秘密結社バリスタス第二部本部編第二話 宇宙と海底の
秘密結社バリスタス本部・地下宮殿廊下。
「おお、マウアーさん。」
ばったり出会った褐色の肌に白髪の女性に、さっと敬礼するフリーマン。
「や、これはフリーマン戦術指揮官。」
マウアーと呼ばれた女も、さっと敬礼を返す。その様子はぎこちなくは無いが、ややまだ慣れが感じられない程度に初々しい。
それもそのはず、彼女・マウアー=ゼルは遂に結成された反銀河連邦同盟に基づき派遣された遊星帝国の軍人であり、バリスタスに来たばかりなのだ。
急なこととてまだうまく指揮系統などが確立されておらず、今もその会議の帰りらしい。
「地球での暮らしは、いかがですかな?」
「ええ、大分なれました。関東方面ではアナローグ・ケロン・ブラッチャー軍がそれぞれ到着したようですし、我々も貴軍の活動に精一杯協力しますよ。」
「おう、任してくれ!」
と、マウアーの傍らにやってきた遊星帝国の戦闘員の一人が軽く自分の胸を叩いた。
「千太郎、お前威勢がいいのは構わんが、この方はバリスタスでもそれなりの位階のある方だぞ。コマンダーのお前がタメ口利いてどうする。」
コマンダー、というのは遊星帝国での一般戦闘員の呼称である。確かに戦闘員が怪人、それも戦術指揮官という比較的高位にあるフリーマンにため口は、普通の組織ではまずいだろう。
「いや、構わん。わしもよく上官にタメ口利くからな。そう堅苦しく考える必要は無い、マウアーさん。」
そういってフリーマンは笑ったが、蚤の改造人間の笑顔が相手に分かるものだろうかと少し不安になる。
だがマウアーもやはり改造生物は見慣れた職業、彼の笑みに気づいてしっかりと微笑を返す。笑うと、意外と子供っぽく見えることにフリーマンは気づいた。
「あ、フリーマンさん。」
と、もう一人軽い声と手を上げて廊下を通りすがる男が声をかけた。
電脳世界の友邦組織「ヘルバーチャ団」からの派遣・・・いや、婿入り兵士か?、戦闘員隊長兼教官の生栗磁力、組織には同階級の人間は幾人か居るが、彼は戦術指揮官「マシーネン=カーネル」の夫であるという点で有名だが、むしろその中でもひときわ腕と度胸が立つ故に知られている。
「おお、生栗。」
「や。」
軽く挨拶する、実直そうな顔の青年。それに千太郎と呼ばれたコマンダーは興味深そうに視線を注いだ。バイクのフルフェイスヘルメットに近い格好の頭部装甲、半透明のバイザーの下から覗くやや太めの眉の下の目は鋭く強い。陰湿な鋭さではない。むしろ猛々しい、戦士の目だ。
事実、千太郎は遊星帝国最強の戦闘員と呼ばれ、大帝直々に信任して地球へと配備されたほどの存在だ。反銀河連邦同盟ネオ・バディム結成の会議で、騒ぎを起こしたロード・ゼッドを素早く押しとどめた活躍は記憶に新しい。
「お前・・・そうとうできるだろ?」
「え?」
言われた生栗は、そういう表情をとると実直で生真面目な兵士・・・というよりはお人よしなお兄さんといった感じの顔をきょとんとさせた。
「俺は世界一、いや宇宙一の戦闘員を目指しているんでなっ!」
「・・・はぁ。」
状況がよく分からず、生栗はそう返事するしかなかった。
対して、千太郎も戸惑っていた。熱血気質な彼としてはここで磁力が反応し、それで互いに腕前を見せ合い認め合って切磋琢磨する・・・という展開を期待していたのだが。
「あ、そうそう。本来の用事ですが・・・アドニス王国の人たちが到着した模様です。」
「そうか・・・良かった。」
生栗の言葉を受けて、マウアーは胸をなでおろした。
対して、千太郎は知らないらしく首をかしげた。
「何だ?アドニス王国って。」
