秘密結社バリスタス第二部本部編第四話 小さな決着
「鎧軍団暴魂チューボ様、討ち死に!」
「鎧軍団凱聖クールギン閣下、討ち死に!鎧軍団は壊滅状態です!メタルダー進撃、止められません!帝王の間に突入されてしまいます!」
次々と入ってくる悲鳴のような報告。戦闘ロボット軍団凱聖バルスキーは、それでも最善を尽くそうと努力をしてきた、だが。
HUMA壊滅により一気に無法化した裏社会では、海外の大手組織、タロンや黄金の薔薇が日本の市場を手に入れるためネロス帝国に目をつけ一気に襲い掛かってきていた。
メタルダーとの戦いで疲弊していた帝国にこれを防ぎきる力はなく、衰退を重ねた結果ついにメタルダーがこの本拠地・ゴーストバンクに突入してきた。さらに今の現状を象徴するように、それに乗じて黄金の薔薇の大軍団が一斉攻撃を仕掛けてきている。
現に彼の戦闘ロボット軍団と機甲軍団はその迎撃に全力を忙殺され、メタルダーに攻撃できない位置まで引き離されてしまった。
「モンスター軍団は何をしている!」
思わずに普段は紳士的な機甲軍団凱聖ドランガーの声も荒げられる。
「は、それが・・・」
必死の偵察行から帰還したバルスキーの副官・豪将ガルドスの声は暗かった。戸惑っているようでもあり、ためらっているようでもあった。
「どうした?どんなことでもいい、話してみろ。」
勤めて落ち着いた声を出し、バルスキーは尋ねた。だが副官のただならぬ様子に、電子頭脳の推測能力が警告を上げる。
「それが・・・ゲルドリングはモンスター軍団のほとんどと戦闘ロボット軍団暴魂クロスランダー、その部下軽闘士デデモス・ゴブリット両名とともに大金庫より軍団資金を強奪、かねてより打ち合わせていたらしく飛来した、恐らくタロンのそれと思われるヘリに投降いたしましたっ!!」
苦しげに、一気に言い切るガルドス。一瞬唖然としたバルスキーは、直後電脳が焼ききれんばかりの怒りに襲われた。
「おっ、おのれ・・・!!」
彼に歯があったなら、歯軋りして悔しがったであろう。
と、基地の奥・・・帝王の間がある方角で凄まじい爆発音が起こった。基地全体が震えるほどだ。
「な、まさか・・・」
ドランガーの声が震える。
まさか、メタルダーに帝王が敗れたのではあるまいか。
「言うな!そんな、そんなはずは・・・」
バルスキーも、不安に耐えながら基地内部へレンズを向けた。
どっと煙が流れ込んでくるが、この程度なら見通すことは出来る。
と、人影が現れた。それは、彼らが何度も拝謁したものだ。玉座から立ち上がっているが、兜の形は紛れもなく同じ。
「帝王ネロス!」
どさり。
それは、バルスキーたちの前に投げ捨てられた。ぼろぼろになった、死体。彼らが帝王と呼んでいた男の残骸だ。そしてその上にもう一つ、彼らが敵と呼んでいたアンドロイドのぼろぼろになった体が、ボールでも放り投げるかのように投げ捨てられた。
恐らく互いに戦いあい、消耗しきったところを狙われたのだろう。十全の状態であったのならばともかく、それではひとたまりもあるまい。
「お・・・お・・・・・・・」
「いやあ、お役目ご苦労、桐原コンツェルンの諸君?」
と、場違いなほどさわやかな声で語りかけてきたのは、その後ろから現れた男だ。
「貴様、テュルパン=ヴァイン!!」
一瞬自失しかけていたバルスキーが、敵を見極めて臨戦体制に入った。
それだけの相手だ。「黄金の薔薇」西スラヴ支部長、最高位階の公爵の称号を持つ男だ。逞しい長身を華美で典雅な赤を基調とした装束に包み、甘い美貌を金色の長髪で縁取る、まさに貴族的すぎるほど貴族的な男。
そして、己の研究を肉体の強化に用い戦闘能力の増強を無上の喜びとする、戦闘好きな男でもある。この余裕の態度も、己の戦闘力に対する絶対的な自信からだ。
「大人しく下りたまえ。もはや君達の組織は滅んだ。この程度の男、金儲けのためだけの組織に忠誠を尽くし死にたくはあるまい?」
「否。」
コンマ一秒の隙もなく、バルスキーは即答した。
「我々はロボット。命令はたがえぬ!それが我等の、鋼の誇りというものだ。貴様らの下で道具となるよりは、ここで戦士として死ぬ!」
ざっ、と身構えるバルスキー、そして機甲軍団、戦闘ロボット軍団皆それにならう。
もとより彼らは、兵士として彼らの属する組織、ネロス帝国が滅びつつあるのを実感していた。だが、だからこそ、それに殉じようとしていた。
不器用なほど誠実に。
「ふっ・・・ふははははあ!人形が、一人前の戦士のつもりか!」
それに対して、利用目的で接したテュルパンは本性を現した。
「お前達が誇りだと思っているそんなもの、所詮命令を確実に遂行するに都合のよいプログラム設定に過ぎん!いやお前達の存在そのものが、冗長な0と1の羅列で組まれた幻想だというのに!」
おかしくてたまらないというように身をよじるテュルパン、されどバルスキーは決然と拳を構える。そして、ドランガーは、むしろすがすがしい笑みを発した。
「ふ、我々が幻想か。己が何かも理解できない身で、よく言ったものよ。だがそれで結構。幻想の身なれば、自分が幻想と理解できない。そして、はかなく消えるおそれがあるなら、尚いっそうこの世界の認識をいとおしむことが出来るでしょう。」
「・・・もはや語るべき言葉は尽きた!行動をもって示すのみ!ゆくぞ!」
そして、ネロス帝国最後の戦いが始まった。
「うおおおおおおおっ!!」
ドドドドドドドド!
ドガドガドガァァァン!
ゴォォォォォッ!
