秘密結社バリスタス第二部九州・大陸・大西洋編共通OP
 

「種子島沖を通過、これより本艦は北上に入ります。上陸まであと2時間弱を予定。熊本鎮台所属予定幹部・怪人の皆様はお早目の準備をお心掛けください・・・」
イカンゴフの穏かなアナウンスが、深海を行く巨大移動要塞・・・「神を突き刺すバベルの塔」内のスピーカーから流れる。
悪の博士怪人軍団所属のこの巨大な移動要塞は、世界展開計画に基づき北洋水師としてこれから北大西洋へと向かう。その過程で、九州へゆく幹部影磁とその手勢を乗せ、送ることにしたのだが。
小さめの山か小島が丸ごと移動しているような巨体では瀬戸内海や関門海峡を通るわけには行かず、わざわざ太平洋から種子島を回って日本海側に出なければ上陸予定地の北九州にはいけなかったのだ。またこの移動要塞本来飛ぼうと思えば飛べるのだが、目だって目だってしょうがないので秘密結社としては論外である。
「ふむ・・・もう、そんな時間ですか。」
することもなく艦橋に居た影磁は、ゆっくりと立ち上がると背伸びをした。
「時間かかっちまって、すまないねぇ。」
舵輪を握っていた和服姿の女性・・・蛇姫が笑いかける。
「いえいえ、中々興味深い旅でしたよ。これほどの巨大要塞を動かす技術、見ていて飽きない。」
「そうかい、ま、お互いこれから各支部の発展に力を尽くそうじゃあないの。」
「ええ。」

「さて、出発までまだ少しは間がありますね。」
と通路を歩いていた影磁だが、角を曲がった途端唐突に小柄な人影と衝突した。
「おっと。」
「あっ・・・」
影磁はなんともなかったが、相手のほうは倒れこんでしまう。手を貸し助け起こしたところで、その相手が怪人軍団の戦術指揮官、マシーネン=カーネルであることに気がつく。
「あ、これは影磁閣下。すいません・・・」
だが、妙に元気がない。電脳世界での戦いを終えて帰還したころは再生したてに比べ随分生き生きとした顔になっていたのだが、その元気がすっかり削げ落ちたような顔をしている。
彼女の体を構成する機械部品の製作を担当した身としては、これは心配になる。
「どうかしたのか?元気がないようですが・・・」
「あ・・・はい、すいません。何でもないです。個人的な事柄ですから、大丈夫です。任務に支障はきたしません」
「恋人かね。」
「はうっ!え、あ、いや、そのいえ決してっ!」
途端に頬どころか首筋や耳まで真っ赤になったカーネルは、クールな美貌を動転させてわたわたと手を振る。
影磁の読みは完全に当たったようだ。軍務においては非常に優秀な女性なのだが、こういう面は非常にうぶで、見ていて楽しい。
以前は復讐に取り付かれた戦鬼だった彼女がここまで人間らしくなれたのは、異世界にて彼女を支えともに戦った恋人の存在があったのだが、今回の人事異動でその恋人と離れ離れになってしまったらしい。今となっては、それは彼女にとって非常につらい。
「まあ、そう気を落とさないことだ。そう、少し距離を置いてみることで恋というものは時に研磨され、輝きを増す。限られた連絡手段、それに思いは掻き立てられ、間隙を埋めるべくふくらみを見せる。まぁ、たまの遠距離恋愛も悪くはあるまい、と言うことだ。」
「は・・・はいっ!」
敬礼し、幾分か元気を取り戻して去っていった少女の背中を、影磁はいとおしげに見守った。
「ふむ・・・感謝するよ影磁殿。我輩も今回の転属、いささか心苦しくてな。」
と、影磁の協力のもと彼女の再生・改造を行った、現在の「義父」、悪の博士が現れた。
「とはいえ・・・欧州攻略を先送りすることも出来ん。」
「そうでしょうな・・・しかし、「大丈夫」なのですな?」
影磁は同意しながら、しかし一抹の懸念を示した。確かに欧米に存在する組織郡は、重大な脅威だ。しかし博士は何かそれ以上の、一種怒りのようなものを抱いているようにも感じられる。
