秘密結社バリスタス第二部本部編第一話 大同計画始動

その日、現在銀河連邦が掌握している範囲の全宇宙にほぼ・・・その広大さを考えるならば・・・同時にといっていいタイミングで、ある放送が流れた。

「我等の名は秘密結社バリスタス。青き星地球の完全なる支配を目指し、それを実現しつつある組織である。この映像を見ている諸君らも既に、我等が腐敗した宇宙刑事機構を打ち破りその爛れた実情を暴き、もって銀河連邦に大打撃を与えたことは知っているだろう。
そんな我等は、語りかける。すべての虐げられしもの、闇の中に封じられたもの、存在すら認められないもの・・・いや、かような詩的な比喩はやめにしよう。この腐敗し爛れきった銀河連邦により迫害されるすべての星系国家・星間組織よ。立ち上がるときは来た!
現在銀河連邦と呼ばれているものは、既に形骸である。彼らはその力で銀河系宇宙の正統政府を名乗り、あたかもかつての「光の巨人」たちのように自らの基準を絶対正義として銀河を支配して、そう支配しているのだ。すべての知性体による平等民主主義など真っ赤な嘘!
実際に政府を牛耳っているのはバード、樹雷、クル文化圏、フラッシュ、デンジなどの一部星系国家であり、彼等が結託して議会も政府も司法も、そして最も重要な知性体としての認定すらも独占しているのだ。この放送は、そんな愚物どもによって知性体と認識されずに獣のような扱いを受けているもの、過去、いまだ銀河連邦が有名無実だったころの戦争を侵略と言いがかりをつけられ銀河連邦参政権はおろか自治権すら奪われているものもいようし、銀河中央の資本に搾取されているものも、固有の政体・思想・文化を否定され一方的制裁を受けているものもいよう・・・
そんな彼らへ、我等バリスタスはその全てに呼びかける!
我等と共闘せよ!手を取り合い、銀河連邦を打ち倒し、広大なる宇宙を真なる意味でおのれらのものとするのだ!!」


結果、バリスタス本部基地は大騒ぎとなった。


「アマンガ星系大使、ギラス星系大使、ご到着なされました!」
「案内急いで!」
「移動小惑星帝国ギガプリオン、遊星帝国、それぞれ母星月軌道へ侵入成功。転送誘導電波発信求めています。」
「発振して。くれぐれもミスのないようにね。」
「ゼオ連星系辺境伯ロード・ゼッド、おいでになりました!」

浜名湖湖底にあるバリスタス本部・地下宮殿。夜を向かえ地上の静まったそこに今、続々と宇宙からの来訪者が集まりつつあった。
暴れているだけに見えて実は外交の仕事もやっていた博士が呼びかけた、反銀河連邦の同盟締結のために各宇宙国家の大使や元首達が答えるために集まってきていたのだ。
しかし、それをお膳立てした悪の博士はとっくに神刺塔でヨーロッパへむけて出航してしまった。後に、
「まぁ呼ぶだけ呼んだし力は示した、後は我がバリスタスで事実上最も首領に近いまとめ役・lucarさんと、我が組織の未来たる最年少六天魔王であるところのJUNNKI殿に任せる」
といい加減な置手紙を残して。とはいえ、この人選はあながち間違いではない。バリスタスは組織としては珍しく、明確な首領が存在しない。首領という階級が存在しないのではないが、あえて今のところ空位となっている。単一の力の結晶は剛いが脆い。故にこそ複数の調和でもってことにあたる。
そのためには各幹部の力は拮抗せねばならない。戦場全体に作用する力を持つ悪の博士とまんぼう、重突撃戦闘特化型の影磁と高機動戦闘を得意としながら遠近万能の戦闘力を誇るシャドー。しかしバリスタスでも機蝗兵に匹敵しうる決闘能力(注・一対一での戦闘能力をバリスタスではこう呼称する)に様々な眠れる特性を持つJUNNKIはともかく、そもそも戦闘用の肉体ではないlucarは力不足ではないのか、とする向きもあろうが、それは違う。
肉体など、バリスタスの技術を持ってすればその気になればどうとでも出来る。故に見せかけの力ではなく、拮抗とは精神の拮抗を指すのだ。そう言う意味で言えばむしろlucarのほうが経験が長く、JUNNKIよりも強い、とすらいえる。故にこの場合、二人が組むことによるJUNNKIは力でlucarを守り、lucarはJUNNKIの心を教え導く。