「ん?ああ。今から三年ほど前に銀河連邦の干渉で革命がおきて滅ぼされた国だ。もうじきネオバディムの艦隊がそのあたりを攻撃する・・・だから滅びた国を復活させるために、アドニスの脱出した軍が必要なんだ。で、近いうちにそっちの星系に向かうんだけど、今一旦地球で中継補給している。」
「どうも。」
と、生栗の後ろから酷く小柄な人物が出てきた。
「わしが、アドニス=フォン=レーベンバウアー。アドニスの王じゃ。」
小さな目に、一房の口ひげ。玩具のような王冠とマントの、何だか人形劇の王様みたいな人物だ。
「あっ、これはアドニス陛下!」
ざっと敬礼するマウアー。相手が王族とあって流石に千太郎、フリーマンも続く。
「いや、どうも。このたびは我がアドニス星系奪還のために、協力してくださるようで・・・本当に、感謝の言葉もありませんわい・・・」
「いえ、そんな陛下。我々は等しく友邦なのです、どうかお気に召されずに。」
頭を下げるアドニスに、同じように頭を下げながらマウアーは言った。妙に神妙な様子だ。
「そうですか。では・・・」
そう言ってもう一度礼をすると、静々とアドニス王は去っていった。
「ふ〜ん・・・」
その様子を見ながら、また千太郎は首をかしげた。
「どうした、千太郎?」
「いやなに。あんな人のよさそうなおっちゃんだったのにさ、何で革命なんて起きたんだろって。銀河連邦が介入したにしても、それなりに付け入る隙が無いと駄目だと思うんだけど・・・」
案外鋭い千太郎。腕っ節ばかりではないらしい。
「陛下をおっちゃん呼ばわりするな!この馬鹿平民!」
「わっ!」
マウアーやフリーマン、磁力が何か言おうとする前に、唐突にそんな怒鳴り声が通路の向こうから木霊した。
曲がり角から自分の声を追うように姿を現したのは、クラシカルな金属質の体を持ったサイボーグだ。不自然なまでにそれっぽい衣装からアドニスの貴族と思われる。
「まったく、無礼な!今でこそ流浪の身とはいえ、アドニス陛下は本来己のような平民とだな・・・!」
「平民じゃねえ!俺は戦闘員だ!」
「同じようなもんだろうが!」
やいのやいの言い合いをはじめてしまう、サイボーグ貴族と千太郎。
間にうまく入れずに立ち尽くす三人に、代わりに一人の男が話しかけてきた。
「すいません、ダンディ男爵が迷惑をかけているようで・・・。彼は忠誠心に厚く、零落した我等をよく守ってくれるのですが・・・時々行き過ぎることがありまして・・・」
静かな口調で謝る男は、すらっとした褐色の肌の青年だ。小さめの眼鏡をかけた知的さと、若さを感じさせる艶のある褐色の肌の野性味のアンバランスが魅力となっている好男子だ。
「グラムス王子・・・」
背の高い相手を見上げるような感じで、マウアーが呟く。
「マウアー・・・久しいな。」
意外にも親交のあるらしい二人。だがともかくそれで相手のことが分かった。
「あの、グラムス殿下。とりあえずあの二人を何とか・・・」
「ええ、分かっています。ダンディ、よすがいい。父君とて別に怒りの炎を燃やしはしなかったではないか。」
「は・・・はっ。」
グラムスの言葉に素早く反応したダンディは、さっと身を翻すとグラムスのそばで控える。
「怒りの、炎?」
えらく大仰な表現に、磁力は聞き返す。
が。
「ええ、父上は感情が激発すると、パイロキネシス(発火能力)能力を暴走させますので・・・」
予想外にとんでもない答えが返ってきて仰天する羽目になった。
宇宙人との交流はなかなか難しい、そうlucarが思ったとき・・・
ビーーーッ!ビーーーッ!ビーーーッ!ビーーーッ!
「何だ!」
突如、警報が鳴り響いた。
ぞぉおおおおん!
