秘密結社バリスタス第二部関東編第二話 乱闘!電子の魔都アキハバラ(後編)

「いきますよ、きっど君!」
「はい、シャドーさん!」
それだけ言葉で確認して、二人の改造人間は一気に飛び出した。それ以上言葉で確認する必要は無い。指揮通信能力の高い幹部級改造人間である二人だから、双方ともに思考を言葉を使わずに媒介することが可能なのだ。

「な、な、何なのだ貴様らは!!」
ブラッチャーの隊長・ブラックエクスプレスが悲鳴を上げる。彼らの周囲は既に黒いボディスーツで身を固めた「黄金の薔薇」の部隊に囲まれていた。
慌てる宇宙人たちを尻目に、「黄金の薔薇」戦闘員は基地へと連絡を取る。
「高柳閣下。最近地球に降下した、例のネオバディムに所属する宇宙人かと思われますが。・・・はい、はい。捕獲ですね、分かりました。」
司令が下った。戦闘員達は揃って包囲の輪を縮めていく。
「あわわわ・・・」
ブラックエクスプレスは焦った。彼らブラッチャーは本来直接戦闘ではなく、大型ロボットなどの機動兵器の開発・それによる機動戦を得意とする種族、白兵戦能力は低いのだ。
彼らよりはまだましな戦闘力を持つケロン人たちは、向こうのほうでやはり包囲され、戦闘中だ。
「こ・・・このっ!来るなぴょ!」
焦ったようにアナローグ王女・ピョコラが飛び出した。動物、とくに猫かなんかが威嚇するような声を立てて口を大きく開ける。
「カァッ!」
ドカン!
そのあけられた口から、いきなり実体の成型炸薬弾、丁度バズーカそっくりの砲弾が飛び出して炸裂した。激しく炎と噴煙が舞う。
「どうだぴょ!」
まだ地球語になれない変わった口調のソプラノで、ピョコラは叫んだ。だが。
バチチチッ!
「あっ・・・!」
直後に細い体を痙攣させ、切り倒された杉のようにばたりと倒れる。
空気を切り裂いた青白い電撃・・・「黄金の薔薇」戦闘員の特殊能力だ。
「ふん、無駄な抵抗はやめるんだな。」
「そう、無駄な抵抗はしないでくださいよ。」
!?
にやりと笑みを浮かべて威圧した戦闘員は、唐突に自分と同じような台詞が真後ろから聞こえてきたことに驚愕した。しかも、涼やかな少年の声で。
慌てて振り返ると、そこには確かに声のイメージと一致する少年が立っていた。真っ白いタキシードに同色のマントとシルクハット、絹手袋をはめた手にステッキと、貴族かはたまた怪盗紳士か、なんにしても念のいった装束だ。
「白い服はいいよ?返り血がはっきり分かるから。自分の行いをごまかすわけにはいかない」
軽く笑い、一人呟く。小さかったので周囲には聞こえることなく、また本人もおくびにも出すことなく、今度は大きな声で黒衣の男達に呼びかける。
「「黄金の薔薇」の人たち、この間結成されたネオバディム同盟をもう知っているのか、耳が早いね。でも、だったら知っているはずだ。その同盟での地球での参加者、世界征服を企む悪の秘密結社、僕たちバリスタスの存在を。その人たちの手出しさせるわけには行かないんだけどね。」
「聞いているぞ、少々の戦果で舞い上がり、僅かな手勢で地球の代表と思い上がっている連中の話はな。この世界を裏から制するのは、我等「黄金の薔薇」だ。邪魔はさせん!」
叫びとともに、一斉に少年一人に襲い掛かる「黄金の薔薇」。
だがその少年は驚きでも怯えるでもなく、強い意志と僅かな憐憫をその白皙の表情に浮かべた。
「馬鹿・・・!」
放たれた電撃の嵐が少年を・・・バリスタス幹部候補生・きっどを貫くかと思えた瞬間。額のまるで装飾品のように見えた青く輝く結晶体が閃光を放った。
同時に、少年が消えた。
「何!?」
超科学収集を最大の目標とする「黄金の薔薇」の戦闘員ゆえにある程度の知識を持っている彼等が、驚きの声を上げる。光学迷彩ではない。放たれた電撃は、彼の居た場所を素通りした。
「甘いよ。」
と、突然戦闘員の一人が、少年の声で呟いた。戦闘員の隊長は慌ててそいつを見、同時に自分達の数がいつの間にか一人増えていることに気づく。
「くっ!」
隊長は咄嗟に己の武器、単分子ワイヤーを繰り出した。コンクリートすら切断する斬糸を振りかざす。同時に正体を現したきっども飛んだ。繰り出されるワイヤーを軽々とかわし、隊長とすれ違ったときには、隊長の腕からそのワイヤーを掏り取っていた。
「何!?」
「やっぱりアラネス先輩よりは動きがぜんぜん劣るな。科学を奉じる組織の癖に、まるで作品に愛が無い。」
言葉と同時に部下達が電撃を打ち込む。身をひねり、防御加工がされたマントでそれを防ぐとキッドはたった今掏り取ったワイヤーを振るった。手元の巧みな操作で、一瞬で全員にそれをまきつける。
「りゃあっ!」
そして、引く。鮮血が迸り、ばらばらになる戦闘員達。いくら単分子ワイヤーを使ったからといって、いやそれ以前にあの動き、生身の人間のものではない。
そう、きっどもまた改造人間となったのだ。ただしその目的は極めて特殊なもので、潜入と特殊工作。それゆえに彼に与えられた能力はバリスタス初の他者への擬態変身能力と、様々な武器を扱う技能と記憶力。故に怪人形態は持たず、変幻自在に姿を変えながら戦う。