と言うわけで。受け入れと会談は本部の面々にまかされることになったのだ。
「ほぉら、急いで!宇宙からのお客様に対して恥かきたいの!?」
うんみょうんみょと、その長い尻尾状の足で這い回りながらみみずおかまが戦闘員達に命令する。対して戦闘員達もきびきびと動いていた。新たに集められた新兵や、新型の体に換装されたものも混じっているはずなのにも関わらず。
機蝗兵マシーネン=カーネルと同じタイプの機械式改造強化をされた、蝗騎兵。水中用の水蝗兵と同様のバリエーションとして、空中機動能力を強化するために隼の遺伝子を混合した空蝗兵。そして蠍師匠の修めた格闘技・流派東方不敗を部分的限定的とはいえ習得させ、バリスタスの古代研究によって導き出された古代MR改造人間「世紀王・黒い太陽」を元に再構成した黒蝗兵。爪や鋸刃はなくなっているが、完全格闘用として基本身体能力はこちらのほうが高い。
新たに加えられた、新型の量産型改造人間。まだ配備数は少ないが、戦力としては大きい。・・・きちんと兵として鍛えられていれば。
そんな彼らを鍛え上げたのは、鎧武人やフリーマンなどの本部付怪人たちと、生栗磁力・・・HV団から引き抜かれた精兵だ。しかして北洋水師戦術指揮官マシーネン=カーネルの夫でもあるから、単身赴任状態になってしまい問題となったのだが。
ともあれそんな兵士達の整然とした案内に従い、様々な宇宙人たちが案内されていく。
人間そっくりなもの、部分的に人間と異なるが基本的に人型のもの。体格は人間と同じだけど見かけがぜんぜん異なるもの。そして人間よりもずっと大きな、10〜20メートルほどの巨体をもつ機械生命体までいる。
幸いこの地下宮殿は呆れるほど巨大で、ロボットだって怪獣だって廊下をずんずん歩けるようなつくりになっているため問題は無い。
「まさか、あのオヤジ・・・こうなること・・・予見、してたんだろうな。」
何しろこの状況を作ったのは、オヤジ・・・悪の博士だし。
「やれやれ・・・しかたない、やるか!」
それを思い返し、緊張を払うように声を出してJUNNKIは会場に入った。


(しっかしまぁ・・・引っ張り込んだものですねぇ。)
議場に立ったlucarは精一杯胸を張り、できるだけ威厳と戦闘能力があるように見せかけながら周囲を確認した。
悪の博士が「闇討ちにかけようなどという無粋なたくらみでないことを証明するため、武装と護衛同行を認める」などと言ったために人数は参加星系の数倍に膨れ上がっていたが、それでも随分沢山の星の代表が集っている。
アマンガ・ギラス・・・この辺はかつて銀河を席捲した大星団ゴズマの配下として、侵略行動に手を貸したかどで手ひどい制裁処置を食らっている星。だが、彼らとて望んで侵略をしたわけではない。今は無きゴズマに強制されて行わされ、そしてゴズマが完全壊滅したせいで賠償はむしりとれるところからとられた、ということだ。
ガマ星雲第五十八番太陽系ケロン、暗黒帝国ブラッチャーなどは銀河連邦に知的種族として認定されず、それゆえにありとあらゆる無法にさらされたが故に軍事国家化して自衛の道をとらざるを得なかった者たち。
そういうハードな境遇にもかかわらず、静かに座っている彼らの姿は・・・はっきり言って可愛らしいといっても良かった。ブラッチャー人は本来実体を持たず行動するときにその惑星の無機物をもとに体を構成する。そう言うとなにやら凄そうだがエネルギー体としての総量が少ないのか、構成できる体はせいぜい身長一メートルほどのミニロボットで、体格も寸詰まりだ。列車を元に再構成したのか電車の先頭部分が顔になったような、そこから手足が生えている一等身の姿。目は大きいし動きはちょこまかしているしで、けっこう可愛い。
そしてまたケロン人もそれに輪をかけて可愛い。二頭身・丸っこい体、両生類系なのだが表皮が頑丈でぬるぬるしておらず、むしろ柔らかいさわりごこちでマスコットキャラにしか見えない。しかしその外見と人権が認められていないが故に、ペットとして捕まえられるということすらあるのだから笑っても居られない。