どばぁん!
連続して、水面に水柱が上がる。
「何事だ!」
当直の戦闘員達が、フリーマンの厳しい問いに慌ててデータを呼び出し、答える。
「我がバリスタス海底牧場が、攻撃を受けています、敵勢力は所属表示・表明・宣戦など一切無し、戦力は初撃で監視システムに集中攻撃をされたためによく分かりませんが、恐らく怪人ないし戦闘員クラスの生物兵器が数十と全長400mほどの生物兵器が三、いや四体突入、戦場からやや離れたポジションにもう一体、、もっと大きな奴が控えています!」
音響・映像・磁気など、様々な装置による探査で、それが潜水艦などではないことははっきりしていた。むしろ鯨や魚、いやもっと大きく強く、かつての怪獣などに近いかもしれない。
「滅人同盟・ゾーンダイク軍の連中だな・・・!」
僅かに確認された映像を睨み、フリーマンは唸った。「すべての人類の抹殺」という彼らの思想は世界征服とは正義とはまた逆に正反対といっていいので以前からバリスタスは相等の偵察行動を行ってきた。
それゆえ、幾分かは相手の戦力の正体も割れている。水中での破壊活動を主とする滅人同盟の中でも遺伝子改造生物を主力とするゾーンダイク軍だ。400m級の影は連中の主力である、抹香鯨を元に遺伝子改造を行った生体攻撃潜水艦「ナスカ」級であろう。その姿は水中翼兼電磁推進装置として機能する大きな鰭を生やし潜水艦のような魚雷管を尖った頭部につけた、規格外に巨大な白鯨そのもの。その後方に控えているのはそれよりさらに大きく、鮫をベースに巨大化・半金属化させ、海底に沈んでいた第二次大戦中の戦艦を背中に融合させた滅人同盟水中艦隊旗艦・・・通称「幽霊戦艦」。
他のはその周囲を護衛する連中だろう。この辺は種種雑多な新生物の大軍で、それぞれ繁殖混血を繰り返しているので判別が出来ない。
「現地の兵力配備は!」
「lucar閣下と、護衛のカニンジャー部隊、水蝗兵と・・・JUNNKI閣下もヘルバーチャ増援怪人軍団を率いて出撃されました!」
「潜水艦隊、集結開始。敵軍の後背をつける位置に集合します!」
それにしても、敵はかなりの兵力である。
何とかこちらも、中央本部が統括する各アジト間を結ぶ、地脈を利用しその流れに物質を乗せ移動させる瞬間移動装置・兎歩式転送装置で水中戦闘用の兵力をかき集めて配備することが出来たが、それでも数は向こうのほうが多い。
とはいえ、水中戦闘用の戦力に関してはこれが限界だ。兎歩式転送装置といってもまだまだ不完全な代物、把握している地脈の数は僅かで、それに沿ってしか移動することは出来ず未だ他の大幹部が統括する支部へつなぐ手段は見つかっていない。挙句に九州統括支部とは現在どういうわけか連絡が取れないのだ、ますます手持ちの戦力で乗り切るしかない。
海底牧場。
それは、バリスタスの重要な施設の一つである。SFにおいてしばしば語られるその存在は、バリスタスの超技術で持って既に実用化の域に達していた。
旧段階では日本海のみにその範囲は限定されていたが、HUMA極東本部を壊滅させ日本中部の支配権を握った今、その範囲は太平洋側まで進出していた。
「きゅるー、るるるるるる、うーきゅっ・・・・・・・」
とでも人間の耳に聞こえれば表現されるのであろう、独特の高音。
鯨の群と泳ぎながら、lucarはそんな音を発していた。
いや、そう「言っていた」。これは鯨やイルカなどが使う音波によるコミニュケーション・・・すなわち言語。
lucarは鯨と話していた。
元々彼女は、海洋開発などのために作られた改造人間であり、海底牧場の管理は本職とも言える仕事であった。