それと同時に、シャドー・ゴキオンシザースが上から舞い降りてきた。頭部刺突触角ブラック・ロッドを構えていたのだが、きっどが敵を倒してしまったため手持ち無沙汰にそのまま立つ。とはいえ、何もしていなかったわけではないらしい。その漆黒の装甲と両腕の刃にはべったりと返り血がついている。シャドーはシャドーで、ケロン人たちと戦っていた戦闘員たちを倒していたのだ。
「ふむ、私の出番は無かったようだな、やるねきっど君・・・と。ブラッチャー、アナローグ、ケロンのかたがたですね。我々はバリスタス、私はこのたび関東支部長に任命されましたシャドーともうします、苦戦とお見受けいたしましたので救出に参りました。以後、お見知りおきを。」
「ど・・・どもありがとうだぴょ。」
「う、うむ。助かったのだ。」
背を拭い、頷く宇宙人たち。向こうのほうで戦闘をしていたケロン人たちも、ちょこちょこと歩いてきた。
「ゲロっ、貴殿たちが地球の友軍・バリスタスであられますか。我輩ケロン星地球派遣軍隊長・ケロロ軍曹であります!」
「タママ二等兵ですっ。」
「ギロロ伍長だ、救援感謝する。よろしくな。」
「クルル曹長・・・く〜っくっくっく・・・」
最初きっどから説明を受けたとき、「なんで曹長がいるのに軍曹が隊長なんだ?」と一瞬疑問を抱いたが、会話してみてなんとなく理由が分かった気がした。
宇宙人たちと応対するシャドーと別に、きっどは自ら手にかけた「黄金の薔薇」の戦闘員達の死体から、耳につける方式の通信機をむしりとった。まだ生きていることを確認し、耳に当てる。
「部隊は全滅させたよ。高柳・・・って言ってたね。アンタがあの哀れな連中を差し向けたのか?」
鋭い語気に、しばし通信機の向こうの相手は沈黙を保った。暫くして低い、くぐもった老人の笑いがあふれかえる。
「くく、そうだが。哀れとはまたどういう意味かな?」
「大組織のお前たちだ、こっちの情報はかなり握っているはずだろ?ならあんな下っ端じゃ勝てないことは分かっていたはずだ。でも連中は向かってきた・・・操作した情報を教えていたね。」
ふん、と通信機の向こうの相手は鼻で笑う。
「それがどうしたというのじゃ、敵である貴様には関係あるまい。」
「関係あるよ。あんたたちがどうかは知らないけどさ、僕たちの目的は征服であって殺戮じゃないんだ。・・・でも、残念ながら僕はまだ手加減が出来るほど強くなくてね。意に沿わない殺しは趣味じゃないんだ。」
「ははははっ、若造だな、貴様。連中など所詮末端も末端、将棋で言うところの歩にも及ばぬ使い捨ての道具に過ぎぬわ。それにそのような戯言、本当に部隊が全滅したか確認してからほざくのだな。」
がしゃっ!
相手の物言いの傲慢さに腹を立て、きっどは改造された肉体の力に任せて通信機を握りつぶした。それにまだ敵がいるというのなら、言葉遊びをしているばあいではない。
「シャドーさん・・・」
「分かっている。向こうだ!」
触角をピンと展開すると、シャドーは配下の戦闘員達を呼び寄せた。幹部付き・それに怪人を連れてこなかったこともあり、本部でも開発されたばかりの新型量産怪人・蝗騎兵で部隊は構成されている。
「キチキチ!ご用ですか、閣下!」
「うん。宇宙からの客人を護衛せよ。・・・時に皆様、地上でのアジトはお持ちかな?」
「もちのロンであります!」
ぴょこり、といった感じの可愛らしい仕草でケロロ軍曹が敬礼する。
「分かりました、データを。ここはいったん退避してください、後で落ち合いましょう。」
「了解であります!皆、撤収であります!」
蝗騎兵達に護衛され、素早く撤退していく宇宙人たち。その姿は流石に機敏で、いきなり窮地に陥っていたとはいえやはえり彼らも異星の戦士であることをうかがわせる。
ともかくこれで護衛の必要は無くなった。高機動戦闘を旨とする二人の改造人間は、より機敏に動くことが出来る。
が、その体勢はいきなり台無しとなった。乱闘状態になった四体の人造人間と生物兵器がこっちまでもつれ込んできたのだ。
「のわっ!!?」
咄嗟に吹っ飛んできたケルベロスをかわす。さらにケルベロスが反撃とばかりに乱射する荷電粒子砲までもが、流れ弾となってシャドーを襲った。
必死にかわしながら、アキハバラ電脳組を名乗る連中を見ると、青い人造人間が力場の楯を展開し、それを防いでいる。
着地したシャドー。と、その目の前には人造人間を操っている少女達。と、その中の赤っぽいショートカットの女の子、たしか先ほどの会話ではひばりと呼ばれていた子がシャドーに話しかけてきた。
「あっ!あの、私達アキハバラ電脳組っていうんですけど、正義の味方です。一緒に戦ってくれませんか?」
「へ?」
イキナリの言葉に、シャドーはぽかんと口を開けた。彼女以外の電脳組の三人も同じようにあっけにとられたが、次の瞬間ひばりに食ってかかる。
「おっ、おいひばり!なにしてるんだよ!」
「そうやでひばり!危ないで!」
長い黒髪の子と、巻き毛の子だ。巻き毛のほうは髪の毛が明らかに染めたものではない金髪なので外国人かと思っていたが、なぜか大阪弁である。
「つぐみちゃん、かもめちゃん。だってこの人、仮面ライダーそっくりだよ。昆虫みたいだし、ベルトしてるし!タイツの人たちとも戦ってたし、きっと正義のヒーローなんだよ!」
