秘密結社バリスタス第二部関東編第五話 あくまでも

ガラン城から帰り着いて、数日の後。
失った片手の代わりの腕を継いだはいいけど、くっついて一体と化すまで体力をそちらに傾けるため寝ていたシャドーが目を覚ますと。

「・・・おはよう。」

目の前に、長い黒髪でメイド服を着た、外見年齢十歳ほどの女の子がいた。
大きい割に切れ長で動きの少ない瞳が特徴的だが、小さな口元には少し、ほんの少し気づく程度の微笑が浮かんでいる。
「大丈夫。ご飯はもう出来てるから。紫亜が作っている。」
紫亜。聞いたことの無い名前。
と、味噌汁の入ったらしい鍋を持った、白を基調とした服の上にさらに白い割烹着を着た、目の前の女の子よりいくらか年上に見える少女が、開いた戸からみえる廊下を通り過ぎていった。肩の上に一匹の黒猫が乗っている。のえるを総理大臣にした、あのネコ型悪魔メフィだ。額に星模様のある黒猫なんぞ、そういやしない。
ご飯を作っているということは、彼女が紫亜であろうか。
と、その紫亜の後を追いかけるように廊下に現れた、前の二人とは違って金色の髪にベレーをもう少しふわっとさせたようなデザインの帽子が特徴の少女が、部屋に入ってきた。
「ほらほら、掃除するから早く出た出た。アーテリー、ごみ捨てといて。」
「はい、ミルキィ様。」
その金髪の少女の命に従い、後ろに隠れていたらしい黒いおかっぱ頭の、と、何故かその天辺から質感から言って明らかに体の一部らしいウサギそっくりの耳が生えた8歳ほどの、最初の女の子よりさらに小さな女の子がぱたぱたと軽い足音を立ててゴミ箱を運び出す。
そして、それまでのやり取りで名前が出ていないの自分だけだと気がついたらしく、ぼそっと呟く。
「・・・る、瑠玖羽。るく、って読んで。」
少し恥ずかしそうなその言葉が、まだ完全に覚醒しきってなかったシャドーの頭脳にしみこみ、そして。