一口に牧場といっても、地上のそれとは大いに異なる。
むしろ、生態系といったほうがいいかもしれない。あくまで海がそこにあって、それと部分的に一体化したバリスタスが、生態系の一部として、必要最低限の分だけのものを受け取る。
従って効率は全然悪いが、海の奔放な命たちに愛に近い感情を抱くlucarは、断じて陸の人間の畜産がごとき、動植物をただの肉や野菜として扱うのは嫌だった。
そう、思っていた。
突然の襲撃。
「ガァォォォォッ!!」
華奢なlucarよりふたまわりは大きな体を誇る人間体型の鮫が、lucarを食い尽くそうと顎をがちかち言わせ掴みかかる。
「くっ・・・」
鋭い三角形の歯がずらりと並んだ顎を、必死に押さえつけるlucar。じりじりと押される、このままでは体のどこかを噛み千切られるのも時間の問題だ。
しかし、そんなことよりも気になることが。
「貴方・・・っ、滅人同盟の!?」
「?・・・ソウダ、ボクハべるく!ぞーんだいくぱぱノ命令デ、オ前タチヲ皆殺ス!」
体躯と鮫そのものの面構えからは意外な、子供のような甲高い声でそのベルクと名乗るものは答えた。
lucarの知識によれば彼が「パパ」と呼んだゾーンダイクという人物は元々海洋生物学者だったが数年前に行方不明になり、今は滅人同盟の海の主力を担う遺伝子改造海洋生物軍団、ゾーンダイク軍の長。
「理由はっ!」
それが一番気がかりだった。彼らは過剰とはいえ自然保護をその目的としている。海と人を同時に愛するlucarは、そういうどちらかを排除するとか言う思想が嫌だった。人が自然を徹底的に管理利用するのも、自然のために人を滅ぼすのも。
だから、理由が知りたかった。彼等が、私達の行為の何をもって否とするのか。
「シルカッ!」
しかし、ベルクは答えない。爪でlucarの腕を引っかくと、力が緩んだところに喰らいついてくる・・・!
「危ないっ、lucarさん!」
ごきぃぃぃっ!!
「ゲェア!?」
大きく開いたベルクの顎を、横から思い切りJUNNKIが殴りつけた。全身で移動しながらの勢いをつけた一撃。踏みとどまるもののない水中で、思い切り吹っ飛ぶベルク。
対して長大な尻尾を大きく打ち振ったJUNNKIは、素早く姿勢を立て直すとlucarの前に立ちはだかった。ベルクも鮫の遺伝子に基づく肉体を駆使し、反転して襲い掛かる。
「くぅ・・・今は戦うしか、ないようですね!」
やや苦々しげにlucarは叫んだ。ベルクを長として、周囲をあっというまに様々な姿形の人造生物が取り囲んだ。普通の人間ならばその姿に恐れや嫌悪に近い感情を抱くのだろうが、lucarはそんなことは思わない。例え人造であれ、彼らは・・・ただの生物だ。
一方水上では、てんやわんやの状態になっていた。偶然というわけではないが、最高司令官たる六天魔王はこの基地にはlucarとJUNNKIの二人居るのだが、そのどちらもが水中戦闘に参加してしまっているので、統一して現場を指揮するものが居なくなってしまったのだ。とりあえず本部に残った戦術指揮官級の改造人間たちが合同で指揮を執ることになる。
本部が統括する鉱石採掘基地や旧HUMA極東本部跡地など各アジト間を繋ぐ兎歩式転送装置は確かに海底牧場基地にもつながっているので、そこから戦力を増派することは出来なくも無いのだが・・・
「くっ、水中か・・・増援は派遣できないのか!?」
「カニンジャー、水蝗兵、HVの水中生物怪人部隊・・・水中戦闘可能な連中は全部投入した!戦闘員もありったけの水中用装備で送り出している!」
とフリーマンがそれぞれに叫ぶ。