・・・まさか仮面ライダーと間違われるとは。思っても見なかった反応に、思わずシャドーは笑ってしまった。なるほど確かに彼らヒーローの名は、もし見られてもテレビか何かで記憶していたがゆえの幻覚かいたずらとしてカモフラージュするために、表の世界ではTV特撮ドラマのヒーローとして放送されている。そしてシャドーは、実際の仮面ライダーと同種の改造を施された、MR級改造人間。
「ひばりちゃん、この人たちさっき自分で「悪の秘密結社」って名乗ってたでございますわよ!?」
触角頭の少女が騒ぐ。
「えぇっ!そうだったけぇ!?」
「ふむ。確かに私達は悪の秘密結社だが、君達の敵かどうかは分からないよ。」
そう言うシャドーの心境に、嘘は無かった。正義の味方を名乗っている相手であってもそのたびに戦っていては到底身がもたない。相手の意思・目的が何なのかをしっかりと見極めれば、戦わずにすむこともあるのだ。
「え?え?」
混乱してしまったらしいひばり。だが残念ながらそんな時間は無かった。
「きゃああっ!」
連続した、何か叩きつけるような轟音。それと同時に、こっちに向かって走ってくるものがいる。先ほどまでケルベロスを指揮して「黄金の薔薇」と戦っていたはずの女だ。
どっ、とそれを追いかけるように「黄金の薔薇」のもう一つの部隊が押し寄せてきた。先ほどまでアキハバラ電脳組はともかく戦闘員達相手には勝利していたケルベロスを擁する連中が敗走しているとなると、今度の部隊はさっきの連中とは格が違うらしい。
果たして現れた部隊は、先ほどの連中とは編成が異なっていた。戦闘員達が主力を成しているのは同じだが、そこに通常のミサイルではなくなにやら複雑な装置を積んだ攻撃ヘリ数機が上空に舞い、そして地上には。
三、四体はいるその異形の巨人を見てきっどは息を呑んだ。死体のような青白くほころびた皮膚。体はサイズの違う部品がでたらめに縫い合わされ、強引にその巨体を形作っているのが分かるが、それにしてはその体には相当の怪力が秘められているように見える。
「あれは・・・」
その正体を見破ったシャドーがキッドの呟きに答える。この辺の仲間同士の会話はゴキオンシザースの触角ときっどの額の結晶体間の通信で行われている。
「F型死体蘇生式人造人間。十八世紀に独逸の医学者ヴィクトル=フランケンシュタイン博士が実用化した技術。連中の科学力の元はその辺のあると聞いていましたが・・・なるほど。」
本来物語の登場人物であったはずのヴィクトル=フランケンシュタイン。その存在と成しえた技術的成果・・・死体を用いた人造人間の存在が実は事実であったというのは、裏社会の人間ならば知っているものは多い。しかしてその技術を体得しているものは、恐らくこの「黄金の薔薇」だけだろう。
その話を、きっどは残念ながらほとんど聞き流していた。悪気があってのことではない。敵部隊に混じっていたもう一つの要素、それが彼の心を捉えていたのだ。
かなり背の高い、炎のような赤毛の女だ。ヒスパニック・それも南米などのインディオとの混血らしく、褐色の肌をしている。階級的には他の連中と同じなのだろうが、その気迫は明らかに他のとは違った。
「お姉さん・・・できるね。名前は?」
「へぇ、あたしに目をつけるとは、流石先行した部隊を壊滅させただけはあるじゃないか。あたしはリタ=ヴァレリア!「黄金の薔薇」実働部隊の中でも音に聞こえた、閃光のリタとはあたしのことさ!」
猛獣のような迫力のある笑みを浮かべ、リタ=ヴァレリアと名乗った女は胸を張る。大柄なだけではなく、体の厚みも相当なものだ。全身鍛えられた鋼のような筋肉がおおっており、褐色の皮膚にも幾重もの傷が走っている。細くとも強力な力を発揮する人工筋肉を使った改造人間の組織であるバリスタスには、見られないタイプの女性だ。
他の戦闘員と違って赤を基調とし、手足の殆んどをむき出しにするスーツをきているため、それが分かった。また手首に大きな金色の腕輪をはめているが、レーダーの役割も果たすきっどの結晶体は、それに何か仕込んであることに気づいた。
互いに今度は油断なら無い相手であることを悟ったため、動きが慎重になる。
じりじりとした二、三秒が過ぎたとき、唐突にまた別の展開がおこった。
「きゃあっ!」
「ち、ちょっと離しなさいよぉ!」
高い女性の悲鳴に、咄嗟にシャドーたちが振り返る。偶然背後にかばう格好になっていたアキハバラ電脳組たちの後ろから、さらにもう一部隊「黄金の薔薇」が現れたのだ。そちらは普通の戦闘員だけの編成だが、人造人間と違い本人は無力らしい少女達と、配下を失った例の「黄金の薔薇」とも戦っていた女が捕まりそうになる。
「今だ!」
それを見た前のほうの部隊の戦闘員達が、チャンスとばかり功に焦って前に出た。
「ち!」
だがシャドーはその程度でやられはしない。触角が素早く蠢いて、背後から迫る相手を刺し貫く。それを見た他の戦闘員達と、F兵器達が激昂して一斉にシャドーに殺到する。
「ええい、馬鹿どもめ!・・・しかたない!」
舌打ちをして、リタもまた走り出す。そしてそれを迎え撃つのは、きっどだ。
「シャドーさんに流石にこれ以上負担かけられないからね。とはいえ・・・」
其処までできっどは無駄な独り言を切った。
とはいえ、手ごわそうだから。