機甲軍団が、一斉に火と鉄の咆哮をあげた。
ひとたまりもなく、テュルパンに随伴していた戦闘員達が消し飛ぶ。戦闘ロボット部隊が一斉に突入し、残存した敵兵をあっという間に駆逐した。
「ふん、どうした!たいしたことがないぞ!その程度か!我等の長を倒した力はその程度か!所詮は闇討ちしか出来ぬ姑息の輩か!それならばこのバルスキーの拳の前に、砕けて消えろ、その闇討ちの闇の中に!!」
咆えるバルスキー。しかし最初から戦闘員など使い捨ての道具としか思っていない「黄金の薔薇」の幹部たるテュルパンは、気にも留めない。バルスキーの拳の届かないロングレンジの間合いを取ると、優雅に手を伸ばし、ポーズをとった。
次の瞬間。それまでの典雅な仕草から一転して、甲高く狂おしい叫び声とともにテュルパンは攻撃に出た。
「はっはっはぁ!燃えろ燃えろぉ!」
テュルパンの指先から、次々と不可視の炎種が放たれる。全く唐突に超高熱の炎が現れては鋼鉄の兵士達を一瞬で溶解せしめる。
「ふふ、私の研究テーマはピラミッドエネルギーと人体エネルギーの融合による、生体エネルギー分子の飛翔効果だ。分かりやすく説明すると、人体発火現象を思うがままに操り、好きな場所に好きなだけ炎を起こすことが出来るのだよ!」
炎を演出的に渦巻かせ、自信満々の高笑いを浮かべるテュルパン。確かに、とんでもない能力の持ち主だった。
ことに動きの鈍い機甲兵団には致命の攻撃である。持って生まれた重装甲は、その内側に突然発生する超高熱になんの役にも立たなかった。
メガトロンが燃え尽き、バーベリィが墜落し、ストローブとアグミスが体内火薬を誘爆させて粉々に吹き飛ぶ。
そして、遂に凱聖ドランガーすら捉えられた。
「うおおおおおおおっ!?」
胸部が一瞬で爆発し、反動で壁に叩きつけられる。重要区画がぐしゃぐしゃにつぶれており、数分で活動停止する運命は決定していた。
「ご・・・はgflが・・・・」
「ドランガー!」
叫び声を上げるバルスキー。そこに、交響楽の指揮者のようにテュルパンの指がむけられる。
「ふふん、次は君だ・・・」
「そこまでだっ!!」
と、そこに、声が響いた。
テュルパンは慌てず、悠然と緋色の衣を翻す。
「誰かね?そして何の権利があって、私の楽しみを邪魔するのかな?」
長めの金髪で縁取った端正な表情に冷笑を張り付かせながらの問いに、響く声は明瞭に答えを返した。
「世界征服を企む悪の秘密結社としてっ、権利も何もなく暴力と野望でもって、お前たちを阻止し、その望みを打ち砕く!!俺達・・・秘密結社バリスタスがっ!!」
そして現れたのは、ずらりと並んだ秘密結社バリスタス怪人部隊。指揮し、今の宣言を行った大幹部JUNNKI、ゲッコローマ、フリーマン、みみずおかま、アクニジン、ルストダイノに本来影磁指揮下ながら整備中ゆえ本部が引き取っていた鎧武人、マギラ、マギリまでに、完全装備の蝗騎兵・黒蝗兵主軸の生栗磁力率いる精鋭戦闘員部隊。
さらにネオバディム同盟の遊星帝国から今度こそとばかりに幹部マウアー=ゼル、戦獣士ラーミア、戦獣士ウニャーン、千太郎を筆頭とするコマンダーたちもずらり勢ぞろいし、アドニス軍もサイボーグ貴族ダンディ男爵にグラムス王子と直々出馬のアドニス皇帝、今回初見参のサイボーグ農夫グミーンに王女エリカ、出発間際ながら相当の戦力を掻き集めている。
非戦闘用と水中戦闘用を除けば、本部の全戦力が出陣している。
「な・・・」
これには、はっきり言ってネロス帝国のほうが驚いた。
「おっ、お前らいつの間にこれほどの大戦力を、というかどうやってこのゴーストバンクに!?」
バルスキーの驚愕も無理はない。このネロス帝国本営・ゴーストバンクは完全隠蔽式の地下移動要塞であり、その場所を特定するのは極めて困難なのだ。メタルダーの進入と時を同じくしてなだれ込んだ「黄金の薔薇」はともかく、その後も移動するこの要塞を把握・突入するなど、情報収集能力の低いバリスタスにできる芸当ではない。
「ああ、それは俺たちが誘導した。」
と、
「トップガンダー!?」
「俺だけじゃないぜ。」
そうトップガンダーは答えると、背後の薄暗がりに軽く手招きした。そこからおずおずと現れたのは・・・
「ローテール!?それにヘドグロスにウィズダム、ジュニアもか!!」
バルスキーが人間だったら、目を丸くする、といった反応を返していただろう。そこに揃っていたのはバルスキーが戦闘能力を持たないゆえ離脱させたはずの秘書ロボット・ローテール、タロンに投降したはずのモンスター軍団の軽闘士ヘドグロスとその妻ウィズダム、息子のヘドグロスJrまでいた。
「何故だ、何故こんなまねを・・・!」
問いかけるバルスキー。その問いには、様々な意味が篭っていた。一度は離脱しておきながらこんな戦場に戻ってくる無茶。戦士としてここで死する覚悟を決めたというのに、何故今になって助けがくる、そしてそれがライバル組織であったはずのバリスタスであり、それを手引きしたネロスの仲間がいること・・・
わかってはいた。大方モンスター軍団の中で孤立していたヘドグロスはゲルトリングに追い出されるか自分で出て行くかしてローテールと遭遇、そしてバリスタスに助けを求めたのはローテール、で進入したバリスタスと、メタルダーとともに来ていたのだろうトップガンダーが合流した・・・と。
しかし問わずにはいられない。様々な葛藤が入り混じった問い。心を持つが故の、問いだった。
「ローテール!お前か!」
びくりとおびえを示しながら、それでもローテールは前に進み出た。
そして、
「だって!私は貴方を死なせたくなかった・・・死なせたく、なかったんです!!」
「ローテール・・・!」
その返答の叫びはあまりに切実で。荒れるバルスキーも冷静さを取り戻した。
それを見計らい、既に前に出て「黄金の薔薇」とにらみ合っていたJUNNKIが告げる。
「まあ、積もる話は後に。今は・・・あの似非貴族をぶちのめす!」
「ぶちのめす?ははは、無理なことは言わないことだ。」
哄笑するテュルパン侯爵。その笑いを消し飛ばそうとするかのように、フリーマンが嘲笑う。
「ははっ、北米支部を潰されたあげく支部長の公爵をやられておいて、大した虚勢だな。」
悪の博士率いる「北洋水師」が、さらわれたマルレラのロボットの母娘を助ける、そのついでといっていいレベルで北米の「黄金の薔薇」を叩き潰したのは、既にバリスタス中に知れ渡っていた。さらにその時はHAとも交戦しており、ついでのついでと事実上言ってもいい。
しかしそれでも尚、傲慢にテュルパンは胸をそらす。
「ふ、君達の認識は、その愚かな脳相応に間違っている。その理由を三つ教えよう。一つは、北米支部のジェシカは、自力での戦闘は得意ではなかった。もう一つ、北米支部の再建は既に始まっている。我が偉大なる「黄金の薔薇」にはあの程度の損害、毛筋ほどにもならぬよ。そして三つ・・・」
気取って指を立てながら数え上げ三つ目、にい、とテュルパンは薄い唇を歪ませた。
「今日ここに集まったのは、本格的日本侵略の兵力の一部とはいえ・・・君達程度叩き潰すには十分な力だ。」
さらに現れた軍勢は、黒いスーツに身を包んだ「黄金の薔薇」戦闘員の大軍と、テュルパンと同程度に華美な服装に身を包んだ男がもう二人。
「紹介しよう。我が「黄金の薔薇」の同志・・・ウンスロ=ポガース公爵とド・レール侯爵だ。」
さ、とテュルパンが手で指し示す。
「くくっ、獣もどきと機械人形のご高説、聞かせていただいて笑いことは出来たが、もう飽き飽きだったところだ。もう少し早く紹介してもらいたかったな、テュルパン。」
ポガースはアフリカ人らしき長身の男で、黒いアポロ像とでも言うべき均整の取れた体格をしているが、視線や全身の雰囲気にどうにもならない冷たさを漂わせている。手に持った、女性的な曲線を描く優美なデザインの斧が、欧州貴族の服に身を包む黒人というアンバランスさをさらに際立たせる。
「その通りです、公爵。貴方ばかりおいしいところを取られて・・・我々もそろそろ我慢の限界だったところですよ。」
ド・レールは恐らくフランス人、高すぎるほど高い鼻が特徴的な男だ。髪の毛を左右に分け丁寧に撫でつけきらびやかな礼服を纏っているが、どこかその表情は品性が感じられない。薄い口髭も、卑しげな風情を高める役にしか立っていないようだ。
ただし、いずれもテュルパンと同等かそれ以上の、かなり高度な能力を誇っていることがその傲慢な態度から伺える。
「分かったかね。たかが滅人同盟相手の戦いにおおわらわの君達などに、勝てる道理などないことが。」
「ほっほっほ・・・」
と。
突然、酷く呑気な笑い声がゴーストバンクの空気を支配した。何気ない茶飲み話で笑う、好々爺の笑い声のような。大して大きな声ではない。むしろ、小さな笑い声。だが何故かその声に聞き入ってしまう、そんな不思議な魅力のある声。
それを発しているのは、声と同じくらい小さな体格の老人。
「何だ、お前は?」
テュルパンの、一瞬酷く気の抜けた声の疑問に、その傍らに控えていたサイボーグ貴族が答える。
「ふっ、知らんのか。この方こそアドニス星皇帝・アドニス=フォン=レーベンバウアー。お前たちごとき自称貴族のまがい物とは、比べ物にならぬほど高貴な身分のお方なのだ。図が高いぞ!」
「まあまあ、よしなさいダンディや。そんなに威張るものではないよ。わしは「今は」皇帝ではないのじゃからの。最も・・・バリスタスやネオバディムの皆さんの協力さえあれば、必ずやまた即位できると信じておるがの。しかし・・・」
そこで一瞬、小柄で温厚な老人が掻き消えた。代わりにそこにいるのは、巨大な火炎に魔王の表情の宿った、アドニス皇帝のもう一つの姿。
「この偽貴族達には、たっぷり灸を据えてやる必要がある。そうじゃの・・・皆の集!」
そのアドニスの一言と同時に、その場の空気が一挙に戦場のものとなり・・・そして、直後、動いた。
「いくっぺよぉぉぉぉっ!!」
ベージュ色の丸っこい装甲に覆われたサイボーグが、変ななまりを帯びた言葉で叫ぶや手に持った大鍬を振りかざした。グミーン・・・アドニス星系軍の者で、元は農夫のサイボーグだ。
その鍬の一振りは敵には届かない・・・どころか、そもそも敵に当てることを目的としたそれではない。
どごぉぉぉぉぉぉぉぉん!!