ドン、ドタバタ、ダダダダダダ・・・

「・・・そんなに急いで出てかなくてもいいのに。」
シャドーは走った。

ケロン人が作り出した、日本国総理大臣が居候している家の地下にあるバリスタス関東軍アジト。
その、本部地下宮殿や「北洋水師」基地・神刺塔などとは違う、銀や白などいかにも「宇宙人関係の基地」といった感じの内装の廊下を、改造人間としての全力を発揮して走り。
全支部との回線を一度に開き、叫ぶ。
「今朝目が覚めたらアジトがシスプリ状態なんだが・・・誰の差し金だぁっ!!!」
「あ、我輩。」
即答で、北洋水師の長、悪の博士が返答した。そして、へたへたとへたりこむシャドーに奇異の視線を注ぐ。
博士はどうやら今日は上機嫌のようで、黒衣の膝の上に一匹の猫なんか乗せて撫でている。羅紗のように滑らかな毛並みの、博士の服と同じ黒い猫。
「ついでに言うとくが、シスタープリンセスではないぞ、彼女達は。メイドさんも混じってるから、どっちかっつーとむしろ天使の尻尾・・・」
「ええいやかましいわっ!」
イキナリぼける博士に、叫ぶシャドー。
「・・・で?彼女達は一体なんなんだ?」
しかしその突っ込みの勢いで何とか心と体を立て直したシャドーは、脱力を振り払って尋ねる。
「彼女達は下位次元族の・・・早い話が魔族だ。悪魔だけど、デーモンではなくデビルの方。」
「まあ、デーモンではないだろうな。」
落ち着いて思い出し、脳内サブコンピュータの自分の体の記録にアクセス。確かに彼女達の体には霊子の反応が会ったことを確認する。
博士の言葉に会ったデーモンというのは、英語で言う魔神、すなわちキリスト教において異郷の神を悪魔としたデーモンではなく、その名で呼ばれる下位次元の一民族のことだ。参考までに言うと、デビルは堕天使の部類をさす。
デーモン族は他種生物を取り込んで自己進化する能力を持ち、その大半が複数の動植物の要素を滅茶苦茶に融合させた怪異な姿を持っている。彼女達とは外見が全然違うし、何より「黄金の混沌」末期のルシファー戦争で、殆んど全滅してしまっている。最も、他の下位次元族も滅亡寸前と言う点では同じだが。
「で、何故彼女達が着ているかというと、これはかねてからの我輩の外交の成果だ。」
と、博士はにんまり笑う。得意がっているのかと思ったが、どうやら膝の上の猫が顔を博士の腿に擦りつけ、髭がちくちくしてくすぐったいだけのようだ。
「宇宙において反銀河連邦諸種族、地上において吸血鬼など夜族や同じ志を持つ秘密結社、そして異次元において彼ら下位次元と連帯すること。これこそ我が組織の大義、今の世界において不幸である全てとの連帯に適いかつ戦力の増強を最も効率的に行いうる計画というわけだ。」
胸を張る博士。これが勝利の鍵だ、などと呟いてから話を続ける。
「我等の誠意の証明として、地上において彼らを排撃していたイスカリオテの打倒と言う命題を果たした今、彼らは契約に同意してくれた。彼ら自身は少々前に魔族の残存戦力が千年紀の魔力高騰を利用した、地上移住の最終計画が上位次元から神聖魔力を貸与されたエンジェルナイトに粉砕され失敗し手詰まりの状態にあったしな。」
実はそのエンジェルナイト、博士と弟のまんぼう共通の知り合いである与謝野組組長の孫娘なのだが、博士自身は事情を知らず悪意もない。というか、ヤクザの後とり娘がそんなことをしているなどとは普通夢にも思うはずが無い。しかし、この件は後々バリスタスの戦いに大いに関与してくることとなる。
ともかく事情を聞いて、一応シャドーは納得した。
ただ一点を除いて。
「しかし・・・なんであんな、小さな女の子ばっかりなんですか?」
もっともな疑問だった。理由は言うまでも無かろう。
しかし、その問いに博士は怪訝そうな顔をした。
「?・・・分からないのかね?ドクターゴキラー。」
何故か、あまり使われることの無いシャドーのもう一つの通り名を使う。ゴキブリの改造人間であり科学者でもある彼を、彼の敵が例えた名。
「説明願いたいですね。」
「了解した。」
頷くと、博士は念を押すようなゆっくりした口調で喋りだした。
「彼ら下位次元族は、生身の三次元人と異なり数百数千、ことに強い力を持つ種族ならば数万年に近い寿命を誇る。それは、分かるな?」
「もちろんだ。」
秘密結社の幹部にとっては、これくらい常識である。そんな簡単なところから話を始める悪の博士に、シャドーはやや憮然と頷いた。