「うおっ、ぬぅ!!」
実際、現在振り向けられた部隊だけでもシャドーはかなりの苦戦だった。戦闘員達は超音速で走り回る腐食毒刃である、生物兵器「黒曜」で蹴散らしたが、F兵器どもはなかなか厄介だった。
何しろ図体がでかく、死体でできているだけに多少切ったり突いたりしたのではびくともしない。さらに弱ったことに戦闘員を相手にしている間に近寄られ、組み付かれてしまっていた。
「ぬ・・・!」
組み伏せようとぐいぐい力を込めてくるF兵器。シャドーもそれに負けじと対抗するが、本来機動戦闘用で、力技を目的としていないシャドーにはどうにも分が悪い。彼の外骨格がバリスタスでも強靭さを重視した超弾性チタンでなければ危ないかもしれなかった。
「このっ!」
じれたシャドーは触角を振るって相手の両腕を切断、一気に間合いを取ると必殺技ナックルシザースブレイキングで相手を木っ端微塵に粉砕した。
その隙に、後方の状況を素早く確認する、と。意外なことが起こっていた。

「金で花弁を飾る俗物の薔薇たち、われらの同志とディーヴァ、いずれも貴様らにやるわけにはいかん!」
「しゅ、シューティングスター様ぁ〜!」
恐らく、あの女の上官と思しき青年が、さらに二人の女性を連れて増援に現れていた。それぞれ最初の女よりは若く、大学生と高校生くらいの年か。それぞれ微妙にデザインの違う、ケド基本的には似たような服を身に纏っている。それぞれ基調となる色があり、大学生っぽいほうが青、若い方がピンク。ちなみに最初から居たのはイエローだ。
「助けにきたわよ〜」
「感謝してねっ!」
その三人のトップに位置するのであろう、シューティングスターと呼ばれる青年に比べて、女達の様子は随分軽い。いやむしろ、シューティングスターが重々しいのか。けれんのきいたこの業界の標準語といっても過言ではないが、彼の場合とくに大仰で、しかもそれがそつなく似合っている。
黒を基調とした装飾の多い服とマントという、すこしきっどと似た扮装。アイマスクをつけているが意外にも若い顔は見えており、せいぜい中・高校生といったところか。
「行けっ、サイクロプス!」
「続くのよ、我が僕スケルトン!」
「コカトリスも、ゴォ〜ッ!」
それぞれの主の命令に従い、ケルベロスと同じく幻想の怪物の名を持つ生物兵器たちが突進した。シューティングスターの操るサイクロプスはその名の通り単眼の巨人だが、生々しいF巨人と異なり無機質で単眼もむしろロボットのカメラアイに近く、表面も高分子素材か何かでつるりと覆われている。四本の腕と火炎放射機二門・荷電粒子砲二門を備えた、流石に幹部用と思しき機体だけの重武装だ。
対して、スケルトンは随分細身だ。大きさも他のものと比べれば小さく、せいぜい二メートルほど。だがその体はかなり特殊なつくりになっているらしく、騎士の兜のような頭部を除く体がアメーバのように変形し、敵を絡めとる。
コカトリスは巨大な鳥形。外装は一見乏しいように見えるが、全身から拡散型の粒子弾を放つ能力を持ち合わせている。この三匹に一斉にかかられたのではたまったものではない。「黄金の薔薇」戦闘員部隊はあっさりと壊滅してしまった。
「あ、貴方は・・・」
その様子を見たひばりが、呆然と問いかける。彼らは今まで、自分達を襲う敵だった。なのに今は、自分達の窮地を救ってくれた。
「引き上げるぞ。」
その問いに答えることは無く、増援としての目的を達したシューティングスターと仲間達は、素早く撤退した。大破したケルベロスも、恐らく転送装置のような手段を使ったのだろう、いつの間にか消えていた。