グミーンの鍬がゴーストバンクの床を叩き、強烈な振動波を発生させ、そして・・・一撃で地上までの穴をぶちあけた。
元々農作業用サイボーグだったとのことだが、耕作用にしてはあまりあるパワーだ。
「さあ、ネロスの旦那衆、お早く!」
「「黄金の薔薇」とは、私たちが戦う。先に退きたまえ。」
グミーンとグラムスが、揃ってその穴をネロスのロボットたちに指し示す。
「ぬ・・・」
「バルスキー様!」
「急ぎたまえ!仲間達をいたずらに死なせたいのですか!」
「分かった!」
暫しの逡巡の後、その穴をくぐり地上へ行こうとするロボットたち。
「行かせるものかっ、愚か者どもめ!」
そこに、再びテュルパンの炎が飛来し・・・
ドドドゥ!
一瞬にして、全て空中で爆発・・・打ち抜かれたのだ。
「何!?」
アサルトライフルよりは長く精密で、だが大口径狙撃銃ほど大きくも取り回しづらくもない、黒いパレット型ライフル・・・トップガンダーの銃だ。
「ご自慢の人体発火制御能力とやらだが・・・確かに弾道が見えないといえば見えない。音も聞こえず、熱量も着弾までは存在しない。だが、それでも見切るも当てるも・・・不可能じゃないぜ。」
念を押すように低音の声音で言うと、トップガンダーは頭部に走る亀裂のような目で、ちらと周囲を見た。その視線に気づき、頷き返すJUNNKI・・・その途端、トップガンダーもまた身を翻し、地上へと離脱する。無論、ローテールたちを先にして。
「よし、これで後は思う存分っ!かかれぇ〜〜〜っ!!」
「おおおおおおっ!!」
解き放たれた猟犬のように、改造人間の軍団がいちどきに突貫する。マギラ・マギリの鎌が、鎧武人の大鉞が、猫型の戦獣士ウニャーンと恐竜怪人ルストダイノの爪が、あっという間に「黄金の薔薇」の戦闘員たちを切り裂き、叩き斬り、引き裂いた。
「そぉ〜れっ、プリンセスプラネットぉ!」
トドメとばかり、今回初参戦のエリカ=フォン=レーベンバウアーが攻撃する。兄と違って肉体派・パワータイプらしいエリカは、鎖つき棘鉄球プリンセスプラネットを振るうとあっという間に残った戦闘員達を叩きのめし、粉砕した。見た目は地球人の標準の少女とそう変わらないのだが、凄い体力である。
この五人だけで、既に戦闘員たちは壊滅状態となった。
「ほう・・・」
その様子を見て、ウンスロ=ポガース公爵が好戦的な、獲物に襲い掛かる直前の肉食獣のような笑みを浮かべた。
「流石に戦闘員だけでは相手にはならぬか。ならば、こんなお相手はどうかな・・・!現れよ、怨霊少女軍ホムンクルスレディス!」
叫ぶや、ポガースは懐から取り出したなにやら怪しげな色の液体の入った瓶を床に叩きつけ割った。見る間に液体が気化し、煙を上げ・・・その煙の中から、奇怪なる存在が現出する。
「キャハハハハ・・・・・」
「アハハハハハ・・・」
強いてそれを例えるならば、少女の姿の幽霊だろうが、幽霊にしては実態がありそうで、さりとて明らかにそれは物理的な物質であるようには思えず・・・虹色の微妙な光の屈折を纏う、半透明の体に瞳の無い真紅の眼球をもつ、人間の少女に似た姿をした「何か」。
「ミュウウウウウウ!フゥゥゥゥ!!」
「なんじゃいっ、こんなもの!!」
その全身から漂う「妖気」とでも例えられるような気配に、動物の本能を持つウニャーンが、全身の毛を逆立てて興奮する。
対して鎧武人は、臆せずその大鉞をふるって思いきり切りつけた!が・・・
すぅ
どがっ!
「な!?」
驚愕に目を丸くする鎧武人。彼の大鉞の切っ先は床にめり込んでいる。外れたわけではない。半透明女の体にあたり・・・それを通りぬけて地面にめり込んだ。切り裂いたのではなく、通り抜けたのだ・・・まるで気体であるか何かのように。
「キャアハハハハハアアアアアハハハ!!」
幻覚かと思う間もなく、さらに理不尽が続く・・・反撃とばかりに繰り出された怨霊少女の爪は、鎧武人の外骨格の隙間をたくみに切り裂いた。だが、それを振り払おうとした鎧武人の拳は・・・怨霊少女の体をすり抜けてしまう。
「なっ、なんだこりゃあ!う、ぬおおおっ!?」
理不尽な相手に付きまとわれ、装甲の隙間をしつこく切り裂かれる鎧武人。そこにポガースの哄笑が鳴り響き降り注ぐ。
「ふっははは!どうだねどうだね!我が黄金の薔薇の技術が生み出した人造怨霊は!力場として捉えなおし再構成した生命エネルギーに、残留思念でもって形を与え制御する!実体を持たず、さりとて生命に害をなすまさに怨霊たる存在を相手に、どう抗うかねバリスタスの諸君!」
「ちいいいい!」
相手が半透明の存在であることを利用し、群れの中を振り切って退く鎧武人だが、人造の怨霊少女たちはしつこく追いかけてくる。
バリスタスの怪人たちに緊迫が走る。物理的な力が通用しない相手に、どう立ち向かう。
「答え。物理的でない力で立ち向かえばいいのさ!」
叫ぶや、JUNNKIは跳躍、怨霊少女たちの前に躍り出た。
「アアハハハハハアアアアアアアアアキイイイイイアアアアアアハハハハハハ!」
歪み劣化した、人の死の記憶と他者を害するためだけの誰とも触れ合えぬ半端な体を与えられた少女達が、渇えを癒すべく目の前の相手に踊りかかる。
霊石を持ちそういう感覚を掴むことの出来るJUNNKIは、怒りを覚え・・・そして。
「キングストーン・フラッシュ!!」
己の技を持ってそれを解放する。古代の世紀王がなしたと言われる、光結晶を使って衝撃を放つ技。強烈な光と、霊子の奔流がベルトにはめられたネオアマダムから放射され・・・怨霊少女たちを消滅させた。
「ち!」
それを見たポガースが舌打ちをし、手斧を構えるが・・・テュルパンがそれを制した。
「ふふん、面白そうじゃないか。あの小僧は俺の獲物だ。ポガース、お前の技はむしろ大人数向きだろう?」
「ふん、そうだな。」
一瞬にらみ合った後、結局はテュルパンに従う形でその場をポガースは譲った。代わって、他のバリスタス怪人たちに向き直り、斧を軽く素振りした。
「くく・・・出番だ、インコシ=カーン。」
「はいはいさぁ、ご主人様ぁ〜」
独り言のようなポガースの呟きに、彼が手に持った斧が煮詰めたガムシロップのような甘ったるい声で返事をした。同時にぐにぐにと曲線的に蠢き、膨れ上がり・・・黒鉄色の肌をした、妖艶な美女の姿を現した。
これこそが戦斧インコシ=カーンの本来の姿。ポガースの心理の女性部分・心理学的にいうアニムスの領域を分離し先ほどの怨霊少女と同様形を持たせ、斧と融合させ金属生命体としたものだ。