「そして、彼らは過酷な彼らの世界から、並位次元宇宙の中で最も転移しやすい、多層次元をつなぐ蓋たるこの「要石の星」地球への移住をもくろみ、長き戦いを繰り広げ、敗れ続けてきた。」
これは、やや聞かない話だ。この青き星地球が、銀河系の中では辺境に位置する本来取るに足らない星が、何故ここまで宇宙的に重視されるのか、その答え。
ここが、次元をつなぐポイントの中で最大の一つだから。次元図において「横」に位置するクライシス、ベーダー、ネジレジアなどの並位異次元だけではなく、魔界、不思議界などの下位次元、それどころか魔法を使う正義のヒロインたちや、高潔な意志を持って秩序を維持しようとする鋼の獣・星獣やパワーアニマル、それどころか伝説の降臨者ガーライルの領域にすら通ずる上位次元とも、この星は連絡を持つという「理由」。
「上位次元への道なら、M78星雲惑星タルトセスにもあるといわれていたが、そこの「要」は閉じてしまったらしく現在では確認できない・・・と、話が脱線したな。ここからがポイントだ。」
心持ち、博士は身を乗り出した。
「人間は、一歳でも赤ん坊のままだ。だが動物は、人間よりはるかに寿命の短い生き物は、一歳なら大抵立派な大人か、少なくとも若者と呼ばれる領域に達する。成長に必要な時間は、寿命の長いほうがかかるということだ。」
念を押すように、博士は手元の黒猫を撫でた。猫は、僅かに咽喉を鳴らして博士の鋭い甲殻で覆われた手に顔を擦り付ける。随分馴れているようだ。
「つまり、今までの戦いで急速に、種族としての成長・成熟速度以上の速さで大人の男女とやや幼くてもある程度戦闘力を持つ若い男をほとんど失った下位次元族は、今ではロリな女の子が大半ということだっ!!!成長遅いから、しかも暫くこのまんまっ!!」
くわっ!!
がたんっ。
八つもある目玉を思い切り見開いて博士が力説し。
今度こそ完全に脱力したシャドーが、椅子から仰向けにずっこけた。
その様に不満を覚えたのか、博士はますます力説を続ける。
「いや、冗談ではないぞシャドー殿。実際この男手の減少というのは、絶滅危惧非人権知生体の殆んどに当てはまる、いうなれば国際問題なのだぞ。」
「は、はぁ・・・」
まだひっくり返ったままの姿勢で、気の抜けた返事をするシャドー。
「実際我が娘フェンリルもそれで苦労しておる。折角念願の「夜真徒(やまと)国」を立ち上げその郡主(ぐんしゅ)に収まったのはいいんだが、さしあたってキリスト教、イスカリオテどもの勢力範囲外だった東欧・露西亜・中央亜細亜・中南米と駆けずり回ったはいいが、やはり生き残りの吸血鬼・人狼ともに女子供が殆んどでな。仕方ないから以前盟約を交わしておいた「蝉の王」の人狼兄妹だけではなく、「最後の大隊」の人造、まがい物の吸血鬼どもも「更生」させようかという計画も考えているようだ」
夜真徒国。
日本の古い名と同じ音を持つ国は、公式に存在を認知された国ではない。そもそも領土も持たず、明確な国家としての体裁をなしているわけではない。
しかし、それは国だ。吸血鬼、人狼、この地上において夜をおっかなびっくり生きることしか許されない、もはやノーライフキングと恐れられることも無い夜の一族が、安心して暮らす国。
あの幼かったフェンリルが、今、人狼一族の主の血族としての使命を果たすために作った国。群れの主という意味の「郡主」という国家元首の称号は、彼女の出自、人狼の伝統にのっとってのこと。
「彼女も成長したものですねぇ・・・」
思わず感慨のため息を漏らすシャドー。博士もうんうんと何度も頷く。
と。
「・・・シャドー。味噌汁冷める。早くご飯にして。」
先刻シャドーを起こした瑠玖羽と名乗る女の子が入ってきた。
シャドーの脳みそは真っ白になり、直後動揺する。
(まずい。)
先刻、シャドーは博士のボケでずっこけた。
(このシャドー、一生の不覚・・・何たる大失態!)
そして、長い触角と複眼のおかげでその姿勢でも部屋の殆んどを確認できるシャドーは、床に転がったまま博士と話していた。超感覚に慣れた改造人間がよくやることだし、組織ではこれくらいの行いは無礼には当たらない。
ただ、倒れている方向がまずかった。
(私には断じてその気はない、しかし、これではいいわけできない・・・っ!!)
早い話が。
床に仰向けに寝っころがったシャドーは、扉のほうに頭を向けていて。
そこにメイド姿の瑠玖羽が入ってきて。