その光景を思案しつつ見つめながら、しかしてシャドーには攻撃が加えられることは無かった。わざとらしくゆっくりと、シャドーは振り返った。
残りのF巨人達はあるものは彼ら以上の怪力に叩き潰されまたは切り裂かれ、火器の類で焼き払われ・・・、様々な打撃を受け、いずれも機能を停止している。そしてその残骸の周囲に立つ、それを行ったと思しき異形たち。その姿は、むしろシャドー=ゴキオンシザースに近く。
「・・・来ましたか。」
シャドーは変身時も手放さない扇子を使うと、その縁ぎりぎりに見せた目を細める、いつもの笑いをして見せた。

そのころきっどとリタは。
「戦うっきゃないようだね、あたしを先ほどの雑魚と一緒にするなよっ!!」
猛々しい笑いを浮かべ、リタが腕を振るった。同時に手首にはまっていたリングが、指とつながった単分子ワイヤーを曳いて飛ぶ。
先ほどの相手と同じくそれを刃として使うものと考えたきっどは、それを封じるべくまたワイヤをひったくろうとする。怪盗としても名をはせるだけ、その手の技には自信があった。
が、その判断は誤りだった。
「一緒にするなといったはずだ!」
というリタの叫びとともに、きっどはそれを認識した。真の武器はワイヤーの先端に取り付けられたリングだ。しかしそれをぶつけるというわけでもない。
リタの微妙な操作で回転したリングが、唸りを上げて真空を生み出した。
「受けろ、真空牙!」
触れれば対象を吸いつけてすっぱりと切断する、カマイタチによる無形の刃が次々と放たれてきっどに襲い掛かる。リタ=ヴァレリアの真の武器は、地球に満ちる大気そのものだったのだ。
「うあああっ!」
身軽なステップで、結晶で感知した見えない刃を回避するきっど。だが次々に襲い掛かる刃をかわしきれず、右腕をすっぱりと切り落とされて苦悶の声を上げる。
普通の人間、強化されていてもよっぽど再生能力の高い部類でなければ致命の重傷。しかしきっどの顔に絶望の相はない。群体で出来ているきっどは、一部を切り欠いたところでそうダメージとはならない。素早く腕を拾うと元の位置にくっつけた。
「へぇ!・・・ならこれはどうだ!」
言うなりリタはすかさず次の手を打った。再びリングが回転するが、今度作り出されたのは真空ではない。より巨大な空気の歪みだ。空気の屈折からすると、凸レンズのような・・・
「ヤバっ!!」
今度はきっどの顔が本当に緊迫した。相手の意図を理解したからだ。
「食らえぇ!」
巨大な空気のレンズが、陽光を収束する。小さな虫眼鏡ですら、紙を焼くほどの熱を発するのだ。それがこの巨大さならば。
大型ナパーム弾に匹敵するだけの熱線が、コンクリートの道路を焼き裂いた。きっどは回避し直撃を避けたが、いくらナノマシンボディだからといって焼き尽くされてしまってはどうにもならない。それ以前に急所である全体のナノマシンを制御する額の宝玉をやられたら、本当に死が待っている。
閃光の二つ名をもつだけはあるリタの猛攻に、きっどは防戦一方だ。もともと潜入・破壊工作用の改造人間で強力な武装は少ないのだが、それ以上にリタの強さが原因となっている。肉体的にも強靭で、戦闘訓練も実戦も相当、最近改造人間になったきっどよりずっと体験している。
だがそれ以上に強いのは、その戦いにかける気迫だ。ほかの「黄金の薔薇」の戦闘員達が使命感というよりは一種の宗教的陶酔、表社会の人間にも分かりやすいようにいえば危ない新興宗教の信者みたいな感覚で行動しているのに対し、このリタという女はそういった精神的なだらけがない。自分が生きるための行為として戦闘を認識し、それゆえに極めて真剣真摯に取り組む、いわば本物の戦士なのだ。
「凄いっ!強いねリタさん!」
「り、リタさん?」
そんなリタの勢いが急に失速した。流石にまさか敵から、それも今命のやり取りをしている相手から「リタさん」などと気さくに呼びかけられるとは思ってもみなかったのだろう。
「うん、凄い強い・・・沢山の意味で。そんな人が「黄金の薔薇」の道具として使い捨てられるのは見ちゃいられないんだけどっ!」
「敵に心配されるいわれはないね!それより自分の心配をしなっ!」
むっとした様子で啖呵を切るリタ。と、それと同時にきっどは背筋にぞくりと来るような、強烈な殺気を感じた。
ドドドォォォン!
「何っ!?」
「うわっ!!」
連続した爆発音。それに遅れて、上空を征していたはずの「黄金の薔薇」のヘリコプターが全機墜落してきた。ベースは普通の軍用ヘリとはいえ様々な改造を施されていたはずのそれを叩き落した相手こそが殺気の正体であることを確信し、これだけ動き回っても頭部から外れることの無かったシルクハットを投げつける。
「衝撃を与えるもの」系列第四の組織「神なる影の政府」の改造人間カブト虫ルパンと同じように、彼の帽子も体の一部にして凶器、縁の部分に鋭い刃を仕込んだギロチンハットなのだ。

キィン!