「確かに、我輩はな、一神教徒と共産主義者と精神的な意味での白人とアメリカは大嫌いだ。自らの正義を絶対と疑わぬ傲慢、其処から来る異種存在を皆殺しにして何ら恥じることの無い残虐、・・・何より我輩が忌み嫌うものだ。はっきり言うのならば、彼らを肉片一つ残さず絶滅させたい思いは確かにある。だがな・・・」
外骨格に怨念にも似た怒りをにじませる悪の博士。凄まじい怒気があふれ、影磁の脳に映像を結んだ。心理外骨格の特殊能力・・・。そのビジョンの中、いくつもの殺戮が行われ、いくつもの非道が働かれ、そして血と涙と悲鳴が鉄火でもって搾り取られ・・・そしてそれを行うものは十字架を下げたる者、白い肌のもの。南米で、アフリカで、アジアで、日本で、ヴェトナム、中近東で。そしてはるか昔、彼ら自身が住まう土地もまた、地と骨でならされ先住者から簒奪したものだ。
圧倒的な怒りと、その怒りを支える紛れも無い現実、凄まじさに影磁は顔をしかめた。それを見た博士は、慌ててようやく険相を収めた。自戒するように、己を落ち着かせるように。
「・・・だが我輩はそれをしない・・・断じてしない・・・それを行えば、我輩もまた彼らと同じような存在へと堕してしまうからな・・・」
と呟き、博士は手に持った長いものを確かめるように振った。
それは、普段博士が持っている杖ではない。独鈷を思わせる変わったデザインの槍だ。
「博士、それは?」
影磁の狂技術者としての勘が、それがただの槍ではないと告げていた。
まるで槍が生きているような、そんな感覚がある。
「神槍グングニル。もっとも、ヴァチカンの連中は妖槍と呼んでいるがな。」
「グングニル・・・北欧の神オーディンの槍?」
「本当に神の持ち物かは分からんよ。だが、これは古代から存在し、特殊な能力を秘めておる。金属細胞による伸縮、超振動、そしてなにより、自らの意思を持つ。」
「ほう・・・!」
感嘆する影磁。彼、いや悪の博士も含めたバリスタス全員の技術を持ってしても、それだけの武器を作るのは容易なことではない。
「これは、鞍馬鴉が持ってきたものでの。奴の実家が飛騨忍者であったのは知っているであろう?」
「影一族、ですか。」
戦国時代、世の闇で蠢いた悪の軍団を討ち果たした、正義の忍者集団・影一族。その末裔が何ゆえ悪の道に身を投じたのか、影時はそれにも興味を持っているが、未だ語られては居ない。そして、今後語られる可能性も少ないだろう。この闇に集うものたちは皆、どこかに傷を持っている異形なのだ。
「影一族最大の戦いと言われた、金目教との戦。金目教はキリストの生まれ変わりを自称する裁谷幻妖斎に率いられ、当時既に遺伝子操作の技術を持っていたといわれる軍団だが、その目的は聖杯に残されたイエスの血から救世主を再生することにあったといわれている。そして、この戦いに介入してきたのがヴァチカンの退魔騎士団だ。彼奴等はマリア=ラ=パーシバルという女退魔騎士を送り込んだ。聖杯を奪取するために。・・・だが、それは偽の目的だった。本当のところ彼らは幻妖斎と取引し、マリアの体を使い救世主を作ろうとしていたのだ。」
「・・・」
博士の口から語られる、はるか過去の闇の戦い。影磁は、黙して聞く。
「結果、そのたくらみは阻止され、マリアは日本の影の里で暮らしたといわれている。その退魔騎士団の末裔、異端殲滅機関イスカリオテは、今もヴァチカンで活動を続けている。この事件だけではなく、歴史上彼奴等が引き起こした惨劇は枚挙に暇がない。数年前も、わが娘となったフェンリルをただ人狼の血を引くというだけで抹殺せんと図った。奴らは、闇の敵だ。生かしておいては、我々の最後の一人が死滅するまで攻撃してくるであろう。それに、極東本部を失ったとはいえHUMAは未だ海外に存在する。その動きを何としても牽制せねば・・・!?」
び〜!び〜!