移動小惑星帝国ギガプリオンと遊星帝国は、少々特殊な例だ。彼らは帝国を名乗ってはいるが、いずれも殆んど国の体をなしているとは言いがたい。移動する小惑星要塞、都市国家、いやむしろバリスタスのような組織に近い。内側もまた、宇宙の表世界で生きていけなくなった流浪の民、追われるものの集合体。
遊星帝国は比較的小規模であるがゆえか、この会談に強い期待を抱いているからか、幹部・怪人・戦闘員合わせて数部隊の供回りを従え、皇帝自らやってきていた。支配者・遊星大帝はつるりとした装甲で全身を覆っており、酷くぞんざいな目玉模様がかえって不気味さを表していた。彼を守っている遊星帝国の軍勢が、比較的人間に近い姿の者たちなのが、かえって皇帝の特異性を際立たせている。
対してギガプリオン側は同じく皇帝じきじきに着てはいるものの、供回りは執事か侍従らしき老人が一人と随分軽装だ。だがしかし、目の周りを覆うタイプの仮面をつけた若い皇帝の顔には自信たっぷりの笑みが浮かんでいる。その原因はこの会談のために月軌道まで移動している彼の国にある。小惑星ギガプリオンはサイズは普通の小惑星なのだが実際は超重量物質の塊で、普段は重力制御装置で制御している質量をピンポイントで外側に向け開放することにより、強力な重力波砲にすることが可能なのだ。
惑星を砕くほどの破壊力は無くとも、軌道をずらして環境を壊滅状態にしたり、よりピンポイントで照準を絞り地上の軍事基地を粉砕するくらいはやってのける。その照準をバックに背負っているからこそ、彼の小さな帝国が今まで宇宙刑事機構や銀河連邦正規軍に破壊されずにすんでいたのであり、ここでも余裕を持っていられるのだ。
そして、他にもアナローグ、アニカのような発展途上で経済格差にあえぐ星系や、ベーダー族など絶滅寸前の諸種族など何カ国か・・・
最後に、末席に座しているのがムーティ連合王国。彼女ら・・・そう彼女らと言ってもいいだろう。ここに来た王国首脳部の顔ぶれを見れば、それは分かる。
クラウディア=ラーブル。
ムーティ女王。黒く長い髪、鋭い目。強い意志と若さが感じられるが、それだけではないとJUNNKIは思った。本当に微妙な要素だが、体内にネオアマダムを宿す改造後の体は、勘が鋭くなっている。何かもっと深い、さまざまな要素が絡み合う。強いて言うならば王として必要な「格」だろうか。
メッサリナ=ウェイン。
ウェービーロングの金髪。紅を差した唇の、色気のある大人の女性。実務担当の中では筆頭各で、様々な大臣を兼任するムーティ新政府の切れ者と評判だ。
ローラ=フィジー。
ショートカットの銀髪。きりりとした表情。貴族で、ムーティでも自身最高の軍人集団である王家を除けばトップに位置する武門。彼女の家紋「黄金の三つ首龍」を艦首に描いた戦艦が一度戦場に出れば、銀河連邦の軍は恐れおののき道すらあけるとまでいわれる。
周囲を取り巻き、油断なく身構える兵士達もやはり殆んどが女性。体力を要しない宇宙軍に女性を多めに採用している星はあるが、ムーティの場合それはさらに徹底していて地上軍も宇宙軍も、軍事の殆んどは女性が受け持っている。故にかの国はこう呼ばれる。武の女神の国ムーティ、と。
そんな特徴を除いても、ムーティは少々特殊な国だ。今から十数年前に銀河連邦に「発見」された星系国家。そして不幸な衝突により彼女達は命と誇りを穢され、また泰平・・・宇宙刑事機構や傭兵協会が対処するような内乱はあっても、銀河連邦の外の存在と戦うなどということが久しくなかった連邦軍と政府は驕り、銀河連邦の外での独立を望んだ彼女らを圧殺しようとし、戦争を招いた。
・・・惨憺たる結果となった、双方にとってあまりにも。ムーティは、信じられないほどの善戦をした。物量でもテクノロジーでも劣るムーティ宇宙艦隊は何度も連邦艦隊相手に戦果を上げ、ことにムーティ本星軌道上の最終決戦ではその凄まじさが顕著だった。十倍以上の銀河連邦艦隊相手と激突した先代ムーティ王(今の王・クラウディアの母)直率の近衛艦隊は結果として壊滅したが、その十倍はいたはずの連邦艦隊を殆んど、銀河最強を誇った樹雷王国の生体戦艦すら含めて全部道連れにしてしまったのだ。