しかしそのギロチンハットも一瞬で砕かれる。その射線の先に居た存在によって。
一見奇襲用の小道具に見えるが、ギロチンハットの威力はバリスタス改造人間のほかの刃物系の武器に決して劣るものではない。それを涼しい顔で、相手は砕いて見せたのだ。
涼しい顔、そして美しいといっていい顔だった。十八、九歳ほどの年か。白磁のような白く澄んだ肌と柔らかく輝く黒い髪、細いがすっと通った眉と滑らかな首筋、ちょっとすると女性と間違えてしまいそうな美青年であるが、その瞳はまるで厳寒の吹雪渦巻く凍土のように冷たく厳しい。服装は黒のブルゾンと白いスラックス、それに首に一巻きしてもなお地面につきそうなほど長い白マフラー。きっどやシューティングスターと比べれば一般的だが、やや季節感を無視した装いだ。
「狂科学ハンター・姫城玲か・・・!」
リタが呻く。口ぶりからして前にも戦ったことがあるらしいが、きっどの感じたとおり相当の強敵のようだ。
「狂科学、それを奉じる輩、一つとして許すわけにはいかない・・・!」
言うなり、ハンターと呼ばれた青年は動いた。両腕が一瞬かすんだかと思うと、ベルトにはめたポーチから取り出したと思しき銀色のパチンコ玉ほどの金属球を何個も指の間に挟んでいる。
「魔玉操・龍震波!」
バチッと指を強く弾くような音。玲の叫び。そして弾きだされた複数の球体。一瞬で認識したきっどは、その金属球が超高速の高振動を得ていることに驚愕し、慌てて回避した。人間業ではない、恐らく「黄金の薔薇」製の強化人間で改造された恨みか何かで戦うヒーローの部類なのだろう、と思いながら。
ドドドドン!
「きゃーーーっ!!」
「何っ!?」
至近距離を通り過ぎた金属球が着弾し、強烈な高周波振動を撒き散らす。その振動に悲鳴が混じっているのに、きっどはぎょっとした。
弾道を調整された魔の球体は、きっどたちを外したらアキハバラ電脳組に命中するように狙われていた。幸いあたったのは女の子ではなくロボットのほうだったらしいが、それでもロボットが一撃でがたがたになった威力を見ると当たれば大惨事どころではすまない。
「な、リタさん!あいつ一体何なんですか!」
正義の味方だとばかり思っていた相手の意外な行動に驚愕したきっどは、とっさに隣のリタに質問した。リタもまた若干動転しているのか、リングを玲に向かって放ちながら返答する。
「だから、狂科学ハンターって言ったろ!表の技術水準を越える超科学を憎み、あたし達みたいな組織だろうが正義の味方だろうが、超科学に僅かでもかかわりを持っているもんなら何でも破壊して回ってるんだ!実際HUMA欧州支部が壊滅したのもあいつの仕業らしいしね!」
「な・・・!」
まさか其処まで無茶苦茶なヤツだったとは。だがあっけにとられている暇も無い。リタの繰り出した真空牙は、玲の繰り出した金属球の起こした同じ真空断裂と激突し、消滅した。魔玉操と呼ばれるあの技は基本は古武術の指弾に近いものの、球体の振動・軌道などを介して様々な事象を起こすという点で全く別物の、恐るべき必殺技になっている。
リングを巻き戻し、次の手を放とうとするリタだが、玲の方が技から技への移行が早い。既に彼の手には、次の魔玉が握られていた。
「させないっ!」
跳躍したきっどは、ステッキに仕込まれた細身のレーザーブレードで玲の手元を狙う。しかし玲も機敏な動きを見せ、マフラーをひらめかせて回避する。
その際にレーザーブレードが長いマフラーに引っかかり、垂れた分の三分の一くらいを縦に切り込んでしまった。
「っ!外し・・・!」
ドガドガガッ!
言葉を発する間もなく、きっどの体に魔玉が食い込んだ。それまでの複雑な技ではなく、力任せに叩き付けたといった感じのほうが正しいが、一発が額の結晶・・・きっどの急所をかすっていた。
「〜〜〜〜っ!!」
激痛に頭を抱え、のた打ち回るきっど。対して玲は、それまでの冷たいけれどどこか無表情な顔を、絶対零度の氷の刃とでも言うべき怒りに変えていた。
「よくも・・・姉さんのマフラーを・・・!」
「姉、さん?」
辛うじて聞き取れた言葉。そして、それ以上に気になる豹変と殺気。
いまや実際に玲の周囲に絶対零度の結界が生じていた。強化人間兵器として体内に仕込まれた器官が唸りを上げ、魔玉を振動させるのと逆の手順で周囲の物質の分子振動を押さえ込んでいく。
そして、その振動は消されること無く、彼の手に握られた金属球に伝達されていく。
「バリスタスの改造人間・・・お前達も「黄金の薔薇」と同じ僕の敵、人を不幸にする狂った科学を操るものだ。その禍々しい体でこれ以上人に害を成す前に・・・跡形も無く消滅させてやる!」
咄嗟に危機を悟ったリタが、大気レンズを形成し、収束光線を放とうとする。だがそれよりも早く、玲の魔玉操が完成した。
「魔玉操!紅蓮地獄!」
それまでとは比べ物にならない超・高振動が空間を揺るがし分子を動かし、数万度の高熱を発生させる。
「・・・・・っ!!」
激光。
爆裂。
高熱の津波が周囲の町ごと何もかも押し流す。
その凄まじい力を感じ、リタは一瞬死を覚悟した。しかし。

グボォォォォン!!