「マウアーさん、貴殿の方は!?」
「既に集合させてはいるっ、ラーミア!」
半ズボンの白い軍服を纏った少年にマウアーが声をかける。彼女と同じ遊星帝国から派遣された「戦獣士」・・・合成生物の怪人だ。
「いけるか?」
「う〜ん・・・」
マウアーの問いに、ラーミアは合成生物とは思えない元気な少年そのものの表情を、思案に変える。
僅かに掌を水につけ、目をつぶったあと・・・首を振った。
「駄目だ、この星の海の水質だと、僕の電撃は拡散しちゃうよ。」
返答にマウアーはすぐさま周囲を見回し、つれてきたもう一人の戦獣士・・・人と猫が融合したかのような姿のウニャーンを呼ぶ。
「なら、ウニャーン!」
「にゃう〜」
「ウニャーンは元が猫なんだ、水は苦手なんだよ。」
人語を話せないウニャーンの代わりに答えるラーミアに怒るわけにもいかず、マウアーは舌打ちするしかない。
「・・・っ、く。アドニス王国軍の方は!」
「こちらも、水の戦に長けたものは・・・」
グラムス王子が首を振る。
「父上の炎は水に届かないし、重装備のエリカでは水中の動きが鈍る、グミーンの力は土を媒介にしないと発動しないし、ダンディ男爵は・・・」
知らない人名もいくつか出てくるが、彼が使えないというのであればしかたがないし、今その辺のデータを求めても仕方が無いだろう。
心配するように視線を走らせるグラムスに対して、心外とばかりにダンディは胸を張った。
「なんの王子!我が武勇と忠誠、たかが海水ごときで阻むこと出来ましょうや!とう!高貴なる流れ星!アイ・アローっ!」
両目からレーザービームを放つダンディだが、光線の拡散の早い水中では役に立たない。
「ぬう・・・ならば!」
叫ぶと、勢い良くダンディは水中に飛び込み・・・
「ばびびびびびびびびびっ!!?」
激しく漏電し、痙攣した。
「何やってるんだ!」
マウアーが怒号し、防電能力のあるスーツを着た戦闘員達がダンディを引っ張り上げる。陸上に戻った途端、ダンディの頭部の大時代な帽子が閃光を発し、あっという間にダンディの機能を回復する。・・・自己修復機能を備えているらしい。
「だから無理だといったろうが・・・」
憮然と頭を掻くグラムス。起き上がったダンディも所在無げにたたずむしかできない。
「くっ、これでは・・・」
恨めしげに水面を眺めるマウアー。
我等は何のためにここにいるというのだ。
マウアーの葛藤に呼応するように、水中での戦いはその激しさを増していく。
「シャアアアアアア!」
「うおおおっ!!」
ざっ、ざっと水中を爪が薙ぐ。流石に空気中よりは速度が落ちているが、それでも十分な速度で襲い来る敵をJUNNKIの爪は切り裂いた。
元々海生爬虫類と陸上獣類の中間種である呉爾羅の因子と、ウミイグアナの因子を混合させた体である。水中戦能力も高い。
しかし、それにしても数が多すぎる。右から噛み付いてくるミューティオ・・・イルカと軟体動物、それと何種類かの外洋性魚類・熱帯魚類を掛け合わせたと思しき人造の人魚・・・を尻尾で弾き飛ばし、水陸両用の貝殻と蟹をあわせたような多脚外殻を弾き飛ばす。
しかしその次の瞬間には、集団の中ではかなり巨大な外洋性の人造生物に体当たりされ、水中を独楽のようにJUNNKIは弾き飛ばされた。
「っ・・・くう!」
当たったところは特に頑丈な装甲を施されて入るが、脳のある頭部である。一瞬目を回したJUNNKIに、反転したやつが再び体当たりをかけようとする。
「まずっ・・・!」
「グルァ!」
ドシッ!!」
窮地のJUNNKIを、オレンジ色の影が救った。確かに巨躯の改造人間だが、なお自己に数倍する巨大な相手を正面から受け止める怪力の持ち主。