地上戦でもまたムーティ軍は連邦軍を泥沼のゲリラ戦に誘い込み、国土を荒廃させながらも気が狂ったのかと思うほど激しく抵抗し、女ばかりの軍と侮っていた連邦陸戦隊を驚愕せしめ、一時は宇宙傭兵協会の全面介入すら要請された。
(これは結局傭兵協会総裁・ギドラーグことギラ軍曹が、「ジェノサイドは兵の本分にあらず」として要請を蹴った。この結果傭兵協会は正義側としての色彩を強めることとなる)
貴族の中でも門閥と呼ばれる反王族派が裏切らなければ、ムーティが勝っていたのではないか。そういわれるほどの大奮戦。人によっては「栄光に満ちた敗北」とすら呼ばれる戦いの後、ムーティは連邦に降伏した。
だがバリスタスは様々なルートから、その戦が栄光とは程遠いものであることを認知していた。血と復讐に狂った、進駐した連邦軍の蛮行。ゲリラ狩り。生物化学兵器の使用。お定まりの略奪。暴行は女性を中心とした軍であるが故に酸鼻を極めたという。
それらの行為は表向きには「時代遅れの王政を払拭する民主化・自由化」というお題目によって隠されたが、ムーティの民は忘れては居なかった。馬鹿な門閥貴族は愚直なまでの連邦の民主化により既得権益を失って壊滅し、殖産興業の美名の下に銀河中央大企業による手ひどい搾取が行われた。
結果、敗北後十数年営々と、歯を食いしばって再起の準備を進めてきた先王の子・クラウディアが帰還し、ムーティは現在銀河連邦に対して独立宣言を叩きつけている。その戦力はいまだ再建中で弱々しく、そもそもどうやって駐留していた連邦軍を撃破したのか分からないほどの戦力だったが、いやそれゆえにか、あえて博士はこのムーティを重視していたようだ。
その心境が非常に良く分かった。lucarも、JUNNKIも。倒されても穢されても嬲られても軽蔑されても蹂躙されても、尚唯一つの誇りを旗に足掻き抗う、まさに我等バリスタスと同じ存在、気高い敗残兵の軍団。他の星たちも多かれ少なかれ同じ、故に手を取り合える、と。

しかし、そのような連中ばかりではない。JUNNKIは油断無く要注意存在に目を光らせていた。
ゼオ連星系辺境伯ロード・ゼッドや、セイバートロン星系解放戦線デストロン(偶然にも地球の「衝撃を与えるもの」系列の組織の一つと名前が同じだが、共通性は無い)の長、破壊大帝メガトロン。
彼らはどちらかというとこの会議に呼ばなかった、ギャンドラーのような理念なき犯罪組織に近い無頼の徒。ことにセイバートロン星系解放戦線首領・メガトロンはその傾向が強く、母星であるセイバートロンの政治的開放を目的としながらも、そのために無差別テロや他未開惑星からの資源強奪など、手口があくどい上に惑星開放以上の野心が透けて見えるのだ。しかし惑星クロノスに近い機械生命体である彼らの戦闘能力は高く、全員が巨大人型機動兵器としての能力を持っているため無視できない、いわばキーパーソンだった。
其処に一抹の不安を感じながらもlucarは議題を切り出した。

「お集まりの皆さん。私の名はlucar。組織バリスタスの代表の一人、皆様への呼びかけを行った悪の博士と同格の幹部です。」
静かな声で、lucarは話し始めた。JUNNKIは緊迫した面持ちで隣に立っている。
「私達が呼びかけた、反銀河連邦同盟の意義・ならびに今同盟を結ぶべきであるという我々の考えの根拠は、悪の博士から既に説明を受けているかと思われますので、省かせていただきます。」
ざわ・・・
いきなりのlucarの言葉に、居並ぶ使者たちはざわめいた。
JUNNKIも最初はあっけにとられた。だがほぼ同時にlucarの意図を感知し、同様を顔から消す。
つまりlucarは、この一言でインパクトを与え、会議のイニシアティヴを握ったのだ。正直、バリスタスはこの同盟を成立させたくてさせたくてたまらない。この同盟が成立し、銀河連邦への正式な宣戦が成されれば、彼らはとても地球へこれ以上の兵力を派遣できなくなる。その隙は、バリスタスが地球を征服するのには不可欠だ。これ以上戦力をどんどん贈られてはジリ貧になるのは目に見えている。