スカートの下から瑠玖羽を見ることになったシャドーには、パンツ丸見えなのだ。

シャドーが何かを言う前に、博士が残酷にも瑠玖羽の足元を指差した。
咄嗟に飛び起きようとする前に、瑠玖羽が叫び。

どっつん!
シャドーの顔面に、どこから取り出したのか分からないモーニングスターの棘付き鉄球を叩き付けた。

これしきで死ぬバリスタス第二天魔王では無かったが、一応超弾性チタンの顔面装甲に皹が入りいかにもゴキブリらしい嫌な汁が出た。
小さな女の子の姿でも、魔族は魔族、力を侮ってはいけない。
「すまんすまん、瑠玖羽姫。このゴキブリも決して悪気があったわけではないのだ、許してやってくれ。」
とりなす博士だが、口元が半笑いだ。あんな牙だらけの、仮面ライダーのクラッシャーに近い構造の口でどうやって、と思うほど器用に半笑いしている。
しかし・・・姫?
博士は確かにそういった。そして、彼女がたった今使った武器は、モーニングスター。明けの明星の名を持つ武器。
(・・・なるほど)
彼女の名前と考え合わせて、シャドーの脳は一つの名を導き出す。
明けの明星の堕天使、ルシファー。
そこで、シャドーの意識は途切れ・・・そうになったが、ここで失神したらなんとなく博士に負けたような気がするので、根性と頑丈で再起動。
何とか起き上がり、平謝りに瑠玖羽に謝る。
先ほどまで紫亜の肩に乗っていたメフィと博士が、思う様からかうような視線で見る。かなり悔しい。
そこでシャドーは、ふとまだ通信を継続していた博士を振り返った。
膝の上の黒猫。そして、シャドーの目の前には黒猫の姿をした悪魔。
「・・・ひょっとして博士、その黒猫も悪魔なのですか?」
シャドーの言葉に、博士は少し驚いたらしく、八つある目のうち三つをこころもち大きく見開いた。毎度だが、あまり気色のいい光景ではない。
「う、うむ、まあ、似たようなものだ。」
と。
たった今まで黒猫だったそれが、突然変身した。黒いコートと黒いリボンという服装の少女。僅かに尖った耳と赤い目、薄紫の髪の毛が特徴的だ。
「レン、です」
そう名乗ると、少女はまた黒猫に戻る。
「あ〜、こいつはな、夢魔、という奴だ。我輩の今は亡き友、月色の姫君アルクェイド=ブリュンスタットの使い魔で、彼女の死を看取った我輩が引き取って養育しておる。」
お返しとばかりに、からかうような目で博士の仮面を見つめるシャドーだった。