「オクトーガさんか!助かったぜ!」
かつてHUMAで人体実験の犠牲になりかけていたところを救われたヒョウモンダコ型改造人間・オクトーガだ。水中でも会話できるJUNNKIの声に、後遺症により会話能力を失っているオクトーガは僅かなうなりと金色の目を細めて答えると、捉えた敵をテトロドトキシンが充填された毒牙で噛み砕いた。
「カブトレオンは?」
「ぐくぅるう・・・」
「あ、そうか。」
彼と同じ部隊に居た、カブトガニを素材とした改造人間の少女について尋ね、やはり唸り声で返答を受け取るJUNNKI。最近はこの唸り声もある程度理解できるようになってきていた。
彼女は心的外傷と無茶な改造蘇生手術に別の、トリカブトの改造人間のために実験的に作ったパーツで体をつなげて作ったせいで、普段はそっちの、トリカブト怪人の姿をしている。カブトガニの姿になるには彼女の心的外傷を刺激するあるキーワードが必要となり、普段は敵の発言に反応するのだが・・・
(まさか、わざわざ古傷えぐるようなことするわけにもいかないし。)
今の相手は、それを・・・「正義」というキーワードを言うとも思えず。さりとて水中戦闘に巻き込むために年端も行かない少女のトラウマをつつくのも気が引ける。
と、考えをめぐらしたのが隙につながった。
ドガドガドガドガドガガガガガン!!!!
「な〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
突然周囲の岩が爆ぜ、海底が爆発し、海水が暴走する獣の大群のように轟いた。
(しまった)
何度もの衝撃でいい加減耐性がついた脳が、一瞬で事態を認識する。ナスカたちの頭部生体魚雷・・・爆薬を満載し、寄生主の命令に従って水中を突進、自己の判断で追尾・自爆する爆弾コバンザメとでもいうべき生物・・・だ。
激しく海底に叩きつけられ、岩の欠片が弾雨のように襲う。必死に体勢を立て直すと、JUNNKIは海底を蹴った。自分より装甲が薄く、それゆえ弾片に皮膚を切り裂かれ苦しむオクトーガを掴むと、急速離脱をかける。
自分のハイバイブネイルではあの大きさの相手と戦うには分が悪い。それに・・・
ちらと横目を走らせる。
・・・味方も来た。
(ちいっ!)
被弾して撤収するJUNNKIたちを見て水中用戦闘員服のマスクの中で舌打ちしながら、磁力は構えた。
四連装の使い捨てバズーカのような形状のそれは、バリスタス戦闘員水中戦闘用の装備の一つ、微小酸素電磁推進弾発射筒だ。
使い方自体は、見かけから想像するのとあまり変わりは無い。特殊なのは弾丸だ。電磁推進で弾速90ノット、弾頭はかつて怪獣王・呉爾羅を滅し失われたとされる伝説の兵器・水中酸素破壊剤の不完全な再現版、水を触媒に発生させた微小酸素で目標を崩壊させる。不完全とはいえその威力は、一斉射叩き込めば空母は無理でも駆逐艦や巡洋艦なら沈めることが出来る。個人携行兵器としては桁違いの破壊力だ。
しかし、いかんせん相手はさらに巨大だ。全長400メートル、空母よりもさらに大きい。見事命中した磁力の電磁推進弾はナスカの脇腹を捉えr、焼け爛れた腹部をくの字に折り曲げ苦悶するナスカだが、活動を停止する様子は無い。
周囲の戦闘員も一斉射撃を行うが、相手も大きい割にただぼうっとしては居ない。
一瞬ナスカの頭部の周囲が揺らいだように見えた、次の瞬間。強烈な志向性超音波が発射された。抹香鯨は、会話に使う超音波を頭部の脳油で収束し、放射することにより魚を失神させることが出来る。それをこの巨大なナスカが行うと・・・
轟!!