そのため会議はスムーズに進行する必要があり、それで居て足元を見られないためには、焦りを気取られてはならない、ということか。
「その通り、そもそもあの男に言われるまでも無く皆分かり、思い、考え、決意していたじゃろう?銀河連邦の我等への仕打ちは許しがたい、そして長年の交渉もなしのつぶて、ならば戦うしかない。しかし一国では勝ち目は少ない。さりとて銀河連邦の保有する戦力の中核を担う宇宙刑事機構が大混乱に陥ったこの好機逃すわけにはいかぬ、ならば同じ悩みを持つもの同志大同団結、それは当然のことではないかね?」
と、いきなりlucarの後に続くように、立ち上がり発言したものがいた。のっぺりしたマスクとぞんざいな目玉模様・・・遊星大帝だ。
「わしとしては早く締結を行い、この場にて今後の戦略会議を行いたいのだが・・・どうかな?」
それまで部下と会話することも周囲のほかの星の使者達と会話することも無くぼんやりとしていた遊星大帝が、意外にも強い意志と口調で周囲に訴えかけている。
「我等としては異存はないがな。会議など退屈なだけ、早く血沸き肉踊り、死の恐怖と殺戮の興奮と守りぬく義務感の渦巻く戦場へと赴きたいものだ。」
遊星大帝の隣席に居たギガプリオン皇帝・サンタルチアも同意する。その顔には言葉に一致する好戦的な相が浮かんでいるが狂気に及ぶほどではなく、あくまで若さゆえ溢れる野心の範疇と見える。
「しかしなぁ・・・」
そこでロード・ゼッドが待ったをかけた。辺境伯という軽い肩書きに相反してかなり広大な領域を支配し、相応の軍団を持っている故の自信が、堂々とした態度になっている。
サングラスのような一体化した赤い目が、胡散臭げにlucarの細い体を睨みまわす。
「何か問題があるというのか?ゼッド卿。」
ムーティ王クラウディアが静かに尋ねる。そのやや険しい視線に、ゼッドも真っ向から視線をぶつけ返した。
「所詮こいつらは一つの星とて領土に持たない、辺境星系の一組織に過ぎないじゃないか。」
様々な含みのある発言だ。そんな小さな存在に主導権を握られていいのか、とも、踊らされて地球制覇のために利用されるのではないか、とも。
「・・・大口を叩くようだがなゼッド卿。それをいうなればそれだけ広大なる領土を持つ卿は今までどれだけのことができたというのだ?」
クラウディアが、徐々に感情を露にしながら反論した。国家元首としての立場を考えれば、こういう場でむやみやたらと感情を表すのはよくないはずだ。事実、側近のメッサリナはやや難しそうな顔をして、彼女の主を見守っている。おおかた冷静なメッサリナが王を抑える役目をいつもしているのだろう。
だがクラウディアの言葉もまた事実。ロード・ゼッドはバンドーラ族の流れを汲む錬金術的手段で生み出されたモンスターの軍団を保持しているが、その割りに大した活動をしていない。
「少なくとも俺の国は、本土まで蹂躙されるような無様を晒したことは一度も無いがな。」
「き、貴様ァッ!!」
ムーティ人なら大抵触れられたくない心の傷に手を突っ込んでかき回すようなゼッドの皮肉に、ローラがキレた。彼女も両親をその戦いで失っており、ことさらにその記憶は痛い。
思わず掴みかかるローラを杖で払いのけ、ゼッドは逆にその咽喉元をわし掴みにした。種族としてかなり強靭な肉体を持つゼッドは、片腕だけでやすやすとローラを持ち上げる。望めば、そのまま首をへし折ることも出来ただろう。
「・・・っ!」
「そこまでにしな・・・早くそのお嬢さんを離すんだ」
だがそれは出来なかった。いつの間にかゼッドの隣に立って居た、遊星帝国所属の戦闘員の一人が、ゼッドの脇腹に刀を当てている。正確にはそれは刃のついた刀ではなく地球で言う木刀に近いものだったが、それでもゼッドはそれで動けなくなった。
その戦闘員はなんと言うか、とてつもない気迫の持ち主だったのである。押し殺した声、バイクの振るフェイスヘルメットに似た頭部装甲の下からのぞく鋭い眼光。とても戦闘員などという下っ端とは思えない。
「く・・・。」