紅蓮地獄のものとは違う破裂音が一拍遅れて響き、熱風が吹き荒れたが覚悟していた数万度のプラズマではなく、強化された彼女の体なら耐えられるものだった。それも、直接当たったわけではなく、何かに防がれて和らいでいる。
何か、とは何だ?
リタは自分の体の上に何か乗っかっているのを感じた。自分に比べると幾分軽く細い体だ。それと、布のような感触。
「ぷはっ、思ったより衝撃波がきつかった・・・。でも、うまくいったほうか。」
頭から防熱マントをひっかぶった少々怪盗紳士としては間抜けな格好で、きっどはもそもそと起き上がった。大分汚れてはいるが、彼もまた高熱に焼かれた様子は無い。
「お前、一体何をしたんだ?」
「うーん、簡単に言うと空気のリアクティブアーマーみたいなものです。」
つまりこうだ。リタが造った空気レンズ、すなわち無理やり圧縮された空気の塊に、きっどは隠し技であるマイクロ波熱線をぶつけたのだ。レーダーに使っているマイクロ波を集中すれば、十分実用に耐える熱線となる。それで急激に熱せられた空気は爆発的に膨張、向こうから来る熱の塊をそれが強引に押し返した、というわけだ。無論生身の人間ではこんな無茶をしたら耐えられないが、二人とも強化された体の持ち主、現に殆んど傷も無く無事であるというわけ。
其処まで説明して、きっどは顔を赤くし泡を食ってとびおきた。それでも押し寄せる数百度の熱風から守るために防熱マントを広げて、近くに居るリタも助けようと覆いかぶさったのはいいのだが、つんのめって思い切りリタの大きな乳房の谷間に顔を突っ込むような格好となってしまったのだ。・・・といっても分厚い防弾革のスーツに身を包んでいてしかもリタ本人も筋肉質だったため、柔らかい感覚などあまりしなかったのだがいくら大人ぶってもその辺はまだミドルティーンの少年である。
「・・・理屈はわかった。だがもう一つ聞きたいことがある。なんであたしまで助けたんだ?あたしとお前は敵同士だろうが。」
「え、あ、そうでした、けど・・・。リタさんみたいな強い人があんな無茶苦茶なヤツに殺されるのは我慢ならなかったんです。それにうち代々怪盗紳士の家系なんですけど、家訓で心の綺麗な女の人は助けなきゃいけないもんで。」
ぼそぼそ迷うように、ないしは照れたようにきっどは呟いた。
「心が綺麗?あたしのどこが?」
ともかく意外な言葉に思わず目を丸くするリタ。戦闘的な気配が薄れると、意外と若く見える。
「え、それは・・・まあ、直感みたいなものです、あやふやでごめんなさい。偽善だってのはわかってるんですけどね、リタさんの仲間殺しておいてこんなことを言うのは。それに・・・」
きっどの言葉が止まった。リタもまた口をつぐむ。背後に、再び凍りつくような殺気が感じられる。
「結局もうトリックは種切れで。次は流石に耐えられそうにないんで・・・」
爆風で弾かれた高熱をもろに浴びたはずの玲は、生きていた。全身に絶対冷気のフィールドを張り巡らせていたせいで、熱が通らなかったらしい。
実際向こうも二発目で止めを刺すつもりらしい。さらに大技を放つべく、魔玉を手に取る。
「くそったれ!」
毒づくリタ、その言葉がまだ響いているうちに。
さらに響きが重なった。
「シィードッバルカン!
「ソーラービィィィィムッ!」
「バス!ガス!バク!ハツ!」
「ウィルス・シャワー!」
「蜘蛛爆弾・・・!」
「マグネットブロー!!」
生体弾丸。
レーザー光線。
気体爆薬。
細菌ガス。
自立歩行生体爆弾。
磁力光線。
いきなりの集中攻撃が玲を襲った。
「っっ!?!」
完全に不意をつかれた玲が、直撃を受けて吹っ飛ぶ。
だが、それにも増して驚いたのはきっどだ。何しろ攻撃を行ったのは、・・・きっどの全く知らない改造人間だったから。
トリカブトと蠍の合成怪人。
蛾に、戦略用衛星レーザー砲を組み込んだ機械合成型。
以下スカンクとガスタンク、ジャガーとゴキオンシザースのモティーフにもなったゴキブリ、蜘蛛と爆弾、犀と磁石など、いずれも二種合成型か機械合成型の高度な技術を必要とする重改造人間。腰にはバリスタスのものとは違う、蠍を象った紋章がついている。
「改造人間!?バリスタス以外に、あんな完全な改造人間を作れる組織が!?」
「そのとおり!」
と、普段あまり大声を出さない男が叫んだ。
「って、シャドーさん!」
「私達と同じく改造人間技術を受け継ぐ組織、そして私達の同志!彼らこそ・・・秘密結社Q!」
「キュー!」
「キュキュー!」
わらわらと出現する、「Q」の文字と紋章の蠍を象ったスーツを着用した戦闘員達。身体能力はそれほどまでないようだが、手に手に重火器を持っている。
そして、それとともに現れた幹部と思しき、龍をイメージしたのであろう鎧を纏った青年と、眼鏡をかけ髪の毛を短く刈りそろえた、理知的な学者か教授といったイメージの男。
「狂科学ハンター玲!いかに貴様が「黄金の薔薇」最強の人間兵器といっても、この数の改造人間と戦闘員。そして・・・」

カァン!カァン!