さらに、ポガースの周りに無数の影が浮かび上がる。それは蠢き、膨れ、形を取り・・・ライオン、豹、チーター、ピューマ、ジャガー、ハイエナなど、様々な猛獣の頭と顎だけが、空中に数十数百と浮かび上がる。
「いかがかな?偏在する空間の記憶に形を与え、自在に駆使する我が宇宙構成素子理論。かつて地上に存在した万物の記憶は空間波動に記憶され、未来にわたって影響する。それをアカシックレコードとも言うようだが・・・特に、獣たちを操るのが好みでねぇ・・・無限に過去から現れる獣ども、どこまで防げるか試してみたまえ。」
通常科学の常識から言えば、完全にトンデモエセ科学の領域だ。遺伝子を自在にいじり超金属を作り上げ、光を物質のように扱い霊的・呪的な要素すら改造人間に応用するバリスタスでも、ここまでとんでもない能力をもつものは殆んど無い。
緊張が走る。ポガース率いる獣や金属女とバリスタス改造人間軍団との間、JUNNKIとテュルパン、そして・・・
「ほう、私の相手は貴方ですか・・・」
「応。」
さらにバリスタスに襲い掛かろうとしていたもう一人の「黄金の薔薇」幹部、ド・レール侯爵に待ったをかける男が一人。
バイクのフルフェイスヘルメットを思わせる頭部装甲。
無駄な見せびらかす筋肉ではなく、しなやかで俊敏な研ぎ澄まされた肢体を包むぴったりした強化服、その上に纏われた防弾コート。
手には特殊炭素繊維に重合金の芯を入れた特殊木刀・・・そして、それよりも何よりも全体の印象を決定付ける、風防の下からのぞく鋭い目。
「遊星帝国所属戦闘員、コマンダー千太郎だ。」
静かな、そっけないとも取れるその名乗りを聴いて、ド・レールは拍子抜けの表情を見せた。
「ハァ?戦闘員?そんな雑魚がこの私と戦う・・・プックク、アッハハハハハハ!!・・・ふざけんなこのヴォケがあ!死んでその馬鹿を詫びなっさ〜いっ!!」
直後激昂し、腰に吊るしていた細身のサーベルを抜いて千太郎に切りかかる。
同時、ポガースの獣どもも首だけの口から叫び声を上げながら宙を飛んでバリスタスに襲い掛かってきた。
一体一体は、大したことは無い。所詮、首だけで飛ぶ以外は生身の獣だ。改造人間の反射神経と攻撃力を持ってすれば、余裕で迎撃できる。
しかしそれが一度に数百数千と襲い掛かってくるとなると話が違う。
「くっ、このっ、うわっ!!」
必死に鎌を振り回し襲い掛かる獣の生首を切り払うマギラ・マギリ。しかしゲッコローマ、フリーマン、みみずおかまのような即効性のある「刃」を持っていないものや、グラムス王子・マウアー=ゼルのようにあくまで指揮官であり身体能力の高いわけではないものにとっては、相当に危険だ。
「くっ・・・」
その状況を確認し、マウアーは唇を血が出るほどかみ締めた。苦く重い鉄の味が口中に流れ込む。
「これでは、また・・・」
また、我等は無力なのか?
葛藤するマウアーに気づくこともなく、ポガースの高揚した声が響く。
「どうしたどうしたこの程度かね?これでは全然つまらんぞ。このウンスロ=ポガースの技は、この程度で終わりではないのだからな?カーン、お前も遊んでやれ!」
「うふぅ、分かりましたわぁ。」
扇情的に括れた金属の美女の腰を丁度もともとの存在である斧の柄であるかのように手を置き、ポガースは命じた。妖艶にインコシ=カーンは微笑むと、ばさりと髪の毛を振り乱し、手を突き出す。
「うっ!?」
その直後、獣の生首に取り囲まれたバリスタスの怪人全員に、強烈な脱力感が襲った。
脱力感などというなまなかなものではない。突如全身の大動脈を切開され、体から大量の血液が失われ、失血死していくような・・・生命力そのものが流出している感覚。
「ぬぐぐ・・・何だ、これは・・・!」
たまらずよろよろと膝を突くマギリ。慌てて助け起こそうとするマギラも、ともに倒れこんでしまう。
「これは・・・!あの金属女の仕業かっ!恐らく人造怨霊を作り出したのと逆の要領で、生命エネルギーを肉体から漏出させられている・・・このままでは2分と持たずに衰弱死してしまうぞっ!」
「ご名答だ。並みの人間なら20秒もいらないのだが・・・体力も知恵もあるようだな、賎民にしては。」
嘲笑うポガース。
「くっそおお、どうしたら・・・!」
自分の装甲の重さに、あの体力自慢の鎧武人が倒れそうになる。絶望が心を侵食し来るなか、マウアーは今にも失ってしまいそうな意識を必死に維持していた。同時に、その中でも部下の身を案じる。これでは戦獣士といってもそれほど体力に優れたタイプではないラーミアは・・・
待てよ。
ラーミアの体つき、特殊能力・・・それとバリスタスの怪人たちの特殊能力を勘案して・・・
「駄目だ、周りの獣の群れさえ突破できれば・・・」
まとまりかけた思考が結局形にならず、がくりと肩を落とすマウアー。
「周りの獣・・・獣さえ何とかすれば、いいのか!?」
しかしそれに覆いかぶさるように、グラムスが言葉をつないできた。こくりと頷くマウアー、そして。
「ん?何をしている?」
獣の群れの向こう、今にも押し潰されそうなバリスタスの改造人間たちが、何か会話をしているのにポガースは気づいた。しかし、その会話は配下の獣たちの咆え声でよく聞き取ることが出来ない。
これは僥倖だった、バリスタスにとっての。
反撃が始まる。
「うおおおおおおおおおおおお!!!」
老人のそれとは思えない、激しく太い雄叫びとともに、アドニス皇帝が再び巨大な炎の姿になった。
「ぐおわあ!??」
「ぎゃうん!!」
その「炎」に一瞬もとの本能のまま怯えた獣の首どもが逃げ腰になる。その間隙を縫って、跳躍する影。それはフリーマンのものだが、いつもと微妙に違う・・・背中にラーミアを背負っているのだ。
「ぬっ!」
何をしようとしているのかはともかく、それに危機感を覚えたポガースはさらに手を繰り出した。インコシ・カーンと自分から生命力場を分裂させ、新たな、金属の体を持つ魔物を二匹作り出し迎撃させようとする。
「このおおおっ!!」
アクニジンの両手首につけられた種子弾丸機関砲が発射された。追撃とばかりにみみずおかまの溶解液が噴射される。
トリカブトの数百倍の即効性をもつ猛毒がこめられた弾丸の奔流とジャパニウム採掘に使われる強固な岩盤をも溶かす溶解液が、金属の魔物を打ち倒した。
「今だよっ!」
「さかしいまねをするな小娘!」
ポガースが咆え、カーンのほかにもう一丁どこからとも無く取り出した斧をアクニジンに投げつけた。強化された肉体の投げる特殊合金の斧が、華奢なアクニジンの体に迫る!
「きゃあああああ!!」
「危ない!」
ガギギギ!