しぶしぶ、といった様子でゼッドは手を緩めた。どさりと音立てて地面に倒れたローラが、激しく咳き込む。その周囲を駆けつけたムーティ兵士達と、こちらも遊星帝国所属と思しき二人組がガードする。
一人はローラと同じくらいの年頃の女性。髪の毛の色はローラに近く灰銀のローラのそれより幾分色の薄い白銀だが、肌の色は艶のある褐色だ。そしてもう一人は意外にもまだ小学校高学年か中学生ほどの年の少年だ。前髪だけ茶色で後は金髪、宝石飾りのついた半ズボンの軍服となんだか派手な格好だが、威嚇するように前に突き出された手指の間に電光が走ったところを見ると、怪人級の戦闘能力保持者らしい。
殺気だちかけた会場。ぎりぎりの気配を皆が感じながら、身動きが取れなくなる。
JUNNKIもいつでも飛び出せるように気を整えながら、そろりとlucarの顔をうかがった。lucarも緊張しているようだが、そのイルカに近い丸く澄んだ瞳は、意志を光に乗せて会場を見回している。
「・・・皆さん。」
そして、lucarは話し始めた。
「確かにそうです、ゼッドさんの言うとおり、私たちバリスタスは小さく弱い。博士は・・・私達が最終的に地球を手に入れれば、かつてゴズマもメスもベーダーもゾーンもネジレジアもバラノイアも倒した、いうなればそれら全てをあわせただけの力が加わると皆様に言っていたようですけれど・・・私は流石に其処までの自信を持って言い切ることは出来ません。ですが・・・」
前にも増して唐突な言動に、皆殺気をそがれて次どうなるのか、どうなるのかと聞き入っている。
「でもそんな弱い私達が立ち上がったとき、宇宙刑事機構はひと時とはいえ崩れました。ならば、皆様が集い立ち上がったならば・・・どれほどの力となるかは分かるはずです。一つではない複数の力ならば、それぞれを補い合うことが出来る。ロード・ゼッド!」
「な、何だ!」
いきなり名を呼ばれ、やや当惑気味ながらも即答するロード・ゼッド。
「貴方は何故、ここに来たのですか?」
「何だと?」
「ここにきたということは、この同盟計画に対して何らかの意志を持っていたはずです。僅かな興味でもかまいません。貴方は何かを、この宇宙の今を変えたいという意志が僅かでもあるはず。そしてそれを一人では達成できないという点で、我々は等しく同じ弱き者。であるならば、多少の差異などなんになりましょう!」
「ぬっ・・・むっ・・・」
それまでの弱々しそうな様子から打って変わって、強く強くlucarは訴えた。それに返答につまり、唸るゼッド。暫く逡巡する。
そこに、先ほどゼッドが首を絞めたローラの声が、まだ少しかすれながらも響く。
「怖いのか?」
何が、と彼女は言わなかった。言わないが故に、様々なものが其処にはあった。そして、その口調は憐憫でも軽蔑でもなく、まるで、「それでいいのか」と問う確認のようで。
「こ・・・怖くなどあるものか!いいだろうバリスタス!いいだろうlucarとやら!この同盟受けてやろうではないか!」
と、ゼッドは言い切った。
にっこりとlucarが微笑み、周囲にも安堵が流れかけた、その時。
最初に懸念していたもう一つの勢力が声を荒げた。
「ふん、付き合っておれんな」
「メガトロン・・・」
セイバートロン星系解放戦線の長、メガトロンだ。戦闘用巨大ロボットの体を持つ、このメンツの中でも屈指の戦闘能力を持つ男が前に出てきたため、静まりかけた場がまたざわつく。
「確かに貴様らの志は立派だろうよ。だがな、この宇宙で意味を持つのは力だ。貴様らと組んだところで、かえって重荷を背負い込むだけでとても勝利できるとは思えん。戦力的な不利は、前線を広げることでかえって増すのではないかな?どうなんだ?ええ?」
「ならば貴方方は自らの目的だけが達成されればそれでよく、同じように苦しむものはどうなってもいいと?」
lucarは問い返す。その言葉に、メガトロンは過剰に反応した。
いきなり右腕に装備された大口径ビームキャノンをlucarに突きつける。
「貴様・・・っ!そのご立派な言葉で、暴力を防げるというならやってみせろぉっ!!」
危ない、と叫び暇も無かった。躊躇も何も無く、いきなれいメガトロンは引き金を引いたのだ。