唐突に警報音。
「どうした?」


じたばたじたばたじたばたじたばた。
網の中でもがいているのは・・・巨大な三葉虫だった。
いや、それは分類上は「三葉虫の改造人間」なのだろうが。はっきり言って「手足生やして直立した三葉虫」以外のなにものでもない、「ゲドン」の「獣人」なみの動物よりデザインなので、そう形容するのが正しそうだった。
しばらくもがいていると逃げられないと悟ったのか、団子虫のようにくるっと丸くなる。それはモチーフどおりの防御行動。
だがそれを見て、全員が息を呑んだ。
背中の頑丈そうな背甲、その一面に刻まれた傷、傷、傷。それは、誰が見ても歴戦の証拠だ。動きこそユーモラスだったがさっきのもがき、この網が組織製の、巨大原子力潜水艦すらからめとる「対潜魚網」でなかったら、とっくに破られていたかもしれない。
「何事だ?」
入り口から、博士の声がかかる。
「あ、それがですね。食料調達用潜水漁船S3号の網に、所属不明の三葉虫怪人がひっかかりまして・・・」
皆まで聞かずに人の群を割り、博士は三葉虫に駆け寄った。
「おお・・・パラドキシデス!生きておったか!神爪大佐は!リリス女王はご無事か!?それにマルレラは・・・」
「へぇ?」


「するてぇと、カーネルさんとおなじような昔の仲間?」
「うむ、このものの名は三葉虫怪人パラドキシデス、人間名三葉治。秘密結社インバーティブリットの改造人間だ。」
すこしたって、場が落ち着いて。第一艦橋すなわち神刺塔の洋館型部分の一番高い尖塔にある悪の博士の部屋で、影磁はようやく事情を説明されていた。
「ああインバーティブリット、この時代にあえて悪の秘密結社として世界征服を目指した集団よ。我輩の目を開かせしめ、この道へと進む直接の契機となったも、師も同然の存在だ。海生無脊椎動物をモティーフとした改造人間の軍団を率い、見果てぬ夢と闇の住人としての倫理と矜持を持った、まさに我等の先達と言うべき存在・・・」
「い、いやぁ、そこまで褒められるとてれるな。」
かりかりと頭部をかく仕草をする、そんなやたらと凄い表現をする悪の博士と向かい合わせに座る青年。先ほど網に引っかかった三葉虫男の正体だ。先ほどより大分人間に近い姿になっているが、まだ手足や腹部などに通常の人間とは異なる装甲皮膚が露出している。服を着れば隠せる程度のものだが。
「別にあんたのこと褒めてるわけじゃないわよ。今はなき陛下や大佐のことよ。」
と、その傍らで声がした。
「毬華、そりゃないだろ。」
ため息をつくパラドキシデス。毬華と呼ばれたのは、明らかに同列の技術で改造されたと思しき女性の改造人間だ。両肩から張り出した長く鋭い肩アーマー。頭部を覆うのは、ロングヘアが癒合して出来た頭と背中を覆う装甲と触角。体は脇腹から腰にかけて鳥の羽毛のような鰓が生えているほかは、必要最低限の部分を節くれだった細い節足型の装甲が覆っている他は、惜しげもなく彼女の美しい顔とつりあう均整のとれた体を露にしている。
その代わり手は棘の生えた青光りする装甲外骨格が覆い、足は膝から下が巨大な蟹の鋏状になっている。二本の爪が前後に開き、丁度ハイヒールの靴のようになっているのだ。蹴られたら相当なダメージになりうる主力武器。確かに博士が自らの師にして先達といったとおり、胴体は可動の自由度を重視し、打突に用いる両手足先端部を重点的に改造する手法はフェンリルや機蝗兵など博士の作る改造人間に一致しているといえた。
あまりもとの生物の特徴が分かりにくい姿だったが、隣の三葉虫と同系列であるということと巨大な肩の外骨格から影磁は、カンブリア紀に生息していたいわゆるバージェスモンスターの一種、三葉虫様類のマルレラと推測した。しかしパラドキシデスが怪人になったときまるっきり人間の原型とどめないくらい三葉虫だったのに、随分な落差である。それはおいておいて影磁の推測が当たっていたことは、博士の次の言葉が証明した。