金属が金属を切り裂く火花。サイボーグ貴族ダンディ男爵が間に割って入り、アクニジンを庇ったのだ。
「あ・・・!」
「私は自己再生能力を持っているからな。これくらい造作も無い。」
「ええい・・・!」
舌打ちしかけて、ポガースは己の失態を悟った。慌てて上を見上げる。だがもう襲い。フリーマンの超跳躍力で上空を占位したラーミアの両腕に、電撃が宿っている。
「遅いね・・・うすのろ=ポガース。」
皮肉と同時に放たれた雷撃は・・・起死回生。狙うまでも無く金属で全身を形作ったインコシ・カーンに命中した。
「ぎゃあああああああああああ!!!」
それまでの甘ったるい声とは一転、絞め殺される老婆のような物凄い声を上げて、どろどろに融解するカーン。目を剥くポガース。
言葉にならない声を一声咆えて身を翻そうとするが、そこにはもう、バリスタスの残存改造人間が全員刃を爪を光らせて。
「「「やった!!」」」
思わず同調するマウアーとグラムス、そしてラーミアの声と同時に、ポガースをずたずたに切り裂いた。
ギンギンと響く音を立てて、木刀とサーベルが打ち合う。千太郎とド・レールとの間に、何度も火花が散った。
だが、一度瞬く旅に火花はド・レールのほうへと近づいていく。すなわち、千太郎が押してド・レールがどんどん手元で受けるようになっているのだ。
「ぬおっ、く!?」
意外なまでの相手の実力に驚く暇も無く。
「おうりゃあああああ!!」
千太郎の技量と腕力が殴打用の武器である木刀に破壊力どころか切れ味を与え、ド・レールを防ごうと構えたサーベルごと両断した。
信じられない、といったような表情を浮かべ真っ二つになったド・レールの顔・・・が、突如にやりと笑う。
直後!
真っ二つのド・レールの輪郭が一瞬ぼやけたと同時に、それぞれの体が完全に復元し、二人のド・レールがその場に現れた。
「このっ!!」
もう一太刀、今度は横に見舞う千太郎。手前にいたド・レールが横に真っ二つになり・・・また二体ド・レールが増加する!
しかも一体一体のド・レールがそれぞれサーベルを振りかざして襲い掛かってくる。一体一体の技量はたいしたことは無くても、次々増殖して・・・
「ぬはハハハハハははははははははははは!!!!!!!!!!!!!」
数百人に分裂したド・レール侯爵の絶笑が、ゴーストバンク一杯に響き渡る。同じ、それも大して美しくない顔がずらり揃って、はっきり言うと気色悪いことはなはだしい。
「どうですかぁ!?この私の操る全体力場投影の力は!私は自分の体を信号化し、それを無限にコピーできる!いうなれば不死身であるといっても過言ではなぁぁぁい!!お前ごときなどとは比べ物にならない高次元の力だよ!」
「・・・それがどうした。能書きを垂れるのだけは立派だな、お前ら「黄金の薔薇」は。」
勝ったつもりになって騒ぎ立てるド・レールに、千太郎は言い放った。
「なっ、貴様・・・」
そんな些細な挑発で、ド・レールはあっさり逆上した。喚きながら既に数百に分裂したド・レールが、一度に襲い掛かってくる。
対して、千太郎は動かずその場で構えた。
以前なら自分から突っ込んでいっただろうが、今は違う。
熱血とは、男とは、戦士とは、そんな単純なものではないことを理解している。猛ると同時に同量の冷静さを持って、速く強く動く。研ぎ澄まされた氷の刃の鋭い縁、そこに氷を溶かさないように炎を集めるイメージ。
そして、千太郎は見た。
ド・レールの「力場」そのものを。それを元に体を再生する、ド・レールの本体とでも言うべきものを。広範囲に拡散し、数百人のド・レール一人一人に分散している。
そして、千太郎は組み上げた。
それを、全体力場投影を、細胞分裂によらない限界知らずの無限再生能力を打ち破る術を。
そして、千太郎は。
「千 太 郎 千 烈 斬」
「ぐぎいいいいいやああああああああああああああっ!!!」
数百に増えたド・レール。その全員が一度に切り刻まれ消滅した。愚直なまでにその技の名の通り、一瞬にして千の斬撃。それは数百より明らかに多く。
一度に全てのド・レールの力場を断ち切っていた。
そしてJUNNKIとテュルパンの戦いも、また。
次から次へと、それはもう際限無しにその人体発火制御能力を持って知覚不能の炎の種子を飛ばすテュルパン公爵。
見えず、聞こえず、電波を反射せず、熱気すら感じないその攻撃を、しかし。
JUNNKIはかわしていた。
あるものはかわして壁や床に激突させ、またあるものは手に持った小型の、何てこと無い普通の機関銃の弾丸で射抜く。弾丸と衝突した炎の種子はその場で熱量をばら撒き、JUNNKIに届くことは無い。
「なっ・・・何故だ!先ほどのロボットといい貴様といい・・・どうやってかわしている!?」
「簡単なことだよ。」
そっけなく、JUNNKIは回答する。
「ただ単に、あんたの動きや構え、視線から攻撃を「読んで」いるだけさ。あとは反射神経を頼りに、「読んだ」ことを出来るだけ素早く、正確に行動に反映する・・・それだけだ。」
単純である。だが、単純であるがゆえに通常では不可能と思われる事象。それをトップガンダーはやってのけ、僅かの目配せでJUNNKIにそれを伝えたのだ。
「なっならば、これならどうだ!これを!迎撃できるかぁぁぁっ!!」
「その必要も無いね。」
一発へのエネルギーをさらに増大させて、銃弾に当たってもそれを飲み込んで突き進む大威力の火炎弾丸を今度は放つテュルパン。しかしそれではどうしてもエネルギーの大きさから「不可視」ではいられなくなり、激しい熱や光が漏れる・・・それではただかわせばいいだけのことだ。
「ばばっ、馬鹿な!「黄金の薔薇」の秘宝科学の精華たる、この私の炎がっ!!たかが蜥蜴ごときにぃぃぃっ!?」
「舐めるなよ・・・!お前らが大企業の影にこそこそ隠れて、欧米のあっちこっちの根っこから甘い汁吸い上げて宮廷ごっこやってた間に!俺たちは戦って!戦って!戦い抜いて体と精神を研鑽してきたんだ!ガリレオが、フルトンが、ファーブルが、ライト兄弟がそうしてきたように!反骨心のない科学なんざ、所詮は役に立たない似非錬金術だっ!!」
咆えるJUNNKIの手に、テュルパンの炎と全く違う青い炎が宿る。
海の色であり、大気の集積が日光を選別して表される色・・・命の色。
それを、生命の闘争進化の形態である爪に乗せて・・・!