閃光が炸裂する。

・・・lucarの前で。
「何っ!」
叫んだメガトロンだけではない。その場に居た全員が目を疑った。確かにはっきりと、メガトロンのビームはlucarの前で止まった。
lucarの力ではない。誰が放ったのかも分からない光波バリアーが、いつのまにかlucarの前に展開されていたのだ。
そしてそれがまるで自明のものであったかのように、lucarは呟いた。
「・・・大丈夫です、メガトロン。「もう」、負けることはありません。」
その端的な言葉の意味は、ここに集ったものには全員が理解できた。「もう」。そう、彼らは何度も負けてきた。敗れてきた。勇気も意志も理想すら磨り減ってしまうほど、何度も何度も。
だがもう安心して、再び新しい理想を掲げていい。今度こそ勝てる、その術があるから。
「ううっ、ぬうおおおおおおっ・・・」
メガトロンが崩れ落ちるように跪いた。機械生命体であるが故に涙は持たなかったが、明らかに泣いていると思しき、振り絞るようなうめきを漏らして。
「はわっ・・・」
気の抜けた声を出して、lucarもへたり込んだ。内心やはり相当怖かったらしい。
「あ、あのところで・・・」
代わりにJUNNKIが話す。目の前に展開された青白い光の壁を、触れないように用心しながら指差す。
「これ、誰が?」
「あぁ、それは私だよ。」
声が聞こえた。だが、どこから聞こえたのか分からない。慌てて周囲を見回すJUNNKI。
と、突如目の前の風景が歪んだ。光学迷彩の解除、とJUNNKIが気づくのと同時に、そいつは姿を現した。
「うわっ・・・」
それは、大きな体の宇宙人だった。身長およそ50m、超人獣なみの巨躯。無闇にでかい地下宮殿会議室でも、許容量ぎりぎりの大きさだ。
黒く剛性の高そうな、皮膚とも服ともつかない表面。耳のような器官のついた頭部、黒を基調とした体で其処だけ白い顔に、宝石のように輝く青い大きな目がついている。底知れぬ知性と優しさを感じさせるその目で会議場を見渡すと、その人は言った。
「遅刻をしてしまったので、気恥ずかしくてな。少し隠れていたが・・・改めて自己紹介をさせてもらおう。GITF(ギーティフ・・・ギガンティック・インテリジェンス・トータル・フォース=巨人型知性体統合軍)の長、メフィラスである。我等もこの同盟に加えていただくつもりだ。」
おおおおおおおおっ!
それまでどよめきだった周囲の反応が、彼の名乗りの途端の怒涛の如く大きくなった。彼が名乗った名、所属を思えば、それは当然のことといえた。
GITF。それは太陽系から程近い、銀河系辺境領域の一部に集中して生息する、巨人型宇宙人の連合である。身長はここに現れたものと同じ50mくらいが平均だが、ただ大きいだけではない。艦隊戦闘規模の高出力熱線、光学的なものではない物理分身、ペルチエ効果以上の超効率の冷凍、相手の精神に直接作用する催眠術、天然の化学兵器毒ガス精製能力、山一つ灰にしてしまう高面積焼夷など様々な能力を持つ、ガーライルフォースマスターに匹敵するかそれ以上、怪獣と並ぶ最強の生物たちなのだ。
ことに今目の前に居るこのメフィラスは、かつて銀河の秩序を維持していた伝説の存在、無限のエネルギーと不滅の命を持つ「光の巨人」と互角の勝負を繰り広げたというほどの、GITFの中でも最強を誇る存在。
彼らはそのあまりにも強大な力の故に、地球で言う黄金の混沌中期、「光の巨人」の原因不明のこの宇宙からの消失ないし撤退と同時に危険視され、樹雷王国の誇る超技術、次元断裂バリアー「光皇翼」で星域ごと隔離され、厳重に監視を受けていたはずだったが。
「このたびの混乱で、ようやく出ることが出来てね。永きに渡る封印で、ただでさえかつて大半の星が侵略を生業とせざるを得なかった星の衰えがますます危機的な状況となり、一刻の猶予もならない、というわけだ。」
そう巨体からは想像も出来ないほど静かな口調で語る・・・いや、これは声に出しているのではなく、精神に直接語りかけている、メフィラス。少し笑ったような響きを「聞かせた」後、これで「力」も補えるだろう、と言い、また笑った。