そんな長谷川家の朝。
「はぁ・・・」
健太は、思いっきりため息をついていた。
「どーしたのよ健ちゃん。」
その隣では、悪魔と手を組んだ居候総理大臣、折原のえるがその無茶苦茶な立場と同じくらい無茶苦茶元気な、花に例えるなら向日葵畑1ヘクタール分くらいの、一輪では到底収まらない輝くような笑みを浮かべている。
「いや、だって・・・」
言いかけてから、健太は気づく。
考えてみれば今更悪魔が三、四人増えたところでどうだと言うのだろう。元から隣の幼馴染は悪魔の力で総理大臣になったわけだし。
「ま、そう悩むことは無いと思うよ、健太君。」
ひょいと、その傍らにいつでも純白のタキシード姿のきっどが現れる。軽くシルクハットを傾けてのえるに挨拶し、話を続ける。
「今、ある程度の交渉の上に彼女達はここにいる。それは、話し合いが成立した・・・つまり、僕たちと同じ考え方をする、僕たちと同一の存在だと言うことだ。多少風変わりな力を持っていたり、まだこの世界に慣れてないせいでなんか騒ぎ起こすかもしれないけど・・・大丈夫だと僕は思う。そう信じる。だから・・・君達に害は及ぼさない。万が一何かあったら、信じた責任でもって僕たちが何とかする。信じるってことは、そう言うことだと思うから。」
そう言う横顔は、せいぜい健太とは一歳くらいしか年が違わないはずなのだが、それなのにはるかに大人びているように見えて。
「う・・・うん。」
健太を、頷かせた。
分かってくれたらしい健太の様子に、きっどは嬉しそうに笑う。
「それにさ、女の子のこと信じてあげるのは、男の子の義務だと思わない?ね、君ものえるさんのことは、信じてあげなよ。」
「なっ・・・」
唐突な言葉に、健太の顔はトマトのように赤くなる。
「そーそー健ちゃん、私のこと信じてよね!」
「あんな無茶苦茶しといてよく言うよ!」
ここぞとばかりに言い募るのえるに、叫び返す健太。勝手に秘書官に任命されて、日々のえるの冒険に付き合わされる彼にとっては、ここで信じてと言われてみてもたまったものではないのだろう。
「折原総理の最近の行動。陸上自衛隊の演習に積極参加、自ら軍の指揮を執って帰りにマクドナルドに二十年間もほこりを被っていたメーサー殺獣光線車で乗り付ける。製薬会社から賄賂を、受け取ったふりをしてユニセフに寄付、したふりをしてお小遣い10万円をネコババ、けど結局それも募金箱に入れちゃって、賄賂を贈ってきた製薬会社重役を自分の手でとっ捕まえて警察に引き渡す。なおその際重役の護衛たちと戦闘行為に及び、その全てを撃破。道中でカーチェイスでパトカー二台潰す。「統一」韓国、中国との会談時に歴史認識についてのしつこい謝罪賠償要求をあっさりかわし、激怒した「統一」韓国代表が脳の血管切ってぶっ倒れる・・・」
ずらずらと、額の思考結晶体に入ったデータを取り出し、その上できっどはきっぱり言った。
(注・この世界では十数年前、拉致被害者を救うため結成当初のHUMAが裏から介入、その時の騒ぎが元となり北朝鮮政権が崩壊、半島は統一国家となっている。尚、このときの騒ぎが大きくなりすぎて最終的にHUMA単体での収拾が不可能となり南北朝鮮戦争、米国の介入などの事態を招いたため以後HUMAは表社会の事件には不介入となった)
「何も無茶苦茶な行動は無いように思えるけど?」
「どこがだよ〜!」
悲鳴のような声を上げる健太。
対してきっどは、声も視線も穏かだ。
「汚い金儲けをしたわけでもない、勝手な理屈で国内基盤を固めるために他国を空爆と兵隊で蹂躙したわけでもない、自衛隊との演習は総理大臣の権限からすれば別に問題はないし、韓国とのことは総理大臣としての国益守護の義務に適っている。」
「ふふーん、そうよそうよ!」
冷静に言うきっど。ここぞとばかりにえっへんと胸を張るのえる。
「・・・まあ、これだけ並べられると今更悪魔なんて、本当に問題じゃない気がしてくるから不思議だ・・・」
その健太の言葉に僅か嬉しそうに笑った後、ふ、とため息をつくきっど。
「でも、健太君。西洋だったらこうはいかないだろうね。悪魔と言う存在が、こんな風に受け入れられるなんてことは無い。まあ、だからこの国を、僕たちバリスタスは重視しているんだけど。「混沌のイデア」計画、その第一号実験例としてね。」
「こ・・・」
少し聞くと、物凄く悪の計画っぽいネーミングだ。それに気づいたきっどは、慌てて言い直す。
「あ、いや、この計画はそんな悪いことじゃないよ。いわゆる五族協和、ってやつだよ。知ってるだろ?」
「五族協和、て・・・それもあんまし・・・」
しかし健太は微妙な表情を崩さない。まあ、この国において普通の人は五族協和といえば悪の日本軍の亜細亜侵略の方便としか思わないから、無理も無いだろう。
「要するに、平等ってやつだろ。スローガンとして、あの時代ゆえに現実としてやむを得ぬところがあったとはいえど実に立派だと思うけど?。」
僕たちも悪って言われてるから、世間にそういわれることに関しては色々思うところあってね、と言いおいた後で、もうすこし詳しい説明に入るキッド。
「五族・・・っていっても昔の満州じゃないんだから、日・韓・中・蒙・満ってわけじゃないよ。僕たちの構想においては、改造人間も含む普通の人間、人造自我つまりロボットや新生物、魔族や吸血鬼・人狼などの夜族、宇宙人や異次元人などの異世界生命体・・・」
と、ここまで上げたくくりは四つ。最後の一つには何が入るのか。
「あと、悪魔と仲悪い天使とかの上位次元生命体だって、何とか・・・出来ないかなと思ってる。ここは日本、クリスマスもお正月もお盆もやってくる、混沌のイデアなんだから!」
というと、きっどはひょいと立ち上がった。
イデアとは古代ギリシアの哲学者、プラトンが言い出した概念であり、そのものの本質的な完全形態、すなわち理想のこと。「混沌」の理想的形態・・・なるほど、計画内容に相応しいネーミングである。
「ちょっと、出動があるんで。じゃあ、また!」
そういうと、マントを翻してあっという間に姿を消した。