「らああああああっ!!!」
「ひぎゃああああああああああっ!!」
巨大な青い爪が。テュルパンを掴み、引きちぎり。
直後傷口から渦巻くように湧き出して、テュルパンの全身を完全に燃やし尽くした。
「ふぅ・・・」
そのあまりの威力に、構えを解いた後のJUNNKIは思わず自分で感嘆のため息をついてしまった。あまりの威力に、放ったJUNNKIの腕の表皮もぶすぶす言っている。
「まだ完全、って分けじゃないけど、この前よりはましになったな。」
まだ腕にまとわりつく熱気を、ぶんぶんと二、三度打ち振って払う。火傷特有の皮膚裏に張り付くような痛みが残っているが、どうせこんな稼業、痛い苦しいには慣れているし、彼の体は自己再生能力の低い部類ではない。フェンリルやマッシュ・ゲッコローマのような極端なそれではないが、この程度の傷ならば治る。
「それじゃ・・・秘密結社バリスタス作戦No・・・えーと、度忘れ、作戦名称「七頭十角」・・・状況終了!撤収!!」
そして、地上にて。
「で・・・だ。ローテールたちの行動は大体分かるのだが・・・」
バルスキーは、JUNNKIに問うた。
「何故、お前たちは我等を助ける気になったのだ?ライバル組織が滅ぶというのなら、放って置くのが道理ではないのか?」
心底不思議そうなバルスキーの問いに、JUNNKIは笑って答えた。
「正義の行動が秩序(コスモス)なら悪の行いは混沌(カオス)。正義の指標が確たる法(ロゴス)なら悪の指針は不確かな意志(テレマ)。悪が悪に理由を求めるかよ。」
にやり、とJUNNKIは笑ったあと、照れて頭をかいた。
「・・・ってまあ、かっこつけてみたけどやっぱりがらじゃないな。ぶっちゃけ言うと助けたいと理由もなく思ったから助けた・・・正確にいや、助けてくれって頼まれたんだよ、lucarさんに。」
「lucar・・・?」
首をかしげ、どこかで聞いた覚えがあるが思い出せないその名を思考するバルスキーに、ローテールが助け舟を出した。
「ほら、HUMAシーファイター部隊基地で・・・」
言われて初めて、バルスキーは思い出した。闇夜海の戦の最中に、自分に語りかけそして目の前で華奢なそう強くない体の癖に大立ち回りを繰り広げた女を。
「「あの時バルスキーが退いてくれなければ、やられていたのは私達。彼の真意は分からなかったけれど、たとえなんであれ、恩義には違いない」・・・ってさ。」
lucarの口調をそのままに真似たらしき少年の言葉を聴いて、バルスキーは心底驚くと同時に、どこかでさもありなんとも思った。
「黄金の薔薇」と敵対していたことが主な理由であろうとは思うがまさかそんな理由で助けてくれるとはと思うと同時に。あの気性の真っ直ぐな女ならありうると。
しかし流石に信じられずにこの唐突な状況をやや呆然と受け取るバルスキーに、すとJUNNKIは背を向けた。つられてバルスキーが視線を移すと、白い強化服のバリスタス戦闘員・・・いわゆる科学班の面々が機甲軍団やメタルダーを地下から運び出し、調べている。
「・・・どう?」
「はっ、流石大戦中の技術の流れをくむものです。大破してはいますが別区画にメイン頭脳のバックアップが残っています・・・メタルダーも機甲軍団も、ほぼ修理は可能かと。流石に帝王ネロス以下、鎧軍団など生身ないしサイボーグのものはそうはいきませんでしたが・・・」
「そうか・・・」
その報告に、トップガンダーがほっとした様子をみせた。元同僚と共闘関係にあるライバル、冷静な外面を保っていても内心相当安否が気になっていたらしい。
「しかし、助かったはいいものの、これからどうしたものか・・・」
ふぅ、と人間くさい仕草でため息をつくバルスキー。
それをまだ先ほどのゴーストバンクで見せた死にそこなった憂いがあるのかと思い身を硬くするローテール・・・を、バルスキーは笑ってたしなめた。
「いや、そういうことではない。急に未来が開けて・・・少し戸惑っただけだ。」
そんな主の言葉に、ほっと胸をなでおろすローテール。その様を見ると、心底彼らを人形扱いしていた「黄金の薔薇」の阿呆ぶりが分かるというものだ。
「うん。とりあえずメタルダーは新HUMAの風見長官に渡す。・・・俺たちが戦い打ち倒したわけでもないし、このままなんて、悲しすぎるから。」
「ああ。」
頷くトップガンダー。JUNNKIの判断は悪の組織としては明らかに稚拙だ。仮にも相手は正義の味方なのだから、いずれ敵に回る日を考えてここでとどめをさすのが妥当である。だが、そのように卑劣なまねをしようものなら目の前のトップガンダーが黙ってはいるまい。そうなればメタルダーを潰してもかえって損害は増えるばかりである。
「俺は・・・どうしたもんかな。」
ふと弱々しげな様子を見せるトップガンダー。ネロスを裏切ってメタルダーと組み、メタルダーが倒れてそのネロスを助けてしまった。そう言う意味では今、物凄く中途半端な立場だ。
「別に、帰ってきてもかまわんぞ・・・といっても、俺たち自身これからどうするかなど考えてもいないがな。」
苦笑交じりながらも鷹揚に言うバルスキー。トップガンダーは暫しの逡巡の後・・・
「いや。俺は、俺の道を行くさ。メタルダーやHUMAの正義に頼るでもなく、バルスキー、あんたの厄介になるでもなく。俺は誰かに背負われて迷惑かけるのは我慢できんし、誰かを背負うにはまだ未熟だ。」
きっぱりとそういった。バルスキーがそれをどう受け取ったのかは、彼は結局何も言わなかった。可動部分の少ない彼の顔や気配から推察するのは苦しかったが、少なくとも悪くは思っていない、それくらいは分かった。
「で・・・」
と、JUNNKIがネロス帝国の生き残り達の今後について案じだしたとき、急にグラムスが割って入った。
「そうだな。君達。もし良かったら・・・」
以前仙太郎が見たのとは、まるで違う・・・新しい気力と思考を感じさせる、声で。
そして、暫く後のアドニス星系にて。
「第三艦隊旗艦、翼衛艦アンクサラス大破炎上!操舵不能、総員退艦を告げています!」
「分かった。以後第三艦隊旗艦を弐番艦イールズオーヴァに委任!体勢を崩すなと伝えろ!」
アドニス星系に進撃したネオ・バディム同盟艦隊と、銀河連邦艦隊が激戦を繰り広げていた。
「敵艦隊、光皇翼突破率42%!撃沈駆逐艦4、巡洋艦2!我がほうの損害、翼衛艦二隻大破、装甲邀撃艦三隻撃沈!」
沈んだ船の数では互角といっていいが相手は小物ばかり、それに絶対数の少ない分質を追求せざるを得なかったネオ・バディム同盟軍にとっては、同数では不利も同然である。
「鬼導艇はっ!!」
「敵戦闘機と乱戦状態、優勢ではありますが敵艦隊への肉薄攻撃は出来ません!」
あまり芳しいとはいえない報告に、総旗艦械獣戦艦バラナスで指揮を取るムーティ女王クラウディア=ラーブルは、苦々しげに戦況報告を聞いた。
アドニス星系は銀河系の星の密集した「腕」のうち、銀河中央に近いものの根元部分に属しており、ここからはかつての戦争で銀河連邦に抵抗した者が捕らえられる牢獄惑星も、銀河中央への大規模ワープ補助ゲートもほど近い要衝。
そこを奪取すべく強襲揚陸部隊を含む第三艦隊をムーティ女王クラウディア直属の親衛艦隊で護衛し差し向けたネオ・バディムに対し、銀河連邦も迎撃部隊を配置。真正面からぶつかり合い砲撃戦となった。
とかく用兵、ことに適材適所という概念が未熟とされる銀河連邦軍であるが、この戦いには相当考えられかつ大胆な布陣で臨んでいた。
それまで銀河連邦の艦隊はいつも同じような編成、すなわち強力無比の次元バリアである光皇翼を展開できる樹雷王国の艦や巨大な宇宙刑事機構でいう超次元戦闘艦を旗艦とし、その周りに通常艦艇を配置するといった構えを取ってきた。