超音波の渦に捉えられた電磁推進弾が爆散し、直撃を食らった戦闘員達がひとたまりもなく消し飛ぶ。
「くそっ、パワーが違いすぎる!!」
バリスタスにも潜水艦はあるにはある。博士の持ってきたレストア品の十九世紀末に活動した秘密結社ネオ・アトランティス製潜水艦「ガーフィッシュ」が一隻と、これも博士が昔仕えていた組織・インバーティブリットのデータから再現改良した「カリナリア・クリスタータ」級が数隻。
しかし片方は超技術とはいえ19世紀の骨董品、もう片方は生体潜水艦で電磁推進・完全透明船体という利点はあるもあくまで移動連絡用の小型潜水艦だ。火力から何からして比べ物にならない。
それでも、ないよりかはましだ。
通信施設が最も充実しているガーフィッシュを旗艦に展開する。
「全艦、水中鶴翼展開完了!」
「飽和雷撃、いけます!」
艦橋で報告を受けた艦長の隊長級戦闘員は、大きく頷いた。
「よしっ、一斉発射!!」
シュシュシュシュシュッ!
ナスカたちを半包囲するような、丁度戦国時代の兵の陣形である鶴翼の陣のように展開した潜水艦隊が、一斉に魚雷を発射する。
魚雷同士の弾道が交差し巨大な網となり、敵を包み込み前後左右どこにも逃げ場をなくするように・・・!
ドドドドドドドド・・・・・ン!
ぎゅあああ・・・ああ!
水中特有の鈍い炸裂音が木霊する。同時にこれは普通の潜水艦相手ではありえない、ナスカの銛を打ち込まれた鯨のような叫び声。
シュアア!シャアアア!
轟々!!
それでも生き残ったナスカたちが、反撃に生体魚雷と収束超音波を撃ちまくる。
ナスカとバリスタス潜水艦隊の交戦で、海底は滅茶苦茶に破壊され始めていた。
敵味方を含めいくつもの命がただの蛋白質に帰り、生態系をはぐくんでいたものがただのつまらない、火星にもあるような無機物へと変化していく。
その様子に、lucarは張り裂けそうな悲しみと苛立ち、そして普段あまり表には出さない怒りを感じていた。
(なんて馬鹿らしい戦いなんだろう)
私達は守るつもりのものを壊しながら戦って。
あの人たちも、やはり守るつもりの自然を今壊している。いや、そもそも。命を守るために、造った命を兵力として使い捨てる。そんな矛盾に気づかないのだろうか?
「くっ・・・」
互角というには少しばかり形勢が悪い。さらに連中はまだ旗艦の幽霊戦艦を前線に出してきていない。あれで押し出されたら、はなから劣勢の戦闘力で形成された前線は突き破られ・・・
「ええいっ!」
舌打ちするラーミア。戦況をソナーで見るばかりというのがまたもどかしい。じれている自分に気づきながら、傍らのフリーマンの様子を伺う。
意外にも、彼はそこまで取り乱した様子は無い。踏んだ場数のせいか、いや。
「む、ラーミアさん。・・・どうやら貴方たちに感謝する必要がありそうだ。見ろ、あいつ何かやる気らしい。」
外骨格で節くれだった指で指したビジョン。そこには、連続した爆発で海水の飛沫を含んだ潮風にコートの裾をはためかせる千太郎の姿。
「あいつっ・・・!」
いつの間に兎歩装置を使ったのか、目を丸くするラーミア。
「兄貴っ!」
ぱっ、とラーミアの顔に光がともる。答えるように千太郎は手にした木刀を構えると跳躍。
「考えるよりくっ喋るより、まずは行動だろっ!!」
叫ぶや否や、千太郎は海面めがけて・・・!
「食らえっ!千太郎・・・クラーッシュ!!」
勢いよく振り下ろされた木刀は、唸りとともに空気を切り裂き、真空の断裂を作り出す。
ドバァァァン!
しかし、いかんせん水中の相手にまでは届かず、水を激しく叩き吹飛ばしたにとどまる・・・が!