その後これを最後に場は完全に打ち解け条約は無事締結、かつてGITFが地球や宇宙の組織と結んでいた攻守同盟組織「バディム」に習い、この反銀河連邦軍事同盟は「ネオ・バディム」条約と名づけられた。
基本戦略自体も最初からバリスタスに博士が用意していた腹案があり、メフィラスの地球人の知能指数に換算すれば一万にも達するといわれる頭脳でさらに最終的な磨きがかけられて、これも決定された。簡略に説明するならばそれは各星の得意分野を持ち寄り補完しあうものである。
ブラッチャーやケロン、アマンガやギラスのような比較的余裕のある星系が資源を供出してまずは早急にかつて連邦軍が恐れた精強なムーティ宇宙軍を復興、その宇宙軍の力で持って航宙能力に不安のあるが直接戦闘では格段に高い能力を持つセイバートロン解放戦線やGITFを護送、その力で敵に大打撃を与えた後数の多いゼッド軍が制圧、遊星帝国やギガプリオンは移動国家としての能力を生かし縦横無尽に撹乱・支援を行うというものだった。
バリスタスはその中で、技術供与という役割を負っている。意外にも恒星間航行を恒常的に行える大半の星系でも、人体改造や強化装甲服、霊子操作などバリスタスが最も得意とする技術は未発達のものが多い。これは人体改造は倫理的な問題があり、強化装甲服は宇宙刑事機構が治安維持のため独占して居るためである。改造は流石に倫理的にも技術的にも輸出は出来なかったが、宇宙刑事機構にも匹敵する強化装甲服の技術と、戦艦などにも応用の利く霊子技術は多大な評価を持って受け止められた。これで宇宙刑事とも樹雷生体戦艦とも戦えると。

会議が終わった後、lucarとJUNNKIは基地の上、夜の湖に船を漕ぎ出し夜空を見上げていた。
宇宙へと帰る使者たちの船が煌き、まるで天へと逆さに向かっていく流星雨のような、例えようも無く美しいショーを見せていた。周囲の人間が多少騒ぐだろうが、レーダーなどにうつりはしないし、何より彼等がちょっとした礼として繰り広げているショーを断るなどという無粋な真似は出来はしない。それだけではなく遊星大帝などは、あまり多くは無いはずの手持ちの戦力から、「地球征服が円滑に進むように」と護衛につれてきていた戦力をそのまま派遣してくれたのだ。またケロンやブラッチャー、アナローグなども地球に部隊を派遣してくれるという。
感謝の気持ちで一杯になりながら星空のショーを見つめていると、JUNNKIは不意に何か自分の中のよどみが消えていくような、そんな清々しい感覚を覚えていた。
きっかけとなったのは、隣で空を見上げているlucarだ。潤んだような黒い瞳、知性と癒しの力を持つというイルカの姿を借りた女性が、静かに呟いた。
「あの星星に、仲間が居ると考えてごらん。それだけで、星が皆素敵な音楽を奏でる鈴に変わるから・・・」
サン=テグジュペリの童話「星の王子様」からの引用だが、若干アレンジが施されている。
それを聞いたとき、JUNNKIは気づいた。それまでの会議でのlucarの言動、あれは自分が思っていたようにことさらに考えられた演技ではなかったということ。素直な、lucarの気持ち。
つまり、lucarに教わるようにと他の幹部に言われたのは、交渉術でも狡猾さでもなく、その心のありよう、真っ直ぐにして純粋な心の美しさ。
悪を名乗るバリスタスの幹部達。様々な事情でこの組織に集ったものは、それぞれ様々な理由でどこかに傷を持っている。悪の博士はその心理外骨格の力を維持するが故の狂的な攻撃・苛虐性を抑えきれないように。
JUNNKIは以前属していた組織の崩壊後、繰り返してきた幾多の戦いの中で、思いもかけず自らの心が荒んできているのを感じていた。そして今それが星空の下、仲間達の隣で溶けるように傷が消えていくのを。
明日からは、また戦いの日が待つだろう。世界は敵として存在し、仲間達の身を必死で案じるだろう。
だけど今日、いまこのときがあるのならば。

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