確かに旗艦は防御力の高いものが望ましいし、大型艦や樹雷戦艦はまた演算・通信の力も相当なものをもっている。だが逆に言うならばこれは守りが堅いのは旗艦だけと言うことになり、艦隊自体が一つの単位であるかのように縦横無尽に動き回れるムーティ宇宙軍を主軸としたネオバディム艦隊の前では、戦力各個撃破・漸減の機会を与える結果になっていた。
しかし。
「ち、こうもがちがちに守りを固めるとはな・・・」
「ふ、思い知ったか反乱軍どもめ!我が樹雷の力を持ってすれば、これしき造作もないことよ!」
焦燥するクラウディアに対し、銀河連邦艦隊を率いる樹雷王は高笑いをあげる。
この会戦に銀河連邦は樹雷王家に増援を依頼、十数隻もの樹雷戦艦を一度に展開していた。
この時点では未だ配備数の少ない新型艦船の力を集中すれば確かに一隻や二隻の樹雷艦を撃沈することは出来る。しかしこれだけの数の船が同時に光皇翼を展開すると、艦隊全部を多重に覆うことが出来るようになり、殆んど無敵の防御壁が完成する。
その様子を見て、樹雷王の御座艦のすぐ隣に自分の船を控えさせた副司令官は、久方ぶりの戦に高揚を感じさせる声で叫んだ。
「良し・・・良し!ホシノスペースカノン、撃てっ!!」
さらに加えて、その防壁の向こうからは強大な火力が一方的に降り注ぐ。
無音の筈の宇宙空間、それでもその激烈さは見るものに轟音を想起させずにはいられない。否叩きつける星間物質と電磁波そして砕けた船や機動兵器の欠片は、まごうことなく船を洋上にあるかのように揺らし艦内空気を鳴動させる。
どちらかと言うと機敏さを重視し全長が200〜大きくても270mのものが殆んどのネオ・バディム艦(旧式のものは数十m〜100mくらいしかないものまであるが、流石にそれは前戦争の遺物で、前線に出ることはない)と比べると要塞のように大きな船体を持つ、宇宙刑事機構から銀河連邦が徴発した超次元戦闘母艦の群が主砲・ホシノスペースカノンを一斉発射したのだ。
ギラン級戦闘円盤と比べてあまりに鈍重な超次元戦闘母艦が主力の座を奪った理由は、この高火力にある。1000m弱の移動要塞なら一撃で粉砕してしまう。奇しくもこの砲、名前の由来の通り地球人星野博士が作り上げたプラズマ制御理論を宇宙犯罪組織マクーが実用化、それをその崩壊時宇宙刑事機構が接収したもの・・・ネオバディムの兵器と同様、地球起源。
バリアーで守りを固め、大型艦艇をその後ろにおいて撃ちまくる・・・
いうなれば銀河連邦軍は、宇宙空間上に即席の城を築いてみせたのだ。機動性ではなから劣っているのを見越した、考えられた陣形である。
「やるな・・・これは、単純な樹雷王の知恵ではあるまい。」
「はい。恐らく樹雷王は名目上の指揮官・・・実際に作戦を立てて実行しているのは副司令格でしょう。」
主の呟きに答え、傍らに控えていたアマンガ星出身の副官が頷いた。コンソールを操作し、敵陣の中央近く・・・樹雷王の乗る旗艦のすぐ隣に位置した、一隻の戦艦を映し出した。
銀河連邦標準のそれと比べると奇妙な、樽型を思わせる胴体から何本かの腕のようなものが生えた特徴的デザインの戦艦。
「戦艦ルッケンマイア、「R星の紅いブラックホール」アルカナイカ女王帝・・・!なるほど、やるわけだ。」
R星。名前は似ているが、母星を失ったバルタン星人が一時移住したR惑星とは違う。あっちは一惑星の名だが、目の前に展開する艦をもつ国は星系国家。超光速航法でも地球まで25年もかかる遠い星。そして、銀河連邦に所属する国家の中では珍しい武門の星でもある。
アルカナイカはその星の中でも特に戦に秀でていると、銀河でも評判の女性提督。地球で言う蛸に近い軟体生物から進化した種族であるが、インファルト知生体の系列に近くなるよう降臨者時代に遺伝子改造を受けており、アルカナイカも髪の毛が丁度バリスタス改造人間イカンゴフのように触手化している以外は、人間に近い姿をしている。
「戦術を読まれた・・・か。確かにこの星を守るにはこれしかない。考え方が似ているのか。」
苦さと郷愁の入り混じった感覚が、ふとクラウディアの心に芽生えた。同じ武門の星の女性提督であり、高い身分の責を負うものどうし。R星は皇帝の支配する国であり、アルカナイカの女王帝という位はあくまで軍属として高位であるということだが、そんなことはどうでも良かった。
「そう・・・」
「お前に軍事を教えたのは、私なのだからな!」
宇宙を焼く光の向こうに相手艦隊の提督の姿を思い描きながら、戦艦ルッケンマイアの艦橋でアルカナイカは笑った。
戦いをこそ最も名誉の行いとしたRの民の血を燃やしてか、この運命の皮肉を嘲笑ってか。
地上の戦をもいつでも行いうるよう艦橋においても強化服を着用するR星人はその顔も触手髪を収納する大きな鉄仮面の下に表情を隠しているため、その様子はよく分からないが。
どうも、前者ではないようだった。クラウディアの苦さと郷愁の代わりに、今アルカナイカの胸を満たすのは大いなる皮肉だ。
ムーティ王国が銀河連邦に滅ぼされ支配下に置かれていたとき、まだ幼かったクラウディアを引き取りこっそりと育て、王として必要な政治・軍事などを含めた教育を施していたのが当時ムーティ攻略に参戦していたアルカナイカだったのだ。無論、銀河連邦に対する背信行為だったが、アルカナイカはそんなことを気にもとめなかった。
「そうだ。お前をこうして私の敵となるように育てたこと、後悔はしていないクラウディア・・・だから、勝つ!」
仮面の奥、クラウディアよりもさらに長きにわたり軍人として生きてきた女は笑う。
悲しいかな、今のR国は武門といえど昔日の面影なく、国内は権力闘争に膿み、培われた技は肥え太った権力者どものためにしか振るわれなくなった。アルカナイカもその渦中に巻き込まれ生き飽いてすらいたのだが、ムーティの戦いは違った。何が違うのか分からなかったが、明らかに、本来の戦の姿と言うべきものをそこにアルカナイカは感じた・・・少なくともムーティの門閥貴族が裏切りを起こし、地上に降り立った征服軍が蛮行を働くまでは。
だから、アルカナイカはもう一度戦い確かめたかったのだ。
今、目の前であのときの幼い姫が、大気圏外での母親の散華を信じられずに泣きながらも、みなの敵と自分を引き取った女に小さな拳で打ってかかった女が、こうして今必死に戦っている。
「折角のGITFの巨人型宇宙人も、セイバートロンのロボット生命体も、上陸させなければ何の役にも立たない。いくら新型の艦船といえど、この布陣は突破できまい・・・お前の負けだ、クラウディア。」
そう言いながら、そしてこうまでして望んだ戦いでありながら、アルカナイカの声は虚ろに響く。
通信装置を介した、隣の艦の樹雷王の勝ち誇る声も、共感する気にならない。
何故だか理由は分かっていた。これだけ打ちまくられ攻撃も通じず、絶望的状況下にありながら敵艦隊は未だ精力的に機動し、絶望の匂いを漂わせてはいない。その理由が。あの日クラウディアを育てることを決めてまで求めた何かであることは分かるが、それ以上が皆目分からない・・・その苛立ちが原因だ。
「勝っているのに、負けているような・・・・!?」
自分でふと呟いた言葉に、アルカナイカははっとなった。
そうだ、今「勝っている」とは限らない。仮にも自分の教え子たるクラウディアが、手をこまねいているはずが・・・
まさにアルカナイカが気づいた、その瞬間。クラウディアは行動を開始していた。
「私は貴方に教わった。だから分かる。貴方の考えが・・・!」
クラウディアの手元に、待ちに待った報告が入った。
「よーし!みなの者、もはやこの勝負我等の勝利!撃って撃って撃ちまくれ〜〜〜!!」
「へ、陛下!!」
押せ押せムードだった樹雷旗艦の艦橋。まさにその瞬間、それを捉えたレーダー員の報告が走る。
「何だ?」
「アドニスからの通信途絶!!代わってこれは・・・!!」
次の瞬間。