「でぇぇぇぇっ!!」
その水の割れ目に千太郎は飛び込んだ。そのまま連続して千太郎スラッシュを放ち、さらに深く潜っていく。
「な、なんと無茶苦茶な・・・」
その底知れない、常識はずれの行動力に、フリーマンも舌を巻いた。
「どりゃあっ!」
見えたナスカの白い背中に一撃。その一発で巨大なナスカは背骨を折られて沈降していった。
「っ・・・とぉぼっ!」
「あ」
だがどうもそっからさき考えていなかったらしい。左右から押し寄せる水に飲まれた千太郎は、じたばたともがく。
「あぁぁ〜!あの馬鹿は〜〜!」
映像を見ていたマウアーがぼやく。
「オォマエェタァチィ、シブトイゾッ!!」
甲高い声でベルクががなり、もがく千太郎に襲い掛かる。
「うおっ・・・!」
「でいっ!!」
ガツン!
そこに、生栗、そしてオクトーガとJUNNKIが駆け込んできた。磁力が手にしていた電磁推進弾発射後の筒をベルクに叩きつけ、追撃とばかりにJUNNKIとオクトーガがそれごと蹴りとばす。
装置が爆発し、さらにベルクにダメージを追加する中千太郎を救助、後退する。
だがそれでもまだベルクは生きていた。何かを招き寄せるような仕草をしつつ、一声咆える。
ごごごごごご・・・・
水が唸る。それまでとは、また違う。
「これは・・・!」
千太郎を抱えてlucarたちのそばまで泳いできた生栗が、死線を何度もくぐった者の勘でそれを察知する。
ベルクの背後に、巨大な影が迫った。ベルクはそれを呼んだのだとはっきりとわかる絵図。
「幽霊、戦艦・・・っ!」
巨大な戦艦を背負った、目の無い鮫とでも言うべき姿。
そのさび付いたように見える砲塔が一斉に旋回して、lucarたちの方を向く。実際にさび付いているのではなく、金属細胞・・・恐らく影磁氏のレポートにあった金属生命体「白い悪魔」に近いものなのだろう。
「フットバシテヤルゥ!」
「・・・っ!?」
咄嗟。凄まじい殺気の迸りに、lucarは飛びのいた。
正面の幽霊戦艦ではない。それはすぐに分かった。
なぜならlucarが飛びのいた直後に、幽霊戦艦の脇腹が大きく切り裂かれたからだ。
「ナニッ!!」
ベルクも驚愕する。
それからは、もう。
次々と切り裂かれ、打ち砕かれ。ナスカが真っ二つになり、ミューティオが叩き潰され、何匹もの水生亜人達が水中であるというのに焼け焦げ。多脚外殻が粉々になり。
あっという間に、あっというしか、言いながら傍観しているしかなく、その間に滅人同盟の軍団は壊滅状態になってしまった。
混乱の中、ベルクの撤退を告げる声が響いていたところから、いくばくかは逃げ延びたのであろう、としか推測できない。
それを行ったのは、
「・・・誰?」
バイザーの下、目を細めるJUNNKI。既に周囲はナスカの血や生体潜水艦の体液などで視界が悪化しており、相手の姿を咄嗟には視認できない。漠然といくつか影が見えただけだ。
唯一lucarは超音波で、相手の姿を克明に捉えていた。
蟹、角鮫、亀、烏賊、棘魚・・・の改造人間、なのではないか、と思える。
だが。
音の反射でそれを捉えるlucarは気づいていた。普通改造人間の肉体は生体部品と金属・セラミクスやプラスチックなどの合成素材など様々な材料で構成されており、反射でそれを認知することが出来る。
だが、今目の前にいる連中は、特有のそのむらが存在しない。
もしも「完全な改造人間」とでも言うべきものが存在するというのなら、目の前の存在のようにもなろうか。
推理し、相手の正体の可能性を考える、その前に目前のそれらは口を聞いた。
「・・・我等の名は「ゴルゴム」。お前達がこの時代の支配者たるか・・・もう少し調べさせてもらおう。」
「待って!貴方達は・・・」
そして、一方的にそれだけ言うと、彼らはあっけなく気配を断った。
「・・・・・・・」
ひとまずの戦いの終わりを感じながらも、lucarはこれからの戦い、守るという戦いの難しさを感じていた。
・・・続く