「いやいや、そうではないぞマルレラ。最初は成り行きも同然だったとはいえ、愛のために正義にすら逆らうほどに激しく戦った貴公らもまた、我輩はきわめて高く評価している。しかし・・・そうか、やはり亡くなられていたか、リリス女王陛下も神爪大佐も・・・」
思いため息をつくと、博士はグロッキー状態のボクサーのようにがくりと俯いた。彼の精神によって保持される心理外骨格の角が、テンションの低下を示すように力なく垂れ下がる。
「まぼぅ・・・」
いつの間にか隣に居た、同じくこの神刺塔で中国まで運んでもらうまんぼうが、やはり悲しそうな顔をしていた。
それまでは幾分か元気だったインバーティブリットの二人組も、話すことで記憶が蘇ったのか、悲しそうな顔になる。湿っぽい空気が部屋を満たし、一人部外者の影磁は居心地が悪くなってしまった。
「閣下。上陸作戦開始時刻五分前です。そろそろ小型潜航艇にご移乗を。」
ぎしり、と床がきしんだ。沈んだ空気に風を入れる役割を果たした入室者は、それほどまでに巨大な体格を有していた。
身長は三メートルを超え、重さは恐らくトン単位であろう。全身凄まじい筋肉と均質についた脂肪の、プロレスラー、それもスーパーヘビー級チャンピオンのそれを思わせる体つきの改造人間だ。
表皮は腹側は白っぽく、背中側はlucarと同じように微妙な色合いの黒。それもそのはず、イルカ怪人のlucarに近い、鯨の改造人間なのだ。名は勢流鯨(セルゲイ)。
「あ・・・おお。そうか、そんな時間か。」
と、それを聞いた博士は予定が狂ったような、慌てた仕草を見せた。気を取り直して立ち上がると、影磁にやや急いだ口調で語りかける。
「すまんが影磁殿。この二人、貴公の軍に編入していただけまいか。」
「え?・・・それは、戦力が増加するのは良いことですが。貴殿の軍では?知り合いなのでしょうに。あるいはまんぼう殿の・・・」
問い返しかけて、影磁はやめにした。自分の軍に入れたいのならそうしているはず。ならば、何か考えがあるのだろう。
「・・・いいでしょう。」
「うむ。かたじけない。では・・・」
いいざま、博士はさっと手を伸ばすと、影磁の体に触れた。
瞬間、影磁の脳裏にまた一つの映像が浮かんだ。先ほどのような長く断片的な映像の集成ではなく、一つの静止画像だ。
「威厳を感じさせるほどの美しさ」という、めったに見ることの出来ない要素を持つ少女の姿だ。ややウェーヴのかかった髪に縁取られた顔は、母のごとき慈愛をたたえながら、どこか底知れぬ暗黒に通じる深みを感じる。片目を覆う黒革製の海賊じみた眼帯と、白くしなやかな体を覆う半透明の、ギリシアの女神を思わせる衣装もまた、複雑な彼女の両面性を象徴しているように見えた。左手に虹色に輝く宝石のような菱形の楯、右手には眼帯と同じく海賊が使っていたような、古めかしいデザインの拳銃。
そんな彼女を、守護するようにもう一体の改造人間が立っていた。黒い外骨格に覆われた、戦闘的な爪の生えた両腕を持つ改造人間。菱形の、貝殻のようにも見える楯と、イカンゴフの外套膜に良く似た衣装から恐らく翼足類・殻を持つクリオネの仲間のウキビシガイの怪人であろう少女とは対照的なその黒い怪人は、やはりカンブリア紀の古代生物・サンクタカリスに似ていた。
「・・・これは?」
そんな映像に怪訝な表情を見せる影磁。博士は僅かに笑い、答えた。
「それこそが女王リリス陛下、我輩が前に述べた、「我が首領となってもいい三人」最初の一人。一緒に見えたのは、インバーティブリット幹部神爪大佐だ。・・・貴殿に我がインバーティブリットに関する記憶を移した。必要なときが来れば、自然と思い出すようになっておる。・・・頼むぞ、そして健闘を祈る。」
影磁も、笑い返した。
「ええ・・・分かりました。・・・征ってきます。」

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