アドニス星系に銀河連邦が張り巡らした対宙攻撃システムが、味方であるはずの艦隊に対し一斉に火を噴いた。
「な、何が・・・!」
さらに、惑星と銀河連邦艦隊との間・アドニス本星の跳躍調整装置を使用せねばならぬほど星の重力場の影響のある位置に、一斉に艦隊がワープアウトしてくる。
「後方、艦隊出現!識別信号・・・ネオバディム!?敵です!!」
「ローラッ!!」
「陛下!ローラ=フィジー以下ムーティ第一艦隊ただいま到着いたしました!」
通信機の向こうで銀髪にしなやかな指を当て敬礼するローラの姿に、クラウディアは待ちに待ったといった歓声を上げた。
逆に、敵にとっては後方に現れたこの相手は、まさに戦勝ムードを一撃で粉砕する悪夢の具現だ。挟み撃ちにされる格好であるし、何よりも相手が悪い。
「お、黄金三頭龍の紋章・・・っ!?後方の敵はムーティの第一艦隊です!!」
「何だって!!そ、そんな・・・」
艦橋に一段高くしつらえられた専用の指揮席で、樹雷王は腰を抜かさんばかりだった。黄金三頭龍の紋章はフィジー家の家紋。
かつての戦いでも今のネオバディムの一軍としても、親衛艦隊と並んでムーティ最強の呼び声も高い最精鋭部隊。まさにかつて単体で銀河最強と恐れられたガイガー=ギドラ系宇宙怪獣最強種族キングギドラを象った紋章に相応しい力。
そして何より、惑星の重力などの影響を受けるため星からの誘導が必要になる星系内へのワープをあれだけ鮮やかに決めたということは、既にアドニス星は敵の手に落ちたとみて間違いはない。
「囮、か・・・!?ムーティ女王直率の親衛艦隊と大輸送船団が、丸ごと囮!!」
驚嘆するしかないが、それ以外可能性はない。恐らくより隠密性の高い特殊部隊を潜入させ、それがアドニスの主要な部分を制圧して・・・
しかし一体、どのような部隊がそれをなしえたというのだろうか。GITFやセイバートロン人では目立ちすぎ、ゼオ星系軍やムーティの陸戦隊ではそれなりに数が必要となる。
未知の戦力としか銀河連邦軍には言いようがなかったが、無論ネオ・バディム側はそれを知っていた。
「制圧作戦は成功です。民衆が私たちに協力してくれたのも主要要因ですが、彼らの戦力も大変頼りになりました。」
制圧した宇宙関連の管制施設で艦隊と通信を行ったグラムス王子がクラウディアたちに紹介する、その姿は。
「おお・・・地球にて合流したという、ロボットの兵士達というのは貴方がたか!」
「はっ。ネロス王国戦闘ロボット軍団凱聖・バルスキーであります!」
「同じく、機甲軍団凱聖ドランガー!」
バリスタスにより救われ、恩返しとしてその戦力となった・・・旧ネロス帝国のロボットたちであった。
「く!光皇翼の三分の二を後方に展開しなおせ!前方の艦隊の攻撃力は半減しつつある・・・後方の敵の攻撃をしのぐことに重点を置け!!」
咄嗟に樹雷王の下した命令は、極めて妥当なものであった。用心に用心を重ねたといったほうがいい光皇翼多重展開である。後方に三分の二を裂けばそちらからの攻撃を十分防ぎうるし、残った前方の敵も撃ち減らしつつある以上三分の一の光皇翼で十分防御できる・・・それは間違いのない、妥当な判断。
だからこそ。
逆にいうなれば、そう動くことを、すなわち両方に光皇翼を出されることを承知の上で、敵は包囲を選んだということ。
「ばっ・・・樹雷王!駄目だ!それでは相手の思う壺・・・!」
そう叫んだアルカナイカだったが、同時に気づいていた。重量級の船ばかり集めたこの編成では、確かに後方の艦隊に対処する術がない。こうする以外道はない。
すなわち・・・
「王手積みか・・・」
「フォッフォッフォッフォッフォッ・・・本当にクラウディアの言ったとおりになったようだな・・・フォッフォッフォッフォッフォッ・・・」
大破したアンクサラスに変わって第三艦隊旗艦となった翼衛艦イールズオーヴァの艦長は、彼の種族特有の響く声で笑った。
地球でのかつての戦いでは宇宙忍者と恐れられた、蝉とザリガニを掛け合わせたような姿のバルタン星人が艦橋に立つ姿は地球的観念から言えば奇妙かも知れないが、様々な種族から成り立つネオバディムではそう珍しい光景ではない。
その巨大な鋏状の手を、さっと傍らの副官に向ける。
「偽装を解け。作戦実行。」
頷く副官は、魚と羽毛のない鳥を思わせる顔にオレンジを基調に黄色や緑色が複雑に入り混じるけばけばしい色の皮膚をした、地球ではサイケ宇宙人とも呼ばれたペロリンガ星人だ。
かつて宇宙船団を全て星に偽装し、TDF(地球防衛軍)のレーダーを欺いて地球に接近してみせた欺瞞の術を、彼らはこの戦場に再び持ち込んでいた。それが、今解除される。
直後、第三艦隊の艦艇はその姿を変じた。
通常地上降下用の装備や機動兵器・強化服を纏った兵士などを内蔵する区画が改装され、そこに巨大なミサイルが装備されていたのだ。
ただでかいだけのミサイルではない。TDFの発展組織であり、異次元からの侵略に対処するために作られたTACが開発した、「次元の壁を越える」超光速ミサイル。作られた当初は有人で、次元突破直前に人の乗った部分を切り離すシステムとなっていたが流石にそこは技術進歩により無人に改められている。
次元バリアである光皇翼も、これなら突破できる。ただし流石にこれでは一層か二層の次元階層を突破するのが精一杯なので、後方にも艦隊を出現させ光皇翼を部分そちらに向けさせる必要があり、今まで耐え忍んできたわけだ。
「発射!!」
グワァァァァァアァン!!!
衝撃が走り、船全体が大きく揺れ動いた。
「被害知らせ!!」
吹き飛ばされ地面に叩きつけられながらも、素早く起き上がったアルカナイカが叫ぶ。顔後と頭部を覆っていた鉄仮面が砕け、露になった顔は長寿のR星人ゆえ存外若く、せいぜい地球人なら20代、下手すればもっと若く見える。
「はっ!今の衝撃は本艦への直撃にあらず、僚艦の爆発に巻き込まれた模様!」
「敵の攻撃は樹雷の生体戦艦に集中、ほぼ全部の艦艇が光皇翼展開能力を失った模様!」
「旗艦は未だ健在なれどやはり光皇翼展開不能の模様!」
「戦闘機部隊、突破された模様です。敵小型艇、肉薄攻撃態勢!」
さらに言うまでもなく、前後の艦隊ともにこちらを照準に捉え、いつでも撃つことが出来る・・・光皇翼が消えた今、うすらでかい超次元戦闘母艦では次の攻撃はかわせない、格好の的だ。
「く・・・どうするアルカナイカ女王帝!」
壊れかけた通信機にうつる、奇妙にぼやけた樹雷王の顔。何故だかそれが酷く可笑しくて、僅かに笑いすら浮かべてしまいながらアルカナイカは告げた。当然のことを。
「この戦、我等の負けのようだな樹雷王。もうこうなってしまえば、大人しく白旗を揚げるより何が出来る?」
「むっ・・・くう。」
流石に樹雷王もそれは分かっていたようで、しかしそれでも何か策はないか最後まで足掻いてみたが故の通信であったらしく、がくりと頷くと部下に降伏電文を打たせる。
ふとアルカナイカはもう一つも皮肉に気づいた。この戦、主義主張の違うはずの銀河連邦とネオ・バディムの戦いだったはず。そして銀河連邦は民主政治をその根幹においていた。
だが、今こうして考えると樹雷にしてもアルカナイカにしても、前線に出向いたのは時代遅れの王侯貴族ばかりだ。クルやフラッシュ、デンジやバードの政治家を多く輩出する国の者は艦は見えるが兵も指揮官も見えない。
酷い皮肉だが、別にもう暗澹たる気持ちはアルカナイカにはなかった。
分かったからだ。自分がムーティの女王に何を見ていたのか。この戦いの勝敗をわけたのは何だったのか。
「あれだけ他人のために命がけで頑張れるやつらだ。捕虜になるといっても、不名誉なことでもあるまい。」
それを、ぽつりと呟いた。
ネオ・バディム同盟と銀河連邦、その戦争の一つのターニングポイントとなる戦いは、こうして幕を閉じた。