硬質な、硬いものが割れるような音。同時に、滅茶苦茶になった地面のコンクリートや瓦礫が、原子レベルに分解されて消滅する。
(これは・・・アルター能力!?)
話に聞いていた、物質を原始分解して望むままの心の力となす、ロストグラウンド生まれの人間しか持たない超能力。

そして、新たに二人の人間が進み出る。・・・随分対照的な二人だ。
一人は華奢な少年だ。側頭部に短く編んだ髪をたらしてアクセントにしたその顔は美少女といってもよいほど整っていて、美しさでは玲に引けをとらない。玲の黒いブルゾンと白い中国風服は対照的だが。
「この箕条 晶のアルター・ハーメルン=オーケストラと!」
瞬間、晶の手の中にそれは実体を成した。いくつかの楽器を複雑に組み合わせ構成した錫杖のような、とても分解した物質で一からくみ上げたとは思えない精妙なアルター。
もう一人は、対照的に2mをはるか超える巨体の大男だ。顔面には眉間で交差する斜め十字傷、鋭い眼光をはなつ目をごついサングラスで覆って背広をきた様は、休暇中のプロレスラーか武闘派ヤクザかといったところだが、この男もアルター能力者だ。
「この俺、ゼネラル=モーターバロンのアルター!遮るもの全てを踏み潰す大義の車輪!ギガンティックホイール!!」
二の腕周りに装着形成された、大きなタイヤ型のアルターだ。力を示すように、激しく回転してみせる。
「そして私、香川英行が中世魔術の精華「クロウカード」を研究することにより開発した魔術戦闘用強化服・・・」
静かに継げながら香川と名乗った教授風の男は、白衣のポケットからタロットかトランプかゲームか、ともかく何かカードの類を入れるホルダーを取り出した。同時に白衣の上に、蜃気楼のようにベルトが現れる。それは仮面ライダーのそれに似ているが、バックルがあるべき部分ががらんと空いている。
「変身!」
瞬間香川は叫ぶと、空中に軽く投げ上げたカードホルダーを反対の手でキャッチしてから、バックルの空いている部分にセットした。

シャキィン!

硝子か鏡が組み合わさるような澄んだ音。それとともに香川の体は黒を基調とした革のような強化表皮で覆われていた。頭部は目に当たる部分がバイクヘルメットの風防のように一体になっているほかは仮面ライダーに極めて近く、昆虫にモチーフを求めるならば恐らく蟋蟀(ころぎ)だろうか。
「オルダナティヴゼロまで加えれば・・・流石の貴方とも戦えるはず。それに私の見立てによれば、貴方の魔玉は残数がもう僅か。ここは大人しく退いてくれませんか?」
理知的な口調で語る香川。玲は、苦い顔をしてそれを聞いていた。事実、彼の手持ちの魔玉はあと大規模な技一発分程度。それではこの数を相手取ることは難しい。
「さあ!」
暫くの沈黙。
「・・・仕方が無い。だが狂科学の存在を、俺は許さない。・・・次は倒す!!」

びゅごおおおおおおおおっ!!

言葉の端に浮かぶ怒りと呼応するように、絶対零度領域が拡大して猛烈な吹雪が一瞬視界をふさぐ。
それが消えたときには、まるで吹雪の幻か何かだったかのように、玲の姿は掻き消えていた。またアキハバラ電脳組も人造人間がダメージをおったときに撤退したらしく姿が見えない。デ=ジ=キャラットに至っては抗争が激化した初期にとっとと逃げ出している。

結果その場に残されたのバリスタス同盟組織以外のものは、きっどと一緒に居た「黄金の薔薇」のリタ=ヴァレリアだけとなった。
「・・・えっと、じゃ、リタさん、また今度。」
「何!?」
と、ややきまずそうにきっどが言った言葉にリタはまた驚かされた。この状況で敵対組織の相手を見逃すなんて、普通無い。
とはいえ、この状況で戦う気などリタにはさらさら無い。
「そっか。じゃ・・・な。」
そうそっけなくいうと、数度の跳躍でビルの群を超え、一堂の前から姿を消した。

「さて・・・お久しぶりですねシャドーさん、ようこそ東京に。今後は、どうなされます?」
香川の問いかけに、シャドーは間髪をおかず答えた。
「避難させた宇宙人の皆様の安全確認を行いたいですね。積もる話や自己紹介・状況説明などはその後です。」

そして。
ケロロ軍曹から渡されたデータをもとにたどり着いた、場所。
「ここですか・・・」
「あの、ここって。普通の民家じゃありません?」
そこ、長谷川と表札に書かれた家で。
「偽装でしょう。それじゃ、お邪魔しまーす。」
「は〜い!」
出てきたのは、元気な金色に輝くポニーテールを跳ねさせる、バリスタス第六天魔王をして「太陽」と讃えさせた娘。
「お・・・」
この大騒ぎというべきバリスタス関東支部初日の、最後のトドメとも言うべき驚きが待っていた。
「折原のえる〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!?」

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