博士との通信は、別に冗談ばっかりだったわけではない。
通信の最後に、博士はあるデータを提示した。
「どうも、下位次元からの瑠玖羽姫一行の到着と前後するように、上位次元からも何かが来た節がある。」
「まさか・・・降臨者ガーライルの!?」
「いや、それは違う。」
シャドーの危惧に、博士は首を振る。
「もっと小規模なものだ。半実存神聖霊子生命体・・・見も蓋もなく言うと天使だな。星獣や魔法少女のマスコットの類とは、反応パターンが違う。だが記録が無いわけじゃない、これはイスカリオテ機関の再生者や人工聖人・・・天使の模倣体であるあれらに近い。降臨者ガーライルならびにその僕である可能性は低いわな。」
「そうか、正確なデーターを転送してくれ、特に位置だ。偵察にいってみる。」

「それで、この場所のはずなんですが・・・」
きっどを伴い、たどり着いた場所でシャドーは首をひねった。探査用に伸ばした触角が揺れる。
戸惑うには理由がある。そこは天使なんてものとはまるで関係の無い場所・・・寺だったのだ。それも、やや寂れ気味の荒れ寺。
「寺だな。」
「寺ですね。」
確認しても、事実は変わらない。
暫く考え込んでいたシャドーは、口元に引きつった笑いを浮かべた。
「・・・ふふ、流石ですね。天使というものが現れるとは思えない別宗教の施設を利用するとは・・・考えたものだ。」
「そうなんでしょうか?」
やや無理のあるシャドーの解釈に、異議を申し立てるきっど。
それをきいたシャドーはがくりとうなだれる。周囲を探る触角も、へなへなと地面に垂れ下がった。
「わかっとるわい、そんなことは。だがなぁ、そうでも思わんとこの状況にモチベーションが・・・」
「変わった名前の寺ですね、ここ。梵堤寺・・・ボンテージって読むんでしょうか?」
ますますテンションの下がる発言をするきっどをもう無視して、シャドーは寺に忍び込む。目立つとまずいので、触角だけ出してあとは人間の体のままだ。しかし上位次元生命体は霊子の流れを下位次元生命体よりもさらに敏感に感じるので、それで化けおおせるとも思えないが。
隙間から中を覗く。

まず目に入ったのは、この寺の和尚と思しき僧侶・・・なのだが、物凄い格好をしていた。
頭の上に逆さにした鍋の底にテレビと電球と何かその他諸々拾ってきたらしい電子機器をくっつけた、非常にインパクトの強い、大きな被り物を顎紐で頭に括りつけてているのだ。思わずその異様さに目を疑う。見る限りでは、一応機械の、秘密結社などで使われる人間の意識を眠らせる装置の体をなしているように見える。
それと、小坊主が着るあの白っぽくて竹の短い服を着た、少年の姿をした天使が一人。これは、霊子を感じるアマダムの力が一発で教えてくれた。
変なものを被った僧侶にも、何か天使と同質の気配が感じられる・・・最初はあまりに変な格好なのに気をとられて、そこまで観察が回らなかったが。おそらく霊体のみが和尚の肉体に憑依しているのだろう。あの頭に被っている変なのが、それを補助しているらしい。
その二人が、隙間から見え隠れする。なにやら、どたばたしているようだ。
「?」
ますます分けが分からず、耳を澄まし目を凝らすシャドー。
「ええい、ルミエル!何とかせんか!」
「そ、そうは言われましてもヨフィエルさま〜!」
ルミエル、ヨフィエル。どうも坊主に憑依しているのがヨフィエル、少年の姿をしているのがルミエル、ヨフィエルのほうが上位にあるようだ。。
「あ〜!」
次に、狭い視界にそれまで入ってこなかった第三の影が割り込んでくる。
シャドーの目が一瞬点になる。複眼なのに器用な真似だ。
視界に入ってきたのは、女だ。黒髪を短く切った、瑠玖羽は紫亜たちとは違う、年頃の女だ。
で、何でシャドーの目が点になったかと言うと。
「ええいけしからん!裸でうろつきまわらせるな!けしからん!大体なんなのだこいつは!」
「私に言われても困ります〜、ヨフィエル様!どうも記憶を失っているようですが・・・」
と、言うわけである。件の女性は、赤子のように無垢な笑みを浮かべてはいるが、体は一応大人どころか相当に豊満な体つきである。それが一糸も纏っていないのだから、なるほど風紀に煩いであろう天使が黙っていよう筈もない。
一応天使か、ないしは悪魔と思しき常人を超える霊子の流れを感じるが、記憶を失っているせいかその方向性は酷く不安定で、どっちともつかない。
「ええい、走り回るな!捕まえろルミエル!」
「だあ〜!」
と、女がヨフィエルにぶつかった。その拍子にヨフィエルが仰け反り、被っていたテレビのバランスが崩れ・・・
「んが、ぐぐぐぐぐっ!?」
顎紐が引っ張られて窒息悶絶状態になる。
「わ〜〜〜!ヨフィエルさま〜〜〜!」

「・・・・・・」
「どうしました?シャドー様。」
覗きながら苦悶するシャドーに、きっどが心配そうに顔を寄せる、暫くの後、シャドーは決然と言い放ち、踵を返した。
「目標の偵察終了。現段階での脅威レベルは低いと判断。撤収する。」
「つまり、付き合いきれない馬鹿だから帰る、ってことですね。」
・・・・・
身も蓋も無いきっどの意訳に、シャドーはため息をつくしかなかった。

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