズバァッ!
一瞬にしていくつにも切り裂かれる高柳の体。
「ふ、そんな子供だましが通用するものか。」
しかし。
「嘘、だろ・・・?」
確かに、高柳の体は切断された。しかし、ばらばらになったそれが崩れ落ちることは無い。一瞬で再度融合したのかそれとも位置関係を保ったままそれぞれが独立して浮遊しているのか、それは服のせいでよく分からない。
しかし唯一つ分かる。リタの力では、高柳を倒すことは出来ないと。
「のけ、邪魔だ。」
「がぁっ!?!?」
激痛、そしてそれと同時に、驚愕。リタの強化された反射神経系でも捉えられない一瞬で数十メートルの距離を詰めた高柳の一撃が、リタの胴体を両断しそうな勢いで叩き込まれた。
ひとたまりもなく吹っ飛ばされ、倉庫の壁に叩きつけられるリタ。皮膚と筋肉が引きちぎれ、どろりとした血が流れ落ちる。
「ぐっ、あが・・・」
「他愛も無い。反逆は死刑が相場だが、まだ体には利用価値があろう。連れ帰って解剖し、移植用の臓器にでもするか。」
そう言い放つと、高柳は目を細め、吹き飛ばされたリタに縋りつく華奢な少女に視線を向ける。
「何しろ「ヴィクトルの遺産」が手に入ったのだからな。新鮮な臓器はいくらでもいる・・・」
口がつりあがり、抑えようもなく笑いが溢れ出る。相好を崩しながら高柳は踵を返し、戦闘員に命令した。
「くくくくく・・・、おい、お前等。早こ奴らを連れてゆけ・・・」
「やだ。」
「へぇ!?」
得意満面の高柳の顔が、馬鹿みたいにぽかんとなる。唐突に絶対服従の筈の戦闘員が命令を拒否したのだ。
唖然とした高柳の顔をにやにやと面白そうに笑ってから、その戦闘員は突然に手を閃かせた。
ピウン!
「むっ!?」
戦闘員が投げつけてきたものを、咄嗟に受け止める高柳。それは、一枚のカードで、
<「黄金の薔薇」最高にして唯一の「戦士」、いただきます・怪盗きっど>
と記されている。
「ぬあああっ、貴様!!」
「ご名答!!」
それだけで全てを察した高柳が突き出した腕を、戦闘員はかき消えるような動きで一瞬にしてかわし、次に現れたときはもう、そのカード通りの・・・白いタキシードとマントに身を包み、シルクハットを被った少年怪盗の姿に戻っている。
たんたんたん、と軽やかな仕草で宙返りを数度して、きっどはアリシアとリタ、二人と高柳の間に立ちはだかる。
そんなきっどが高柳に突きつけたカードが投げ捨てられ宙を舞い、リタの目の前に落ちた。それを読み、リタは苦笑する。
「へ、何言ってんだい、あたしはモノじゃないんだぞ・・・」
「分かってます。」
脂汗と血にまみれながらもまだ気丈な様子を保っているリタにきっどはにこ、と笑いかける。
「だから了解を取りたいんだけど。「黄金の薔薇」からいただいていっちゃって、いいですか?」
その微笑に、リタは・・・また、笑いを返す。
「・・・ああ・・・たまには自分だけじゃなく、他人に賭けてみるのも面白そうだ。」
苦しみの中でも分かる、僅かな嬉しさを乗せて。
対して高柳はそんな美しい笑顔とは違う、凶暴な歪みをかさかさした唇に乗せる。
「ふん。たかが偵察型の能力しか持たぬ小僧がつけあがりおって。お前如きこやつ等で充分というものよ。ゆけぃ!!」
「ごおおおおおお!」
地獄の底から響くような陰惨な咆哮と共に、F巨人達が突進してくる。その巨大な肉体はきっどの武器である細身のレーザーブレードや収束電磁波、ギロチンハットでは倒すことはあたわない。F巨人の拳もまたナノマシン集合体であるきっどには効果が薄いかも知れないが、弱点である額の結晶体にあたれば致命傷を受けることは確実。
時間がかかるかもしれないがきっどに勝ち目は無い。
しかし高柳のその読みはあっさりと覆る。
きっどの顔面めがけて、巨大な拳を振りかざすF巨人。その拳を身軽なステップでかわしたきっどは、一瞬でF巨人の懐に潜り込み。
その右手が、一瞬掻き消えた。直後。
「げぇぇぇぇぇぇええええええ!!!?」
知性を持たないF兵器すら、恐怖に凍るような悲鳴。薬物が大量に混じった血を口から吹き散らして、どうと倒れふし、そのF兵器は死ぬ。
対するきっどは、掻き消えた状態から元に戻った右腕全体を鮮血に染め、そしてその手袋をした手に未だびくびくと蠢くF兵器の心臓を握り潰している。ナノマシン集合体である体を分解して敵の体内に送り込み、実体化させて内蔵を引きずり出す。彼の体組織の特徴を最大限応用した、まさに必殺の技。
「盗んでみせる・・・例えそれが命でも!!さあ、雑魚を引っ込めろ!勝負だ高柳!」
きっどの言葉には、微塵のハッタリもない。この新たに見せた技を加えれば、きっどとF兵器たちの戦闘能力の比率は完全かつ圧倒的に逆転する。そうなれば、いくら繰り出してもただの肉人形同然、完全に無駄な消耗だ。
その言動が真実であるが故に、高柳の心中に激怒の火が燃える。骨ばったこめかみに浮かぶ血管がびくびくと引きつった。
「小僧・・・!いいだろう、相手になってやるわ!」
純白のマントと、逆行の黒いコートが、激しくはためき激突へと突き進む・・・!!
関東編最終話「抗いの尊厳」へ続く。